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「臼井秀三郎」の写真・映像

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    刺青姿の男性

    臼井秀三郎アルバムの中の刺青男性。刺青は肌の原絵をなぞったようにも思われるが、手に持つ衣服にも同じような絵柄があるので、肌の絵柄が原図と同じか不明である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐41‐0]

    商品コード: 2017081401055

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    僧侶

    臼井秀三郎アルバムの中の一枚。キャプションには英語の鉛筆書きで「日本の僧侶」と題されている。頭は坊主で袈裟を着け白足袋、手には払子を持っている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐22‐0]

    商品コード: 2017081401086

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    大阪鎮台(第四師団)

    大阪鎮台(第四師団)=撮影年月日不明、大阪、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐24‐0]

    商品コード: 2017081401071

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    富士吉田からの富士山

    富士吉田からの富士山=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐44‐0]

    商品コード: 2017081401103

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    東海道の茶屋と人力車

    東海道の茶屋と人力車=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐34‐0]

    商品コード: 2017081401098

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    塔ノ峰

    塔ノ峰=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐7‐0]

    商品コード: 2017082301033

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    日本橋 駿河町為換バンク三井組

    日本橋、駿河町為換バンク三井組=明治初期、東京、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。★特別価格対象商品★

    商品コード: 2019010401932

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    東京 新富座

    東京、新富座=明治中期、東京、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。★特別価格対象商品★

    商品コード: 2018122023218

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    稲刈り

    稲刈り=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐16‐0]

    商品コード: 2017081401066

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    田植え

    田植え=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐29‐0]

    商品コード: 2017081401072

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    塔ノ峰阿弥陀寺

    塔ノ峰阿弥陀寺=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐17‐0]

    商品コード: 2017082301055

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    身延の宿場

    身延の宿場=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐9‐0]

    商品コード: 2017082301028

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    塔ノ峰阿弥陀寺宝塔

    塔ノ峰阿弥陀寺宝塔=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐18‐0]

    商品コード: 2017082300997

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    芦ノ湯温泉の松坂屋

    芦ノ湯温泉の松坂屋=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐39‐0]

    商品コード: 2017081401082

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    椅子に座る女性の肖像

    椅子に座る女性の肖像=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐36‐0]

    商品コード: 2017081401100

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    庭園と芸奴

    庭園と芸奴=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐8‐0]

    商品コード: 2017081401015

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    上野公園

    キーワード:東京、上野公園、人力車が連なる、車夫、仕事=明治初期、撮影者:臼井秀三郎、東京、クレジット:イマジンネット画廊所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。

    商品コード: 2017111300729

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    方広寺大鐘

    石柱敷の上に置かれた方広寺大鐘を東から西に望む。大鐘のは周囲には木製の柵がめぐらされ、その前に2人の男性が立つ。背後には西山連峰が霞んで見える。大鐘は豊臣秀頼が方広寺再建に際して慶長19年(1614)の大仏開眼供養の時に造られたもので、高さ4.5m、口径2.8m、厚さ28cm、重量約8.3tと言われている。1882年7月以前に横浜の写真師臼井秀三郎が撮影。=撮影年月日不明、京都、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐19‐0]

    商品コード: 2017081401076

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    鎌倉の大仏

    大仏殿再建を計画していた明治10年代の写真だろう。目録番号2748や3132とほぼ同じ頃のものと思えるが、像の右には掲示板はない。また、像左下には仮設の小屋が建つが、その内部は空である。臼井秀三郎(生没年未詳・明治期横浜の写真家)の撮影か。信仰の対象であり、現在お像に上がることは禁じられている。=撮影年月日不明、鎌倉、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐6‐0]

