KYODO NEWS IMAGELINK

報道写真の購入なら共同通信イメージズ

  • 飯塚幸三
  • 実況見分
  • 東京都豊島区
  • 電気試験所
  • 事情聴取
  • 警視庁目白
  • 中小企業金融公庫
  • 研究開発
  • 総務部長
  • 電子技術総合研究所

「工業技術院」の写真・映像

絞り込み
  • 日付
  • 種類
  • 向き
  • カテゴリ
  • 提供元
並び順
  • 新しい順
64
( 1 64 件を表示)
  • 1
64
( 1 64 件を表示)
絞り込み
並び順
  • 新しい順
  • 本映像はログイン後にご覧いただけます
    03:37.01
    2020年10月08日
    池袋母子死亡事故、無罪主張 初公判後の遺族側記者会見

    東京・池袋で昨年4月、乗用車が暴走して通行人を次々とはね、母子が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長飯塚幸三被告(89)は8日、東京地裁(下津健司裁判長)の初公判で起訴内容を否認し、無罪を主張した。 遺族の松永拓也さん(34)は閉廷後に記者会見し「車の不具合を主張するなら謝ってほしくなかった。2人の命と遺族の無念に向き合っているとは思えなかった」と話した。 <映像内容>松永拓也さんと真菜さんの父上原義教さん(63)の記者会見、入り、質疑応答、会見雑観、東京地裁外観など、撮影日:2020(令和2)年10月8日、撮影場所:東京都

    撮影: 2020(令和2)年10月8日

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2020年02月06日
    飯塚幸三元院長 池袋事故で元院長在宅起訴

    旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長

  • 2019年11月12日
    (いいづか・こうぞう) 飯塚幸三

    旧通産省工業技術院元院長、2019年6月13日、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年11月12日
    飯塚幸三氏 88歳元院長を書類送検

    旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長

  • 本映像はログイン後にご覧いただけます
    03:22.00
    2019年11月12日
    「軽い罪で終わらせない」 母子遺族 事故防止へ決意

    東京・池袋で松永真菜(まつなが・まな)さん(31)と長女莉子(りこ)ちゃん(3)らが死傷した車の暴走事故で、夫(33)が12日、都内で記者会見し、旧通産省工業技術院の飯塚幸三(いいづか・こうぞう)元院長(88)が書類送検されたことを受け、「2人や社会のためにも軽い罪で終わらないようにできることをやり、少しでも交通事故が減るように活動していく」と決意を語った。夫は会見で、「さまざまな人の協力と励ましがあった」と感謝の言葉を述べ、4月の事故以降の7カ月間を「苦しみや悲しさと向き合い続け、葛藤する日々だった」と振り返った。<映像内容>松永真菜さんの夫と高橋正人弁護士らの記者会見、撮影日:2019(令和元)年11月12日、撮影場所:東京都内

    撮影: 2019(令和元)年11月12日

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年11月08日
    飯塚幸三元院長 元院長、来週にも書類送検

    旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年10月18日
    実況見分に立ち会う飯塚氏 パーキンソン症候群罹患か

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=6月、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    飯塚氏 池袋事故実況見分

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    実況見分空撮 元院長立ち会い、実況見分

    旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長を立ち会わせ行われた実況見分=13日午前、東京都豊島区(共同通信社ヘリから)

    撮影: 13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    飯塚幸三元院長 元院長立ち会い、実況見分

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長=13日午前、東京都豊島区

    撮影: 13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    飯塚幸三氏 元院長立ち会い、実況見分

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(左)=13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    事故現場 元院長立ち会い、実況見分

    旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長を立ち会わせて行われた実況見分=13日午前、東京都豊島区(画像の一部を加工しています)

    撮影: 13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    つえ持つ飯塚元院長 元院長立ち会い、実況見分

    つえを持って実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長=13日午前、東京都豊島区

    撮影: 13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    一礼する飯塚幸三元院長 元院長立ち会い、実況見分

