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  • 1953年12月25日
    鹿児島県 名瀬港 奄美大島本土復帰

    本土復帰を祝う名瀬市民ら=1953(昭和28)年12月25日、鹿児島県・奄美大島(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900126

  • 1953年12月25日
    鹿児島県 名瀬港 奄美大島本土復帰

    本土復帰した奄美大島の名瀬港=1953(昭和28)年12月25日、鹿児島県名瀬市(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900127

  • 1953年12月25日
    鹿児島県 名瀬港 奄美大島本土復帰

    本土復帰した奄美大島の名瀬港=1953(昭和28)年12月25日、鹿児島県名瀬市(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900179

  • 1953年12月25日
    看板掛け替え 奄美大島日本復帰

    奄美大島日本本土復帰。看板の掛け替え=1953(昭和28)年12月、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2015090200267

  • 1953年12月25日
    屋根に「フッキ万才」 奄美大島日本復帰

    奄美大島の本土復帰を祝い民家の屋根に書かれた「フッキ万才」(左下)=1953(昭和28)年12月25日、鹿児島県名瀬市(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2015090200295

  • 1953年12月25日
    市民がお祝い 奄美大島日本復帰

    本土復帰を祝う名瀬市民ら=1953(昭和28)年12月25日、鹿児島県・奄美大島(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2015090200417

  • 1954年01月08日
    鹿児島県 奄美大島日本復帰

    日本本土復帰の奄美大島=1954(昭和29)年1月頃、鹿児島県大島郡、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2015090200266

  • 1964年09月08日
    引き継がれた聖火 米施政権下の沖縄で聖火リレー

    沖縄で行われた東京五輪の聖火リレーで、日の丸が振られる中、引き継がれた聖火。沖縄は当時米施政権下だったが、リレーの道筋では初めて公然と日の丸が振られ、本土復帰の機運を盛り上げた=1964(昭和39)年9月8日、沖縄・ひめゆりの塔前

    商品コード: 2020030403735

  • 1968年01月01日
    小笠原返還

    本土復帰を待つ父島。左端は米海軍気象観測所=父島(43年内地008)

    商品コード: 2011021000407

  • 1968年05月31日
    YS11が沖縄へ出発

    関係者に見送られ沖縄に空輸される南西航空のYS11。米国製の機体に代わり、日の丸の国産旅客機が本土復帰の期待を担って就航する=1968(昭和43)年5月31日、羽田空港

    商品コード: 2011040500062

  • 1971年10月09日
    ドル紙幣に印 円切り替え始まる

    沖縄の本土復帰で円への切り替えが始まるが、県民所有のドル紙幣であることを証明するための押印にアメリカが「紙幣損傷」と抗議、特殊インキで裏面に印を付けることとなった=1971(昭和46)年10月9日、沖縄・那覇

    商品コード: 1971100950001

  • 1972年04月17日
    最後の琉球切手に行列

    本土復帰を控え、最後の琉球切手を求める人たちが詰め掛けた=1972(昭和47)年4月17日、沖縄県那覇市民会館前、クレジット:沖縄タイムス/共同通信イメージズ

    商品コード: 2017072100517

  • 1972年05月09日
    沖縄の物価

    本土復帰を前に物価が上昇、県民の台所は火の車=1972(昭和47)年5月9日、那覇市内の雑貨店(1972年国内十大ニュース3関連、外信38986)

    商品コード: 2009121700196

  • 1972年05月12日
    福岡県、出光興産 出光計助

    沖縄の本土復帰について語る左から久手堅憲次・沖縄銀行取締役、出光計助・出光興産会長、野口雄一郎・中央大教授=1972(昭和47)年5月、東京・帝国ホテル、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2017061400538

  • 1972年05月13日
    準備に忙殺される準備室 沖縄復帰目前

    沖縄の本土復帰を目前に控え、準備に忙しい総理府の式典準備室=1972(昭和47)年5月13日

    商品コード: 2008121000822

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    1972年05月13日
    船に乗り込む機動隊員 通貨交換警備に出発

