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「岡田啓介」の写真・映像

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  • 1950年02月21日
    (おかだ・けいすけ) 岡田啓介

    海軍大将、海軍相、首相(1934年7月8日-36年3月9日)、1950(昭和25)年2月21日撮影、内11813、歴代首相・歴代総理、死亡・1952年10月17日

    商品コード: 2002052000138

  • 1950年02月21日
    岡田啓介

    最近の岡田啓介元首相(2・26事件15周年記事併用)=1950(昭和25)年2月21日出稿(25年内地1100)

    商品コード: 2013080500340

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    1952年12月31日
    (おかだ・けいすけ) 岡田啓介

    軍人、政治家。1868(慶応4)年、福井生まれ。海軍大学校を卒業。海軍省人事局長、海軍次官などを歴任し、1924年海軍大将に進級。田中義一内閣と斉藤内閣の海軍大臣、第31代内閣総理大臣(1934年7月8日~36年3月9日)などを務める。首相在任中、二・二六事件に遭う。1952年没=撮影年月日不詳

    商品コード: 1997061200102

  • 1934年09月10日
    岡田啓介・政治家

    岡田啓介(おかだ・けいすけ)、首相。2・26事件で岡田を狙って首相官邸が襲撃されたが難を免れた。連合艦隊司令官、海軍相を歴任=1934(昭和9)年9月10日

    商品コード: 1934091000002

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    1934年12月25日
    岡田啓介(おかだ・けいすけ)

    軍人、政治家。1868(慶応4)年、福井生まれ。海軍大学校を卒業。海軍省人事局長、海軍次官などを歴任し、1924年海軍大将に進級。田中義一内閣と斉藤内閣の海軍大臣、第31代内閣総理大臣(1934年7月8日~36年3月9日)などを務める。首相在任中、二・二六事件に遭う。1952年没=1934(昭和9)年12月25日複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 1934122500001

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    1937年04月29日
    和服の岡田啓介(おかだ・けいすけ)

    軍人、政治家。1868(慶応4)年、福井生まれ。海軍大学校を卒業。海軍省人事局長、海軍次官などを歴任し、1924年海軍大将に進級。田中義一内閣と斉藤内閣の海軍大臣、第31代内閣総理大臣(1934年7月8日~36年3月9日)などを務める。首相在任中、二・二六事件に遭う。1952年没=1937(昭和12)年4月29日複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 1937042900001

  • 1929年05月04日
    日本電報通信社資料

    岡田啓介海相主催の昼食会で記念写真に納まる(前列左から)チリー駐日英大使、岡田啓介海相、高松宮さま、英国のグロスター公、東郷平八郎元帥=1929(昭和4)年5月4日、芝栄町の水交社(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929050400002

  • 1936年03月05日
    後継首相に広田弘毅氏 二・二六事件(2・26事件)

    岡田啓介首相の後継として大命を受けた広田弘毅元外相=1936(昭和11)年3月5日か9日

    商品コード: 2013030200186

  • 1930年09月08日
    日本電報通信社資料

    財部彪海相を訪問する岡田啓介海軍大将=1930(昭和5)年9月8日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2012101200194

  • 1952年10月19日
    故岡田元首相告別式

    故岡田啓介元首相の告別式で弔辞を読む吉田首相=1952(昭和27)年10月19日、東京・築地本願寺(27年内地2629)

    商品コード: 2013020800184

  • 1936年02月26日
    岡田首相と高橋蔵相 二・二六事件(2・26事件)

    高橋蔵相最後の写真。前列右端の白ヒゲが高橋是清蔵相、左から2人目は岡田啓介首相、後列右端は町田忠治商工相=撮影日と場所不明

    商品コード: 2013010600060

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    2021年10月01日
    歴代首相4 最高権力者、戦前は同輩

    斎藤実(第30代)、岡田啓介(第31代)、広田弘毅(第32代)、林銑十郎(第33代)、近衛文麿(第34、38、39代)、平沼騏一郎(第35代)

    商品コード: 2021100107070

  • 1936年02月27日
    参内する町田商相 二・二六事件(2・26事件)

    宮中閣議のため参内する町田忠治商相。町田商相は、岡田啓介首相が殺害されたと思われていたとき後継首相候補に目されていた=1936(昭和11)年2月28日

    商品コード: 2013030200165

  • 1929年05月04日
    日本電報通信社資料

    水交社で開かれる岡田啓介海相主催の昼食会に向かう英国のグロスター公(後席左)=1929(昭和4)年5月4日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929050400001