    事故現場付近で一礼する旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    立ち会う飯塚元院長 元院長立ち会い、実況見分

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    立ち会う飯塚元院長 元院長立ち会い、実況見分

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=13日午前、東京都豊島区

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年06月13日
    立ち会う飯塚元院長 元院長立ち会い、実況見分

    実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長=13日午前、東京都豊島区

    撮影: 13日午前、東京都豊島区

  • 本映像はログイン後にご覧いただけます
    01:27.58
    2019年06月13日
    空撮 元院長立ち会い、実況見分 東京・池袋の母子死亡事故

    東京・池袋で乗用車が暴走し、母子がはねられ死亡した事故で、警視庁は13日、乗用車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三(いいづか・こうぞう)元院長(88)を立ち会わせ、現場で実況見分した。事故後、飯塚元院長が立ち会うのは初めてで、警視庁は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で捜査している。〈映像内容〉飯塚幸三元院長が立ち会った実況見分の空撮映像、撮影日:2019(令和元)年6月13日、撮影場所:東京都 池袋

    撮影: 2019(令和元)年6月13日

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年05月18日
    飯塚幸三元院長 元院長「申し訳ない」

    東京・池袋で乗用車が暴走し母子が死亡した事故について任意の事情聴取を終え、警視庁目白署を出る旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=18日午後

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年05月18日
    警察署を出る飯塚氏 元院長「申し訳ない」

    東京・池袋で乗用車が暴走し母子が死亡した事故について任意の事情聴取を終え、警視庁目白署を出る旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=18日午後

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年05月18日
    署を出る飯塚氏と報道陣 元院長「申し訳ない」

    東京・池袋で乗用車が暴走し母子が死亡した事故について任意の事情聴取を終え、警視庁目白署を出る旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=18日午後

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年05月18日
    事情聴取を終えた飯塚氏 元院長「申し訳ない」

    東京・池袋で乗用車が暴走し母子が死亡した事故について任意の事情聴取を終え、警視庁目白署を出る旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=18日午後

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年05月18日
    マイクを向けられる飯塚氏 元院長「申し訳ない」

    東京・池袋で乗用車が暴走し母子が死亡した事故について任意の事情聴取を終え、警視庁目白署を出る旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長=18日午後

    撮影: 18日午後

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2019年05月18日
    警視庁目白署 池袋暴走の元院長が退院

    旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長を事情聴取している警視庁目白署=18日午後

    撮影: 18日午後

  • 2014年12月08日
    公開された「やまと」 日本初の機械翻訳機

    通産省工業技術院伝電気試験所が、日本初の英日機械翻訳機「やまと」を公開=1959(昭和34)年2月23日 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第3巻使用画像(P174)

    撮影: 1959

  • 2014年12月02日
    リレー式自動計算機 開発進む自動計算機

    通産省工業技術院電気試験所で研究開発が進むリレー式自動計算機=1955(昭和30)年3月23日 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第3巻使用画像(P45)

    撮影: 1955

  • 2014年12月02日
    完成した電子計算機 国産電子計算機完成

    通産省工業技術院電気試験所で完成した電子計算機=1958(昭和33)年2月 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第3巻使用画像(P150)

    撮影: 1958

  • 2000年11月21日
    出発する5台の実験車両 乗用車5台が自動走行

    自動走行で車線変更などを繰り返す公開実験に出発する5台の実験車両=21日午前、茨城県つくば市の工業技術院テストコース

    撮影: 21日午前、茨城県つくば市の工業技術院テストコース

  • 2000年06月15日
    新しい燃料電池の中心部 新しい燃料電池を開発

    通産省工業技術院名古屋工業技術研究所と名古屋大が開発した固体電解質型の新しい燃料電池の中心部分(写真は使用済みのもの)

