KYODO NEWS IMAGELINK

報道写真の購入なら共同通信イメージズ

  • 辞表
  • 令和
  • フランス
  • エリザベート
  • 女性
  • 昭和
  • 臨時閣議
  • 自民党
  • 中央
  • 小渕内閣

「総辞職」の写真・映像

絞り込み
  • 提供元
  • 日付
  • 種類
  • 向き
  • カテゴリ
並び順
  • 古い順
374
( 1 100 件を表示)
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
374
( 1 100 件を表示)
絞り込み
並び順
  • 古い順
  • 1929年06月29日
    日本電報通信社資料

    田中義一首相の総辞職表明を受け、閣僚、新聞・通信社の自動車で混雑する首相官邸=1929(昭和4)年6月29日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929062900002

  • 1929年06月30日
    日本電報通信社資料

    新党クラブの床次竹次郎氏訪問を終え退出する田中義一首相。首相は内閣総辞職に至る経緯を床次氏に説明した=1929(昭和4)年6月30日、東京・麻布(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929063000002

  • 1931年04月10日
    日本電報通信社資料

    入院中の浜口雄幸首相が内閣総辞職を決意し、対策を協議する政友会幹部会=1931(昭和6)年4月10日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013080900307

  • 1931年04月10日
    日本電報通信社資料

    入院中の浜口雄幸首相が内閣総辞職を決意し、慌ただしい首相官邸前=1931(昭和6)年4月10日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013080900304

  • 1931年04月13日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣総辞職。閣僚の辞表をまとめて参内する宇垣一成陸相=1931(昭和6)年4月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2013081600242

  • 1931年04月13日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣総辞職に伴う後継内閣について、西園寺公望公に御下問を伝えるため静岡県興津へ向かう鈴木貫太郎侍従長。西園寺公は「若槻礼次郎男爵」を奉答した=1931(昭和6)年4月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931041400003

  • 1931年04月14日
    日本電報通信社資料

    総辞職した浜口雄幸内閣の閣僚たち=1931(昭和6)年4月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931041400001

  • 1931年12月11日
    日本電報通信社資料

    閣内不統一で若槻内閣が総辞職を決めたため、大混乱する大阪株式取引所=1931(昭和6)年12月11日、現大阪市北浜(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931121100002

  • 1932年01月09日
    日本電報通信社資料

    内閣総辞職に関する重要閣議に臨む中橋徳五郎内相(右)と荒木貞夫陸相=1932(昭和7)年1月9日、掛け合わせ(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2014051900338

  • 1937年01月21日

    ◎資料28566 寺内陸相が答弁 立憲政友会の浜田国松議員の粛軍演説に対し答弁する寺内寿一陸相。寺内陸相は浜田議員の演説は軍を侮辱するものとしたことから、浜田議員との間で「割腹問答」となり、激怒した陸相は後で広田弘毅首相(後方閣僚席右手前)に解散を迫ったが、首相は応じなかった。結局、内閣不一致として広田内閣は2月2日に総辞職した=1937(昭和12)年1月21日、国会

    商品コード: 2013071800234

  • 1945年10月05日
    東久邇宮内閣総辞職

    辞表提出のため首相官邸に入る東久邇宮=昭和20年10月5日、首相官邸

    商品コード: 2003122000070

  • 1946年04月22日
    幣原内閣総辞職

    幣原内閣総辞職を発表する楢橋書記官長=1946(昭和21)年4月22日

    商品コード: 2003122000135

  • 1946年04月22日
    幣原内閣総辞職

    辞表提出に参内する幣原喜重郎首相=1946(昭和21)年4月22日

    商品コード: 2003122000133

  • 1946年04月22日
    幣原内閣総辞職

    昭和20年10月9日、国内民主化のための総選挙管理内閣として発足した幣原内閣は4月22日総辞職した。写真は記者団と会見する楢橋書記官長=昭和21年4月22日(幣原喜重郎)

    商品コード: 2003122000131

  • 1946年04月22日
    幣原内閣総辞職

    総選挙で日本自由党は第1党となったが、過半数をはるかに下回る140議席にとどまった。このため進歩党を中心とした幣原政権の居座り工作が執ように続けられ、憲政の常道はあやうくゆがめられようとしたが、世論の痛烈な批判でその野望は粉砕された。こうして大勢に抗し難く、幣原内閣は4月22日に総辞職を決定した。写真は記者団と会見する楢橋書記官長=昭和21年4月22日