    商品コード: 2017082800563

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    上野の大仏

    上野忍ヶ丘の大仏山に鎮座する大仏様。殿舎(覆屋)が無いので、明治6年(1873)以降。臼井秀三郎の撮影なので明治15年(1882)前後の撮影と想像できる。大仏山手前の小径を左に辿れば、京橋采女町の築地精養軒の支店として明治6年(1873)4月に開店した上野精養軒がある。小径の左側に「精養軒支店」と書かれた案内看板が立つ。手前の道は黒門通り。右は東照宮の森である。=撮影年月日不明、東京、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐47‐0]

    商品コード: 2017081401058

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    横浜写真館の商標

    横浜写真社は下岡蓮杖の弟子、臼井秀三郎がウェルシュ(David Welsh)と組んで、明治17年(1884)、居留地16番に設立した会社。臼井が写真製作、ウェルシュが販売に当たったようである。下中央の船の帆には美術商ディーキン・ブラザースの名が記されている。両者は同じ敷地内に隣接していた。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐1‐0]

    商品コード: 2017082300993

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    富士吉田からの富士山

    富士吉田からの富士山=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐11‐0]

    商品コード: 2017082300998

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    四天王寺金堂

    四天王寺伽藍の中心をなす金堂全景。=撮影年月日不明、大阪、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐15‐0]

    商品コード: 2017081401068

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    三味線を持つ母と娘

    撥を片手に三味線を立てて佇む母。両手を袖の中に入れて、正座している娘。茣蓙の上に開いた教本、タバコ盆、後ろの壁に掲げてある掛け軸、不自然な演出写真である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐26‐0]

    商品コード: 2017081401070

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    芝増上寺有章院霊廟勅額門

    御霊殿の外、北東側から写したものである。有章院霊廟勅額門は、柱に龍の彫刻が施され、その豪華さから撮影の対象とされることが多く、残された写真も多い。この写真では閉ざされた門前に僧侶を配し、厳粛な雰囲気を演出している。=撮影年月日不明、東京、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐35‐0]

    商品コード: 2017081401105

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    下駄職人

    町中を廻りながら下駄の修理、高下駄の歯替え、鼻緒替えなどをする職人。鉈、鉋、鑿などの道具類と道具箱、それらを背負っていく天秤棒などがある。職人の髪は捌き髪、半纏に脚絆に草履履き。スタジオでの撮影。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐38‐0]

    商品コード: 2017081401079

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    髷結い

    男の額髪を中央にかけて半月形に剃り落とす月代(さかやき)は、江戸時代には庶民の間にも行われ、成人のしるしとなった。男達は、髪結床で鬢、月代を剃り、髷を結ってもらった。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐48‐0]

    商品コード: 2017081401536

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    出番を待つ女性たち

    髪は幕末から明治にかけて流行した天神髷(てんじんまげ)といわれる、きわめて庶民的な結い方をしており、服装などから初めて仕事にでるための行儀見習の様子であろう。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐9‐0]

    商品コード: 2017081401048

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    剣道

    剣道は日本の武道の1つ。防具を装着し、手にした竹刀で、決められた相手の部位を打ったり突いたりして勝敗を争う競技である。顔につけるのが面、手には籠手、胴には胴、垂れをつけている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐45‐0]

    商品コード: 2017081401091

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    食事の支度をする女性たち

    左の女性は鍋をかけた七輪を団扇で扇いでいる。右の女性は右膝を立て擂粉木を持ち擂鉢の中のものを擂り潰している。まな板の側には鍋があり切りかけた大根が見られる。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐46‐0]

    商品コード: 2017081401088

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    踊る女性たち

    踊子・囃し方の全てが手拭いを身につけ、踊り手は派手な襷(たすき)もかけ、右手の女性は背に団扇(うちわ)を挿している。祭り囃子の賑やかな踊り風景である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐18‐0]

    商品コード: 2017081401073

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    妙義山の岩山

    妙義山は上毛三山のひとつに数えられる名山である。奇怪な形の岩山で名高く国指定名勝である。写真は平野部からの眺望の中心部、天狗岩、相馬岳、バラ尾根を写したもので今とほとんど変わらない景観である。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐14‐0]

