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  • 2020年10月07日
    問10の写真 自らを生き物に例えると?

    79年に大平正芳内閣が提唱した、半袖スーツに代表される夏のファッションは?

  • 2020年06月12日
    手を合わせる古賀元幹事長 古賀氏、岸田派の活躍誓う

    故大平元首相の墓前で手を合わせる自民党岸田派名誉会長の古賀元幹事長=12日、東京都府中市

    撮影: 12日、東京都府中市

  • 2020年04月22日
    成都で未盗掘の漢代墓を発見現代によみがえる当時の「死後の世界」

    M94号墓の主室で見つかった吹簫俑(すいしょうよう)や撫琴俑(ぶきんよう)などの副葬品。(4月22日撮影)中国四川省成都市の成都文物考古研究院は15日、同市の「シンガポール・四川科学技術イノベーションパーク(新川創新科技園)」の南にある五根松墓地で今年実施した発掘調査で、保存状態が非常に良い漢代の墓葬を発見した。墓は盗掘を受けておらず、当時の人々が考えた豪華で謎めいた「死後の世界」を現代によみがえらせた。漢代の人々は「人は死後も生前と同じ生活を送る」と考え、死者を厚く埋葬した。そのため漢代の墓は深刻な盗掘被害を受け、発掘しても何も出てこないことが多い。ところがM94号墓と名付けられた今回の墓葬は、副葬品が完全に残されていただけでなく、墓室内の設備や装飾なども当時の状態が保たれていた。(成都=新華社記者/童芳)=2020(令和2)年4月22日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月22日
    成都で未盗掘の漢代墓を発見現代によみがえる当時の「死後の世界」

    M94号墓の墓室入り口で見つかった鎮墓俑(ちんぼよう)と鎮墓犬。(4月22日撮影)中国四川省成都市の成都文物考古研究院は15日、同市の「シンガポール・四川科学技術イノベーションパーク(新川創新科技園)」の南にある五根松墓地で今年実施した発掘調査で、保存状態が非常に良い漢代の墓葬を発見した。墓は盗掘を受けておらず、当時の人々が考えた豪華で謎めいた「死後の世界」を現代によみがえらせた。漢代の人々は「人は死後も生前と同じ生活を送る」と考え、死者を厚く埋葬した。そのため漢代の墓は深刻な盗掘被害を受け、発掘しても何も出てこないことが多い。ところがM94号墓と名付けられた今回の墓葬は、副葬品が完全に残されていただけでなく、墓室内の設備や装飾なども当時の状態が保たれていた。(成都=新華社記者/童芳)=2020(令和2)年4月22日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月22日
    成都で未盗掘の漢代墓を発見現代によみがえる当時の「死後の世界」

    M94号墓の側室の被葬者が身に着けていた金メッキされた銅製の環首刀(かんしゅとう)。(4月22日撮影)中国四川省成都市の成都文物考古研究院は15日、同市の「シンガポール・四川科学技術イノベーションパーク(新川創新科技園)」の南にある五根松墓地で今年実施した発掘調査で、保存状態が非常に良い漢代の墓葬を発見した。墓は盗掘を受けておらず、当時の人々が考えた豪華で謎めいた「死後の世界」を現代によみがえらせた。漢代の人々は「人は死後も生前と同じ生活を送る」と考え、死者を厚く埋葬した。そのため漢代の墓は深刻な盗掘被害を受け、発掘しても何も出てこないことが多い。ところがM94号墓と名付けられた今回の墓葬は、副葬品が完全に残されていただけでなく、墓室内の設備や装飾なども当時の状態が保たれていた。(成都=新華社記者/童芳)=2020(令和2)年4月22日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月22日
    成都で未盗掘の漢代墓を発見現代によみがえる当時の「死後の世界」

