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「大本営」の写真・映像

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  • 1927年11月14日
    旧帝国陸軍

    陸軍特別大演習 愛知県で行われた時の大本営(名古屋)=1927(昭和2)年11月(撮影日不確定 運用メモ参照)

    商品コード: 2016041300175

  • 1932年11月07日
    日本電報通信社資料

    天皇陛下が大阪滞在中に使用される用度品を行在所に搬入する車列=1932(昭和7)年11月7日、大阪城内大本営(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932110700003

  • 1936年10月01日
    旧帝国陸軍

    陸軍特別大演習 北海道大学農学部に置かれた大本営(札幌)=1936(昭和11)年10月(ネガ記載の日付 撮影日不確定)運用メモ参照

    商品コード: 2016041300176

  • 1937年12月31日
    天皇が臨席し大本営会議

    1937(昭和12)年11月24日、昭和天皇(中央)が臨席し、宮殿・東一の間で開かれた第1回大本営会議。出席者は(右列奥から手前へ)陸軍側、参謀総長の閑院宮、杉山元陸相、多田駿参謀次長、下村定参謀本部第一部長、(左列奥から手前へ)海軍側、軍令部総長の伏見宮、米内光政海相、島田繁太郎軍令部次長、近藤信竹軍令部第一部長。12月13日の南京陥落の前だが、支那事変処理根本方針を審議した。この写真は宮内省から提供され、各紙は1938(昭和13)年元旦号で掲載した。(資料29271、宮内省貸し下げ)

    商品コード: 2004020300053

  • 1938年10月22日

    皇M 420 ◎秩父宮雍仁(ちちぶのみや・やすひと) バイアス湾上陸作戦に大本営陸軍参謀として参加した秩父宮殿下(左、上陸軍護衛の艦上で)=1938(昭和13)年10月(撮影日不確定 運用メモ参照)  大正天皇第2男子、親王 (皇M418、皇M419参考)

    商品コード: 2010122000156

  • 1940年04月24日

    皇M 057 ◎昭和天皇 裕仁 東京・霞が関の大本営海軍部行幸の天皇陛下=1940(昭和15)年4月24日 (昭和天皇、裕仁(ひろひと))  海軍省提供  運用メモ参照

    商品コード: 2010121700077

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    1940年10月31日
    澄田睞四郎(すみた・らいしろう)

    陸軍軍人。陸軍大学校を卒業、大本営参謀、仏印国境監視委員長などを経て、1941年陸軍中将=1940(昭和15)年10月複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 2014051100071

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    1941年12月08日
    日本、米英と開戦 太平洋戦争勃発

    この日未明、日本軍はイギリス領マレー半島コタバルに上陸し、現地の英軍と交戦状態に入り、ついでハワイ島真珠湾の米軍に奇襲攻撃を行った。写真は「帝国陸海軍は本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」と歴史的な発表をする大平秀雄・大本営陸軍報道部長=1941(昭和16)年12月8日

    商品コード: 2005092900080

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    1942年12月11日
    第1617号 「同盟写真特報」

    敵は幾億有りとても、大本営海軍部貸下、写真は連合艦隊司令長官山本五十六大将と不敗の堅陣布く帝国艦隊の艨艟(もうどう)、昭和16年12月11日(木曜日)第1617号

    商品コード: 2009011900136

  • 1943年03月01日
    谷萩那華雄(やはぎ・なかお)

    陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。1895年茨城県生まれ。大本営陸軍報道部長を経て、第15独立守備隊長としてスマトラで従軍、1944年には第25軍参謀長、1949年7月8日インドネシア、スマトラ島メダンで戦犯として刑死=1943(昭和18)年3月1日

    商品コード: 2009091000446

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    1943年05月19日
    (たしろ・いたる) 田代格

    海軍中佐、大本営報道部=1943(昭和18)年5月19日、撮影場所不明

    商品コード: 2019072601494

  • 1944年07月31日

    皇M 080 ◎昭和天皇 裕仁 大本営陸軍部行幸の車列(市ケ谷の陸軍士官学校跡)=1944(昭和19)年7月31日 (昭和天皇、裕仁(ひろひと)) 運用メモ参照

    商品コード: 2010121700155

  • 1944年12月31日
    昭和天皇、裕仁(ひろひと)

