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    Temple of Isis, Pompeii, 1st CE.

    Temple of Isis, Pompeii, 1st CE. Reconstructed after the first major earthquake of 62 CE by Numerius Pompidius Celsinus. The Egyptian cult of the Goddess Isis was popular everywhere in the Roman Empire. Location: Archaeological Site, Pompeii, Italy.、クレジット:Erich Lessing/Album/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。表紙、広告、プロモーション、商業目的での利用はお問合せください。クレジットは必ず表記してください。

    商品コード: 2020062706091

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    濃尾大地震(大垣若森村)

    11月1日付けの「岐阜日々」(号外)によると、大垣では「人家九分通りくだけ、四方より発火して七分を焼失す」とあり、全市焼失の被害を受けた模様。大垣の被害について、11月6日「時事」は、家屋全潰3,356、同半潰962、死亡789、負傷者1,270、火災数1,473と伝えている。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐7‐0]

    商品コード: 2017080902400

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    濃尾大地震(根尾村水鳥谷倒壊寺院)

    濃尾地震の震源地、根尾谷村の水鳥にあった寺院の倒壊した模様。地震の規模はマグニチュード8.0(理科年表による)、瞬時の倒壊であったろう。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐19‐0]

    商品コード: 2017080902435

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    濃尾大地震(東海道本線長良川鉄橋)

    濃尾地震により崩壊した長良川鉄橋である。5スパンある内の3スパンが落橋した。この鉄橋は英人C. A. W. ポナール(C. A. W. Pownall) により設計され、明治21年(1888年)1月に架設された。当時のわが国が誇る最大級の鉄道橋であった。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐1‐0]

    商品コード: 2017080902607

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    濃尾大地震(一の宮)

    濃尾地震で倒壊した家の前に粗末な小屋を建てて風雨をしのいでいる親子。その前には、茶碗、水桶、釜などが置かれているのが見て取れる。震災後数日の様子であろうか=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐8‐0]

    商品コード: 2017080902608

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    濃尾大地震(枇杷島橋)

    明治24年(1891)の濃尾大地震によって倒壊した、名古屋市枇杷島にある橋。枇杷島は名古屋城下町の成立直後から青物市場として栄え、さまざまな物資が取り引きされてきた場所である。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐4‐0]

    商品コード: 2017080902471

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    濃尾大地震(根尾谷金原の断層)

    向こうの山の斜面が崩壊し、手前の収穫前の田がえぐられている。「田は或いは陥り或いは裂けたるため、地盤の不均一なるのみか水を保つべからざるより、来年に至ってはとても田作の見込みなく」と新聞(11月5日岐阜日々)は伝えている。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐16‐0]

    商品コード: 2017080902390

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    濃尾大地震(根尾谷金原円勝寺倒壊)

    濃尾地震の震源地、根尾谷村の金原にあった寺院の倒壊した模様。地震の規模はマグニチュード8.0(理科年表による)、仙台以南の全国で揺れを感じたという。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐15‐0]

    商品コード: 2017080902392

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    濃尾大地震(北方町)

    震源に近いの岐阜県本巣郡北方町の惨状。11月1日付け「岐阜日々」によると、「本巣郡において、倒家数千戸、北方町の中字中町全潰、その他各町倒家なきはなく、死者数百名に上る」という。写真は西方から東方(岐阜方面)を望んで撮ったもの。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐13‐0]

    商品コード: 2017080902620

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    日光東照宮奥社宝塔

    日光東照宮の奥社宝塔には徳川家康の神柩(しんきゅう)が納められている。木造から石造に替えられた宝塔は、天和3(1683)年の大地震で破損したため、五代将軍綱吉が唐銅(からがね)製に造り替えた。左手前にある鶴の燭台や香炉、花瓶は朝鮮国王から贈られた。=撮影年月日不明、日光、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号54‐41‐2]

    商品コード: 2017081002691

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    濃尾大地震(大垣川の倒壊家屋)

    大垣の市中を流れる川(水門川か)に倒壊した家屋。大垣では地震後大火が発生し、市中の7割を焼失したという。潰家の下にあって悲痛の声を発していた負傷者の多くが、この大火で焼亡した。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐14‐0]

    商品コード: 2017080902619

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    Earthquake damage, Japan

    A street and houses in Japan showing substantial damage from, possibly, an earthquake Date: Late 19th Century、クレジット:Mary Evans/Pump Park Vintage Photography/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019080610830

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    Japan: Woodblock print depicting the god Daikoku showering people with gold while Kashima restrains a namazu, 1855