    沖縄本土復帰に伴う離島の通貨交換警備のため、船に乗り込む本土から派遣された機動隊員=1972(昭和47)年5月13日、那覇市の谷山港

    商品コード: 2008121000811

  • 1972年05月14日
    きょう沖縄復帰

    47年内地 3165 ◎きょう沖縄復帰 次は北方領土返還。沖縄本土復帰をあすに控えた北海道根室市の中心街に立てられた、「島を返せ」の看板=1972(昭和47)年5月14日 琉球舞踊を踊り全面返還の署名を求める沖縄返還同盟の人たち=1972(昭和47)年5月14日、東京・数寄屋橋

    商品コード: 2008121000864

  • 1972年05月14日
    出航するとうきょう丸 沖縄復帰へ第1便

    鹿児島新港を出航するとうきょう丸。本土復帰後の沖縄への第1便として岸壁を離れた=1972(昭和47)年5月14日

    商品コード: 2008121000856

  • 1972年05月14日
    沖縄に無料電話

    「もしもし、お母さん。これが最後の国際電話だよ」。東京・銀座の三越と沖縄三越を結び、東京などで働く若者から沖縄の母親へ声の便り。「母の日」にちなんで特設した無料の“モシモシおかあさん”コーナーで、本土復帰をあすに控えた沖縄在住の母親と話す少女=1972(昭和47)年5月14日

    商品コード: 2008121000858

  • 1972年05月14日
    きょう沖縄復帰

    北方領土を望む納沙布岬の岩に白ペンキで描かれた「4島を返せ」の文字。翌15日に沖縄が本土復帰した=1972(昭和47)年5月14日、北海道根室市

    商品コード: 2008121000865

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    1972年05月14日
    戦没者に復帰を奉告

    琉球政府主催の復帰奉告慰霊祭。大戦で亡くなった沖縄県民や日米両国将兵20万余の戦没者に、5月15日の本土復帰を奉告するもの。山中貞則総務長官は総理大臣代理であいさつした=1972(昭和47)年5月14日、クレジット:沖縄タイムス/共同通信イメージズ

    商品コード: 2017072100516

  • 1972年05月15日
    チェック受ける右翼 沖縄が本土復帰

    パスポートなしで出掛ける団体客(後方)が見守る中、那覇行き1番機に乗り込む前に厳しいチェックを受ける右翼団体メンバー=1972(昭和47)年5月15日、大阪空港

    商品コード: 2008121000912

  • 1972年05月15日
    初県議会 沖縄が本土復帰

    15日早朝に開かれた沖縄県初の県議会で、県条例、暫定予算案などの提案理由説明を行う屋良朝苗知事(中央演壇)=1972(昭和47)年5月15日午前6時30分

    商品コード: 2008121000888

  • 1972年05月15日
    日の丸 沖縄が本土復帰

    復帰の朝、那覇市国際通りには復帰を祝う日の丸が立ち並んだ=1972(昭和47)年5月15日(47年内地3193)

    商品コード: 2008121000890

  • 1972年05月15日
    米軍基地に日の丸 沖縄が本土復帰

    基地の在日米軍への移管で、普天間陸軍司令部に初めて掲げられた日の丸=1972(昭和47)年5月15日(47年内地3195)

    商品コード: 2008121000892

  • 1972年05月15日
    通貨交換始まる 沖縄が本土復帰

    窓口で米ドルを交換、円を受け取る人たち=1972(昭和47)年5月15日、那覇市久茂地の琉球銀行本店(47年内地3196)

    商品コード: 2008121000893

  • 1972年05月15日
    混雑する窓口 沖縄が本土復帰

    米ドルを円に交換するため、銀行に詰め掛けた人たち=1972(昭和47)年5月15日、那覇市久茂地の琉球銀行本店(47年内地3197)

