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  • 00:59.92
    2021年01月12日
    「新華社」岳陽市の羅城遺跡で新発見楚文化の湖南波及は春秋中期か

    中国湖南省岳陽市屈原管理区で9日、羅子国城遺跡(羅城遺跡)で実施された考古発掘の現地報告会が開かれた。参加した専門家は、遺跡北部の小洲羅で大量に出土した春秋時代中期またはそれ以前の遺構について、湖南地区で発見された年代の最も古い楚文化の遺構に属すると指摘。現在知られている典型的な楚文化が最も早い時期に湖南に伝った地点の一つが羅城遺跡であることを説明しており、湖南が正式に中原王朝の統治体系に組み込まれた起点の地といえるとの見方を示した。湖南省文物考古研究所は2020年に小洲羅で実施した発掘調査で、土器や石器の製造など手工業活動と関わりがあるとみられる土取り場跡や窯跡、建築跡を発見した。日常生活に関連する灰坑や井戸なども見つかり、主に春秋時代中・後期に属する土器や石器などが出土した。同研究所の研究員で、羅城遺跡発掘プロジェクトの責任者を務める盛偉(せい・い)氏は「これらの遺構は、楚人が羅国の民を移住させたという文献の記載が根拠のないものではないことを示している。羅城遺跡は楚が羅国の民を移した場所である可能性が高い」と指摘。陶盆や陶罐などの器物とその組み合わせは典型的な楚文化様式であり、湖北省の江漢平原で出土した春秋時代後期の土器との類似性が高く、湘江下流の臨湘大畈遺跡に代表されるこの地域の同時代の文化遺構とは大きく異なると説明した。したがって、当時の羅城に住んでいたのは湖南の土着民ではなく、江漢平原西部の楚文化地区からの移民である可能性があるという。専門家は、羅城遺跡が文献に記載のある羅県であった可能性があるとも推測する。戦国時代に強大な勢力を誇った楚は、南方開拓へ注力するために羅県を設置した。楚の詩人、屈原(くつ・げん)が晩年の一時期を同地で過ごし、汨羅江の河畔で吟行したとの言い伝えもある。同地には高位者を埋葬したと思われる大型の封土を持つ墳墓があり「屈原の十二疑塚」と呼ばれている。(記者/崔俊傑、李紫薇) =配信日: 2021(平成33)年01月12日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:00.60
    2020年12月21日
    「新華社」冬笋壩遺跡で船棺墓が集中出土重慶市

    国重慶市文化遺産研究院と同市九竜坡区文物管理所からなる考古学調査隊はこのほど、九竜坡区の冬笋壩(とうじゅんは)遺跡の段階的な発掘作業を完了した。遺跡からは墓葬が集中的に分布するエリアが見つかり、幾つかの代表性のある墓を発掘した。中でも「船棺」と呼ばれる船形のひつぎを用いた墓が1957年以降で初めて集中的に出土した。発掘エリアでは墓28基とれんが窯1カ所が出土した。主な遺構は戦国時代後期から前漢時代初期の巴文化の墓葬となる。これまでに船棺墓4基、長方形土坑墓11基、正方形土坑墓1基、塼室墓(せんしつぼ、れんが造りの墓)1基の発掘を終えており、銅器や土器、陶器、ガラス器、鉄器などの遺物200点余りが出土した。(記者/呉竜) =配信日: 2020(令和2)年12月21日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:06.13
    2020年11月27日
    「新華社」「易水長歌」の故事に触れる、易県博物館を訪ねて河北省

    中国河北省保定市易(い)県にある易県博物館は、延床面積4100平方メートル、展示面積約3千平方メートル。戦国時代の瓦当(がとう、筒瓦の先端部分)や燕国の宮門部材など、1300点余りの文化財を所蔵している。同館は「易水長歌」(戦国時代の燕国の太子丹と刺客荊軻の故事)をテーマに、実物やパネル、彫刻、情景復元などを用いて、音、光、デジタルなど現代的な展示手段を駆使し、先人の足跡や燕国の風格、郡県制など七つの基本コーナーを設置。燕国の文化と千年の歴史を持つ県の姿を展示している。(記者/趙鴻宇)<映像内容>易県博物館の外観、文化財の展示、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:02.96
    2020年10月13日
    「新華社」洛陽市で千年にわたる服飾の変遷たどるファッションショー