    1944(昭和19)年8月19日、昭和天皇(奥中央)が臨席し宮殿・東一の間で開かれた最高戦争指導会議。それまでの大本営政府連絡会議を廃止し、代わりに設置された会議である。出席者は(右列奥から手前へ)蓮沼蕃侍従武官長、小磯国昭首相、米内光政海相、重光葵外相、杉山元陸相、田中武雄内閣書記官長、多田武雄海軍省軍務局長、佐藤賢了陸軍省軍務局長、(左列奥から手前へ)及川古志郎軍令部総長(後頭部のみ)、梅津美治郎参謀総長、秦彦三郎参謀次長、伊藤整一軍令部次長。上座のテーブルに着席した首相と閣僚、軍令部総長と参謀総長が構成員であり、蓮沼侍従武官長は陪席者である。そのほかは列席者や幹事である。この写真は12月に宮内省から提供され、各紙は1945(昭和20)年元旦号の紙面で掲載した。皇M番号なし 運用メモ参照

    商品コード: 2015120900057

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    1945年02月28日
    太平洋戦争硫黄島の戦い

    1945(昭和20)年2月19日、米軍が沖縄と日本本土攻略を前に小笠原諸島硫黄島に上陸、23日に同島摺鉢山を占領し、3月26日に全島を制圧した。大本営は同島日本軍との通信が17日の総攻撃を知らせる打電を最後に途絶えたと3月21日に発表。2万9百余名の同島日本軍の内2万人以上が死亡、米軍も6千人以上の死亡者を出すなど、両軍に多大な損害をもたらす激戦であった。写真は硫黄島に上陸し一寸刻みの激戦を続ける米軍=1945(昭和20)年2月(撮影日不詳)(米軍通信隊撮影)

    商品コード: 2010060200282

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    1945年06月06日
    国民抗戦必携

    大本営陸軍部が刊行した小冊子「国民抗戦必携」の表紙=1945(昭和20)年6月

    商品コード: 2014081900230

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    1945年09月02日
    敗戦 太平洋戦争

    1945年9月2日、東京湾上の米戦艦ミズーリで行われる降伏文書調印式典に出席するため、米海軍駆逐艦ニコラスに乗船する日本側代表。右手前から左後方へ、大本営の全権の梅津美治郎参謀総長、随員の宮崎周一大本営陸軍部第一部長、随員の富岡定俊大本営海軍部第一部長、随員の加瀬俊一情報局第三部長(外相秘書官)。同艦で、式典会場となる戦艦ミズーリまで運ばれる(ACME)

    商品コード: 2010102600176

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    1945年09月02日
    敗戦 太平洋戦争

    1945年9月2日、東京湾上の米戦艦ミズーリで行われた式典で調印された日本降伏文書の署名欄。上から重光葵(外相=天皇および日本政府全権代表)、梅津美治郎(陸軍参謀総長=大本営全権代表)、ダグラス・マッカーサー(連合国軍最高司令官=連合国代表)、チェスター・ニミッツ(米海軍第3艦隊司令官=米国代表)、徐永昌(国民政府軍令部長=中華民国代表)、以下、英国、ソ連、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ニュージーランド各代表

    商品コード: 2010102900475

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    1945年09月02日
    敗戦 太平洋戦争

    1945年9月2日、東京湾上の米戦艦ミズーリで行われた降伏文書調印式典で調印する大本営全権代表の梅津美治郎陸軍参謀総長。左端はマッカーサー連合国軍最高司令官、中央はサザーランド連合国軍最高司令部総参謀長(METRO GROUP EDITORIAL SERVICE)

    商品コード: 2010102600180

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    1945年09月02日
    敗戦 太平洋戦争

    1945年9月2日、降伏文書調印式典出席のため東京湾上の米戦艦ミズーリに乗艦する日本代表団の一員、宮崎周一大本営陸軍部第一部長(陸軍中将)。米陸軍通信隊撮影(ACME)

