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「クサカベ」の写真・グラフィックス・映像

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    仏像

    右から二番目の釈尊像を中心に多数の彫像が並んでいる。画面の左半分上方は色落ちしかなり不鮮明になっている。場所は不明。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐33‐0]

    商品コード: 2017080200713

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    横浜本町通り

    英語で「本町通り(メインストリート)、横浜」と印刷されている。日本人市街のメインストリート、本町通りを撮影している。商家の構えは重厚であり、往時の財力をうかがわせている。路端には大八車が無造作におかれている。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐4‐0]

    商品コード: 2017080200748

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    布引滝

    六甲連山の山ふところから流れだす生田川が、山麓に近い砂子(いさご)山の急斜面を落下してつくったのが、布引滝である。高さ45mの雄滝と、その下手にある45mの雌滝などよりなる。写真は雌滝。=撮影年月日不明、神戸、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐6‐0]

    商品コード: 2017080200710

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    不動坂を登る人力車

    英語で「ミシシッピー湾、横浜」の書き込みがある。根岸から本牧海岸に下る不動坂である。右手にはミシシッピー湾(根岸湾)が広がる。人力車夫が客を乗せて、根岸方面に走行中である。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐26‐0]

    商品コード: 2017080200762

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    グランドホテル全景

    英語で「グランドホテルの風景、横浜」とある。横浜バンドの東端、20番のグランドホテルの全景を元町側から撮影したものである。右端の大きな建物木骨石貼のグランドホテル旧館で、明治3年開業された。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐2‐0]

    商品コード: 2017080200767

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    保津川

    険しい岩床が多く露出した保津峡である。川の両側に山並みがせまっている。=撮影年月日不明、京都、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐12‐0]

    商品コード: 2017080200734

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    東大寺大仏殿

    聖武天皇の命により鋳造された盧遮那仏(大仏)を納めるために造られた大伽藍で、「金光明回天王護国之寺」と称する。国家の法要のための道場であるとともに、華厳宗の学問寺とされた。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐22‐0]

    商品コード: 2017080200755

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    音羽護国寺

    五代将軍綱吉が生母桂昌院のために天和元年(1681)に建てた寺。神齢門と護国寺門の二つの山門があるが、写真は音羽通り側の神齢門付近から本堂に向かって境内を撮したもの。石段の向こうに中門、そして本堂の屋根瓦が見える。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐33‐0]

    商品コード: 2017080200779

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    東大寺伽藍

    鏡池より中門を望む。回廊越しに大仏殿が見える。大仏殿とそれを囲む回廊および中門は、治承と永禄の2度の兵火に焼けたが、18世紀に再建された。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐23‐0]

    商品コード: 2017080200827

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    芝増上寺の金仏

    英語で「東京芝の金仏」と説明されている。東京芝増上寺の墓地にあったと思われる大仏である。側の卒塔婆の高さからみて2~3メートルのスケールか。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐6‐0]

    商品コード: 2017080200802

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    皇居の蓮池濠

    本丸と紅葉山を隔てるのが蓮池濠である。 名前の通り蓮が水面を覆いかくすほどである。 薄桃色の花がちらほら見える。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐5‐0]

    商品コード: 2017080200826

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    農家

    平地の農家。農家の壁には網がかかっている。家の前に小さな川が流れており、2人の男性が川の両岸に座って鎌で草を刈っている。ほかに6人の男女が川に沿うように立っており、家の入り口には1人の男性が座っている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐43‐0]

    商品コード: 2017080200746

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    葬式

    中央に置かれた台座の上に頭巾を被った僧侶が座り、正面に置かれた棺に向かって読経している。棺の左右には鉦等を持った僧が3人ずつ立っている。僧侶の右後ろには羽織を着た男性とその子どもと思われる男の子が座っている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐49‐0]

    商品コード: 2017080200848

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    腰越海岸と小動(こゆるぎ)岬

    腰越海岸と小動(こゆるぎ)岬=撮影年月日不明、江ノ島、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐18‐0]

