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「内田康哉」の写真・映像

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  • 1933年02月01日
    阪神方面に向かう 内田康哉

    列車で阪神方面に向かう内田康哉外相=1933(昭和8)年2月頃、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800191

  • 1933年03月27日
    国際連盟脱退を発表 内田康哉

    国際連盟脱退を記者団に発表する内田外相=1933(昭和8)年3月27日、外務省、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800199

  • 1932年07月01日
    外国の放送局から取材 内田康哉

    外国の放送局の取材を受ける内田康哉外相=1932(昭和7)年7月頃、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800192

  • 1929年05月13日
    枢密顧問官 内田康哉

    パリ不戦条約の批准問題について西園寺公望宅を訪問した内田康哉枢密顧問官、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800193

  • 1932年08月01日
    国会で演説 内田康哉

    国会で演説する内田康哉外相=1932(昭和7)年8月、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800202

  • 1933年01月01日
    夫妻で記念撮影 内田康哉

    新年の記念撮影をする内田外相夫妻=1933(昭和8)年1月1日、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800196

  • 1929年06月26日
    枢密顧問官が辞表 内田康哉

    枢密院本会議で不戦条約を字句留保付きで可決。政治問題化した責任をとり、辞表を提出した内田康哉枢密顧問官、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800200

  • 1933年03月08日
    参内する外相 内田康哉

    政府、首相官邸での閣議で国際連盟脱退通告書文案を決定。内容などを奏上するため参内する内田康哉外相=1933(昭和8)年3月8日、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800194

  • 1928年12月31日
    国際連盟脱退時の外相 内田康哉

    内田康哉氏(1936年3月12日死去、外交官、政治家、熊本県出身、国際連盟脱退時の外相)=1928(昭和3)年頃、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800195

  • 1933年02月20日
    参内する外相 内田康哉

    国際連盟問題の重要緊急閣議に参内する内田外相=1933(昭和8)年2月頃、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800197

  • 1932年07月06日
    外相就任 内田康哉

    外相に就任し宮中に参内する満鉄総裁・内田康哉氏=1932(昭和7)年7月6日、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800198

  • 1932年06月19日
    外相就任 内田康哉

    斎藤実内閣の外相となる内田康哉前満鉄総裁=1932(昭和7)年6月頃、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800201

  • 1931年06月12日
    (うちだ・やすや、うちだ・こうさい) 内田康哉

    満鉄総裁を受諾した内田康哉氏=1931年6月12日、外相、首相臨時兼任(1921年11月4日-13日=1923年8月25日-9月2日)、歴代首相・歴代総理(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2002050900204

  • 1932年12月31日
    リットン卿調査団再来日

    内田康哉外相(右)と会談するリットン卿=1932(昭和7)年7月12日、外務省

    商品コード: 2003112600043

  • 1931年06月12日
    日本電報通信社資料

    満鉄総裁を受諾した内田康哉伯爵=1931(昭和6)年6月12日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013110100209

  • 1931年06月12日
    日本電報通信社資料

    満鉄総裁就任を受諾した内田康哉伯=1931(昭和6)年6月12日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2009012800197

  • 1933年05月19日
    日本電報通信社資料

    内田康哉外相主催の内外新聞関係者を招待した午餐会に臨む(右から)クーパー氏の秘書、米国の合同通信(UP)会長スクリップ・ハワード氏、クーパー氏夫人、内田康哉外相、米国の新聞連合(AP)総支配人ケント・クーパー氏ら=1933(昭和8)年5月19日、外相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1933051900001

  • 1932年07月06日
    日本電報通信社資料

    外相就任を正式に受諾し、親任式に参内する内田康哉伯爵=1932(昭和7)年7月6日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015062900679

  • 1933年01月01日
    日本電報通信社資料

    新年の宮中参賀に参内する内田康哉外相夫妻=1933(昭和8)年1月1日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015082600309

  • 1933年06月04日
    日本電報通信社資料

    宇垣一成朝鮮総督(右)と会見する内田康哉外相=1933(昭和8)年6月4日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015112300104

  • 1932年09月15日
    日本電報通信社資料

    満州国承認の放送をする内田康哉外相=1932(昭和7)年9月15日、東京・三年町の外相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932091500009

  • 1932年07月12日
    日本電報通信社資料

    内田康哉外相を訪れた国際連盟のリットン調査団。(右から)ヤング博士、アンリ・クローデル将軍、アルドロバンディ・マレスコッティ伯爵、内田康哉外相、ビクター・リットン委員長、ハインリッヒ・シュネー博士、フランク・ロス・マッコイ少将、アース書記長=1932(昭和7)年7月12日、外務省(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015070600471

  • 1932年07月14日
    日本電報通信社資料

    フォックス映画会社のトーキーに納まる内田康哉外相=1932(昭和7)年7月14日、外務省(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015070600503