    商品コード: 2010102600188

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    1945年10月26日
    大本営移転予定地

    長野山中の大本営移転予定地=1945(昭和20)年10月26日、長野県松代

    商品コード: 2014081900548

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    1945年10月26日
    大本営移転予定地

    長野山中に建設された丹那トンネルより長い地下壕舎の廊下の一部=1945(昭和20)年10月26日、長野県松代

    商品コード: 2014081900550

  • 1953年02月14日
    富岡定俊

    衆院予算委公聴会で意見を述べる富岡定俊・元海軍少将(大本営作戦部長)=1953(昭和28)年2月14日 (28年内地471)

    商品コード: 2012100200095

  • 1956年04月22日
    予定地 松代大本営予定地跡

    松代大本営予定地の外部=1956(昭和31)年4月22日、長野県埴科郡松代町

    商品コード: 2006091200557

  • 1956年04月22日
    建物内部 松代大本営予定地跡

    松代大本営予定地の内部。現在は地震観測所になっている=1956(昭和31)年4月22日、長野県埴科郡松代町

    商品コード: 2006091200556

  • 1957年08月03日
    旧大本営跡地 松代地震観測所

    長野県埴科郡西条村の松代地震観測所=1957(昭和32)年8月3日(32年内地1258)

    商品コード: 2007011800258

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    1960年08月02日
    広島城

    広島城で夏の虫を追って遊ぶ子どもたち。この城は日清戦争の時大本営が設けられたが原爆で壊滅し昭和33年に復元された=1960(昭和35)年8月2日(35年内地6212)

    商品コード: 2008051200625

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    1965年08月07日
    初公開された皇居内、元大本営地下防空壕(ごう)

    地下防空壕(ごう)通路の会議室扉=1965(昭和40)年8月7日(40年内地4443)

    商品コード: 2011080900195

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    1965年08月07日
    初公開された皇居内、元大本営地下防空壕(ごう)

    上空から見た現在(1965年)の皇居。(1)地下防空壕(ごう)、(2)お文庫、(3)吹上御所、(4)新宮殿工事現場、(5)宮内庁、上方は丸の内ビル街=1965(昭和40)年8月7日(40年内地4440)

    商品コード: 2011080900192

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    1965年08月07日
    初公開された皇居内、元大本営地下防空壕(ごう)

    御前会議が行われた防空壕(ごう)内の会議室=1965(昭和40)年8月7日(40年内地4441)

    商品コード: 2011080900193

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    1965年08月07日
    初公開された皇居内、元大本営地下防空壕(ごう)

    地下防空壕(ごう)入口。黒く塗った外壁の迷彩は剥げ落ちている=1965(昭和40)年8月7日(40年内地4442)

    商品コード: 2011080900194

  • 1968年10月20日
    明治100年

    広島大本営跡。後方は広島城(43年内地 4930)

    商品コード: 2011061700153

  • 1983年12月07日
    降伏調印に望む全権団 太平洋戦争の始めと終わり

    降伏文書調印―1945年9月2日、ミズーリ号に到着した日本の全権団。前列左が政府の全権の重光葵外相、右が大本営全権の梅津美治郎参謀総長。2列目以降は随員で、左から宮崎周一大本営陸軍部第一部長(陸軍中将)、岡崎勝男終戦連絡中央事務局長官(シルクハット)、太田三郎終戦連絡中央事務局第三部長(無帽)、柴勝男大本営海軍参謀(眼鏡)、加瀬俊一情報局第三部長(外相秘書官、シルクハット)、杉田一次大本営陸軍参謀、永井八津次大本営陸軍参謀=米国防省より入手(58年カラーニュース2066)

    商品コード: 2005052400134

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    1989年07月08日
    御座所 陸海空から刻々データ

    太平洋戦争末期、陸軍が極秘で掘った地下壕「松代大本営」(現気象庁地震観測所)内に残る昭和天皇の御座所。約15畳で総ヒノキ、書院風の床の間付き=長野市松代町の気象庁地震観測所、撮影年月日不明

