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「国連防護軍」の写真・映像

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  • 1992年07月08日
    (おがた・さだこ) 緒方貞子

    ボスニア・ヘルツェゴビナを視察に訪れた、防弾チョッキを着た緒方貞子国連難民高等弁務官(右)。左はマッケンジー国連防護軍司令官=1992(平成4)年7月8日、サラエボ空港(共同)

    商品コード: 1992070800004

  • 1993年08月31日
    モスタルの国連兵を解放

    31日、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルで国連防護軍のスペイン兵士が乗った装甲車の前で横になり、出発を阻止するイスラム教徒の女性たち(ロイター=共同)

    商品コード: 1993083100103

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    1994年01月06日
    国連防護軍ボスニア部隊 英中将が後任司令官に

    辞任するブリクモン司令官の後任となるイギリスのローズ陸軍中将(ロイター=共同)

    商品コード: 1994010600001

  • 1994年02月02日
    危機はらむマケドニア

    セルビアとの国境の監視に当たるマケドニア駐留国連防護軍のスウェーデン兵士(共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994020200044

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    1994年02月06日
    大惨事の跡 ボスニア戦争

    1994年2月6日 サラエボ発 サラエボの市場で6日、前日の迫撃砲で66人が死亡した現場を視察するマイケル・ローズ・ボスニア駐留国連防護軍司令官(英軍中将)。司令官は「砲撃の穴を調べた、誰が攻撃したのか特定出来なかった」と述べた。事件を機に、ボスニア介入を求める声が高まった(ロイター=共同)

    商品コード: 2009070600103

  • 1994年02月07日
    安保理が緊急協議へ

    6日、サラエボへの前日の砲撃で負傷し、国連防護軍により移送される男性と、抱き合う親類(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994020700004

  • 1994年02月14日
    会見する明石代表 イスラム勢力への空爆も

    13日、ザグレブでNATOのボールダ南欧軍司令官(左)と会談後、記者会見する明石旧ユーゴスラビア国連特別代表(中央)。右隣はローズ国連防護軍ボスニア部隊司令官、右端はコット国連防護軍司令官(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994021400016

  • 1994年02月17日
    サラエボ市内の表情 兵器未撤収でも空爆せず

    16日、停戦以来めっきり数が増えた国連防護軍の戦車を横目に往来するサラエボ市民(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994021700015

  • 1994年02月18日
    ベルトラン・ドラプレル氏 穏やかさの中に強い意志

    旧ユーゴスラビアの国連防護軍の次期司令官になるベルトラン・ドラプレル氏(共同)

    商品コード: 1994021800047

  • 1994年02月18日
    重火器の短期撤収で合意

    17日、ザグレブの国連防護軍本部で、ジョルワンNATO欧州統合軍司令官(左)と歩く明石旧ユーゴスラビア国連特別代表(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994021800012

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    1994年02月20日
    セルビア側と協議 ボスニア内戦

    1994年2月20日 サラエボ発 サラエボに隣接するセルビア人支配地区、グルバビカで20日、セルビア人司令官と話しながら歩くローズ・ボスニア駐留国連防護軍司令官(中央)。北大西洋条約機構(NATO)軍は、セルビア人勢力が20日までに重火器を撤去しなければ、空爆すると通告している(ロイター=共同)

    商品コード: 2009070600098

  • 1994年02月20日
    国連防護軍と話す明石代表 空爆回避は微妙

    20日、サラエボで国連防護軍ウクライナ部隊の幹部と話す明石国連特別代表(右)(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994022000044

  • 1994年02月22日
    子供たちと遊ぶ兵士 サラエボ方式の拡大に慎重

    サラエボ市内で21日、セルビア系住民の子供たちと遊ぶ国連防護軍兵士(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994022200006

  • 1994年02月23日
    着々と進む国連管理

    20日、パレに到着した国連防護軍ロシア部隊を歓迎するセルビア人住民ら(ロイター=共同)(ボスニア問題)