  • 1932年06月14日
    日本電報通信社資料

    満州国承認決議案上程を傍聴する内田康哉満鉄総裁=1932(昭和7)年6月14日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015060500298

  • 1932年07月06日
    日本電報通信社資料

    外相就任を受諾し、親任式に参内する内田康哉満鉄総裁=1932(昭和7)年7月6日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932070600001

  • 1932年09月29日
    日本電報通信社資料

    会談する満州国の鮑観澄駐日代表(左)と内田康哉外相=1932(昭和7)年9月29日、外務省(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932092900002

  • 1929年05月07日
    日本電報通信社資料

    不戦条約問題で西園寺公望公爵を訪問する枢府(枢密院)顧問官の内田康哉伯爵=1929(昭和4)年5月7日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011050900237

  • 1932年10月26日
    日本電報通信社資料

    帰国する満州国答礼専使の謝介石・外交総長(左)と、見送る内田康哉外相(正面左)ら=1932(昭和7)年10月26日、東京駅(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015080700340

  • 1933年08月07日
    日本電報通信社資料

    親任官席。前列右より丁士源満州国公使、荒木貞夫陸相、内田康哉外相、永井柳太郎拓相=1933(昭和8)年8月7日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015122500128

  • 1932年06月12日
    日本電報通信社資料

    帰京し、外相就任について斎藤首相と会見後、記者会見する内田康哉満鉄総裁(中央で杖を手に)=1932(昭和7)年6月12日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932061200001

  • 1932年06月13日
    日本電報通信社資料

    外相就任問題等で荒木貞夫陸相(右)と会見する内田康哉満鉄総裁=1932(昭和7)年6月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932061300003

  • 1932年09月15日
    日本電報通信社資料

    満州国承認調印完了を受けて、新聞・通信記者団に発表する内田康哉外相(奥左から3人目)=1932(昭和7)年9月15日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932091500004

  • 1931年06月12日
    日本電報通信社資料

    満鉄総裁に就任する内田康哉伯(右)と副総裁に就任する実業家の江口定條氏=1931(昭和6)年6月12日、東京・四谷本村町の江口氏私邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931061200001

  • 1933年05月01日
    日本電報通信社資料

    御陪食を賜わった経済代表。向って左より内田康哉外相、石井、深井代表、川野顧問=1933(昭和8)年5月1日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015112000259

  • 1932年06月11日
    日本電報通信社資料

    斎藤実内閣の外相就任を要請され帰朝した内田康哉満鉄総裁(中央)=1932(昭和7)年6月11日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015060500272

  • 1932年11月10日
    日本電報通信社資料

    満州建国公債引受問題で銀行団と会見する高橋是清蔵相(中央左)と内田康哉外相(同右)=1932(昭和7)年11月10日、蔵相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015081700330

  • 1930年06月03日

    SK22-81 ◎南米開拓に出発する上塚司・元代議士(右)夫妻を見送る内田康哉・貴族院議員=1930(昭和5)年6月3日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2012081700199

  • 1933年09月15日
    日本電報通信社資料

    広田弘毅新外相(左)と内田康哉前外相(右)は、15日午前9時30分より省内大臣室に於て事務の引継ぎを終えた=1933(昭和8)年9月15日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015122800158

  • 1932年02月29日
    リットン卿、内田外相会談

    再来日し、内田康哉外相(中央)と会談するリットン調査団一行。外相の左がリットン卿=1932(昭和7)年7月12日、外務省

    商品コード: 2003112600028

  • 1929年06月26日
    日本電報通信社資料

    不戦条約案を審議する枢府(枢密院)本会議に臨む内田康哉顧問官=1929(昭和4)年6月26日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011062700151

  • 1932年09月12日
    日本電報通信社資料

    満州国承認を決める明日の枢府本会議を前に、書類に目を通す承認問題の立役者内田康哉外相=1932(昭和7)年9月12日、外務省大臣室(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015072000099

  • 1932年07月06日
    日本電報通信社資料

    新旧外相の事務引継ぎ。外相兼任の斎藤実首相(左)から事務引継ぎを受ける内田康哉新外相=1932(昭和7)年7月6日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015062900680

  • 1933年02月20日
    日本電報通信社資料

    頭を悩ます時局の人、矢面に立つ内田康哉外相と荒木貞夫陸相。衆議院追加予算総会にて=1933(昭和8)年2月20日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015110900075

  • 1933年01月28日
    日本電報通信社資料

    第64議会衆院予算総会で並ぶ(右から)斎藤実首相、高橋是清蔵相、内田康哉外相=1933(昭和8)年1月28日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015110600119

