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「太平洋戦争」の写真・映像

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    01:32.55
    2020年12月06日
    戦没学生の作品披露 東京芸大でコンサート

    太平洋戦争で亡くなった旧東京音楽学校の生徒や卒業生らが残した作品を演奏するコンサートが、東京・上野の東京芸術大で開かれた。<映像内容>東京芸術大で開かれたコンサート「戦争の時代の芸術~戦争の記憶を語り継ぐ」の様子、撮影日:2020(令和2)年12月6日、撮影場所:東京都台東区

    撮影: 2020(令和2)年12月6日

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    02:27.31
    2020年09月13日
    黒沢清さんに監督賞 ベネチア国際映画祭

    イタリアで開催されていた世界三大映画祭の一つ、第77回ベネチア国際映画祭の授賞式が12日夜(日本時間13日未明)に開かれ、「スパイの妻」の黒沢清監督(65)が監督賞(銀獅子賞)に選ばれた。日本人の監督賞受賞は2003年の「座頭市」の北野武監督以来、17年ぶり。黒沢監督が三大映画祭のコンペティション部門で主要賞に輝くのは初めて。 新型コロナウイルス流行を受け、イタリア行きを断念した黒沢監督は13日にオンラインで記者会見した。 「スパイの妻」は、太平洋戦争開戦前に偶然恐ろしい国家機密を知り、正義感から世に明かそうとする男性と妻の物語で神戸が舞台。蒼井優さん、高橋一生さんらが出演し、日本では10月16日に公開される。 黒沢監督は1955年神戸市生まれ。 <映像内容>黒沢清監督のオンライン記者会見、撮影日:2020(令和2)年9月13日、撮影場所:東京都

    撮影: 2020(令和2)年9月13日

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    02:10.49
    2020年06月23日
    沖縄戦終結75年 密避けて黙とうの様子

    沖縄県は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦で命を落とした20万人超を悼む「慰霊の日」を迎えた。75年前のこの日、旧日本軍が組織的戦闘を終えたとされる。最後の激戦地、糸満市摩文仁の平和祈念公園で、県などが主催する沖縄全戦没者追悼式が営まれた。<映像内容>平和の火、「平和の礎」雑観、追悼式の様子。黙とうや、玉城デニー知事の「平和宣言」、安倍首相あいさつ、参列者献花など、撮影日:2020(令和2)年6月23日、撮影場所:沖縄県糸満市の平和祈念公園

    撮影: 2020(令和2)年6月23日

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    01:39.73
    2020年02月04日
    中国人強制連行二審も敗訴 秋田・花岡鉱山の労働者ら

    太平洋戦争中に秋田県の花岡鉱山や大阪の造船所などに強制連行され、過酷な労働を強いられたとして、中国人労働者と遺族ら計21人が国に計8250万円の損害賠償と謝罪を求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁は4日、請求を棄却した一審大阪地裁判決を支持し、原告側控訴を退けた。<映像内容>原告側の入り、旗出し、原告側の会見、大阪高裁の外観、撮影日:2020(令和2)年2月4日、撮影場所:大阪府大阪市

    撮影: 2020(令和2)年2月4日

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    01:57.55
    2019年10月04日
    日本国籍の確認求め提訴 植民地統治時の台湾男性ら

    日本の植民地統治時代の台湾で生まれ育ちながら、太平洋戦争後に日本国籍を喪失したとされるのは不当だとして、台湾人の男性3人が4日、日本国籍を有していることの確認を国に求めて大阪地裁に提訴した。<映像内容>大阪地裁に入る楊馥成さんらの様子、大阪地裁の外観、記者会見に臨む楊さんなど、※記者会見の並びは向かって左から、徳永信一弁護士、原告の楊馥成さん、許華杞さん、林余立さん、岩原義則弁護士の計5人です、撮影日:2019(令和元)年10月4日、撮影場所:大阪地裁

    撮影: 2019(令和元)年10月4日

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    03:18.79
    2019年06月23日
    沖縄戦74年、犠牲者追悼 「慰霊の日」追悼式

