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  •  放射線影響研究所 広島研究所
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    放射線影響研究所 広島研究所

    キーワード:テレビタワー、影響、屋外、建物、研究所、原子爆弾、公園、調査、南区、日本、被曝者、被爆者、放射線、無人、研究施設、比治山公園、風景メイン写真、放射線影響研究所、日米共同研究機関、放影研、カラフルな建物=撮影日不明、広島県広島市、クレジット:A_Murakawa/アマナイメージズ/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020122905060

  •  原爆ドームとおりづるタワー
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    原爆ドームとおりづるタワー

    キーワード:モニュメント、遺跡、屋外、記念公園、建物、原爆ドーム、公園、紅葉、秋、象徴、世界遺産、塔、日本、被爆、平和記念公園、平和公園、保存、無人、歴史的建造物、風景メイン写真、おりづるタワー、ヒロシマ、被曝=撮影日不明、広島県、クレジット:A_Murakawa/アマナイメージズ/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020122905210

  • 長崎の原爆被爆者ら Nagasaki atomic bomb survivors, 1945
    1945年08月09日
    長崎の原爆被爆者ら Nagasaki atomic bomb survivors, 1945

    Nagasaki atomic bomb survivors. On 9th August 1945, towards the end of World War II, a US bomber dropped the Fat Man atomic bomb over Nagasaki, Japan. This was the second atomic bomb used in warfare, following the atomic bomb over Hiroshima three days earlier. In Nagasaki, around 75,000 died immediately, from a population of 240,000. Many thousands more were injured or would die in the days and weeks that followed. Japan surrendered a few days after the destruction of Nagasaki. Photographed in August 1945.、クレジット:Science Photo Library/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023051911886

  •  Hiroshima after atom bomb, aerial view
    1945年08月11日
    Hiroshima after atom bomb, aerial view

    Hiroshima after atom bomb. Image 2 of 2. Aerial photograph of the Japanese port of Hiroshima on 11th August 1945, during World War II, five days after it had been destroyed by a US atomic bomb. The central blast area (upper right) was around three kilometres across. This was the first atomic bomb used in warfare, the second being used over Nagasaki three days later. Over 220,000 people died in the attacks, and thousands were injured. Japan surrendered a few days later. For Hiroshima before the bombing, see image T162/126.、クレジット:Science Photo Library/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022082308099

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    1954年03月16日
    原爆マグロ魚河岸へ

    魚河岸で第五福竜丸が捕獲した魚を測定器で調べる科学研究所員と都衛生局員=1954(昭和29)年3月16日、東京・築地の中央卸売市場(29年内地3477)(ビキニ、死の灰、第5福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700527

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    1954年03月16日
    原爆マグロ魚河岸へ

    第五福竜丸の漁獲品から強い放射能が検出され廃棄処分に。「原爆マグロ」と呼ばれ、マグロ全般が食卓から敬遠されるようになった。写真は第五福竜丸のマグロを測定器で調べる科学研究所員と東京都衛生局員=1954(昭和29)年3月16日、東京・築地の中央卸売り市場(29年内地3462)(ビキニ、死の灰、第5福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2002122400017

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    1954年03月16日
    被ばくした増田氏を診断

    東大病院で放射能の測定を受ける第五福竜丸で被ばくした増田三次郎さん=1954(昭和29)年3月16日(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700528

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    1954年03月17日
    第五福竜丸乗組員会見

    記者会見する第五福竜丸乗組員の山本忠司さん(左)と増田三次郎さん。中央の白衣姿は清水博士=1954(昭和29)年3月17日、東京・有楽町のニュートウキョウ(29年内地3498、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700534

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    1954年03月22日
    アイゼンバッド氏来日

    「死の灰」被害者の調査と治療協力のため来日した米原子力委員会保健安全課長のメリル・アイゼンバッド博士(左)=1954(昭和29)年3月22日、羽田空港(29年内地3865、ビキニ、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700539

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    1954年03月27日
    被ばく船第5明神丸

    宮城県塩釜港に入港、船体の放射能測定を受ける第5明神丸=1954(昭和29)年3月27日(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700537

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    1954年03月28日

    資料 35660 ◎第五福竜丸被ばく患者が入院 焼津から東大放射線科美甘内科に到着し、検査と治療を受ける第五福竜丸の乗組員たち=1954(昭和29)年3月28日、東京都文京区の東京大学医学部付属病院(29年内地4230)(第5福竜丸)