  • 1932年10月04日
    日本電報通信社資料

    国際連盟リットン調査団の報告書が議題の閣議に臨む(右から)荒木貞夫陸相、内田康哉外相、岡田啓介海相=1932(昭和7)年10月4日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932100400003

  • 1933年08月02日
    日本電報通信社資料

    内田康哉外相、大角岑生海相、永井柳太郎拓相等共同主催にて、2日午後1時から丸の内東京会館に於て菱刈隆司令官送別会が催された。右から荒木貞夫陸相、菱刈大将、大角海相、永井拓相、内田外相=1933(昭和8)年8月2日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015122500074

  • 1933年06月23日
    日本電報通信社資料

    去る4月3日トルコで客死した吉田伊三郎大使追悼式は、23日午後4時から築地本願寺で執行された。内田康哉外相の焼香=1933(昭和8)年6月23日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015112300153

  • 1932年07月07日
    日本電報通信社資料

    外務省を訪問し内田康哉新外相(前列中央)との会見に臨む米国のマッコイ将軍(外相の左後方)ら国際連盟のリットン調査団=1932(昭和7)年7月7日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932070700001

  • 1932年07月12日
    日本電報通信社資料

    リットン委員長(左から4人目)が病気回復で復帰し、正式会議に臨む内田康哉外相(その右)と国際連盟のリットン調査団=1932(昭和7)年7月12日、外務省(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932071200001

  • 1932年09月05日
    日本電報通信社資料

    波乱の第63臨時議会を終えた斎藤実首相(中央)と閣僚たち。(右から)南弘逓相、内田康哉外相、山本達雄内相、荒木貞夫陸相、斎藤首相、後藤文夫農相、鳩山一郎文相、三土忠造鉄相、永井柳太郎拓相=1932(昭和7)年9月5日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932090500001

  • 1933年07月07日
    日本電報通信社資料

    斉藤実首相、津田静枝少将及び幕僚招待午餐会。正午首相官邸にて左より大角岑生海相、津田少将、斉藤首相、内田康哉外相の諸氏=1933(昭和8)年7月7日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015122100154

  • 1932年09月27日
    日本電報通信社資料

    斎藤実非常時内閣が初の骨休み。館山沖の演習見物のため巡洋艦「愛宕」に乗り込んだ荒木貞夫陸相(1)、山本達雄内相(2)、内田康哉外相(3)、小山松吉法相(4)ら=1932(昭和7)年9月27日、横須賀軍港(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015072900149

  • 1932年10月29日
    日本電報通信社資料

    全国から代表者約7、500名を集め開かれた帝国在郷軍人会全国大会。開会の辞を読む赤井中将。右側来賓席前列右から荒木貞夫陸相、内田康哉外相、山本達雄内相、斎藤実首相=1932(昭和7)年10月29日、日比谷音楽堂(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015080700378

  • 1932年10月21日
    日本電報通信社資料

    陸相主催で満州国答礼専使の謝介石・外交総長の招待晩餐会。左から南弘陸軍大将、謝氏、内田康哉外相、荒木貞夫陸相。後列中央軍服姿は真崎甚三郎陸軍参謀次長(右)と本庄繁陸軍中将(左)=1932(昭和7)年10月21日、陸相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015080500327

  • 1933年02月21日
    日本電報通信社資料

    貴族院予算総会に於ける大臣席。向かって左より内田康哉外相、荒木貞夫陸相、中島久万吉商相、後藤文夫農相、永井柳太郎拓相、大角岑生海相=1933(昭和8)年2月21日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015110900085

  • 1932年09月30日
    日本電報通信社資料

    農村経済の自力更正に関する演説をコロムビア・レコードに吹き込む斎藤実首相(右)。満州承認に関する演説をコロムビア・レコードに吹き込む内田康哉外相(左)=1932(昭和7)年9月30日、首相官邸、掛け合わせ(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932093000005

  • 1931年06月27日
    日本電報通信社資料

    内田康哉満鉄総裁(右から2人目)が若槻礼次郎首相(右端)と閣僚たちを招待して開かれた御礼昼食会。後方は江口定條満鉄副総裁、左端は安達謙蔵内相、左から2人目は南次郎陸相=1931(昭和6)年6月27日、東京・麻布狸穴の満鉄社宅(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013112700125

  • 1932年11月03日
    日本電報通信社資料

    明治神宮祭典。参拝する(左先頭から)山本達雄内相、香坂昌康東京府知事、内田康哉外相、荒木貞夫陸相、岡田啓介海相=1932(昭和7)年11月3日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015081000444

  • 1932年10月26日
    日本電報通信社資料

    帰国する満州国答礼専使の謝介石・外交総長(前列左から4人目)を見送る(左へ)内田康哉外相、永井柳太郎拓相、林権助男爵(シルクハット着用)=1932(昭和7)年10月26日、東京駅(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015080700339