    The Namazu, also called the Onamazu, is a creature in Japanese mythology and folktales. The Namazu is a gigantic catfish said to cause earthquakes and tremors. Living in the mud under the Japanese isles, the Namazu is guarded by the protector god Kashima, who restrains the catfish using the kaname-ishi rock. Whenever Kashima lets his guard down, Namazu thrashes about and causes violent earthquakes.The Namazu rose to new fame and popularity after the Ansei great earthquakes that happened near Edo in 1855. This led to the Namazu being worshipped as a god of world rectification (yonaoshi daimyojin), sent by the gods to correct some of the imbalances in the world.、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101774

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    濃尾大地震

    濃尾大地震=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐12‐0]

    商品コード: 2017081400634

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    日光東照宮奥社宝塔

    日光東照宮の奥社宝塔には徳川家康の神柩(しんきゅう)が納められている。木造から石造に替えられた宝塔は、天和3(1683)年の大地震で破損したため、五代将軍綱吉が唐銅(からがね)製に造り替えた。手前にある鶴の燭台や香炉、花瓶は朝鮮国王から贈られた。=撮影年月日不明、日光、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号54‐14‐0]

    商品コード: 2017081002688

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    濃尾大地震(黒田村)

    明治24年(1891)10月28日に起きた濃尾地震直後の惨状。強い揺れによって柱が倒れ、茅葺き屋根が家全体を押しつぶしている。写真中央には、一命を取り留めた母子が呆然とたたずんでいる。=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐9‐0]

    商品コード: 2017080902407

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    濃尾大地震(根尾村天神堂の陥没)

    天神堂は水鳥から5kmほど上流に行ったところ。写真のキャプションによると、水準から30フィート陥没したとある。倒壊した家屋、それを見つめる家族。このような光景が各地で見られた。根尾谷での被害は、総戸数715のうち倒壊675、総人口3,346のうち死者142、負傷290であった。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐21‐0]

    商品コード: 2017080902429

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    濃尾大地震(奥村の救護所)

    地震により負傷した人々が、テントの下で応急処置を受けている場面。負傷者はほとんど女性のようである。おそらく地震直後であろう。=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐24‐0]

    商品コード: 2017080902457

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    Japan: Woodblock print of the Namazu and the god Ebisu sleeping on the kaname-ishi rock, 1855

    The Namazu, also called the Onamazu, is a creature in Japanese mythology and folktales. The Namazu is a gigantic catfish said to cause earthquakes and tremors. Living in the mud under the Japanese isles, the Namazu is guarded by the protector god Kashima, who restrains the catfish using the kaname-ishi rock. Whenever Kashima lets his guard down, Namazu thrashes about and causes violent earthquakes.The Namazu rose to new fame and popularity after the Ansei great earthquakes that happened near Edo in 1855. This led to the Namazu being worshipped as a god of world rectification (yonaoshi daimyojin), sent by the gods to correct some of the imbalances in the world.Catfish woodblock prints known as namazu-e became their own popular genre within days of the earthquake. They were usually unsigned and often depicted scenes of a namazu or many namazu atoning for their deeds. 、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101769

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    Japan: Woodblock print depicting Daikoku, the god of wealth, showering people with money while restraining a namazu, 1855

    The Namazu, also called the Onamazu, is a creature in Japanese mythology and folktales. The Namazu is a gigantic catfish said to cause earthquakes and tremors. Living in the mud under the Japanese isles, the Namazu is guarded by the protector god Kashima, who restrains the catfish using the kaname-ishi rock. Whenever Kashima lets his guard down, Namazu thrashes about and causes violent earthquakes.The Namazu rose to new fame and popularity after the Ansei great earthquakes that happened near Edo in 1855. This led to the Namazu being worshipped as a god of world rectification (yonaoshi daimyojin), sent by the gods to correct some of the imbalances in the world.、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101772

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    Japan: Protective woodblock print depicting a group of remorseful catfish apologising to the god Kashima for causing earthquakes

    The Namazu, also called the Onamazu, is a creature in Japanese mythology and folktales. The Namazu is a gigantic catfish said to cause earthquakes and tremors. Living in the mud under the Japanese isles, the Namazu is guarded by the protector god Kashima, who restrains the catfish using the kaname-ishi rock. Whenever Kashima lets his guard down, Namazu thrashes about and causes violent earthquakes.The Namazu rose to new fame and popularity after the Ansei great earthquakes that happened near Edo in 1855. This led to the Namazu being worshipped as a god of world rectification (yonaoshi daimyojin), sent by the gods to correct some of the imbalances in the world.、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101773