    商品コード: 2017080200855

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    向島の渡し

    浅草(台東区)と向島(墨田区)を結ぶ渡し船。接岸した船に男女数人の舟客がこちらを見ている。船着場には出迎えに来たのか人影が見える。堤には満開の桜木が連なっている。舟の形状は整理番号53-44により詳しい。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐32‐0]

    商品コード: 2017080200869

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    農夫

    傘に蓑をつけ、鍬を手にした農夫。「95 FARMER」と焼き付け。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐46‐0]

    商品コード: 2017080200747

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    東大寺二月堂

    東大寺大仏殿東に位置する本堂は、十一面観音を本尊とし、毎年3月に行われる修二会(しゅにえ)の行法で名高い。これは十一面観音の前で悔過(けか)の行法を修するもので、「お水取り」の名でも知られている。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐20‐0]

    商品コード: 2017080200821

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    日光山輪王寺相輪橖

    日光輪王寺の相輪橖は三仏堂と共に二荒山神社にあったが、 神仏分離令により相輪橖は明治8年に、 三仏堂は明治14年に輪王寺に移された。 相輪橖は多数の経典が収蔵された家光公発願の供養塔である。 写真右端に三仏堂の屋根がある。=明治14年以降、日光、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐31‐0]

    商品コード: 2017092200468

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    猿沢池と興福寺五重塔

    猿沢池越しに興福寺五重塔を望む。興福寺は最初山科に建立され、平城遷都とともに現在の地に移されたと伝えられる。度重なる火災などにより一時廃寺状態に陥ったりもしたが、再興され現在に至っている。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐19‐0]

    商品コード: 2017080200723

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    鬼ごっこをする娘たち

    欄外に「桜の木の下での鬼ごっこ」のドイツ語、写真内には「歌遊び」の英語キャプションがある。目隠しした男性が鬼となり、娘たち5人が桜の木の下で鬼ごっこに興じている。日本の遊びの演出写真である。=明治中期、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐7‐0]

    商品コード: 2017072800304

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    外国人水兵の肖像

    外国人水兵の肖像=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号69‐63‐0]

    商品コード: 2017082400243

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    外国人青年の肖像

    外国人青年の肖像=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号69‐65‐0]

    商品コード: 2017082400332

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    濃尾大地震(大垣若森村)

    11月1日付けの「岐阜日々」(号外)によると、大垣では「人家九分通りくだけ、四方より発火して七分を焼失す」とあり、全市焼失の被害を受けた模様。大垣の被害について、11月6日「時事」は、家屋全潰3,356、同半潰962、死亡789、負傷者1,270、火災数1,473と伝えている。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐7‐0]

    商品コード: 2017080902400

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    中山道洗馬の肘松

    中山道洗馬宿入り口付近の風景。写真全体を占める「肘松」とは、細川幽齋が肘をかけて歌を詠じたという肘懸松のことと思われる。その根本でくつろぐ旅人や作業衣の女性の姿も見える。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐33‐0]

    商品コード: 2017082200873

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    中山道小野の村落

    木曽川を背景として、小野村の集落の一部をなす家屋が写されている。軒下には、荷物を担いでいるとおぼしき2人の人影も見える。小野村は当初中山道の宿場であったが、後に道筋が変更されたため、諏訪・木曽への近道の一部となった。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐5‐0]

    商品コード: 2017080902343

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    芝公園杉並木と茶店

    明治6年に太政官布達によって指定された日本最古の公園の一つ。 戦後の政教分離までは増上寺の境内も含んでいた。 茶店は参拝客がくつろぐ場所だったのだろう。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐7‐0]

    商品コード: 2017080200799

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    日光東照宮陽明門回廊の彫刻

    陽明門の左右にある長い回廊は朱塗りの柱で右は15区画、 左は8区画に仕切られている。 又横木により区分され、 胴羽目には花鳥、 腰羽目は水鳥が彫り込まれている。 金箔で覆い生彩色が施され、 緑と赤があざやかである。=撮影年月日不明、日光、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐36‐0]