  • 1932年07月18日
    日本電報通信社資料

    斎藤実挙国一致内閣最初の地方長官会議。奥右から内田康哉外相、訓示する斎藤実首相、高橋是清蔵相、山本達雄内相、荒木貞夫陸相、南弘逓相、後藤文夫農相=1932(昭和7)年7月18日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015071000307

  • 1933年07月31日
    日本電報通信社資料

    目下上京中の満州国立法院長趙欣伯氏主賓として内田康哉外相は、31日午後0時半より外相官邸に於て歓迎の午餐会を催した。左前列向って右より丁士源駐日公使、内田外相、趙欣伯氏、荒木貞夫陸相=1933(昭和8)年7月31日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015122100305

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    1932年10月21日
    日本電報通信社資料

    ジュネーブの国際連盟特別総会に向け出発する首席全権の松岡洋右氏(手前中央)と、見送りの内田康哉外相(左端)、南次郎大将(松岡氏と内田外相の間)、荒木貞夫陸相(右端)ら=1932(昭和7)年10月21日、東京駅(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932102100003

  • 1932年07月14日
    日本電報通信社資料

    内田康哉外相(下から3段目)との第2回会談に臨む国際連盟のリットン委員長(左から3人目)らリットン調査団=1932(昭和7)年7月14日、外相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932071400001

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    1932年09月11日
    日本電報通信社資料

    満州国承認問題に関する枢密院の審査委員会に出席する(右から)荒木貞夫陸相、委員長の平沼騏一郎枢密院副議長、内田康哉外相=1932(昭和7)年9月11日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932091100001

  • 1932年10月22日
    日本電報通信社資料

    駐日英国大使令嬢アリス・エリザベスさんと3等書記官オスカー・モーランド氏(左のカップル)は小石川天主公教会で結婚式を挙げた。続いて英国大使館で各国大公使夫妻、斎藤実首相、内田康哉外相らが出席、披露宴が行われた=1932(昭和7)年10月22日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015080500333

  • 1929年06月23日
    日本電報通信社資料

    26日の不戦条約案枢府(枢密院)本会議を前に自宅の庭でくつろぐ枢府顧問官の内田康哉伯爵。内田伯はパリ不戦条約に全権として調印したが、枢府本会議での可決が留保宣言付きとなったため、顧問官を辞職した=1929(昭和4)年6月23日、東京・牛込の本邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929062300001

  • 1931年11月05日
    日本電報通信社資料

    満鉄正副総裁が朝鮮総督を招き午餐会。午餐会に臨む(左から)幣原喜重郎外相、安保清種海相、渡辺千冬法相、江口定條満鉄副総裁、小泉又次郎逓相、内田康哉満鉄総裁、若槻礼次郎首相、宇垣一成朝鮮総督=1931(昭和6)年11月5日、東京・狸穴の満鉄支社(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931110500001

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    1932年10月14日
    日本電報通信社資料

    ジュネーブの国際連盟特別総会に出席する日本首席全権の松岡洋右衆院議員(前列左から2人目)と随員一行を招待して斎藤実首相(前列右から2人目)が送別午餐会を開催。記念撮影する(前列左から)鳩山一郎文相、松岡議員、斎藤首相、山本達雄内相、中列左から岡田啓介海相、内田康哉外相、小山松吉法相、永井柳太郎拓相、(上段左から)南逓信相、一人置いて柴田書記官長=1932(昭和7)年10月14日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932101400001

  • 1931年06月24日
    日本電報通信社資料

    若槻礼次郎内閣閣僚の満鉄正副総裁招待懇談会。前列左から渡辺千冬法相、田中隆三文相、小泉又次郎逓相、幣原喜重郎外相、江口定條満鉄副総裁、内田康哉満鉄総裁、若槻礼次郎首相、町田忠治農相、井上準之助蔵相、後列左から安保清種海相、原脩次郎拓相、桜内幸雄商工相、南次郎陸相、川崎卓吉内閣書記官長=1931(昭和6)年6月24日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013112700119

  • 1932年09月09日
    日本電報通信社資料

    帰朝した林博太郎満鉄総裁(左端)は斎藤実首相(その右)と閣僚を招待し晩餐会を開いた。首相の右へ永井拓相、小山法相、柴田書記官長、堀切法制局長官、内田外相=1932(昭和7)年9月9日、東京・麻布の満鉄社宅(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015071900103

  • 1933年03月11日
    日本電報通信社資料

    政府は11日院内臨時閣議に於て連盟脱退、枢府御諮絢奏請に関する件を可決し、斉藤首相並びに内田外相は午後5時半参内、天皇陛下に拝謁仰せつけられ閣議の決定を委曲奏上退下した。外務省より参内の内田外相=1933(昭和8)年3月11日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015111100426

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