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    Japan: The god Kashima stabbing his sword into the throat of a namazu (catfish), while a crowd is divided into ‘smilers‘ pfhphotos036130.jpg

    The Namazu, also called the Onamazu, is a creature in Japanese mythology and folktales. The Namazu is a gigantic catfish said to cause earthquakes and tremors. Living in the mud under the Japanese isles, the Namazu is guarded by the protector god Kashima, who restrains the catfish using the kaname-ishi rock. Whenever Kashima lets his guard down, Namazu thrashes about and causes violent earthquakes.The Namazu rose to new fame and popularity after the Ansei great earthquakes that happened near Edo in 1855. This led to the Namazu being worshipped as a god of world rectification (yonaoshi daimyojin), sent by the gods to correct some of the imbalances in the world.Catfish woodblock prints known as namazu-e became their own popular genre within days of the earthquake. They were usually unsigned and often depicted scenes of a namazu or many namazu atoning for their deeds. 、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101775

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    日光東照宮奥社宝塔

    日光東照宮の奥社宝塔には徳川家康の神柩(しんきゅう)が納められている。木造から石造に替えられた宝塔は、天和3(1683)年の大地震で破損したため、五代将軍綱吉が唐銅(からがね)製に造り替えた。右手前にある鶴の燭台や香炉、花瓶は朝鮮国王から贈られた。=撮影年月日不明、日光、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号54‐38‐0]

    商品コード: 2017081002692

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    Japan: Angry Ansei earthquake victims take revenge on a giant catfish responsible for the destruction.

    The 1855 Ansei Edo earthquake, also known as the Great Ansei Earthquake, was one of the major disasters of the late-Edo period. The earthquake occurred at 22:00 local time on 11 November. It had an epicenter close to Edo (now Tokyo), causing considerable damage in the Kant? region from the shaking and subsequent fires, with a death toll of about 7,000 people. The earthquake also triggered a tsunami. Within days, a new type of color woodblock print known as namazu-e (lit. ‘catfish pictures‘) became popular among the residents of the shaken city. These prints featured depictions of mythical giant catfish (namazu) who, according to popular legend, caused earthquakes and related tsunami by thrashing about in their underground lairs. In addition to providing humor and social commentary, many prints claimed to offer protection as talismans from future earthquakes.、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101770

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    Japan: Woodblock print depicting a namazu attacked by vengeful citizens of Edo, 1855

    The Namazu, also called the Onamazu, is a creature in Japanese mythology and folktales. The Namazu is a gigantic catfish said to cause earthquakes and tremors. Living in the mud under the Japanese isles, the Namazu is guarded by the protector god Kashima, who restrains the catfish using the kaname-ishi rock. Whenever Kashima lets his guard down, Namazu thrashes about and causes violent earthquakes.The Namazu rose to new fame and popularity after the Ansei great earthquakes that happened near Edo in 1855. This lead to the Namazu being worshipped as a god of world rectification (yonaoshi daimyojin), sent by the gods to correct some of the imbalances in the world.Catfish woodblock prints known as namazu-e became their own popular genre within days of the earthquake. They were usually unsigned and often depicted scenes of a namazu or many namazu atoning for their deeds.、クレジット:Pictures From History/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080101771

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    濃尾大地震(郵便局)

    明治24年(1891)の濃尾大地震で倒壊した、名古屋にある電信郵便局と、それを見つめる人々。建物の惨状が、マグニチュード8.4という大地震のすさまじさを如実に物語っている。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐3‐0]

    商品コード: 2017080902606

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    濃尾大地震(一の宮村)

    明治24年の濃尾地震により損壊した一宮地域(濃尾平野西部)の家屋と地面。中央には呆然とたたずむ人影。この地震は内陸部のものとしては日本最大級で、道路や堤防の破損決壊、山崩れなどが多く生じた。=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐6‐0]

    商品コード: 2017080902537

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    濃尾大地震(奥村の救護所)

    明治24年(1891)10月28日早朝に起きた濃尾地震の被災者たち。広場にて米や水などが支給されているところであろう。=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐23‐0]

    商品コード: 2017080902506

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    濃尾大地震(死亡者)

    倒壊家屋の下敷きになり死亡した人。濃尾地震による死者は全国で7,273人であるが、そのうち美濃で4,889人、尾張で2,331人に上った。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐22‐0]

    商品コード: 2017080902406

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    The Opening of the Sixth Seal: The Great Earthquake