    商品コード: 2003122000132

  • 1946年05月04日
    鳩山総裁公職追放

    幣原内閣が昭和21年4月22日に総辞職したのを受け、自由党総裁鳩山一郎氏は、大命降下を前に組閣工作を進めていたが、そこへ運命の政界追放令が発せられた。事態は急転、鳩山氏は「悲劇の人」となった。写真は追放令を読む鳩山一郎氏=1946(昭和21)年5月4日

    商品コード: 2003122000144

  • 1947年05月23日
    吉田内閣総辞職

    首相官邸でお別れの記念撮影をする吉田内閣=1947(昭和22)年5月23日、首相官邸

    商品コード: 2003122000426

  • 1948年02月10日
    片山内閣総辞職

    松岡衆議院議長(左)に総辞職のあいさつをする片山首相=1948(昭和23)年2月10日、国会

    商品コード: 2013122600180

  • 1948年02月10日
    片山内閣総辞職

    松平参議院議長(右)に総辞職のあいさつをする片山首相=1948(昭和23)年2月10日、国会

    商品コード: 2013122600181

  • 1948年02月10日
    片山内閣総辞職

    カメラマンに囲まれお別れの記念撮影する片山内閣=1948(昭和23)年2月10日

    商品コード: 2003122000548

  • 1948年02月10日
    片山内閣総辞職

    片山内閣総辞職の経過を発表する西尾官房長官=1948(昭和23)年2月10日

    商品コード: 2003122000549

  • 1948年02月10日
    片山内閣総辞職

    松岡衆議院議長(左)に総辞職のあいさつをする片山首相=1948(昭和23)年2月10日、国会

    商品コード: 2013122600179

  • 1948年02月10日
    片山内閣総辞職

    首相官邸を出る片山哲首相=1948(昭和23)年2月10日

    商品コード: 2003122000550

  • 1948年02月11日
    片山内閣総辞職

    片山内閣総辞職を受けて行われた東京・銀座の街頭録音風景=1948(昭和23)年2月11日

    商品コード: 2013122600182

  • 1948年10月07日
    芦田内閣総辞職

    臨時閣議で総辞職を決め、首相官邸を出る芦田均首相(中央)=1948(昭和23)年10月7日

    商品コード: 2014071400362

  • 1948年10月07日
    芦田内閣総辞職

    総辞職を決める臨時閣議のため首相官邸に入る芦田均首相=1948(昭和23)年10月7日

    商品コード: 2014071400364

  • 1954年12月07日
    吉田内閣総辞職

    吉田内閣総辞職に握手を交わす日本民主党の鳩山一郎総裁(中央右)と重光葵副総裁、鳩山氏の右は松村謙三・政調会長、重光氏の左は三木武吉・総務会長=1954(昭和29)年12月7日

    商品コード: 2013032700281

  • 1954年12月07日
    自由党議員総会

    吉田内閣総辞職を泣いて報告する池田勇人幹事長(左のマイクの後ろの人)=1954(昭和29)年12月7日、院内

    商品コード: 2006022700668

  • 1954年12月07日
    吉田内閣総辞職

    吉田内閣総辞職で記者会見する日本民主党の鳩山一郎総裁(左)と重光葵副総裁=1954(昭和29)年12月7日

    商品コード: 2013032700282

  • 1954年12月08日
    日本民主党首脳会議

    吉田内閣総辞職で首班指名などについて協議する日本民主党首脳会議。(左から)芦田均氏、石橋湛山氏、三木武吉総務会長、鳩山一郎総裁、岸信介幹事長、大麻唯男氏、重光葵副総裁、松村謙三政調会長=1954(昭和29)年12月8日、東京都文京区音羽の鳩山邸

    商品コード: 2013032700283

  • 1954年12月11日
    吉田内閣総辞職(12月7日)鳩山一郎内閣成立(12月10日) 1954年十大ニュース(国内)3

    臨時国会衆院予算委で「総辞職は考えない」と答弁する吉田茂首相=1954(昭和29)年12月2日(1954年10大ニュース)

