KYODO NEWS IMAGELINK

報道写真の購入なら共同通信イメージズ

  • 焦土作戦
  • 場所
  • 内地
  • 平成
  • しょうい
  • ビル
  • 世界
  • 東京大空襲
  • 火砕流
  • 被爆

「焦土」の写真・グラフィックス・映像

絞り込み
  • 提供元
  • 日付
  • 種類
  • 向き
  • カテゴリ
並び順
  • 古い順
89
( 1 89 件を表示)
  • 1
89
( 1 89 件を表示)
絞り込み
並び順
  • 古い順
  • 1923年09月30日
    関東大震災

    久邇宮良子女王(中央)は滞在先の赤倉温泉から、母宮の俔子殿下(左)と妹君の信子女王とともに、久しぶりに焦土の帝都にご帰還。これより前の9月19日、摂政宮(後の昭和天皇)が11月に予定されていた良子女王との挙式延期を宮内相に伝えたことが発表された=1923(大正12)年9月23日(香淳皇后)

    商品コード: 2009042800288

  • 1941年12月31日
    Postcard showing a damaged Russian village destroyed

    Postcard showing a damaged Russian village destroyed by the retreating inhabitants as part of the ‘scorched earth‘ policy of leaving no assets for the invading German army in World War Two. 1941、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。広告、プロモーション、商業目的での利用に関してはお問合せください。

    商品コード: 2019092402293

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1942年01月15日
    第1648号 「同盟写真特報」

    皇軍輝くマニラ占領、米東亜の拠点完全覆滅(1)パシク河に炎上する敵船―陸軍省検閲済―(2)敵の焦土戦術に炎上するマニラ銀座―陸軍省検閲済―(3)マニラへマニラへ猛進する皇軍―陸軍省検閲済―(4)燃え上がるマニラ市街―陸軍省検閲済―(5)敗残兵を追撃―陸軍省検閲済―(6)壮烈!!市街戦に厳然と構える機銃隊―海軍省検閲済乙第17号の99―、マニラ東京間同盟機空輸、昭和17年1月15日(木曜日)第1648号

    商品コード: 2009011900057

  • 1942年01月22日
    ソ連軍放火の街で消火活動 ソ連がフィンランド侵攻

    フィンランドのペトロスコイで炎上する市街地の消火作業に当たる消防隊。フィンランド軍部隊の攻撃を受けたソ連軍が退く際に焦土作戦に訴え、火を放った=1942年1月(ACME)

    商品コード: 2011060300110

  • 1942年04月21日
    第1740号 「同盟写真特報」

    米没落の劫火、炎々たり、燃えるセブ市に突入の海軍陸戦隊、写真は敵の焦土戦術で燃上するセブ島、海軍省許可済第571号、昭和17年4月21日(火曜日)第1740号

    商品コード: 2008061300135

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1942年11月30日
    ソ連 独ソ戦

    スターリングラード郊外で、焦土と化した市街地を進むドイツ軍戦車。ウィーンで発行された写真誌に掲載された=1942年11月(ACME)

    商品コード: 2018070900172

  • 1944年01月25日
    独軍の焦土作戦で廃墟に イタリア戦線

    ドイツ軍の焦土作戦により廃墟と化したイタリア南部の町カステルディサングロでがれきの山を進む英国軍兵士。ドイツ軍は撤退の際に、あらゆる家畜、食料を持ち去ったほか、教会から金の十字架、住民からは指輪や時計を奪い取った=1944年1月、英陸軍省提供(ACME)

    商品コード: 2012072500472

  • 1944年01月25日
    廃墟から家財探す住民 イタリア戦線

    ドイツ軍の焦土作戦に遭ったイタリア南部の町カステルディサングロで、廃墟となった住居から家財を探して馬車に積み込む住民。英国の陸軍撮影隊が町に入ると、老人や子供たちが自宅の焼け跡から貯蔵食料を掘り出そうとする光景が見られた=1944年1月、英陸軍省提供(ACME)