    中国河南省洛陽市にある洛陽博物館でこのほど、千年以上にわたる服飾の変遷をたどるファッションショーが開催され、多くの市民の注目を集めた。隋代の青釉(せいゆう)女性俑、唐代の「彩絵単刀髷女性俑(さいえたんとうまげじょせいよう)」から北魏の泥塑(でいそ)頭像まで、同館が収蔵する文化財から「復元」した衣装を身にまとったモデルたちが、ランウェイを歩いた。今回のショーで披露されたのは、戦国時代から宋代までの古代の衣装計25点(セット)。復元チームは、出土した大量の衣装や装身具の実物を参考に、壁画、彫塑、書画などの美術工芸品や文献資料を照らし合わせ、さまざまな時代の衣装の柄や髪型を忠実に「復元」した。また、草木染め、錦織り、刺しゅうなどの伝統工芸品を用いることで、千年ほど前に伊洛河(同市を流れる川)のほとりで栄えた文化の輝かしい繁栄を表現した。(記者/楊琳)<映像内容>千年以上にわたる服飾の変遷をたどるファッションショーの様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 00:36.53
    2020年08月11日
    「新華社」雲南省麗江市で春秋戦国時代の古墓群を発見

    中国雲南省麗江市玉竜ナシ族自治県大具郷の為都村でこのほど実施された中学校のグラウンド工事で、古墓群が出土した。その後の考古調査で春秋戦国時代のものだと暫定的に判断された。同省文物考古研究所が11日、明らかにした。発掘済みと発掘中の墓は現時点で計59基。墓の類型は長方形、円形、不規則形状の竪穴式土坑墓と石棺墓の4種類が確認された。墓坑は上下複数の層からなり、それぞれの層から遺体が見つかった。各層には一次葬として1、2体の遺体が安置され、その周囲に二次葬の遺骨が多数置かれていた。同省で発掘された古墓でこのような葬送習俗を持つものは初めてだという。墓坑の層は最も多いもので4層あり、一つの墓坑からは最大19個の頭骨が確認された。ほかにも陶罐(とうかん)や海貝の殻、小型の銅器などが出土した。発掘作業は現在も続けられている。(記者/字強、厳勇)<映像内容>雲南省麗江市の中学校の工事で古墓群が出土、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:01.00
    2020年05月27日
    「新華社」幻想的な雨上がりの長城河北省遵化市

    中国河北省遵化(じゅんか)市の万里の長城付近では、山頂から谷へと流れる雲や霧の中に長城が見え隠れし、幻想的な雰囲気が漂う。長城は稜線に合わせて起伏しており、霧や雲の中で躍動する1匹の竜を思わせる。崩れかけた城壁は植物で覆われ、世の移り変わりを際立たせる。同市内の長城は全長約68・9キロで、東は洪山口、西は清東陵付近まで続く。同区間は戦国時代に燕国によって築かれ、歴代王朝による修復が繰り返された。現存する城壁の大部分は明代に整備されたもので、比較的良好な状態で保存されている。(記者/王昆)<映像内容>雨上がりの万里の長城の風景、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 02:11.52
    2020年01月15日
    「新華社」雲南省南部で春秋戦国時代の銅製錬遺跡群見つかる