    The Opening of the Sixth Seal: The Great Earthquake; Unknown; London (probably), England, Europe; about 1255 - 1260; Tempera colors, gold leaf, colored washes, pen and ink on parchment; Leaf: 31.9 x 22.5 cm (12 9/16 x 8 7/8 in.).、クレジット:Universal Images Group/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020072804271

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    濃尾大地震(崩壊した村落)

    濃尾地震の被害は、全国で、建物全壊142,177戸、半壊18,184戸、死者7,273人に達した。被害の地域は、岐阜、愛知、福井、石川、滋賀、三重の6県に及んだ。この地震を契機に、わが国の地震学の研究が始まった。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐11‐0]

    商品コード: 2017080902378

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    濃尾大地震(根尾村水鳥谷出現の湖)

    濃尾地震では、山崩れや地盤の陥落によって川がせき止められ、写真のような池が各所にできた。そのため、根尾谷では水が溢れ、住民は高所高所へと避難したという。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐20‐0]

    商品コード: 2017080902436

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    濃尾大地震(海老島村の堤防)

    濃尾大地震によって損壊した、名古屋市付近の村(キャプションの「海老島」は該当なし)の堤防。この地震の被害は甚大で、住居の全壊85,848戸、死者7,469人に及んだ。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐5‐0]

    商品コード: 2017080902527

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    濃尾大地震(根尾谷の土石流)

    濃尾地震の被害で、山崩れは1万箇所以上に上っている。根尾谷村では、道路が寸断され、交通が遮断された。そのため、生活物資の高騰が著しく、「塩一俵の価八十銭」(11月5日岐阜日々)にもなったという。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐17‐0]

    商品コード: 2017080902481

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    濃尾大地震

    明治24年(1891)、濃尾地方を震源としたマグニチュード8.4の地震が発生した。日本陸域の地震では最大で、世界的にも巨大地震であった。日本の近代的な地震学の原点になった地震であった。巨大な断層、根尾谷断層が発生したことで有名。写真は詳細な岐阜県内の寺院の被害の状況。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号96‐43‐0]

    商品コード: 2017081401603

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    濃尾大地震(笠松村)

    笠松村は現在岐阜県羽島郡笠松町。町の規模の割に、大きな被害を出しており、当時の新聞報道でも、被害の大きさが早くから報じられている。11月6日「時事」によると、家屋全潰555、同半潰29、死亡205、負傷者382、火災数547と伝えている。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐12‐0]

    商品コード: 2017080902479

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    濃尾大地震(根尾村水鳥谷の断層)

    濃尾地震は、明治24年(1891年)10月28日6時37分、岐阜県根尾村水鳥(みどり)付近を震源に発生した。マグニチュード8の巨大地震であった。この際、根尾谷には延長約100kmにわたって高さ約3mの断層を生じた。昭和27年、この断層は国の天然記念物に指定された。=撮影年月日不明、岐阜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐18‐0]

    商品コード: 2017080902434

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    濃尾大地震(熱田付近の紡績工場)

    明治24年(1891)の濃尾大地震によって倒壊した、名古屋市熱田区にある紡績工場。この区域には明治期以降近代的工場が進出し、この尾張紡績(明治20年設立)を初め、車両工場、兵器製作所などが活動していた。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐2‐0]

    商品コード: 2017080902451

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    濃尾大地震(長良川堤防)

    明治24年の濃尾地震は、マグニチュード8.4に及ぶ強烈なものであった。名古屋から福井方面にかけて、150kmに渡って地面が割れ動いたという。本写真に見られるように、長良川堤防にも長い亀裂が走った。=撮影年月日不明、愛知、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号39‐10‐0]

    商品コード: 2017080902419

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    日光東照宮奥社宝塔

    日光東照宮の奥社宝塔には徳川家康の神柩(しんきゅう)が納められている。木造から石造に替えられた宝塔は、天和3(1683)年の大地震で破損したため、五代将軍綱吉が唐銅(からがね)製に造り替えた。左手前にある鶴の燭台や香炉、花瓶は朝鮮国王から贈られた。=撮影年月日不明、日光、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号82‐41‐0]

    商品コード: 2017081401362

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    THE CYCLORAMA, THE GREAT EARTHQUAKE AT LISBON.

    THE CYCLORAMA, THE GREAT EARTHQUAKE AT LISBON.、クレジット:Album/quintlox/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。表紙、広告、プロモーション、商業目的での利用はお問合せください。クレジットは必ず表記してください。

    商品コード: 2021091413668

  • 1906年04月18日
    Colour photograph documents the aftermath destruction of the Great San Francisco Earthquake.