    商品コード: 2012072500473

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年02月19日

    明治・大正610 ◎太平洋戦争 硫黄島の激戦 連日の空襲と艦砲射撃で焦土と化した硫黄島に、この日上陸を開始した米軍兵士(左)。日本軍の反撃も凄まじく、第2次世界大戦屈指の最激戦地となった=1945(昭和20)年2月19日(米軍提供)

    商品コード: 1900010154274

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年03月11日
    戦時中の食糧難時代

    焦土に野菜を作る都民=昭和20年3月11日(20年内地157)

    商品コード: 2007011800248

  • 1945年03月11日
    春風に微笑む焦土の菜園

    焼け跡に親子そろって野菜を作る都民=1945(昭和20)年3月11日(20年内地156)

    商品コード: 2014081900105

  • 1945年03月27日
    焦土に盛り上がる不屈の闘志

    江東重要工場で再興に挺身する学徒勤労隊=1945(昭和20)年3月27日、東京(20年内地170)

    商品コード: 2014081900116

  • 1945年03月27日
    焦土に盛り上がる不屈の闘志

    焼煙漂う工場内に敢闘する女子勤労隊=1945(昭和20)年3月27日、場所不明

    商品コード: 2014081900115

  • 1945年04月14日
    焦土に起ち上がる不屈の戦災民

    魂込めて帝都要塞の建設。野外でのひげそり=1945(昭和20)年4月14日、場所不明

    商品コード: 2014081900169

  • 1945年04月17日
    焦土に戦う学徒挺身隊

    白陽社電気製作所の学徒挺身隊=1945(昭和20)年4月17日、場所不明(国防写真隊員撮影)

    商品コード: 2014081900172

  • 1945年04月23日
    焦土の理髪屋さん

    焦土に雄々しく立ち上がり開業した理髪屋さん=1945(昭和20)年4月23日

    商品コード: 2004012700104

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年04月23日
    看板と男性 焦土で理髪

    焦土と化した地に看板を掲げ、理髪業を営む男性=1945(昭和20)年4月

    商品コード: 1945042350001

  • 1945年04月23日
    家政女子校復興義勇隊

    焦土に敢闘する家政女子校復興義勇隊=1945(昭和20)年4月23日、場所不明

    商品コード: 2014081900179

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年05月05日
    子どもたちも大喜び 焦土に揚がる鯉のぼり

    端午の節句を迎えた焦土に揚がる鯉のぼり。子どもたちも大喜び=1945(昭和20)年5月5日

    商品コード: 1945050550001

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年06月02日
    焦土の中から応召

    焦土の中から勇躍出征する兵士=1945(昭和20)年6月2日、場所不明(20年内地301)

    商品コード: 2014081900217

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年06月30日
    福岡市・天神 焦土と化した福博

    福岡大空襲で焦土と化した福岡市(松屋ビルから博多湾を見る。手前は現ダイエービル、中央は焼け落ちた極楽寺=1945(昭和20)年6月末頃、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016072700257

  • 1945年07月15日
    焦土の盂蘭盆会

    復仇、増産で回向する焦土の盂蘭盆(うらぼん)会=1945(昭和20)年7月15日、場所不明

    商品コード: 2014081900280

  • 1945年07月16日
    南瓜実る

    焦土に実った南瓜=1945(昭和20)年7月16日、場所不明

    商品コード: 2014081900282

  • 1945年07月20日
    焦土に逞し文化の薫り

    焦土に店開き=1945(昭和20)年7月20日、場所不明

    商品コード: 2014081900285

  • 1945年08月06日
    焦土と化した広島市 広島に原爆投下

    原爆で瞬時に焦土と化し、煙突だけ残った広島市街の一部。中国新聞本社屋上から東南を望む。右下は現在の中区堀川町にあった久保田醤油の煙突。この煙突の先端部分は原爆資料館に保存されている。左の山は比治山、右端後方の山は金輪島=昭和20年8月10日から17日の間(資料15058、20年内地439-B)この写真は8月18日に配信され19日の各紙朝刊に大きく掲載された歴史的な写真。

    商品コード: 2004030200077

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年08月11日
    焦土と化した広島市 広島の原爆被害

