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「文化財保護」の写真・映像

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    2021年06月02日
    「新華社」三星堆遺跡で古蜀文明の魅力に触れる

    中国四川省広漢市の三星堆(さんせいたい)遺跡では、黄金の仮面や青銅人像、青銅尊、玉琮(ぎょくそう)、玉璧、金箔、象牙など、考古学上の重要な発見や研究成果が次々と公開されるにつれて、古蜀文明が中華文明の版図である西南部で再び眩い輝きを放ちつつある。今回、新たに見つかった「祭祀坑」6基から1千点以上の重要な文化財が出土した。三星堆遺跡でこれまでに発掘された文化財は、この地が「多元一体的な中華文明の起源の重要な構成部分」であることを確実に証明しているが、同遺跡は依然として多くの未解決の謎に包まれている。今後、考古学者らはこれらの祭祀坑について、綿密な発掘調査と文化財保護、学際的研究を行うとともに、周囲の探査・発掘を実施し、祭祀区全体の構造と形成過程を把握していくという。(記者/楊華、劉海、尹恒) =配信日: 2021(令和3)年6月2日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021060300101

  • 00:24.91
    2021年05月21日
    「新華社」77歳の男性、叶えた古民家復元の夢広西チワン族自治区

    中国広西チワン族自治区桂林市全州県全州鎮鄧家埠村出身の唐以金(とう・いきん)さん(77)はこの十数年、財産をつぎ込んで多くの古民家を「復元」してきた。同県のある村には2009年、高速鉄道の建設に伴って解体が予定されていた古建築群があった。2600平方メートルの土地に建つ14棟の古民家は、精巧に設計され、彫刻や鮮やかな彩色が施された清代の建築群で、16歳で建築を学び始めた唐さんはこれに深く魅了され、購入して移築することを決断した。2010年、同県を流れる灌陽(かんよう)河の西岸を移転先とし、復元作業が始まった。2年後、40日余りかけて解体した数万件の部材で組み立てた、青い屋根瓦の古民家が河岸に並んだ。この時、唐さんの胸には「100棟を復元する」という夢が芽生えていた。夢を追い続けるうちに、唐さんが建築業で蓄えてきた資金はあっという間に消えた。これまでに費やしてきた額は約8千万元(1元=約17円)に及んだ。その後も移築した棟数は増え続け、建築群の規模は数千平方メートルにまで拡大した。15年には政府の支持を得て、全州県思源民俗博物館が開館した。唐さんは20年、国家文物局から「最優秀文化財保護従事者」の称号を授与された。(記者/胡佳麗、郭軼凡、呉思思)=配信日:2021(令和3)年5月21日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021052411824

  • 01:29.83
    2021年04月29日
    「新華社」世界遺産「大足石刻」の千手観音、修復の舞台裏重慶市

    中国重慶市大足区にある大足石刻の千手観音は、彫刻と金箔、色絵が一体となった中国に現存する最大の摩崖(まがい)石刻彫像。仏龕(ぶつがん)は高さ7・2メートル、幅12・5メートルで、面積は88平方メートルに及ぶ。同区宝頂山大仏湾に位置し、南宋の淳熙年間(1174~89年)から淳祐年間(1241~52年)にかけて造営された。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産「大足石刻」の重要な代表作であり「世界の石刻芸術の至宝」として知られる。唐宋時代に中国の政治・経済の中心が徐々に北から南に移ると、北方の石窟寺院の彫像は衰退し、現在の四川省と重慶市で石窟寺院の造営が盛んになった。大足石刻を開削したのは南宋の昌州(州治は現在の大足区)米糧里の僧・趙智鳳(ちょう・ちほう)で、1174年頃に宝頂山を訪れ、岩壁に沿って仏教道場を開くことを着想。その後数十年間かけて数千体の仏像を作った。千手千眼を持つ迫力に満ちた千手観音像もこの時誕生した。21世紀に入ると、長年風雨に浸食された千手観音像は劣化が加速。2007年には手の指が1本脱落し、その保護は一刻の猶予も許されない状況を迎えた。国家文物局は08年、「大足宝頂山千手観音緊急補強・保護プロジェクト」を始動させ、国家石質文化財保護の第1号プロジェクトに指定した。大足石刻研究院保護工程センターの陳卉麗(ちん・きれい)主任は「調査をすると、石像の本体の風化や金箔のひび割れ、彩色の脱落など34種類の問題が見つかった」と当時を振り返る。このような大規模な石質文化財の修復は前例がないため、中国文化遺産研究院など10余りの機関の文化財保護や施工部門の専門家、技術者100人近くが修復作業に参加したという。修復作業ではX線による傷の探知、赤外線カメラによる検査、3次元ビデオ顕微鏡での観察など現代科学技術が活用された。ただ、千手観音本体の修復が重要段階に入ると、想定外の難問が次々と現れた。金箔の補強には安定し耐久性のある接着剤が必要になり、解決までに3年近くを要した。陳氏は「材料の比較と試験を繰り返し、最終的に西南地区の伝統的な生漆(きうるし)を改良し、難問を克服した」と語る。=配信日:2021(令和3)年4月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021051011833