    Colour photograph documents the aftermath destruction of the Great San Francisco Earthquake. Dated 1906、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019081406799

  • 1923年09月01日
    EARTHQUAKE IN JAPAN 1923

    Over 140,000 people lose their lives when a great earthquake (the Great Kanto Earthquake) devastes South East Japan including the cities of Tokyo and Yokohama. Date: September 1923、クレジット:Mary Evans Picture Library/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019080610826

  • 1923年09月03日
    震災中の屋外閣議 関東大震災

    大地震の真っ最中に屋外で開かれた閣議、左は山本権兵衛首相=1923(大正12)年9月3日(政府、炎上)

    商品コード: 2009042800435

  • 1924年02月02日
    Tokyo postman delivering letters to the rubble, where the ad

    Laden with letters from anxious enquiries from relatives. A Japanese postman amongst the ruins of where the house were once situated. The catastrophic earthquake that hit Tokyo and neighbouring town Yokohama in 1923. The earthquake occurred at midday on the 1st of September, at time when many people were preparing their meals. Fires spread destroying everything that the earthquake had left. The death toll rose to over 70000, with many more people left homeless. Date: 2nd February 1924、クレジット:? Illustrated London News Ltd/Mary Evans/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019080610829

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    1929年06月20日
    日本電報通信社資料

    北海道の駒ケ岳噴火を調査のため現地へ向かう帝大地震学研究所員=1929(昭和4)年6月20日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929062000004

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    1933年03月03日

    昭和 78 ◎三陸地方の大地震 津波で岩手県釜石町の尾崎神社付近に打ち上げられた漁船=昭和8年3月4日(三陸沖地震)

    商品コード: 2003120400002

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    1933年03月04日

    昭和 80 ◎三陸地方の大地震、昭和8年3月4日(三陸沖地震)

    商品コード: 2003120400006

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    1933年03月04日

    昭和 79 ◎三陸地方の大地震、大津波で打ち上げられた漁船=昭和8年3月4日、岩手県釜石町(三陸沖地震)

    商品コード: 2003120400004

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    1935年07月12日

    昭和 348 ◎静岡地方の大地震、ヨコ、昭和10年7月12日撮影(撮影場所不明)

    商品コード: 2003072500032

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    1935年07月12日

    昭和 347 ◎静岡地方の大地震、ヨコ、昭和10年7月12日撮影(撮影場所不明)

    商品コード: 2003070100094

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    1935年07月12日

    昭和 350 ◎静岡地方の大地震、ヨコ、昭和10年7月12日撮影(撮影場所不明)

    商品コード: 2003072500043

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    1935年07月12日

    昭和 349 ◎静岡地方の大地震、ヨコ、昭和10年7月12日撮影(撮影場所不明)

    商品コード: 2003072500042

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    1935年07月12日

    昭和 345 ◎静岡地方の大地震、ヨコ、昭和10年7月12日撮影(撮影場所不明)

    商品コード: 2003063000077

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    1935年07月12日

    昭和 346 ◎静岡地方の大地震、ヨコ、昭和10年7月12日撮影(撮影場所不明)

    商品コード: 2003070100092

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    1935年07月12日

    昭和 352 ◎静岡地方の大地震、昭和10年7月12日

    商品コード: 2004020200093

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    1935年07月12日

    昭和 351 ◎静岡地方の大地震、昭和10年7月12日

    商品コード: 2004020200092

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    1946年12月21日
    昭和21年の南海大地震

    戦災の痛手からようやく立ち直りかけた県民を、マグニチュード8.1の巨大地震が打ちのめした。昭和21年12月21日未明に襲った南海大地震。死者は1330人に上り、高知市では戦災でかろうじて焼け残った家々が手痛い被害を受けた=1946(昭和21)年12月21日、高知県高知市中新町=現桜井町、クレジット:高知新聞社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020070303331

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    1946年12月21日
    南海道地震

    12月21日早朝、西日本地方に震度5の大地震と津波が起き、特に和歌山、高知両県は大きな被害を受けた。震源地は熊野灘。この大地震で死者1088人、負傷1412人、行方不明165人、家屋全壊7350戸、半壊9555戸の被害を出した。写真は兵庫県洲本市出圧町の倒壊家屋=1946(昭和21)年12月21日(21年内地3242)

    商品コード: 2003122000295

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    1949年12月26日
    日光地方中心に大地震(今市地震)

    大地震で倒壊した家屋=1949(昭和24)年12月26日、栃木県今市町(24年内地8923)

    商品コード: 2013111100376

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    1949年12月26日
    日光地方中心に大地震(今市地震)

    大地震による崖崩れ=1949(昭和24)年12月26日、栃木県今市町(24年内地8930)