    沖縄県は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦で20万人超となった戦没者を追悼する「慰霊の日」を迎えた。74年前のこの日、旧日本軍が組織的な戦闘を終えたとされる。最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で、恒久平和を願う「沖縄全戦没者追悼式」(県など主催)が営まれた。<映像内容>平和の火、平和の礎の紹介プレート、北海道や米国・台湾・朝鮮半島などさまざまな名前が刻まれた礎、手を合わせる女性や家族連れ、涙する人、礎に水を掛けて手を合わせる親子、沖縄全戦没者追悼式、黙とう、献花、玉城知事の平和宣言、糸満市立兼城小6年の山内玲奈さんによる「平和の詩」朗読、安倍晋三首相あいさつなど、撮影日:2019(令和元)年6月23日、撮影場所:沖縄県糸満市摩文仁 平和祈念公園

    撮影: 2019(令和元)年6月23日

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    04:58.66
    2018年06月23日
    沖縄戦73年、恒久平和願う 「慰霊の日」戦没者を追悼

    沖縄県は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった20万人超をしのぶ「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」(県など主催)が営まれた。翁長雄志知事は平和宣言で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を阻止する姿勢を貫くとともに、国民に基地負担の軽減を求めた。<映像内容>「沖縄全戦没者追悼式」が行われる23日の早朝に花などを手向ける人たち、雑観、追悼式の様子、湊川中学3年・相良倫子さんの「平和の詩」朗読、翁長氏の平和宣言など、安倍晋三首相のあいさつ、参列者の焼香など、撮影日:2018(平成30)年6月23日、撮影場所:沖縄県糸満市 平和記念公園

    撮影: 2018(平成30)年6月23日

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    04:29.40
    2017年07月19日
    空撮と地上撮 占守島で日本人慰霊祭 12年ぶり千島列島の激戦地

    太平洋戦争末期の日本降伏後、ソ連軍と日本軍守備隊が激戦を交わした千島列島北東端シュムシュ島(占守島、現ロシア領)で19日、日本人による慰霊祭が開かれた。札幌市の民間団体が主催し、戦った兵士の遺族を含む約20人が参加。野原に祭壇を設けて花を供えた。厚生労働省によると、占守島での日本人慰霊祭は2005年以来約12年ぶり。一行はロシア極東カムチャツカ半島からヘリコプターで同島を日帰り訪問し、激戦地の四嶺山(しれいざん)で慰霊祭を行った。〈映像内容〉ヘリからの景色、機内雑観、島に到着した際の様子、慰霊祭、島に残された遺留物や戦車など。

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    05:23.02
    2016年12月04日
    高槻地下倉庫 劣化進む 戦争伝える地下トンネル

    大阪府高槻市成合の山林にある戦争遺構「高槻地下倉庫(タチソ)」を11月初旬、保存会のメンバーと歩いた。太平洋戦争末期、旧陸軍が地下司令部建設のために掘り始めたが、終戦で未完のまま放置された。見学したのは第2トンネル群のT5とT3。土とがれきが混じった堆積層で、突貫工事で進められたため、コンクリートも一部だけ。天井の一部がはがれ落ちるなど、劣化が急速に進んでいた。〈映像内容〉高槻地下倉庫の内部の様子、保存会・橋本徹さんの説明など。

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    03:23.77
    2016年11月16日
    強制労働、和解の碑除幕 新潟・十日町、遺族ら焼香

    太平洋戦争中に中国から強制連行され、新潟県十日町市の発電所建設現場で過酷な労働を強いられた元労働者と西松建設が2010年に和解したことを記念し、市内の長徳寺に建立された「平和友好の碑」の除幕式と追悼式が16日、開かれた。元労働者の遺族と、和解に携わった弁護士ら約70人が石碑の前で焼香を上げた。<映像内容>除幕式の模様、撮影日:2016(平成28)年11月16日、撮影場所:新潟県十日町市