  • 01:01.92
    2021年04月18日
    「新華社」敦煌で見つけた「日本の形跡」

    中国甘粛省敦煌市で現在、「シルクロードの美地・敦煌展」が開催されており、敦煌壁画の精巧なデジタル作品の前では来場者が足を止めている。敦煌は多くの日本人が思いを寄せる場所であり、このシルクロードの古都では多くの「日本の形跡」を見つけることができる。甘粛画院の段兼善(だん・けんぜん)元副院長は「中国と日本は文化的つながりが非常に深く、シルクロードを通じて東に伝わった仏教が、両国の似通った文化の下地をもたらした」と説明。シルクロードの要衝である敦煌では仏教芸術が栄え、文化的価値の高い莫高窟が誕生し、日本は遣隋使や遣唐使を派遣して中国文化を学んできたと述べた。在中国日本大使館の志水史雄公使は「古来より、日本は中国文化を吸収して、日本独自の文化を発展させてきた。中国文化、仏教文化が日本に与えた影響は非常に大きく、日本人の心の中で敦煌が大きな地位を占めていると言っても過言ではない」と語った。約120年前に敦煌の莫高窟蔵経洞が発見され、多くの文化財が海外に流出したことで、日本などの研究者の注目を集めるようになり、国際的な学問「敦煌学」が誕生。日本は世界の敦煌学研究において、重要な力を持つことになった。新中国成立後、敦煌と日本の文化交流はさらに深まり、1958年には当時の敦煌文物研究所所長、常書鴻(じょう・しょこう)氏が敦煌壁画を模写した作品を日本で展示し、大きな話題となった。この展覧会には、画家の平山郁夫氏や小説家の井上靖氏らも訪れた。平山氏はその後敦煌に関心を持ち、敦煌文化財保護事業や人材育成などに心血を注ぎ、井上氏は日本で話題となった小説「敦煌」を著した。=配信日:2021(令和3)年4月18日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021042003282

  • 00:55.75
    2021年04月11日
    「新華社」敦煌題材の文化クリエーティブ展が好評甘粛省

    中国甘粛省敦煌市で9日、2021「東アジア文化都市・中国敦煌イベントイヤー」が開幕し、オープニングイベントとして各種の展覧会が行われた。中でも文化クリエーティブ展が好評を博し、同市を題材とした文化クリエーティブ製品60種類余りが人々の注目を集めた。主要制作スタッフは、こうした製品が敦煌文化と現代の人々との距離を近づけ、敦煌の人気が高まることで、より多くの人々が文化財保護に参画するようになるだろうと語った。(記者/張玉潔、馮亜松、郎兵兵) =配信日: 2021(令和3)年4月11日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021041102940

  • 00:38.27
    2021年03月19日
    「新華社」曹操が築いた軍事施設「地下運兵道」を探訪安徽省亳州市

    中国安徽省亳州(はくしゅう)市は、後漢末期の政治家、曹操(そう・そう)の出身地として知られる。市内各所には「曹操運兵道」「曹操公園」「魏武祠」「曹氏家族墓群」など曹操にまつわる観光スポットが多くある。曹操運兵道は、亳州旧市街の地下にあり、大隅首(だいぐうしゅ)と呼ばれる地を中心に四方に延び、それぞれ城外に通じている。地下道全体は縦横に交差しながら立体的に延びており、考古学者は、全長約8千メートルと推測する。中国でこれまでに発見された中で最も古く、かつ最大規模の地下軍事通路で「地下の万里の長城」とも呼ばれる。曹操は地下道戦術を度々用いて戦いに勝利していた。現存する地下道は土・木構造、土・れんが構造、れんが構造の3種類あり、単方向通路、湾曲通路、平行通路、上下二層通路の四つの形状に分かれる。通路の多くは地上から2~4メートルの深さにあり、最も深い場所は7メートルに達する。通路の高さは約1・8メートルで、幅は0・7メートル。平行通路は2本の通路が2~3メートルの間隔で平行に走っており、通路を隔てるれんがの壁には連絡用の穴が設けられている。地下道には「障碍牆(しょうがいしょう、通路内に設けられた敵を足止めする壁)」「絆腿板(ばんたいばん、敵を転ばせるために通路の低い位置に設置した板)」「陥穽(かんせい、通路の床に設けられた深い段差)」など敵を防ぐためのわなが仕掛けられているほか、換気孔や灯り置きなども設けられている。地下道からは、弾丸(弾弓の弾)や刀、枚(ばい、声をたてないように口に含んだ箸状の道具)、暖硯(だんけん、冬季に墨液が凍らないよう下から温水や炭で温めることのできる硯)、碁石などの遺物も出土しており、古代の軍事施設や戦術を研究する上で重要な意義を持つ。曹操運兵道は現在、都市建設や文化財保護、技術面などの制限により、約700メートルのみが公開されている。(記者/陳尚営、劉方強) =配信日: 2021(令和3)年3月19日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021031903347

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    00:40.71
    2021年02月15日
    「新華社」雲南省の景勝地で火災死傷者なし

