KYODO NEWS IMAGELINK

報道写真の購入なら共同通信イメージズ

  • 平成
  • 記者
  • 内容
  • 映像
  • 環境
  • かずひろ
  • 中日
  • 故郷
  • 文化
  • 日中関係

「大阪府出身」の写真・映像

絞り込み
  • 提供元
  • 日付
  • 種類
  • 向き
  • カテゴリ
並び順
  • 古い順
38
( 1 38 件を表示)
  • 1
38
( 1 38 件を表示)
絞り込み
並び順
  • 古い順
  • 1979年03月12日
    (きし・さかえ) 岸昌

    元大阪府知事=1922年1月22日生まれ、大阪府出身。 顔=1979(昭和54)年3月12日撮影、資料用

    商品コード: 2004081100102

  • 1981年06月08日
    (はしもと・みちお) 橋本道夫

    元環境庁大気保全局長、海外環境協力センター顧問=1924年10月29日生まれ、大阪府出身。1981年6月8日撮影、資料用

    商品コード: 2004092200344

  • 1995年04月12日
    佐々木良夫氏 関ペ社長に佐々木常務

    関西ペイント社長に内定した佐々木良夫氏(ささき・よしお、京大工学部卒。昭和32年関西ペイント入社。取締役を経て、平成5年6月から常務。60歳。大阪府出身)

    商品コード: 1995041200047

  • 1995年04月20日
    日銀国際局長に東郷氏

    東郷重興・日銀国際局長、四方浩・日銀政策委員会室長(東郷重興=とうごう・しげおき・東大法学部卒。昭和41年日銀に入り、高松支店長、国際局参事、香港駐在参事などを経て平成5年7月から政策委員会室長。51歳。東京都出身)(四方浩=よも・ひろし・東大経済学部卒。昭和42年日銀に入り、人事局人事課長、前橋支店長などを経て平成4年2月から人事局次長。50歳。大阪府出身)

    商品コード: 1995042000025

  • 1995年05月18日
    船尾俊晴氏 日阪製作所社長に船尾氏

    日阪製作所社長に内定した船尾俊晴氏(ふなお・としはる=大阪市立生野工業高卒。54年(昭29)日阪製作所に入り、取締役、常務を経て93年から専務。59歳。大阪府出身。谷浦広造社長は会長。6月29日決定)

    商品コード: 1995051800053

  • 1995年05月18日
    ニチロ社長に久井氏

    久井恵之助氏(ひさい・けいのすけ=慶大文卒。58年(昭33)日魯漁業(現ニチロ)に入り、常務、専務を経て93年から副社長。61歳。大阪府出身)

    商品コード: 1995051800108

  • 1995年05月19日
    タテホ化学社長に半田氏

    タテホ化学工業社長に内定した半田忠彦氏(はんだ・ただひこ=京大工卒。64年(昭39)旭硝子に入社、70年大同酸素(現大同ほくさん)に移り、84年取締役。88年タテホ化学工業常務に就任、93年から同社専務。大阪府出身。54歳)

    商品コード: 1995051900064

  • 1995年05月19日
    ショーワ社長に三宅氏

    ショーワ社長の三宅章二郎氏(みやけ・しょうじろう=阪大工卒。64年(昭39)本田技研工業入社。取締役、ホンダ・モーター・ヨーロッパ・リミテッド社長などを経て94年からショーワ副社長。53歳。大阪府出身)

    商品コード: 1995051900084

  • 1995年05月23日
    松下冷機社長に窪田氏

    松下冷機社長に内定した窪田正(くぼた・ただし)大阪市立大工卒。63年(昭38)松下電器産業に入り、松下電子工業専務などを経て94年から松下冷機専務。57歳。大阪府出身

    商品コード: 1995052300063

  • 1995年05月26日
    オリインテ社長に白石氏

    オリックス・インテリア社長に内定した白石豊(しらいし・ゆたか)関西学院大経卒。59年(昭34)旧安宅産業に入り、コンピューター・システム・リース取締役、オリックス市岡専務を経て、93年から社長。58歳。大阪府出身(

    商品コード: 1995052600066

  • 1995年12月22日
    藤原良一氏 本四公団総裁に藤原氏

    本州四国連絡橋公団総裁に決まった藤原良一氏=(ふじわら・よしかず)京大農学部卒。昭和35年建設省に入り、国土庁土地局長、同官房長、国土事務次官などを経て平成6年4月から本州四国連絡橋公団副総裁。60歳。大阪府出身。