    原爆で瞬時に焦土と化し、煙突だけ残った広島市街の一部。中国新聞本社屋上から東南を望む。右下は現在の中区堀川町にあった久保田醤油の煙突。この煙突の先端部分は原爆資料館に保存されている。左手前の山は比治山、右端後方の山は金輪島=昭和20年8月10日から17日の間(20年内地439-B)この写真は8月18日に配信され19日の各紙朝刊に大きく掲載された歴史的な写真。

    商品コード: 2007081600084

  • 1945年08月18日
    焦土と化した広島市 広島の原爆被害

    瞬時に焦土と化し、煙突だけ残った広島市街の一部。中国新聞本社から南東を望む。左手前の山は比治山、右端後方の山は金輪島=1945(昭和20)年8月10日から17日の間。8月18日に配信され、19日の各紙朝刊に大きく掲載された歴史的な写真。右下は現在の中区堀川町にあった久保田醤油の煙突。この煙突の先端部は原爆資料館に保存されている(20年内地439−B)

    商品コード: 2014101400102

  • 1945年10月17日
    稔る焦土に建設のつち音高く

    稔る焦土に建設のつち音高く=1945(昭和20)年10月17日、場所不明

    商品コード: 2014081900535

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1945年12月15日
    焦土と化した長崎市内 長崎に原爆投下

    原爆投下で焦土と化した長崎市内。矢印は爆心地=1945(昭和20)年

    商品コード: 1945121550009

  • 1946年02月11日
    紀元節

    新日本建設を胸に焦土の校庭で祝う紀元節=1946(昭和21)年2月11日、東京都渋谷区富谷国民学校

    商品コード: 2003122000094

  • 1955年12月03日
    名瀬市の大火

    名瀬市の大火で焦土と化した市街地=1955(昭和30)年12月3日、鹿児島県奄美大島(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900104

  • 1955年12月03日
    鹿児島県 名瀬市の大火

    焦土と化した名瀬市街地=1955(昭和30)年12月3日、鹿児島県・奄美(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900128

  • 1955年12月03日
    鹿児島県 名瀬市の大火

    焦土と化した名瀬市街地=1955(昭和30)年12月3日、鹿児島県・奄美(本社機から)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900181

  • 1955年12月03日
    鹿児島県 名瀬市の大火

    名瀬大火(昭和30年12月3日)直後の焦土と化した市街地と港=1955(昭和30)年(航空写真)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ (空撮)

    商品コード: 2017050900251

  • 1965年07月16日
    夢の島でハエ退治の焦土作戦

    ハエ退治の「夢の島」焦土作戦で、重油をまく作業員=1965(昭和40)年7月16日、東京都江東区南砂町(40年内地3917)

    商品コード: 2011062900278

  • 1965年07月16日
    ハエ退治

    東京のごみ処理場「夢の島」で6月以来ハエが異常発生。ついに重油をまいて焦土作戦が実施された=1965(昭和40)年7月16日

    商品コード: 2003031800048

  • 1991年06月05日
    空から見た火砕流のツメ跡 白い焦土の世界

    空から見た火砕流のツメ跡 樹木はなぎ倒され、すっぽりと灰をかぶった上木場地区=1991(平成3)年6月5日午前

    商品コード: 2018082821946

  • 1991年06月05日
    白い焦土の世界

    空から見た火砕流のツメ跡 岩が散乱し、くすぶり続ける家屋=1991(平成3)年6月5日午前

    商品コード: 2018082821953

  • 1991年06月05日
    白い焦土の世界

    空から見た火砕流のツメ跡 灰が積もり、焼け焦げたワゴン車のそばを歩き回る犬=1991(平成3)年6月5日午前

    商品コード: 2018082821960

  • 1991年06月05日
    白い焦土の世界

    空から見た火砕流のツメ跡 火砕流で跡形もなくつぶされた2台の車=1991(平成3)年6月5日午前

    商品コード: 2018082821965

  • 1991年06月05日
    テレビ局のテントと三脚 白い焦土の世界

    空から見た火砕流のツメ跡 残されたままになっているテレビ局のテントと三脚=1991(平成3)年6月5日午前

    商品コード: 2018082821976

  • 1995年03月22日
    震災が生んだ心のつながり 人間てほんとにいいな

    )、企画91、92、4月1日付朝刊以降使用  (2)阪神大震災で焦土と化した神戸市長田区の街並み。この被災地で新たな心のつながりが生まれている(カラーネガ)