    M94号墓の墓室入り口で見つかった方相氏俑(ほうそうしよう)。方相氏は中国古代の伝説の鬼神。長い舌と牙をむき出し、頭には角を生やしている。左手ではヘビを操り、右手に武器を持つ。(4月22日撮影)中国四川省成都市の成都文物考古研究院は15日、同市の「シンガポール・四川科学技術イノベーションパーク(新川創新科技園)」の南にある五根松墓地で今年実施した発掘調査で、保存状態が非常に良い漢代の墓葬を発見した。墓は盗掘を受けておらず、当時の人々が考えた豪華で謎めいた「死後の世界」を現代によみがえらせた。漢代の人々は「人は死後も生前と同じ生活を送る」と考え、死者を厚く埋葬した。そのため漢代の墓は深刻な盗掘被害を受け、発掘しても何も出てこないことが多い。ところがM94号墓と名付けられた今回の墓葬は、副葬品が完全に残されていただけでなく、墓室内の設備や装飾なども当時の状態が保たれていた。(成都=新華社記者/童芳)=2020(令和2)年4月22日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、江蘇省の高郵市通郵EC産業パークで、リアルタイムで動画を配信しながらアヒルの塩漬け卵を販売する劉文芳さん。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/季春鵬)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、高郵市通郵EC産業パーク内の倉庫で、スタッフと一緒に発送する農産物を梱包する劉文芳さん(中央)。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/李博)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、江蘇省の高郵市通郵EC産業パークで、リアルタイムで動画を配信しながらアヒルの塩漬け卵を販売する劉文芳さん。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/季春鵬)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、江蘇省の高郵市通郵EC産業パークで、リアルタイムで動画を配信しながらアヒルの塩漬け卵を販売する劉文芳さん。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/韓瑜慶)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、江蘇省の高郵市通郵EC産業パークで、リアルタイムで動画を配信しながらアヒルの塩漬け卵を販売する劉文芳さん。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/韓瑜慶)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、高郵市通郵EC産業パーク内の倉庫で、発送する地元の特産物を梱包するスタッフ。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/季春鵬)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、高郵市通郵EC産業パーク内の倉庫で、スタッフと一緒に発送する農産物を梱包する劉文芳さん(中央)。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/李博)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2020年04月15日
    地元の農産物のオンライン販売が好調江蘇省高郵市

    15日、江蘇省の高郵市通郵EC産業パークで、スマホ画面に表示されたライブ動画のアカウントを見せる劉文芳さん。中国江蘇省高郵市に住む劉文芳(りゅう・ぶんほう)さん(45)は、2013年に地元企業「揚州小白兎網絡科技」を設立し、地元の特色ある農産物のオンライン販売を始めた。数年前に同市の通郵EC(電子商取引)産業パークに入居。専門家の支援を受けながらオンライン販売の経験を積み、市場を広げて収入を増やした。昨年の売り上げは1300万元(1元=約15円)に上る。通郵EC産業パーク内には現在、126社が入居しており、市内450余りの企業にインターネットによるワンストップサービスを提供し、創業から4年間の累計売上高は30億元を超えたという。(南京=新華社記者/李博)=2020(令和2)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 00:33.92
    2020年02月19日
    「新華社」大平正芳元首相の孫娘・渡辺満子氏、中国に応援メッセージ

    日本の大平正芳元首相の孫娘で、日中映画祭実行委員会副理事長の渡辺満子氏がこのほど、新型コロナウイルスによる肺炎に立ち向かう中国に対し、「中国頑張れ!武漢頑張れ!」と応援メッセージを送った。<映像内容>大平正芳元首相の孫が中国に応援メッセージ、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ ※サイズの小さい動画です。

  • 2019年06月10日
    大平正芳元首相と中国との縁

    中国政府が大平元首相に授与した中国改革友誼勲章。(6月10日撮影)香川県は遣唐使の一員として中国に渡った弘法大師空海の生まれ故郷として知られる。空海入唐から千年余りの時を経て、この地はまた1人の「友好の使者」を生み出した。彼は中国と日本の国交正常化を推し進め、中国改革開放の初期建設の支援でも傑出した貢献を果たした。その人物こそ大平正芳元首相に他ならない。(東京=新華社記者/冮冶)=2019(令和元)年6月10日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2019年06月03日
    大平正芳元首相と中国との縁

    香川県観音寺市の大平正芳記念館で展示されている大平元首相揮毫の色紙。(6月3日撮影)香川県は遣唐使の一員として中国に渡った弘法大師空海の生まれ故郷として知られる。空海入唐から千年余りの時を経て、この地はまた1人の「友好の使者」を生み出した。彼は中国と日本の国交正常化を推し進め、中国改革開放の初期建設の支援でも傑出した貢献を果たした。その人物こそ大平正芳元首相に他ならない。(東京=新華社記者/冮冶)=2019(令和元)年6月3日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2019年06月03日
    大平正芳元首相と中国との縁