    撮影: 2016(平成28)年11月16日

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    08:07.72
    2016年10月13日
    川崎重工が神戸で 旧日本軍の戦闘機「飛燕」を公開

    川崎重工業は13日、同社岐阜工場での修理を終えた旧日本軍の戦闘機「飛燕」を神戸市で公開した。太平洋戦争中に製造され、戦後は米軍が接収した後、鹿児島県の知覧特攻平和会館で展示されていた。 修理を終えた「飛燕」は15日から11月3日まで、神戸市の神戸ポートター ミナル「大ホール」で公開される。<映像内容>報道陣に公開された戦闘機「飛燕」とそのエンジンなど関連部品。川崎重工の野久徹(のひさ・とおる)・航空宇宙カンパニーフェローの話。

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    06:21.71
    2016年06月23日
    沖縄戦70年、不戦誓う 慰霊の日、犠牲者追悼

    沖縄県は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦の戦没者20万人以上を追悼する「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園には、早朝から多くの遺族らが訪れ、軍民や国籍の別なく戦没者の氏名を刻んだ「平和の礎」に手を合わせた。<映像内容>早朝から平和祈念公園に訪れる遺族、平和の礎に手を合わせる遺族など、撮影日:2016(平成28)年6月23日、撮影場所:沖縄県

    撮影: 2016(平成28)年6月23日

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    06:04.03
    2016年01月27日
    復元ゼロ戦 鹿児島上空を試験飛行

    太平洋戦争中、日本海軍の主力戦闘機だった零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を復元した機体が27日、海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)で試験飛行した。フライトは2回、計22分で、基地上空を旋回しながら飛んだ。機体は日本人が所有し、資格を持つ米国人が操縦。1970年代、パプアニューギニアのジャングルで見つかり修復された。〈映像内容〉格納庫内のゼロ戦の様子や、航空基地の誘導路上の走行や離陸のシーン、機体を所有する会社経営石塚政秀さん(54)のインタビューなど、撮影日:2016(平成28)年1月27日、撮影場所:鹿児島県鹿屋市

    撮影: 2016(平成28)年1月27日

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    15:31.13
    2015年08月22日
    東京湾 軍艦島 海堡(かいほう) 軍艦要塞 無人島 東京湾の軍艦島・海堡 風化が進む首都防衛の要塞

    東京湾の入り口に浮かぶ2つの人工の島。海堡(かいほう)呼ばれるこの島はかつて、旧日本軍の厳重な機密下にあり、今も立ち入りが禁じられている。海堡は、東京湾に敵の軍艦が侵入するのを防ぐため造られたが、太平洋戦争では航空機による空中戦が主力に代わり、要塞としての役割をほとんど果たさなかった。戦艦同士で戦った時代の戦争遺構といえる海堡。今は1日当たり500隻以上の船が往来する東京湾で航路の目印となっている。〈映像内容〉東京湾の海上雑観、船からの第2海堡外観、第2海堡の倉庫、護岸の様子、護岸からの東京湾、船が行き交う様子など雑観、土砂に埋もれた地下壕、地下壕内部、灯台のパンアップや引き画、見張り台とみられる戦争遺構、第 2海堡から見える第1海堡、ソーラーパネルとその下の遺構、護岸と波打ち際、 海鳥雑観、荒れた護岸の石積みなど、撮影日:2015(平成27)年8月22日、撮影場所:東京湾

    撮影: 2015(平成27)年8月22日

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    07:07.82
    2015年06月23日
    沖縄戦70年、不戦誓う 慰霊の日、犠牲者追悼

    沖縄県は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦の戦没者20万人以上を追悼する「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園には、早朝から多くの遺族らが訪れ、軍民や国籍の別なく戦没者の氏名を刻んだ「平和の礎」に手を合わせた。<映像内容>早朝から平和祈念公園に訪れる遺族、平和の礎に手を合わせる遺族など、安倍総理や翁長沖縄県知事が式典であいさつする様子など、撮影日:2015(平成27)年6月23日、撮影場所:沖縄県糸満市

