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「宮ノ下」の写真・映像

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    宮ノ下

    キーワード:宮ノ下、町並み、東海道、改装前の奈良屋旅館、開業直前の富士屋ホテル=1878(明治11)年、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800418

  • 1912年12月31日
    宮ノ下

    キーワード:宮ノ下、川遊び、子供、東海道=大正期、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800410

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    宮ノ下

    キーワード:東海道、神奈川、箱根、宮ノ下、堂ヶ島、富士屋ホテル本館、奈良屋ホテル洋館、調べの滝、白鷺の滝、五段旅館、風景=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018111419914

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    宮ノ下

    キーワード:宮ノ下、東海道=明治初期、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800419

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    宮ノ下

    キーワード:宮ノ下、茅葺きの民家、集落、東海道=明治初期、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800409

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    宮ノ下

    キーワード:宮ノ下、街並み、馬に乗る人、乗馬、東海道=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800445

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    宮ノ下への道

    キーワード:宮ノ下への道、東海道=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800438

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    宮ノ下富士屋ホテル

    キーワード:宮ノ下、富士屋ホテル、東海道=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800416

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    宮ノ下村

    奈良屋旅館は見えるが、富士屋ホテルは見えないので、明治10年以前の写真である。宮の下は古くからの温泉場で、藤屋・奈良屋・山田屋等があり、底倉の太閤の石風呂でも有名。ベルツ・チェンバレン等も風光を愛した。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号36‐6‐0]

    商品コード: 2017080902298

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    宮ノ下温泉

    宮の下の街路は現在の国道1号線で、今もほぼ同じ位置を走る。右端は奈良屋旅館、正面の富士屋ホテルには垂れ幕が掛かり、通りには桟敷や提灯も見えて、祭りの時らしい。人々も何かの開始を待ち遠しげな様子に見える。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号40‐15‐0]

    商品コード: 2017080902529

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    宮ノ下温泉

    向山(むこうやま)から見た宮ノ下。正面の白亜の建物は明治20年(1887)に再建された奈良屋ホテル。その奥に明治24年(1891)竣工の富士屋ホテル本館が見えるので、それ以降の撮影である。右手の二階建の大きな建物はつたや旅館。その下に白鷺の滝と早川の流れが見える。中央下方は五段旅館。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号98‐28‐0]

    商品コード: 2017081501592

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    宮ノ下街道

    宮ノ下街道=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号106‐21‐0]

    商品コード: 2017081502006

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    宮ノ下温泉

    右は洋館に建て直す前の奈良屋、左は建築中の富士屋ホテルである。富士屋ホテルは明治11年に開業しているので、その直前の姿を伝える、他に見られぬ貴重な1枚である。武士風の人物が見えるのも興味深い。=明治10年後半~明治11年、箱根、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐37‐0]

    商品コード: 2017080200781

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    宮ノ下温泉

    明治16年(1883)の宮ノ下大火後、再建・整備された宮ノ下温泉。左の大きな建物は明治24年(1891)竣工の富士屋ホテル本館。右の白亜の洋館は明治20年(1887)完成した奈良屋ホテル。左手の道路は明治20年開通の塔ノ沢・宮ノ下間の車道で箱根駅伝のコースとして知られた現在の国道一号線に当たる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号68‐10‐0]

    商品コード: 2017082400173

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    宮ノ下温泉

    明治16年(1883)の宮ノ下大火で、富士屋ホテルも奈良屋ホテルも灰燼に帰した。中央左手の平屋は明治18年(1885)竣工の富士屋ホテル日本館で、中央右手の円形建築は明治19年(1886)完成のハミテージで、明治24年(1891)竣工の本館はまだ見えないので、明治19年から23年までの撮影と分かる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐82‐0]

    商品コード: 2017081600908

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    宮ノ下の滝

    明治13年(1880)の小林清親画「箱根底倉湯本萬年橋」に描かれた蛇骨川(じゃこつがわ)と同じ場所を写したもの。アングルから言って萬年橋の上から撮影したとすれば、橋が架設された明治6年(1873)から廃止された明治22年(1889)の間に撮影されたことになろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:スチルフリード、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号77‐24‐0]