    香川県観音寺市にある大平元首相の墓。(6月3日撮影)香川県は遣唐使の一員として中国に渡った弘法大師空海の生まれ故郷として知られる。空海入唐から千年余りの時を経て、この地はまた1人の「友好の使者」を生み出した。彼は中国と日本の国交正常化を推し進め、中国改革開放の初期建設の支援でも傑出した貢献を果たした。その人物こそ大平正芳元首相に他ならない。(東京=新華社記者/冮冶)=2019(令和元)年6月3日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2019年06月03日
    大平正芳元首相と中国との縁

    香川県観音寺市に立つ大平元首相の銅像。(6月3日撮影)香川県は遣唐使の一員として中国に渡った弘法大師空海の生まれ故郷として知られる。空海入唐から千年余りの時を経て、この地はまた1人の「友好の使者」を生み出した。彼は中国と日本の国交正常化を推し進め、中国改革開放の初期建設の支援でも傑出した貢献を果たした。その人物こそ大平正芳元首相に他ならない。(東京=新華社記者/冮冶)=2019(令和元)年6月3日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2018年12月18日
    大平正芳氏ら2人 中国、大平元首相を表彰

    大平正芳元首相、パナソニック創業者の松下幸之助氏

  • 2018年09月29日
    「中日国交回復」に強い信念、父·田中角栄を追憶田中京氏

    田中角栄平和祈念財団東京事務所で取材を受ける角栄氏の長男・田中京氏。その後ろに置かれているのは、田中角栄氏と大平正芳元首相の揮毫(きごう)の入った飾り皿。(9月29日撮影)今年は「中日平和友好条約」締結40周年にあたるとともに、中日国交回復を成し遂げた戦後日本で代表的な政治家の一人、田中角栄元首相の生誕百年でもある。記者はこのほど、角栄氏の長男で音楽評論家の田中京氏を取材し、元首相の普通の父親としての知られざる一面や、国交回復にまつわるエピソードを語ってもらった。(東京=新華社配信/陳新)=2018(平成30)年9月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2018年09月29日
    「中日国交回復」に強い信念、父·田中角栄を追憶田中京氏

    田中角栄平和祈念財団東京事務所で取材を受ける角栄氏の長男・田中京氏。その後ろに置かれているのは、田中角栄氏と大平正芳元首相の揮毫(きごう)の入った飾り皿。(9月29日撮影)今年は「中日平和友好条約」締結40周年にあたるとともに、中日国交回復を成し遂げた戦後日本で代表的な政治家の一人、田中角栄元首相の生誕百年でもある。記者はこのほど、角栄氏の長男で音楽評論家の田中京氏を取材し、元首相の普通の父親としての知られざる一面や、国交回復にまつわるエピソードを語ってもらった。(東京=新華社配信/陳新)=2018(平成30)年9月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2018年07月25日
    大平正芳記念館の石破氏 「1強」に政策論争で挑戦

    大平正芳元首相の記念館を訪問する自民党の石破茂元幹事長=13日、香川県観音寺市

    撮影: 13日、香川県観音寺市

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    2018年07月13日
    墓参をする石破茂氏 西日本豪雨、戦略に影響

    故大平正芳元首相の墓参りをする自民党の石破元幹事長(左)=13日午後、香川県観音寺市

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    2018年07月13日
    記念館を訪問した石破氏 西日本豪雨、戦略に影響

    故大平正芳元首相の記念館を訪れた自民党の石破元幹事長=13日午後、香川県観音寺市

    撮影: 13日午後、香川県観音寺市

  • 2018年06月23日
    会談する金氏と大平氏 元韓国首相の金鍾泌氏死去

    1962年、大平正芳外相(右)と会談する韓国の金鍾泌中央情報部長=東京都内

  • 2017年12月19日
    報告をする園田直外相 脅威にさせない協力を

    1979年4月、帰国後に大平正芳首相(右)へ訪米中の会談の報告をする園田直外相=首相官邸

  • 2017年07月22日
    墓参する岸田氏 「結束し政権支える」

    故大平正芳元首相の墓参をする岸田外相=22日午前、香川県観音寺市

    撮影: 22日午前、香川県観音寺市

  • 2017年06月12日
    あいさつする古賀誠氏 古賀氏「早期に結果を」

    故大平正芳元首相の墓参りをし、あいさつする古賀誠・元自民党幹事長=12日午前、東京都府中市

    撮影: 12日午前、東京都府中市

  • 2016年09月06日
    墓参りする玉木雄一郎氏 国家像競う、政権へ対抗

    故大平正芳元首相の墓参りをする民進党の玉木雄一郎国対副委員長=6日午後、香川県観音寺市

    撮影: 6日午後、香川県観音寺市

  • 2015年12月23日
    鄧小平氏との昼食会 中国で車急増なら地球大変

    1979年12月、鄧小平氏(中央)との昼食会に臨む大平正芳首相(左)、大来佐武郎外相(右)=北京(共同)