    撮影: 2015(平成27)年6月23日

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    08:27.24
    2015年04月27日
    武蔵元乗組員ら洋上慰霊祭 フィリピン中部 (2/2)

    フィリピン中部シブヤン海に沈んだ旧日本海軍の戦艦「武蔵」とみられる船体が発見され、元乗組員3人と遺族ら計約40人が28日、船でシブヤン海に向かい、洋上慰霊祭を営んだ。元乗組員は戦友と「再会」し、70年余り前に思いをはせた。武蔵は太平洋戦争中の1944年10月、フィリピンのレイテ沖海戦で沈没。乗員約2400人のうち千人余りが戦死したとされる。船体は米国の資産家らの調査チームが、水深千メートルの海底で発見し、ことし3月に映像を公開。専門家は武蔵の可能性が高いと指摘した。参列した元乗組員は山形県鶴岡市の大場貢さん(90)と、埼玉県鳩山町の種村二良さん(90)、千葉県南房総市の早川孝二さん(87)。慰霊祭は元乗組員らでつくる「戦艦武蔵会」(事務局・さいたま市)が主催。一行は、パナイ島のカティクラン港から小型のチャーター船に乗り、約4時間かけて現場の海に到着した。船体が見つかった海域を目指したが、予想以上に時間がかかり、体調を崩す参加者もおり、途中の海上で慰霊祭が行われた。〈映像内容〉戦地コレヒドール島をバスで移動する参加者ら、武蔵沈没の記念碑に向かい祈る参加者ら、大場さんインタビューなど、撮影日:2015(平成27)年4月27日、撮影場所:パナイ島 コレヒドール島

    撮影: 2015(平成27)年4月27日

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    18:01.81
    2015年04月26日
    武蔵元乗組員ら洋上慰霊祭 フィリピン中部 (1/2)

    フィリピン中部シブヤン海に沈んだ旧日本海軍の戦艦「武蔵」とみられる船体が発見され、元乗組員3人と遺族ら計約40人が28日、船でシブヤン海に向かい、洋上慰霊祭を営んだ。元乗組員は戦友と「再会」し、70年余り前に思いをはせた。武蔵は太平洋戦争中の1944年10月、フィリピンのレイテ沖海戦で沈没。乗員約2400人のうち千人余りが戦死したとされる。船体は米国の資産家らの調査チームが、水深千メートルの海底で発見し、ことし3月に映像を公開。専門家は武蔵の可能性が高いと指摘した。参列した元乗組員は山形県鶴岡市の大場貢さん(90)と、埼玉県鳩山町の種村二良さん(90)、千葉県南房総市の早川孝二さん(87)。慰霊祭は元乗組員らでつくる「戦艦武蔵会」(事務局・さいたま市)が主催。一行は、パナイ島のカティクラン港から小型のチャーター船に乗り、約4時間かけて現場の海に到着した。船体が見つかった海域を目指したが、予想以上に時間がかかり、体調を崩す参加者もおり、途中の海上で慰霊祭が行われた。〈映像内容〉船から海を眺める参加者ら、洋上慰霊祭、泣き崩れる早川さん、持ってきたトランペットで追悼演奏する種村さん、早川さんインタビュー、撮影日:2015(平成27)年4月26日、撮影場所:パナイ島 コレヒドール島

    撮影: 2015(平成27)年4月26日

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    01:56.48
    2006年08月19日
    アジア太平洋の戦跡保存を 群馬でシンポジウム

    旧日本軍の関連施設など戦争遺跡の保存について考える「第10回戦争遺跡保存全国シンポジウム」が19日、群馬県みなかみ町で開かれた。海外から招かれた研究者らは韓国の済州島やビルマ(現ミャンマー)のカラゴン村、中国黒竜江省などに残る戦争遺跡についても発表を行った<映像内容>各国に残されている旧日本軍の戦争遺跡について発表する海外の研究者、戦争遺跡保存の重要性について語る戦争遺跡保存全国ネットワークの村上有慶(むらかみ・あきよし)代表、撮影日:2006(平成18)年8月19日、撮影場所:群馬県みなかみ町