    商品コード: 2017082400645

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    宮ノ下温泉

    向山(むこうやま)から見た宮ノ下と堂ヶ島。宮ノ下には富士屋ホテル本館と奈良屋ホテル洋館が見え、明治16年(1883)の宮ノ下大火以後、富士屋ホテル本館竣工後の明治24年(1891)以降の撮影と分かる。堂ヶ島への途中には五段旅館が見え、両端を調べの滝と白鷺の滝が流れる。五段旅館の下は平松別荘。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号80‐16‐0]

    商品コード: 2017081401196

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    宮ノ下温泉

    明星ヶ岳の尾根から眺めた宮の下の全景で、珍しい構図。中央の白亜の洋館は奈良屋旅館、背後に富士屋ホテルが見える。後方の集落は小涌谷で、白い建物は三井家別荘層雲閣。画面右下はベルツの別荘の可能性がある。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号25‐83‐0]

    商品コード: 2017080400659

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    宮ノ下街道

    富士屋ホテル社主山口仙之助氏等の尽力で明治20年(1887)7月に開通した塔ノ沢・宮ノ下間の車道である。撮影の場所は、出山(でやま)を宮ノ下側に少し登った辺りであろう。この道路は現在の国道一号線に当たり、箱根の観光は、この道路の開通によって飛躍的に発展した。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号79‐18‐0]

    商品コード: 2017081401155

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    宮ノ下街道

    大平台と塔ノ沢のほぼ中間点で早川が大きく左折する辺りの情景。右上の道路は、明治二十年(1887)7月に開通した塔ノ沢・宮ノ下間の車道で現在の国道一号線。右側の山は湯坂山(ゆさかやま)、左側の山は明星ヶ岳(みょうじょうがたけ)の山裾、正面の山は白銀山(しろがねやま)の尾根。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号68‐9‐0]

    商品コード: 2017082400279

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    宮ノ下温泉

    宮ノ下温泉=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐18‐0]

    商品コード: 2017081400593

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    宮ノ下街道

    キーワード:東海道、神奈川、箱根、宮ノ下、街道、籠、川、山=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2019011810907

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    宮ノ下温泉

    整理番号37-70と同一と言って良い写真で、どちらかが複製であろう。写り具合は、こちらの方が悪い。また、整理番号3-37も同一の写真であるが、人物の服装を古風に着色している。富士屋ホテルの開業直前の写真として貴重。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号37‐35‐0]

    商品コード: 2017080902275

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    宮ノ下温泉

    早川の対岸から眺めた宮の下と堂ヶ島温泉。中央上方の白亜の洋館は奈良屋旅館。その下が五段旅館。その左下の滝は調べの滝。滝の下の家並みは、左から、近江屋・大和屋・江戸屋で、三角屋根は夢想国師の庵である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号31‐4‐0]

    商品コード: 2017080902072

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    宮ノ下街道

    宮ノ下街道=撮影年月日不明、鎌倉、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号105‐28‐0]

    商品コード: 2017081501851

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    宮ノ下温泉

    左手奥の建物は創業当時の富士屋ホテルの洋館で、明治11年(1878)に造られ、明治16年(1883)12月に大火で消失するまで存在したので、その間の撮影と分かる。右手の建物は、明治7年(1874)の宮ノ下の火災で焼失後に再建された奈良屋旅館。職人の立つ道は、新道以前の旧七湯道である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐4‐0]

    商品コード: 2017082301023

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    宮ノ下温泉

    明治4年秋の宮の下温泉の眺望である。右手奥に見えるのは、和風の奈良屋旅館で、早くから外人客が多かった。まだ、人力車が通れる広い道はなく、旅行者は山駕籠に頼った。右手の山は明星岳である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号19‐37‐0]

    商品コード: 2017080201813

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    宮ノ下温泉

    宮ノ下温泉=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号105‐30‐0]

    商品コード: 2017081501908

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    宮ノ下温泉

    明治11年(1878)に創業した当初の富士屋ホテルのL字型の洋館である。山口仙之助氏が養父粂蔵氏の援助で老舗の藤屋旅館を買収し、「富士屋」と改称し実質的に日本初の洋式ホテルとして開業した。横浜から職人を連れてきて建設したもので、明治16年(1883)12月の宮ノ下大火で この建物は焼失した。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐51‐0]