  • 1934年01月01日

    人物 24514 ◎高橋是清・政治、たかはし・これきよ、総理、蔵相、昭和9年、複写、岡田啓介氏との記念撮影から切り取り、別KA3695と同じ

    商品コード: 2003061800124

  • 1932年09月02日
    日本電報通信社資料

    海軍省を訪問し、岡田啓介海相(右)と握手するフランス極東艦隊司令官J・A・M・ベルトロー中将=1932(昭和7)年9月2日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015071300290

  • 1932年09月02日
    日本電報通信社資料

    満州派遣陸海軍将兵の労苦に対する感謝決議案が可決され、謝辞を述べる岡田啓介海相=1932(昭和7)年9月2日、衆院本会議(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015071300293

  • 1932年10月04日
    日本電報通信社資料

    国際連盟リットン調査団の報告書が議題の閣議に臨む(右から)荒木貞夫陸相、内田康哉外相、岡田啓介海相=1932(昭和7)年10月4日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932100400003

  • 1929年01月08日
    日本電報通信社資料

    陸軍始め観兵式。岡田啓介海相と田中義一首相、昭和4年1月8日、東京・代々木(おかだ・けいすけ、たなか・ぎいち)(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2006121500173

  • 1932年09月18日
    日本電報通信社資料

    満州事変1周年祭。祭典に参列する(右から)荒木貞夫陸相、岡田啓介海相、一木喜徳郎宮相、小山松吉法相=1932(昭和7)年9月18日、靖国神社(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015072200291

  • 1934年07月04日

    別KA 3695 ◎高橋是清・政治、たかはし・これきよ、総理、蔵相、昭和9年7月4日撮影、岡田啓介氏との記念撮影から切り取り

    商品コード: 2003061800123

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    1936年02月29日
    岡田啓介首相私邸 二・二六事件(2・26事件)

    淀橋区角筈1丁目の岡田啓介首相の私邸。首相と誤認され殺害された義弟の松尾伝蔵大佐の遺体は首相のものとして官邸からこの私邸に運ばれた。葬儀の準備中の2月29日に首相の生存が発表された=1936(昭和11)年2月26日から29日までの間のいずれか

    商品コード: 2009122300027

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    2016年11月18日
    東条英機首相と重臣たち 首相経験者から反対相次ぐ

    開戦後の1942年1月19日、東条英機首相(前列左から2人目)が官邸に招いた重臣たち。左列手前から平沼騏一郎、広田弘毅、首相の後ろ手前から阿部信行と林銑十郎、中央和服姿の後ろは米内光政、前列右から岡田啓介、若槻礼次郎、若槻の後ろは近衛文麿

    商品コード: 2016111800703

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    1932年11月04日
    日本電報通信社資料

    ジュネーブに向け出発する海軍の軍縮全権永野修身中将(左端)と首席随員の長谷川清少将(その右)。右から2人目は見送りの岡田啓介海相=1932(昭和7)年11月4日、東京駅(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932110400002

  • 1932年07月16日
    日本電報通信社資料

    三笠会館の開館式で、屋上マストに並ぶ(左から)安保清種元海相、谷口尚真軍令部長、加藤寛治大将、岡田啓介海相、山本英輔横須賀鎮守府長官=1932(昭和7)年7月16日、横須賀市稲岡町(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932071600001

  • 1932年09月25日
    日本電報通信社資料

    全国中等学校生の献納した「報国7号」の命名式に臨む岡田啓介海相(右)。機種は中島飛行機製作の九○式艦上戦闘機=1932(昭和7)年9月25日、羽田飛行場(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932092500001

  • 1932年07月13日
    日本電報通信社資料

    上海戦線で活躍し、海軍省に到着した海軍装甲自動車第9号の説明を聞く伏見軍令部長宮殿下(×印)、岡田啓介海相(△印)ら=1932(昭和7)年7月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015070600487

  • 1932年11月28日
    日本電報通信社資料

    徴兵制60年記念日。奉答祭に向かう(先頭から)荒木貞夫陸相、岡田啓介海相、小山松吉法相、永井柳太郎拓相、真崎甚三郎参謀次長ら=1932(昭和7)年11月28日、明治神官(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015082400311

  • 1932年04月24日
    日本電報通信社資料

    勅諭下賜50周年記念式に臨む(右から)海軍の岡田啓介大将、犬養毅首相、荒木貞夫陸相、大角岑生海相=1932(昭和7)年4月24日、宮城の二重橋前広場(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932042400002