    商品コード: 2002081300080

  • 1957年12月31日
    石橋首相が病気で退陣

    鳩山内閣の後を受け1956年12月に首相に就任した石橋湛山氏は1957年1月下旬肺炎に罹り2月23日内閣はわずか在任63日で総辞職した。写真は石橋邸サンルームで書籍に目を通す石橋首相=1957(昭和32)年

    商品コード: 2006022400183

  • 本映像はログイン後にご覧いただけます
    02:13.75
    1960年05月27日
    「中日映画社」追い詰められた岸内閣

    自民党が警官を入れて新安保条約を強行成立、抗議のデモ隊は公邸にも殺到。<映像内容>新安保条約強行に社会党議員団が首相公邸に面会要求、椎名官房長官、首相官邸前でのデモ、官房長官との会見を待たされた地方代表が大臣室に殺到、首相公邸前でデモと警官隊の揉み合い、首相官邸から出られず夜になって首相公邸にたどり着く岸首相、あいまいな主流派と退陣求む反主流派に追い詰められる岸首相、浅沼委員長の内閣総辞職・解散要求。※撮影日不明・公開日:1960年(昭和35年)5月27日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

    商品コード: 2017112200769

  • 1965年01月12日
    中医協総会、支払い側委員が総辞職

    中医協(中央社会保険医療協議会)総会で、小山厚生省保険局長(起立左)に支払い側全委員の辞表を提出する天池委員(起立右)。手前中央は磯部会長=1965(昭和40)年1月12日、東京都千代田区の都道府県会館(40年内地155)

    商品コード: 2011041400147

  • 1968年09月05日
    社会党中執委

    定期党大会の段取りと現執行部の総辞職について討議する中執委の(右から)勝間田清一委員長、河野密副委員長、江田三郎副委員長=1968(昭和43)年9月5日、社会党本部

    商品コード: 1968090500002

  • 1974年01月24日
    ベルギー関連

    1974年1月19日、内閣総辞職を決め、記者会見するベルギーのエドモン・ルビュルトン首相=1974年1月24日配信(UPI=共同)

    商品コード: 2014030700275

  • 1974年12月09日
    新首相に三木氏を指名

    徳島から駆けつけた後援会の人たちに手を振りながら私邸を出る三木武夫自民党総裁。田中内閣総辞職を受け、第74臨時国会の衆参両院本会議首班指名選挙で首班指名された後、首相官邸で組閣工作に入りきょう中にも第1次三木内閣を発足させる=1974(昭和49)年12月9日、東京都渋谷区南平台の私邸

    商品コード: 2012062200265

  • 1974年12月09日
    新首相に三木氏を指名

    徳島から駆けつけた大勢の後援会の人たちに見送られ、手を振りながら私邸を出る三木武夫自民党総裁。田中内閣総辞職を受け、第74臨時国会の衆参両院本会議首班指名選挙で首班指名された後、首相官邸で組閣工作に入りきょう中にも第1次三木内閣を発足させる=1974(昭和49)年12月9日、東京都渋谷区南平台の私邸

    商品コード: 2012062200266

  • 1974年12月09日
    三木新内閣がスタート

    天皇陛下の前で田中角栄前首相から親任状を受ける三木武夫新首相。第74臨時国会の衆参両院本会議首班指名選挙で首班に指名され、田中内閣総辞職を受けて首相官邸で組閣工作に入り、きょう中に第1次三木内閣を発足させる。「クリーン」を売り物に前内閣の不評一掃をねらっている=1974(昭和49)年12月9日、宮殿・松の間

    商品コード: 2012062200269

  • 1974年12月09日
    新首相に三木氏を指名

    “心境はきょうの空のように雲一つない”と空を見上げる三木武夫自民党総裁。田中内閣総辞職を受け、第74臨時国会の衆参両院本会議首班指名選挙で首班指名された後、首相官邸で組閣工作に入り、きょう中にも第1次三木内閣を発足させる=1974(昭和49)年12月9日午前9時40分、東京都渋谷区南平台の私邸