    商品コード: 2017082300977

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    宮ノ下温泉

    左手奥の建物は創業当時の富士屋ホテルの洋館で、明治11年(1878)に造られ、明治16年(1883)12月に大火で消失するまで存在したので、その間の撮影と分かる。右手の建物は、明治7年(1874)の宮ノ下の火災で焼失後に再建された奈良屋旅館。目録番号3313と同時期の写真であろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐43‐0]

    商品コード: 2017081501755

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    宮ノ下温泉

    明治16年(1883)の宮ノ下大火で、富士屋ホテルも奈良屋ホテルも灰燼に帰した。中央左手の平屋は明治18年(1885)竣工の富士屋ホテル日本館で、中央右手の円形建築は明治19年(1886)完成のハミテージで、明治24年(1891)竣工の本館はまだ見えないので、明治19年から23年までの撮影と分かる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号79‐20‐0]

    商品コード: 2017081401188

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    宮ノ下温泉

    洋館に改装前の奈良屋旅館とその左に開業直前の富士屋ホテルが見える。この写真は、整理番号3-37と同一の写真で、人物の位置、手の組み方等から、これが本来の人物の姿態で、整理番号3-37は、侍の姿に彩色したものと判明した 。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号37‐70‐0]

    商品コード: 2017080902520

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    箱根宮ノ下

    キーワード:東海道、神奈川、箱根、宮ノ下、傘、電柱、はしご、「仁丹」「ヘルプ」「ういらう」「大田胃散」の看板、街並み=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です 。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2019020712827

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    宮ノ下と堂ヶ島

    早川の対岸から見た堂ヶ島と宮の下。堂ヶ島では、左から近江屋・大和屋・江戸屋。三角屋根は夢想国師の庵。中央の滝は調べの滝。宮の下では、奈良屋旅館とその周辺の家屋が見える。人物は写真機材運搬の人夫であろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号36‐5‐0]

    商品コード: 2017080902254

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    宮ノ下の理髪店

    キーワード:宮ノ下、街並み、理髪(床屋)の看板、店、東海道=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800413

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    宮ノ下温泉旅館

    宮の下の奈良屋旅館の写真。現在も、建物と樹木は、ほぼ同じ状態で存在するが、今で は、国道一号線が樹木の間近を通っている。 奈良屋旅館は、箱根でも老舗の旅館で、明治 天皇や昭憲皇后を初め、貴賓が多く宿泊した。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号29‐4‐0]

    商品コード: 2017080902185

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    箱根 宮ノ下温泉

    箱根、宮ノ下温泉=幕末、箱根、撮影者:フェリーチェ・ベアト、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018122023163

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    宮ノ下と堂ヶ島

    江戸時代、堂ヶ島には、奈良屋・江戸屋・丸屋・大和屋・近江屋があった。左手の二層の建物は大和屋、右の赤いお堂は薬師堂。中央は調べの滝、その上が五段旅館。山の上の白亜の洋館は奈良屋ホテル、その左が富士屋ホテルで、明治16年(1883)の大火後、明治24年(1891)本館竣工後の撮影と分かる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号48‐97‐0]

    商品コード: 2017080903238

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    宮ノ下温泉茶屋

    宮の下の茶屋の前で、当時箱根で使われていた乗り物(右から人力車・チェア・かご)を並べて写した写真。明治18年(1885)建築のこの茶屋は、富士屋ホテル等に泊まった外国人の遊興したところで、民家として現存する。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号24‐11‐0]

    商品コード: 2017080400532

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    宮ノ下の急流

    宮ノ下と木賀温泉の間の木賀の桟道辺りから見た早川の流れ。木の橋は、現在の早川遊歩道の東京電力川久保発電所近くの橋に相当するものと思われる。左の木陰に建物の屋根が見えるが、何に相当するか、よく分からない。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号98‐37‐0]

    商品コード: 2017081501616

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    宮ノ下温泉宿の庭

    明治16年(1883)の宮ノ下大火後、明治18年(1885)に竣工した富士屋ホテル日本館と、その庭に集う人々。池の前に座った山高帽の紳士が外国人の宿泊客で、周囲の男女は、富士屋ホテルの従業員であろう。女性は着物に前掛けをし、男性はコック・植木職人・書生風の男など様々である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号79‐23‐0]