    商品コード: 2008121000894

  • 1972年05月15日
    円交換する主婦 沖縄が本土復帰

    円生活がスタート。不安げな表情でドルを円に交換する主婦たち=1972(昭和47)年5月15日、那覇市の琉球銀行牧志市場支店(47年内地3202)

    商品コード: 2008121000899

  • 1972年05月15日
    復帰語るデイゴの会 沖縄が本土復帰

    決意も新たに、沖縄復帰について語り合うデイゴ(大阪・沖縄連帯)の会の人たち。同会は4年前、即時復帰を目指す全国でもユニークな市民組織として結成された=1972(昭和47)年5月15日、大阪市内

    商品コード: 2008121000871

  • 1972年05月15日
    笑顔の佐藤首相 沖縄が本土復帰

    笑顔を振りまきながら沖縄復帰記念式典会場に向かう佐藤栄作首相=1972(昭和47)年5月15日、首相官邸

    商品コード: 2008121000878

  • 1972年05月15日
    空の第1便出発 沖縄が本土復帰

    「守礼の門」のアーチをくぐり、空の第1便となった全日空機に乗り込む人たち=1972(昭和47)年5月15日、羽田空港(47年内地3213)

    商品コード: 2008121000910

  • 1972年05月15日
    新生沖縄県の集い 沖縄が本土復帰

    歌や踊りで沖縄復帰を祝う新生沖縄県の集い=1972(昭和47)年5月15日、東京・日比谷公会堂

    商品コード: 2008121000921

  • 1972年05月15日
    日の丸と赤旗 沖縄が本土復帰

    復帰の朝、那覇市内には復帰を祝う日の丸と赤旗が立ち並んだ=1972(昭和47)年5月15日(47年内地3192)

    商品コード: 2008121000889

  • 1972年05月15日
    屋良県知事初仕事 沖縄が本土復帰

    屋良朝苗知事は、県議会に送る議案に署名押印し復帰後の初仕事を終えた=1972(昭和47)年5月15日午前1時すぎ、沖縄県庁知事室

    商品コード: 2008121000869

  • 1972年05月15日
    銀座に垂れ幕 沖縄が本土復帰

    半ドンでにぎわう東京・銀座で、復帰を祝う垂れ幕を掲げたデパート=1972(昭和47)年5月15日

    商品コード: 2008121000920

  • 1972年05月15日
    決意語る屋良知事 沖縄が本土復帰

    県づくりの決意を語る屋良朝苗・沖縄県知事=1972(昭和47)年5月15日、那覇市泉崎の県庁知事室(47年内地3199)

    商品コード: 2008121000896

  • 1972年05月15日
    核抜き書簡外務省へ 沖縄が本土復帰

    スナイダー米公使から福田赳夫外相に宛てたロジャーズ国務長官の書簡を受け取る外務省の吉野文六・アメリカ局長(左)。沖縄から核兵器が撤去されたことを確認する全2枚の文書=1972(昭和47)年5月15日午前8時40分、外務省

    商品コード: 2008121000926

  • 1972年05月15日
    沖縄開発庁発足 沖縄が本土復帰

    総理府庁舎内に沖縄開発庁のプレートを掲げる玉置和郎政務次官=1972(昭和47)年5月15日(47年内地3212)

    商品コード: 2008121000909

  • 1972年05月15日
    県庁の碑を除幕 沖縄が本土復帰

    除幕式で披露された沖縄県庁の碑=1972(昭和47)年5月15日、那覇市泉崎の県庁

    商品コード: 2008121000895

  • 1972年05月15日
    帰る日待つ亀谷さん 沖縄が本土復帰

    技術を身に付けて故郷のために、と帰る日を夢に見ながら魚河岸で働く亀谷長一郎さん=1972(昭和47)年5月15日、東京・築地の東京中央市場

    商品コード: 2008121000913

  • 1972年05月15日
    那覇空港返還式 沖縄が本土復帰

    那覇空港返還式で掲揚される星条旗と日の丸=1972(昭和47)年5月15日

    商品コード: 2008121000901

  • 1972年05月15日
    沖縄が本土復帰

    那覇市国際通り15日午前0時。この瞬間、沖縄は27年ぶりに本土復帰した=1972(昭和47)年5月15日(47年内地3168)