    商品コード: 2012062200263

  • 1974年12月09日
    新首相に三木氏を指名

    第74臨時国会の衆院本会議で首班に指名され、同僚議員の祝福の拍手に、議席で立ってあいさつする三木武夫新首相。田中内閣総辞職を受け、首相官邸で組閣工作に入りきょう中にも第1次三木内閣を発足させる。「クリーン」を売り物に田中前内閣の不評一掃をねらっている=1974(昭和49)年12月9日、国会

    商品コード: 2012062200267

  • 1978年12月06日
    官邸を去る福田首相

    職員に贈られた花束をかかげて官邸を出る福田赳夫首相。左は安倍晋太郎官房長官。ほぼ2年にわたった「福田政権」は6日午前の臨時閣議で総辞職し、「大平政権」にバトンタッチした=1978(昭和53)年12月6日、首相官邸

    商品コード: 2015091700345

  • 1986年07月22日
    竹下蔵相と安倍外相 第2次中曽根改造内閣総辞職

    次期内閣の中核、竹下登蔵相(左)と安倍晋太郎外相=1986(昭和61)年7月22日、首相官邸(中曽根康弘)

    商品コード: 1986072200061

  • 1986年07月22日
    竹下蔵相と渡辺通産相 第2次中曽根改造内閣総辞職

    幹事長に就任する竹下登蔵相(左)と言葉を交わす渡辺美智雄通産相=1986(昭和61)年7月22日、首相官邸(中曽根康弘)

    商品コード: 1986072200060

  • 1986年07月22日
    臨時閣議に臨む各閣僚たち 第2次中曽根改造内閣総辞職

    総辞職を決める臨時閣議に臨む各閣僚たち=1986(昭和61)年7月22日、首相官邸(中曽根康弘)

    商品コード: 1986072200059

  • 1986年07月22日
    臨時閣議 第2次中曽根改造内閣総辞職

    第2次中曽根改造内閣の総辞職を決めた臨時閣議=1986(昭和61)年7月22日、首相官邸(中曽根康弘)

    商品コード: 1986072200058

  • 1986年07月28日
    全国都道府県代表者会議 石橋執行部総辞職

    社会党全国都道府県代表者会議で辞意表明する石橋政嗣委員長=1986(昭和61)年7月28日、東京・永田町の社会党本部

    商品コード: 1986072800009

  • 1986年07月28日
    辞意表明する石橋委員長 石橋執行部総辞職

    社会党全国都道府県代表者会議で辞意表明する石橋政嗣委員長=1986(昭和61)年7月28日、東京・永田町の社会党本部

    商品コード: 1986072800010

  • 本画像はログイン後にご覧いただけます
    1986年10月10日
    国労臨時大会終る

    「協調路線」を否決されて総辞職。記者会見する山崎前委員長(右端)=1986(昭和61)年10月10日、静岡県修善寺町の修善寺町総合会館(山崎俊一、臨時大会)

    商品コード: 2006063000227

  • 1986年10月10日
    国労臨時大会閉幕

    国労臨時大会で提出した緊急対処方針を否決され、山崎俊一委員長(右)らが総辞職。六本木敏氏(左)が新委員長に選出された=1986(昭和61)年10月10日、静岡県修善寺町総合会館

    商品コード: 2022011707665

  • 1986年10月10日
    国労臨時全国大会閉幕

    国労臨時全国大会で提出した緊急対処方針を否決され、山崎俊一委員長(右)らが総辞職。新委員長に選出され、記者会見する六本木敏氏=1986(昭和61)年10月10日、静岡県修善寺町総合会館

    商品コード: 2022011707671

  • 1986年10月10日
    国労臨時全国大会閉幕

    国労臨時全国大会で提出した緊急対処方針を否決されて総辞職し、記者会見に臨む山崎俊一前委員長=1986(昭和61)年10月10日、静岡県修善寺町総合会館

    商品コード: 2022011707678

  • 1986年10月10日
    国労臨時大会

    国労臨時全国大会で提出した緊急対処方針を否決され、山崎俊一委員長(右)ら執行部が総辞職。新委員長に選出され、あいさつする六本木敏氏=1986(昭和61)年10月10日、静岡県修善寺町総合会館