    商品コード: 1995122200043

  • 1996年04月09日
    多田勝彦氏 川田工業社長に多田氏

    川田工業社長に内定した多田勝彦氏(ただ・かつひこ=日大工学部卒。65(昭和40)年に川田工業に入社し、取締役を経て93年6月から常務。53歳。大阪府出身)

    商品コード: 1996040900099

  • 1996年04月12日
    中西教授 日米安保変質の可能性も

    )、政治20S  中西輝政京大教授(なかにし・てるまさ=大法学部卒。静岡県立大教授などを経て現職。専攻は国際関係史、国際政治学。48歳。大阪府出身)(カラーネガ)

    商品コード: 1996041200072

  • 1997年04月21日
    ニチモ社長に寺田氏

    ニチモ社長に就任した寺田慶穂氏(てらだ・よしお)旧制浪速中卒。55(昭和30)年、ニチモ設立と同時に専務に就任、78年から副社長。68歳。大阪府出身。寺田順三社長は急死。4月18日就任。

    商品コード: 1997042100083

  • 1997年09月23日
    中西輝政京大教授 憲法との関連深める論議を

    中西輝政京大教授(人物78469、なかにし・てるまさ、京大法学部卒。静岡県立大教授を経て95(平成7)年から京大教授。著書に「大英帝国衰亡史」など。50歳。大阪府出身)

    商品コード: 1997092300064

  • 2005年06月06日
    (えさき・れおな) 江崎玲於奈

    ノーベル物理学賞、前筑波大学長、1925年3月12日生まれ、大阪府出身

    商品コード: 2005060600041

  • 2006年06月17日

    「カラー」【】 ◎小倉千加子(おぐら・ちかこ)、早稲田大講師(心理学、ジェンダー)。著書に「結婚の条件」など。大阪府出身。2005年8月27日撮影

    商品コード: 2006061700050

  • 2009年04月16日
    (あおぞら=本名池原大地) 碧天

    相撲力士(大阪府出身、田子ノ浦部屋)=2009年1月25日、東京・両国国技館

    商品コード: 2009041600097

  • 10:54.32
    2016年08月20日
    陸上リレー、競歩、バドのメダリスト 一夜明け会見

    リオデジャネイロ五輪第15日に陸上男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した4選手らが、一夜明けた20日にリオデジャネイロで記者会見した。ほかに男子50キロ競歩で銅メダルの荒井広宙選手、レスリング男子フリースタイル57キロ級で銀メダルの樋口黎選手、バドミントン女子シングルスで銅メダルの奥原希望選手も出席した。〈映像内容〉リオデジャネイロのジャパンハウスで行われた記者会見のようす。 出席した選手は以下の通り。▽陸上4×100メートルリレー山県亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥。▽陸上男子50キロメートル競歩 荒井広宙▽バドミントン 奥原希望▽レスリング 樋口黎(大阪府出身)。

    商品コード: 2017090200753

  • 06:22.14
    2016年09月26日
    豪栄道関、一夜明け喜び 全勝V「まさか夢にも」

    大相撲秋場所で、初優勝を15戦全勝で果たした大関豪栄道関(30)=本名沢井豪太郎、大阪府出身、境川部屋=が千秋楽から一夜明けた26日、東京都足立区の境川部屋で記者会見し「今までは12勝が最高。まさか全勝とは夢にも思わなかった」と喜びを語った。<映像内容>インタビューの様子、フォトセッション、部屋外観など、撮影日:2016(平成28)年9月26日、撮影場所:東京都足立区 境川部屋

    商品コード: 2019111801170

  • 04:15.92
    2018年01月15日
    ミス日本最終審査 愛知県出身の市橋さんグランプリ

    「ミス日本コンテスト2018」の最終審査が15日、東京都内で行われ、グランプリが決まった。準ミス日本には、早稲田大1年の霜野莉沙さん(19)大阪府出身、グランプリには会社員の市橋礼衣さん(23)愛知県出身が選ばれた。第50回の今回は約2800人が参加。50回を記念して、第24回のミス日本グランプリで女優の藤原紀香さんに、主催者から感謝状を贈られた。<映像内容>審査の雑観(東京都新宿区の京王プラザホテルで午前10時半から午後1時ごろに撮影)、グランプリに輝いた市橋さんの受賞シーン、あいさつ(午後3時ごろに撮影)、感謝状を受け取る藤原紀香さん。