    商品コード: 2008121000867

  • 1972年05月15日
    レセプションで乾杯 沖縄が本土復帰

    沖縄復帰記念レセプションで和やかに乾杯する(左から)福田赳夫外相、寛子首相夫人、アグニュー米副大統領、1人おいて佐藤栄作首相=1972(昭和47)年5月15日、東京・赤坂の迎賓館

    商品コード: 2008121000916

  • 1972年05月15日
    会見する福田外相 沖縄が本土復帰

    沖縄の本土復帰で記者会見する福田赳夫外相=1972(昭和47)年5月15日、外務省

    商品コード: 2008121000877

  • 1972年05月15日
    沖縄が本土復帰

    新沖縄県のスタートを知らせる掲示板。復帰までの日数をカウントダウンする掲示板が換えられた=1972(昭和47)年5月15日、沖縄県庁(47年内地3169)

    商品コード: 2008121000868

  • 1972年05月15日
    高等弁務官が離任 沖縄が本土復帰

    屋良朝苗・沖縄県知事らに見送られ離任するランパート前琉球高等弁務官夫妻=1972(昭和47)年5月15日午前0時10分、米軍嘉手納空軍基地(47年内地3171)

    商品コード: 2008121000870

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    1972年05月15日
    税関で厳しいチェック 沖縄が本土復帰

    鹿児島新港に上陸し、税関での厳しいチェックに驚く沖縄の本土福祉・公害視察団の団員=1972(昭和47)年5月15日

    商品コード: 2008121000911

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    1972年05月15日
    上陸する機動隊員 沖縄が本土復帰

    復帰に伴う通貨交換警備の応援のため、那覇港新港に上陸する警視庁第4機動隊員=1972(昭和47)年5月15日、那覇市港町(47年内地3194)

    商品コード: 2008121000891

  • 1972年05月16日
    展示中の油絵切られる

    傷(矢印部分)を付けられた儀間道義さん(沖縄出身で神戸在住)の油絵「オキナワ」。兵庫県美術家同盟展で、15日の本土復帰を祝って特設の沖縄コーナーに展示中だった。同展の落選男が、酔って腹いせに果物ナイフで切りつけた。政治的意図はなかったもよう=1972(昭和47)年5月16日、兵庫県立近代美術館

    商品コード: 2008121000955

  • 1972年05月16日
    通貨交換に長い列 沖縄が本土復帰

    円切り替えで通貨交換所には主婦らの長い列=1972(昭和47)年5月16日、那覇市の沖縄銀行本店(47年内地3256)

    商品コード: 2008121000948

  • 1972年05月16日
    県庁の仕事始まる 沖縄が本土復帰

    復帰から1日。琉球政府名残の副主席の看板も外され、本格的な業務が始まった沖縄県庁=1972(昭和47)年5月16日

    商品コード: 2008121000949

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    1972年05月16日
    沖縄県警本部 沖縄が本土復帰

    復帰に伴う本土法の運用で忙しい沖縄県警本部=1972(昭和47)年5月16日(47年内地3255)

    商品コード: 2008121000947

  • 1972年05月17日
    急ごしらえのメニュー 本土復帰から1日

    本土復帰して1日、食材、燃料費の値上がりで食堂のメニューも書いたり消したり混乱気味=1972(昭和47)年5月17日、那覇市内(47年内地3284)

    商品コード: 2008121000975

  • 1972年05月17日
    本土復帰 沖縄県知事が首相と会談

    本土復帰から1日、佐藤栄作首相と握手を交わす屋良朝苗・沖縄県知事=1972(昭和47)年5月17日、首相官邸

    商品コード: 2008121000967

  • 1972年05月18日
    沖縄本土復帰 庶民生活はパニック状態

    物価の急騰にあきれる比嘉芳子さん=1972(昭和47)年5月18日、沖縄県コザ市(47年内地3307)