    商品コード: 2022011707734

  • 1986年10月10日
    国労臨時全国大会

    国労臨時大会で提出した緊急対処方針を否決され、山崎俊一委員長(右)ら執行部が総辞職。新委員長に選出され、あいさつする六本木敏氏=1986(昭和61)年10月10日、静岡県修善寺町総合会館

    商品コード: 2022011707735

  • 1986年10月10日
    国労臨時大会

    国労臨時全国大会で提出した緊急対処方針を否決され、山崎俊一委員長(右)ら執行部が総辞職。六本木敏新委員長の音頭で力強くシュプレヒコールする反主流派の代議員=1986(昭和61)年10月10日午後7時38分、静岡県修善寺町総合会館

    商品コード: 2022011707752

  • 1987年11月06日
    最後の閣議 中曽根内閣の幕閉じる

    中曽根内閣の総辞職を取りまとめ席を立つ中曽根首相(右端)、左へ倉成外相、後藤田官房長官=首相官邸(中曽根康弘)

    商品コード: 2004030900087

  • 1989年03月23日
    公明党の矢野絢也委員長 矢野氏、内閣総辞職を迫る

    日本記者クラブで講演する公明党の矢野絢也委員長=1989(平成元)年3月23日、東京・内幸町の日本プレスセンター

    商品コード: 2019111401350

  • 1989年04月19日
    土井委員長、野党結集訴え 解散・総選挙は天の声

    社会党の呼び掛けで開かれた「竹下内閣総辞職と解散・総選挙を求める4・19国民集会」。左から社会党の土井たか子委員長、総評の黒川武議長、社民連の田英夫氏、江田五月代表=1989(平成元)年4月19日夜、東京・日比谷公園野外音楽堂

    商品コード: 2019102100381

  • 1989年04月25日
    閣僚懇談会に臨む竹下首相 竹下首相、退陣を表明

    全員閣僚懇談会に臨む竹下登首相。懇談会ではリクルート事件など政局混乱の責任をとって内閣総辞職する意向を正式に閣僚に伝えた=1989(平成元)年4月25日午前9時42分、国会

    商品コード: 2018051600290

  • 1989年04月25日
    自民党4役会議 竹下首相、退陣を表明

    自民党4役会議に臨む竹下登首相(中央)。竹下首相はこの会議で、リクルート事件などの責任を取り内閣総辞職する意向を正式に伝えた。左は渡辺美智雄政調会長、右は伊東正義総務会長=1989(平成元)年4月25日午前9時16分、国会

    商品コード: 2018051600294

  • 1989年06月02日
    臨時閣議に臨む竹下首相 竹下内閣が総辞職

    総辞職を決める臨時閣議に臨む竹下登首相(右)。左端は新総裁に選ばれた宇野宗佑外相==1989(平成元)年6月2日午後0時41分、首相官邸

    商品コード: 2018052200186

  • 1989年06月02日
    車を待つ竹下内閣の閣僚 竹下内閣が総辞職

    内閣総辞職をし、首相官邸玄関で握手などをしながら車を待つ竹下内閣の閣僚=1989(平成元)年6月2日午後0時50分ごろ

    商品コード: 2019120300422

  • 1989年08月09日
    9日海部新首相指名

    内閣総辞職を決めた臨時閣議。中央は宇野宗佑首相=1989(平成元)年8月9日、首相官邸

    商品コード: 2020042305681

  • 1991年06月04日
    韓国関連

    鄭元植内閣の総辞職を求めて、韓国政府庁舎前で座り込みをする学生デモ隊=1991年6月4日(ロイター)