  • 2015年12月23日
    勢ぞろいした各国首脳 「内閣つぶれる」危機感

    1979年6月、東京サミットで迎賓館の庭に勢ぞろいした各国首脳。大平正芳首相(左から4人目)、カーター米大統領(左から3人目)、フランスのジスカールデスタン大統領(右から3人目)=東京・元赤坂

  • 2015年11月30日
    称号授与される大平裕氏 大平元首相次男に名誉教授

    30日、北京外国語大学で名誉教授の称号を授与される大平正芳元首相の次男、裕氏(左)(共同)

  • 2015年11月19日
    田中内閣が記念撮影 三角大福中が勢ぞろい

    1973(昭和48)年11月25日、第2次田中第1次改造内閣が発足し記念撮影。前列には(左から)中曽根康弘通産、福田赳夫大蔵、田中角栄首相、三木武夫国務、大平正芳外務と三角大福中の閣僚がそろい踏み。小渕恵三総務副長官(最後列左から2人目)もいて、後に首相となった人物5人がそろった。

  • 2015年09月10日
    腕組みをする福田赳夫 転換期が流行語生む

    1974年1月、衆院本会議で腕組みをする蔵相福田赳夫。左は外相大平正芳、右は首相田中角栄

  • 2015年05月07日
    省エネルックの大平首相 帝国議会当初は完全正装

    オイルショック後に省エネ対策で登場した半袖スーツの「省エネルック」を身に着けた大平正芳首相(右)=1979年6月、首相官邸

  • 2015年05月07日
    初の衆参ダブル選挙へ 大平内閣不信任案が可決

    1980(昭和55)年5月16日、衆院本会議で社会党提出の大平内閣不信任決議案が、福田、三木など自民党非主流派の欠席で可決された。大平正芳首相(中央)には予想外の展開だったが、内閣は総辞職せず衆院を解散。初の衆参同日選挙となり、大平首相が急死したことも影響して自民党が圧勝した。

  • 2015年02月24日
    勢ぞろいした各国首脳 アジアで初の開催

    東京サミット(第5回先進国首脳会議)の1日目、迎賓館の庭に勢ぞろいした各国首脳。左からジェンキンズEC委員長、クラーク・カナダ首相、カーター米大統領、大平正芳首相、シュミット・西ドイツ首相、ジスカールデスタン・フランス大統領、サッチャー英首相、アンドレオッチ・イタリア首相=1979(昭和54)年6月28日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第7巻使用画像(P158)

  • 2015年01月29日
    田中首相一行 万里の長城を見学

    万里の長城を見学する田中角栄首相(中央)一行。前列右は姫鵬飛中国外相。その後ろは大平正芳外相=1972(昭和47)年9月27日 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第6巻使用画像(P117)

  • 2015年01月24日
    会談する金氏と大平氏 日韓正常化、意義を強調

    会談する大平正芳外相(右)と金鍾泌韓国中央情報部長(肩書きはいずれも当時)=1962年、東京都内

  • 2014年11月20日
    「傘」に安住せず模範たれ

    大平正芳と核密約の流れ

  • 2014年11月20日
    「傘」に安住せず模範たれ

    大平正芳と核密約の流れ

  • 2014年06月12日
    あいさつする古賀氏 古賀氏、大平氏命日に墓参

    故大平正芳元首相の墓参りをし、あいさつする自民党の古賀誠元幹事長=12日、東京都府中市

    撮影: 12日、東京都府中市

  • 2014年05月22日
    13日後に急死 大平首相が緊急入院

    1980(昭和55)年5月30日、初の衆参ダブル選挙で、東京・新宿の街頭演説中に苦しそうな表情を見せる大平正芳首相。深夜に虎の門病院に緊急入院し、13日後に心筋梗塞により急死した。自民党内の内紛は党首を失い収拾、同情票で選挙は自民党が大勝し安定多数を確保、鈴木善幸内閣が誕生する。