  • 2000年06月15日
    燃料電池の発電実験 新しい燃料電池を開発

    通産省工業技術院名古屋工業技術研究所と名古屋大が開発した新しい燃料電池(左側容器の中)の発電実験=14日、名古屋市北区の同研究所

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2000年03月17日
    フッ素ガスのボンベ ガス漏れで6人病院搬送

    ガス漏れを起こしたフッ素ガスのボンベ=17日午後1時、茨城県つくば市の通産省工業技術院電子技術総合研究所

    撮影: 17日午後1時、茨城県つくば市の通産省工業技術院電子技術総合研究所

  • 1998年09月25日
    階段上るロボット 2足型車輪ロボットを開発

    見事にバランスを保って階段を上るロボット=茨城県つくば市の通産省工業技術院機械技術研究所

    撮影: 茨城県つくば市の通産省工業技術院機械技術研究所

  • 1998年04月20日

    「カラー」◎通産省別館、外観(資源エネルギー庁、特許庁、中小企業庁、工業技術院)、副ネガに近景、玄関がある、千代田区内幸町2丁目、98(平成10)年4月10日撮影

  • 1989年09月07日
    目の疲労を瞬時に測定

    通産省工業技術院製品科学研究所が開発した3次元オプトメーター。箱型の計測装置の中に頭を入れてテストを受ける=茨城県筑波研究学園都市

    撮影: 茨城県筑波研究学園都市 

  • 1989年08月07日
    人間の手そっくり

    工業技術院機械技術研究所が開発した人間の手とほとんど同じ「ロボットハンド」。人間と握手もできる=茨城県筑波研究学園都市

    撮影: 茨城県筑波研究学園都市

  • 1989年07月21日
    軽石は海底下のたい積岩

    海底火山の噴火後、静岡県伊東市の海岸に流れ着いた軽石=筑波・工業技術院地質調査所

    撮影: 筑波・工業技術院地質調査所

  • 1987年08月20日
    ロンドン賞受賞の近藤淳氏 第18回低温物理学国際会議

    「フリッツ・ロンドン記念賞」を受賞した工業技術院・電子技術総合研究所の近藤淳・基礎部電子物理研究室長=1987(昭和62)年8月20日、京都市の国立京都国際会館

    撮影: 1987

  • 1985年06月23日
    内田千城 日本人宇宙飛行士候補

    内田千城(通産相工業技術院計量研究所研究員)=1985(昭和60)年6月23日、米・ヒューストン(共同)

  • 1982年12月17日
    (しょう・きよし) 荘清

    工業技術院総務部長、中小業庁長官、中小企業金融公庫総裁=1982(昭和57)年11月12日撮影

    撮影: 1982

  • 1982年11月19日
    (こんどう・じゅん) 近藤淳

    通産省電気試験所主任研究員、工業技術院特別研究官、仁科賞受賞、日本学士院恩賜賞受賞=1982(昭和57)年10月18日撮影

    撮影: 1982

  • 01:45.31
    1981年08月14日
    「中日映画社」サンシャイン計画

    香川県仁尾町に太陽熱利用のパイロットプラントが建設され、本格発電に成功し「太陽の灯」がともった。<映像内容>香川県仁尾町の塩田跡地に建設された太陽熱を利用するパイロットプラント、鏡を使った太陽エネルギーの実験・3秒で燃える黒い紙、入念な試験運転を行ない本格運転に成功するパイロットプラント※撮影日不明・公開日:1981年(昭和56年)8月14日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

  • 1978年03月20日
    太陽炉の公開テスト 新型「太陽炉」が完成

    名古屋工業技術試験所で完成した世界初のコンピューターによる太陽追尾装置付き新型太陽炉の公開テスト。「光軸垂直型ヘリオスタット式太陽炉」と呼ばれるもので、将来フェロシリコン(特殊鋼を作る時に使う合金)製造など高温産業に応用するのが目的で、サンシャイン計画の一環=1978(昭和53)年3月20日、名古屋市北区の工業技術院(53年内地 2667)