    商品コード: 1995032200050

  • 1995年03月22日
    焦土と化した街並み 変わる家族と人間関係

    )、企画91、4月1日付朝刊以降使用  阪神大震災で焦土と化した神戸市長田区の街並み。この被災地で新たな心のつながりが生まれている(カラーネガ)

    商品コード: 1995032200054

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1995年11月13日
    日本軍が広島の被爆調査 障害与える放射能存在せず

    原爆投下で一瞬にして焦土と化した広島市(資料15058)

    商品コード: 1995111300090

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1996年06月19日
    公開されたビデオ画面 焦土の広島ビデオ完成

    原爆ドームなど被爆直後の広島を撮影、このほど再構成された「焦土のカルテ―ヒロシマ昭和二十年」のビデオ画面(カラーネガ)

    商品コード: 1996061900041

  • 1999年10月25日
    焼け落ちた自宅と住民 焦土と化した村に雨期迫る

    24日、東ティモールのマテアナ村で、民兵に火を放たれ焼け落ちた自宅にたたずむジョセ・ダコスタさん(共同)

    商品コード: 1999102500053

  • 2001年03月17日
    焼けたクルンマネの市場 焼ける市場、脱出図る住民

    17日、国軍・警察の「焦土作戦」で廃虚と化したインドネシア・アチェ特別州クルンマネの市場で後片付けする子供たち(共同)

    商品コード: 2001031700093

  • 2002年01月12日
    出土した焦土面 徳政一揆の火災跡が出土

    国指定名勝「旧大乗院庭園」で出土した、徳政一揆(いっき)で焼けた跡とみられる焦土面(手前)=12日午後、奈良市高畑町

    商品コード: 2002011200072

  • 2002年02月28日
    傷あとが残るソウルの街 ついにゴーサインが出た

    朝鮮戦争でソウルは焦土となった。激戦のあった南山で、れんがを寄せ集めて仮住まいをつくる人たち=1953年7月

    商品コード: 2002022800095

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2007年08月03日
    焦土と化した広島市街 被爆直後のネガ確認

    撮影は昭和20年8月10日から17日の間。同盟通信の佐伯敬カメラマンが広島の爆心地から東に870メートルの旧中国新聞本社から撮影したパノラマ写真の1コマで、東南方向を撮影したもの。一面焦土と化した惨状を初めて全国に伝える写真となった。右下はしょうゆ醸造「久保田本店」の煙突、遠景の手前の山は比治山

    商品コード: 2007080300180

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2008年07月29日
    犠牲者の所持品の時計 このままじゃ死にきれない

    東京大空襲の犠牲者が携帯していた時計。午前0時前後に始まった約2時間半の空襲で、日本橋から東京湾が見渡せるほど一面の焦土が広がったという=7月8日、東京都墨田区の東京都復興記念館

    商品コード: 2008072900176

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2009年03月05日
    終戦間近の都内 焦土で野菜作り

    1945(昭和20)年3月11日、終戦約5カ月前の春の日、空襲で焦土と化した都内の空き地で畑作業をするもんぺ姿の女性たち。深刻な食糧難で野菜類は貴重だった。前日未明にはB29米爆撃機による「東京大空襲」で下町一帯が火の海になり、約10万人が死亡した。

    商品コード: 2009030500165

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2009年04月16日
    バリカン1本で立ち上がる 焦土の青空理髪店

    1945(昭和20)年4月23日、米爆撃機が投下した焼夷(しょうい)弾により焼け野原となった住宅街でバリカンを走らせる青空理髪店。いすと鏡とバリカンさえあればと、焦土からたくましく立ち上がり開業した。場所は東京とみられるが詳細は不明。

    商品コード: 2009041600190

  • 2009年04月30日
    焦土に「端午の節句」 こいのぼりに歓声

    1945年(昭和20)年5月5日、戦時中の空に泳ぐ1匹のこいのぼり。焼け野原の中での「端午の節句」。喜ぶ子どもたちの歓声まで伝わってくるようだ。祝日法の制定で「こどもの日」ができたのは3年後のこと。(撮影地不明)