    商品コード: 2017080200841

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    布引滝

    布引滝最下部の雌滝(写真にはMETAKIとあるが、「めんだき」と呼ばれることもある)と観瀑橋。=撮影年月日不明、神戸、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐27‐0]

    商品コード: 2017080200892

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    愛宕山から望む町並み

    愛宕山は月見や雪見の名所であった。 山上の愛宕神社に登る石段は急な男坂とゆるやかな女坂があった。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐28‐0]

    商品コード: 2017080200733

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    芦ノ湖からの富士山

    箱根小学校の手前辺りから見た芦ノ湖と富士山の姿で、所謂、「逆さ富士」である。湖の右側の山には、箱根権現がある。現在、よく知られた神社の赤鳥居は、昭和35年の立太子記念の建立なので、まだ見えない。=明治中期、箱根、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐42‐0]

    商品コード: 2017080200786

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    岸壁に打ち上げられた艀

    明治24年(1891)8月の台風による被害を撮影した写真である。岸壁に打ち上げられた大量の木材のと艀が撮影されている。=撮影年月日不明、神戸、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐32‐0]

    商品コード: 2017080902439

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    妙義山麓の高顕院石塔寺

    神仏習合の時代、妙義神社の社務所のあるところにあった白雲山高顕院石塔寺。妙技神社を鎮守とした。後方には妙義山の粗い岩肌が見える。参道から子供をふくむ数人の人物がこちらを見ている。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐63‐0]

    商品コード: 2017080902525

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    傘をさす雪装束の女性

    スタジオ撮影だと思われるが、お高祖頭巾が冬季の防寒具であることをよく示している。蛇の目傘を手にした女性が着用しているのは、道行きコート。足元は、雪下駄だろう。典型的な女性の冬装束といえよう。(整理番号1-9に同じ。)=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐36‐0]

    商品コード: 2017080902543

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    手紙を書く女性

    行灯の前に座った女性が巻紙に筆で手紙を書いている。女性の後ろには掛け軸がかかり、畳の上には、硯箱等が置かれている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐38‐0]

    商品コード: 2017080902648

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    妙義山中之岳の石段

    鳥居の下を少し登ったところで傘をかざした女性がひとりこちらを向いてポーズを取っている。整理番号38-58とほぼ同一の地点から撮影されたものだが、撮影日時は違うようである。写真右下に「200steps」とある。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐56‐0]

    商品コード: 2017080902382

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    羽根つきをする女性たち

    新年の少女の遊びの様子。羽子板で羽根つきをする2人の少女に、手まりをする少女。奥には注連飾りが見える。英文タイトルは、 "Girls New Year "。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐49‐0]

    商品コード: 2017080902517

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    挨拶

    武家での接客の様子。裃姿の武士が訪問客で、脇に太刀、前に扇子を置く丁寧な挨拶をしている。背景は書割であろう。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐50‐0]

    商品コード: 2017080902627

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    妙義神社

    表妙義白雲山東麓にある杉の古木に囲まれた妙義神社。社殿は宝永期から宝暦2年までに再建されたもの。祭神は日本武尊、豊受大神、菅原道真。「地蔵菩薩霊験記」(国重文)を所蔵する。拝殿前に神官がひとり映っている。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐64‐0]

    商品コード: 2017080902369

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    名古屋城

    天守閣近景。昭和20年の空襲による消失前の姿である。慶長19年の完成後、商家、神社、仏閣などが清洲城下から強制的に名古屋城近辺に移動させられた。これを世に清洲越しという。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐20‐0]

    商品コード: 2017080902575

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    濃尾大地震(根尾村水鳥谷倒壊寺院)

    濃尾地震の震源地、根尾谷村の水鳥にあった寺院の倒壊した模様。地震の規模はマグニチュード8.0(理科年表による)、瞬時の倒壊であったろう。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐19‐0]