    商品コード: 2013111100377

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    1949年12月27日
    日光地方中心に大地震(今市地震)

    屋外で共同炊事をする被災者たち=1949(昭和24)年12月27日、栃木県今市町

    商品コード: 2013111100380

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    1949年12月27日
    日光地方中心に大地震(今市地震)

    屋外に避難した被災者たち=1949(昭和24)年12月27日、栃木県今市町

    商品コード: 2013111100378

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    1952年03月04日
    北海道十勝沖地震

    3月4日北海道東部から三陸地方にかけてマグニチュード8.2の大地震が発生、死者・行方不明33人、全壊家屋815戸の被害を出した。北海道厚岸郡浜中村の霧多布(写真)では津波が沿岸の氷を割って押し寄せ民家300戸が被災した、津波に洗われた霧多布村=1952(昭和27)年3月4日(27年内地607)

    商品コード: 2002120200056

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    1952年03月04日
    道路に大きな亀裂 北海道十勝沖地震

    北海道東部から三陸地方にかけてマグニチュード8.2の大地震が発生。釧路港の埠頭付近では道路が隆起し、大きな亀裂が走った=1952(昭和27)年3月4日

    商品コード: 1952030450001

  • 1953年11月26日
    那須信治

    朝の地震について話す東大地震研究所の那須信治所長(東大)=1953(昭和28)年11月26日 (28年内地3526)

    商品コード: 2013022500155

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    1956年02月19日
    無線ロボット地震計

    無線ロボット地震計の送信機と受信器をひとまとめにしたもの=1956(昭和31)年2月19日、東大地震研究室(31年内地746)

    商品コード: 2012040200236

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    1956年05月22日
    桜島噴火について津屋教授見解

    問題の火山弾を手に話す津屋弘達東大教授=1956(昭和31)年5月22日、東大地震研究所(31年内地2341)

    商品コード: 2012041200258

  • 1956年11月24日
    趙強震計完成

    地震による建物のゆがみを精密に測定できるスマック(SMAC)型強震計=1956(昭和31)年11月24日、東大地震研究所(31年内地5073)

    商品コード: 2012080600765

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    1960年05月21日
    チリの大地震

    バルデビア付近の被害=1960(昭和35)年5月21日(UPI=共同)

    商品コード: 2008051200398

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    1960年05月25日
    チリ地震の津波被害

    5月23日、南米チリ沖で起きた大地震による津波が24日、日本の太平洋岸各地に襲来。北海道・三陸沖を中心に死者・行方不明142人を出した。写真は宮城県塩釜市の被害、1960(昭和35)年5月25日(35年内地4178)

    商品コード: 2003012700093

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    1964年06月16日
    新潟地震

    6月16日新潟県を中心にした大地震が発生した。写真は落ちた昭和大橋と燃え上がる昭和石油タンク=1964(昭和39)年6月16日(39年内地2538)

    商品コード: 2003030500132

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    1964年06月17日
    新潟地震

    6月16日新潟県を中心にした大地震が発生し「液状化現象」により県営アパートが倒壊した。写真は県営アパートの窓から家財道具を運び出す被災者たち、新潟市川岸町で=1964(昭和39)年6月17日

    商品コード: 2003030500136

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    1966年02月17日
    無線による地震観測装置

    完成した地震の無線観測網受信装置を見る宮村教授=1966(昭和41)年2月17日出稿、東京・東大地震研究所 (41年内地993)

    商品コード: 2011051600218

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    03:28.54
    1968年03月17日
    「中日映画社」地震予知への闘い

    地震予知への闘い、気象庁では情報収集。東大地震研究所では観測所を新設。<映像内容>十勝沖地震で倒壊しそうな建物 歪んだ線路 気象庁データ収集 地震が続く松代の実地調査 観測機から収集した世界初の記録 記録されていく様子 学会で発表する教授、※撮影日不明・公開日:1968年(昭和43年)5月17日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

    商品コード: 2017112100257

  • 1968年06月06日
    (はぎわら・たかひろ) 萩原尊礼

    地震予知連絡会会長、東大地震研究所教授、南極特別委員会委員(地震担当)、東大教授(地震学)=1968(昭和43)年5月17日撮影

    商品コード: 2006012600040

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    1968年08月15日
    (はぎわら・たかひろ) 萩原尊礼

