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「大谷竹次郎」の写真・映像

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  • 1964年06月11日
    (おおたに・たけじろう) 大谷竹次郎

    松竹社長、松竹会長=1964(昭和39)年2月27日撮影

    商品コード: 2006111600075

  • 1967年05月18日
    (おおたに・たけじろう) 大谷竹次郎

    松竹社長、松竹会長=1967(昭和42)年5月18日出稿

    商品コード: 2006031600094

  • 1967年04月25日
    (おおたに・たけじろう) 大谷竹次郎

    松竹社長、松竹会長=1967(昭和42)年4月25日撮影

    商品コード: 2005062300349

  • 1950年12月13日
    大谷竹次郎

    松竹映画の大谷竹次郎社長=1950(昭和25)年12月13日(25年内地番号なし)

    商品コード: 2014022400705

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    2013年03月12日
    大谷竹次郎 名優たちが築いた黄金期

    大谷竹次郎

    商品コード: 2013031200363

  • 1932年07月31日
    日本電報通信社資料

    第1衛戌病院に傷病兵を慰問する松竹レビューグループ。左の男性は大谷竹次郎松竹社長=1932(昭和7)年7月31日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015071000341

  • 1930年01月10日
    日本電報通信社資料

    松竹への身売りが決まった帝国劇場の女優たち20余名が大谷竹次郎松竹副社長(右手前)にあいさつ=1930(昭和5)年1月10日、歌舞伎座(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930011000002

  • 1951年05月24日
    リ最高司令官夫妻、歌舞伎座へ

    歌舞伎座を出るリッジウェー最高司令官夫妻、右端は松竹の大谷竹次郎社長=1951(昭和26)年5月24日(旧連7181)

    商品コード: 2013120300139

  • 1929年07月26日
    日本電報通信社資料

    物故俳優たちの追悼会に臨む大谷竹次郎歌舞伎座社長(前列左から3人目)ら=1929(昭和4)年7月26日、明治座(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011071800138

  • 1932年07月31日
    日本電報通信社資料

    第一衛戌病院に傷病兵慰問に訪れた松竹レビューグループ。左手前の男性は松竹社長の大谷竹次郎=1932(昭和7)年7月31日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932073100001

  • 1955年03月11日
    紫綬褒章授与式

    安藤文相(左)から紫綬褒章を受ける石井忠純(漠)、長井真琴、瀬藤象二、永田雅一、吉田恒三、高橋(大谷竹次郎氏の代理)、吉田康太郎(吉田種次郎氏代理)の各氏(文部省)=1955(昭和30)年3月11日 (縮刷版掲載なし 30年内地番号なし)

    商品コード: 2012080600352

  • 1930年07月25日
    日本電報通信社資料

    イタリア飛行士が歌舞伎座見物。女優の水谷八重子と握手するロンバルジー操縦士。その右は歌舞伎座社長の大谷竹次郎氏=1930(昭和5)年7月25日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930072500004

  • 1929年12月26日
    日本電報通信社資料

    経営が松竹に移り、行われた帝国劇場の引渡式であいさつする松竹の大谷竹次郎副社長(中央)とその右へ城戸四郎、井上伊三郎の両重役。大谷の左へ帝劇の西野恵之助社長、山本久三郎専務=1929(昭和4)年12月26日、帝国劇場(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929122700004

  • 1955年11月15日
    30年度文化勲章受章者

    記念撮影する30年度文化勲章受章者。(前列左から)平沼亮三、二木謙三、大谷竹次郎(後列左から)増本量、前田青邨、和辻哲郎の各氏=1955(昭和30)年11月15日、皇居

    商品コード: 2006091200419

  • 1931年01月26日
    日本電報通信社資料

    有名な舞踊家クロチルド・サカロフ(手前右)とアレキサンダー・サカロフ(左から2人目)夫妻が入京。中央奥の帽子姿は松竹の大谷竹次郎副社長=昭和6年1月26日、東京駅(日本電報通信社撮影)(注:左上の白い部分は、プリントに付着した紙)

    商品コード: 1931012600003

  • 1931年06月26日
    日本電報通信社資料

    市村羽左衛門(左端)、市川左団次(右端)の取り持ちで、松竹の大谷竹次郎社長(左から2人目)に詫びを入れる市川猿之助(右から2人目)。正式に松竹に復帰がなった=1931(昭和6)年6月26日、東京・新富町の松竹本社(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931062600001

  • 1929年12月19日
    日本電報通信社資料

    松竹主催の歓迎会で大谷竹次郎副社長(中央右)と握手する米国の映画俳優ダグラス・フェアバンクス(Douglas Fairbanks)氏=1929(昭和4)年12月19日、歌舞伎座(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929121900004

  • 1967年05月08日
    春の叙勲親授式

    記念撮影に並んだ勲一等受章者たち。右から我妻栄、萩原雄祐、進藤武左ヱ門、五鬼上堅盤、杉野目晴貞、東龍太郎、岸信介、大谷竹次郎、岡田文秀、門脇季光、黒川利雄、大野璋五の各夫妻=1967(昭和42)年5月8日、皇居

    商品コード: 2011033000182

  • 1931年01月19日
    日本電報通信社資料

    2月に帝国劇場でフランス名劇、ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」上演にあたり、ド・マルテル駐日仏大使(左から3人目の帽子姿)にあいさつする歌舞伎役者の市川左団次(右から4人目)。左団次の右は松竹の大谷竹次郎副社長=1931(昭和6)年1月19日、駐日フランス大使館(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931011900001

  • 1932年10月25日
    日本電報通信社資料

    小大隈と形容される永井柳太郎拓相(右から2人目)を訪問した歌舞伎役者の市川左団次(左から2人目)、大谷竹次郎歌舞伎座社長(右端)、劇作家の松井松翁(左端)。左団次は、拓相原作の戯曲「大隈重信」の公演で大隈侯に扮する予定=1932(昭和7)年10月25日、拓相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932102500001

  • 1930年09月25日
    日本電報通信社資料

    東京駅に着き、声楽家の関屋敏子さん(右から3人目)から花束をもらったロシア生まれで米国のバイオリニスト、エフレム・ジンバリスト氏。同氏の左の和服姿は箏曲家の今井慶松氏。右から2人目は大谷竹次郎松竹副社長=1930(昭和5)年9月25日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930092500002

  • 1932年03月13日
    日本電報通信社資料

    3人の母親も参列し行われた肉弾三勇士(上海事変で爆弾を持って敵陣に突入爆破した3人)の追悼会。折から歌舞伎座で肉弾三勇士を上演中で、松竹の大谷竹次郎社長が祭主となり行われ、三勇士にふんする菊五郎、羽左衛門も参列した=1932(昭和7)年3月13日、東京・青山斎場(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2009050800195

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