    商品コード: 2017081401184

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    宮ノ下奈良屋旅館

    宮の下の老舗奈良屋旅館の和風建築である。七湯の栞等の資料とよく一致する。明治16年の大火で消失したが、それ以前の写真はほとんど残っていないので、貴重な一枚である。明治六年明治天皇の行幸の行在所となった。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号19‐43‐0]

    商品コード: 2017080201778

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    宮ノ下と堂ヶ島

    向山(むこうやま)から見た宮ノ下と堂ヶ島。宮ノ下には富士屋ホテルと奈良屋ホテルが見え、明治16年(1883)の宮ノ下大火以後、富士屋ホテル本館竣工後の明治24年(1891)以降の撮影と分かる。堂ヶ島への途中には五段旅館が見え、両端を調べの滝と白鷺の滝が流れる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐63‐0]

    商品コード: 2017081400660

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    宮ノ下富士屋ホテル

    箱根宮ノ下の富士屋ホテルは明治11(1878)年に山口仙之助が開業した。当初の建物は明治16(1883)年の宮ノ下大火で全焼している。写真の建物は明治24(1891)年に新築した本館で、唐破風の玄関が特徴的な木造洋風建築である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号93‐2‐0]

    商品コード: 2017081401031

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    宮ノ下富士屋ホテル

    宮ノ下富士屋ホテル=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号125‐21‐0]

    商品コード: 2017081401713

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    宮ノ下富士屋ホテル

    明治18年(1885)に竣工した富士屋ホテル日本館の写真である。日本館の内外に大勢の人々が立ったり腰掛けている姿が見える。庭の様子や立木の生え具合、人物の服装・人数の類似等から、目録番号4105と同時の撮影ではないかとと思われる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号69‐60‐0]

    商品コード: 2017082800582

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    宮ノ下富士屋ホテル

    目録番号4103とほぼ同じ構図であるが、樹木が成長しており、明治30年(1897)頃の富士屋ホテル全景と推測される。背後の山は手前が明星ヶ岳、その奥が明神が岳。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号85‐19‐0]

    商品コード: 2017081501721

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    宮ノ下富士屋ホテル

    宮ノ下富士屋ホテル=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐11‐0]

    商品コード: 2017081400659

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    宮ノ下富士屋ホテル

    明治24年(1891)に新築された富士屋ホテル本館。後に、本館の左横に移築される平屋(後にアイリーと改称)と呼ばれる洋館がまだ本館の前にあるので、本館が新築されて間もない頃の撮影と推測される。実際植木もまだ植えたばかりの印象であり、手前の石垣の上には植木屋らしき人物の姿も見える。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐29‐0]

    商品コード: 2017081400673

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    宮ノ下富士屋ホテル

    明治16年の大火後、徐々に復興されたが、明治24年に本格的に再建されて、まもなくの富士屋ホテル本館の写真である。露国皇太子の宿泊に間に合わせるため急ピッチで整備されたが、大津事件で実現しなかった。=明治24年5月以降、箱根、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号1‐42‐0]

    商品コード: 2017080200726

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    宮ノ下富士屋ホテル

    富士屋ホテルの写真。建物の有無から、明治25(1892)から27年(1894)頃と判断される。奈良屋旅館と外人客の獲得を争い、協定を結び、外国人は富士屋ホテルに宿泊することになった。これも外人客の撮影であろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号31‐6‐0]

    商品コード: 2017080902069

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    宮ノ下富士屋ホテル

    宮ノ下富士屋ホテル=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号116‐47‐0]

    商品コード: 2017081502433

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    箱根 宮ノ下 奈良屋旅館

    箱根、宮ノ下、奈良屋旅館=幕末、箱根、撮影者:不明、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。★特別価格対象商品★

    商品コード: 2018122023083

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    宮ノ下奈良屋ホテル

    宮ノ下奈良屋ホテル=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐9‐2]