    中国雲南省文物考古研究所は、同省金平ミャオ族ヤオ族ダイ族自治県の竜脖河(りゅうほつが)遺跡で、採掘と製錬が一体となった春秋戦国時代の銅製錬遺跡群を発見したと明らかにした。省内で見つかった同様の遺跡の中では年代が最も古く、規模も最大で保存状態も良いという。遺跡は同県東部の勐橋(もうきょう)郷卡房(そうぼう)村の竜脖河と紅河が交差する三角地帯に位置する。2004年に同研究所が新河高速道路建設に伴う考古学調査を実施した際に発見された。同研究院と四川大学歴史文化学院などからなる合同考古学チームは、2019年初めに国家文物局が同遺跡の調査を許可したことを受け、同年10月から約2カ月にわたり調査と発掘を実施。工房遺構1カ所、灰坑3カ所、製錬炉28基を含む各種遺構32カ所を発見した。雲南省文物考古研究所の楊帆(よう・はん)研究員は「製錬炉は今回最も多く発見された。最も重要な遺構でもある」と説明。陶器や石器、石製鋳型、石槌、凹石など小型器物216点(組)も出土したことも明らかにした。楊氏によると、今回の系統的で全面的な発掘調査は、中国西南部と東南アジアにおける青銅製錬技術の類型や冶金技術の交流・伝播を研究する上で非常に重要な学術意義を持つという。(記者/曾維)<映像内容>竜脖河遺跡の調査と発掘の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:21.13
    2019年11月20日
    「新華社」遠隔地の古楽器と時空を超えて協奏5G技術で実現

    映像や音声の低遅延性が売りの一つである第5世代(5G)移動通信システムの技術を利用した伝統古楽器の演奏会がこのほど、中国湖北省と山東省の博物館で同時に上演され、観客は両地のアーティストの協演を堪能した。湖北省博物館所蔵の戦国時代前期の打楽器「曽侯乙編鐘」と、山東博物館所蔵の唐代の古琴「天風海濤」がセッションし、編鐘が奏でるいにしえの音と抑揚ある琴の調べが時空を超えて協奏した。(記者/潘志偉)<映像内容>5Gを活用した伝統古楽器の演奏会、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:01.71
    2019年11月11日
    「新華社」魅力あふれる象眼工芸内モンゴル自治区

    中国内モンゴル自治区フフホト市のモンゴル象眼工房では、職人がデザインを考案し、磨き上げた本体に宝石の象眼を施す作業に取り組む。モンゴル象眼工芸は千年以上の歴史を持つモンゴル族の伝統技術で、主に狩猟や騎射、動植物など、草原に関わる図案が描かれる。遊牧民族の日常生活やチベット仏教で用いられる器の形を基にした本体に、草原に暮らす民族の豪放、豪快な文化スタイルや特徴を表現した象眼を施していく。作品は数十回の反復工程や100万回以上の彫り込みを経て完成する。モンゴル象眼は春秋戦国時代の銅や銀の焼き入れ工芸を起源とし、曲線の一つ一つに時代を超えた知恵が息づく。象眼は濃厚な民族文化の輝きを放ち、草原の物語を伝えている。(記者/王雪氷)<映像内容>モンゴル象眼工芸の制作の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 02:45.46
    2019年10月31日
    「新華社」多彩な秋色に染まる古長城河北省遵化市

    秋深まる中国河北省唐山市に位置する県級市、遵化(じゅんか)市の山々には、くねくねと横たわる巨竜のような古長城と色とりどりの葉が織りなす壮大な風景が広がっている。同市全域を貫く古長城は、東は洪山口(こうさんこう)から、西は北京郊外の清東陵付近まで、燕山山脈に沿って蛇行しながら80キロにわたって続いている。同地で最初に長城を築いたのは戦国時代の燕国(えんこく)で、その後の歴代王朝も修復を続けた。現存する城壁の大部分は明代に整備されたもので、比較的良く保存されている。(記者/高博)<映像内容>河北省遵化市の古長城の風景、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:31.57
    2019年09月06日
    「新華社」孔子博物館が正式開館山東省曲阜市