    商品コード: 2017082301034

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    妙義山

    表題は妙義山上州とあるが、妙義山は特徴的な岩山でありその姿が写真内には見いだせない。あるいは妙義山から眺望した遠景かもしれない。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐35‐0]

    商品コード: 2017082400148

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    中禅寺湖

    湖畔の東方向のある大尻川(おおじりがわ)側から二荒山神社周辺を眺める。延暦3年(784)に勝道上人によって二荒権現をまつる社殿が建立された。湖畔には鳥居を囲んで左右に行者小屋が並んでいる。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐23‐0]

    商品コード: 2017082400248

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    踊る女性たち

    歌舞伎「鏡山草履打」の場面を舞踊化している。草履を片手に立っているのは局岩藤であり、左手は中老尾の上、右手は岩藤の腰元である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐5‐0]

    商品コード: 2017081401097

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    髪結い

    女髪結い師に髪を結ってもらっている女性である。江戸後期に女性の髪を専門に結う女髪結い師が登場した。当時は、髷(まげ)の結い方(髪型)がかなり複雑になったため専門の職人が活躍するようになった。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐21‐0]

    商品コード: 2017081401056

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    公家姿の役者たち

    折(侍)烏帽子に直垂(ひたたれ)姿。左手に中啓をもった元服親の前での元服の場面であろう。男子は元服すると一人前として遇された。古写真は物語性があり、語りかけてくる。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐31‐0]

    商品コード: 2017081401080

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    洗い張りをする女性たち

    女たちは、汚れた家族の着物を解いて、たらいで手洗いし、布地を板に張る板張りをしている。(これを洗い張りという。)乾いたら仕立て直して着る。この時代は、着物だけでなく、寝具もこの方法で行っていた。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐25‐0]

    商品コード: 2017081401102

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    中禅寺湖

    中禅寺湖の南東側から北西方角の菖蒲ガ浜を眺めたもの。遠方の山々は金精山(こんせいざん)や温泉ガ岳、前白根山である。山の麓に戦場ガ原や小田代ガ原(おだしろがはら)、湯元温泉がある。金精峠を越えると、山々の向こう側は群馬県である。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐7‐0]

    商品コード: 2017081401063

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    篭売り

    脚絆黒足袋足半に、襟の着いた着物の裾を絡げた竹篭売りの行商人。台付の用具を天秤棒で担ぐスタイル。メホゲ(篩)・笊・饂飩打ち上げ篭・曲げ物の篩や箒・小箒など。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐13‐0]

    商品コード: 2017081401067

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    伊勢神宮境内

    伊勢神宮は、一般に内宮と外宮と呼ばれている皇大神宮と豊受大神宮とを中心に構成されている。写真は天照大神を祭る内宮の境内で、参拝した帰路に第二鳥居を眺めた図。右の建物は神楽殿で、木立の間に御酒殿の屋根が見えている。=撮影年月日不明、三重、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐22‐0]

    商品コード: 2017082400251

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    手をつなぐ女性たち

    英文タイトルに「富裕階級の若い女性」とある。丸帯が目立ち、綿入りの裾が優雅さを醸し出している。花柳界の女性。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐17‐0]

    商品コード: 2017081401062

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    脱穀風景

    筵を敷いた上に穀物を広げて4人の男女が2人ずつ交替でドンヂという叩き棒により穀物の殻を叩いて脱穀している。右手には、土摺臼が置かれ、脱穀したものを脱皮をする。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐33‐0]

    商品コード: 2017081401078

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    旅装束の娘たち

    草鞋に脚絆、振り分け荷物の旅すがたは江戸期の様子だが、若い女性2人だけの旅は考え難い。旅団の中の2人という設定か。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐23‐0]