    商品コード: 1994022300040

  • 1994年03月03日
    防護軍1万人の増員を

    3日、ザグレブで記者会見し、国連防護軍部隊計1万650人の増員の必要性を訴える明石旧ユーゴスラビア国連特別代表(左)(ロイター=共同)

    商品コード: 1994030300093

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    1994年03月04日
    国連防護軍の増派要請 ボスニア戦争

    1994年3月4日 ビテズ発 4日、ボスニアのビテズにある国連防護軍の英軍基地で、記者団と話すマイケル・ローズ・ボスニア駐留国連防護軍司令官(英軍中将)。司令官は国連防護軍の増派要請に対する国際社会の反応に失望したと語った(ロイター=共同)【編注】明石旧ユーゴスラビア国連特別代表は同月3日、停戦に向け国連防護軍部隊の増派を求めたが、米国とフランスが拒否

    商品コード: 2009070600094

  • 1994年04月12日
    ゴラジュデ巡り緊張続く

    12日、サラエボ空港に到着、ボスニア駐留国連防護軍のローズ司令官(右)らに迎えられる明石旧ユーゴスラビア国連特別代表(ロイター=共同)

    商品コード: 1994041200072

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    1994年07月26日
    国連防護軍の撤退に反対

    26日、ベオグラード空港に到着し、記者団の質問に答えるグラチョフ・ロシア国防相(ロイター=共同)

    商品コード: 1994072600088

  • 1994年08月08日
    狙撃避けるサラエボ市民 「同胞に裏切られた」

    狙撃を避けるために国連防護軍装甲車のわきを腰をかがめて歩くサラエボ市民(ロイター=共同)

    商品コード: 1994080800067

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    1994年09月07日
    法王のボスニア訪問延期

    6日、ローマ法王サラエボ訪問のポスターのそばを通過する国連防護軍の車両(ロイター=共同)

    商品コード: 1994090700023

  • 1994年09月23日
    セルビア人勢力を空爆

    22日、サラエボの国連防護軍フランス人兵士がセルビア人勢力による攻撃で負傷した後、セルビア人勢力の銃撃を避けて逃げる市民(ロイター=共同)

    商品コード: 1994092300004

  • 1994年11月22日
    会見する明石氏ら NATO、空港施設を破壊

    21日、セルビア人勢力拠点空爆についてザグレブで会見する明石・旧ユーゴスラビア担当国連事務総長特別代表(左)とドラプレル国連防護軍司令官(ロイター=共同)

    商品コード: 1994112200009

  • 1994年11月22日
    西ボスニア難民キャンプ 近づく冬に不安募る

    )、記事73行、地図  トゥラニ難民キャンプへの国連防護軍のチェックポイント。この先は国連安全地域だが、地雷原はそのまま残っている

    商品コード: 1994112200029

  • 1994年11月22日
    西ボスニア難民キャンプ 近づく冬に不安募る

    )、記事73行、地図  トゥラニ難民キャンプへの国連防護軍のチェックポイント。この先は国連安全地域だが、地雷原はそのまま残っている

    商品コード: 1994112200031

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    1994年11月29日
    真価問われる安保機能

    )の(イ)、外信421、12月1日付朝刊以降使用  ボスニア・ヘルツェゴビナのビテズで、撤退訓練のため駐屯地を出発する国連防護軍英国部隊の装甲車(ロイター=共同)

    商品コード: 1994112900081

  • 1994年11月30日
    ボスニア和平会議を提案

    29日、サラエボ空港に到着した米国、ロシアなどの「連絡調整グループ」のメンバーを先導する国連防護軍ボスニア部隊のローズ司令官(右)(ロイター=共同)

    商品コード: 1994113000005

  • 1994年12月26日
    ビハチ攻撃続けば戦闘再開

    クリスマスの25日、サラエボで国連防護軍兵士と話をする少女(ロイター=共同)