    商品コード: 2011080900057

  •  俊鶻丸ビキニへ出発
    1954年05月15日
    俊鶻丸ビキニへ出発

    ビキニ海域の放射能調査のため、大勢の人に見送られ東京港を出港する俊鶻丸=1954(昭和29)年5月15日(農林省水産庁の海洋調査船・俊鶻丸しゅんこつまる)(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700557

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    1954年05月25日
    俊鶻丸ビキニ海域で調査

    ビキニ海域でプランクトンを採集する俊鶻丸の調査団=1954(昭和29)年5月25日(29年内地6363、農林省水産庁の海洋調査船・俊鶻丸(しゅんこつまる)、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700558

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    1954年08月05日
    久保山愛吉さん

    他の入院患者と一緒に記者会見に出席した久保山愛吉さん(左奥)。9月23日に没した=1954(昭和29)年8月5日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地11570、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700607

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    1954年08月05日
    第五福竜丸の被ばく者会見

    記者会見する第五福竜丸の被ばく者。(左から時計回りに)服部竹治さん、見崎吉男さん、安藤三郎さん、山本忠司さん、鈴木鎮三さん=1954(昭和29)年8月5日、東大病院(29年内地9422、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700587

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    1954年09月01日
    被ばくした久保山愛吉さん重体

    治療中の第五福竜丸無線長の久保山愛吉さんと見舞う(右から)母親しゅんさん、妻すずさん、長女みや子ちゃん=1954(昭和29)年9月1日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地10365、ビキニ、死の灰)

    商品コード: 2006022700588

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    1954年09月03日
    久保山さん家族が会見

    記者会見する久保山愛吉さんの(右から)母親しゅんさん、妻すずさん、長女みや子ちゃん=1954(昭和29)年9月3日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地10404、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700599

  •  久保山さん家族が会見
    1954年09月05日
    久保山さん家族が会見

    記者会見する第五福竜丸の乗組員久保山さんの家族らと同席する熊取敏之氏=1954(昭和29)年9月5日、東京都新宿区の国立東京第一病院(くまとり・としゆき、医学博士、元科学技術庁放射線医学総合研究所長)(29年内地10534)(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2004021000029

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    1954年09月24日
    久保山愛吉さん死去

    ビキニ被ばく患者久保山愛吉さんの死去を発表する栗山副院長。右隣は熊取主治医=1954(昭和29)年9月24日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地11616、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700606

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    1954年09月24日
    久保山愛吉さんの通夜

    久保山愛吉さんの通夜で焼香する妻のすずさんら遺族=1954(昭和29)年9月24日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地11632、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700622

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    1954年09月24日
    久保山愛吉さんの通夜

    第五福竜丸の久保山愛吉さんの通夜で遺族席に座る(左から)母親のしゅんさん、三女のさよ子ちゃん、(一人おいて)長女のみや子ちゃん、二女のやす子ちゃん、妻のすずさん=1954(昭和29)年9月24日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地11716、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700610

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    1954年09月25日
    久保山愛吉さんの告別式

    久保山愛吉さんの告別式で焼香する第五福竜丸の乗組員ら=1954(昭和29)年9月25日、東京都新宿区の国立東京第一病院(29年内地11785、ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006022700611

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    1954年12月11日
    第五福竜丸の被爆事件(3月1日) 1954年十大ニュース(国内)2

    静岡県・焼津港に係留された第五福竜丸=1954(昭和29)年3月18日(資料34954)(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)(1954年10大ニュース)

    商品コード: 2002081300077

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    1955年05月20日
    ビキニ被ばく患者全員退院

    医務局員、看護婦らに見送られ退院するビキニ被ばく患者=1955(昭和30)年5月20日、東大病院(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2006091200315

  •  放射線影響国際学術懇談会
    1955年05月30日
    放射線影響国際学術懇談会

    英仏中ソなど東西両陣営8カ国から科学者と医学者を集め、放射線の人体への影響についての研究結果を報告。日本側は広島、長崎に加え、前年ビキニ環礁における米水爆実験で被ばくした第5福竜丸乗組員の事例などを報告した=1955(昭和30)年5月30日、東京上野の日本学術会議

    商品コード: 2011082900389

  • 放射線被ばく防止に一役 フィルム・バッジ・センサー誕生
    1956年08月01日
    放射線被ばく防止に一役 フィルム・バッジ・センサー誕生

    フィルム・バッジ・センサー[I]型(右)と[II]型=1956(昭和31)年8月1日(31年内地3519)