    商品コード: 2017081401087

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    妙義山の奇岩

    妙義山は上毛三山のひとつに数えられる名山である。奇怪な形の岩山で名高く国指定名勝である。写真は第一石門と呼ばれる奇岩で現在は道路からも眺められる。なお石門は第四石門まである。=撮影年月日不明、群馬、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐36‐0]

    商品コード: 2017082400264

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    食事する女性

    右側のお手伝いさんと思われる前掛けをした女性が給仕盆を差出しお代わりを促している。膳の側には箸箱が置かれ、左の女性の側には鉄びんがのった火鉢があり急須と湯呑が見られる。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐1‐0]

    商品コード: 2017081401081

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    三味線を持つ女性

    英語で "ミュージシャン "と説明されてある。草花が描かれた衝立の前に三味線と共に立つ歌い手である。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐37‐0]

    商品コード: 2017081401104

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    花魁たちと駕籠

    花魁が従者を供にし正装して往来することを花魁道中という。新造、禿、遣手の他、夜具や三味線,太鼓を持つ男もついた=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐11‐0]

    商品コード: 2017081401050

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    箱火鉢と娘

    箱火鉢の前で若い女性が座っている。右手に火箸を持っている。火鉢には鉄瓶と呼ばれる鉄のやかんが置かれている。手前に見えるのは煙草盆であろうか。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐6‐0]

    商品コード: 2017081401065

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    傘をさす女性たち

    左の女性は、大きな番傘をさしている。着物の襟に黒繻子(くろじゅす)をかけた長着を着ている。右の子供は、羽織に前掛け姿で、左手に小さな番傘を持ち、右手に花かんざしを持っている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐42‐0]

    商品コード: 2017081401092

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    甲冑を着けた武士

    胴丸は鎌倉中期以降の武将の着用したものである。兜・大袖・直垂・貫沓(つらぬき)などを着用した姿は堂々としている。明治太平の世、甲冑・太刀は床上の飾りと化した。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐28‐0]

    商品コード: 2017081401095

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    鳥追女たち

    「日本の歌手」とあるが門付芸の鳥追女の演出。もともと予祝儀礼であった鳥追いが都市において儀礼化し、門付芸となり、編笠姿の三味線弾の女性は鳥追女と呼ばれた。祝言を述べて銭をもらい歩いていた。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐14‐0]

    商品コード: 2017081401099

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    子供を背負う女性

    背中に子供を背負っている女性は、江戸時代から市民の防寒衣であり、男女の平服であった半天(はんてん)を着ている。また、着物の汚れを防ぐための前垂れ(まえだれ)をしている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐49‐0]

    商品コード: 2017081401548

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    手をつなぐ母と娘

    英文タイトルに「下層階級の母娘」とある。母親の帯は残り布をよせあつめたもののようにも見える。写真館での撮影。子供の背後に体を支える支持台の脚が見える。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐32‐0]

    商品コード: 2017081401101

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    呉服屋

    右手奥の帳場格子の中の男は帳簿付けをしているらしい。その前には、算盤、物差し、生地見本らしきものを手にした男たちが並ぶ。店らしさが感じられないのは、相手方に見本を持参して注文を取る商いのためだろうか。右には商品の入った大きな包みも見られる。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐27‐0]

    商品コード: 2017081401089

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    日光街道今市

    日光街道の今市とあるが、いわゆる杉並木街道の風景ではない。画面の中央を横切るように杉木立が見える。しかし、それが杉並木街道なのかは判断できない。既に刈り入れの済んだ田畑。その脇を流れる農業用水。農家の庭の落葉樹。静かな農村風景である。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐4‐0]

    商品コード: 2017081401085

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    身延山久遠寺本堂

    山梨県南巨摩郡身延町に所在する日蓮宗総本山身延山久遠寺の祖師堂棲神閣である。棲神閣は日蓮上人尊像を奉安する建物であるが、江戸期の建物は明治8年(1875)に焼失しており、写真に写るのは明治14年(1881)に移築再建されたものである。建物周囲の状況から再建まもない頃の撮影であろう。=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐33‐0]