    孔子の故郷である中国山東省曲阜市で6日、孔子博物館が正式に開館し、商(殷)・周時代の青銅製の祭祀(さいし)用具「商周十供」や戦国時代の黄玉製の馬、錫(すず)銀合金製の満漢全席の食器、明代の礼服「蠎袍」(ぼうほう)、400年以上の歴史を記録した「孔府檔案」(こうふとうあん)など貴重な文化財が公開された。同博物館は、孔子を記念するとともに孔子の思想や学説を集中展示し、儒家文化に代表される優れた伝統文化を広め発展させることを目的に設立された。同博物館は、孔廟から南へ4キロの位置にあり、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されている「曲阜の孔廟、孔林、孔府」と遠く離れて呼応し合っている。博物館の敷地面積は16万5千平方メートル、総建築面積は5万5千平方メートルとなっている。所蔵品は主に孔府の長い歴史の中で集められた旧蔵の品で、各種文化財は70万点に及ぶ。明代から1948年にかけての孔府の私家文書や宋代以降の善本古書約4万冊、明・清代の衣服や服飾品約8千点、孔子の祭礼と関係する大量の礼器・楽器など著名な品を所蔵している。(記者/王歓、呉飛)<映像内容>開館した孔子博物館の様子、撮影日:2019(令和元)年9月6日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:58.99
    2019年08月14日
    「新華社」湖北省で曽侯夫婦の合葬墓発見「曽随の謎」解く重要なカギに

    中国湖北省随州の棗樹林墓地にある曽の国の君主と夫人の並穴合葬墓2基の発掘調査により、春秋時代(紀元前770年~紀元前5世紀ごろ)中期の曽の国に関する考古学調査の空白が埋められた。また出土した青銅器の銘文によって「曽随の謎」に関する問題を解決するための重要な証拠がもたらされた。中国国家文物局が先ごろ行った棗樹林墓地の考古学発掘調査についての報告で分かった。曽の国とは「春秋左氏伝」などの文献で言うところの「随の国」で「一つの国に二つの名」がある。随の国は西周(紀元前1046年~紀元前771年)初期に周の天子が南方を鎮守するために封建した重要な邦国であり、その故地は現在の湖北省随州市にあり、西周初期から戦国時代(紀元前5世紀~紀元前221年)中期まで存続した。春秋時代の曽の国と周王朝、楚の国、その他諸侯国との関係やその文化的な由来を探るため、湖北省文物考古研究所は2018年10月から随州棗樹林墓地に対する主体的な探査と発掘調査を開始した。これまでに墓地からは土坑墓54基、馬坑3基が見つかっている。同研究所の郭長江(かく・ちょうこう)副研究員は次のように説明した。ここは春秋時代中期~末期の曽国公の墓地で、墓の形式は多くが長方形の竪穴土坑墓だ。墓は東西方向につくられ、配置は比較的厳密である。これまでに青銅器千点余りが出土しており、一部の青銅器には銘文があった。銘文では主に「曽公」「曽」「曽叔」「曽侯」「曽夫人」などの表記が使われていた。そのうち2組の墓は曽の国の君主レベルの夫婦合葬墓で、曽侯「宝」とその夫人「羋加」の墓(168、169号墓)および、曽公「求」とその夫人「漁」の墓(190、191号墓)。曽侯「宝」と夫人の並穴合葬墓は共に盗掘に遭っていたが、青銅の礼楽器が残っていた。特に夫人の墓には鈕鐘19点など重要な文化財が残されていた。曽公「求」と夫人の並穴合葬墓も盗掘されていたが「求」の墓には銅の礼器と完全な編鐘一式、夫人の墓には銅の礼器一式が残されていた。(記者/喩珮)<映像内容>曽の国の君主と夫人の合葬墓2基の発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 02:32.64
    2019年08月06日
    「新華社」5Gが「智」の旅路を切り開く江西省竜虎山