    商品コード: 2017080902435

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    皇居二重橋

    二重アーチの皇居正門石橋(俗称めがね橋)。橋の向こうに見えるのは伏見櫓。いわゆる二重橋とは、この石橋ではなく、その向こう側、伏見櫓の位置にある鉄製の橋(正門鉄橋)のこと。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐3‐0]

    商品コード: 2017080902516

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    濃尾大地震(東海道本線長良川鉄橋)

    濃尾地震により崩壊した長良川鉄橋である。5スパンある内の3スパンが落橋した。この鉄橋は英人C. A. W. ポナール(C. A. W. Pownall) により設計され、明治21年(1888年)1月に架設された。当時のわが国が誇る最大級の鉄道橋であった。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐1‐0]

    商品コード: 2017080902607

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    濃尾大地震(一の宮)

    濃尾地震で倒壊した家の前に粗末な小屋を建てて風雨をしのいでいる親子。その前には、茶碗、水桶、釜などが置かれているのが見て取れる。震災後数日の様子であろうか=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐8‐0]

    商品コード: 2017080902608

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    名古屋城

    徳川家康が築城させた名古屋城天守閣。屋根の上には名高い金鯱が見える。土台をなす堅固な石垣のために、石崎山、篠島、幡豆(はず)を初め、紀伊や讃岐の各所から多くの巨石が集められた。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐3‐0]

    商品コード: 2017080902394

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    中山道日義村からの駒ヶ岳

    旧中山道の宿駅であった日義村から見た、木曽駒ヶ岳。日義村は長野県の南西、木曽郡の北東に位置し、大部分が森林原野である。駒ヶ岳は木曽山脈の北部、伊那盆地の西方にそびえ立つ、全山花崗岩よりなる秀峰である。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐18‐0]

    商品コード: 2017080902417

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    名古屋城

    市内中央に位置し、金鯱で有名な名古屋城の外観。この城は典型的な平城で、配置は単純である。中心に本丸がそびえ、その北西隅に五層の天守閣、南に小天守があり、他の三隅には隅櫓が配されている。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐1‐0]

    商品コード: 2017080902357

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    中山道福島の宿場

    中山道の木曽十一宿のうちの一つ、福島宿が設けられていた福島村遠景。町はずれには4大関所の一つに数えられた福島関も置かれていた。福島はまた、信仰の山、御岳山の登山口としても有名である。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐16‐0]

    商品コード: 2017080902466

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    中山道宮ノ越徳音寺木曾義仲の墓

    写真中央に見える集落が日義村、後方の山々は木曽山脈と思われる。手前を流れる木曽川の岸辺と中州に、20人ほどの村人がたたずんでいる。村内には木曽義仲の菩提寺である海音寺を初め、多くの史跡がある。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐19‐0]

    商品コード: 2017080902475

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    中山道塩尻峠からの諏訪湖

    塩尻峠は塩嶺とも呼ばれ、標高約1000m。眼下には周辺の町並みと諏訪湖が、左手遠くには八ヶ岳や霧ヶ峰が望まれる。晴天の日には正面奧に富士山の姿も見えるはずである。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐36‐0]

    商品コード: 2017082200885

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    中山道宮ノ越義仲の故趾

    手前に流れるのが木曽川、後方にそびえる山が木曽山脈の北部に位置する駒ヶ岳であろう。駒ヶ岳山頂部は本岳、中岳、前岳、宝剣岳などの山塊からなり、特に宝剣岳天狗岩は、奇岩として知られている。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐20‐0]

    商品コード: 2017080902420

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    中山道岩村田の宿場

    中山道中、岩村田(現長野県佐久市)の風景。手前は用水か。街道を行く多くの旅人が見える。岩村田宿では中山道の他、善光寺道、甲州道、下仁田道などが交わっており、物資輸送上重要な地位を占めていた。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐48‐0]

