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    2021年03月05日
    「新華社」東京駅によく似た瀋陽駅、今では中国東北地域の重要な交通ハブ

    国のショート動画投稿アプリでこのところ、中国遼寧省瀋陽市の地下鉄瀋陽駅での動画撮影が大きな話題になっている。理解できない人が多いかもしれないが、この地下鉄駅の人気をもたらした鉄道駅の瀋陽駅は、実は100年以上の歴史を誇っている。最初の瀋陽駅は、1899年にロシア帝国が建設したもので、「茅古甸」と名付けられた。1907年になると、「奉天駅」という名前で新しい駅が建設され、これが現在の瀋陽駅の前身となった。瀋陽駅の設計者である日本の太田毅と吉田宗太郎は、東京駅を設計した建築家、辰野金吾の教え子だったため、建物の風格は東京駅によく似ている。100年以上が過ぎた現在の瀋陽駅は、東と西の二つの広場を備えた10面19線の現代的な特等駅(最高ランク)で、中国東北地域で最も重要な鉄道ハブとなっている。(記者/姜兆臣) =配信日: 2021(平成33)年3月5日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (2)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、自身が制作した模型の前で撮影に応じる張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (10)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、箸で制作した古建築模型を手直しする張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (11)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、箸で制作した古建築模型を手直しする張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (8)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、自身が制作した模型を手にする張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (7)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、張国忠さんが箸で制作した作品。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (9)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、自身が制作した模型を紹介する張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (3)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、張国忠さんが箸で制作した天壇や黄鶴楼などの作品。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (6)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、張国忠さんが箸で制作した作品。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (1)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、箸で制作した古建築模型を手直しする張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月26日
    (4)竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    23日、自身が制作した模型を手にする張国忠さん。中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(保定=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年2月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 00:52.88
    2021年02月25日
    「新華社」竹箸で作った古建築模型河北省蠡県

    中国河北省保定市蠡(れい)県留史村に住む張国忠(ちょう・こくちゅう)さん(74)は、竹箸1万2千膳を使い、黄鶴楼や天壇など有名な建築物の模型を制作した。設計図を使わず、経験と感覚だけを頼りに作ったというが、実物そっくりの素晴らしい出来栄えとなっている。張さんは以前、古建築関連の会社に勤務しており、古建築の窓製作や木工、鉄工などが得意だったという。(記者/李継偉) =配信日: 2021(平成33)年2月25日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月21日
    嶺南四大名山「鼎湖山」を訪ねて広東省肇慶市

    21日、鼎湖山慶雲寺境内の建築物の屋根。中国珠江デルタ地区の最高峰で、嶺南四大名山の筆頭に数えられる鼎湖山は、広東省肇慶(ちょうけい)市の北東部にあり、市街地から18キロ離れている。主峰の海抜は千メートル。1956年に新中国最初の自然保護区となり、中国科学院が管轄する唯一の自然保護区にも指定されている。1979年には、国連教育科学文化機関(ユネスコ)「人間と生物圏計画(MAB)」に基づく自然保護区に中国で初めて認定され、人間と生物圏研究センターが設立された。北回帰線が通る世界のほとんどの地域が砂漠や乾燥草原であるのに対し、鼎湖山一帯のみ緑の植生で覆われていることから「北回帰線のオアシス」と呼ばれる。同山にある慶雲寺は、明の崇禎(すうてい)9(1636)年の創建で、嶺南四大名刹の一つに数えられる。また、竜興寺は唐の高僧・鑑真を招くため唐に渡った日本人僧・栄叡(ようえい)が、天宝8(749)年春に客死した地として知られる。中国仏教界は1963年、鑑真和上円寂(えんじゃく)1200年の記念活動の一環として鼎湖山に栄叡大師の碑を建立。1980年に鑑真和上像が中国に里帰りした際は碑亭が増築された。(肇慶=新華社配信/畢建鴿)=配信日:2021(令和3)年2月21日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (2)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の禅堂。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (11)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の鼓楼。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (6)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の大雄宝殿。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (13)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、観音閣から見た大雄宝殿。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (25)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、斎堂(食堂)前の雲板と木魚。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (22)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、天王殿の背後から見た鐘楼と観音殿。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (4)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、大雄宝殿に掲げられている趙樸初(ちょう・ぼくしょ)居士が揮毫(きごう)した「万徳荘厳」の扁額(へんがく)。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (3)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、大雄宝殿脇の廊下から見える鼓楼。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (20)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の前に立つ七仏塔。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (23)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の鐘楼と観音殿。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (14)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の亀泉井。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (5)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、大雄宝殿前から見た天王殿。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (15)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の傍らに作られた菜園。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (1)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の参道。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (16)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の山門前に置かれた石亀。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (7)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、定光塔山門の前に置かれた石亀。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (17)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺山門前の小道。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (21)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、天王殿の背後に見える大雄宝殿。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (12)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の観音殿と鐘楼。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    00:51.75
    2021年02月17日
    空撮と地上撮 土木建築会社の関連会社などを家宅捜索

