KYODO NEWS IMAGELINK

報道写真の購入なら共同通信イメージリンク

お問い合わせ
03-6252-6224
平日9:30-18:00
  • 可能性
  • 委託
  • 情報
  • 画像
  • 研究
  • 記載
  • 説明文
  • 場所
  • 上野彦馬
  • 建物

「明治元年」の写真・グラフィックス・映像

絞り込み
  • 提供元
  • 日付
  • 種類
  • 向き
  • カテゴリ
並び順
  • 古い順
27
( 1 27 件を表示)
  • 1
27
( 1 27 件を表示)
絞り込み
並び順
  • 古い順
  •  東山手12番館
    -
    東山手12番館

    東山手の丘の右手には明治元年(1868)に建設された東山手12番館。後にアメリカ領事館となる。その左奥は後の梅香崎女学校。坂下手前は長崎逓信管理局邸逓信生寄宿舎となる大浦28番Bの洋館。その左は幕末からある東山手15番の大型建物。その右奥は16番館(現在グラバー園横に移転)である。山手にはまだ建物がほとんど見られない。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐34‐0]

    商品コード: 2017081601051

  •  星取山から見た長崎港
    -
    星取山から見た長崎港

    星取山(撮影当時は大平山)から大浦居留地越しに長崎港を望む。出島の外回りに遊歩道(慶応3年・1867築)および馬回しが見え、その右側には新地蔵、大浦居留地の背後にイギリス領事館がある。湾奥の浦上川河口には浦上新田(現・茂里町)が広がっている。また、明治2年(1869)架設の出島新橋が見えないので、明治元年(1868)頃の撮影。=1868年頃、長崎、撮影者: F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号96‐53‐0]

    商品コード: 2017081401617

  •  篭売り
    -
    篭売り

    The Far East "明治4年9月19日号127ページ掲載.。「笊屋zaruiya」と題され、本文では「松の次に有用な竹材でできたザルなどの雑貨を商う行商人。新年などにはよく売れる」と解説している。=明治元年、場所不明、撮影者:THE FAR EAST、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号17‐51‐0]

    商品コード: 2017080201716

  •  芦ノ湖
    -
    芦ノ湖

    芦の湖畔賽の河原から見た元箱根の集落と背後の駒ヶ岳。賽の河原が江戸時代に石塔・石仏が多数並んだ壮大な規模であったことは、東海道箱根山中図(五雲亭貞秀、文久3年(1863))等によって知られるが、これは廃仏毀釈後の荒れた様子を示しているので、明治元年(1868)以降の撮影である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号98‐32‐0]

    商品コード: 2017081501595

  •  神戸市中を走る鉄道
    -
    神戸市中を走る鉄道

    神戸から須磨の海岸へ向かう山陽鉄道。=明治元年、神戸、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号37‐94‐0]

    商品コード: 2017080902450

  •  上野公園
    -
    上野公園

    キーワード:上野公園、人力車「明治元年奥州白河、戦争大油画、パノラマ、美術学校裏通護国院前パノラマ館」の看板、パノラマ館が1890(明治23)年に上野と浅草に建てられた=明治中期、東京、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2017103100602

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    -
    梅香崎招魂社

    明治元年の奥羽の乱、函館攻略の際戦死した振遠隊の隊員を祀った場所。現存せず、西小島町の大徳寺公園内の一角に「梅香崎招魂社並びに同墳墓地跡」の石碑が建てられていて、そこには佐古神社移転の旨記載されている。1871年2月1日 "The Far East "掲載写真。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号21‐30‐0]

    商品コード: 2017080400477

  •  にわとりの装飾のある人力車
    -
    にわとりの装飾のある人力車

    The Far East "明治5年2月8日号235ページ掲載。「4年前には竹製のカゴや貴人用のノリモノがあっただけで旅行用の車はなかった。外国人が持ち込んだ車をみて企業家がこの種の船形の乳母車風の車を作った」という。=明治元年、場所不明、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号17‐41‐0]

    商品コード: 2017080201702

  •  大徳寺跡から新地と出島を望む
    -
    大徳寺跡から新地と出島を望む

    明治元年(1868)に廃寺になった大徳寺跡から新地ごしに出島を望む。明治2年(1869)に架設された出島右端の出島新橋と中島川河口部の長さ48.6mの新大橋、さらに手前の銅座川には、新地蔵所の表門だった石橋の新地橋が見える。前二者は木製の桁橋である。出島右の茂みの中に明治7年(1874)7月に竣工する初代の木造県庁はまだ見えない。遊歩道建設のための出島の築足の石垣が真新しい。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐52‐0]