    東大教授(地震学)、東大地震研究所教授、地震予知連絡会会長、南極特別委員会委員(地震担当)=1968(昭和43)年5月17日撮影

    商品コード: 1968081500010

  • 1971年02月09日
    Workers Looking for Survivors

    (Original Caption) Quake Rocks Southern California. San Fernando, California: Rescue workers search through the wreckage of the collapsed San Fernando Veterans‘ Hospital wing in which numerous patients and hospital workers are believed trapped. Early reports say that seven died when the building collapsed during a rolling earthquake, February 9th that shook Southern California. Damage was widespread with reports still coming in as late as six hours after the first shock.、クレジット:ゲッティ/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。広告、プロモーション、商業目的での利用はできません。

    商品コード: 2019081507613

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    1971年02月26日
    橋桁が落ちた道路 ロサンゼルス大地震

    ロサンゼルス大地震で橋桁が落ちた道路=1971(昭和46)年2月26日(共同)

    商品コード: 1971022650002

  • 1971年11月07日
    米、地下核実験を強行

    東大地震研究所の地震計が捉えた地下核実験による地震波。左から清澄(千葉)、城山(神奈川)、筑波(茨城)の各東大観測所から送られてきたもの=1971(昭和46)年11月7日午前7時15分(46年内地6544)

    商品コード: 2011021500223

  • 1972年08月21日
    イラン関連

    少なくとも5000人の死者を出したイラン南部の大地震で被災した地区を慰問に訪れたパーレビ国王(左端)とファラフ王妃(その右)=1972年8月21日(UPI=共同)

    商品コード: 2014021400603

  • 1973年07月05日
    (はぎわら・たかひろ) 萩原尊礼

    地震予知連絡会会長、東大地震研究所教授、南極特別委員会委員(地震担当)、東大教授(地震学)=1973(昭和48)年6月18日撮影

    商品コード: 2005062100038

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    1974年05月10日
    伊豆半島沖地震

    地震発生から1日半ぶりに変わり果てた中木地区の町に戻ってきた子どもたち。9日朝、元気にバスに乗り学校に着いた直後襲った大地震は、子どもたちの暮らしを一変させてしまった=1974(昭和49)年5月10日、静岡県賀茂郡南伊豆町(49年内地 2850)

    商品コード: 2011120600104

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    1974年12月12日
    地震時の自動車火災実験

    大地震を想定して車を燃やして行われた自動車火災実験。交差点で4千リットルのガソリンを積載したタンクローリー車とダンプカーが衝突、周辺にトラック、乗用車、ライトバンなど36台を配置。火災が起きたら、周辺の民家と車がどのように燃えるか-。点火3分後、風下の民家に燃え移り、18分後タンク内の4千リットルのガソリンはほとんど燃焼、民家も燃えた=1974(昭和49)年12月12日、東京都江東区辰巳の12号埋立地

    商品コード: 2012062200312

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    1975年07月30日
    猛暑の中、都内で震災訓練

    大地震や大規模災害に備えて、都内全域で猛暑のなか行われた震災訓練で応急処置を受け避難する住民。例年「防災の日」の9月1日に行われていたが、関係諸機関との連携訓練の関係で実施を早めた。京浜地区でM6・2、最大震度6(烈震)が発生した-との想定で訓練=1975(昭和50)年7月30日、東京都大田区東六郷

    商品コード: 2013020400134

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    1975年09月01日
    空飛ぶ消防自動車に衣替え

    消防用飛行艇に衣替えする対潜飛行艇PS1一号機。大地震の発生などで大都市圏に大火災が起きたら出動、空から大量の海水をまき消火するという“水爆型”消防用飛行艇の開発が新明和工業で始まった。自衛隊の飛行艇機PS1を消防用に改造して実用テストする(海上自衛隊提供)

    商品コード: 2013031300077

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    1975年11月25日
    中国から地震視察団が来日

    羽田に着いた中国地震学視察代表団。右端は、顧功叙団長(中国地球物理学会理事長)。一行6人は、地震学会と日本学術振興会が招待。3週間にわたり東大地震研、京大防災研、気象庁、国土地理院などで意見交換を行う=1975(昭和50)年11月25日、東京・羽田の東京国際空港

    商品コード: 2013042200129

  • 1976年04月18日
    震災 科学関連

    サンフランシスコ大地震から70周年の1976年4月18日、米地質調査所(USGS)が公表した被災直後のサンフランシスコ市役所の写真=1976年4月18日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014013000304

  • 1976年05月07日
    イタリア関連

    1976年5月6日、大地震に見舞われたイタリア北東部のカサソラで、家を失った被災者たち。ANSA通信の配信写真=1976年5月7日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014022200388