    商品コード: 2017080902514

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    王子滝野川の紅葉

    滝野川の紅葉は江戸時代から有名で、文人墨客が多数訪れた。滝野川という地名はここを流れる石神井川の別称から来ているが、中央の橋の下に流れる川がそれである。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐7‐0]

    商品コード: 2017080902634

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    濃尾大地震(枇杷島橋)

    明治24年(1891)の濃尾大地震によって倒壊した、名古屋市枇杷島にある橋。枇杷島は名古屋城下町の成立直後から青物市場として栄え、さまざまな物資が取り引きされてきた場所である。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐4‐0]

    商品コード: 2017080902471

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    少女たち

    若い女性8人が庭で佇んでいる。打掛を着た者、髪を流している者がいる。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐44‐0]

    商品コード: 2017080902497

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    踊る女性たち

    2人の女性が踊りのポーズを取っている。後ろの風景は勿論絵である。英語タイトルは、 "Dancing "。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐41‐0]

    商品コード: 2017080902554

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    山手谷戸坂からの関内居留地

    山手谷戸坂途中から関内居留地を見た写真である。外国人居留地の大規模な近代建築と、元町の日本住宅の比較ができる。写真中央は、横浜港である。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号43‐21‐0]

    商品コード: 2017080902777

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    濃尾大地震(根尾谷金原の断層)

    向こうの山の斜面が崩壊し、手前の収穫前の田がえぐられている。「田は或いは陥り或いは裂けたるため、地盤の不均一なるのみか水を保つべからざるより、来年に至ってはとても田作の見込みなく」と新聞(11月5日岐阜日々)は伝えている。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐16‐0]

    商品コード: 2017080902390

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    日光街道の杉並木

    今市は日光に入る交通の要衛で、御成(日光)街道、例幣使街道と会津西街道が合している。これらの街道に徳川家康の三十三回忌に松平正綱が寄進した杉並木がある。整理番号14-17と同じものである。=撮影年月日不明、今市、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐8‐0]

    商品コード: 2017080902478

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    金閣寺

    金閣寺=撮影年月日不明、京都、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐22‐0]

    商品コード: 2017080902495

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    野菜売り

    天秤棒の前後に野菜篭を何段も重ねた野菜売りと、桶を持った女性。左側最下段の野菜桶にあるのは大根か。今日見る大根に比して細長いのが、印象的である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐42‐0]

    商品コード: 2017080902515

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    渡し舟

    英語のタイトル通り、船上には、人、牛、荷物が見え、まさに「フェリーボート」である。場所は不明であるが、波の静かさから、かなり大きな川の河口か、湖沼の渡りであろう。=明治中期、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐29‐0]

    商品コード: 2017080902501

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    横浜居留地メインストリート

    横浜居留地メインストリート=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号80‐20‐0]

    商品コード: 2017081401295

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    芝増上寺の弁天池

    上野と芝、 寛永寺と増上寺は、 いずれも徳川家の菩提寺で、 弁天池は不忍池に、 中の島は弁天島とパラレルな関係にある。 蓮の花の咲く池の上にかかる石橋を渡り、 中の島の弁天様にお参りすることになっていた。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐21‐0]

    商品コード: 2017080200844

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    御殿場からの富士山

    かなり大きな農家の背後に雄大な富士が配されている。富士山東南斜面は植生限界が低く、冬は氷雪のみに覆われるという。冬の富士の美しさを堪能できる場所とはいえ、ここに暮らす人々にとって、その自然条件は厳しい。=撮影年月日不明、御殿場、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐16‐0]

    商品コード: 2017080200874

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    浅草寺本堂

    仁王門から撮影された浅草寺本堂正面。中央に立ち止まって顔だけこちらに向けているのは、櫓のようなものを担いでいるところからして、あるいは隅田川の渡し守であろうか。空襲で消失し、昭和33年に再建された。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐12‐0]