    商品コード: 2009043000315

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2011年06月08日
    見違える気仙沼市内 大震災から3カ月の被災地

    3月13日、震災で焦土と化した宮城県気仙沼市(上)。6月3日、がれきの撤去が進み、道端には花が咲き乱れていた

    商品コード: 2011060800238

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2012年04月26日
    食糧増産に学徒動員 日本橋の焦土に種まき

    1945(昭和20)年5月6日、空襲で焦土と化した東京・日本橋で学生がくわを手に畑作り。植えているのは食糧増産のためのカボチャの種で、イモ類などとともに盛んに植えられた。戦争はまだ終わっていない。学生の授業は停止され、戦場への学徒出陣はじめ、軍需生産、食糧増産、防空作業に動員された。後方右は高島屋。

    商品コード: 2012042600254

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2012年05月17日
    戦争末期の東京 空襲の焼け跡で食事

    1945(昭和20)年5月27日、空襲で焦土と化した東京の青空の下、座り込んで食事するのは家族だろうか。前年11月からの半年間、米大型爆撃機B29による東京への空襲は100回以上続き、市街地の半分以上が焼失。下町を襲った3月10日の大空襲は、わずか2時間半で32万発の焼夷(しょうい)弾を投下、街を火の海にした。

    商品コード: 2012051700463

  • 2012年07月12日
    東京のごみ埋め立て地 「夢の島」でハエ退治

    1965(昭和40)年7月16日、東京都のごみ処理場「夢の島」に異常発生したハエの一斉退治が行われた。東龍太郎知事の陣頭指揮の下、重油をまいて総勢300人による大掛かりな“焦土作戦”を実施。埋め立ててできた人工島には公園やスポーツ施設が建てられ、緑豊かな地域に生まれ変わった。

    商品コード: 2012071200299

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2013年03月07日
    戦争末期の都内 空襲の焦土で畑作り

    1945(昭和20)年3月11日、太平洋戦争も末期、空襲で焦土と化した東京都内の空き地で畑を耕すもんぺ姿の女性。食糧難は深刻で、主食としての芋や貴重な野菜を自作した。前日未明にはB29米爆撃機による大規模な「東京大空襲」で下町一帯が火の海となり約10万人が死亡した。

    商品コード: 2013030700218

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2013年04月18日
    バリカン1本で立ち上がる 焦土の青空理髪店

    1945(昭和20)年4月23日、米爆撃機が投下した焼夷(しょうい)弾により焼け野原となった住宅街でバリカンを走らせる青空理髪店。いすと鏡とバリカンさえあればと、焦土からたくましく立ち上がり開業した。

    商品コード: 2013041800196

  • 2013年04月25日
    焦土に「端午の節句」 こいのぼりに歓声

    1945年(昭和20)年5月5日、戦時中の焼け野原で迎えた男の子の成長を祝う「端午の節句」。空に泳ぐ1匹のこいのぼりに向かって喜ぶ子どもたちの歓声が伝わってくるようだ。祝日法の制定で「こどもの日」ができたのは3年後のこと。

    商品コード: 2013042500242

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2014年03月16日
    福岡市・天神 【2010年代】福岡市中心部

    大空襲から70年を迎える福岡市。ビルが立ち並ぶ都心の風景に、焦土の記憶をたどるのは難しい=2014(平成26)年3月頃(本社ヘリから)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016072700330

  • 2014年03月16日
    福岡市・天神 【2010年代】福岡市中心部

    「6・19」から70年を迎える福岡市。ビルが立ち並ぶ都心の風景に、焦土の記憶をたどるのは難しい=2014(平成26)年3月頃(本社ヘリから)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016072700517

  • 2014年03月16日
    福岡市・天神 【2010年代】福岡市中心部

    「6・19」から70年を迎える福岡市。ビルが立ち並ぶ都心の風景に、焦土の記憶をたどるのは難しい=2014(平成26)年3月頃(本社ヘリから)、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2016072700518