    中国雲南省臨滄(りんそう)市滄源ワ族自治県政府新聞弁公室によると、14日午後5時40分ごろ、同省の省級文化財保護単位(重要文化財)で、国家4A級観光地(上から2番目のランク)の翁丁村の古い集落で火災が発生した。通報を受けた地元の消防と文化財部門が、迅速に処理に当たった。関連映像によると、火災は広範囲で確認され、特に建物が密集しているエリアに燃え広がっている。同省文化・観光庁(省文物局)は連絡を受け、直ちに人を派遣し調査と指導を行った。これまでに死傷者の報告はなく、現在、詳しい出火原因について調査が進められている。(記者/龐峰偉、龐明広、江文耀、厳勇) =配信日: 2021(令和3)年2月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021021501562

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    01:00.96
    2020年12月05日
    「新華社」幻の都市「楼蘭」の遺跡で補強工事完了新疆ウイグル自治区

    中国新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州にあり、古代シルクロードの幻の都市とされる楼蘭(ろうらん)の遺跡「楼蘭古城」でこのほど、6月から進められていた建築遺構の緊急補強工事が完了した。工事は日干しれんが造りの3部屋からなる「三間房」と仏塔、これらを支える台地を対象に実施。世界文化遺産の保護プロジェクトで多数の実績がある中鉄西北科学研究院が工事を請け負い、同社の周鵬(しゅう・ほう)氏率いる文化財保護スタッフ20人以上が近くに泊まり込んで進めていた。楼蘭遺跡は同州チャルクリク(若羌)県にあり、一帯では強風に見舞われる日が毎年少なくとも80日ある。県の文化財担当部門が昨年、遺跡の巡回調査で風食が進み深刻な状況にあることを確認。台地の下層部分は空洞を形成し、いつ崩壊してもおかしくない状態だった。周氏は工事について「遺跡周辺の台地の表層から採取した粘土で日干しれんがを作った。れんがは日陰の涼しい場所で14日間乾燥養生させてから、損傷部分の補修に使った」と語った。補強措置に加え、風速や湿度など気象要素を自動で収集するシステムを設置し、三間房と仏塔をレーザースキャンで3Dデータ化した。周氏は「何年かしてから遺跡を再びスキャンした時に今回のデータとの比較ができる。収集した気象データを組み合わせることで、気候環境と遺跡の風食との関係を研究することも可能だ。今後の楼蘭遺跡の保護に役立てば」と話している。(記者/張暁竜)<映像内容>楼蘭古城の緊急補強工事の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020121805210

  • 00:50.08
    2020年09月26日
    「新華社」時間との闘い北石窟寺の風化防止に向けた取り組み

    中国甘粛省慶陽市の北石窟寺には、黄色砂岩に彫られた石窟群がある。中国の中小石窟の典型とされるが、造営から1500年以上が経ち、雨水の浸透や風化・浸食が進み、国が対策に取り組んでいる。秋雨の中、取材に訪れると、北石窟寺文物保護研究所の呉正科(ご・せいか)所長が傘を差しながら各石窟を回り、落砂を量るため仏像の前に置かれたステンレス製の容器を確認していた。「石窟保護の基礎データとするため、壁面の含水量や風化の程度、害虫、落砂量を定期的に調べている」と説明してくれた。石像頭部を覆うコケ、風化してぼやけた顔、失われた手足…。同寺では千年の石像が「生存」の危機に直面している。北石窟寺は、南北朝時代の北魏の永平2年(509年)に造営が始まり、その後の西魏や北周、隋、唐の各王朝でも拡張された。現在は大小296の洞窟と龕(がん、仏像を納めるために彫られた岩壁のくぼみ)に仏像2126体が残る。呉氏によると、砂岩質の文化財の風化防止は世界的な難題だという。特に同寺は地下水が豊富な地盤の上にあり、降雨量も多いことから、石窟の保護で大きな課題を抱えている。晩唐期に開削された267号窟に入ると、長年の雨風の浸食により全体がコケに覆われ、顔の輪郭もはっきりしない仏像が目に留まった。砂岩に含まれる可溶性塩類が、浸透した雨水の蒸発後に表面に浮き出て白い結晶となっている。「ひどい時には仏像の割れ目から水が流れでることもある」と呉氏は語る。一部の石窟では風化により仏像の顔が固まりで落下していた。呉氏は「効果的な措置を取らなければ、来年には変わり果てた姿になってしまう」と風化の激しい仏像を指し、危機感を募らせる。同寺はここ数年、甘粛省の文化財保護活動の重点となっている。2017年には石窟の調査と管理、保護を強化するため、莫高窟(ばっこうくつ)で有名な敦煌研究院が同寺の管理を行うことになった。(記者/文静、梁軍、任延昕<映像内容>北石窟寺の風景、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020093008757

  • 00:48.12
    2020年09月14日
    「新華社」武当山五竜宮遺跡の発掘調査始まる湖北省十堰市

    中国湖北省十堰(じゅうえん)市の武当山でこのほど、五竜宮遺跡の発掘調査が始まった。世界文化遺産に登録される武当山の建築群で実施される初の大規模発掘調査となる。850間(柱間)の道教寺院と廟宇を持つ五竜宮は、同山で最も早い時期に建てられた建築群「九宮」の一つ。唐の貞観年間(627~649年)に建立され、今でも多くの古建築や遺跡が残る。全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)にも指定されている。今回の発掘エリアは南宮東道院で、面積は5千平方メートル。発掘チームは湖北省文物考古研究所を中心に複数の研究部門と大学のスタッフからなる。今回の発掘では、五竜宮の全体的な建築配置と建立・修復年代、個々の建築物の機能と歴史背景などの問題を解決する。将来実施される全面的な文化財保護活動に科学的根拠を提供し、武当山西ルートの観光開発に文化的、歴史的価値を添える目的もある。(記者/李偉)<映像内容>五竜宮遺跡の発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020091507653

