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「新地蔵所」の写真・映像

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    大徳寺跡から新地と出島を望む

    明治元年(1868)に廃寺になった大徳寺跡から新地ごしに出島を望む。明治2年(1869)に架設された出島右端の出島新橋と中島川河口部の長さ48.6mの新大橋、さらに手前の銅座川には、新地蔵所の表門だった石橋の新地橋が見える。前二者は木製の桁橋である。出島右の茂みの中に明治7年(1874)7月に竣工する初代の木造県庁はまだ見えない。遊歩道建設のための出島の築足の石垣が真新しい。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐52‐0]

    商品コード: 2017081601052

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    大徳寺跡から西役所跡を望む

    大徳寺跡の境内から銅座川越しに長崎奉行所西役所跡(旧県庁)を望む。西役所の建物はすでになく空き地となっている。明治7年(1874)7月に初代の木造県庁が竣工するが、8月20日の台風で倒壊する。初代県庁舎の建設が始まる前の明治6年(1873)頃の撮影であろう。左の白い大きな建物は現十八銀行本店の場所。中央の木の場所は薩摩屋敷であるが、大きかった本屋はすでに見えない。銅座川には新地蔵所の表門だった石橋の新地橋が写っている。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐28‐0]

    商品コード: 2017081600950

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