- 慈恩の滝
- 三蔵法師
- げんじょう
- インド
- 令和
- 保存
- 経典
- 仏典
- 供養
- 全国重点文物保護単位
- 報道写真・映像トップ 報道写真・映像トップ
- 「慈恩」の写真・映像 | 「慈恩」の写真・映像 |
「慈恩」の写真・映像
- 提供元
- 日付
- 種類
- 向き
- カテゴリ
- 色
- 提供元
- 共同通信社 0
- 国内提供元 0
- 海外提供元 0
- 日付
- 24時間以内 0
- 48時間以内 0
- 72時間以内 0
- 7日以内 0
- 30日以内 0
- 1年以内 13
- 期間を指定 23
- 日付指定なし 23
- 種類
- 写真 23
- グラフィック 0
- 映像 0
- 向き
- 縦 8
- 横 15
- 正方形 0
- カテゴリ
- ニュース
- スポーツ
- エンターテインメント
- 教育向け
- カテゴリ指定なし
- 色
- カラー 21
- モノクロ 2
- 古い順
- 1
- 古い順
本画像はログイン後にご覧いただけます
1951年05月30日慈恩の滝慈恩の滝=1951(昭和26)年5月、大分県日田郡中川村(内地大分259)
商品コード: 2013080700331
本画像はログイン後にご覧いただけます
1955年11月24日三蔵法師の霊骨法要埼玉県岩槻市の慈恩寺で行われた三蔵法師の霊骨引き渡し法要=1955(昭和30)年11月24日 (30年内地1715)
商品コード: 2012081400337
本画像はログイン後にご覧いただけます
1992年10月26日僧の出迎え受ける両陛下 大雁塔などを視察大雁塔のある大慈恩寺をご訪問、僧りょの出迎えを受ける両陛下=26日午前9時40分(共同)「天皇訪中」(皇室28744)
商品コード: 1992102600029
- 本画像はログイン後にご覧いただけます2011年03月29日元気に遊ぶ子ども 被災地の表情
60人以上が避難している岩手県陸前高田市広田町の慈恩寺。電気、水道は復旧していないが、子どもたちは境内で元気に遊んでいた=29日
商品コード: 2011032900528
本画像はログイン後にご覧いただけます
2011年05月22日慈恩の滝キーワード:屋外、慈恩の滝、自然、初夏、森林、滝、日本、風景、無人、テーマメイン写真=2011(平成23)年5月22日、大分県日田市、クレジット:HIRO/a.collectionRF /アマナイメージズ/共同通信イメージズ
商品コード: 2020051204991
本画像はログイン後にご覧いただけます
2015年05月01日慈恩寺本堂の階段 山形・慈恩寺でも染み液体がまかれたような染みが見つかった慈恩寺本堂の階段=1日午後、山形県寒河江市
商品コード: 2015050100945
本画像はログイン後にご覧いただけます
2015年12月04日樋口法生住職 「故人しのんで過ごして」法話会で、念仏を唱える慈恩寺の樋口法生住職=4日午後、仙台市
商品コード: 2015120400866
本画像はログイン後にご覧いただけます
2019年09月06日あいさつする細川護熙さん 仏の道描いた障壁画奉納障壁画を薬師寺に奉納し、境内の慈恩殿で営まれた法要であいさつする細川護熙さん=6日午後、奈良市
商品コード: 2019090611590
本画像はログイン後にご覧いただけます
2019年09月06日細川護熙さんの障壁画 仏の道描いた障壁画奉納細川護熙さんが障壁画を薬師寺に奉納し、境内の慈恩殿で営まれた法要=6日午後、奈良市
商品コード: 2019090611602
本画像はログイン後にご覧いただけます
2020年12月13日(1)各地に残る伝統の美、中国の古塔を巡る陝西省西安市の南郊外にある大慈恩寺境内に立つ大雁塔(だいがんとう)。唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられた。インドの雁塔様式を模したことからその名が付いた。塔身は7層で、高さは64メートル。中国に現存する唐代の「四方楼閣式」の磚塔(せんとう、レンガ塔)の中で最も古く、最大の規模を誇る。古都西安を代表する歴史的建造物であり、2014年に「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の一部として世界遺産に登録された。(2015年6月18日撮影)塔はインドから中国に伝来した建築様式で、当初は仏骨や仏像、経典、僧侶の遺体などを安置する場所として使われたが、徐々に中国の伝統文化と融合し、特定の形式や風格を持つ伝統建築へと発展した。歴代の名工、名匠らは数千年の歴史の中で、中国古来の楼や閣、亭、台などの建築技法を用い、多種多様な塔を建造してきた。今ではその多くが景勝地を構成する重要な要素となっており、中でも著名な古塔は、都市や地域のシンボルとして市民に親しまれている。(北京=新華社記者/王頌)=配信日:2020(令和2)年12月13日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2020121506456
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(12)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市唐大慈恩寺遺跡公園の大仏と大雁塔。(1月19日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経院の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407781
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(2)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市大雁塔広場。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407648
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(10)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市大慈恩寺の観音堂。(1月19日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407789
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(11)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市唐大慈恩寺遺跡公園の大門。(1月19日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407780
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(8)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市玄奘が植樹した沙羅双樹。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407795
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(7)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市玄奘三蔵院の前庭と大雁塔。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407715
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(6)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市陝西省西安市と千葉県船橋市の友好都市締結を祝して建立された桜の記念碑。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407667
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(9)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市大慈恩寺の雲水堂。(1月19日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407706
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(4)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市兜率天宮と大雁塔。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407664
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(5)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市大慈恩寺にある鑑真東渡像と空海像。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407665
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(1)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市大雁塔の入り口。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407649
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(3)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市大雁塔と大雄宝殿。(7月26日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経場の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407662
本画像はログイン後にご覧いただけます
2021年10月14日(13)玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねて陝西省西安市玄奘三蔵院に陳列された展示品。(1月19日撮影)中国陝西省西安市の大慈恩寺は、唐時代に仏典の翻訳を担った四大訳経院の一つで、大乗仏教の一宗派、法相宗の寺院として知られる。648(貞観22)年に皇太子の李治(第3代皇帝、高宗)が亡母の文徳皇后を供養するために建立し、第2代皇帝の太宗が「大慈恩寺」と名付けた。境内に立つ大雁塔は唐の高僧、玄奘(げんじょう、三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられ、1961年3月4日に全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。88年に西安市が千葉県船橋市と友好都市協定を結んだ後、同市の出資を受けて「曲江春暁園」が造成され、2007年には現在の「唐大慈恩寺遺跡公園」に改修された。(西安=新華社配信/畢建鴿)= 配信日: 2021(令和3)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ
商品コード: 2021101407748
- 1
- 報道写真・映像トップ 報道写真・映像トップ
- 「慈恩」の写真・映像 | 「慈恩」の写真・映像 |