  • 2014年05月01日
    第12回東京サミット 中曽根議長、上機嫌

    1986(昭和61)年5月5日、東京・元赤坂の迎賓館で第12回先進国首脳会議(東京サミット)の記念撮影が行われた。議長の中曽根康弘首相はレーガン米大統領、サッチャー英首相ら各国首脳に囲まれて上機嫌。7年前の大平正芳首相時以来の東京開催だった。

  • 2013年06月13日
    大平首相急死が影響 衆参ダブル選挙で自民圧勝

    1980(昭和55)年6月23日、憲政史上初の衆参同日選挙(22日投票)で自民党が大勝した。大平正芳首相は党内抗争にもまれた揚げ句、内閣不信任案の可決で衆院を解散したが、投票日の直前に急死。同情票を集める形で自民党が安定多数を確保、鈴木善幸(左から2人目)内閣誕生へとつながった。

  • 2013年05月30日
    大平首相がPR 省エネルックを披露

    1979(昭和54)年6月6日、オイルショック後に省エネ対策で登場したのが半袖スーツの「省エネルック」。大平正芳首相自ら身に着け国民にアピールした。涼しそうに見えるものの「かっこいい」という反応は少なく定着することはなかった。左は音頭取り役の江崎真澄通産相。

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    2013年04月08日
    写真に納まるサッチャー氏 サッチャー元英首相死去

    1979年6月、東京サミットの朝食会を前に写真に納まるサッチャー英首相(左から4人目)ら各国首脳。左から2人目は大平正芳首相=首相官邸

  • 2012年02月24日
    第2次大平内閣 減税、弱者対策で道筋

    1979年11月、第2次大平内閣発足で記念撮影する閣僚たち。前列中央が大平正芳首相、右隣が竹下登蔵相=首相官邸

    撮影: 首相官邸

  • 2012年02月24日
    演説する大平首相 消費税源流に「贖罪」

    1980年5月、衆参同日選挙で演説する大平正芳首相=東京・新宿

    撮影: 東京・新宿

  • 2011年05月26日
    13日後に急死 大平首相が緊急入院

    1980(昭和55)年5月30日、初の衆参ダブル選挙で、東京・新宿の街頭演説中に苦しそうな表情を見せる大平正芳首相。深夜に虎の門病院に緊急入院したが13日後に心筋梗塞により急死した。党首を失って自民党内の内紛は収拾、同情票も集まり選挙は自民党が大勝し安定多数を確保、鈴木善幸内閣が誕生する。

  • 2010年11月18日
    田中内閣が記念撮影 三角大福中が勢ぞろい

    1973(昭和48)年11月25日、第2次田中第1次改造内閣が発足し記念撮影。前列には(左から)中曽根康弘通産、福田赳夫大蔵、田中角栄首相、三木武夫国務、大平正芳外務と三角大福中の閣僚がそろい踏み。小渕恵三総務副長官(最後列左から2人目)もいて、後に首相となった人物が5人もそろった。

  • 2010年05月06日
    初の衆参ダブル選挙へ 大平内閣不信任案が可決

    1980(昭和55)年5月16日、衆院本会議で社会党提出の大平内閣不信任決議案が、福田、三木など自民党非主流派の欠席で可決された。大平正芳首相(中央)には予想外の展開だったが、内閣は総辞職せず衆院を解散。初の衆参同日選挙となり、大平首相が急死したことも影響して自民党が圧勝した。

  • 2010年04月29日
    第12回東京サミット 中曽根議長、上機嫌

    1986(昭和61)年5月5日、東京・元赤坂の迎賓館で第12回先進国首脳会議(東京サミット)の記念撮影が行われた。議長の中曽根康弘首相は、レーガン米大統領、サッチャー英首相らに囲まれ上機嫌。7年前の大平正芳首相以来の東京開催だった。

  • 2010年02月04日
    「鉄の女」サッチャー 英国初の女性党首

    1975(昭和50)年2月11日、英保守党の党首にサッチャー前教育科学相が女性として初めて選ばれた。79年の総選挙で労働党から政権を奪取し首相に。市場優先政治で「英国病」に挑み、左派への強硬姿勢などでソ連から「鉄の女」と呼ばれた。写真は79年6月に東京サミットで来日し大平首相と握手。