  • 2014年07月10日
    東京のごみ埋め立て地 「夢の島」でハエ退治

    1965(昭和40)年7月16日、東京都のごみ処理場「夢の島」に異常発生したハエの一斉退治が行われた。東龍太郎知事の陣頭指揮の下、重油をまいて総勢300人による大掛かりな「焦土作戦」。埋め立てた人工島には公園やスポーツ施設が建てられた。2020年東京五輪の会場としても使用される。

    商品コード: 2014071000480

  • 2014年09月24日
    全国の主要都市が焦土に 本土大空襲

    東京大空襲で焼け野原となった深川、富岡八幡宮付近を視察する昭和天皇。10日未明、米爆撃機B29約300機による2時間半にわたる焼夷(しょうい)弾の投下で、江東、墨田、台東の下町地区を中心に約27万戸が焼失し、10万人以上が死亡したとされる=1945(昭和20)年3月18日、東京・深川 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第1巻使用画像(P23)

    商品コード: 2014092400357

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2014年09月24日
    全国の主要都市が焦土に 本土大空襲

    大阪の工業地帯を爆撃する米軍の戦略爆撃機B29、写真中央下は大阪城=1945(昭和20)年6月1日、大阪上空、米陸軍航空隊撮影(ACME) 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第1巻使用画像(P23)

    商品コード: 2014092400333

  • 2014年09月24日
    全国の主要都市焦土に 本土大空襲

    空襲を受け、焼け野原になった東京、(1)新大橋、(2)明治座、(3)久松警察署、(4)久松小学校、(5)隅田川=1945(昭和20)年9月、米軍陸軍通信隊撮影 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第1巻使用画像(P22)

    商品コード: 2014092400374

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2014年09月30日
    畑を耕すもんぺ姿の女性 空襲の焦土で畑作り

    太平洋戦争も末期、空襲で焦土と化した東京都内の空き地で畑を耕すもんぺ姿の女性。食糧難は深刻で、主食としての芋や貴重な野菜を自作した。前日未明にはB29米爆撃機による大規模な「東京大空襲」で下町一帯が火の海となり約10万人が死亡した。1945(昭和20)年3月11日、東京 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第1巻使用画像(P62)

    商品コード: 2014093000368

  • 2014年09月30日
    天皇が空襲被災地視察 戦後70年、日本の歩んだ道

    焦土となった東京・深川の富岡八幡宮付近を視察する昭和天皇=1945年3月18日(第1巻)

    商品コード: 2014093000627

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2015年04月30日
    食糧増産に学徒動員 日本橋の焦土に種まき

    1945(昭和20)年5月6日、空襲で焦土と化した東京・日本橋で学生がくわを手に畑作り。植えたのは食糧増産のためのカボチャの種で、イモ類なども多かった。戦争はまだ終わっていない。授業は停止され、戦場への学徒出陣はじめ、軍需生産、食糧増産、防空作業に動員された。後方右は百貨店の高島屋。

    商品コード: 2015043000373

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2015年05月21日
    戦争末期の東京 空襲の焼け跡で食事

    1945(昭和20)年5月27日、空襲で焦土と化した東京の青空の下で座り込んで食事するのは家族だろうか。前年11月からの半年間、米爆撃機B29による東京への空襲は100回以上続き、市街地の半分以上が焼失。下町を襲った3月10日の大空襲はわずか2時間半で32万発の焼夷(しょうい)弾を投下し街を火の海にした。

    商品コード: 2015052100261

  • 2015年07月18日
    体験する来館者 原爆の焦土、立体映像に

    特殊な眼鏡をかけて、焦土となった長崎の街を体験する来館者=4月、長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館

    商品コード: 2015071800016

  • 2015年08月05日
    広島市街を走る被爆電車 きょう広島原爆の日

    70年前に被爆した路面電車の車両が、いまも広島市街を走っている。焦土と化した原爆ドーム(右奥)周辺は、ビルがひしめき木々の茂る街へと変わった。被爆体験の継承を訴えかけるように車輪の音を響かせながら、「被爆電車」は走り続ける=5日午前