    商品コード: 2008121000998

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    1972年05月20日
    飛び立つB52

    本土復帰後間もない沖縄の米空軍嘉手納基地から、グアムに向け飛び立つB52爆撃機。ベトナムからの帰途に悪天候を理由に飛来した=1972(昭和47)年5月20日(47年内地3354)

    商品コード: 2008121001033

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    1972年05月20日
    嘉手納にB52

    本土復帰後間もない米空軍嘉手納基地に駐機するB52爆撃機。ベトナムからの帰途に悪天候を理由に20日朝、飛来した=1972(昭和47)年5月20日

    商品コード: 2008121001034

  • 1973年03月17日
    那覇空港から逃げた子ゾウの入っていたオリ

    那覇空港から逃げた子ゾウの入っていたオリ=1973(昭和48)年3月19日、那覇空港内の貨物受け取り室、クレジット:沖縄タイムス社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020081300142

  • 1973年03月19日
    子ゾウを捜索する捜査員

    子ゾウを捜索する捜査員=1973年3月19日、那覇空港周辺=1973(昭和48)年7月1日、クレジット:沖縄タイムス社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020081300138

  • 1973年03月19日
    子ゾウを捜索する捜査員

    子ゾウを捜索する捜査員=1973(昭和48)年3月19日、那覇空港周辺、クレジット:沖縄タイムス社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020081300141

  • 1973年03月19日
    子ゾウを捜索する捜査員

    子ゾウを捜索する捜査員=1973(昭和48)年3月19日、那覇空港周辺、クレジット:沖縄タイムス社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020081300143

  • 1973年03月19日
    逃げた子ゾウを捜索する捜査員

    逃げた子ゾウを捜索する捜査員=1973(昭和48)年3月19日、那覇空港周辺、クレジット:沖縄タイムス社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020081300140

  • 1973年03月19日
    ゾウが逃げたと思われる那覇空港周辺の全景

    ゾウが逃げたと思われる那覇空港周辺の全景=1973(昭和48)年3月19日、那覇空港周辺、クレジット:沖縄タイムス社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020081300139

  • 1975年04月24日
    沖縄、本土復帰3年

    地元の担い手、革新系の平良良松那覇市長(左)と沖縄財界の巨頭、国場幸太郎氏。47年2月の海洋博協会発足以来、“造反辞任”が相次ぎ、幹部の椅子に座り続けているのは5、6人。海洋博の開発構想も地元は脇役に終始、本土ペースに怒りや不満も…=1975(昭和50)年4月24日、那覇市国際通り(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-2併用)

    商品コード: 2012111500100

  • 1975年04月24日
    沖縄、本土復帰3年

    増えたのは車と本土商品の看板。一足早く若夏(初夏)の季節。沖縄国際海洋博の開幕も3カ月余りに迫った。5月15日に復帰3年、6月23日には沖縄戦終結30年を迎える。全国一の物価高と失業率、相変わらずの軍事基地と基地依存経済…。矛盾と混迷に揺れる=1975(昭和50)年4月24日、那覇市泊交差点付近(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-1併用)

    商品コード: 2012111500099

  • 1975年04月24日
    沖縄、本土復帰3年

    南国の青空に新造ホテルの前で“解雇撤回”を叫ぶ労組員たち。那覇市には電話帳に載っていないホテルがむやみに多い。「ホテル・サン沖縄」もその一つ。本土復帰後の3年間でホテルは4倍に増えた。乱立するホテルに需給のアンバランスが…=1975(昭和50)年4月、那覇市泉崎(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-3併用)

    商品コード: 2012111500101

  • 1975年04月25日
    沖縄、本土復帰3年

    父親の英仁さんと牛の世話をするUターン青年の大浜利信君。この2、3年が“勝負”と考えている。「ハウスボーイになるのはご免だ」-と、自主農業に生きる道を見つけて、真っ黒になって働く若者。集団就職で東京のスーパーに勤めていた=1975(昭和50)年4月、石垣市宮良(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-5併用)