    商品コード: 2018011600207

  • 04:29.20
    2018年03月08日
    平昌パラ、成田緑夢選手ら出発 羽田空港

    9日開幕の平昌冬季パラリンピック出場に向け、スノーボード2種目で金メダルの期待が懸かる成田緑夢選手(近畿医療専門学校、大阪府出身)やスキー距離の日本代表らが8日午前、羽田空港から韓国へ出発した。 <映像内容>羽田空港で出発を待つ選手らの雑観、インタビュー(6大会連続代表の新田佳浩選手、一昨年のリオデジャネイロ夏季大会のパラ陸上走り幅跳びで銀メダルを獲得した山本篤選手、成田緑夢選手)、ANA職員らの見送りの様子、記念撮影をする選手たち、撮影日:2018(平成30)年3月8日、撮影場所:羽田空港

    商品コード: 2018030901137

  • 02:41.06
    2018年03月08日
    選手村に成田緑夢選手ら到着 平昌パラリンピック

    9日開幕の平昌冬季パラリンピックに出場し、スノーボード2種目で金メダルの期待が懸かる成田緑夢選手(近畿医療専門学校、大阪府出身)やスキー距離の日本代表らが8日午後、韓国・平昌の選手村に到着した。<映像内容>選手村入り口に到着した選手の様子。バスから降りて、セキュリティーゲートをくぐって行く様子と、付近雑観。※本素材は無音です、撮影日:2018(平成30)年3月8日、撮影場所:韓国・平昌選手村

    商品コード: 2018030901170

  • 04:11.98
    2018年03月20日
    文科相に帰国報告 平昌パラ日本選手団

    平昌冬季パラリンピックで10個のメダルを獲得した日本選手団の大日方邦子団長やメダリストが20日、林芳正文部科学相を訪問し、帰国の報告を行った。 <映像内容>大日方団長の成績報告雑観、文科相と大日方団長や選手4人の懇談、記念撮影の様子。参加選手は村岡桃佳選手(早稲田大、埼玉県出身)、森井大輝選手(トヨタ自動車、東京都出身)、新田佳浩選手(日立ソリューションズ、岡山県出身)、スノーボードの成田緑夢選手(近畿医療専門学校、大阪府出身)、撮影日:2018(平成30)年3月20日、撮影場所:文部科学省

    商品コード: 2018032001003

  • 03:19.16
    2018年04月26日
    会長候補に笑福亭仁智さん 上方落語協会、総会で投票

    上方落語協会は26日、大阪市北区の落語定席「天満天神繁昌亭」で、5月に退任する桂文枝会長(74)の後任を選ぶ総会を開き、協会員による投票で笑福亭仁智さん(65)が最多の票を集めて新会長候補となった。5月の理事会で選任される。仁智さんは大阪府出身。1971年に笑福亭仁鶴さん(81)に入門し、古典と創作落語に力を注いでいる。投票者数や得票数は非公表。〈映像内容〉天満天神繁昌亭の外観、総会に参加するため繁昌亭に入る落語家ら(笑福亭仁智さん、桂文福さん、桂小枝さんなど)、繁昌亭前で行われた仁智さんの囲み、撮影日:2018(平成30)年4月26日、撮影場所:大阪市北区

    商品コード: 2018042600781

  • 2018年10月16日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京市新街口(しんがいこう)の自身が経営する焼肉店で中国人シェフ(中)や日本人シェフ(右)とコミュニケーションを取る兎沢和広さん。(10月16日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年10月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112615944

  • 2018年10月16日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京市新街口(しんがいこう)の自身が経営する焼肉店で地方から取材に訪れた大学生と談笑する兎沢和広さん。(10月16日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年10月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112615957

  • 2018年10月16日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京市新街口(しんがいこう)の自身が経営する焼肉店で来店客に日本料理を紹介する兎沢和広さん。(10月16日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年10月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112616027

  • 2018年10月16日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京市新街口(しんがいこう)の自身が経営する焼肉店の入口に立つ兎沢さん。(10月16日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年10月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112615940

  • 2018年11月14日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京博物院で展示品を眺める兎沢和広さん。(11月14日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年11月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112615960

  • 2018年11月14日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京市の夫子廟(ふうしびょう)で、中国の文房四宝(筆、墨、紙、硯)を試す兎沢和広さん。(11月14日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年11月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112616034

  • 2018年11月14日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京博物院で数十年来の友人とお茶を飲みながら談笑する兎沢和広さん。(11月14日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年11月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112615718