    商品コード: 2017080200800

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    御殿場からの富士山

    明治時代まで陸上輸送の主たる手段は馬であった。日本の馬は、西洋の馬と比べて小柄で格好も悪かったが、力はあったという。当時、日本の馬はまだ蹄鉄をつけず、蹄の保護のため藁沓(わらぐつ)を履かされていた。菅のように見える積み荷の詳細は不明。=撮影年月日不明、御殿場、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐15‐0]

    商品コード: 2017080200809

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    東海道岩淵からの富士山

    岩淵は富士川左岸に位置する幕府領。慶長7年幕府から渡船役が課され、渡船役持ち10名によって運営されたという。火の見櫓であろうか、あるいは船や波を見るためであろうか、中央に高い梯子が見える。=撮影年月日不明、静岡、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐43‐0]

    商品コード: 2017080200812

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    富岡八幡宮の浦

    英語で「富岡」と記入されているが、これは、明治10年代中頃には旅館や政府高官の別荘地ともなった富岡の海岸である。早くから海水浴場として注目された。海岸で漁師と思われる褌姿の男性2人が、和船を海に出そうとしている。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐23‐0]

    商品コード: 2017080200813

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    亀戸天神社の藤

    キーワード:亀戸天神社の藤、太鼓橋、参拝客、日下部金兵衛撮影=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018040601020

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    甲州御岳新道

    現在の甲府市平瀬町から御岳昇仙峡方面を望む写真である。天保年間に、御岳昇仙峡を通る御岳新道が\r\n開設された。=撮影年月日不明、山梨、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐21‐0]

    商品コード: 2017080902727

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    中山道和田の宿場

    和田宿付近の集落。防風用の石置屋根造りの家屋が建ち並び、村人の姿も見える。和田宿は中仙道中最も険しい和田峠を控え、古くから交通の要地であった。しかし明治以降は幹線道路から外れたため、発展を望めなくなった。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐43‐0]

    商品コード: 2017082200865

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    田舎の子供たち

    写真中にCOUNTRY CHILDRENとある。場所は特定できないが、背景などから見て庭園に遠足で来た子供たちであろう。中央に男の先生らしい人が見える。大きな子から小さな子まで多学年にわたっている。子供たちの服装、表情など見る上で貴重な写真である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐65‐0]

    商品コード: 2017080902599

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    濃尾大地震(根尾谷金原円勝寺倒壊)

    濃尾地震の震源地、根尾谷村の金原にあった寺院の倒壊した模様。地震の規模はマグニチュード8.0(理科年表による)、仙台以南の全国で揺れを感じたという。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐15‐0]

    商品コード: 2017080902392

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    寝覚の床

    中山道、上松宿にある木曽川沿いの景勝地、「寝覚(ねざめ)の床」付近の滑川道。写真中央には、日傘をさしていると思われる小さな人影も見える。滑川は、中央アルプスの主峰をなす木曽駒ヶ岳を下源流としている。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐6‐0]

    商品コード: 2017080902546

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    妙義山中之岳の第四石門

    奇岩怪石で有名な妙義山の最高峰、金洞山(別名仲之岳)の四つある大鳥居状石門のひとつ。凝灰質成分風化水食にあい、堅い岩塊だけが残ってできたもの。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐60‐0]

    商品コード: 2017080902604

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    濃尾大地震(北方町)

    震源に近いの岐阜県本巣郡北方町の惨状。11月1日付け「岐阜日々」によると、「本巣郡において、倒家数千戸、北方町の中字中町全潰、その他各町倒家なきはなく、死者数百名に上る」という。写真は西方から東方(岐阜方面)を望んで撮ったもの。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐13‐0]

    商品コード: 2017080902620

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    中山道桔梗ヶ原からの雪の飛騨山地

    中山道途中の塩尻・桔梗ヶ原から見た飛騨の雪山。中央に集まっている人々は、木材で何かを組み立てているようにも見える。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐34‐0]