    商品コード: 2012053100273

  •  元第五福竜丸保存運動
    1968年03月12日
    元第五福竜丸保存運動

    「はやぶさ丸」と名前が変わってゴミのそばに係留されている元第五福竜丸=1968(昭和43)年3月12日、東京都・夢の島(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2003051600245

  •  元第五福竜丸保存運動
    1968年03月12日
    元第五福竜丸保存運動

    「はやぶさ丸」と名前が変わった元第五福竜丸=1968(昭和43)年3月12日、東京都・夢の島(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 2003051600244

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    1968年03月12日
    第五福竜丸保存運動へ

    被ばく後、放射能を除去され東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」として使われていたが、老朽化により夢の島に廃棄された元第五福竜丸=1968(昭和43)年3月12日、東京都江東区(43年内地 1247)

    商品コード: 2011032800225

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    1975年07月21日
    被ばく訴訟で敦賀原発検証

    日本原子力発電会社(日本原電)敦賀発電所の2次冷却水用パイプを検証する大阪地裁の大久保敏雄裁判長(手前指さしている人)。同原発で作業中に放射線被ばく(曝)したと元作業員が日本原電を相手に起こした損害賠償請求訴訟で構内を実地検証した=1975(昭和50)年7月21日、福井県敦賀市明神町

    商品コード: 2013020400097

  •  伊方原発、初の安全協定
    1976年03月08日
    伊方原発、初の安全協定

    建設中の四国電力伊方原子力発電所。愛媛県は四国電力と同原発の安全協定について、国が設定した被ばく線量目標値(年間5ミリレム)を大きく下回る「年間0・7ミリレム」の目標値を盛り込むことを明らかにした=1976(昭和51)年3月8日、愛媛県西宇和郡伊方町

    商品コード: 2013073100380

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    1977年03月16日
    視察する楢崎議員 75人が被ばく死の疑い

    関西電力美浜原発1号機の燃料プールを視察する社会党の楢崎弥之助議員(右から2人目)。楢崎議員は、衆院予算委で「現在運転中の原発で既に75人の労働者が放射線被ばく(曝)とみられる死に方をしている。既設の原発を停止して安全性を検討せよ」と、独自の調査結果を明らかにして政府に迫った

    商品コード: 2014071600273

  •  ビキニは米国の人体実験
    1978年02月28日
    ビキニは米国の人体実験

    マーシャル群島住民の被ばく実態を記録した「隠された被ばく−マーシャル群島住民の23年」(前田哲男著)の表紙と内容の一部。原水禁国民会議が出版

    商品コード: 2015051500334

  •  被ばくの元米兵らが来日
    1979年07月30日
    被ばくの元米兵らが来日

    原水禁世界大会に出席のため来日した2次被ばく者、元米海兵隊員のハリー・コポラさん(右)と、がんで死亡した元米海兵隊員ハロルド・ラルフさんの夫人ジーンさん=1979(昭和54)年7月30日、成田空港

    商品コード: 2016020200305

  •  2次被ばくのコポラさん
    1979年07月30日
    2次被ばくのコポラさん

    長崎で2次被ばくに遭った時のことを語る元米海兵隊員のハリー・コポラさん=1979(昭和54)年7月30日、東京都港区のホテル高輪

    商品コード: 2016020200306

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    1981年12月25日
    敦賀原発で放射能漏出、事故隠し 1981年十大ニュース(国内)6

    放射性廃液が漏れ、作業員の被ばく事故が発覚した日本原電敦賀発電所=4月18日(資料A6950)

    商品コード: 2005062000123

  •  環境問題関連
    1986年04月30日
    環境問題関連

    事故を起こしたソ連のチェルノブイリ原子力発電所から150キロの工場で働いていて、避難のためウィーン空港に到着したオーストリア人。直ちに放射線被ばくの検査を受けた=1986年4月30日(ロイター=共同)

    商品コード: 2017070800154

  •  日本外交関連
    1986年08月05日
    日本外交関連

    広島の赤十字原爆病院で62歳の被ばく者を慰問する南アフリカのデズモンド・ツツ大主教(中央)とリア夫人=1986年8月5日(ロイター)

    商品コード: 2016052700350

  •  Wife of the President of the USSR, Raisa Gorbachev
    1990年12月18日
    Wife of the President of the USSR, Raisa Gorbachev

