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  • 2018年08月03日
    Exhibition “Icons - Prayers in Colour“

    03 August 2018, Germany, Gifhorn: The icon ‘Small Altar Triptych‘ is on diplay at the Bell Palace. Until 30 September 2018, various expressive icons of Russian and Greek painting techniques will be on display. Photo: Swen Pfrtner/dpa、クレジット:DPA/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018080601192

  • 01:01.57
    2021年02月28日
    「新華社」福建省寄贈の「世界平和の鐘」設置完了長崎・興福寺

    中国福建省から長崎県の興福寺に寄贈された梵鐘「世界平和の鐘」の設置作業が26日完了し、本堂横の鐘鼓楼(しょうころう)1階に吊るされた。同寺は1620年に創建され、中日文化交流の長い歴史を見守ってきた。寺院にはかつて、第2代住職の黙子如定(もくすにょじょう)禅師の誓願による、清代初期の華僑が共同で寄贈した梵鐘があった。鐘は1820年に再鋳造されたが、第2次世界大戦中に武器製造のために供出された。2019年11月、于偉国(う・いこく)福建省委員会書記(当時)は代表団を率いて長崎県を訪問し、興福寺を見学した際に、梵鐘がないことを知り、中村法道長崎県知事との会見の席で、福建省が新しい鐘を鋳造し、中日友好の証として興福寺に贈ることを伝えた。設置された梵鐘は直径約1・2メートル、高さ約2メートルで、重さ約2・5トン。同寺の松尾法道第32代住職(70)は「第2次世界大戦中、興福寺は原爆の影響を受け、ほぼ壊滅状態となり、先代の住職が数十年かけて建物を一つずつ修復してきたが、梵鐘はないままだった。梵鐘が戻った今、やっと戦争が終わったと思える」と語った。1654年、当時63歳の明の高僧・隠元(いんげん)禅師は、長崎興福寺の逸然性融住職や唐人らに招かれ、弟子らを連れて渡来し、興福寺に晋山し、住職となった。寺院には、「東明山」や「初登宝地」の扁額、「黄檗開祖国師三幅対」などの隠元禅師の書を所蔵している。隠元禅師はその後、後水尾法皇や徳川幕府の庇護を受け、京都・宇治に日本三大禅宗の一つ、臨済宗黄檗派(明治以降は黄檗宗)を開いた。松尾氏は25歳で住職となってから6回にわたり訪中し、黄檗文化ゆかりの地を訪ね、隠元禅師の足跡を辿る活動を行った。また、福建省福州市で開かれた中日黄檗文化交流大会、同省莆田市での世界仏教シンポジウム、長崎での「隠元禅師と黄檗文化」をテーマとしたシンポジウムなどに携わった。(記者/冮冶、郭威、楊光、張旌) =配信日: 2021(令和3)年2月28日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021030103799

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