    商品コード: 2017082200887

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    中山道木曾の桟

    整理番号38-11、38-12と同様、名勝「木曽の桟」の風景。整理番号38-12よりもさらに後方に引いて撮られたものか。左端には住居らしき家屋が、また中央川面には数人の人を乗せた小舟が見える。=撮影年月日不明、長野、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐13‐0]

    商品コード: 2017080902465

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    明治天皇妃(昭憲皇太后)の肖像

    おすべらかしに冠をつけ、扇を拡げ正装した昭憲皇太后「183 The Empress of Japan」=1872(明治5)年、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐2‐0]

    商品コード: 2017072800309

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    刺青姿の早飛脚

    飛脚が通信機関として発達するのは江戸時代である。刺青は、江戸時代、男意気を示すものとして粋と評価された。褌姿で走る早飛脚は羽織代わりの刺青を誇っていた。右足を前に出した前傾姿勢の構図は、この種の写真によく見られる。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐37‐0]

    商品コード: 2017080902503

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    谷戸橋

    海岸通り東端に架けられた谷戸橋は、明治20(1887)年鉄橋に架け替えられた。右端はグランドホテル、その左手の三角屋根は旧ヘボン邸である。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐5‐0]

    商品コード: 2017080200757

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    王子滝野川の紅葉

    明治期の滝野川の写真は、紅葉で美しい姿を捉えている。しかし戦後は上流での宅地開発が進み、護岸がコンクリートで固められた上、生活廃水などで悪臭を放つようになった。地元の人が立ち上がり、行政を動かして昭和60年(1895)に音無川親水公園が生まれた。流れに湧き水を加え、濾過循環させ清流を部分的に復活させている。現、音無橋が架かる下である。日下部金兵衛の撮影。明治10年代か。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号53‐32‐0]

    商品コード: 2017081002647

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    春日大社参道の鹿

    春日大社参道上のショット。餌を与える人に、鹿が恐れることなく接している姿が映し出されている。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐21‐0]

    商品コード: 2017080200716

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    鎌倉の大仏

    鎌倉大仏は13世紀の半ば頃、奈良大仏に対抗して造営されたと考えられる。東国政権の象徴であり、当時浄土信仰が広まっていたことをしめす貴重な遺産でもある。既に慶長12年(1607)には、キリシタン神父ロドリゲスらが、(同18年にはイギリス人、キャプテンのセーリスらも)が大仏を見ている。=撮影年月日不明、鎌倉、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐25‐0]

    商品コード: 2017080200763

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    真光寺

    真光寺境内の仏像と鐘楼。真光寺は西月山と号し、時宗開祖の一遍智真が入寂した寺として知られている。境内の一遍廟所内には、鎌倉末期~南北朝の作と見られる一遍墓石(五輪塔)もある。=撮影年月日不明、神戸、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐5‐0]

    商品コード: 2017080200728

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    神戸の街並みと海

    1868年に外国に対して開放されて以来、神戸は日本を代表する国際貿易都市として発展してきた。それゆえ神戸には、横浜とともに開国や海運の発展を物語る史跡が少なくない。=撮影年月日不明、神戸、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号2‐3‐0]

    商品コード: 2017080200729

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    日光大猷院相の間

    徳川家光公の廟所大猷院の相の間である。 拝殿より本殿を見る。 本殿入口左右に昇龍降龍が描かれている。 中央に置かれた香炉などの三具足は前田利常公(家光公妹君の夫君)の献上したものである。 本殿の扉は閉じている。 この相の間内部は金箔で覆われている。=撮影年月日不明、日光、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐32‐0]

    商品コード: 2017080200703

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    日光街道の杉並木

    今市は日光に入る交通の要衝で、 この地で御成(日光)街道、 例幣使街道と会津西街道が合している。 これらの街道に徳川家康の三十三回忌にあたって松平正綱が寄進した杉並木がある。 並木中央に人力車と車夫を配して杉並木の大きさを際立たせている。=撮影年月日不明、今市、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐27‐0]

    商品コード: 2017080200706

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    知恩院大釣鐘

    知恩院大釣鐘=撮影年月日不明、京都、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐26‐0]

