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「残留日本兵」の写真・映像

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  • 1974年03月11日
    太平洋戦争関連

    マルコス・フィリピン大統領(中央)表敬のため、マニラのマラカニアン宮殿を訪問した残留日本兵の小野田寛郎氏。右端はイメルダ・マルコス大統領夫人、左端は卜部敏男駐フィリピン日本大使=1974年3月11日(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300218

  • 1974年03月11日
    太平洋戦争関連

    1974年3月11日、フィリピン・ルバング島の、戦友である小塚金七・陸軍1等兵が1972年10月に死亡した現場を訪れ、黙祷を捧げる残留日本兵の小野田寛郎氏=1974年3月11日(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300219

  • 1974年03月11日
    太平洋戦争関連

    1974年3月10日、フィリピン・ルバング島のレーダー基地で行われた降伏式典で、フィリピン空軍司令官(左端)らと乾杯する残留日本兵の小野田寛郎氏(中央)。右から2人目は卜部敏男駐フィリピン日本大使=1974年3月11日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300221

  • 1974年03月11日
    太平洋戦争関連

    1974年3月10日、フィリピン・ルパング島で降伏した後、記者会見で軍刀を示す残留日本兵の小野田寛郎氏=1974年3月11日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300222

  • 1974年03月12日
    太平洋戦争関連

    フィリピンのマニラ南方70マイルのカリラヤにある「比島戦没者の碑」に黙祷を捧げる残留日本兵の小野田寛郎氏=1974年3月12日(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300215

  • 1974年03月12日
    太平洋戦争関連

    マニラで、日本への出発に際して見送りの人々に手を振る残留日本兵の小野田寛郎氏=1974年3月12日(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300217

  • 1974年03月15日
    太平洋戦争関連

    1974年3月10日、フィリピン・ルバング島のレーダー基地で行われた降伏式典で、フィリピン空軍司令官(左端)らと乾杯する残留日本兵の小野田寛郎氏(中央)。右から2人目は卜部敏男駐フィリピン日本大使=1974年3月15日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300211

  • 1974年03月15日
    太平洋戦争関連

    1974年3月10日、フィリピン・ルバング島のレーダー基地で行われた降伏式典で、フィリピン空軍司令官に軍刀を手渡す、残留日本兵の小野田寛郎陸軍少尉=1974年3月15日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014082300210

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    1975年02月17日
    会見する小野田さん 小野田さんブラジル移住

    残留日本兵で1974年にルバング島で発見され帰国した小野田寛郎さんがブラジル移住を決めた。東京の日本外国人特派員協会で会見し「30年のジャングル生活で得た自分なりの人間形成を、一生持ち続けたい」と語った=1975(昭和50)年2月17日、東京・丸の内 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第7巻使用画像(P50)

    商品コード: 2015030200270

  • 1993年05月18日
    泥道に鮮やかな朱色の点 樹海に潜むなぞ

    (2)キタンラド山を登るサレ元大尉。46年前に残留日本兵を発見した時と同じ、小雨の降る暗い日だった=フィリピン、ミンダナオ島

    商品コード: 2004022800073

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    1995年08月14日
    生存の可能性語る同期生 今なお残留日本兵の情報

    捜索当時の資料を手に「今でも戦友は生きているのでは」と語る宮沢功さん=7月、水戸市住吉町の自宅(フィリピン中部ミンドロ島では、戦後50年を経た現在も、残留日本兵をめぐる情報が語られ続けている、旧日本軍の特務員養成機関である中野学校出身)

    商品コード: 1995081400092

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    1995年08月14日
    ラグナス集落は山のかなた 今なお残留日本兵の情報

    日本兵との混血児が住むというラグナス集落の方向を指すマンヤン族の案内人=8月、ミンドロ島北部のマサクラン集落(共同)(フィリピン)

    商品コード: 1995081400094

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    1995年08月14日
    山岳少数民族が証言 今なお残留日本兵の情報

    残留日本兵情報について証言するマンヤン族のジョーイ・トゥグダアンさん=8月、ミンドロ島北部のマサクラン集落(共同)(フィリピン)

    商品コード: 1995081400091

  • 2005年08月10日
    元日本兵の宮原永治さん 残留日本兵の思いつづる

    10日、ジャカルタで、残留日本兵の証言記録集制作を発表する宮原永治さん(共同)

    商品コード: 2005081000322

  • 2005年09月20日
    レ・ヒエップ・チンさん 無責任な父、待ち続けた母

    ベトナム南部カントー市の自宅で、日本人の父からの手紙を見せるレ・ヒエップ・チンさん(共同)

    商品コード: 2005092000272

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    02:18.07
    2006年04月19日
    ウクライナから元兵士帰国 「こんにちは」と第一声