    大阪府茨木市千提寺の土木建築会社「乾開発工業」の資材置き場で昨年10月、ブロック壁が崩れ、積み上げていた土砂とともに近くにあったプレハブの建物を押しつぶし、中にいた男性1人が死亡、3人がけがをした事故で、府警が17日、宅地造成等規制法違反の疑いで同社と茨木市にある関連会社を家宅捜索したことが捜査関係者への取材で分かった。<映像内容>「乾開発工業」関連会社に家宅捜索に入る大阪府警の捜査員、撮影日:2021(令和3)年2月17日、撮影場所:大阪府茨木市

    撮影: 2021(令和3)年2月17日

  • 2021年02月17日
    (18)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺山門前の広場。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (10)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の放生池。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月17日
    (9)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺法堂の前庭と廊下。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 00:59.99
    2021年02月14日
    「新華社」オペラハウス、中国紅にライトアップシドニー

    オーストラリア・シドニーのオペラハウスは11日夜、中国の春節(旧正月)を祝い「中国紅(チャイナ・レッド)」にライトアップされた。中国紅のライトアップは今年で9回目。熱烈、お祝い、調和を意味する色彩で、世界の華人やオーストラリアの各民族に旧暦新年のあいさつを伝える。シドニーのオペラハウスは、米ニューヨークのタイムズスクエア、英ロンドンの観覧車ロンドン・アイと並び春節に中国紅のライトアップを行う世界三大建築物の一つとなっている。(記者/郝亜琳、張玥) =配信日: 2021(平成33)年02月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (12)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の入り口のそばに立つ空海像。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (15)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の参道。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (14)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の入り口。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (10)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の敷地に立つ記念碑「赤岸鎮讃歌」。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (16)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の本殿に安置された空海の木像。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (1)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂のそばにある遍照閣。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (5)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の内部。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (8)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂と五重石塔。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (11)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の敷地に立つ石灯篭。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (2)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂のそばにある遍照閣の内部。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (7)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の敷地に立つ石碑。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (13)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、赤岸村の海岸に立つ空海漂着記念碑。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (4)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の扁額。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (6)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂本殿の内部。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月08日
    (3)弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の外観。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(平成33)年02月08日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2021年02月07日
    (1)建設中の農場で倒壊事故福建省晋江市

    6日、事故現場で行方不明者の捜索活動にあたる救助隊員。(スマートフォンで撮影)中国福建省晋江市西浜鎮の農場建設現場で6日午後4時半すぎ、コンクリートの打設作業中に建物が倒壊する事故が起きた。現場の作業員11人のうち、3人は自力で脱出し、7人は救助され病院に搬送されたが、1人が行方不明となっており、捜索活動が行われている。事故原因は現在調査中だという。(晋江=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年02月07日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2021年02月07日
    (2)建設中の農場で倒壊事故福建省晋江市