    中国江西省鷹潭(ようたん)市の竜虎山は、中国道教「正一派」の祖庭で、2千年にわたる道教の知恵が受け継がれている。ただ、モノのインターネット(IoT)と次世代移動通信技術「5G」の到来による知恵に関わる変革が、人々の竜虎山に対する認識を静かに変えつつある。瀘渓(ろけい)河の筏(いかだ)下りは、竜虎山で最も人気がある観光アクティビティの一つとされる。16番筏の筏師、周さんは今流行りの二次元バーコードを導入した。周さんのネームプレートに印刷された二次元バーコードは、筏に設置された5Gカメラの「入口」となっている。乗客は二次元バーコードを読み取ることでカメラが撮影したリアルタイム動画をスマートフォンで見ることができる。交流サイト(SNS)でシェアすることも可能だ。「スマート筏」の誕生は5Gネットワークと切り離すことができない。瀘渓河の全長2キロの筏下りエリアは5G基地局が11カ所設置されており、5G信号によるフルカバーを実現している。観光客は実況動画の配信で親戚や友人と竜虎山の美しい風景を共有できるほか、筏師の評価も行える。観光地の管理者による筏師の査定や観光地のサービス向上にも役立っている。(記者/黄和遜)<映像内容>5Gカメラを使いリアルタイム動画をシェアすることができる「スマート筏」観光の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 00:59.84
    2019年07月30日
    「新華社」成都市で戦国時代「第8の雄」中山国の特別展四川省

    中国四川省成都市の金沙遺跡博物館で、「発見・中山国」展が7月25日から10月27日まで開かれている。戦国時代に「戦国七雄」と呼ばれた大国に次ぐ8番目の勢力とされつつも神秘のベールに包まれていた中山国の姿が明らかになる。同展では、戦国時代の中山国の遺跡から出土した遺物の中から132組(227点)を選び展示し、考古学的見地から遺物と関連文献を結びつけ、その起源や戦争、都城、交流の四つの方面で、建国から繁栄に至るまでの過程を解説する。中山国はまとまった史籍の記載がなく、人々に知られることも少なかったため、神秘の王国と呼ばれていたが、河北省石家荘市平山県の中山王陵や霊寿古城などの発見と発掘により、その全貌も明らかになってきた。(記者/蕭永航)<映像内容>「発見・中山国」展の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

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    00:48.40
    2019年06月02日
    「新華社」伝統行事「端午節」を前に賑わう嘉陵江四川省蓬安県

    中国四川省南充市の蓬安(ほうあん)県寒中水泳協会は2日午前、同県を流れる嘉陵江(かりょうこう)で、年に一度の水中竜舞(りゅうまい)や「搶鴨子」(チャンヤーズ、アヒルを奪い合う競技)などの伝統的な民俗行事を行い、間もなく迎える端午節(旧暦5月5日、今年は6月7日)を祝い、国の安泰と人々の平安を祈った。蓬安県の水中竜舞は千年以上の歴史を持つと言われている。伝説によると、旧暦の8月が来るたびに「旱魃(かんばつ)」という名の怪物が同地に現れ、少雨や干害などの災いをもたらしていた。地元の人々は、水竜が旱魃を河川から追い払い、雨や風を呼び、恵みの雨を降らせることで干ばつを和らげ、農作物が豊作になるよう祈った。「搶鴨子」は昔、地元の裕福な家が屈原(くつげん、中国戦国時代の楚の政治家、詩人)を偲び、また、全力で戦ったドラゴンボートの漕ぎ手をねぎらうために、買ってきたアヒルを試合終了後に川に投げ込み、それを漕ぎ手たちが奪い合ったのが、始まりとされている。それが次第に娯楽と競技を兼ねた民俗行事に変わっていったという。(記者/薛晨)<映像内容>間もなく迎える端午節を祝う伝統行事の様子、撮影日:2019(令和元)年6月2日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 00:30.62
    2019年05月16日
    「新華社」四川博物院、諸葛亮が「空城の計」で奏でた曲を再現