    商品コード: 2008100800138

  • 1993年01月06日
    丸山寿美太郎・軍人

    丸山寿美太郎・海軍幹部、大本営参謀、少佐=1905(明治38)年10月22日の日露戦争凱旋奉告式より、半・正・複・

    商品コード: 1993010600161

  • 1993年01月06日
    江頭安太郎・軍人

    江頭安太郎・海軍幹部・大本営参謀・大佐=1905(明治38)年10月22日の日露戦争凱旋奉告式より・半・正・複・

    商品コード: 1993010600157

  • 1993年01月06日
    森越太郎・軍人

    森越太郎・海軍幹部、大本営参謀、中佐=1905(明治38)年10月22日の日露戦争凱旋奉告式より、半・正・複・

    商品コード: 1993010600162

  • 1993年01月06日
    高木七太郎・軍人

    高木七太郎・海軍幹部・大本営参謀・中佐=1905(明治38)年10月22日の日露戦争凱旋奉告式より・半・正・複・

    商品コード: 1993010600155

  • 1993年01月06日
    財部彪・軍人

    財部彪・海軍幹部、大本営参謀、大佐=1905(明治38)年10月22日の日露戦争凱旋奉告式より、・半・正・複・

    商品コード: 1993010600165

  • 1993年12月07日
    本を手にする松本直治さん 「ペンは戦争の前に無力」

    「大本営派遣の記者たち」を出版した元従軍記者の松本直治さん=富山市駒見

    商品コード: 1993120700001

  • 1995年06月09日
    元大本営参謀の瀬島龍三氏 秘密知る元参謀の「遺言」

    シベリアから帰還し商社マンに転身、政界の影のキーマンと呼ばれた元大本営参謀の瀬島龍三氏(カラーネガ)

    商品コード: 1995060900090

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    1995年07月08日
    シベリア抑留中に出廷 東京裁判証言のなぞ

    1943年大本営参謀本部2課の記念写真に納まった瀬島龍三氏(前列中央)

    商品コード: 1995070800112

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    1995年07月11日
    突然の課長更迭劇 棚ぼた狙いの南進論

    東京・三宅坂にあった陸軍参謀本部。戦時は大本営陸軍部になる

    商品コード: 1995071100097

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    1995年07月20日
    軍務課長が内閣つくる 権力下降の背景に稟議制

    「帝国陸海軍は本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」と歴史的な発表をする大本営陸軍報道部=1941年12月8日

    商品コード: 1995072000100

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    1995年08月22日
    大本営命令の要領 「ずばり天皇の決心書け」

    )、社会434S、8月24日付朝刊用、解禁厳守  玉砕の地サイパン最後の日本軍司令部跡に残る旧日本軍の高射砲=1985年6月(資料A22728)

    商品コード: 1995082200103

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    1996年09月13日
    坑道に設置された地震計 日本の拠点は大本営跡

    旧日本軍が建設を進めた地下大本営跡に設置された高感度の地震計=長野市の気象庁精密地震観測室

    商品コード: 1996091300048

  • 1997年07月07日
    小沢氏を質問攻め 強気姿勢に「大本営発表」

    日本外国特派員協会での講演で各国の特派員から激しい質問攻めにあった新進党の小沢一郎党首(中央)=7日午後、東京・有楽町(おざわ・いちろう)

    商品コード: 1997070700062

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    1997年11月02日
    北朝鮮の政府関係者 松代地下壕を初めて訪問

    松代地下壕(ごう)を朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府関係者としては初めて訪れた朝鮮対外文化連絡協会の代表団=2日午前10時30分、長野市松代(長野市南部の松代の地下壕は終戦末期、本土決戦に備えて大本営などを移転させるため、現在気象庁の地震観測所などがある舞鶴山など、三つの山中に掘られた。総延長約十キロにわたった地下壕建設には、強制連行された約四千人の朝鮮人などが当たり、約三百人が落盤事故や栄養失調などで死亡したとされる)