    6日、事故現場で行方不明者の捜索活動にあたる救助隊員。(スマートフォンで撮影)中国福建省晋江市西浜鎮の農場建設現場で6日午後4時半すぎ、コンクリートの打設作業中に建物が倒壊する事故が起きた。現場の作業員11人のうち、3人は自力で脱出し、7人は救助され病院に搬送されたが、1人が行方不明となっており、捜索活動が行われている。事故原因は現在調査中だという。(晋江=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年02月07日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月05日
    (24)莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、鐘楼と鼓楼の間の庭に置かれた神亀の彫像と宋代の石で作られた貯水槽。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)=配信日:2021(令和3)年2月5日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月05日
    莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺山門前から見た定光塔。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)=配信日:2021(令和3)年2月5日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月05日
    莆田四大名刹の一つ、亀山寺を訪ねて福建省

    5日、亀山寺の法堂。無了禅師の真身舎利(遺骨)と慧中、月中両祖師の像が安置されている。中国福建省莆田(ほでん)市の四大名刹(めいさつ)の一つに数えられる亀山寺は、市街地から西へ15キロ離れた華亭鎮の亀山の山頂に建つ。亀山は山頂が亀の背中に似ており、古くは「亀洋」と呼ばれていた。亀山寺は唐の穆宗(ぼくそう)の長慶2(822)年に名僧、無了禅師によって創建され、後梁の貞明年間(915~921年)に閩(びん)王の王審知(おう・しんち)から「亀山福清禅院」の名を授けられた。現存する建物は、清の光緒30(1904)年に再建された。総面積1万1600平方メートル、大小30以上の殿堂があり、うち大雄宝殿、法堂、禅堂、方丈室、放生池はいずれもその跡地に建てられている。石柱や礎石は全て宋代のものが使われ、斗栱(ときょう)の構造には明代の様式が見られる。亀山は茶の名産地で、明代に同地で生産された名茶「月中香」は、宮廷への献上品に選ばれたと伝えられている。(莆田=新華社配信/畢建鴿)=配信日:2021(令和3)年2月5日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年02月04日
    弘法大師入唐の地に立つ空海大師記念堂福建省霞浦県

    4日、空海大師記念堂の敷地に立つ「日中友好」石灯篭。中国福建省寧徳市霞浦(かほ)県の赤岸村は、弘法大師空海の入唐の地として知られる。804年に留学僧として遣唐使船で唐に渡った空海は、途中嵐に会い同地に漂着した。同村には、空海上陸を記念する空海大師記念堂がある。霞浦県政府と日本の高野山金剛峰寺が協力して1994年に建てた。唐代を模した建築物と日本庭園からなり、参道と山門のほか、記念碑や石塔、石灯籠などがある。(寧徳=新華社配信/畢建鴿)=配信日:2021(令和3)年2月4日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月25日
    張家口の五輪マスコット 準備加速、主要施設完成

    中国河北省張家口の建物の壁に描かれた北京冬季五輪のマスコット=10日(共同)

    撮影: 10日

  • 2021年01月25日
    旧あいりん総合センター 万博控え、路線価上昇

    2011年7月(上)と20年12月の早朝の旧あいりん総合センター。建物近くに止まっていた日雇い労働の求人を行う車は少なくなった=大阪市西成区

  • 00:59.30
    2021年01月19日
    「新華社」歴史地区再生でよみがえる古都の記憶浙江省紹興市

    中国浙江省紹興市は2500年の歴史を持つ、中国に現存する最も長い歴史を誇る古都の一つで、国務院指定の第1次歴史文化名城にも名を連ねている。2019年1月、「紹興古城保護利用条例」が施行された。面積9・09平方キロの紹興老城(旧市街)エリアでは現在、古い街並み以外の機能を外部に移転し、高層建築物の数を減らし、文化・観光機能を充実させ、古い住宅街(歴史地区)を再整備するなど、都市を有機的に再生させる多くのプロジェクトを進めている。(記者/袁震宇、商意盈、許舜達) =配信日: 2021(平成33)年01月19日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月10日
    (8)冬の観光シーズンを支える人々黒竜江省ハルビン市