    商品コード: 1994122600008

  • 1995年01月27日
    スミス新司令官 頼りになる軍人の中の軍人

    国連防護軍ボスニア・ヘルツェゴビナ駐留部隊の新司令官に就任したルパート・スミス中将(共同)(イギリス軍人、RUPERT・SMITH)

    商品コード: 1995012700052

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    1995年03月05日
    狙撃を避け、走る女性 調停暗礁で戦闘再開の恐れ

    4日、ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人勢力の狙撃を避け、国連防護軍部隊の装甲車の横を走り抜けるサラエボの女性(ロイター=共同)

    商品コード: 1995030500002

  • 1995年03月12日
    5千人駐留継続に暫定合意

    12日、国連社会開発サミットの開催地コペンハーゲンで、国連防護軍のクロアチアへの駐留継続を発表する同国のツジマン大統領(手前)とゴア米副大統領(ロイター=共同)

    商品コード: 1995031200071

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    1995年05月26日
    国連要員で「人間の盾」

    26日、ボスニアのセルビア人勢力によって街灯の柱に鎖でくくられた国連防護軍のロシア人兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995052600149

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    1995年05月27日
    仏兵21人も「人間の盾」に

    26日、パレ近くの弾薬庫で、街灯柱に手錠でつながれた国連防護軍のカナダ人要員(ロイター=共同)

    商品コード: 1995052700065

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    1995年05月27日
    仏兵21人も「人間の盾」に

    26日、パレ近くの弾薬庫で、街灯柱に手錠でつながれた国連防護軍のカナダ人要員(ロイター=共同)

    商品コード: 1995052700003

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    1995年05月29日
    人質事件で砲兵部隊を増派

    27日の戦闘現場に近いサラエボ市内のフランス部隊本部前で28日、2台の国連防護軍戦闘車両に近づくフランス兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995052900006

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    1995年05月31日
    英増派部隊の第1陣 人質救出作戦を否定せず

    30日、ボスニア・ヘルツェゴビナの国連防護軍強化のため、クロアチアのスプリト空港に到着した英増派部隊の第1陣(ロイター=共同)

    商品コード: 1995053100012

  • 1995年06月01日
    人質の国連防護軍要員

    5月31日、ボスニア・ヘルツェゴビナのパレ付近の施設に人質として軟禁中の5人の国連防護軍要員(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060100091

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    1995年06月02日
    セルビア人勢力人質解放か

    サラエボ近郊で5月30日、セルビア人勢力の人質としてレーダー基地につながれた国連防護軍のポーランド兵(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060200119

  • 1995年06月03日
    解放された兵士たち 人質120人を一方的解放

    2日、ボスニア・ヘルツェゴビナでセルビア人勢力に解放されバスに乗り込んだ国連防護軍兵士たち(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060300007

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    1995年06月04日
    解放の兵士迎える明石代表

    3日、ザグレブ空港で、セルビア人勢力から解放された国連防護軍の英国兵を出迎える明石・旧ユーゴスラビア国連特別代表(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060400003

  • 1995年06月06日
    フランスの国連防護軍兵士 さらに防護軍の人質解放か

    セルビア人勢力の人質になった後、2日に解放され、部隊に合流するため5日、車から装備を降ろすフランスの国連防護軍兵士ら(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060600006

  • 1995年06月07日
    ボスニア・ヘルツェゴビナ 防護軍人質108人を解放

    7日未明、ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人勢力から解放され、バスの窓越しに記者の取材に応じる国連防護軍兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060700037

  • 1995年06月07日
    防護軍人質108人を解放

    6日、ボスニア・ヘルツェゴビナの国境近くで、バスの中でトランプをしながら解放を待つ国連防護軍要員たち(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060700030