    商品コード: 2017082400212

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    箱根神社参道の鳥居

    旧街道の権現坂から下って、箱根神社への参詣道のの入り口に立つ屏風鳥居である。明治初期には、鳥居の右側に小屋(甘酒小屋?)があったが、この写真には見られず、代わりに、左手に筵を掛けただけの仮小屋がある。このアングルの写真は多いが、少しずつ変化があるのが興味深い。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐20‐0]

    商品コード: 2017082400233

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    塔ノ沢温泉

    駕籠が渡っている土橋は玉の緒橋で、早川の上に架かり、現在は国道一号線が通る。人力車も見え、湯本・塔ノ沢間が車道となった明治14年(1881)以降の撮影と思われる。車道の左手は元湯(現環翠楼)、右手は一ノ湯(現一の湯)、中央奥に見えるのは田村(現存せず)で、この辺りが塔ノ沢の中心であった。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐5‐0]

    商品コード: 2017082301065

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    底倉温泉

    萬年橋を渡り、蛇骨川の対岸から見た底倉温泉の様子。家並みの左側に突き出た三角形の屋根は地蔵堂。その下の茅葺きが萬屋、その手前が梅屋、画面右側の二階建ての二棟が蔦屋、右端に一部見えるのが仙石屋。湯宿は茅葺きで明治14年(1881)の大火以前の撮影と分る。左手の山は明星ヶ岳。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐16‐0]

    商品コード: 2017082300992

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    身延山参道の石段

    山梨県南巨摩郡身延町に所在する日蓮宗総本山身延山久遠寺の三門(三解脱門)を抜けて祖師堂棲神閣へ一直線に向かう287段の階段である「菩提梯」とその両側の杉並木を写した写真である。明治8年(1875)の境内火災の影響か菩提梯右側の山腹は樹木がない様子であることがわかる。=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐34‐0]

    商品コード: 2017082400172

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    日光東照宮唐銅鳥居付近

    画面左端は三代将軍家光の建てた唐銅鳥居。唐銅鳥居の右上に鼓楼。その右下が釣灯籠。画面中央に日光東照宮で最も有名な建物である陽明門。その奥に日光東照宮の本社がある。陽明門の右に鼓楼と対をなす鐘楼が見える。右端に上神庫(かみじんこ)の一部が写っている。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐12‐0]

    商品コード: 2017082301042

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    鎌倉の大仏

    画面には「西一九 112」の印字がある。台座の前面には銅造蓮弁(れんべん)は置かれていない。像左横の建物は目録番号3997と同じだろう。像前方2基の銅造灯籠(とうろう)の笠に渦巻き状の張り出しがあるなど明治初期の撮影と思えるが、3997とは短い時間差が感じられる。=撮影年月日不明、鎌倉、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐10‐0]

    商品コード: 2017081501768

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    大谷川の神橋

    大谷川(だいやがわ)に架かる神橋は日光山内の入口にある。日光を開山した勝道上人が、この場所で深沙大王の放った大蛇の橋を渡った故事にちなみ蛇橋(じゃばし)とも呼ばれる。写真の神橋は明治35(1902)年に日光地方を襲った大水害で流失した。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐2‐0]

    商品コード: 2017082301015

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    鈴木ホテル

    画面中央の白い建物群が鈴木ホテル。鈴木ホテルは明治4(1871)年に鈴木喜惣次が神橋近くの鉢石町に開業した旅館。外国人に対する日本の内地旅行が解禁されると、日光での外国人向けホテルの先駆者となったが、明治20年代に廃業した。画面の奥に大谷川が見える。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐32‐0]

    商品コード: 2017082400204

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    日光山輪王寺逍遥園

    戊辰戦争後の混乱のなか、明治4(1871)年に焼失した満願寺本坊南側の逍遙園。この庭園は、近江八景にならって造られた江戸時代を代表する池泉回遊式の庭園で現存している。ちなみに、写真右手の建物は焼失した満願寺の本坊の址に建てられた紫雲閣である。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐24‐0]