    ハルビン氷雪大世界の会場で氷の建築物を制作する作業員。(2020年12月19日、小型無人機から)中国黒竜江省ハルビン市は冬の観光シーズンを迎えている。氷雪観光で人気の「ハルビン氷雪大世界」などでは、作業員が昼夜を問わず氷の採取や運搬を行い、彫刻家が作品を入念に制作。極寒の中で懸命に働く人々は「氷の都」に幻想的な世界を作り出した。(ハルビン=新華社記者/謝剣飛)= 配信日: 2021(平成33)年01月10日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2021年01月06日
    訓練の様子 東京消防庁が出初め式

    東京消防庁の出初め式で実施された、高層階の建物に取り残された要救助者をはしご車などで救助する訓練=6日午前、東京都江東区

    撮影: 6日午前、東京都江東区

  • 2021年01月06日
    (11)故宮の修繕支える青れんが河北省出岸鎮

    出岸鎮のれんが工場で、れんがの素地を運ぶ従業員。(小型無人機から、2020年7月30日撮影)中国の歴史建造物などでよく見られる青みがかった灰色のれんがは「青磚(せいせん、青れんが)」と呼ばれ、重要な建築資材の一つとして2千年以上の歴史を持つ。河北省任丘市の出岸鎮には、清の道光年間に作られたれんが窯を前身とする古建築用れんが工場があり、今でも伝統的製法を守りながら、青藍色の古式ゆかしいれんがを作り続けている。製造工程は採土、乾燥、成形、窯入れ、焼成、還元、窯出しなど非常に複雑で、生産周期も長い。同工場が生産する青れんがや瑠璃(るり)、古式建築用装飾物などの製品は、長年の努力を経て中国北部で販路を見いだし、北京の天壇公園や頤和園など古建築の修繕工事に採用された。北京故宮博物院も30年以上にわたり修繕用部材として使用している。(任丘=新華社記者/牟宇)= 配信日: 2021(平成33)年01月06日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月06日
    (9)故宮の修繕支える青れんが河北省出岸鎮

    出岸鎮のれんが工場で、瑠璃瓦の素地を窯入れする従業員。(2020年7月30日撮影)中国の歴史建造物などでよく見られる青みがかった灰色のれんがは「青磚(せいせん、青れんが)」と呼ばれ、重要な建築資材の一つとして2千年以上の歴史を持つ。河北省任丘市の出岸鎮には、清の道光年間に作られたれんが窯を前身とする古建築用れんが工場があり、今でも伝統的製法を守りながら、青藍色の古式ゆかしいれんがを作り続けている。製造工程は採土、乾燥、成形、窯入れ、焼成、還元、窯出しなど非常に複雑で、生産周期も長い。同工場が生産する青れんがや瑠璃(るり)、古式建築用装飾物などの製品は、長年の努力を経て中国北部で販路を見いだし、北京の天壇公園や頤和園など古建築の修繕工事に採用された。北京故宮博物院も30年以上にわたり修繕用部材として使用している。(任丘=新華社記者/牟宇)= 配信日: 2021(平成33)年01月06日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月06日
    (14)故宮の修繕支える青れんが河北省出岸鎮

    出岸鎮のれんが工場で、瑠璃瓦の素地を窯入れする従業員。(2020年7月30日撮影)中国の歴史建造物などでよく見られる青みがかった灰色のれんがは「青磚(せいせん、青れんが)」と呼ばれ、重要な建築資材の一つとして2千年以上の歴史を持つ。河北省任丘市の出岸鎮には、清の道光年間に作られたれんが窯を前身とする古建築用れんが工場があり、今でも伝統的製法を守りながら、青藍色の古式ゆかしいれんがを作り続けている。製造工程は採土、乾燥、成形、窯入れ、焼成、還元、窯出しなど非常に複雑で、生産周期も長い。同工場が生産する青れんがや瑠璃(るり)、古式建築用装飾物などの製品は、長年の努力を経て中国北部で販路を見いだし、北京の天壇公園や頤和園など古建築の修繕工事に採用された。北京故宮博物院も30年以上にわたり修繕用部材として使用している。(任丘=新華社記者/牟宇)= 配信日: 2021(平成33)年01月06日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月05日
    マツダ本社工場 マツダ本社工場・資料