  • 01:34.80
    2020年08月03日
    「新華社」2800年前の青銅製車輪の馬車を復元陝西省考古研究院

    中国の陝西省考古研究院はこのほど、3年余りにわたる保護・修復作業を経て、2800年前の西周時代末期の馬車の保護・復元が完了したと明らかにした。車輪は青銅製で、車体の長さは3メートルを超えるという。復元された馬車は、2014年に同省宝鶏市岐山県の周原遺跡で、黄土の中から数千の破片に砕かれた状態で見つかった。馬車の先頭部分には馬4頭の骨もあった。車体は長さ3・13メートル、幅2・7メートル、高さ1・5メートル。同研究院の王占奎(おう・せんけい)研究員によると、文化財保護職員が17年に破片の整理や保護、復元作業を開始。作業を進めるうちに、馬車は車体と4頭の馬から成ることが分かった。車体の装飾は豪華で、トルコ石を大量にはめ込んだ青銅製部品や薄肉の青銅製獣面装飾、玉細工、彩色上絵を施した部品が使われていた。車輪の外縁部は全て青銅で鋳造しており、現時点でこれほど保存状態が完全な青銅製車輪の馬車は見つかっていないという。DNAを解析した結果、4頭の馬はいずれも雄の黒馬だったことが判明した。王氏は、馬車があまり使われておらず装飾性も高いことから、戦闘用ではなく当時の上流貴族の儀仗用だったと考えられると語った。この馬車の保護・復元は、西周末期の儀礼や車制を理解する上で重要な意味を持つとしている。(記者/李一博)<映像内容>復元された西周時代末期の馬車、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080405489

  • 01:00.16
    2020年07月30日
    「新華社」浙江省建徳市の国宝、南峰塔に生えている古樹を除去へ

    中国浙江省建徳市梅城古鎮の対岸に位置する南高峰には、宋代に建てられた南峰塔がそびえている。この塔は7層の密檐(みつえん)式磚塔(せんとう、レンガ塔)で、明代嘉靖25(1546)年に再建され、昨年、中国の全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定された。今回、塔を保護するために、塔の頂に生えている古樹を取り除くことになった。記録によると、古樹は100年以上にわたり塔に寄り添って生長してきた。同市林業局の専門家がこのほど、小型無人機を使って木と塔を調査したところ、木の根によって建物にひびが入っており、古塔を保護するには残念ながら古樹を除去する必要があることが分かった。同市文化財保護センターは既に、専門の文化財保護・設計機関を招いて評価を行っており、南峰塔の管理者である浙旅集団とは、最も確実な修復案を模索することで合意している。(記者/鄭夢雨)<映像内容>南峰塔の外観、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020073106775

  • 01:25.32
    2020年06月11日
    「新華社」河北省臨城県で清代の石碑を発見村民自治や環境保護の記載

    中国河北省邢台(けいだい)市臨城県の文化財保護部門がこのほど、同県臨城鎮南盤石村で清代同治年間の石碑を発見した。その後の研究で、石碑には清代の河北省南部地域の村民自治や環境保護の状況が記されていることが分かった。当時の風俗・習慣を知る上での参考資料になるという。石碑は高さ128センチ、幅50センチ、厚さ20センチ。右上部分が欠けており、二つに割れていた。碑文の一部も損なわれていた。同治7(1868)年の建立で、碑文は400文字余り。村が独自で定めた自治規定が記されており、むやみな樹木の伐採、盗品売買、集団賭博を禁じている。違反者へ処罰に関する規定も書かれていた。文化財保護の専門家によると、地元の古碑は史実や墓誌銘が中心で、村民が自ら定めた約束事や環境保護意識を示すものは珍しい。これまで見つかった中で環境保護について書かれた最も古い石碑だという。(記者/斉雷傑)<映像内容>環境保護について書かれた清代の石碑を発見、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020061504056

  • 02:43.84
    2020年05月16日
    「新華社」3Dプリントで再現、原寸大の雲岡石窟が世界を巡る山西省

    中国山西省の雲岡石窟研究院はここ数年、デジタル化による文化財保護活動に積極的に取り組み、デジタル技術を通じて雲岡石窟を3Dプリントし、世界を巡らせようとしている。同研究院は3Dレーザースキャン技術と多数の画像の3D再構成を組み合わせた作業方法を採用。文化財本体のあらゆる細部を収集し、デジタル情報を3Dプリントすることで、文化財の材質や色の質感まで高精度に再現することが可能となった。石窟は日々風化が進んでおり、長年のデータを比較することで、いつ風化してしまうかを推測できる。これは研究者にとっては、風化を防げるうちに石窟保護プランを示し、実施に移さなければならないことを意味する。デジタル技術を文化財保護に応用することで、文化遺産の研究や保護、管理のレベルは飛躍的に向上した。さらに、しっかりとした研究を前提に人々に公開することで、世界の人々が雲岡文化を理解し、身近に感じることも可能になった。同省大同市にある雲岡石窟は、1500年の歴史を持つ中国最大の古代石窟群の一つ。2001年には国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された。(記者/武敵、趙陽、徐偉、馬志異)<映像内容>雲岡石窟を3Dプリントでデジタル化、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020051801137