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    1995年06月08日
    命がけの通勤

    ボスニアの首都サラエボで7日、通勤用のバンが狙撃兵の攻撃を受け、国連防護軍のフランス兵に守られて兵員輸送車の陰に隠れる人たち。このうち一人の男性が足を撃たれ、車はその場に乗り捨てられた(ロイター=共同)

    商品コード: 1995060800071

  • 1995年06月13日
    発表するカラジッチ氏 14人を除き人質解放

    13日、ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人勢力の拠点パレで人質となっている国連防護軍要員の解放を発表する同勢力の指導者カラジッチ氏(右)(ロイター=共同)

    商品コード: 1995061300105

  • 1995年06月14日
    緊急部隊設立決議案で合意

    13日、クロアチアの港スプリト近くの兵舎で、緊急対応部隊に参加するフランス兵によって陸揚げされる装甲車(ロイター=共同)(国連防護軍増強のため)

    商品コード: 1995061400009

  • 1995年06月14日
    緊急部隊設立決議案で合意

    13日、クロアチアの港スプリト近くの兵舎で、緊急対応部隊に参加するフランス兵によって陸揚げされる装甲車(ロイター=共同)(国連防護軍増強のため)

    商品コード: 1995061400015

  • 1995年06月16日
    サラエボ南部にも戦火拡大

    16日、半径300メートルの建物などを破壊したサラエボ中心部への砲撃の後、ぼう然と虚空を見詰める国連防護軍のフランス人兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995061600152

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    1995年07月14日
    小休止する国連防護軍 住民2万5千人を追放

    12日、ボスニア東部のスレブレニツァから追放され、イスラム教徒地域クラダニまで移動するイスラム教徒住民とともに、小休止する国連防護軍のオランダ軍兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995071400006

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    1995年07月14日
    3安全地域の陥落を予想

    14日、ボスニア・ヘルツェゴビナ東部ポトチャリで、戦車の上に座り、避難するイスラム教徒住民たちを見守るオランダの国連防護軍兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995071400131

  • 1995年07月15日
    2万人がツズラで救援待つ

    )の(イ)  ボスニアのセルビア人勢力によりスレブレニツァから強制移住させられ14日、避難先のツズラ空港の国連防護軍基地周辺で座り込み、救援を待つ住民たち(ロイター=共同)

    商品コード: 1995071500047

  • 1995年07月15日
    ボスニア情勢 「民族浄化」を厳しく非難

    ボスニア・ヘルツェゴビナのツズラ空港にある国連防護軍基地近くで14日、眠った子供を抱くイスラム教徒避難民の女性(ロイター=共同)

    商品コード: 1995071500012

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    1995年07月16日
    難民の列を警備する兵士 イスラム教徒の弱点突く

    15日、ボスニア・ヘルツェゴビナのツヅラの難民キャンプで、水の配給を受けるスレブレニツァからの難民らの列を警備する国連防護軍のスウェーデン部隊兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995071600007

  • 1995年07月19日
    子供抱く女性 緊急部隊を最大限利用

    19日、セルビア人勢力による砲撃が強まり、住民が狙撃の対象となっているサラエボのスナイパー通りを、国連防護軍の兵士に見守られながら、子供を抱いて横断する女性(ロイター=共同)

    商品コード: 1995071900151

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    1995年07月19日
    子供抱く女性 相次ぐ共和国独立で長期内戦

    セルビア人勢力による砲撃が強まり、住民が狙撃の対象となっているサラエボのスナイパー通りを、国連防護軍の兵士に見守られながら子供を抱いて横断する女性=1995(平成7)年7月19日(ロイター=共同)、 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第10巻使用画像(P81)

    商品コード: 2015061100588

  • 1995年07月20日
    セルビア人、ジェパ制圧か

    19日、ボスニア・ヘルツェゴビナの国連安全地域スレブレニツァからツズラに逃れ、国連防護軍基地内のキャンプに収容されて配給のパンを手にする母子(ロイター=共同)