    商品コード: 2015080500710

  • 2016年05月27日
    原爆投下後の広島市街 オバマ米大統領が広島訪問

    原爆が投下され、焦土と化した広島市街=1945年8月

    商品コード: 2016052700209

  • 2018年05月12日
    壕舎の外で昼食の用意 焦土に立ち上がる

    壕舎の外でコンロ、鍋釜を据え昼食の支度をする女性。壁には「灰燼の中から銃弾を飛行機を」と書かれた大日本産業報国会の標語が貼られている=1945(昭和20)年4月14日配信、場所は都内と思われるが詳細不明

    商品コード: 2018051200264

  • 2018年08月01日
    玄関前に立つ内田瞳 焦土から出発、思い起こす

    広島市東区・馬木地区の自宅玄関前に立つ内田瞳=5月

    商品コード: 2018080100826

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2018年08月01日
    内田瞳と孫たち 焦土から出発、思い起こす

    内田瞳と孫たち(右端と左端)。7月の豪雨では、積もった泥の片付けに孫たちが友達と駆けつけた=1995年、広島市東区・馬木地区

    商品コード: 2018080100823

  • 2020年06月29日
    作家の那須正幹さん 焦土で産声、空腹の集い場

    「広島お好み焼物語」の著者で児童文学作家の那須正幹さん

    商品コード: 2020062910604

  • 2020年07月06日
    California News - July 6, 2020

    July 6, 2020, Agua Dulce, California, USA: Scorched earth along the Antelope Valley freeway where the Soledad fire has now scorched 1,300 acres Monday, July 6, 2020. The Soledad fire which broke out Sunday afternoon has scorched 1300 acres and is now 30% contained as firefighters and hand crews work through high temperatures to make sure the flames are contained. (Credit Image: © David Crane/Orange County Register via ZUMA Wire)、クレジット:©David Crane/Orange County Register via ZUMA Wire/共同通信イメージズ ※Tabloid Rights Out

    商品コード: 2020070711228

  • 2020年07月31日
    中島正子さんの制服 焦土に残された少女の制服

    中島正子さんが愛用していた学校の制服=広島市の原爆資料館(中島笑子さん寄贈)

    商品コード: 2020073107736

  • 2021年07月09日
    Wildfire Damages In Lytton - British Colombia

    Scorched earth from a wildfire is seen near tents and teepees at a rafting resort campground along the Trans-Canada Highway near Lytton, BC, Canada on Friday, July 9, 2021. Lytton residents and journalists toured the devastated town on Friday, more than one week after residents fled for their lives as a wildfire surged through town, killing two people. The town on the banks of the muddy Fraser River is dramatically altered. Only a handful of structures remain, including the post office and church, and there is a dreadful symmetry to the grey ruins. Photo by Darryl Dyck/CP/ABACAPRESS.COM=2021(令和3)年7月9日、クレジット:Dyck Darryl/CP/ABACA/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021071611614

  • 2021年08月07日
    信任状を提出する大島氏 「戦後」の精神体現

    2004年12月、ニューヨークの国連本部でアナン事務総長(右)に信任状を提出する大島賢三国連大使(共同)

    商品コード: 2021080712219

  • 2021年08月07日
    広島の焼け跡 「戦後」の精神体現

    1945年8月、原爆で破壊された広島(ゲッティ=共同)

    商品コード: 2021080712225

  • 2021年08月07日
    広島市の原爆ドーム 「戦後」の精神体現

    被爆から76年の「原爆の日」を前にした広島市の原爆ドーム=5日

    商品コード: 2021080712230

  • 2021年08月07日
    小澤俊朗氏 安保理改革、未完の課題

    元在ウィーン国際機関政府代表部大使の小澤俊朗氏

    商品コード: 2021080712227

  • 2021年08月07日
    大島賢三氏 「戦後」の精神体現

    大島賢三氏

    商品コード: 2021080712231

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2021年08月10日
    76年の日本の歩み

    戦後76年 日本の歩み

    商品コード: 2021081005705

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    2021年08月10日
    76年の日本の歩み

    戦後76年 日本の歩み

    商品コード: 2021081005711

  • 1