    商品コード: 1997110200020

  • 1998年10月29日
    象山地下壕 「松代大本営」を報告へ

    90年の一般公開以降、見学者が70万人を超えた象山地下壕(ごう)=長野市松代町西条

    商品コード: 1998102900126

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    2001年04月26日
    説明受ける田中長野県知事 松代大本営地下壕を視察

    朝鮮人の強制労働の実態について地元高校生から説明を受ける田中康夫長野県知事(左)=26日午後、長野市の松代大本営地下壕

    商品コード: 2001042600227

  • 2003年03月28日
    広報担当を取り囲む報道陣 「大本営」発表に不満募る

    米中央軍の会見終了後、広報担当官を取り囲む大勢の報道陣=26日、カタールのキャンプ・アッサイリヤ(共同)

    商品コード: 2003032800023

  • 2004年11月02日
    防衛庁発表遅れ 「大本営発表」の構え

    イラク・サマワに派遣された陸上自衛隊部隊(上)と、防衛庁の庁舎(左下)、正門(右下)のコラージュ

    商品コード: 2004110200239

  • 2004年11月11日
    献花する女性 松代大本営の犠牲者を追悼

    松代大本営地下壕の入り口で献花する女性=11日午前、長野市

    商品コード: 2004111100062

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    2005年05月16日
    坑道に設置された地震計 トンネル内が有力

    旧日本軍が建設を進めた地下大本営跡に設置された高感度の地震計=長野市の気象庁精密地震観測室

    商品コード: 2005051600213

  • 2007年08月21日
    見学者に説明する生徒 高校生が松代大本営資料館

    「れきみちの家」で見学者に説明する長野俊英高校郷土研究班の生徒(右から2人目)=20日、長野市

    商品コード: 2007082100006

  • 2007年08月21日
    郷土研究班のメンバー 高校生が松代大本営資料館

    松代大本営の資料を展示する「れきみちの家」の前に立つ長野俊英高校郷土研究班のメンバー=20日、長野市

    商品コード: 2007082100005

  • 2007年08月21日
    松代大本営象山壕 高校生が松代大本営資料館

    松代大本営象山壕で見学者に掘削の様子を説明する長野俊英高校郷土研究班の滝沢一紀君(左手前)ら=20日、長野市

    商品コード: 2007082100007

  • 2007年09月03日
    瀬島龍三氏 瀬島龍三氏死去

    死去した瀬島龍三氏(元大本営参謀・元伊藤忠商事会長)

    商品コード: 2007090300223

  • 2007年09月04日
    瀬島龍三氏 瀬島龍三氏が死去

    死去した瀬島龍三氏(元大本営参謀・元伊藤忠商事会長)

    商品コード: 2007090400024

  • 2007年09月04日
    大本営参謀本部 瀬島龍三氏が死去

    1943年、大本営参謀本部2課の記念写真に納まった瀬島龍三氏(前列中央)

    商品コード: 2007090400025

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    2009年06月30日
    大本営跡から核実験感知

    松代大本営跡の精密地震観測室

    商品コード: 2009063000007

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    2009年06月30日
    大本営跡から核実験感知

    松代大本営跡の精密地震観測室

    商品コード: 2009063000008

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    2009年06月30日
    観測された核実験地震波 大本営跡から核実験感知

    気象庁精密地震観測室の群列地震観測システムが感知した、北朝鮮の核実験のものとみられる地震波=5月29日、長野市松代町

    商品コード: 2009063000014

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    2010年12月02日
    大本営が発表 太平洋戦争に突入

    1941(昭和16)年12月8日、米ハワイ真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まったことを発表する大本営陸軍報道部長。「臨時ニュースを申し上げます。帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」とラジオが伝えた。37年の日中戦争から8年の間、苦難と犠牲を国民に強いることになった。

    商品コード: 2010120200201

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    2012年08月14日
    予定地の外部 松代大本営の映画製作

    松代大本営予定地の外部=1956年4月、長野市松代町

    商品コード: 2012081400014

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    2012年08月14日
    臼田宏さん 松代大本営の映画製作

    映画「松代大本営」を製作した臼田宏さん

    商品コード: 2012081400015

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    2012年08月14日
    松代大本営の内部 松代大本営の映画製作