    商品コード: 2017082400252

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    王子の茶屋

    扇屋の内外に仲居さんや賄さんなどが出て撮影に協力をしている。下岡蓮杖の弟子であった臼井秀三郎の撮影と思われるひと工夫ある写真である。扇屋も料理を工夫したことで知られる。特に玉子の釜焼き折り詰めを開発し評判となった。これは今も続いて釜焼き玉子は名物料理になっている。明治10年代の撮影か。=撮影年月日不明、東京、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号53‐33‐0]

    商品コード: 2017081002645

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    日光東照宮

    日光東照宮の本社の建物を西側から写したもの。中央の建物は本殿。その手前に一段窪んでいる部分が石の間。画面右端に拝殿の一部が見える。画面奥の石垣上の山中に徳川家康の神柩(しんきゅう)が納められた奥社がある。本殿の扉の上方に獏(ばく)の彫刻が並んでいる。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐3‐0]

    商品コード: 2017081401014

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    春日大社青銅鹿

    春日大社の二の鳥居を東へ過ぎると、すぐ左手にこの銅製鹿がいる。現在のものは昭和26年(1951)のもので、写真は前身のものである。全体のポーズは似ているが、目元・角が微妙が異なる。前身の鹿は、第二次大戦中に供出したものと考えられる。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐31‐0]

    商品コード: 2017082400143

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    日光東照宮唐門と拝殿

    総延長160メートルの透塀(すきべい)に囲まれた東照宮本社境内の内側から、唐門と本社拝殿を側面から撮影している。画面の右端が唐門で左端が本社拝殿。江戸時代は将軍に直接拝謁できる高い身分の幕臣や大名だけが使用した。唐門の内側を撮影したこの種の写真は珍しい。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐29‐0]

    商品コード: 2017082400157

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    山間の村落風景

    日光山内の表参道である長坂(ながさか)の上から眺めた西町方面の景色。大谷川の流れと、画面右端の奥に西町の家並みが見える。画面中央の雑草に覆われた平地は三菱社主・岩崎弥之助が所有していた岩崎原である。足下には照尊院などの寺院があった。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐25‐0]

    商品コード: 2017082400141

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    宮ノ下温泉

    左手奥の建物は創業当時の富士屋ホテルの洋館で、明治11年(1878)に造られ、明治16年(1883)12月に大火で消失するまで存在したので、その間の撮影と分かる。右手の建物は、明治7年(1874)の宮ノ下の火災で焼失後に再建された奈良屋旅館。職人の立つ道は、新道以前の旧七湯道である。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐4‐0]

    商品コード: 2017082301023

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    日光東照宮陽明門

    陽明門の裏側を写している。日光東照宮を象徴する陽明門には、江戸時代初期の工芸・装飾技術の全てが集約されている。陽明門に施された人物、霊獣、動物、花鳥、地紋など、彫刻の数は508体。一日中眺めていても飽きないことから、俗に「日暮らし門」とも呼ばれる。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐27‐0]

    商品コード: 2017082400186

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    上野公園精養軒前

    写真2425及び2651と同じ場所を撮っているが、この写真の方が、右手前の桜の木が小さいので少し古い。しかし臼井秀三郎撮影の写真4799よりは桜が育っていて新しい。「精養軒支店」の案内看板の向きが4799と変わった。左の休憩所「韻松亭」はいつ建てられたものか。明治24年(1891)勝山英三郎発行の石版画には描かれている。桜がこの写真より少し大きいので、撮影は明治20年(1887)頃か。=撮影年月日不明、東京、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐53‐0]