    商品コード: 1995072000010

  • 1995年07月20日
    ジェパの住民代表らと 交渉するセルビア側司令官

    国連安全地域ジェパ近くの国連防護軍の監視所で、ジェパの住民代表(右側)らと交渉するセルビア人勢力のムラディッチ司令官(左端)(セルビア人勢力が20日提供したビデオから)(ロイター=共同)

    商品コード: 1995072000096

  • 1995年07月20日
    セルビア人、ジェパ制圧か

    19日、ボスニア・ヘルツェゴビナの国連安全地域スレブレニツァからツズラに逃れ、国連防護軍基地内のキャンプに収容されて配給のパンを手にする母子(ロイター=共同)

    商品コード: 1995072000005

  • 1995年07月20日
    ボスニア紛争 制圧のムラディッチ司令官

    国連安全地域ジェパ近くの国連防護軍監視所に姿を見せたセルビア人勢力のムラディッチ司令官(手前)。セルビア人勢力側が20日公開したもので、ムラディッチ司令官はこの後、ジェパ当局者との交渉に臨んだ(ロイター=共同)

    商品コード: 1995072000088

  • 1995年07月20日
    ジェパの住民代表らと 交渉するセルビア側司令官

    国連安全地域ジェパ近くの国連防護軍の監視所で、ジェパの住民代表(右側)らと交渉するセルビア人勢力のムラディッチ司令官(左端)(セルビア人勢力が20日提供したビデオから)(ロイター=共同)

    商品コード: 1995072000101

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    1995年07月25日
    乾杯するオランダ女性兵士 空爆決定過程に変化なし

    24日、ザグレブから母国オランダの空軍基地へ帰還後、シャンパンで乾杯する国連防護軍のオランダ人女性兵士(ロイター=共同)

    商品コード: 1995072500014

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    1995年11月01日
    ボスニア紛争和平で 多国籍軍の構成で思惑交錯

    7月下旬、ボスニアのイグマン山の近くで待機する国連防護軍のフランス軍部隊兵士ら。和平が実現すれば、NATO軍として、初めて米軍地上部隊が派遣される予定だ(ロイター=共同)

    商品コード: 1995110100078

  • 1995年11月08日
    重なる裏切りに無力感

    )、外信52S  サラエボ市内の「スナイパー(狙撃者)通り」で7日、雪が降り続く中、国連防護軍の兵員装甲輸送車のそばで雪だるまをつくる少年(ロイター=共同)

    商品コード: 1995110800042

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    1995年12月16日
    憎悪で引き裂かれた町

    14日、ボスニア・ヘルツェゴビナ北部のツヅラに展開中の国連防護軍の戦車のわきを赤ん坊を抱え談笑しながら通る市民(ロイター=共同)

    商品コード: 1995121600052

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    1996年07月17日
    フランス 空母クレマンソー

    フランスの空母クレマンソー(航行中)。93(平成5)年1月28日、クロアチアとボスニアで国連防護軍の任務に就いているフランス兵の保護に当たるため旧ユーゴスラビア沖のアドリア海に向かい航行中。(ロイター=共同)

    商品コード: 1996071700039

  • 1998年12月22日
    かっ歩する平和安定化部隊 問われる和平への影響力

    )、企画75S、1月13日付朝刊以降使用  サラエボ市内を巡回する平和安定化部隊(SFOR)の兵士たち。武力介入を想定しない国連防護軍(UNPROFOR)と違い、いざとなれば強力な軍事力を行使するNATOを主体とした武力組織だ=ボスニア・ヘルツェゴビナ(撮影・藤田尚人)

    商品コード: 1998122200095

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    2015年07月10日
    虐殺犠牲者の墓地 つらい記憶胸に共存探る

    虐殺事件犠牲者の墓地。奥には礼拝所と国連防護軍の基地だった工場跡の建物が見える=3日、ボスニア・ヘルツェゴビナ東部ポトチャリ(共同)

    商品コード: 2015071000562

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