  • 2009年12月30日
    大平・サッチャー両首相 女性空手警護団に英困惑

    54年東京サミット 145-(1) 東京サミットで来日、大平首相(左)とあいさつを交わすサッチャー英首相=79年6月、首相官邸

  • 2009年11月01日
    大平正芳氏ら2人 64年に核密約を再確認

    大平正芳氏、ライシャワー氏

  • 2009年10月24日
    あいさつする大平知範さん 北京で大平氏記念シンポ

    故大平正芳元首相を記念した学術シンポジウムであいさつする、孫で大平正芳記念財団の大平知範さん=24日、北京市の北京外国語大学(共同)

    撮影: 24日、北京市の北京外国語大学

  • 2009年10月24日
    記念シンポジウム 北京で大平氏記念シンポ

    北京市内で開かれた、故大平正芳元首相を記念した学術シンポジウム=24日(共同)

    撮影: 24日

  • 2009年06月18日
    大平首相急死が影響 衆参ダブル選挙で自民圧勝

    1980(昭和55)年6月23日、憲政史上初の衆参同日選挙(22日投票)で自民党が大勝した。大平正芳首相は党内抗争にもまれた揚げ句、内閣不信任案の可決で衆院を解散したが、投票直前に急死。自民党は同情票を集める形で安定多数を確保し、鈴木善幸(左から3人目)内閣誕生へとつながる。

  • 2009年05月31日
    大平外相と駐日米大使 歴代外務次官らが管理

    1962年9月、会談する大平正芳外相(右)とライシャワー駐日米大使

  • 2009年05月28日
    大平首相がPR 省エネルック披露

    1979(昭和54)年6月6日、オイルショック後の省エネルギー対策で登場したのが半袖スーツ「省エネルック」。大平正芳首相自らが首相官邸で国民にアピールした。左は音頭取り役の江崎真澄通産相。涼しそうに見えたが「かっこいい」という反応は少なく、定着しなかった。

  • 2008年12月01日
    田中後継選び難航 椎名裁定で三木総裁誕生

    金脈問題で退陣表明した田中角栄首相の後継選びが難航。自民党の椎名悦三郎副総裁は1974(昭和49)年12月1日、三木武夫氏を党総裁とする裁定を下した。大平正芳氏らは反発したが、三木政権は9日に発足。 写真:自民党本部で椎名副総裁(中央奥)との会談に臨む三木武夫氏(左手前)ら

  • 2008年05月06日
    五輪マスコット渡す胡主席 胡中国主席が来日

    大平正芳元首相のひ孫に北京五輪のマスコットを手渡す中国の胡錦濤国家主席(右端)=6日夜、東京都内のホテル

  • 2008年05月06日
    胡主席と大平裕氏 胡中国主席が来日

    大平正芳元首相の次男、裕氏(左)から本を贈られる胡錦濤主席=6日夜、東京都内のホテル

  • 2008年02月03日
    大平蔵相と宮沢外相 枯渇する秘密の財源

    1975年1月9日、大平正芳蔵相(左)と復活折衝する宮沢喜一外相。下旬に米軍住宅問題で米側と会談、日本側負担について外相当時の大平氏の見解は誤りと述べた

  • 2007年06月28日
    初当選の宮沢喜一氏 宮沢元首相が死去

    1953年4月、参院広島地方区で初当選の宮沢喜一氏。左は激励に駆け付けた大平正芳氏

  • 2006年11月23日
    大平・ライシャワー会談 ライシャワー勧告で中止

    1962年9月、沖縄問題で会談する大平正芳外相(右)とライシャワー駐日米大使

  • 2006年09月10日
    墓参する谷垣財務相 故大平元首相に出馬報告

    故大平正芳元首相の墓を訪れた谷垣財務相=10日午前、東京都府中市の多磨霊園

    撮影: 10日午前、東京都府中市の多磨霊園

  • 2006年09月10日
    谷垣財務相が墓参 故大平元首相に出馬報告

    故大平正芳元首相の墓前で手を合わせる谷垣財務相=10日午前、東京都府中市の多磨霊園

    撮影: 10日午前、東京都府中市の多磨霊園

  • 2006年08月29日
    大平氏と福田首相 「天の声にも変な声」

    1978年11月28日、自民党総裁予備選で1位になった大平正芳氏(左)と会談する福田赳夫首相=首相官邸

  • 2006年05月16日

    50年内地 8605 ◎参院本会議 寺田熊雄氏(社会)の質問に答弁する大平蔵相=1975(昭和50)年12月13日、国会(大平正芳)