    商品コード: 2017080200760

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    湯島天神からの雪景色

    雪を載せた鳥居。左脚部に女性が一人こちらを見ている。天神入口にあるこの銅製鳥居は寛文7年(1667)の創建で、同11年(1671)修理の銘があり、下脚部に唐獅子頭部の装飾を施した珍しいもの。素朴な明神鳥居である。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐31‐0]

    商品コード: 2017080200775

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    浅草山谷堀

    整理番号14-35と同じ写真。浅草・今戸から根岸に達していた運河。隅田川から猪牙船(一名山谷船)に乗って吉原に通う遊客が盛んに通過した。猪牙船には屋根がないとあるから、写真の船とは違う。左岸に軒を連ねているのは船宿か。昭和33年、吉原遊郭が廃されてからは、運河のほとんどが埋め立てられた。=撮影年月日不明、東京、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐26‐0]

    商品コード: 2017080200805

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    食事をする娘たち

    欄外に「朝食をとる娘たち」といったドイツ語の、写真内には「食事部屋」の英語のキャプションが書き込まれている。娘5人が火鉢や膳の側でお櫃からご飯をついだり、鉢からおかずを箸でとる、日本の食事を表現している。=1880(明治13)年、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐6‐0]

    商品コード: 2017072800305

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    篭売り

    篭類で簡単なものは農閑期に農家で作られたが、多くは専門の竹細工職人によって作られた。彼らのうち、店を構える者や、製品を作りながら各地を回った者がいた。篭製品に見る加工技術は、生活用具ばかりでなく、美術工芸品の域に達するものも多い。=明治中期、場所不明、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐15‐0]

    商品コード: 2017080200700

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    宮ノ下富士屋ホテル

    明治16年の大火後、徐々に復興されたが、明治24年に本格的に再建されて、まもなくの富士屋ホテル本館の写真である。露国皇太子の宿泊に間に合わせるため急ピッチで整備されたが、大津事件で実現しなかった。=明治24年5月以降、箱根、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐42‐0]

    商品コード: 2017080200726

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    輪王寺舞楽図屏風

    輪王寺にある金屏風一双の片幅である。 徳川家康公二十一回忌の大法会の為に新調されたこの舞楽図屏風には72人の舞人が描かれている。 舞楽は大陸より伝来した舞で、 中国やペルシャ等の舞が描かれ舞の名称で書き込まれている。=撮影年月日不明、日光、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐16‐0]

    商品コード: 2017080200753

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    外国人水兵の肖像

    外国人水兵の肖像=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号69‐18‐0]

    商品コード: 2017082400282

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    大阪城櫓

    追手門付近から大阪城外堀を撮影したもの。手前が六番櫓、奥が三番櫓(後戦災により焼失)である。整理番号2-9(目録第一集)の写真を参照。=撮影年月日不明、大阪、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号23‐5‐0]

    商品コード: 2017080400494

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    本牧十二天の茶屋

    英語で「本牧海水浴場の景色、横浜の近く」と印刷されているが、これは、保養地である本牧海岸の十二天にあった茶屋と、海水浴に供せられていた海岸である。海に突き出した木橋は船着き場兼海水浴のためか。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐13‐0]

    商品コード: 2017080200839

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    田子ノ浦沼川からの富士山

    田子の浦より見た富士山。現在の沼川、鈴川付近の橋。人力車と旅人を眺める人物は舟の船頭か。舟は比較的大きな和船で荷船であったと考えられる。=撮影年月日不明、静岡、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号4‐19‐0]

    商品コード: 2017080200822

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    本牧十二天の茶屋

    ドイツ語で「横浜近くのお茶と庭園の邸宅」と題されている。横浜郊外の十二天にあった海に面した茶屋である。人力車には子供が乗せられ、客と思われる御高祖頭巾の女性が海岸沿いの街道を帰路についている。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐46‐0]

    商品コード: 2017080200719

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