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    1932年09月17日
    日本電報通信社資料

    黄海大海戦(日清戦争)の第38回記念日に集い祝う(左から)鈴木貫太郎侍従長、財部彪元海相、岡田啓介海相の各海軍大将ら=1932(昭和7)年9月17日、水交社(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932091700001

  • 1935年10月20日
    四十九日法要 床次竹二郎

    故・床次竹二郎前逓信相の49日法要で、床次氏の肖像を前に故人を偲ぶ岡田啓介首相(右)と望月圭助新逓相=1935(昭和10)年10月頃、淀橋区西大久保の床次邸、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016042800270

  • 1932年07月16日
    日本電報通信社資料

    横須賀軍港に完成した三笠会館の開館披露祝賀式で屋上マスト上に並ぶ(左から)安保清種、谷口尚真、加藤寛治の各軍事参議官、岡田啓介海相、山本英輔・横須賀鎮守府長官=1932(昭和7)年7月16日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015070600535

  • 1936年03月31日
    臨時首相官邸 二・二六事件(2・26事件)

    臨時首相官邸となった農相公邸。当初殺害されたと思われた岡田啓介首相は生きていて、2月27日に官邸を脱出し、28日に宮中に参内、3月1日夜に臨時首相官邸に入った=1936(昭和11)年3月

    商品コード: 2013071900190

  • 1936年02月26日
    岡田首相と義弟の松尾大佐 二・二六事件(2・26事件)

    岡田啓介首相(左)と、右は間違われて凶弾に倒れた義弟の松尾伝蔵予備役大佐。松尾は岡田の妹婿で、首相就任以後、秘書官事務取扱となって身辺警護も含め岡田の世話に当たった(撮影年月日不明)

    商品コード: 2013010600032

  • 1932年11月03日
    日本電報通信社資料

    明治神宮祭典。参拝する(左先頭から)山本達雄内相、香坂昌康東京府知事、内田康哉外相、荒木貞夫陸相、岡田啓介海相=1932(昭和7)年11月3日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015081000444

  • 1932年07月13日
    日本電報通信社資料

    殊勲の海軍装甲自動車第9号晴れの都入り。海軍省で伏見宮軍令部長(×印)はじめ岡田啓介海相(△印)が、友貞少佐より説明を聞かれた=1932(昭和7)年7月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932071300001

  • 1929年07月01日
    政友会田中内閣記念撮影

    記念撮影に納まる(前列右から)岡田啓介(海軍服)、小川平吉、田中義一、三土忠造、望月圭介(和服)、中橋徳五郎(後列右から)勝田主計、鳩山一郎(和服)、原嘉道、久原房之助、前田米蔵、白川義則(陸軍服)の各氏=昭和4年7月1日、首相官邸

    商品コード: 2008051200342

  • 1932年10月25日
    日本電報通信社資料

    岡田啓介海相を表敬したイタリアの極東海軍首席指揮官で旗艦リビア号艦長の海軍大佐グイド・バッチ伯爵(右)=1932(昭和7)年10月25日、海軍省(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015080500354

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    2016年02月23日
    岡田首相と松尾大佐 「暗い時代」見つめる人々

    二・二六事件で岡田啓介首相(左)と間違われて殺された松尾伝蔵大佐(右)。松尾は岡田の義弟で、岡田の首相就任後、身辺警護を含めて官邸で岡田の世話をしていた(撮影年月日不明)

    商品コード: 2016022300447

  • 1932年09月25日
    日本電報通信社資料

    全国中等学校生の献納した「報国7号」の飛行を見守る(右から)鈴木孝雄陸軍大将、岡田啓介海相、安保清種元海相=1932(昭和7)年9月25日、羽田飛行場(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932092500002

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    1929年08月02日
    日本電報通信社資料

    英米との間で問題になっている海軍軍縮に関して討議する軍事参議官会議に出席した(右から)加藤寛治、安保清種(後列)、岡田啓介、山下源太郎、東郷平八郎の各大将=1929(昭和4)年8月2日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929080200001

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    1936年03月31日
    仮首相官邸に警備兵 二・二六事件(2・26事件)

    臨時首相官邸となった農相公邸。一群の兵隊はこの前を通過するのか、ここに到着したのかは不明。岡田啓介首相は殺害されたと思われたが、生きていて2月27日に首相官邸を脱出し、28日に宮中参内を果たし、3月1日にここへ入った=1936(昭和11)年3月、東京・永田町