    商品コード: 2017081601052

  •  小島からの長崎医学校と唐人屋敷
    -
    小島からの長崎医学校と唐人屋敷

    現在の鶴鳴学園長崎女子高校下の高台あたりから、長崎医学校越しに長崎港を展望している。中央の白い建物群が長崎医学校。文久元年(1861)に小島養生所として創設され、医学校を併設して、慶応元年(1865)に精得館と改称。明治元年(1868)には長崎府医学校と改称。その後明治5年(1872)に第六大学区医学校と名前を変更し、明治7年(1874)には長崎医学校となり、明治24年(1891)浦上に移転した。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐40‐0]

    商品コード: 2017081601053

  •  芦ノ湖畔の延命地蔵
    -
    芦ノ湖畔の延命地蔵

    明治元年(1868)の神仏分離令により廃仏棄釈運動が箱根でも起こり、芦の湖畔賽の河原の仏像群も大被害を受けた。写真では、光背を折られ灯籠も倒された悲惨な状況が窺われる。この地蔵は、小田原の徳常院に現存する。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号24‐23‐0]

    商品コード: 2017080400552

  •  水菓子売り
    -
    水菓子売り

    The Far East "明治4年10月4日号139ページ掲載。果物や菓子の行商人。この農夫は柿をを売りさばいている。「柿は英国のリンゴほど豊富で、ヨーロッパでもすかれるであろうから、輸出しないのは不思議」という。=明治元年、場所不明、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号17‐55‐0]

    商品コード: 2017080201732

  •  吹き矢の行商
    -
    吹き矢の行商

    The Far East "明治5年3月9日号259ページ掲載.。「街角で景品の菓子を並べ吹き矢の力試しをさせる屋台店。的の上には景品の数を書いている」と解説されている。行商人は髷を残している。=明治元年、場所不明、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号17‐50‐0]

    商品コード: 2017080201733

  •  魚売り
    -
    魚売り

    盤台とよばれる浅く作った楕円形または円形の大きなたらいに魚を入れ、天秤棒で担いで売り歩いた。左手に皿を持つ男はお客で、その中に買った魚を入れ、持ち帰ったのだろう。このような行商人は振り売りと呼ばれ、人々の生活に不可欠の存在だった。=明治元年、場所不明、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐71‐0]

    商品コード: 2017082300981

  •  大浦川と弁天橋
    -
    大浦川と弁天橋

    大浦川の河口部に、弁天橋が創架されたのは慶応元年(1865)。2対の橋脚をもつ「反り」がついた木製の「桁橋」で、両岸には石段が付いていた。橋のたもとの入母屋造り二階建ては大浦12番地のもので、少し前の写真ではまだベランダが付いておらず、逆に、明治3年頃の居留地図では既に建物そのものが消滅していた。明治元年(1868)前後の撮影。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号104‐26‐0]

    商品コード: 2017081501600

  •  French and British troops engaged in military training manoeuvres
    -
    French and British troops engaged in military training manoeuvres

    French and British troops engaged in military training manoeuvres, Yokohama, Japan. British cavalry exercise. Part of triptych by Taiso Yoshitoshi (1839-1892) Japanese Ukiyo-e artist. Horse、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018103013355

  •  星取山から見た長崎港
    -
    星取山から見た長崎港

    星取山(撮影当時は大平山)から大浦居留地越しに長崎港を望む。出島の外回りに遊歩道(慶応3年・1867築)および馬回しが見え、その右側には新地蔵、大浦居留地の背後にイギリス領事館がある。湾奥の浦上川河口には浦上新田(現・茂里町)が広がっている。また、明治2年(1869)架設の出島新橋が見えないので、明治元年(1868)頃の撮影。=1868年頃、長崎、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号28‐23‐0]

    商品コード: 2017080902044

  •  大工
    -
    大工

    The Far East "明治4年9月3日号115ページ掲載。「仕事に出かける大工」と題されているが、本文には説明がない。ちょんまげ姿の法被を着けた大工さんが、かんなや鋸などの大工道具の入った箱を肩で背負っている。=明治元年、場所不明、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号17‐52‐0]

    商品コード: 2017080201738

  •  荒物屋
    -
    荒物屋

    荒物屋とは、日用雑貨を売る店のこと。この店には、軒下に金属製の鍋や釜が見える。鉄製の鍋や釜が登場するのは意外と古く古代からであるが、一般に普及するのは中世以降である。使用される日用雑貨は、その時代の生活スタイルと共に変化するが、雑然と商品が並べられている荒物屋の様は、今も変わらない。=明治元年、場所不明、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号18‐45‐0]