  • 2005年10月05日
    田中・周会談 「軍国主義勢力は区別」

    1972年9月25日、北京の迎賓館で中国の周恩来首相と会談する田中角栄首相(中央)。左は大平正芳外相。中国側の戦争賠償請求放棄の論理が後に首相参拝批判につながる(共同)

  • 2005年08月26日
    金・大平会談 韓国、竹島で第三国調停案

    1962年11月、外務省で韓国の金鍾泌・中央情報部長(中央)と会談する大平正芳外相(右)

  • 2005年08月15日
    議場を出る大平首相 大量欠席でまさかの可決

    もみくちゃにされながら衆院本会議場を出る大平正芳首相=1980年5月16日

    撮影: 1980年5月16日

  • 2003年10月23日
    参院に初当選 宮沢元首相が政界引退

    1953年4月、参院広島地方区で初当選の宮沢喜一氏。左は激励に駆け付けた大平正芳氏

  • 2002年03月28日
    金鍾泌―大平正芳会談 大物訪韓決めた料亭の密会

    大野伴睦氏との会食の直前、金鍾泌氏(中央)は外務省で当時の大平正芳外相(右)と3時間余り会談し、「金―大平メモ」と呼ばれる「5億円賠償」の極秘メモをつくった=1962年11月12日

  • 2001年10月20日
    上海協力機構の17年黄浦江から黄海までの歩み

    上海黄浦江で打ち上げられる花火。(2001年10月20日に撮影)17歳といえば若さと才能あふれる青年といえよう。2001年に中国上海市で設立された上海協力機構(SCO)がたどった道のりは決して平凡なものではなかった。平和と安定への力は絶えず強まり、発展のための原動力が繰り返し生み出され、影響力は広がり続け、勢いよく発展する新段階に入った。雨風を共に乗り越えた17年間、上海協力機構は相互尊重、公平正義、協力互恵の新型国際関係の道をたどってきた。上海協力機構加盟国政府首脳理事会第18回会議は初夏6月、山東省青島市で開催する。「上海精神」を発揚し、成功経験を総括、未来に向けた計画を定め、加盟国拡大後の各国間の協力を強化することにより、青島サミットは必ずや上海協力機構の発展における新たな一里塚となり、この新型地域組織の歴史に新たな章を書き加えることになる。(上海=新華社記者/陳飛)=2001(平成13)年10月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

  • 2001年05月16日
    会見する大平理事長 退院は早くて3カ月後

    非過熱血液製剤投与でエイズとC型肝炎に重複感染し、生体肝移植を受けた患者の状態について記者会見する「はばたき福祉事業団」の大平勝美理事長=16日午後、厚生労働省

    撮影: 16日午後、厚生労働省

  • 2001年04月23日
    大平内閣で厚相 自民新総裁に橋本龍太郎氏

    78(昭和53)年12月、大平内閣が発足、厚相となり笑顔で官邸入りする橋本龍太郎氏

  • 2001年03月13日
    原告団代表らが記者会見 エイズ医療の体制拡充を

    坂口厚生労働相との面会を終え、記者会見する(右から)東京HIV訴訟原告団の鈴木事務局長と大平世話人、大阪HIV薬害訴訟原告団の花井代表=13日午後、厚生労働省

  • 2000年02月07日
    3野党欠席の衆院予算委 正常化へ向け動き本格化

    国会正常化への動きが出てきたが、衆院予算委は3野党が欠席のまま開かれた=7日午後

    撮影: 7日午後

  • 2000年01月06日
    衆参同日選の大平正芳 「小さな政府」目指して

    )、企画11S、17日付朝刊以降使用、解禁厳守、モノクロのみ  衆参同日選でこぶしを振り上げ支持を訴える大平正芳首相=80(昭和55)年5月30日、東京・新宿

    撮影: 80

  • 2000年01月06日
    移転準備の宏池会事務所 「小さな政府」目指して

    )、企画11S、17付朝刊以降使用、解禁厳守  約43年の歴史に幕を閉じ、移転の準備が進められている自民党加藤派(旧宏池会)事務所に飾られた第3代会長・大平正芳元首相の肖像写真。「派閥解消」を理由に約20年前から使われていなかった派閥名「宏池会」も事務所移転を機に復活することになった=東京・赤坂