    完成した映画の題材となった地下壕「松代大本営」の内部=14日午前、長野市松代町

    商品コード: 2012081400089

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    2012年08月14日
    臼田宏さん

    映画「松代大本営」のプロデューサーを務めた会社員の臼田宏(うすだ・ひろし)さん

    商品コード: 2012081400518

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    2012年10月07日
    予定地の外部 松代大本営建設の新資料

    松代大本営予定地の外部=1956年4月、長野市松代町

    商品コード: 2012100700084

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    2012年10月07日
    見つかったメモ帳 松代大本営建設の新資料

    吉田栄一氏が終戦前後に使っていたメモ帳。日付と軍関係者らの名前が記されている

    商品コード: 2012100700085

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    2012年10月07日
    気象庁精密地震観測室 松代大本営建設の新資料

    現在は気象庁精密地震観測室として使われている松代大本営の坑道入り口=9月、長野市

    商品コード: 2012100700086

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    2012年10月25日
    説明受ける台湾の高校生 戦争の舞台裏、飾らず説明

    松代大本営の象山地下壕で、長野俊英高の生徒から説明を受ける台湾の高校生=24日、長野市

    商品コード: 2012102500029

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    2014年08月08日
    テープ貼られた看板 「強制的に」テープで隠す

    松代大本営の象山地下壕入り口の看板。「強制的に」と記された部分にテープが貼られている=8日午前、長野市

    商品コード: 2014080800171

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    2014年08月08日
    地下壕の看板 「強制的に」テープで隠す

    松代大本営の象山地下壕入り口の看板。「強制的に」と記された部分にテープが貼られている=8日午前、長野市

    商品コード: 2014080800176

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    2014年11月11日
    手を合わせる参加者 工事で犠牲の朝鮮人追悼

    「松代大本営」の工事中に命を落とした朝鮮人労働者を追悼し、現場の地下壕入り口前で手を合わせる参加者=11日、長野市

    商品コード: 2014111100385

  • 2014年12月26日
    防空壕内の会議室 地下防空壕初公開

    皇居内の元大本営地下防空壕が初公開された。御前会議が行われた防空壕内の会議室=1965年(昭和40)年8月 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第5巻使用画像(P53)

    商品コード: 2014122600209

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    2015年07月17日
    地震観測所として利用

    長野市・松代大本営跡

    商品コード: 2015071700683

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    2015年07月17日
    地震観測所として利用

    長野市・松代大本営跡

    商品コード: 2015071700684

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    2015年07月17日
    地震観測所として利用

    長野市・松代大本営跡

    商品コード: 2015071700686

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    2015年07月17日
    地震観測所として利用

    長野市・松代大本営跡

    商品コード: 2015071700688

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    2015年07月17日
    松代大本営跡 地震観測所として利用

    太平洋戦争末期、本土決戦に備えて掘削された「松代大本営跡」=長野市

    商品コード: 2015071700768

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    2016年11月25日
    発表する大平秀雄大佐 大本営が開戦を発表

    1941年12月8日朝、「帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」と発表する大本営陸軍報道部長の大平秀雄大佐=陸軍省記者クラブ

    商品コード: 2016112501073

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    2016年11月25日
    ラジオ放送を聴く市民 大本営が開戦を発表

    1941年12月8日、東京・銀座4丁目の運動具店前で、米英との開戦を報じるラジオ放送を聴く市民

    商品コード: 2016112501075

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    2016年11月25日
    詔書と御名御璽 大本営が開戦を発表

    開戦の詔書(レプリカ)の後段部分と昭和天皇の御名御璽(国立公文書館蔵)

    商品コード: 2016112501107

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    2017年07月14日
    北沢善男さん 国のため、重い岩担いだ

    松代大本営の掘削工事の様子を語る北沢善男さん

    商品コード: 2017071400503

  • 2018年11月09日
    BND Pullach

    09 November 2018, Bavaria, Pullach: The door to the Führer headquarters “Siegfried“ (also known under the code name “Hagen“) can be seen on the premises of the Federal Intelligence Service (BND). The bunker was built during the Second World War. After the end of the Second World War, the area was used by the United States Army and later became the seat of the BND. Photo: Sven Hoppe/dpa、クレジット:DPA/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018111527525