    諸葛亮(しょかつ・りょう、中国三国時代の蜀漢の政治家・軍師)が戦術「空城の計」(くうじょうのけい、あえて自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘う計略)で奏でた曲とされる「流水」が16日、中国四川省成都市の四川博物院で披露された。古琴は中国の伝統的な撥弦楽器(はつげんがっき)で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されている。湖北省にある戦国時代初期の諸侯の墓、曾侯乙墓(そうこういつぼ)から出土した十弦琴は、これまで中国で発見された最古の琴で、今から2500年以上前のものとされる。古琴の流派の一つである「蜀山派」を代表する人物には、司馬相如(しば・しょうじょ、前漢時代の文章家)や諸葛亮がおり、「流水」はその代表作とされている。同日夜に開かれた古琴演奏会では、古琴演奏家である中国琴会の曾成偉(そう・せいい)副会長が、観客にこの「流水」の演奏を披露した。5月18日の国際博物館の日には、四川博物院で唐代から清代にかけて作られた19の古琴が一般公開された。そのうち同院の宝と称される唐代の古琴「石澗敲氷(せっかんこうひょう)」が多くを占めていた。同展の開催期間中、同院では念入りに選んだ古琴に関する漢代の画像塼(がぞうせん、模様や図象を線刻、浮き彫りまたは型押ししたれんが)の複製品を使った「画像塼の拓本体験」イベントを実施する。(記者/童芳)<映像内容>古琴の演奏、撮影日:2019(令和元)年5月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 01:14.47
    2019年03月28日
    復元の「尼崎城」記念式典 兵庫、観光名所に期待

    1873(明治6)年の廃城令で取り壊され、兵庫県尼崎市の公園に復元された「尼崎城」で28日、一般公開に先立つ記念式典が開かれた。天守閣は鉄筋コンクリート造りで、高さ約24メートル。江戸初期には尼崎藩主戸田氏鉄(とだ・うじかね)の居城として築かれていた。当時の城跡から約300メートル離れた阪神電鉄尼崎駅そばの公園に再建し、昨年11月に完成した。建設費は約12億円で、家電量販店の旧「ミドリ電化」を尼崎市で創業した安保詮(あぼ・あきら)氏が私費を拠出し、完成後に市へ寄贈した。侍衣装の試着ブースなどが設けられ、関西の新たな観光名所となりそうだ。〈映像内容〉復元された尼崎城天守閣の外観、式典の様子、鉄砲隊による戦国時代の火縄銃の実演など、撮影日:2019(平成31)年3月28日、撮影場所:兵庫県尼崎市

    撮影: 2019(平成31)年3月28日

  • 03:41.99
    2018年11月16日
    「新華社」木や竹の札展示会、長沙の博物館で初公開

    湖南省長沙の簡牘博物館で16日、同省で過去最大規模となる木や竹の札の展示会「湖南地区出土簡牘展」が開幕した。これらの札は「簡牘(かんどく)」と呼ばれ、中国で紙が普及する前に使われていた。湖南省で簡牘の文化史を全面的かつ体系的に展示するのは今回が初めて。同展の展示面積は約2千平方メートルで、展示物は503点、うち簡牘は366点を占め、人形木簡を含むその多くが初公開となる。同展は湖南省における簡牘の考古学的発見を主軸とし、各時代の簡牘の出土状況を年代別に整理・紹介している。また、大局的観点から、簡牘が使われていた時代の政治や経済、軍事、文化のあらゆる分野を紹介するとともに、わずかな手がかりから全体像を掴むことで、秦の時代から魏晋南北朝の時代までのさまざまな人々の生活の様子を明らかにしている。統計によると、中国全土でこれまでに出土している簡牘は30万枚余りで、うち20万枚ほどが湖南省で出土し、全国の出土総数の3分の2を占めている。同省で出土した簡牘の数は、全国最多を誇るだけでなく、種類や時期の面でも際立っており、戦国時代から秦、漢、三国さらには西晋時代に至るまで、すべての年代のものが揃っているという。(記者/丁春雨)<映像内容>湖南地区出土簡牘展の様子、撮影日:2018(平成30)年11月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 03:20.64
    2018年09月20日
    「新華社」成都で金器特別展貴重な黄金仮面を多数展示