    マツダ本社工場=広島県府中町(共同通信社ヘリから)

    撮影: 広島県府中町

  • 2021年01月04日
    (1)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺壁画に描かれた摩利支天菩薩。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (9)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺の壁画。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (5)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺の外観。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (4)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺壁画に描かれた鬼子母神。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (6)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺壁画に描かれた古孝子順孫。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (3)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺壁画に描かれた清源妙道真君。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (2)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺壁画に描かれた十六高僧。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (8)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺壁画に描かれた四海竜王等。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月04日
    (10)至上の美しさ毘盧寺壁画河北省石家荘市

    毘盧寺の境内。(資料写真)中国河北省石家荘市新華区上京村の東にある毘盧寺(びるじ)は、唐天宝年間(742~56年)の創建で、全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。面積は23ムー(約1万5千平方メートル)で12の建物があり、明代の美しい水陸壁画が残されている。水陸画は水陸会と呼ばれる仏教行事に用いられる宗教人物画で、仏教と儒教、道教の人物が描かれているのが特徴。同寺の水陸画の描画技法は、唐・宋時代の優れた線画の伝統を受け継ぎつつ発展させたもので、中国の宗教史や当時の社会生活、絵画芸術を研究する上で重要な意義を持つ。毘盧寺壁画は甘粛省の敦煌莫高窟、北京市の法海寺、山西省の永楽宮の壁画と並び中国四大壁画と呼ばれている。(石家荘=新華社配信)= 配信日: 2021(平成33)年01月04日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月03日
    (3)南京市の旧市街地が歴史地区再生の手本に

    南京市の小西湖片区で、改築されカフェに生まれ変わった古民家の前を通り過ぎる住民。(2020年7月1日撮影)600年の歴史を持つ中国江蘇省南京市の中華門の城壁を東に進むと、同市の旧市街南部の門東地区にたどり着く。この辺りは市内22カ所ある歴史風貌区の一つ、小西湖片区(エリア)に当たる。同区は孔子を祀る夫子廟(ふうしびょう)と門東歴史街区を結び、門東地区の「中軸線」を形成している。区内には伝統建築や伝統的空間が今も残されている。不規則に曲がりくねった路地が街並みを構成し、両側の風情ある建物をつなぎ合わせ、複雑な隣接部分を持つ江南の民家の中庭を形成している。小西湖片区ではこのところ、歴史地区再生の効果が現れ始めているという。(南京=新華社記者/楊磊)= 配信日: 2021(平成33)年01月03日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月03日
    (5)南京市の旧市街地が歴史地区再生の手本に

    南京市の小西湖片区で、リフォームして生まれ変わった共用庭園の横を通り過ぎる住民。(2020年7月1日撮影)600年の歴史を持つ中国江蘇省南京市の中華門の城壁を東に進むと、同市の旧市街南部の門東地区にたどり着く。この辺りは市内22カ所ある歴史風貌区の一つ、小西湖片区(エリア)に当たる。同区は孔子を祀る夫子廟(ふうしびょう)と門東歴史街区を結び、門東地区の「中軸線」を形成している。区内には伝統建築や伝統的空間が今も残されている。不規則に曲がりくねった路地が街並みを構成し、両側の風情ある建物をつなぎ合わせ、複雑な隣接部分を持つ江南の民家の中庭を形成している。小西湖片区ではこのところ、歴史地区再生の効果が現れ始めているという。(南京=新華社記者/楊磊)= 配信日: 2021(平成33)年01月03日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月03日
    (4)南京市の旧市街地が歴史地区再生の手本に

    南京市の小西湖片区で、古民家の改築工事をする作業員。(2020年7月1日撮影)600年の歴史を持つ中国江蘇省南京市の中華門の城壁を東に進むと、同市の旧市街南部の門東地区にたどり着く。この辺りは市内22カ所ある歴史風貌区の一つ、小西湖片区(エリア)に当たる。同区は孔子を祀る夫子廟(ふうしびょう)と門東歴史街区を結び、門東地区の「中軸線」を形成している。区内には伝統建築や伝統的空間が今も残されている。不規則に曲がりくねった路地が街並みを構成し、両側の風情ある建物をつなぎ合わせ、複雑な隣接部分を持つ江南の民家の中庭を形成している。小西湖片区ではこのところ、歴史地区再生の効果が現れ始めているという。(南京=新華社記者/楊磊)= 配信日: 2021(平成33)年01月03日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月03日
    (1)南京市の旧市街地が歴史地区再生の手本に