  • 01:03.83
    2020年01月29日
    「新華社」悠久の歴史を刻む街無形文化遺産の宝庫、福建省寧徳市

    中国福建省寧徳市は近年、「保護をメインとし、応急措置を第一に、管理を強化し、合理的に利用する」という文化財保護の方針を堅持し、保護活動を支援するさまざまな政策を打ち出すことで、無形文化遺産の魅力を引き出してきた。同市には、世界的に有名な無形文化遺産である「中国水密隔艙福船(すいみつかくそうふくせん)の建造技術」や「柘栄(しゃえい)県の切り紙細工」のほか、国家級無形文化遺産「中国木造アーチ橋の伝統的建造技術」、福安市のショオ族による銀器制作技術、寿寧県の地方劇「北路戯」、寧徳市霍童鎮に伝わる民間芸術「霍童糸操り獅子舞(霍童線獅)」、福鼎(ふくてい)市沙埕鎮の伝統的な民俗芸能「福鼎沙埕鉄枝」、福建省無形文化遺産に指定されている福鼎市の操り人形「提線木偶」および中国歴史文化名村に指定されている福安市渓潭鎮の廉村など、さまざまな無形文化遺産がある。(記者/郭圻)<映像内容>福建省寧徳市のさまざまな無形文化遺産、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020013100651

  • 01:46.04
    2019年12月23日
    「新華社」河北省邢台市で清代の石碑発見

    中国河北省邢台(けいだい)市任県の文化財保護部門はこのほど、スタッフが同県西固城郷の小東呉村で清代の石碑を発見したと公表した。碑文の落款には清の嘉慶2(1797)年と記されていた。石碑は青石製で、高さ117・5センチ、幅49センチ、厚さは28センチ。角形で上部の角は丸みを帯び、額の標題は「甘棠遺跡」となっている。碑文の正式名称は「大名副使王憲司納税免除の碑記」で、地元の役人が減免税措置を取るまでの経緯が記され、清代の一部役人が民のため実務に励んでいたという政治における徳行や業績も示されている。同市の文学、史学専門家の張国勇(ちょう・こくゆう)氏によると、同石碑の発見は、清代の任県一帯の経済形態や庶民の生活を研究する上で重要な価値があるという。(記者/白明山)<映像内容>河北省邢台市で清代の石碑を発見、石碑の計測など調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019122401711

  • 01:04.04
    2019年12月20日
    「新華社」河北省邢台市で唐代の胡人俑見つかる

    中国河北省邢台(けいだい)市南和県の文化財保護部門はこのほど、同県河郭郷の趙牌村の工事現場で白陶製の胡人俑3体が発見されたと明らかにした。鑑定の結果、3体とも唐代初期のもので、文官と武士、商人の俑であることが判明した。同県の文学、史学専門家の肖忠懐(しょう・ちゅうかい)氏は、3体とも死者と共に埋蔵された副葬品で、唐代の葬儀や風俗に基づくと、3体が見つかった墓は官吏のものだった可能性が高いと指摘。今回の発見は、当時の社会経済の発展やシルクロードでの対外交流、葬儀風俗に関する研究の際に歴史的な参考価値を持つと語った。工事現場では現在、緊急発掘調査が進められている。(記者/杜一方、曹国廠)<映像内容>工事現場で見つかった唐代の胡人俑、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020012322962

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    00:56.95
    2019年10月15日
    「新華社」長江の水中深く、1200年の水文史を刻む博物館重慶市涪陵区

    三峡ダムの水位が175メートルまで上昇するのに伴って史跡の白鶴梁題刻が長江の底に水没してしまうのを防ぐため、中国は2003年から白鶴梁題刻保護事業をスタートさせた。そして2009年、水深40メートルの水中に白鶴梁水下博物館が建設された。この「世界初の潜水せずに行ける水中遺跡博物館」は今年開館10周年を迎えた。白鶴梁題刻は本来、重慶市涪陵区を流れる長江の中ほどにそびえ立つ、全長が約1・6キロ、幅は平均で約15メートルの天然の石梁だった。伝説によると、北魏時代(386~534年)この付近の長江の岸辺には一面の林が広がり、石の上に白い鶴が無数に群がっていたことから、「白鶴梁」の名がついたという。石梁には西暦763年~1963年の間に刻まれた165段にわたる文字が残る。それらは長江の涪陵区間を流れる1200年余りに及ぶ渇水水文の記録であり、その極めて高い水文科学的価値から、この石梁は「世界最古の水文観測所」と称えられている。石梁の表面には清代康熙年間に刻まれた一対の魚の彫刻もある。この魚の目が並ぶラインがちょうど長江涪陵区間の水位標の零点高(水位を測る基準面の標高)に当たることから、「長江標準眼」とも呼ばれる。また、ここの石梁には歴代の文人墨客が刻んだ3万字に上る碑文が残されていることから「水中の碑林」の異名も持つ。これらの際立った歴史的、科学的、芸術的価値に鑑み、1988年に白鶴梁題刻は中国の重点文物保護単位に指定された。白鶴梁題刻保護事業は、これまで世界で行われた河川の水中文化財保護事業の中でも、関連する工学技術分野が最も多岐にわたり、最も難易度の高いプロジェクトだった。10年にわたる事前検証と7年間の建設工事を経て、2009年に元々ある場所に「世界初の潜水せずに行ける水中遺跡博物館」が完成し、水中文化遺跡を本来の場所で科学的に保護する試みが成功した。現在、人々は長さ90メートルのエスカレーターに乗ってこの全長68メートル、外径約3・8メートルの見学通路へ下降し、23ある鑑賞用の窓から、保護カバーに覆われて水中で静かに横たわる白鶴梁をはっきりと見ることができる。(記者/黎華玲、楊仕彦)<映像内容>潜水せずに行ける水中遺跡博物館の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019101703326