    商品コード: 2017081400652

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    宮ノ下富士屋ホテル

    目録番号4103と同じ写真と思われるが、坂の途中の人物らしき影が4103では道の端の樹木のようになっており、細部に微妙な違いがある。同時に複数 の写真を撮ったものか。また、遠方の山の様子等も違いが見られ、全体として、本写真2108の四辺を切り取りクローズアップしたのが4103の構図と言える。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号47‐11‐0]

    商品コード: 2017081600832

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    宮ノ下富士屋ホテル

    明治18年(1885)に竣工した富士屋ホテル日本館の写真である。日本館の内外に大勢の人々が立っている姿が見える。庭には噴水も水を噴き上げている。目録番号4105と比べると、日本館の前の立ち木がまだ支柱で支えられており、4105より古く、恐らく、日本館が完成して間もない頃の撮影と思われる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐36‐2]

    商品コード: 2017081600881

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    宮ノ下奈良屋ホテル

    右手の白亜の建物が明治16年(1883)の宮ノ下大火後、明治20年(1887)に竣工した奈良屋ホテル洋館である。左手の建物は明治19年(1886)に建造された富士屋ホテルのハミテージで、明治24年(1891)に完成した富士屋ホテル本館がまだ見えないので、20年以降24年以前の撮影である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号87‐31‐0]

    商品コード: 2017081400815

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    宮ノ下富士屋ホテル

    明治24年(1891)に新築された富士屋ホテル本館と付属の建物群。平屋(後にアイリーと改称)と呼ばれる本館の左に見える洋館は当初は本館の前にあったが、移築された。右端の二階建ての洋館は明治19年(1886)に建設された下の西洋館(大正9年〔1920〕ハミテージと改称)である。背後の山は明星ヶ岳。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号79‐21‐0]

    商品コード: 2017081401228

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    宮ノ下富士屋ホテル

    目録番号4103と同じ写真と思われるが、坂の途中の人物らしき影が4103では道の端の樹木のようになっており、細部に微妙な違いがある。同時に複数 の写真を撮ったものか。また、遠方の山の様子等も違いが見られ、全体として、本写真2108の四辺を切り取りクローズアップしたのが4103の構図と言える。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐49‐0]

    商品コード: 2017081600883

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    富士屋ホテル

    キーワード:東海道、神奈川、箱根、宮ノ下、富士屋ホテル、近代建築=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018111234473

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    富士屋ホテル

    キーワード:東海道、神奈川、箱根、宮ノ下、富士屋ホテル、近代建築=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018111234490

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    箱根 宮ノ下へと続く東海道

    箱根、宮ノ下へと続く東海道=幕末、箱根、撮影者:フェリーチェ・ベアト、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。★特別価格対象商品★

    商品コード: 2018122023008

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    富士見茶屋からの宮の下遠望

    大平台の大曲(ヘアピン・カーブ)にあった富士見茶屋から宮の下方面を遠望したもの。現在、茶店はないが、松や眺望は、昔のまま残る。当時の写真機材は重くて、運ぶのが大変だったので、茶店で休んだ時の撮影が多い。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号19‐21‐0]

    商品コード: 2017080201844

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    富士屋ホテル日本館

    キーワード:宮ノ下、富士屋ホテル、日本館、温泉、旅館、庭園、噴水、東海道=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018102524968

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    富士屋ホテルの仲居

    キーワード:宮ノ下、富士屋ホテル、仲居、東海道、ステレオ写真、「Pretty Waitresses」の文字=撮影年月日不明、箱根、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2018050800408

  • 2001年05月23日
    奈良屋旅館 箱根の「奈良屋」売却

    閉館した奈良屋旅館=神奈川県箱根町宮ノ下

    商品コード: 2001052300005

  • 2014年09月22日
    修学院離宮の下離宮 修学院離宮

    修学院離宮の下離宮=2014年9月8日、京都市左京区で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2014092200468

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    2000年11月16日
    火災現場 旅館火事、客ら5人けが

    宿泊客ら5人がけがをした武蔵野観光旅館の火災現場=16日午前10時30分、神奈川県箱根町宮ノ下

    商品コード: 2000111600029

  • 1998年01月03日
    神奈川大が2連覇 東京箱根間往復大学駅伝

    6区で区間新記録をマークしてリードを広げた神奈川大・中沢晃=神奈川県箱根町宮ノ下(代表撮影)