  • 2000年01月05日
    密造銃 筒形の密造銃2丁を所持

    大平昌臣容疑者が持っていた筒形で38口径の実弾を発射できる密造銃

  • 1999年07月31日
    大平氏とライシャワー氏 核搭載艦の寄港を了承

    大平正芳氏とライシャワー氏

  • 1999年07月31日
    大平・ライシャワー会談 核搭載艦の寄港を了承

    沖縄問題で会談する大平正芳外相(右)とライシャワー駐日米大使=62(昭和37)年9月

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    1999年07月31日
    「ライシャワー電文」 核搭載艦の寄港を了承

    大平正芳外相(当時)が核兵器を搭載した米艦船の寄港を了承していた事実を記した「ライシャワー電文」のコピー

  • 1996年01月08日
    最年少で厚相 橋本氏が首相候補に決定

    大平内閣発足、最年少で厚相となり笑顔で官邸入りする橋本竜太郎氏=1978年12月(橋本龍太郎)

    撮影: 1978年12月

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    1995年09月19日
    半世紀経て国際慰霊祭 ばらまく菓子に群がる子供

    )、社会403S、9月22日付朝刊用、解禁厳守、一括使用も可  中国人犠牲者を慰霊する「日中永遠和平の像」=岩手県釜石市の大平公園(モノクロ複写)

    撮影: 岩手県釜石市の大平公園

  • 1995年09月08日
    親子で厚生大臣 自民党新総裁に橋本氏

    大平内閣発足時、最年少で親子そろっての厚相となり笑顔で官邸入りする橋本竜太郎氏=昭和53年12月7日

    撮影: 昭和53年12月7日

  • 1995年06月09日
    金・大平メモ 経済発展に寄与と評価

    )の(イ)、外信404S、14日付朝刊以降使用  日韓国交正常化交渉で請求権資金に決着をつけた1962年11月作成の金鍾泌・中央情報部長と大平外相の「金・大平メモ」(共同)

  • 1991年10月16日
    総裁選出馬の報告をする宮沢氏 故大平氏の墓前で必勝誓う

    故大平正芳元首相の墓前で、自民党総裁選出馬の報告をする宮沢喜一氏=1991(平成3)年10月16日午前、香川県豊浜町の町営墓地公園

    撮影: 1991

  • 1991年10月11日
    宮沢喜一氏の生い立ち

    参議院議員に初当選した宮沢喜一氏(右)。大平正芳氏が激励に駆け付けた=1953(昭和28)年4月(1991(平成3)年10月11日出稿)

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1989年04月01日
    竹下首相が 故大平首相の墓前に報告

    故大平元首相の墓前に「消費税導入」の報告をする竹下首相、右端は直子夫人=1989(平成元)年4月1日午前11時50分、東京都府中市の多磨霊園(竹下登、代表撮影)

    撮影: 1989

  • 1987年10月18日
    宮沢蔵相の生い立ち

    昭和28年4月、参議院議員に初当選し、大平正芳氏が激励に駆け付けた(宮沢喜一)

  • 1986年06月12日
    中曽根首相があいさつ 故大平元首相の七回忌

    大平元首相の遺影の前であいさつする中曽根首相=1986(昭和61)年6月12日、東京・虎ノ門

    撮影: 1986

  • 1985年06月23日
    記者会見 日本人宇宙飛行士候補

    記者会見する(左から)内田千城、岸上順一、八木哲也、内藤千秋、毛利衛、大平充宣、土井隆雄の各氏=1985(昭和60)年6月23日、米・ヒューストン(共同)

  • 1985年06月12日
    環太平洋構想を推進 大平記念財団が発会式

    「大平正芳記念財団」設立レセプションに出席した中曽根首相(右)と鈴木前首相=1985(昭和60)年6月12日、東京虎ノ門のホテルオークラ

  • 1983年10月24日
    伊藤昌哉

    伊藤昌哉、文化、いとう・まさや、死去・2002年12月13日、政治評論家、内閣官房調査員、池田勇人首相秘書官、宏池会事務局長、大平正芳首相ブレーン、西日本新聞政治部記者=1983(昭和58)年10月24日

    撮影: 1983

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