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    2019年07月28日
    「新華社」福州市で古建築保護・文化伝承フォーラム開幕式開催伝統建築の「活性化」焦点に

    中国福建省福州市で28日、福州古厝(古建築)保護・文化伝承フォーラム開幕式およびメインフォーラムが開催された。フォーラムには中国や日本、イスラエルの文化財保護などの専門家や、中国国内の一部都市の代表など500人余りが参加し、古建築や歴史文化街区、伝統的な集落の保護、伝承と利用を巡り交流と研究・討論を深めた。(記者/陳旺)<映像内容>古建築保護・文化伝承フォーラム開幕式の様子、撮影日:2019(令和元)年7月28日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019080100497

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    2019年07月17日
    「新華社」明代孤本「孟氏少刺史族譜」の写本、382年ぶりに河北で発見

    中国河北省邢台(けいだい)市任県の文化財保護部門はこのほど、同県辛店(しんでん)鎮双蓬頭村で、明代の孤本(その現物のみ存在する本)「孟氏少刺史族譜(家譜)」の写本が見つかったと明らかにした。同族譜の完成は明代の皇帝・崇禎(すうてい)10年8月15日(1637年)なので、今から382年前のことになる。「孟氏少刺史族譜」には孟氏の家系がいくつかに分かれて広がっていった状況が細かく記載され、明代に孟温(もう・おん)、孟良(もう・りょう)の兄弟が同地に移り住んでから10世代にわたり、多くの使用人を抱え、一族の人数が増え、豊かな生活を送ってきたことや、一族が「少刺史(しょうしし)」(「刺史」は中国の官職名)の名を冠することになったいわれが詳しく説明されている。また、邢台市一帯の政治、経済、和合文化、風習・生活の実情といった社会・経済状況にも触れており、孟家の決まり事や一族の儀式などの状況についても記されている。邢台市の文化・歴史の専門家である蘭剣輝(らん・けんき)氏は、「『孟氏少刺史族譜』の保存状態は極めてよく、文章の構成もしっかりしている。よって、明代の冀中南(きちゅうなん)地区の政治、経済、和合文化、社会生活および一族の儀式・決まり事、家風などの研究において、同族譜は十分な歴史的価値がある」と説明している。(記者/秦婧)<映像内容>「孟氏少刺史族譜(家譜)」の写本、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019071706402

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    2019年07月17日
    「新華社」邢台市で唐代の古碑見つかる1200年の歴史河北省

    中国河北省邢台市南和県でこのほど、文化財保護担当者が閆里(えんり)郷宋台(そうだい)村で古碑を発見した。鑑定の結果、唐の貞元10年(794年)3月に建立されたものであることが分かった。1225年の歴史を持つという。石碑は碑首と碑身、台石の3部分からなり、青石製の碑身は縦216センチ、横80センチ、幅22センチ。二つに折れており、上半分は欠けた部分があったが、下半分はほぼ完全に残っていた。台石の保存状態は良く、四面に美しい模様が刻まれている。碑首は既に失われていた。両面に文字が刻まれており、字体は楷書体で刻字ははっきりしている。銘文は1300字余りあり、宋台村が唐の宰相、宋璟(そう・けい)の故郷であることや当時の行政区画、古い廟の再建過程などが詳細に記されていた。宋璟(663年‐737年)は、現在の邢台市南和県の生まれで、唐の開元17年(729年)に尚書右丞相となり、当時の玄宗皇帝が「開元の治」をもたらすのを補佐した。房玄齢(ぼう・げんれい)や杜如晦(と・じょかい)、姚崇(よう・すう)とともに唐の四大賢相と呼ばれている。同県文化財保護所の要雅潔(よう・がけつ)所長は、石碑が宋璟や行政区画の沿革、宗教の伝承を研究する上で高い史料価値を持つと語った。(記者/李継偉)<映像内容>唐代の古碑発見の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019071707075

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    2019年07月09日
    「新華社」魯国故城考古遺跡公園で発掘体験施設がオープン山東省曲阜市