    「金色の記憶-中国で出土した14世紀以前の金器特別展」が20日夜、中国四川省成都市の金沙遺跡博物館で盛大に開幕した。同遺跡は黄金の仮面が出土したことから「金面王国」とも呼ばれる。中国の19の省、自治区、直轄市の40の考古学機関、博物館から金器の名品350組(850点余り)が出展され、きらめく中国古代黄金文明の歴史を描き出す。黄金は古代から富と権力の象徴とされ、古往今来の職人は一貫して技術と精力を尽くして金器の比類なき精巧な美を獲得して来た。展覧会では、来場者は光り輝く中国黄金文明を実感するだけでなく、金器の各名品から鍛金、鋳造、彫金、ろう付、金メッキなどの豊富で巧みな中国の伝統金細工技術を鑑賞することが出来る。今回の展覧会はこれまでの中国で最大規模、出展機関最多、展示品の時代が最も広範囲で、展示品の種類が最も豊富な金器特別展となり、貴重な文化財が全展示品の70%を超え、各考古学機関、博物館が誇る多くの至宝が展示されており、中国で出土した最も重い金器である金獣、時代を画する意義を持つ黄金の容器である戦国時代の曽侯乙雲紋金盞、初の集中展示となる黄金の仮面などが含まれる。中国考古学会第2回考古学大会の一連の展覧会の一つとして、今回の特別展は2カ月の展示期間中に次々と専門家や学者を招聘し、関連する学術講座を開催する。児童向けには、「仮面の金箔の貼り方」「金の飾りの作り方」など、金器をテーマとした多くの社会教育イベントが開かれ、子供たちをおとぎ話のような黄金の世界へと誘う。(記者/童芳、薛斌)<映像内容>特別展の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 04:04.47
    2017年02月07日
    キリシタン大名 高山右近に「福者」の称号 ローマ法王が認定

    戦国時代のキリシタン大名、高山右近に、ローマ法王庁から「福者」と呼ばれる称号が与えられた。「福者」は、全世界の教会で最高の崇敬対象とされる「聖人」に次ぐ称号で、日本の聖人は42人、福者はこれまでに393人が認定されていた。右近は、大名の地位を捨てて信仰に命をささげた殉教者として、ローマ法王フランシスコが「福者」に加えることを承認し、7日、この称号を与える式典が大阪市内で開かれた。〈映像内容〉大阪城ホールで開かれた式典の様子、ローマ法王の書簡を朗読する法王代理のアンジェロ・アマート枢機卿、祈りを捧げる参列者など、撮影日:2017(平成29)年2月7日、撮影場所:大阪城ホール

    撮影: 2017(平成29)年2月7日

  • 03:35.54
    2016年09月17日
    松江城を攻め落とせ 戦国時代体験イベント

    城攻め体験イベント「鷹の爪団のSHIROZEME」が17日、松江城(松江市)で開かれ、甲冑(かっちゅう)姿の親子連れやカップルらが戦国時代さながらの舞台で息を弾ませた。 参加者は、刺さらないようにした矢が飛び交う中、台車に載せた棒で城門を破る「大手門破り」や、敵味方に分かれて腕につけたゴムボールをウレタン製の刀で落とし合う「白兵戦」などに挑戦し、城の特徴や戦い方を学んだ。 イベントは今年が2回目で、アニメ「秘密結社 鷹の爪」を制作するディー・エル・イー(東京)と松江市などが主催。<映像内容>刺さらないようにした矢が飛び交う中で「大手門破り」に挑戦する人たち、「白兵戦」雑観、松江城天守外観と引き画、守り側で矢を的に当てる体験をする人など、撮影日:2016(平成28)年9月17日、撮影場所:静岡県松江市

    撮影: 2016(平成28)年9月17日

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