    商品コード: 2016040700263

  • 1991年11月05日
    お別れ閣議に臨む海部首相 海部内閣が総辞職

    お別れ閣議に臨む海部俊樹首相と中山太郎外相(右)。左は山東昭子科技庁長官=1991(平成3)年11月5日午前9時、首相官邸

    商品コード: 2018112804172

  • 1992年10月21日
    竹下派事務所に入ろうとする男性 深まるばかりの派内亀裂

    「内閣は総辞職せよ」などと書かれたゼッケンを着け、竹下派事務所に入ろうとする男性=1992(平成4)年10月21日午後、東京・平河町

    商品コード: 2019052001742

  • 1993年06月17日
    衆院解散か総辞職迫られた宮沢首相 議長国の指導力低下も

    東京サミットを前に、衆院解散か内閣総辞職を迫られた宮沢喜一首相=1993(平成5)年6月17日午後、首相官邸

    商品コード: 2019061901256

  • 1993年08月05日
    臨時閣議に臨む河野官房長官 宮沢内閣が総辞職

    臨時閣議に臨む河野洋平官房長官=1993(平成5)年8月5日午前9時すぎ、首相官邸

    商品コード: 2019082300342

  • 1993年08月05日
    総辞職した宮沢内閣 宮沢内閣が総辞職

    臨時閣議で総辞職した宮沢内閣。中央は宮沢喜一首相、右端は河野洋平官房長官=1993(平成5)年8月5日午前、首相官邸

    商品コード: 2019082300343

  • 1994年01月04日
    細川首相、伊勢神宮参拝 解散、内閣総辞職考えず

    伊勢神宮内宮の参拝を終え、正殿を出る細川首相(左から2人目)。左端は佳代子夫人=4日午後0時44分、三重県伊勢市

    商品コード: 1994010400026

  • 1994年01月04日
    細川首相、伊勢で会見 解散、内閣総辞職考えず

    記者会見で「解散とか内閣総辞職などは全く考えていない」と語る細川首相=4日午後1時45分、三重県、伊勢神宮司庁

    商品コード: 1994010400030

  • 1994年01月27日
    法案通らなければ総辞職も

    田辺誠・元社会党委員長

    商品コード: 1994012700057

  • 1994年04月13日
    内閣総辞職求め5千人集会

    ウランバートルの政府庁舎前で13日、ハンストに入ったモンゴル民主同盟のメンバー(共同)

    商品コード: 1994041300072

  • 1994年05月21日
    社会党の久保書記長 予算成立後の総辞職要求

    社会党の久保書記長(人物63610)

    商品コード: 1994052100073

  • 1994年05月22日
    会見する村山委員長 予算成立後の総辞職を

    福島市内で記者会見する社会党の村山委員長=福島市・杉妻会

    商品コード: 1994052200011

  • 1994年06月23日
    多数派工作も本格化 総辞職と不信任絡み決戦へ

    創価学会と公明党に反発する言論人らが設立した「四月会」の総会に出席しを寄せて話し込む河野自民党総裁(左)と村山社会党委員長=23日午後、都内のホテル

    商品コード: 1994062300085

  • 1994年06月23日
    総辞職要求に不信任交錯 票読みに自信なく揺れる

    羽田首相(中央)とのトップ会談に臨む村山社会党委員長(右)。左は久保書記長=23日午後8時57分、首相官邸

    商品コード: 1994062300112

  • 1994年06月23日
    総辞職の用意を表明 羽田首相が記者会見

    記者会見で総辞職の用意があると表明した羽田首相=23日午後、首相官邸

    商品コード: 1994062300063

  • 1994年06月24日
    久保書記長 社党、決断迫り最終通告

    連立与党との政権協議で総辞職を主張する久保社会党書記長=24日午後4時、国会

    商品コード: 1994062400093

  • 1994年06月25日
    小沢新生党代表幹事 内閣不信任案可決の情勢

    自主的総辞職か解散かの対応を羽田首相らと協議し、首相官邸を出る小沢新生党代表幹事=25日午前3時37分

    商品コード: 1994062500008

  • 1994年06月25日
    自民党の河野総裁 首相、内閣総辞職を表明

    羽田内閣総辞職表明後、開かれた自民党の緊急役員会。右端は河野総裁=25日午前11時46分、国会

    商品コード: 1994062500039

  • 1994年06月25日
    「解散してみたかった」 美学と未練に揺れた決断

    総辞職か解散か、最後の方針確認のため政府与党首脳会議に臨む羽田首相(右)と小沢新生党代表幹事(左)=25日午前9時50分、首相官邸

    商品コード: 1994062500086

  • 1994年06月25日
    村山社党委員長 首相、内閣総辞職を表明

    羽田内閣総辞職の意向を受け、社会党代議士会に臨む村山委員長と久保書記長(左端)=25日午前11時5分、国会(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500038