    商品コード: 1998010300024

  • 1929年05月12日
    日本電報通信社資料

    車で箱根宮の下を通過するグロスター公爵殿下=1929(昭和4)年5月12日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011051500014

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    2000年11月16日
    武蔵野観光旅館 旅館で火事、客らけが

    火災で宿泊客らがけがをした武蔵野観光旅館=16日午前9時15分、神奈川県箱根町宮ノ下で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2000111600013

  • 2010年01月02日
    トップに出る東洋大・柏原 箱根駅伝第1日

    東京箱根間大学駅伝の往路5区で明大・久国公也(右)を抜きトップに出る東洋大・柏原竜二=神奈川県箱根町宮ノ下(代表撮影)

    商品コード: 2010010200092

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    堂が島温泉

    堂が島の渓谷を挟み、宮の下対岸の向山からの景。タイトルから宮の下で明治11年開業した嶋周吉氏撮影と分かる。中央下の川は早川、その上の滝は調べの滝、滝の右下は対星館、滝の右上は、五段旅館、その上は奈良屋。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐9‐0]

    商品コード: 2017080200851

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    塔ノ沢の渓谷

    国道1号線の前身となった、湯本・宮の下間の道路で、塔の沢の渓谷付近である。宮の下富士屋ホテルの山口仙之助が、自己資金と底倉・宮城野等近隣の村や有志の援助を得て開鑿したもので箱根の発展に大きく貢献した。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐4‐0]

    商品コード: 2017080200842

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    堂が島温泉

    宮の下の東側の渓谷に展開する堂が島温泉の様子である。画面左上は宮の下の家並み、左下の建物は大和屋、中央左手の三角の屋根は夢想国師の庵、その右の滝は調べの滝、滝の右上は五段旅館、滝の右下は対星館である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐7‐0]

    商品コード: 2017080200896

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    堂が島温泉

    左上から、宮の下の家並み、右上は奈良屋ホテル、左下は大和屋、その右が夢想国師の庵、中央の滝が調べの滝、滝の右上が五段旅館、旅館の右の滝は、宮の下の道路拡張で消滅した。右下の建物は現在の対星館に当たる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号9‐8‐0]

    商品コード: 2017080201149

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    Miyanoshita (Name of One of the Hot Springs at Hakone), Edo period (1615–1868), ca. 1779, Japan,

    Miyanoshita (Name of One of the Hot Springs at Hakone), Edo period (1615–1868), ca. 1779, Japan, Polychrome woodblock print; ink and color on paper, H. 10 3/8 in. (26.4 cm); W. 7 1/2 in. (19.1 cm), Prints, Torii Kiyonaga (Japanese, 1752–1815).、クレジット:Sepia Times/Universal Images Group/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021071613069

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    1912年12月31日
    九段坂上靖国神社庭内真図, True View of the Courtyard of Yasukuni Shrine at Kudan Sakaue,

    九段坂上靖国神社庭内真図, True View of the Courtyard of Yasukuni Shrine at Kudan Sakaue, (Kudan Sakaue Yasukuni jinsha teinai shin zu), Meiji period (1868–1912), 1888, Japan, Triptych of polychrome woodblock prints; ink and color on paper, Image: 14 x 29 1/2 in. (35.6 x 74.9 cm), Prints, Inoue Yasuji (Japanese, 1864–1889).、クレジット:Sepia Times/Universal Images Group/共同通信イメージズ※エディトリアル使用のみ。広告、プロモーション、商業目的での利用に関してはお問合せください。

    商品コード: 2021081010731

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    湯本中町

    現在の箱根湯本正源寺をやや下った橘旅館付近から中町方面の集落を眺めたところ。箱根旧街道と松並木が見える。今は、道路拡張で切られ、松はない。現存するガラス原板から宮の下の写真館嶋周吉氏の撮影と判明した。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐17‐0]

    商品コード: 2017080200899

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    大涌谷の駕篭

    大涌谷の茶店と山駕籠の行列である。大涌谷の観光には、徒歩の他に、駕籠やチェアー(足の長い外国人用)と呼ばれる乗物が使われた。ネガタイトルから宮の下で写真館を営む嶋周吉氏の撮影と分かる。向かいの山は冠岳。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐14‐0]