    8139803 18.12.1990 Raisa Gorbachev, the wife of the President of the USSR (third left), at a meeting with children affected by the Chernobyl nuclear accident in 1986. Sergey Guneev、クレジット:Sputnik/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022041610188

  • 検診中の台湾人被ばく住人 放射能汚染建物で被ばくか
    1993年10月07日
    検診中の台湾人被ばく住人 放射能汚染建物で被ばくか

    マツダ病院で採血検査を受ける台湾のマンション被ばく住人=7日午後、広島県安芸郡府中町

    商品コード: 1993100700046

  • 展示館見学の子供たち 今に伝える「ビキニの悲劇」
    1994年02月27日
    展示館見学の子供たち 今に伝える「ビキニの悲劇」

    第5福竜丸展示館で被ばくの資料などを見学する焼津南小の生徒たち=平成5年10月、東京・夢の島(原爆実験)「特集」

    商品コード: 1994022700020

  •  核兵器廃絶願いビキニ集会
    1994年03月01日
    核兵器廃絶願いビキニ集会

    ビキニでの第五福竜丸の被ばくから40周年を迎えて開かれた集会=1日午後、焼津市文化センター

    商品コード: 1994030100071

  • 原発被ばく児支援の斜里町 町ぐるみの保養運動も定着
    1994年08月21日
    原発被ばく児支援の斜里町 町ぐるみの保養運動も定着

    地元の小学生らとゲームをして遊ぶベラルーシの子供たち=北海道斜里町の青少年文化センター「極東」

    商品コード: 1994082100003

  •  ケシュミニエネさん
    1994年09月02日
    ケシュミニエネさん

    バルト3国の被ばく者への医療支援を訴えるアウシュレレ・ケシュミニエネさん(ポーズ)(医師)(リトアニア)(AUSRELE・KESMINIENE)

    商品コード: 1994090200031

  • 原発の作業員 法定被ばく限度で意見相違
    1994年12月28日
    原発の作業員 法定被ばく限度で意見相違

    防具を身につけ原子力発電所の定期検査をする作業員=東京電力福島第2原発3号機(カラーネガ)(カラー出稿あり・501)

    商品コード: 1994122800001

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    1994年12月28日
    原発の作業員 法定被ばく限度で意見相違

    防具を身につけ原子力発電所の定期検査をする作業員=東京電力福島第2原発3号機(カラーネガ)

    商品コード: 1994122800005

  • 放影研・秋山学部長 遺伝子に低線量被ばく影響
    1995年01月09日
    放影研・秋山学部長 遺伝子に低線量被ばく影響

    放射線影響研究所の秋山実利・放射線生物学部長(放射線影響研究所(広島市、放影研)の秋山実利・放射線生物学部長(免疫学))

    商品コード: 1995010900073

  • パソコン診断装置 低被ばく量のX線装置
    1995年11月20日
    パソコン診断装置 低被ばく量のX線装置

    CCDカメラを利用して歯のエックス線撮影時の被ばく量を大幅に低減できる松下電器産業のパソコン診断装置

    商品コード: 1995112000065

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    1995年12月08日
    会見するアニアモイさん タヒチの被ばく者が来日

    記者会見で被害実態を訴えるタヒチ島の被ばく者のアニアモイ・ロジェーさん=8日午後、衆院第一議員会館(ANIAMOI・ROGER)(カラーネガ)(8日東京都内で開かれた国会議員に対する説明会で、被ばく症状のほか、魚毒症などさまざまな健康障害が広がっている現地の深刻な状況について報告した)

    商品コード: 1995120800082

  • 子供たちに甲状腺がん 吹き出した不安と恐怖
    1995年12月11日
    子供たちに甲状腺がん 吹き出した不安と恐怖

    長崎大学の芦沢医師の診察を受ける子供=11月20日、ロシア・クリンシーの小児病院(共同)

    商品コード: 1995121100073

  •  今が病気増加の境目
    1995年12月12日
    今が病気増加の境目

    )、科学402S、15日付朝刊以降使用 クリーンベッドに横たわる白血病患者=11月17日、ベラルーシ・ゴメリのゴメリ州立病院(カラーネガ)