    撮影: 2006(平成18)年8月19日

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    00:41.47
    1951年01月01日
    「中日映画社」太平洋戦争9 1942年ニューギニア

    太平洋戦争9 駐屯地における日本兵の様子<映像内容>駐屯地における日本兵の様子、1942年フィリピンを支配下に、砲台を囲む兵士たち、上陸し行軍する日本兵たち、米軍士官の顔、軍艦から降りる米兵たち、オーストラリア上陸、車に乗り込む米兵たち、※撮影日不明・公開日:1951年(昭和26年)1月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

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    00:51.55
    1951年01月01日
    「中日映画社」太平洋戦争史11 中国へ日本軍が進出

    太平洋戦争史11 日本軍が中国へ進出、軍事行動へ<映像内容>旗を振る日本兵、叢の中で前方を見守る日本兵、射撃を掻い潜り、水田間の道を駆け抜ける兵士達、家屋を押しつぶす日本戦車、爆炎が上がり身をよける兵士、戦車の間を走る日本兵達、街中での砲撃、立ち上る煙、広がる煙の中を進み消えていく日本兵達、※撮影日不明・公開日:1951年(昭和26年)1月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

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    00:51.01
    1951年01月01日
    「中日映画社」太平洋戦争16 蒋介石の挨拶

    太平洋戦争16 蒋介石の挨拶<映像内容>重慶に着陸した飛行機、迎える中国要人、タラップを降りる二人の要人、蒋介石、蒋介石の挨拶(1944年)※撮影日不明・公開日:1951年(昭和26年)1月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

  • 00:44.08
    1951年01月01日
    「中日映画社」太平洋戦史 戦後復興

    戦後復興が始まる、日が落ちてなおライトをつけて作業は続く<映像内容>クレーン車で瓦礫を運ぶ作業など、撮影日不明・公開日:1951(昭和26)年1月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

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    00:57.52
    1951年01月01日
    「中日映画社」太平洋戦争史16 軍艦旗をかかげ凱歌を上げる日本兵

    太平洋戦争史16 軍艦旗をかかげ凱歌を上げる日本兵<映像内容>日本艦船からの砲撃開始、火を吹きあげる軍艦1隻、側面から見た火を吹く大砲、燃え上がる数隻の艦船、着岸する数隻の船、中国沿岸への侵攻作戦、走る鉄兜を被った兵士、軍艦旗をかかげ凱歌を上げる日本兵、建物の屋上で凱歌を上げる10余人の兵士、中国・ビルマの地図、地図に示されたラングーンの文字、※撮影日不明・公開日:1951年(昭和26年)1月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

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    03:55.43
    1951年01月01日
    「中日映画社」太平洋戦史12 潜水艦での攻撃

    太平洋戦争史12 潜水艦での攻撃<映像内容>マスト上の兵士達、双眼鏡で周囲を監視する様子、マスト上から射撃開始する兵士、被弾する船舶、船舶甲板を進む銃を手にした兵士達、海中より日本人を潜水艦上に引き上げる、複数名で日本人の救命胴衣を脱がせる様子、褌姿で潜水艦艇を登る日本人達、潜水艦甲板砲による射撃、傾く船舶、日本人と話す兵士達、海上を進む潜水艦、双眼鏡で眺める兵士、急いで配置につく兵士たち、潜水開始、水中を進む潜水艦、射程距離を確認、魚雷発射、潜水艦操作作業など※撮影日不明・公開日:1951年(昭和26年)1月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

  • 00:40.90
    1945年08月06日
    「中日映画社」広島・長崎への原爆投下

    広島・長崎への原爆投下。<映像内容>広島に投下された原爆、キノコ雲、焼野原になった広島、がれきの中を歩く子供、半壊する建物、※撮影日不明・公開日:1945年(昭和20年)8月6日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

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