    商品コード: 2012111500105

  • 1975年04月25日
    沖縄、本土復帰3年

    工業開発か、農、漁業振興か…。石油基地建設予定の平安座島では漁民が網の手入れに余念がない。海洋博を誘致すれば10年かかる基盤整備は1年に縮められる-。地元は当初沸き立ったが高度経済成長のつまずきと石油ショックで国際的な不況。ドル圏から離脱した復帰時に円切り上げというショックに遭った沖縄は、今度も大変な“間の悪さ”に泣いたといえるだろう=1975(昭和50)年4月、宮城島桃源漁港(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-7併用)

    商品コード: 2012111500107

  • 1975年04月25日
    沖縄、本土復帰3年

    ポスターなどに登場した水納島は“水無島”。この島の生活苦は忘れられている(海洋博協会発行のニュース・レリースの表紙)。エメラルドの海の中にサンゴ礁の金環をつけたような美しい島-周囲3・8キロのちっぽけな島。パビリオンが手に取るように見える海洋博会場には“巨費”が投じられたが…(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-4併用)

    商品コード: 2012111500104

  • 1975年04月25日
    沖縄、本土復帰3年

    耕すよりは軍用地料…。小遣い稼ぎに野菜を作る老人。「いま生活できるのは基地のおかげ。山が返還されたって昔のような炭焼きで食えないし…」。基地のしがらみはずっしり重い。軍用地料は復帰後、アメリカに代わって日本政府が支払っている。3万2千人の地主が1年間に受け取る総額は49年度で288億円。アメリカ時代の10倍で沖縄全体の農林業所得にほぼ匹敵する=1975(昭和50)年4月、米軍嘉手納基地脇(連載企画「沖縄、本土復帰3年」-6併用)

    商品コード: 2012111500106

  • 1975年07月19日
    沖縄海洋博

    7月19日、沖縄県本部町で「海―その望ましい未来」をテーマに、沖縄国際海洋博覧会が開幕した。本土復帰記念事業の一環として計画され、沖縄経済振興の狙いもあったが、入場者は348万人と予想を下回るなど、期待に反する結果に終わった=1975(昭和50)年7月19日

    商品コード: 2003051200113

  • 03:36.63
    1975年07月25日
    「中日映画社」沖縄海洋博開幕

    沖縄の本土復帰記念事業として沖縄国際海洋博覧会が183日間にわたり開かれる。<映像内容> 沖縄国際海洋博覧会の様子、開会式、名誉総裁の皇太子殿下と美智子妃殿下のご訪問、テープカット、長い行列、撮影日不明・公開日:1975(昭和50)年7月25日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

    商品コード: 2018042400705

  • 03:49.73
    1978年08月04日
    「中日映画社」730、沖縄

    本土復帰6年、「人は左、車は右」が7月30日午前6時に変る為、道路標識の変更等大作業が行われた。<映像内容> 沖縄で行われた交通方法変更の様子、撮影日不明・公開日:1978(昭和53)年8月4日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

    商品コード: 2018042400699

  • 1992年05月15日
    首里城正殿内覧会 沖縄本土復帰20周年記念日

    内覧会で向拝柱のシートが取り外される首里城正殿=15日午後、那覇市首里当蔵町

    商品コード: 1992051500014

  • 1994年05月15日
    気勢を上げる参加者 本土復帰22年で集会

    「5・15平和とくらしを守る県民総決起大会」に合流し気勢を上げる平和行進参加者ら=15日夕、沖縄県・嘉手納町の兼久海浜公園

    商品コード: 1994051500040

  • 1995年08月14日
    元首里高監督の福原さん 検疫処分、泣く首里ナイン

    当時の新聞記事などを見て本土復帰前の甲子園の思い出を語る元首里高校野球部監督の福原朝悦さん=11日、那覇市泉崎(カラーネガ)(ふくはら・ちょうえつ)