  • 2018年11月14日
    「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎沢和広さん

    南京博物院で日本に留学経験のあるスタッフと会話を交わす兎沢和広さん。(11月14日撮影)中国江蘇省南京市で焼肉店を営む日本の大阪府出身の兎沢和広(とざわ・かずひろ)さん(45)は、南京日本人会の会長も務める。1996年に南京に来て以降、この地で22年の歳月を過ごしている。兎沢さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎沢さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎沢さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。(南京=新華社記者/季春鵬)=2018(平成30)年11月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112615752

  • 01:55.03
    2018年11月27日
    「新華社」「南京はすでに私の故郷」南京日本人会会長·兎澤和広さん

    日本の大阪府出身の兎澤和広(とざわ・かずひろ)さん(45)に初めて会ったのは、中国江蘇省南京市新街口(しんがいこう)にある日本式の焼肉店。話し方や振る舞いは中国人そのもので、老子の「道法自然」(中国道教の哲学思想)を語り始めると話が止まらなくなる。南京市で焼肉店を営む兎澤さんは、南京日本人会の会長も務める。幼少時からアトピー性皮膚炎を患っていた兎澤さんは1996年、中国伝統医学に治療法を求め同市の中国薬科大学に留学した。以来この地で22年の歳月を過ごしている。兎澤さんは南京に初めて降り立った日のことを「駅を出ると、空気はきれいで街の各所に文化の深さが感じられた。玄武湖も美しかった」と語る。その日のことは永遠に忘れないという。南京の山も水もある環境をすぐに気に入り、以来22年間、南京の人びとに助けられながら過ごしてきた。多くの友人も得たと語る。今年は中日平和友好条約締結40周年にあたる。南京で生活する兎澤さんにとっても、ひと際感慨深いものがある。兎澤さんは、中国と日本が永遠に平和であってほしいと述べ、「昔の人は『前事を忘れざるは後事の師なり』と言った。今後の日中関係のため日本人は歴史をもっと学ぶ必要があり、それは中国と日本の平和につながる。日本人会の会長として、自らも歴史を学びつつ、南京に来る日本の若者にも聞かせていきたい」と語った。南京という街、人びとの寛容性の高さ、そしてこの街の食べ物が好きだという兎澤さんは、将来について「以前は南京を第二の故郷だと言っていたが、今では本当の故郷だと思っている。一生この街で暮らしていきたい」と語ってくれた。(記者/季春鵬)<映像内容>南京日本人会会長インタビューの様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112928619

  • 04:02.27
    2019年01月05日
    張栩名人や仲邑菫さんらの日本棋院での会見

    囲碁の日本棋院は5日、東京都千代田区で記者会見し、小学4年生の少女、仲邑菫さん(9)が史上最年少でプロ棋士の初段になると発表した。4月1日付のプロ入り時は10歳0カ月で、藤沢里菜女流本因坊(20)の11歳6カ月を9年ぶりに更新する。日本棋院によると、菫さんは大阪府出身で大阪市内の小学校に通っている。〈映像内容〉張栩名人や仲邑菫さん、父の仲邑信也九段らが出席した日本棋院の会見、撮影日:2019(平成31)年1月5日、撮影場所:東京都千代田区 日本棋院東京本院

    商品コード: 2019010705439

  • 02:05.95
    2019年01月05日
    9歳少女が囲碁プロへ 大阪の仲邑菫さん

    囲碁の日本棋院は5日、東京都千代田区で記者会見し、小学4年生の少女、仲邑菫さん(9)が史上最年少でプロ棋士の初段になると発表した。4月1日付のプロ入り時は10歳0カ月で、藤沢里菜女流本因坊(20)の11歳6カ月を9年ぶりに更新する。日本棋院によると、菫さんは大阪府出身で大阪市内の小学校に通っている。〈映像内容〉張栩名人や仲邑菫さん、父の仲邑信也九段らが出席した日本棋院の会見、母の仲邑幸さんも加わり親子3人で行われた記者会見、撮影日:2019(平成31)年1月5日、撮影場所:東京都千代田区 日本棋院東京本院

    商品コード: 2019010700396

  • 2019年04月24日
    「魔女」と呼ばれて

    大阪府出身の主な五輪選手

    商品コード: 2019042400965

  • 2019年04月24日
    「魔女」と呼ばれて

    大阪府出身の主な五輪選手

    商品コード: 2019042400966

  • 1