    孔子の生まれ故郷、中国山東省曲阜(きょくふ)市の魯国故城国家考古遺跡公園で9日、「模擬考古基地」と呼ばれる発掘体験施設がオープンした。初日には重慶市の教師と生徒200人余りが参加。発掘工具を手に陶器片などを注意深く掘り出した。「修学旅行の地曲阜、幸せな成長」をテーマにした2019年中国曲阜孔子修学旅行フェスティバルも同日、開幕した。模擬考古基地で講師を務める王雷(おう・らい)さんは、施設では発掘後の鑑定で修復不可能と判断され、研究価値を失った陶器片が埋め戻されていると説明。何度も再利用できるという。曲阜市文化・観光局によると、魯国故城は中国周代の魯(ろ)国の都城遺跡で、2010年に中国国家文物局から「国家考古遺跡公園」に指定されている。重慶市巴川中学の修学旅行引率責任者、李洪明(り・こうめい)さんは、発掘体験を通じて考古調査の基本や工具の特徴と役割を直接学ぶことができたと説明。歴史文化遺産に直接接したことで、子供たちの文化財保護に対する責任感や民族文化への誇りが高まったと語った。(記者/王歓)<映像内容>発掘体験施設の様子、撮影日:2019(令和元)年7月9日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019071707088

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    2019年06月11日
    「新華社」明代の官吏が記した434年前の「朱氏家譜」発見河北省南和県

    中国河北省邢台(けいたい)市南和県はこのほど、同県賈宋鎮朱営村で文化財保護員が明代の賢臣、朱正色(しゅ・せいしょく)による「朱氏家譜」を発見したことを明らかにした。手書きで書かれたこの家譜は朱氏一族の家系図としては中国で唯一の伝存本(孤本)で、今から434年前の明代万暦13年(1585年)12月(旧暦)に完成した。朱正色は明の順徳府南和(現在の邢台市南和県)の人で、万暦2年(1574年)に科挙に合格し、当時の官職である県令や兵部の員外郎、兵備道の僉事(せんじ)・副使、巡撫(じゅんぶ)、右副都御史、官階正二品に就いた。今回発見された「朱氏家譜」は糸とじの手書き本で、筆跡がはっきりしていて丁寧に書かれ、楷書体の文字は力強く、最後のページには「万暦13年冬12月、正色が酒泉の容膝亭(ようしつてい)で記す」などと書かれている。また、書かれてから長い時間が経過しているため、紙が黄変し、一部は破損している。内容は朱氏の繁栄の足跡や朱正色自身の学問探求の経歴の他、朱家のおきてや家訓、作法、家を治める格言なども書かれている。河北省の文化歴史学者、蘭剣輝(らん・けんき)氏によると、「家譜」は保存状態が良く、内容がはっきりしているので、朱正色の生涯や明代の政治、経済、文化、社会生活、書道、家風などを研究する上で比較的高い歴史的価値がある。(記者/李継偉)<映像内容>朱氏一族の家系図「朱氏家譜」、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019061108275

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    02:51.47
    2019年05月24日
    「新華社」世界遺産の文化財保護新疆·キジル石窟

    初夏を迎え、中国新疆ウイグル自治区アクス地区バイ県キジル郷にあるキジル石窟は観光シーズンを迎えた。キジル石窟は3世紀に建設が始まり、同地一帯で栄えた亀茲(きじ)国の仏教芸術の発展を垣間見ることができる。山のさらに奥地では、文化財保護を手掛ける職員が現在、損壊の危機にひんしている壁画の補強を行っている。世界文化遺産に登録されているキジル石窟は、現時点で中国最古の大型仏教石窟寺院遺跡であり、349の洞窟が残存している。キジル石窟芸術の際立った業績であり、壁画は独創性と多様性を併せ持ち、面積は約1万平方メートルに及ぶ。新疆亀茲研究院はここ20年余りで「亀茲石窟文物保護実験室」「壁画保護修復センター」「キジル石窟環境モニタリングセンター」を相次いで設立し、石窟保護作業は、監視による見守り型の保護から科学的保護による発展の道へと急速に移行した。(記者/阿曼、李志浩、張暁竜)<映像内容>キジル石窟の風景、壁画補強の様子など、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019052404135

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    2019年04月19日
    「新華社」千手観音像安置の大悲閣、修繕工事始まる重慶大足石刻

    中国重慶市の石窟、大足石刻(だいそくせっこく)の文化財保護を手掛ける大足石刻研究院によると、同地の千手観音像を安置する大悲閣の修繕工事がこのほど、国家文物局の認可を受け正式に始まった。資料によると、大悲閣は清代後期に建てられた。今回の修繕工事は、床、柱、木造部材、屋根など、専門が異なる15の専門範囲に及び、50余りの手法で行われる。修繕工事は文化財の原状維持の原則を厳格に守り、建物の本来の姿や特色をできるだけそのままかつ整った形で保存するよう進められる。今回の修繕工事は一部を閉鎖して9月30日まで続けられ、観光客は工事期間中も安全通路に沿って見学が可能となっている。大足石刻は重慶市大足区に位置する。唐代初期に建てられ、宋代に最盛期を迎えた。5万余りの石刻像は、9~13世紀の石刻芸術の世界最高水準を代表するもので、世界の石刻芸術史上最後の傑作と称えられる。1999年に世界遺産に登録された。(記者/于暁蘇、李東)<映像内容>中国重慶市の千手観音像を安置する大悲閣の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019041904865

