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「浜口内閣」の写真・グラフィックス・映像

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    1925年12月31日
    (うがき・かずしげ) 中将礼服の宇垣一成

    軍人、政治家。1868(明治元)年、岡山生まれ。陸軍大学校卒。ドイツ駐在、陸軍次官などを経て、清浦内閣の陸軍大臣に就任し、加藤高明内閣、第一次若槻内閣でも留任。浜口内閣で再度陸相を務める。1919年に陸軍中将、陸相在任中の1925年に陸軍大将。その後、朝鮮総督、第一近衛内閣の外務大臣と拓務大臣などを歴任。太平洋戦争後は公職追放解除後の1953年参議院議員に当選し、在職中の1956年没=撮影年月日不詳

    商品コード: 1997030400099

  • 官邸での記念撮影 浜口内閣誕生
    1929年07月02日
    官邸での記念撮影 浜口内閣誕生

    首相官邸での記念撮影。中央は浜口首相=1929(昭和4)年7月2日 (日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929070250001

  •  日本電報通信社資料
    1929年07月03日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣成立祝賀会であいさつする浜口雄幸首相(左)=1929(昭和4)年7月3日、上野精養軒(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929070300001

  •  日本電報通信社資料
    1929年07月03日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣成立の祝賀会であいさつする浜口雄幸首相=1929(昭和4)年7月3日、東京・上野の精養軒(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011070800247

  •  浜口雄幸
    1929年12月31日
    浜口雄幸

    浜口内閣信任式(中央)、昭和4年

    商品コード: 2003111200150

  •  日本電報通信社資料
    1930年01月13日
    日本電報通信社資料

    総選挙関係者の招待会に臨む鈴木冨士弥書記官長(前列左から3人目)ら=1930(昭和5)年1月13日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2012011000118

  •  日本電報通信社資料
    1930年01月21日
    日本電報通信社資料

    第57帝国議会。下院(衆院)大臣席に並ぶ浜口内閣閣僚。前列右から浜口雄幸首相、幣原喜重郎外相、井上準之助蔵相、宇垣一成陸相、安達謙蔵内相、松田源治拓務相=1930(昭和5)年1月21日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930012100005

  •  日本電報通信社資料
    1930年01月24日
    日本電報通信社資料

    選挙用トーキーフィルムの収録に臨む(右から2人目から左へ)浜口雄幸首相、井上準之助蔵相、安達謙蔵内相の浜口内閣三人男=1930(昭和5)年1月24日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930012400002

  •  日本電報通信社資料
    1930年06月10日
    日本電報通信社資料

    辞意を表明した海軍の加藤寛治軍令部長。ロンドン海軍軍縮条約をめぐり浜口内閣の方針に不満を抱いていた同部長は、参内して天皇に単独上奏した。写真は参内を終え軍令部長室で撮影=1930(昭和5)年6月10日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930061000001

  •  日本電報通信社資料
    1930年06月19日
    日本電報通信社資料

    臨時閣議で若槻礼次郎首席全権(手前中央)から報告を聞く浜口内閣閣僚。前列左から安達謙蔵内相、浜口雄幸首相、若槻全権、江木翼鉄相、俵孫一商工相、後列左から町田忠治農相、田中隆三文相、松田源治拓相、渡辺千冬法相、井上準之助蔵相、阿部陸相代理、鈴木富士弥書記官長=1930(昭和5)年6月19日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1930061900001

  •  日本電報通信社資料
    1930年10月07日
    日本電報通信社資料

    藤沢幾之輔衆院議長(左から2人目)が主催する浜口内閣の閣僚招待会に臨む(右から)安保清種海相、松田源治拓相、渡辺千冬法相、浜口雄幸首相、江木翼鉄相、町田忠治農相=1930(昭和5)年10月7日、衆院議長官舎(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2012120500587

  •  日本電報通信社資料
    1930年11月11日
    日本電報通信社資料

    もみ抜いた来年度予算を決定する浜口内閣閣議=1930(昭和5)年11月11日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013022500616

  •  日本電報通信社資料
    1931年04月10日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣最後の閣議を終え退出する安達謙蔵内相(右)と江木翼鉄相=1931(昭和6)年4月10日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013080900317

  •  日本電報通信社資料
    1931年04月10日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣最後の閣議を終え退出する幣原喜重郎臨時首相代理(左)と井上準之助蔵相=1931(昭和6)年4月10日、首相官邸(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013080900315

  •  日本電報通信社資料
    1931年04月13日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣総辞職に伴う後継内閣について、西園寺公望公に御下問を伝えるため静岡県興津へ向かう鈴木貫太郎侍従長。西園寺公は「若槻礼次郎男爵」を奉答した=1931(昭和6)年4月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931041400003

  •  日本電報通信社資料
    1931年04月13日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣総辞職。閣僚の辞表をまとめて参内する宇垣一成陸相=1931(昭和6)年4月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013081600242

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    1931年06月18日
    (うがき・かずしげ) 和服姿の宇垣一成

    軍人、政治家。1868(明治元)年、岡山生まれ。陸軍大学校卒。ドイツ駐在、陸軍次官などを経て、清浦内閣の陸軍大臣に就任、加藤高明内閣、第一次若槻内閣でも留任し、浜口内閣で再度陸相を務める。その後、朝鮮総督、第一近衛内閣の外務大臣と拓務大臣などを歴任。太平洋戦争後は公職追放解除後、参議院議員に当選、在職中の1956年没。写真は朝鮮総督就任前頃の撮影=1931(昭和6)年6月18日複写

    商品コード: 1931061800001

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    1956年12月31日
    (うがき・かずしげ) 宇垣一成

    軍人、政治家。1868(明治元)年、岡山生まれ。陸軍大学校卒。ドイツ駐在、陸軍次官などを経て、清浦内閣の陸軍大臣に就任、加藤高明内閣、第一次若槻内閣でも留任し、浜口内閣で再度陸相を務める。その後、朝鮮総督、第一近衛内閣の外務大臣と拓務大臣などを歴任。太平洋戦争後は公職追放解除後、参議院議員に当選、在職中の1956年没=撮影年月日不詳

    商品コード: 1997030400100

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