    商品コード: 2017080200831

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    湯本の渓谷

    旭日橋の上手から、早川を左手に湯本方面を見た図。富士屋ホテルの山口仙之助による湯本・宮の下間の道路の完成は、明治20年の末で、電灯が湯本に点いたのは明治25年だから、人力車・電灯から25年以降と分かる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号7‐19‐0]

    商品コード: 2017080201085

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    山間の風景

    強羅方面から、木賀・宮城野・宮の下方面を眺めた写真と思われる。左の台地は、現在の箱根老人ホーム辺りで、他の写真と立木と台地の形が一致する。山間に見える白い流れは、木賀を流れる早川と考えられる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号46‐186‐0]

    商品コード: 2017080903008

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    木賀街道

    整理番号5-11のスライド版。宮の下と宮城野を結ぶ道で、現在の国道138号線の起点付近である。左の川は、早川。明治25年の大火前は、箱根でも有名な温泉街で旅館が軒を並べていた。紅葉の名所としても知られている。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号31‐49‐0]

    商品コード: 2017080902161

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    木賀温泉

    見晴らし茶屋(現在の清寂苑辺り)から見た木賀温泉。宮の下と宮城野を結ぶ道(現在の国道138号線)と須沢川の橋が明確に見え、旅館数も多く、明治25年(1892)の大火前の木賀が最も繁栄していた頃の写真であろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号31‐23‐0]

    商品コード: 2017080902160

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    箱根杉並木

    箱根杉並木と、軍服姿等の人物写真。現存するガラス原板から、明治11年から宮の下で写真館を営む嶋周吉氏の撮影と判明した。電線か電話線がみえる。元箱根はそれぞれ明治38年、45年と遅いので、それ以降である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐16‐0]

    商品コード: 2017080200817

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    湯本の渓谷

    現在の国道1号線の前身となった、湯本・宮の下間の道路で、湯本の旭日橋の少し上流の辺りである。左の川は早川。電線が見えるので、湯本に全国2番目の水力発電所が作られ電灯が点いた明治25年以降と分かる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐5‐0]

    商品コード: 2017080200833

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    木賀温泉

    木賀温泉の全景。右の川は早川。奥の山は明神ヶ岳と碓井峠。木賀温泉は、早川に注ぐ須川により亀屋や湯用院の宮城野側と、仙石屋や菖蒲湯の宮の下側に分れていた。七湯の枝折[文化8年(1811)]とあまり変わらない。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号26‐40‐0]

    商品コード: 2017080902006

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    旅館庭園の外国人たち

    宮の下の富士屋ホテルの別荘フォレスト・ロッジの庭で浴衣を着て寛ぐ外国人の宿泊客達と思われる。建物の位置や形・松の枝振り・前後の写真に富士屋ホテルから撮ったものがあるところから判断した。明治20年以降か。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号46‐180‐0]

    商品コード: 2017080902981

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    木賀の渓谷

    宮の下から宮城野へ抜ける道で、現在の国道138号線の起点近くである。左の渓谷は、早川。右が木賀温泉で、明治25年の大火で全焼する前は、箱根でも屈指の温泉街であった。現在の強羅入口の手前辺りからの撮影。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号5‐11‐0]

    商品コード: 2017080200877

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    木賀街道

    宮城野から宮の下へ向かう途中の木賀の道で、現在の国道138号線。轍の跡は、馬力や荷車のものであろう。左の川は早川で、現在はかなり深い峡谷となっている。中央のお堂は、木賀不動尊で、人々の信仰を集めた。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号31‐74‐0]

    商品コード: 2017080902388

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    木賀温泉

    明治22年(1889)開通の宮ノ下・宮城野間新道が見えないので、それ以前の木賀温泉である。奥の鳥居の位置が薬師堂。手前が亀屋の建物群で、その右端が神代楼。須沢を挟んで手前が松坂屋。左端の白壁が見えるのが松坂屋の眺海楼。一番手前が仙石屋。右に早川、背後に箱根外輪山明神ヶ岳が見える。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号82‐24‐0]