    商品コード: 2017082800558

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    那智の滝

    那智には「四十八滝」という名称があり、多くの滝がある。その中で最も雄大かつ有名なのが「一の滝」とか「大滝」と呼ばれている写真の滝。ここは熊野三山の一つ、熊野那智大社が鎮座するが、これは大滝を神聖視する原始信仰に始まるという。また、那智は山岳修験の霊場で、大滝は入山のために禊をする場であった。=撮影年月日不明、和歌山、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐21‐0]

    商品コード: 2017082400175

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    東大寺二月堂

    東大寺境内の東山麓に、御水取りの行事で知られている二月堂がある。この写真は、二月堂の南にある石階段下の西南方向から、二月堂を見上げるように撮影する。左手下に興成神社の小社があり、小社後方に初代の良弁杉の大木がある。右手には法華堂北門の西妻壁を写す。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐30‐0]

    商品コード: 2017082400191

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    宮ノ下温泉

    左手奥の建物は創業当時の富士屋ホテルの洋館で、明治11年(1878)に造られ、明治16年(1883)12月に大火で消失するまで存在したので、その間の撮影と分かる。右手の建物は、明治7年(1874)の宮ノ下の火災で焼失後に再建された奈良屋旅館。目録番号3313と同時期の写真であろう。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐43‐0]

    商品コード: 2017081501755

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    家族による子供の祝い

    羽織、袴を装った兄弟とその姉、幼い弟を膝に抱いているのは母親、向かって右端は姑であろう。餅菓子あるいは粽かと思われるものを入れた竹の編み籠が傍らにある。いずれも裏地のある初冬の着物であるから明治期の七五三の行事の風俗であろう。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐2‐0]

    商品コード: 2017081401084

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    箱根宿

    三島町側から小田原町方面を望んだ箱根宿の眺望。中央の東海道に、明治6年(1873)に東京・長崎間に敷設された電信線が見え、芦の湖畔の堂ヶ嶋に明治19年(1886)に竣工した箱根離宮がまだ見えないので、その間の撮影と推測される。箱根宿は江戸期のそれとほとんど変わっていない。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐19‐0]

    商品コード: 2017082400151

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    笠取峠

    中山道芦田(あしだ)宿(長野県立科町)と長窪(ながくぼ)宿(長野県長門町)の間にある笠取峠(752m)。安藤広重が「中山道六十三次」の中で描いた松並木は、今でも現存している。遠景は浅間山(2568m)で活火山として知られている。=撮影年月日不明、長野、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐8‐0]

    商品コード: 2017082301051

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    甲州街道沿いの茶店

    旧甲州街道の相模国と甲斐国の境界となる山梨県上野原町の南東端部、境川の桂川左岸を東側(相模国側)から撮影した写真である。写真の建物群は甲州街道沿いに建つ茶店群であり、天保年間の道中記にも記載がある。写真右手奥の坂上に登ると「諏訪の関所(口留番所)」がある。写真左奥には桂川を挟み「名倉の権現山」が写る。=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐10‐0]

    商品コード: 2017082301053

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    日光裏見滝

    大谷川支流の荒沢川にある裏見滝は、華巌滝、裏見滝と並ぶ日光三大名瀑。写真のように、以前は不動明王が祀られている滝の裏側まで行けたが、明治35(1902)年の大水害で道は崩落した。元禄2(1689)年、この滝を訪れた芭蕉は、「暫時は滝に籠るや夏の初」の句を残した。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐23‐2]

    商品コード: 2017082400192

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    日光東照宮唐門

    東照宮本社の正門。江戸時代には将軍に直接拝謁できる身分の幕臣や大名だけが使えた。全体は白く胡粉が塗られ、門柱には、紫檀や黒檀などの寄木細工で作られた竜の彫刻がある。正面上部の彫刻は「舜帝朝見の儀」で、1本の欅に4列27人の人物像が彫られている。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐28‐0]