  • 2018年11月09日
    dpa-Story: The BND Move

    09 November 2018, Bavaria, Pullach: The door to the Führer headquarters “Siegfried“ (also known under the code name “Hagen“) can be seen on the premises of the Federal Intelligence Service (BND). The bunker was built during the Second World War. After the end of the Second World War, the area was used by the United States Army and later became the seat of the BND. The Federal Intelligence Service has moved from Pullach to its new headquarters in the middle of Berlin. It was one of the largest parades in the history of the Federal Republic - and the most secret. (to dpa story: The BND move 29.11.2018) Photo: Sven Hoppe/dpa、クレジット:DPA/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018113032988

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    2020年03月29日
    松代象山地下壕再開

    修復工事が終わった長野市の「松代大本営」象山地下壕=27日

    商品コード: 2020032900106

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    2020年07月16日
    開戦を発表する大本営 作戦を指揮する最高機関

    1941年12月、アメリカ軍などとの開戦を発表する大本営陸軍報道(ほうどう)部

    商品コード: 2020071600376

  • 2020年07月16日
    軍や政府の機能移す計画

    長野市に残る地下壕、象山、舞鶴山、皆神山など

    商品コード: 2020071600506

  • 2020年07月16日
    軍や政府の機能移す計画

    長野市に残る地下壕、象山、舞鶴山、皆神山など

    商品コード: 2020071600508

  • 2020年07月16日
    刺さったままの道具 朝鮮の人がたくさん働く

    長野市の象山地下壕には削岩機の先の部分がいまも刺さったまま残っています=6月

    商品コード: 2020071600518

  • 2020年07月16日
    象山地下壕 軍や政府の機能移す計画

    一般に公開されている長野市の象山地下壕。夏でもひんやりとした空気を感じます=6月

    商品コード: 2020071600520

  • 2020年07月16日
    象山地下壕 軍や政府の機能移す計画

    政府の機関を移す予定だった地下壕(中央付近)がある象山=16日午後、長野市(小型無人機から)

    商品コード: 2020071600556

  • 2020年07月16日
    天皇の住まい 軍や政府の機能移す計画

    静かな山あいにある中央の三つの長細い建物は右から天皇、皇后(こうごう)の住まいと当時の宮内省(くないしょう)になる予定でした=16日午後、長野市(小型無人機から)

    商品コード: 2020071600586

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    2021年08月07日
    ドイツ外務省の文書 独、大本営に武官派遣計画

    「総統への覚書」(左上)と題されたドイツ外務省の文書。1942年8月25日の日付(右)入りで、国防軍最高司令部の計画が記されている(共同)

    商品コード: 2021080706181

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    2021年08月07日
    外務省のヒトラー宛て文書 独、大本営に武官派遣計画

    「総統への覚書」(左)と題されたドイツ外務省の文書。ドイツ海軍武官の派遣計画が記されている(共同)

    商品コード: 2021080707039

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    2021年08月12日
    ヒトラーの防空壕跡 ヒトラー要塞、学びの場に

    総統大本営に残るヒトラーの防空壕跡について説明するピオトロビッチ氏=7月、ポーランド北部ケントシン(共同)

    商品コード: 2021081205430

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    2021年08月12日
    崩壊した防空壕跡 ヒトラー要塞、学びの場に

    ドイツ軍による爆破で崩壊した総統大本営のコンクリート製防空壕=7月、ポーランド北部ケントシン(共同)

    商品コード: 2021081205446

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    2021年08月12日
    再現された暗殺未遂現場 ヒトラー要塞、学びの場に

    総統大本営の建物内に再現されたヒトラー暗殺未遂事件時の状況。ヒトラーが中央に立ち、手前右の爆薬を入れたかばんが爆発した=7月、ポーランド北部ケントシン(共同)

    商品コード: 2021081205455

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