    商品コード: 2017080201794

  •  諏訪神社の正殿と拝殿
    -
    諏訪神社の正殿と拝殿

    右から諏訪神社の拝殿、祝詞殿、本殿の順である。拝殿は一般人の参拝所で、檜木造り・檜皮葺・入母屋造。左右正面に上が口を開く。扁額は明治元年(1868)九州鎮撫総督となった沢宣嘉の書。渡り廊下でつながる祝詞殿の内部は畳敷きである。左奥は安政4年(1857)に炎上した後、明治2年(1869)に再建された本殿である。内陣には諏訪・森崎・住吉の三社のご神体が安置されている。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐11‐0]

    商品コード: 2017081600949

  •  大浦天主堂と長崎港
    -
    大浦天主堂と長崎港

    大浦天主堂の裏から長崎港と出島を望む。ヴィルヘルム・ブルガーによるステレオ写真シリーズの1枚であり、撮影時期は明治元年(1868)頃。創建時の身廊背面(祭壇部)の外壁が半円であることから、この時期すでに正面両脇の小尖塔は失われていることが分かる。右の大きな屋根は妙行寺。大浦川の河口には大浦11番の建物が見える。=1877(明治10)年頃、長崎、撮影者:ヴィルヘルム・ブルガー、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号70‐17‐0]

    商品コード: 2017082301118

  •  French and British troops engaged in military training manoeuvres
    -
    French and British troops engaged in military training manoeuvres

    French and British troops engaged in military training manoeuvres, Yokohama, Japan. Part of triptych by Taiso Yoshitoshi (1839-1892) Japanese ukiyo-e artist. Infantry Field Artillery Gun、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018103013199

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1925年12月31日
    (うがき・かずしげ) 中将礼服の宇垣一成

    軍人、政治家。1868(明治元)年、岡山生まれ。陸軍大学校卒。ドイツ駐在、陸軍次官などを経て、清浦内閣の陸軍大臣に就任し、加藤高明内閣、第一次若槻内閣でも留任。浜口内閣で再度陸相を務める。1919年に陸軍中将、陸相在任中の1925年に陸軍大将。その後、朝鮮総督、第一近衛内閣の外務大臣と拓務大臣などを歴任。太平洋戦争後は公職追放解除後の1953年参議院議員に当選し、在職中の1956年没=撮影年月日不詳

    商品コード: 1997030400099

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1931年06月18日
    (うがき・かずしげ) 和服姿の宇垣一成

    軍人、政治家。1868(明治元)年、岡山生まれ。陸軍大学校卒。ドイツ駐在、陸軍次官などを経て、清浦内閣の陸軍大臣に就任、加藤高明内閣、第一次若槻内閣でも留任し、浜口内閣で再度陸相を務める。その後、朝鮮総督、第一近衛内閣の外務大臣と拓務大臣などを歴任。太平洋戦争後は公職追放解除後、参議院議員に当選、在職中の1956年没。写真は朝鮮総督就任前頃の撮影=1931(昭和6)年6月18日複写

    商品コード: 1931061800001

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1956年12月31日
    (うがき・かずしげ) 宇垣一成

    軍人、政治家。1868(明治元)年、岡山生まれ。陸軍大学校卒。ドイツ駐在、陸軍次官などを経て、清浦内閣の陸軍大臣に就任、加藤高明内閣、第一次若槻内閣でも留任し、浜口内閣で再度陸相を務める。その後、朝鮮総督、第一近衛内閣の外務大臣と拓務大臣などを歴任。太平洋戦争後は公職追放解除後、参議院議員に当選、在職中の1956年没=撮影年月日不詳

    商品コード: 1997030400100

  •  開陽丸の大砲を引き揚げ
    1975年06月18日
    開陽丸の大砲を引き揚げ

    ダイバーたちの手で引き揚げられた徳川幕府海軍の旗艦「開陽丸」の大砲。同艦は、1865年オランダで建造された木造帆船で、大砲26門を装備した当時最強の軍艦。1868(明治元)年、北海道桧山郡江差沖で沈没。海草や貝類に覆われた砲身は、口径18センチ、全長240センチで重さ約1トン=1975(昭和50)年6月18日、北海道桧山郡江差町

    商品コード: 2012121100135

  •  加賀前田家の大名行列屏風
    1977年01月02日
    加賀前田家の大名行列屏風

    石川県立郷土資料館に寄贈された「加賀藩大名行列図びょうぶ(屏風)」。総延長37メートル余もある。1868(明治元)年生まれ、昭和14年72歳で死んだ郷土金沢市の“町絵師”厳如春(いわおじょしゅん)の作=石川県立郷土資料館(1976年12月26日撮影)(52年内地 041)

    商品コード: 2014031900381

  • 1