    第2次世界大戦後、サハリンに残ったまま行方不明になり、戦時死亡宣告を受けた元日本陸軍兵士で岩手県出身の上野石之助(うわの・いしのすけ)さん(83)が19日、成田着のアエロフロート機でウクライナから一時帰国した。息子のアナトリーさん(37)とともに28日まで日本に滞在し、20日に故郷の同県洋野町で親族と1943(昭和18)年の出征以来、63年ぶりの再会を果たす予定<映像内容>空港に到着し、空港内を歩く上野さんと息子のアナトリーさん、通訳をする女性の様子、ロシア語でインタビューに応じる中「こんちには」と日本語で挨拶する様子、撮影日:2006(平成18)年4月19日、撮影場所:千葉県成田市

    商品コード: 2019101706386

  • 2006年09月22日
    池谷薫さん

    中国残留日本兵のドキュメンタリー映画を監督した池谷薫(いけや・かおる)さん

    商品コード: 2006092200110

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    2010年07月22日
    小野盛さん 残留日本兵日誌を出版

    インドネシア残留日本兵の生存者3人のうちの1人、小野盛さん=09年2月、インドネシア・ジャワ島バトゥの自宅(共同)

    商品コード: 2010072200325

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    2011年08月13日
    「残留日本兵の記憶」 残留日本兵の伝記出版へ

    9月上旬、インドネシアで出版される残留日本兵、小野盛さんの伝記「残留日本兵の記憶」(共同)

    商品コード: 2011081300011

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    2011年08月13日
    小野盛さん 残留日本兵の伝記出版へ

    残留日本兵の小野盛さん(共同)

    商品コード: 2011081300012

  • 2011年08月13日
    「残留日本兵の記憶」 残留日本兵の伝記出版へ

    9月上旬、インドネシアで出版される残留日本兵、小野盛さんの伝記「残留日本兵の記憶」(共同)

    商品コード: 2011081300144

  • 2011年08月13日
    小野盛さん 残留日本兵の伝記出版へ

    残留日本兵の小野盛さん(共同)

    商品コード: 2011081300145

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    2011年10月13日
    林英一さん 残留日本兵を7年間研究

    林英一さん(共同)

    商品コード: 2011101300485

  • 2015年03月26日
    終戦後、1万人が残留

    地域別 残留日本兵数

    商品コード: 2015032600667

  • 2015年03月26日
    終戦後、1万人が残留

    地域別 残留日本兵数

    商品コード: 2015032600668

  • 2017年02月10日
    グエン・ティ・スアンさん 「これが私たちの運命」

    元残留日本兵のベトナム人妻、グエン・ティ・スアンさん=7日、ハノイ(共同)

    商品コード: 2017021000005

  • 2017年09月06日
    訪日するフィーさんら 残留日本兵家族が訪日へ

    訪日することが決まり、弟(右)とベトナム残留日本兵の父親らの写真を手にするグエン・バン・フィーさん=6日、ハノイ(共同)

    商品コード: 2017090600681

  • 2017年10月16日
    ルオン・ティ・ロックさん まだ見ぬ父の祖国へ

    元ベトナム残留日本兵の妻で、カオ・カイン・トゥオンさんの母ルオン・ティ・ロックさん=2月、ハノイ(共同)

    商品コード: 2017101600037

  • 2017年10月16日
    カオ・カイン・トゥオン氏 まだ見ぬ父の祖国へ

    元ベトナム残留日本兵の息子で、初訪日するカオ・カイン・トゥオンさん=9月、ハノイ(共同)

    商品コード: 2017101600039

  • 2017年10月17日
    合唱する子どもたち 越残留日本兵家族の壮行会

    訪日を控えた壮行会で合唱を披露するベトナム残留日本兵の子どもたちや家族=17日、ハノイの日本大使公邸(共同)

    商品コード: 2017101701029

  • 2017年10月18日
    元残留日本兵の子どもら 元残留日本兵の子ら来日

    ベトナムから来日した元残留日本兵の子どもら=18日午後、羽田空港

    商品コード: 2017101801170

  • 03:13.76
    2017年10月19日
    「父の情報探したい」 ベトナム残留日本兵の子ら

    第2次大戦後もベトナムにとどまり、その後帰国を余儀なくされた元残留日本兵の子どもらが来日し、東京・港区の日本財団での報告会に出席した。60年以上前に生き別れた元日本兵の父の情報を求める人も多く、グエン・ティ・フックさん(68)は「ようやく父の国に来られたので、父につながる情報を探したい」と語った。〈映像内容〉報告会のもよう。話しているのは順番に、家族団団長(代表)のホン・ニャット・クアンさん、20日に父親のお墓参りを予定しているファン・ホン・チャウさん、グエン・ティ・フックさん。東京都港区で午後1時半から2時半に撮影。