    商品コード: 1995121200052

  • 検査を受ける住民 伊方原発で防災訓練
    1996年03月19日
    検査を受ける住民 伊方原発で防災訓練

    伊方原発の事故を想定した防災訓練で、放射能被ばくの有無の検査を受ける住民=19日午前11時、愛媛県八幡浜市松柏

    商品コード: 1996031900047

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    1996年04月06日
    講演するコ女史 被ばく女性が反核訴え

    講演するチェルノブイリ原発事故の被ばく者でジャーナリストのリュボフィ・コバレフスカヤさん=6日午後、名古屋市中区(LYUBOV・KOVALEVSKAYA・ウクライナ人)(カラーネガ)

    商品コード: 1996040600113

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    1996年04月11日
    試料を集める研究者 今も通常の数百倍の放射能

    カザフスタンのセミパラチンスク核実験場周辺の民家で、被ばく線量分析のため試料を採取する研究者=95(平成7)年10月

    商品コード: 1996041100046

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    1996年04月11日
    試料を集める研究者 今も通常の数百倍の放射能

    カザフスタンのセミパラチンスク核実験場周辺の民家で、被ばく線量分析のため試料を採取する研究者=95(平成7)年10月

    商品コード: 1996041100047

  • 重い口開いた除去作業員 大量被ばくで体内に爆弾
    1996年04月26日
    重い口開いた除去作業員 大量被ばくで体内に爆弾

    チェルノブイリ原発の放射能汚染で放棄された元自宅で当時を振り返るウラジミール・ダニロフさん=ウクライナ・プリピャチ(共同)(カラーネガ)

    商品コード: 1996042600099

  • 重い口開いた除去作業員 大量被ばくで体内に爆弾
    1996年04月26日
    重い口開いた除去作業員 大量被ばくで体内に爆弾

    チェルノブイリ原発の放射能汚染で放棄された元自宅で当時を振り返るウラジミール・ダニロフさん=ウクライナ・プリピャチ(共同)(カラーネガ)

    商品コード: 1996042600161

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    1996年06月25日
    カザフの子供たち カザフの被ばく児救え

    被ばくの恐怖にさらされているカザフスタンの子供たち=4月、カザフスタン・セミパラチンスク州の小学校で、ラファエロ・ローゼンソンさん撮影(カラーネガ) (セメイ)

    商品コード: 1996062500018

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    1996年07月23日
    れんがを採取する調査団 被ばく線量、発表値の百倍

    建物かられんがを採取する調査団のメンバー=昨年10月、カザフスタン・セミパラチンスク市内(核実験)(セメイ)

    商品コード: 1996072300105

  • 被ばくの跡を示す島民 大きく分かれる評価
    1996年07月29日
    被ばくの跡を示す島民 大きく分かれる評価

    昨年7月、フランスの核実験に抗議する記者会見で、シャツの前をはだけ、被ばくの跡を示すフランス領ポリネシアの島民。核実験場だったムルロア環礁周辺では、最盛期には9千人が建設作業などに従事していた(共同)(K95-22092)

    商品コード: 1996072900076

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    1996年09月11日
    被ばくのあとを示す島民 大きく分かれる評価

    昨年7月、フランスの核実験に抗議する記者会見で、シャツの前をはだけ、被ばくのあとを示すフランス領ポリネシアの島民。核実験場だったムルロア環礁周辺では、最盛期には9千人が建設作業などに従事していた(共同)(K95-22092)(仏領ポリネシアのタヒチ島で、自ら「ヒバクシャ」を名乗る人たちが、核実験反対の声を上げ始めた。核実験場ムルロアで働いたことのある約60人が政庁所在地パペーテで26日、被爆の実態を生々しく証言した)

    商品コード: 1996091100002

  •  歯科向けX線装置
    1996年11月15日
    歯科向けX線装置

    被ばく量を抑えた松下電器の「歯科用ビジュアルX線撮影装置」

    商品コード: 1996111500054

  • 第五福竜丸 第五福竜丸のエンジン発見
    1996年11月22日
    第五福竜丸 第五福竜丸のエンジン発見

    エンジンが発見された第五福竜丸=73(昭和48)年、東京都江東区夢の島(カラーB・2370)(ビキニ、死の灰、第五福竜丸被ばく関連)

    商品コード: 1996112200098

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    1996年11月30日
    第五福竜丸のエンジン 近く引き揚げ、保存へ