  • 1994年06月25日
    会見に臨む羽田首相 曲折たどった捨て身作戦

    内閣総辞職表明の緊急記者会見に臨む羽田首相=25日午前11時20分、首相官邸

    商品コード: 1994062500087

  • 1994年06月25日
    閣議に臨む笑顔の羽田氏 首相、内閣総辞職を表明

    内閣総辞職を表明し、辞表とりまとめの臨時閣議に臨む笑顔の羽田首相(中央)と閣僚ら=25日午前11時41分、首相官邸(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500035

  • 1994年06月25日
    羽田首相と熊谷官房長官 首相、内閣総辞職を表明

    内閣総辞職表明の緊急記者会見に臨む羽田首相。右は熊谷官房長官=25日午前11時20分、首相官邸(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500031

  • 1994年06月25日
    社会党の村山委員長 羽田内閣が総辞職

    記者会見で今後の対応について述べる村山委員長=25日午後、国会

    商品コード: 1994062500081

  • 1994年06月25日
    新生党の小沢代表幹事 連立与党代表者会議

    羽田内閣総辞職後に初めて開かれる連立与党代表者会議に向かう新生党の小沢代表幹事(中央)=25日午後3時59分、国会

    商品コード: 1994062500064

  • 1994年06月25日
    政局対応を協議 連立与党代表者会議

    内閣総辞職後の政局対応を協議する連立与党代表者会議=25日午後4時3分、国会(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500082

  • 1994年06月25日
    辞表提出後の鳩山氏 首相、内閣総辞職

    臨時閣議で辞表を提出後、記者団に囲まれ首相官邸を出る鳩山労相=25日午後0時10分(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500040

  • 1994年06月25日
    首相と官房長官 首相、内閣総辞職を表明

    緊急記者会見で内閣総辞職を表明する羽田首相と熊谷内閣官房長官(右)=25日午前11時23分、首相官邸(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500033

  • 1994年06月25日
    会見する羽田首相 首相、内閣総辞職を表明

    緊急記者会見で内閣総辞職を表明する羽田首相=25日午前11時22分、首相官邸(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500029

  • 1994年06月25日
    辞職表明会見の羽田首相 羽田内閣が総辞職

    緊急記者会見で内閣総辞職を表明する羽田首相=25日午前、首相官邸

    商品コード: 1994062500055

  • 1994年06月25日
    会見終えた羽田首相

    内閣総辞職表明の記者会見を終え、にこやかな表情で会見室を出る羽田首相=25日午前、首相官邸(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500091

  • 1994年06月25日
    河野総裁、橋本政調会長 自民党役員会

    内閣総辞職を受け、自民党の役員会で橋本政調会長(左)と話す河野総裁=25日午後、国会(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500067

  • 1994年06月25日
    自民党の河野総裁8 羽田内閣が総辞職

    自民党役員会を終え、代議士会に向かう河野総裁=25日午後、国会

    商品コード: 1994062500056

  • 1994年06月25日
    官邸を出る小沢氏 首相、内閣総辞職を表明

    与党代表者会議を終え、首相官邸を出る小沢新生党代表幹事=25日午前10時57分(羽田内閣総辞職)

    商品コード: 1994062500030

  • 1994年06月25日
    社会党代議士会 首相、内閣総辞職を表明

    社会党代議士会で羽田内閣総辞職の意向を受けて今後の対応について述べる久保書記長(右から3人目)、右端は村山委員長=25日午前11時10分、国会

    商品コード: 1994062500028

  • 1994年06月25日
    会見する羽田首相 首相、内閣総辞職を表明

    緊急記者会見で内閣総辞職を表明する羽田首相=1994(平成6)年6月25日午前11時22分、首相官邸

    商品コード: 2015082600389

  • 02:57.67
    1994年08月01日
    「中日映画社」村山内閣誕生 -自社連立-

    羽田内閣が総辞職し、今期末の衆参両院本会議で首相指名選挙が行われた。<映像内容> 羽田内閣の総辞職の後誕生した村山内閣、撮影日不明・公開日:1994(平成6)年8月1日、クレジット:中日映画社/共同通信イメージズ ※高ビットレート素材あり、要問い合わせ※テレビ番組利用の場合は、別途お問合わせ下さい。

    商品コード: 2019010818714

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4