    商品コード: 2017102000477

  • 2017年10月19日
    ベトナム残留日本兵家族 「父の情報探したい」

    報告会で涙を流す、来日している元ベトナム残留日本兵の家族ら=19日午後、東京都港区

    商品コード: 2017101900886

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-1

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-4

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-3

  • 2017年10月19日
    ベトナム残留日本兵の家族 「父の情報探したい」

    報告会で涙を流す、来日している元ベトナム残留日本兵の家族ら=19日午後、東京都港区

    商品コード: 2017101900889

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-5

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-6

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-7

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-2

  • 2017年10月19日
    「父の情報探したい」

    商品コード: 2017101900889-8

  • 02:03.49
    2017年10月20日
    元ベトナム 残留日本兵の子が墓参 60年以上前に別離の父

    ベトナムから来日しているファン・ホン・チャウさん(67)が20日、東京都青梅市の寺で、60年以上前に生き別れた元残留日本兵の父の墓参りをした。第2次大戦後もベトナムに残った元日本兵の父加茂徳治(かも・とくじ)さん(福島県二本松市出身)はベトナム独立運動に参加し、1954年に帰国。チャウさんら家族は同行できず、別離を強いられた。95年にベトナムを訪れた加茂さんと再会したチャウさん。その後、加茂さんとは連絡が取れず、最近、2012年に92歳で亡くなっていたことを知った。加茂さんの墓は、来日直前に日本側の関係者が探し出し、墓参りの機会が設けられた。 <映像内容>到着したチャウさん、墓参りするチャウさん、寺で父の写真を見るチャウさんなど。撮影は東京都青梅市の寺で20日午前9時10分ごろから午前10時ごろ。※都合上カメラマイクでの取材です。

    商品コード: 2017102000478

  • 2017年10月20日
    墓前のファンさん 元越残留日本兵の子が墓参

    元ベトナム残留日本兵の父の墓前で、手を合わせるファン・ホン・チャウさん=20日午前、東京都青梅市

    商品コード: 2017102000140

  • 2017年10月20日
    手を合わせるファンさん 元越残留日本兵の子が墓参

    元ベトナム残留日本兵の父の墓前で、手を合わせるファン・ホン・チャウさん(右)=20日午前、東京都青梅市

    商品コード: 2017102000141

  • 2017年10月23日
    握手する杉原さんら 元越残留日本兵と交流

    元ベトナム残留日本兵の杉原剛さん(右)と握手する、ファン・ホン・チャウさん。中央は杉原さんの長男ホン・ニャット・クアンさん=23日午後、大阪市

    商品コード: 2017102301128

  • 2018年02月21日
    法整備でベトナム支援

    「法整備の支援だけでなく、残留日本兵など歴史を通じたベトナムと日本の関わりをライフワークにしたい」と話す川西一氏

    商品コード: 2018022100550

  • 2018年05月30日
    動きだした時計

    「残留日本兵の子や孫、ひ孫がいる限りこのテーマは終わりません」と話す小松みゆきさん(共同)

    商品コード: 2018053000441

  • 2018年12月15日
    あいさつするトゥオンさん 残留日本兵の家族会設立

    元ベトナム残留日本兵の家族らの会合であいさつするカオ・カイン・トゥオンさん=15日、ハノイ(共同)

    商品コード: 2018121501091

  • 2018年12月15日
    記念撮影する家族ら 残留日本兵の家族会設立

    ベトナムの首都ハノイでの会合で、記念撮影する元残留日本兵の家族ら=15日(共同)

    商品コード: 2018121501092

  • 2020年06月04日
    小松みゆきさん 越、消せない歴史を知って

    ベトナムで残留日本兵家族の取材を続ける小松みゆきさん=5月、ハノイ(共同)

    商品コード: 2020060408529

  • 2020年12月03日
    事務所前に立つヘルさん 残留日本兵の資料館開設を

    「福祉友の会」の事務所が入る建物前に立つヘル・サントソ衛藤会長=11月17日、ジャカルタ(共同)

    商品コード: 2020120306379

  • 2020年12月03日
    ヘル・サントソ衛藤会長 残留日本兵の資料館開設を

    インドネシア残留日本兵資料館設立への思いを語る日系2世のヘル・サントソ衛藤会長=11月17日、ジャカルタ(共同)

    商品コード: 2020120306377

  • 2020年12月03日
    カリバタ英雄墓地 残留日本兵の資料館開設を

    インドネシア独立戦争に参加した将兵が眠るカリバタ英雄墓地にある、ヘル・サントソ衛藤さんの父・七男さんの墓(手前)=11月17日、ジャカルタ(共同)

    商品コード: 2020120306387

  • 2020年12月03日
    残留日本兵の資料館開設を

    インドネシア・ジャカルタ

    商品コード: 2020120306523

  • 2020年12月03日
    残留日本兵の資料館開設を

    インドネシア・ジャカルタ

    商品コード: 2020120306519

  • 2020年12月03日
    残留日本兵の資料館開設を

    インドネシア・ジャカルタ

    商品コード: 2020120306527

  • 2020年12月03日
    残留日本兵の資料館開設を

    インドネシア・ジャカルタ

    商品コード: 2020120306529

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