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「増徳院」の写真・グラフィックス・映像

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  •  横浜本村の薬師堂
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    横浜本村の薬師堂

    横浜元町増徳院の薬師堂である。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号20‐2‐0]

    商品コード: 2017080201840

  •  山手からの横浜居留地
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    山手からの横浜居留地

    元町百段上からの風景。手前は元町の家並み、堀川の向こうが山下居留地。目立つ建物としては、右端に増徳院の薬師堂、その左遠方に見える2階建ての大きな洋館がグランド・ホテル新館。撮影時期は明治30年(1897)頃か。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号55‐2‐0]

    商品コード: 2017081002677

  •  外国人居留地109番より元町増徳院をみる
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    外国人居留地109番より元町増徳院をみる

    キーワード:外国人居留地109番、元町、増徳院、堀川、船=明治中期、横浜、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018042001027

  •  山手からの横浜居留地
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    山手からの横浜居留地

    元町百段上からの風景。手前は元町の家並み、堀川の向こうが山下居留地。目立つ建物としては、右端に増徳院の薬師堂、その左遠方に見える2階建ての大きな洋館がグランド・ホテル新館。撮影時期は明治30年(1897)頃か。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号96‐22‐0]

    商品コード: 2017081401567

  •  横浜運河沿いの居留地
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    横浜運河沿いの居留地

    居留地より堀川越しに、元町増徳院方面を見たもの。運河の向こうに谷戸橋が見える。堀川沿いの居留地の街路と元町増徳院付近が撮影されている。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号23‐23‐0]

    商品コード: 2017080400516

  •  居留地より元町と谷戸橋
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    居留地より元町と谷戸橋

    居留地109番付近より元町を見る。手前を流れる堀川は、万延元年(1860)居留地と元町の境に開削され、明治初年(1868)、ブラントン(R.H.Brunton)の設計により、拡幅工事と護岸整備が行なわれた。正面に見えているのが元町増徳院。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号55‐4‐0]

    商品コード: 2017081002722

  •  横浜増徳院の門前
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    横浜増徳院の門前

    横浜増徳院の門前=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号125‐47‐0]

    商品コード: 2017081401721

  •  堀川運河と増徳院
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    堀川運河と増徳院

    英語で「運河、横浜」と記入されているが、横浜の堀川沿いである。外国人居留地109番付近から堀川を挟んで、対岸の元町の増徳院方面をみている。手前には荷駄をひく馬車がみられる。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号10‐6‐0]

    商品コード: 2017080201196

  •  横浜市街地
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    横浜市街地

    元町百段上から山下居留地をみる。堀川より手前の家並みは元町。突きあたり(画面右端)に増徳院が見える。沖の白灯台は明治20年代の横浜築港工事で建設されたもの。明治29年(1896)に竣工しており、撮影は同30年頃と推定される。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号85‐16‐0]

    商品コード: 2017081401481

  •  横浜元町通り
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    横浜元町通り

    増徳院境内から元町通りを見る。山手の山裾に位置する元町は、開港場建設に際して旧横浜村の住民が移住して生まれた町。居留外国人の需要に応ずる商業地として発展した。左手の山上に見えるのは、元町百段上の浅間神社。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐10‐0]

    商品コード: 2017082300915

  •  横浜増徳院
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    横浜増徳院

    山手の山裾に位置する元町は、開港場建設に際して旧横浜村の住民が移住して生まれた町。町を貫く通り(現元町通り)の突き当たりには、この増徳院が位置していた。写真は、本堂脇の薬師堂。その後薬師堂は、移転を経て現在も堀川端に建つ。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐63‐0]

    商品コード: 2017082300968

  •  横浜本村薬師堂拝殿
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    横浜本村薬師堂拝殿

    横浜元町増徳院本堂である。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号20‐3‐0]

    商品コード: 2017080201678

  •  本村増徳院
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    本村増徳院

    英語で「寺、横浜」と印刷されているが、これは横浜外国人居留地に堀川を挟んで隣接していた元町(本村)の寺、増徳院の境内にあった薬師堂である。石垣は堀川の土手であり、対岸側から撮影している。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐7‐0]

    商品コード: 2017080200807

  •  横浜増徳院の門前
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    横浜増徳院の門前

    横浜元町増徳院の門前の風景である。本道左手の屋根の建物は薬師堂である。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号16‐36‐0]

    商品コード: 2017080201575

  •  横浜元町百段からの関内居留地
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    横浜元町百段からの関内居留地

    元町百段上からの景。手前は元町の家並み、堀川の向こうが山下居留地。右端に増徳院、その左遠方にグランド・ホテル新館(明治20年竣工)が見える。元町百段上からは、幕末以来しばしばパノラマ写真が撮影されており、山下居留地の定点観測地であった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号48‐138‐0]

    商品コード: 2017080903254

  •  横浜元町百段からの関内居留地
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    横浜元町百段からの関内居留地

    元町百段上からの景。手前は元町の家並み、堀川の向こうが山下居留地。右端に増徳院、その左遠方にグランド・ホテル新館(明治20年竣工)が見える。元町百段上からは、幕末以来しばしばパノラマ写真が撮影されており、山下居留地の定点観測地であった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号48‐78‐0]

    商品コード: 2017080903207

  •  横浜本村の薬師堂
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    横浜本村の薬師堂

    山手の山裾に位置する元町は、開港場建設に際して旧横浜村の住民が移住して生まれた町。町を貫く通り(現元町通り)の突き当たりには、この増徳院が位置していた。写真は、本堂脇の薬師堂。その後薬師堂は、移転を経て現在も堀川端に建つ。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号81‐2‐0]

    商品コード: 2017081401284

  •  増徳院界隈
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    増徳院界隈

    キーワード:元町、奥に増徳院、端午の節句、人力車、こいのぼり、街並み=明治中期、横浜、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018042001067

  •  山手公園
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    山手公園

    元町百段上からの風景。手前は元町の家並み、堀川の向こうが山下居留地。目立つ建物としては、右端に増徳院の薬師堂、その左遠方に見える2階建ての大きな洋館がグランド・ホテル新館。撮影時期は明治30年(1897)頃か。=1885(明治18)年頃、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号96‐89‐0]

    商品コード: 2017081401670

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    横浜・増徳院

    キーワード:増徳院、外観、堀川、関東大震災で焼失=明治~大正期、横浜、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018071200643

  •  堀川
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    堀川

    キーワード:横浜、堀川、元町、増徳院、船=明治中期、横浜、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2019020711944

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    1923年12月31日
    横浜・増徳院の焼跡

    キーワード:増徳院の焼跡、関東大震災、堀川、被災=1923(大正12)年頃、横浜、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018071200628

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