  • 1977年11月30日
    国産大型ジェットエンジン 高空性能試験に成功

    通産省工業技術院の民間航空機用ファンジェットエンジン「FJR710−20」。英国の国立ガスタービン研究所で高空性能試験を実施、所期の性能を確認した−と発表

  • 1977年05月25日
    新築個人住宅用 太陽冷暖房給湯方式を開発

    通産省工業技術院が「サンシャイン計画」の一環として大阪府枚方市岡南に完成した新築個人住宅用「ソーラーハウス」の実験住宅。総額4400万円(うち太陽熱関係施設2200万円)で、鉄筋コンクリート造り2階建て床面積119平方メートル。2〜3年後にモデル住宅を造りたいとしている

  • 1977年05月25日
    既存個人住宅用 太陽冷暖房給湯方式を開発

    通産省工業技術院が「サンシャイン計画」の一環として神奈川県高座郡綾瀬町に完成した既存個人住宅用「ソーラーハウス」の実験住宅。総額2500万円(うち太陽熱関係施設1千万円)で、木造2階建て床面積98平方メートル。2〜3年後にモデル住宅を造りたいとしている

  • 1977年01月04日
    新型車椅子 軽い車椅子もうすぐ完成

    重さはスチール製の半分、女性でも持ち運び簡単な新型車椅子。通産省工業技術院の製品科学研究所が3年以上かかって完成。重さは現在のスチール製標準型の半分。カーボン・ファイバー(炭素繊維)で強化したプラスチックパイプを採用して製作(*新年用原稿、1976年12月24日撮影)

  • 1976年09月29日
    公開された試作車 電気自動車を公開

    高性能の電池を積みお目見えした試作車=1976(昭和51)年9月29日、東京・東村山市の工業技術院機械技術研究所

    撮影: 1976

  • 1976年07月29日
    世界初の太陽模擬装置開発

    工業技術院が開発した太陽模擬装置(人工太陽)の本体。次代の新エネルギーのホープ「太陽熱発電」のカギを握る“集熱装置”の開発を大きく前進させる世界初の装置。太陽熱吸収材料の特性を適切、容易につかむため、本物の太陽の持つスペクトルなどの特質を、現在の技術水準として限度に近いところまで再現することができる

  • 1975年12月09日
    MHD発電の実験に成功

    MHD発電(電磁流体力学発電)に世界で初めて成功した通産省工業技術院のMHD発電実験装置。中央のタンクの中に超電導磁石が組み込まれている=1975(昭和50)年12月9日、東京都田無市の工業技術院電子技術総合研究所

  • 1975年11月09日
    ファイサル総裁が大分訪問

    通産省工業技術院が進めている海水の淡水化テストモジュール(部分試作装置)前で、担当者から説明を受けるサウジアラビアのファイサル海水蒸留公社総裁(中央)。1969(昭和44)年スタートさせた海水淡水化計画は、「日産100万トン、1トン当たり30円台の生産コスト」を目標に最終段階を迎えている=1975(昭和50)年11月9日、大分市中ノ洲沖の昭和電工コンビナート(参考:50年内地 7504)

  • 1975年11月02日
    海水淡水化の実験始まる

    通産省工業技術院が進めている海水の淡水化テストモジュール(部分試作装置)。別府湾からくみ上げた海水は、手前のパイプを通って蒸発室(中央)へ送られる。「日産100万トン、1トン当たり30円台の生産コスト」を目標に44年スタートさせた海水の淡水化計画の最終段階=1975(昭和50)年11月2日、大分市中ノ洲沖の昭和電工コンビナート

  • 1975年08月13日
    “太陽熱”で電灯ともる

    放物面反射鏡を使った太陽熱吸収装置。後方は、同型の自動追尾式装置。工業技術院電子技術総合研究所が新エネルギー研究開発計画「サンシャイン計画」の一環として進めている太陽熱発電システムの大型実験装置が完成。初の公開実験で20ワットの電球をともすことに成功した=1975(昭和50)年8月13日、東京都田無市