    商品コード: 2013071900197

  • 1932年07月16日
    日本電報通信社資料

    三笠会館の開館披露祝賀式で記念写真に納まる海軍将星たち。前列右より谷口尚真軍令部長、加藤寛治大将、(1人おいて)三笠保存会会長の岡田啓介海相、(1人おいて)斯波忠三郎保存会副会長、安保清種元海相、山本英輔横須賀鎮守府長官=1932(昭和7)年7月16日、横須賀市(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015070600540

  • 1932年07月26日
    日本電報通信社資料

    海防議会の10周年記念式に臨む斎藤実首相、閣僚、功績者。右から本多光太郎東北大総長、福田三之助、石川登喜治海軍造機中将、栖原豊太郎、平賀譲海軍造船中将、斎藤首相、岡田啓介海相、南弘逓相、斯波忠三郎男爵=1932(昭和7)年7月26日、東京・丸の内の東京会館(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932072600002

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    1934年07月08日
    記念撮影 岡田内閣成立

    親任式後、記念撮影する、前列向かって左より、外相・広田弘毅、文相・松田源治、内相・後藤文夫、総理・岡田啓介、逓相・床次竹二郎、商相・町田忠治。海相・大角岑生、後列、司相・小原直。蔵相・藤井真信、鉄道相・内田信也、農相・山崎達之輔、陸相・林銑十郎=1934(昭和9)年7月8日

    商品コード: 2019082600269

  • 1929年08月19日
    日本電報通信社資料

    ドイツの飛行船ツェッペリン伯号(Graf Zeppelin)の到着を待つ(前列左から4人目から右へ)財部彪海相(白の礼装)、小泉又次郎逓相、海軍の岡田啓介大将、フォレッチ駐日独大使ら=1929(昭和4)年8月19日、茨城県の霞ケ浦飛行場(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929081900004

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    1932年10月14日
    日本電報通信社資料

    ジュネーブの国際連盟特別総会に出席する日本首席全権の松岡洋右衆院議員(前列左から2人目)と随員一行を招待して斎藤実首相(前列右から2人目)が送別午餐会を開催。記念撮影する(前列左から)鳩山一郎文相、松岡議員、斎藤首相、山本達雄内相、中列左から岡田啓介海相、内田康哉外相、小山松吉法相、永井柳太郎拓相、(上段左から)南逓信相、一人置いて柴田書記官長=1932(昭和7)年10月14日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932101400001

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    1932年05月26日
    日本電報通信社資料

    五・一五事件。初閣議を終え、乾杯する斎藤実首相(前列左から2人目)と閣僚たち。前列左から鳩山一郎文相、斎藤首相兼外相、三土忠造鉄相、岡田啓介海相、中段左から南弘逓相、山本達雄内相、荒木貞夫陸相、永井柳太郎拓相、後藤文夫農相、3列目左から中島久萬吉商工相、小山松吉法相、高橋是清蔵相、柴田善三郎書記官長=1932(昭和7)年5月26日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932052600007

  • 1932年06月01日
    日本電報通信社資料

    第62臨時議会開院式に臨む斎藤実首相(前列中央)と閣僚たち。前列左から岡田啓介海相、山本達雄内相、斎藤実首相、三土忠造鉄相、小山松吉法相、後列左から鳩山一郎文相、荒木貞夫陸相、永井柳太郎拓相、後藤文夫農相、中島久萬吉商相、堀切善次郎法制局長官、南弘逓相、柴田善三郎書記官長、黒服は不明=1932(昭和7)年6月1日(日本電報通信社撮影)(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932060100001

  • 2018年01月13日
    記念撮影 広田弘毅内閣が発足

    二・二六事件で総辞職した岡田啓介内閣の後継として発足した広田弘毅内閣。前列左から広田首相兼外相、川崎卓吉商工相、(2列目左から)寺内寿一陸相、永野修身海相、馬場鍈一蔵相、林頼三郎法相、(3列目左から、永野の右後ろ)頼母木桂吉逓相、島田俊雄農相、潮恵之輔内相、(4列目左から)永田秀次郎拓相、前田米蔵鉄相、藤沼庄平内閣書記官長、次田大三郎法制局長官、吉田茂内閣調査局長官。外相には4月に入って有田八郎が就任した=1936(昭和11)年、3月9日、首相官邸※注:吉田茂は内務官僚で、戦後首相となった吉田とは同姓同名の別人

    商品コード: 2018011300195

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