  • 1976年05月07日
    イタリア関連

    1976年5月6日、大地震に見舞われたイタリア北東部のジェモナで、がれきの中で続く犠牲者の遺体の捜索活動。ANSA通信の配信写真=1976年5月7日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014022200389

  • 1976年05月07日
    イタリア関連

    1976年5月6日、大地震に見舞われたイタリア北東部のカサソラで、家を失った被災者たち。ANSA通信の配信写真=1976年5月7日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014022200386

  • 1976年05月12日
    イタリア関連

    1976年5月6日に大地震に見舞われたイタリア北東部のジェモナで、13時間ぶりに自宅の瓦礫の下から救出され、教会の廃虚の前で、当時の恐怖の体験を語る女性=1976年5月12日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014022200422

  • 1976年05月12日
    イタリア関連

    1976年5月6日のイタリア北東部大地震で破壊されたブイアの町=1976年5月12日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014022200428

  • 1976年08月02日
    河北地震で緊急避難 中国から避難の家族ら帰国

    河北地震で中国から緊急避難のため日本航空特別機で羽田空港に着いた日本人家族たち。7月28日発生した河北省大地震の余震を警戒、北京から引き揚げてきた第1陣=1976(昭和51)年8月2日、東京・羽田の東京国際空港

    商品コード: 2014010800119

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    1976年08月25日
    地震対処演習 阪神地区で“大地震発生”

    家屋が倒れ自動車が立ち往生した“模擬市街地”で繰り広げられた「地震対処演習」。「阪神地区に関東大震災級の大地震が発生したらどのような救援体制をとるか」-陸上自衛隊中部方面総監部が演習を行った。中国・唐山市、フィリピン・ミンダナオ島での大地震発生直後で、本番さながら=1976(昭和51)年8月25日、大阪府和泉市の信太山演習場

    商品コード: 2014020600223

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    1976年10月29日
    酒田市の大火

    10月29日夕、山形県酒田市の繁華街にある映画館から出火。火は20メートル近い強風にあおられて燃え広がり、30日未明までに市の中心部約23ヘクタールを焼き尽くした。被災者は約3700人に上り、同市では1894年(明治27年)の庄内大地震以来の大きな被害となった、写真は被災地の航空撮影、昭和51年10月29日

    商品コード: 2003052700094

  • 1976年10月29日
    立ちつくす消防団員 強風下山形・酒田市で大火

    強風にあおられ次々と延焼する住宅密集地。燃え尽きるのを目の前にして立ちつくす消防団員。10月29日夕、山形県酒田市の繁華街にある映画館から出火。火は20メートル近い強風にあおられて燃え広がり、30日未明までに市の中心部約23ヘクタールを焼き尽くした。被災者は約3700人に上り、同市では1894(明治27)年の庄内大地震以来の大きな被害=1976(昭和51)年10月29日、山形県酒田市中町(51年内地 7717-C)

    商品コード: 2014021700423

  • 1976年10月30日
    もくすぶり続ける市街 強風下山形・酒田市で大火

    鎮火後もくすぶり続ける酒田市の市街。10月29日夕、山形県酒田市の繁華街にある映画館から出火。火は20メートル近い強風にあおられて燃え広がり、30日未明までに市の中心部約23ヘクタールを焼き尽くした。被災者は約3700人に上り、同市では1894(明治27)年の庄内大地震以来の大きな被害=1976(昭和51)年10月30日、山形県酒田市で共同通信社ヘリから(51年内地 7740-C)

    商品コード: 2014021700429

  • 1976年10月30日
    焼け残ったものを拾う 強風下山形・酒田市で大火

    わが家の焼け跡から焼け残ったものを拾い集める被災者たち。10月29日夕、山形県酒田市の繁華街にある映画館から出火。火は20メートル近い強風にあおられて燃え広がり、30日未明までに市の中心部約23ヘクタールを焼き尽くした。被災者は約3700人に上り、同市では1894(明治27)年の庄内大地震以来の大きな被害=1976(昭和51)年10月30日、山形県酒田市中町(51年内地 7743-B)

    商品コード: 2014021700432

  • 1976年10月30日
    わが家に戻る被災家族 強風下山形・酒田市で大火

    焼け跡のわが家に戻る被災者の家族。10月29日夕、山形県酒田市の繁華街にある映画館から出火。火は20メートル近い強風にあおられて燃え広がり、30日未明までに市の中心部約23ヘクタールを焼き尽くした。被災者は約3700人に上り、同市では1894(明治27)年の庄内大地震以来の大きな被害=1976(昭和51)年10月30日、山形県酒田市中町(51年内地 7742)

    商品コード: 2014021700431

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