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    2019年04月10日
    「新華社」中国·中東欧諸国文化遺産フォーラム開催河南省洛陽

    リトアニアやポーランド、ブルガリアなど中東欧の11カ国と中国の代表が10日、中国の古都、河南省洛陽市で「文化遺産と都市の発展」のテーマに基づいて、文化遺産の保護や協力をいかに促進していくかについて深い議論を行った。これは、中国国家文物局と河南省人民政府が主催した第2回「中国・中東欧諸国文化遺産フォーラム」の重要な構成部分として行われた。ここ数年、「一帯一路」構想のけん引、「16+1協力」の枠組みの推進の下、中国と中東欧諸国の文化遺産に関する交流や協力が良好な発展を見せている。文化財展の開催がますます活発になり、人の交流も緊密さを増し、枠組み構築が大きく進展した。フォーラムの日程は10日から12日まで3日間。出席した各国の専門家や研究者は、世界文化遺産の申請・管理、考古学研究、文化財保護などをテーマに、専門的な交流と対話を行い、中国と中東欧諸国の将来的な文化遺産分野について、いっそうの協力を模索、推進した。(記者/袁月明)<映像内容>第2回「中国・中東欧諸国文化遺産フォーラム」開催の様子、撮影日:2019(平成31)年4月10日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019041904872

  • 03:17.50
    2019年04月05日
    「新華社」中韓の文化財保護関係者、明代の墓から出土した衣類を修復

    中国と韓国の文化財保護関係者がこのほど、中国明代の墓に約500年埋まっており出土時にはすでに破損していた絹の衣類を高度な技術で繕って修復し、浙江省杭州市の中国シルク博物館で開かれている「梅里雲裳-嘉興王店明墓出土服飾中韓協力修復と複製成果展」で公開した。中国シルク博物館と韓国伝統文化大学校が共催した今回の展示会では、修復された明代の絹の服飾12点と、前者によって複製された服飾5点が展示されている。これらの服飾は2006年に浙江省嘉興市王店鎮にある明代の墓で出土したものだ。中国シルク博物館と韓国伝統文化大学校が修復・複製を行った。2014年には双方が修復作業を終え、2018年に複製品の製作も完了した。オリジナルのものは長年埋まっていたためすでに色あせているが、複製品はそれらの色を再現している。(記者/馮源、宋立峰)<映像内容>明代の墓から出土した衣類を修復して公開の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019040501516

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    01:41.22
    2019年03月23日
    「新華社」イタリア、中国の文化財·美術品796点返還へ

    中国とイタリア両国の代表は23日、796点(組)の中国の流出文化財・美術品の返還に関する証書を交わした。ここ20年で最大規模の中国の文化財・美術品の返還となる。中伊両国の文化遺産協力プロセスで新たな道のりを切り開き、流出文化財の追跡と返還での国際協力に新たな手本を示すものともなる。説明によると、イタリアの文化財保護部隊は2007年、同国の文化財市場で、違法に流出したとみられる中国の文化財・美術品を押収、国内の司法審査のプロセスを始動していた。中国国家文物局は関連情報を得た後、イタリア文化遺産管理当局と直ちに連絡を取り、流出文化財の追跡・返還の取り組みを開始。10年余りにわたる追跡を経て、イタリアの裁判所は今年初め、中国側への796点(組)の文化財・美術品返還を命じる判决を最終的に下した。国家文物局博物館司社会文物処の呉旻(ご・びん)処長は取材に対し、中国側は今後、イタリア文化財保護部隊と直ちに連絡を取り、文化財の中国への輸送にかかわる作業を開始すると語った。今回返還される796点(組)の文化財の制作年代の幅は5千年に及び、新石器時代のものから明・清・民国の時代のものまである。種類は多様で、保存状况も比較的良く、全体として高い価値を持っている。(記者/郝薇薇、姚大偉)<映像内容>イタリアから返還される中国の流出文化財・美術品、撮影日:2019(平成31)年3月23日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019032800982

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    2018年11月10日
    「新華社」「一帯一路」文化財保護シンポジウム、ウズベキスタンで開催

    ウズベキスタンの首都タシケントで10日、「一帯一路」沿線国の文化財保護専門家による学術交流の促進を目的とした「一帯一路」文化財保護シンポジウムが開催された。中国とウズベキスタンが共同で開催する今回の会合には、カザフスタンやキルギス、タジキスタン、トルクメニスタンなどから文化財保護専門家60人あまりが出席した。シンポジウムでは、各国の専門家が自国の文化財保護理念やプロジェクト協力、修復技術で得た経験を話し合った。中国の専門家は、中国とウズベキスタンが合同で行ったユネスコ世界文化遺産、ヒヴァ旧市街の保護状況に関する説明と情報共有を行い、参加者の共感と賛同を得た。ウズベキスタンのアキロワ文化副大臣は、同国には7300を超える文化遺跡があると説明。中でもヒヴァ、ブハラ、サマルカンド、タシケントの4つの歴史的都市には貴重な世界文化遺産や歴史的建造物が多く、今回のシンポジウムで中国やその他の国の持つ文化遺産修復の経験を学びたいと語った。(記者/蔡国棟)<映像内容>「一帯一路」文化財保護シンポジウムの様子、撮影日:2018(平成30)年11月10日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018111320294

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