    商品コード: 1995081400068

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    1997年02月22日
    外相迎える大田知事 5・15メモ公開へ作業

    池田行彦外相(右)を迎える大田昌秀沖縄県知事=22日午前10時15分、沖縄県庁(外相と県知事は、五月十四日に使用期限が切れる米軍施設の強制使用問題など基地問題全般にわたって意見交換する。また、先の劣化ウラン弾誤射問題で通報が遅れた政府に県知事が不満を表明、沖縄の本土復帰の際、米軍基地の使用条件に関して日米政府間で交わした「五・一五メモ」について公開を求めたため、外相は現場周辺海域の環境への影響調査を実施することや、一部を除いてメモ公開への作業を進めていることを説明、理解を得たい考え。)

    商品コード: 1997022200014

  • 1997年05月14日
    大田沖縄県知事が会見 沖縄本土復帰から25周年

    沖縄の本土復帰25周年を迎え、記者会見する大田昌秀沖縄県知事=14日午後、沖縄県庁

    商品コード: 1997051400049

  • 1997年05月14日
    ピースコンサート 沖縄本土復帰から25周年

    米軍基地返還を訴える「ピースコンサート」で三線(さんしん)を手に歌う反戦地主の知花昌一さん(左端)=14日午後、沖縄市諸見里

    商品コード: 1997051400063

  • 1997年05月15日
    基地立ち入り求め集会 本土復帰25周年の沖縄

    嘉手納基地への立ち入りを求め集会を開く反戦地主ら=15日午前10時20分、沖縄県北谷町の米軍嘉手納基地第1ゲート前

    商品コード: 1997051500015

  • 1997年05月15日
    平和行進する人たち 本土復帰25周年の沖縄

    本土復帰25周年を迎え、気勢を上げながら平和行進する人たち=15日午前9時20分、沖縄県具志川市赤道

    商品コード: 1997051500009

  • 1997年05月15日
    デモ行進する反戦地主ら 本土復帰25周年の沖縄

    厳重な警備の中、軍用地の明け渡しを求めてデモ行進する反戦地主ら=15日午前、沖縄県北谷町

    商品コード: 1997051500046

  • 1997年11月18日
    座り込みをする市民団体 社民県連など不参加表明

    政府主催の沖縄本土復帰25周年記念式典に抗議し、座り込みをする市民団体=18日午前、那覇市久茂地

    商品コード: 1997111800083

  • 1999年05月12日
    気勢上げる参加者 復帰27年平和行進で結団式

    沖縄の本土復帰27周年を前に開かれた「5・15平和行進」の結団式で気勢を上げる参加者=12日午後、那覇市寄宮の那覇市民会館

    商品コード: 1999051200117

  • 1999年05月13日
    基地撤去訴え行進 沖縄で平和行進スタート

    沖縄の本土復帰27周年を前に、米軍基地撤去などを訴えスタートした平和行進=13日午前9時20分、沖縄県名護市大西

    商品コード: 1999051300019

  • 1999年05月15日
    沖縄の「県民総決起大会」 基地のない平和な島を訴え

    沖縄の本土復帰27年を迎え、「5・15平和とくらしを守る県民総決起大会」で気勢を上げる参加者ら=15日午後4時55分、沖縄県宜野湾市の海浜公園

    商品コード: 1999051500070

  • 2000年05月11日
    気勢上げる参加者 基地撤去に向け連帯を

    沖縄県の本土復帰28周年を前に行われた「5・15平和行進」の結団式で気勢を上げる参加者=11日午後、那覇市の那覇市民会館

    商品コード: 2000051100136

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    2000年05月12日
    出発する平和行進 平和行進が名護市など出発