    撮影: 1975

  • 1974年11月30日
    木くずの活性炭化に成功

    廃棄物・木くずの活性炭化に成功したモデルプラントと木くずの活性炭。工業技術院公害資源研究所の指導で、徳島県工業試験場が成功した。炭化炉と活性炉の両テストプラントを使用、木くずを毎時30~50キロずつ連続的に摂氏500~600度の炭化炉に入れ蒸し焼きし、一次炭を作製、このあと高温の活性炉に入れ燃焼ガスと水蒸気を混合して吹きつけると活性炭が出来あがった

  • 1974年06月06日
    CVS乗り心地は上々

    駅(後方)での切符購入から乗降までスムーズに特設コースを走るCVS。CVSはコンピューターコントロールド・ビークル・システムの略で、コンピューターが制御する“未来の車”。無事故、無公害の都市交通システムを目指して、通産省と機械振興協会が研究開発を進めている=1974(昭和49)年6月6日、東京都東村山市の工業技術院機械技術研究所

  • 1973年07月19日
    (しょう・きよし) 荘清

    工業技術院総務部長、中小業庁長官、中小企業金融公庫総裁=1973(昭和48)年5月撮影

    撮影: 1973

  • 1973年05月24日
    (しょう・きよし) 荘清

    工業技術院総務部長、中小業庁長官、中小企業金融公庫総裁=1973(昭和48)年5月撮影

    撮影: 1973

  • 1973年04月19日
    (こんどう・じゅん) 近藤淳

    通産省電気試験所主任研究員、工業技術院特別研究官、仁科賞受賞、日本学士院恩賜賞受賞=1973(昭和48)年3月12日撮影

    撮影: 1973

  • 1973年03月12日
    (こんどう・じゅん) 近藤淳

    通産省電気試験所主任研究員、工業技術院特別研究官、仁科賞受賞、日本学士院恩賜賞受賞=1973(昭和48)年3月12日撮影

    撮影: 1973

  • 1970年05月21日
    (しょう・きよし) 荘清

    工業技術院総務部長、中小業庁長官、中小企業金融公庫総裁=1970(昭和45)年5月9日撮影

    撮影: 1970

  • 1964年05月13日
    両国首席が会見 日米技術交流会議

    記者会見するジェームズ・K・カー氏(左)と馬場工業技術院長の両首席代表=1964(昭和39)年5月13日、東京・ホテルオークラ(39年内地1987)

  • 1964年05月12日
    あいさつする馬場院長 第1回日米技術交換会議

    第1回日米技術交換会議であいさつする馬場工業技術院長(右奥)。左が米側、右が日本側=1964(昭和39)年5月12日、都内のホテル

  • 1955年04月11日
    表札掛ける女性職員 工業技術院原子力課が発足

    原子力の平和利用促進に対処するため関連組織を一本化、新設された原子力課の表札を掛ける女性職員=1955(昭和30)年4月11日、通産省工業技術院

    撮影: 1955

  • 1955年03月23日
    リレー式電気計算機 開発進む電気計算機

    工業技術院電気試験所で研究開発が進むリレー式電気計算機=1955(昭和30)年3月23日

    撮影: 1955

  • 1954年12月25日
    原子力調査団出発

    羽田を出発する藤岡由夫・東京教育大理学部長、駒形作次・通産省工業技術院長、伏見康治・阪大教授ほか原子力調査団一行。原子炉と原子力政策、地質探鉱など4班に分かれ、約3カ月の予定で欧米諸国の原子力研究を視察、全14名の内11名がこの日出発した。前列左から3人目、帽子を頭上にあげているのが藤岡団長=1954(昭和29)年12月25日、東京都大田区の羽田空港(29内地16823)

    撮影: 1954

  • 1