    商品コード: 2017082400259

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    芝増上寺

    七代将軍家継(有章院)霊廟本殿の入口となる勅額門と鐘楼を南側から撮影したものである。勅額門の柱には龍の彫物があり、増上寺の徳川家霊廟の中では、最も華麗なものであった。将軍霊廟として最後の建築で、これ以後の将軍は、八代将軍吉宗の遺命により既存の霊廟に合祀する形で奥院だけを造るようになる。=撮影年月日不明、東京、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐38‐0]

    商品コード: 2017082400174

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    甲州街道沿いの吊橋

    写真中央奥に吊り橋が写る河川の光景を写した写真であるが橋の名称や撮影位置は現在のところ不明である。写真タイトル「甲州街道沿い」であるとすれば、このような光景は桂川沿い、しかも山梨県大月市以東であると考えられるが、山梨県内では該当地を指摘できず、あるいは相模国側の甲州街道沿いとも考えられる。=撮影年月日不明、山梨、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐13‐0]

    商品コード: 2017082301054

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    東大寺鏡池

    東大寺中門の東南に位置する鏡池を写す。遠景に若草山が見えるので、東大寺の南北参道から東南方向に向いて撮影していることが分かる。写真では中島から階段が西にあり鳥居もあるので本来西からアプローチしていたようだが、現在は東側背面から入るように変わっている。=撮影年月日不明、奈良、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐3‐0]

    商品コード: 2017082301021

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    日光東照宮オランダ灯篭

    画面右がオランダ国から贈られた八角形の回転灯籠で、日光東照宮陽明門の手前にある。画面奥の中央にスタンド型の蓮灯籠。画面左の建物は鐘楼で、その手前の屋根のある4本柱に支えられた建物には朝鮮鐘が下げられている筈だが、何故かこの写真ではその鐘が見えない。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐26‐0]

    商品コード: 2017082400145

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    日光東照宮の石鳥居と五重塔

    日光東照宮境内入口の石鳥居と五重塔。石鳥居は黒田筑前守長政が元和4(1618)年に奉納した。高さは9メートル。江戸期に建てられた日本最大の石造り鳥居。文政元年に酒井忠進が寄進した五重塔は高さ約36メートル。塔の第一層は方角を表す十二支の彫刻で飾られている。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐37‐0]

    商品コード: 2017082800570

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    底倉温泉

    現在の富士屋ホテル本館と菊華荘の間の国道一号線の坂道を上って、菊華荘の塀が尽きた辺りから蛇骨川方面へ下る七湯道の始点付近より見た光景。下り道の正面に見えるのが萬屋で、以下、梅屋・蔦屋・仙石屋と続く。温泉宿は茅葺きであり、明治14年(1881)の大火以前の撮影と分かる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:臼井秀三郎(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号65‐15‐0]

    商品コード: 2017082301002

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    日光裏見滝

    大谷川支流の荒沢川にある裏見滝は、華巌滝、裏見滝と並ぶ日光三大名瀑。写真のように、以前は不動明王が祀られている滝の裏側まで行けたが、明治35(1902)年の大水害で道は崩落した。元禄2(1689)年、この滝を訪れた芭蕉は、「暫時は滝に籠るや夏の初」の句を残した。=撮影年月日不明、日光、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐12‐0]

    商品コード: 2017081401052

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    上野公園の桜

    上野公園黒門通りと現在のJR上野駅との間を通る道を南方から写したものである。画面右隅は寛永寺の塔中凌雲院で、現在は国立西洋美術館などがある場所である。着物の片裾をつまみ上げて歩くのは母親であろうか。まだ小さな子どもに話しかけているようだ。=撮影年月日不明、東京、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐40‐0]

    商品コード: 2017081401083

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    能見堂

    能見堂(のうけんどう)は八景の絶好の眺望地として江戸時代より名高かったが、泥亀新田の埋立で徐々に景観が失われ、その座を九覧亭(きゅうらんてい)に取って代わられる。明治4年(1871)には堂宇を焼失し、現在はわずかに能見堂跡として残る。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:臼井秀三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号94‐30‐0]

    商品コード: 2017081401090

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