    改築され面目を一新した小西湖片区と通りを隔てた老門東。(2020年7月1日、小型無人機から撮影)600年の歴史を持つ中国江蘇省南京市の中華門の城壁を東に進むと、同市の旧市街南部の門東地区にたどり着く。この辺りは市内22カ所ある歴史風貌区の一つ、小西湖片区(エリア)に当たる。同区は孔子を祀る夫子廟(ふうしびょう)と門東歴史街区を結び、門東地区の「中軸線」を形成している。区内には伝統建築や伝統的空間が今も残されている。不規則に曲がりくねった路地が街並みを構成し、両側の風情ある建物をつなぎ合わせ、複雑な隣接部分を持つ江南の民家の中庭を形成している。小西湖片区ではこのところ、歴史地区再生の効果が現れ始めているという。(南京=新華社記者/楊磊)= 配信日: 2021(平成33)年01月03日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2021年01月03日
    (2)南京市の旧市街地が歴史地区再生の手本に

    南京市の小西湖片区で、建築資材を運ぶ作業員。(2020年7月1日撮影)600年の歴史を持つ中国江蘇省南京市の中華門の城壁を東に進むと、同市の旧市街南部の門東地区にたどり着く。この辺りは市内22カ所ある歴史風貌区の一つ、小西湖片区(エリア)に当たる。同区は孔子を祀る夫子廟(ふうしびょう)と門東歴史街区を結び、門東地区の「中軸線」を形成している。区内には伝統建築や伝統的空間が今も残されている。不規則に曲がりくねった路地が街並みを構成し、両側の風情ある建物をつなぎ合わせ、複雑な隣接部分を持つ江南の民家の中庭を形成している。小西湖片区ではこのところ、歴史地区再生の効果が現れ始めているという。(南京=新華社記者/楊磊)= 配信日: 2021(平成33)年01月03日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (2)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、雪化粧した塔拉特村の建物。中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (6)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、夜を鮮やかに彩る塔拉特村のイルミネーション。(小型無人機から)中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (3)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、雪化粧した塔拉特村の夜景。中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    00:29.04
    2020年12月29日
    「新華社」エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(記者/沙達提、馬鍇、朱翃、董博婷) =配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (4)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、雪化粧した塔拉特村の建物。中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (8)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、夜を鮮やかに彩る塔拉特村のイルミネーション。(小型無人機から)中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (5)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、雪化粧した塔拉特村の風景。中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (1)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、雪化粧した塔拉特村の夜景。中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月29日
    (7)エルティシ川流域の村の夜景を堪能新疆ウイグル自治区

    25日、夜を鮮やかに彩る塔拉特村のイルミネーション。(小型無人機から)中国新疆ウイグル自治区アルタイ(阿勒泰)地区コクトカイ(富蘊)県可可托海鎮の塔拉特村は、エルティシ(額爾斉斯)川の源流付近に位置し、「エルティシ川第一村」の美称をもつ。夜になると、雪化粧した建物に灯りがともり、村全体が幻想的な光の世界に包まれる。(コクトカイ=新華社記者/沙達提)= 配信日: 2020(令和2)年12月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年12月28日
    工事中の原爆ドーム 原爆ドーム・資料

    保存工事中の原爆ドーム=広島市(共同通信社ヘリから)

    撮影: 広島市

  • 2020年12月28日
    工事中の原爆ドーム 原爆ドーム・資料

    保存工事中の原爆ドーム=広島市(共同通信社ヘリから)

    撮影: 広島市

  • 2020年12月28日
    平和記念公園 平和記念公園・資料

    広島市の平和記念公園(共同通信社ヘリから)