    沖縄の本土復帰28周年を前に、米軍普天間飛行場移設予定地の名護市辺野古地区を出発する「5・15平和行進」=12日午前9時5分

    商品コード: 2000051200013

  • 2000年05月14日
    気勢上げる参加者 普天間移設反対を訴え

    本土復帰28周年を前に「5・15平和とくらしを守る県民総決起大会」で、こぶしを突き上げ気勢を上げる参加者=14日午後5時30分、沖縄県宜野湾市の海浜公園

    商品コード: 2000051400085

  • 2001年05月20日
    掲揚される日の丸 復帰後初めて日の丸掲揚

    本土復帰後初めて、翁長雄志・那覇市長(右端)らにより那覇市役所に掲揚される日の丸=20日午前

    商品コード: 2001052000017

  • 2002年04月19日
    シンボルマーク 復帰30周年でロゴと資料展

    沖縄の本土復帰30周年を記念したシンボルマーク

    商品コード: 2002041900091

  • 2002年04月26日
    首里城正殿 本土復帰の15日は入園無料

    本土復帰30周年を迎える5月15日に無料で開放される那覇市の首里城正殿

    商品コード: 2002042600237

  • 2002年04月27日
    かがり火集会 沖縄・辺戸岬でかがり火

    本土復帰30周年を前に、沖縄本島最北端の辺戸岬で開かれたかがり火集会=27日夜、沖縄県国頭村

    商品コード: 2002042700173

  • 2002年05月14日
    「シーサー」と行者たち 復帰30年、慰霊行脚出発

    15日に本土復帰30周年を迎える沖縄県で、14日朝、沖縄戦の犠牲者を悼む天台宗の行者たちによる「慰霊行脚」が始まった。比叡山の千日回峰行者ら約20人は、那覇市の首里城を出発。至る所に魔よけの「シーサー」がある那覇市内を足早に通り抜けた。「旧海軍司令部ごう」や「ひめゆりの塔」などの戦跡をたどり、沖縄戦の激戦地、糸満市摩文仁の平和祈念公園を目指す。

    商品コード: 2002051400035

  • 2002年05月14日
    金城実さん

    本土復帰30周年に合わせ戦争と人間をテーマにした展示会を開いた沖縄の彫刻家、金城実(きんじょう・みのる)さん

    商品コード: 2002051400150

  • 2002年05月14日
    「銃剣とブルドーザー」 復帰30年を彫刻群で表現

    沖縄の本土復帰から30年。沖縄戦で米軍が最初に上陸した読谷村の海岸近くのアトリエに、戦中戦後史を刻む巨大なレリーフと彫像群が並ぶ。反戦彫刻家、金城実さんの「復帰、30年を問う」展示会だ。沖縄戦での「集団自決」や軍用地の強制接収を描いた「銃剣とブルドーザー」などで、等身大の武骨な彫像は沖縄史の無言の証言者。現在は、ベトナム戦争時代に反米闘争の引き金となったコザ暴動や、当時の歓楽街の様子を制作中で、10年がかりで100メートルの長さに並べる予定。

    商品コード: 2002051400194

  • 2002年05月15日
    談話発表する稲嶺知事 変わらぬ基地の重圧

    本土復帰から30周年を迎え、談話を発表する沖縄県の稲嶺恵一知事=15日午前、沖縄県庁

    商品コード: 2002051500057

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    2002年05月15日
    米軍普天間飛行場 本土復帰30周年迎えた沖縄

    宜野湾市にある米軍普天間飛行場。本土復帰30周年を迎えた今も、沖縄県には在日米軍施設の75%が集中している

    商品コード: 2002051500248

  • 2002年05月15日
    電光掲示板にメッセージ 沖縄が本土復帰30周年

    那覇市の繁華街の大型電光掲示板に表示された、沖縄の本土復帰30周年を祝うメッセージ=15日午後

    商品コード: 2002051500231

  • 2002年05月15日
    「琉球舞踊の宴」 沖縄が本土復帰30周年

    本土復帰30周年を記念し無料開放された那覇市の首里城公園では「琉球舞踊の宴」が開かれ、詰め掛けた大勢の観光客を楽しませた=15日夕

    商品コード: 2002051500256

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