    商品コード: 2017081401356

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    塔ノ沢温泉

    現在の箱根観光会館跡地辺りから早川渓谷の上流を見上げた構図。正面の建物は、明治20年頃開業した新玉の湯である。塔ノ沢村の総代堀貞蔵が、玉の湯旅館を読売新聞社主子安峻に譲渡し、新たに建設したもの。左手の道は、明治20年(1887)に開通した塔ノ沢・宮ノ下間の車道で、国道一号線となった。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号89‐2‐0]

    商品コード: 2017081400880

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    木賀温泉

    明治22年(1889)開通の宮ノ下・宮城野間新道が見えないので、それ以前の木賀温泉である。奥の鳥居が見えるのは薬師堂で、左が湯用院。手前が亀屋の建物群で、右端が神代楼。須沢を挟んで手前が松坂屋。左端の壁が白く見えるのが松坂屋の眺海楼。一番手前が仙石屋。右に早川と木賀の渓谷が続く。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐23‐0]

    商品コード: 2017082300962

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    大涌谷

    大涌谷は箱根火山が水蒸気爆発を起こした爆裂火口の跡で、今でも盛んに噴煙を上げている。明治の初めまで大地獄と呼ばれ精霊が行く場所とされたが、明治六年(1873)天皇・皇后が宮ノ下奈良屋で避暑をされた時、滞在地近辺に地獄があっては畏れ多いと大涌谷と改称された。人物が数人見える。左は冠岳。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号47‐15‐0]

    商品コード: 2017080903012

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    日光東照宮下神庫

    日光東照宮の下神庫(しもじんこ)は表門(仁王門)をくぐり抜けた右手前方に最初に見える校倉(あぜくら)造りの建物である。上神庫(かみじんこ)、中神庫(なかじんこ)と共に三神庫(さんじんこ)と呼ばれている。三神庫は百物揃千人行列の装束や流鏑馬の道具を納めている。=撮影年月日不明、日光、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号54‐19‐0]

    商品コード: 2017081002710

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    湯本温泉入口

    明治26年(1893)に移設された旭橋を少し上った、現在は旧箱根観光会館へ渡る橋がある辺りの情景。明治20年(1887)開通の塔ノ沢・宮ノ下間の車道には、男性の釣り人二人、浴衣の女性5人、電柱の横にも3人見える。湯本・塔ノ沢の電灯が灯ったのは明治25年(1892)なので、その電柱と電線であろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐22‐0]

    商品コード: 2017081400613

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    湯本温泉

    中央右側の早川に明治18年(1885)9月に新設された木製トラス製の旭橋が見え、福住旅館へ通じており、さらに明治21年(1888)10月に開通する小田原馬車鉄道の湯本駅舎がまだ見えないので、その間の撮影である。川の背後は湯本温泉と湯坂山で、右手奥の山間には宮ノ下温泉と富士山が遠望される。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号59‐36‐0]

    商品コード: 2017081400670

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    木賀温泉

    明治22年(1889)開通の宮ノ下・宮城野間新道が見えるので、それ以後明治25年(1892)の大火で木賀温泉街が焼失するまでの撮影。亀屋の神代楼と新道側の玄関が見え、亀屋の背後には薬師堂が望まれる。手前は松坂屋や仙石屋の建物で、左端の木隠れの建物が松坂屋眺海楼である。右手前は早川渓谷。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号93‐38‐0]

    商品コード: 2017081401069

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    木賀温泉

    木賀温泉の亀屋周辺の様子。亀屋の三層の建物神代楼が中央に見える。また、明治22年(1889)開通の宮ノ下・宮城野間の新道に向いた亀屋の玄関が望まれるので、明治22年から、木賀温泉街が大火で焼失する明治25年(1892)までの撮影である。右に早川が流れ、箱根外輪山明神ヶ岳 も遠望できる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号81‐20‐0]

    商品コード: 2017081401341

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    神奈川鶴間

    鶴間村。鶴間村は横浜から12マイル、田名、宮の下、及び大山への途上にあり、近来外国人のハイキング行程の第一休憩地として知られている。The Far East 明治4年(1871)10月4日号。「復刻版The Far East」より引用。=撮影年月日不明、神奈川、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号19‐52‐0]

    商品コード: 2017080201820

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