  • 00:34.72
    2020年12月23日
    「新華社」中山市で冬季アニメ文化フェスティバル開催広東省

    中国広東省中山市翠亨村にある中山影視城で19~20日、第8回中国(中山)冬季アニメ・ゲーム文化フェスティバルが開催され、2日間で5千人以上が訪れた。会場にはサバイバルゲーム、インタラクティブARゲーム、グルメ、アニメグッズ、手作り同人グッズなどのブースが設置された。フェスティバルが開催された中山影視城は、中国十大影視城(映画スタジオ)の一つで、孫中山故居近くに位置する。各国の情緒を再現した実物大の建築物がコスプレ愛好家の衣装によく合い、大勢の観光客が足を止めて写真撮影をしていた。(記者/毛一竹) =配信日: 2020(令和2)年12月23日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年12月20日
    (4)紅葉に映える侗天宮文化広場柳州市三江トン族自治県

    18日、三江トン族自治県古宜鎮にある侗天宮文化広場の紅葉。(小型無人機から)21日の冬至を前に、中国広西チワン族自治区柳州市三江トン族自治県古宜鎮の侗天宮文化広場では木々が赤や黄色に染まり、鼓楼や回廊などの建築物と相まって趣ある風景が広がった。同自治県はここ数年、環境を重視した農村建設に力を入れることで、地域の魅力向上につなげている。(柳州=新華社配信/龔普康)= 配信日: 2020(令和2)年12月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年12月20日
    (3)紅葉に映える侗天宮文化広場柳州市三江トン族自治県

    18日、上空から見た三江トン族自治県古宜鎮の侗天宮文化広場。(小型無人機から)21日の冬至を前に、中国広西チワン族自治区柳州市三江トン族自治県古宜鎮の侗天宮文化広場では木々が赤や黄色に染まり、鼓楼や回廊などの建築物と相まって趣ある風景が広がった。同自治県はここ数年、環境を重視した農村建設に力を入れることで、地域の魅力向上につなげている。(柳州=新華社配信/龔普康)= 配信日: 2020(令和2)年12月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年12月20日
    (1)紅葉に映える侗天宮文化広場柳州市三江トン族自治県

    18日、三江トン族自治県古宜鎮にある侗天宮文化広場の紅葉。(小型無人機から)21日の冬至を前に、中国広西チワン族自治区柳州市三江トン族自治県古宜鎮の侗天宮文化広場では木々が赤や黄色に染まり、鼓楼や回廊などの建築物と相まって趣ある風景が広がった。同自治県はここ数年、環境を重視した農村建設に力を入れることで、地域の魅力向上につなげている。(柳州=新華社配信/龔普康)= 配信日: 2020(令和2)年12月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年12月20日
    (2)紅葉に映える侗天宮文化広場柳州市三江トン族自治県

    18日、三江トン族自治県古宜鎮にある侗天宮文化広場の紅葉。(小型無人機から)21日の冬至を前に、中国広西チワン族自治区柳州市三江トン族自治県古宜鎮の侗天宮文化広場では木々が赤や黄色に染まり、鼓楼や回廊などの建築物と相まって趣ある風景が広がった。同自治県はここ数年、環境を重視した農村建設に力を入れることで、地域の魅力向上につなげている。(柳州=新華社配信/龔普康)= 配信日: 2020(令和2)年12月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    2020年12月18日
    旧陸軍被服支廠 フル活用でも耐震半額

    広島市に残る被爆建物「旧陸軍被服支廠」

  • 2020年12月14日
    (5)伝統建築生かした文化館、海外サイトでトップ10入り上海市青浦区

    章堰文化館水院(水を取り入れた中庭)の一部。(資料写真)中国上海市青浦区重固鎮章堰村の章堰文化館がこのほど、イタリアのデザイン専門サイト「Designboom」発表の世界「博物館・文化センタートップ10」に選ばれた。文化館は、同市西郊に広がる江南の水郷地帯にあり、古い瓦や青いレンガの建物が並ぶ中、年代を感じさせる壁に囲まれ、際立った存在感を放っている。(上海=新華社配信)=配信日:2020(令和2)年12月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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