    三重県・御浜町沖の水深約10メートルの海底に眠る第五福竜丸のエンジンは、さびに包まれ周囲ではエビが群れていた。長さ約8メートル、重さ約12トンと推測される。 同マグロ漁船は、1954年にビキニ環礁で、米国の水爆実験に遭遇し被ばくした。67年にエンジンのみ木造貨物船に転売され現役を続けていたが、霧の中で座礁し、30年近く放置されたままだった。 近く引き揚げられ東京・夢の島の都立第五福竜丸展示館に保存されている船体のもとへ返されることが決まっている。これからは核廃絶のシンボルとして、核のない世界を目指す「大航海」に船出する=11月30日午前

    商品コード: 1996113000059

  • 会見する科技庁の片山課長 放射能漏れで被ばく
    1997年03月11日
    会見する科技庁の片山課長 放射能漏れで被ばく

    動燃再処理工場の放射能漏れで記者会見する片山正一郎・科学技術庁核燃料規制課長=11日午後4時、科学技術庁

    商品コード: 1997031100089

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    1997年03月11日
    被ばく検査を受ける作業員 動燃再処理工場放射能漏れ

    衣服などの放射性物質付着の検査を受ける、火災発生時にアスファルト固化施設内にいた作業員=11日午後5時15分、茨城県東海村の動力炉・核燃料開発事業団

    商品コード: 1997031100114

  • 茨城労基局が立ち入り調査 動燃再処理工場爆発事故
    1997年03月18日
    茨城労基局が立ち入り調査 動燃再処理工場爆発事故

    作業員が被ばくした現場の状況を調べるため、アスファルト固化施設へ向かう茨城労働基準局などの職員=18日午前10時2分、茨城県東海村の動燃東海事業所

    商品コード: 1997031800031

  • チェルノブイリ被ばく訴え 甲状腺がんの子供10人来日
    1997年04月17日
    チェルノブイリ被ばく訴え 甲状腺がんの子供10人来日

    治療のための基金を集めるため来日したチェルノブイリで被ばくした子供たち=17日午後、都内のホテル

    商品コード: 1997041700115

  •  郡義典さん
    1997年07月14日
    郡義典さん

    核実験で被ばくした旧ロンゲラップ島民に船を届ける郡義典(こおり・よしのり)さん(皇学館大学非常勤講師)

    商品コード: 1997071400031

  • 研修するクロホーチナさん 被ばく者の生の声聞いて
    1997年07月19日
    研修するクロホーチナさん 被ばく者の生の声聞いて

    ロシアから来日し、広島で放射線医療の研修を受けるリディヤ・クロホーチナさん(右)=広島市中区の広島市総合健康センター(被爆地の国際貢献を掲げ、世界各地に広がる核被害者救済を目指した医療協力組織が広島と長崎に発足して五年がたつ。先行する広島では、旧ソ連地域でチェルノブイリ原発事故の被ばく者診療に携わる医師を中心に、年間百人前後の受け入れ研修を実施。将来の支援拠点として「国際平和祈念がんセンター」の建設構想も打ち出した)

    商品コード: 1997071900036

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    1997年10月07日
    動燃のふげん 作業員2人が被ばく

    作業員2人が被ばくした動燃の新型転換炉「ふげん」=福井県敦賀市

    商品コード: 1997100700097

  •  大石又七さん
    1998年02月27日
    大石又七さん

    「被ばくマグロの碑」建立を進める第五福竜丸の元乗組員、大石又七(おおいし・またしち)さん

    商品コード: 1998022700030

  •  マラト・ウラザリンさん
    1998年03月17日
    マラト・ウラザリンさん

    被ばくのつめ跡の深さを訴えるマラト・ウラザリンさん

    商品コード: 1998031700145

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    1998年12月28日
    モニタリングステーション 関係者に慣れや見識の甘さ

    放射線源を業者が近くに放置し、生徒ら15人が被ばくした、女川第一中学の校庭隅にあるモニタリングステーション=23日午後、宮城県女川町

    商品コード: 1998122800066

  • ベラルーシからの画像 衛星使い被ばく者医療支援
    1999年02月02日
    ベラルーシからの画像 衛星使い被ばく者医療支援

    衛星通信でベラルーシから長崎大医学部に送られてきた画像データを見る医師=2日午後5時30分、長崎市坂本

    商品コード: 1999020200116

  • 焼津で反核集会 核兵器廃絶願いビキニデー
    1999年03月01日
    焼津で反核集会 核兵器廃絶願いビキニデー

    「第五福竜丸」被ばく45周年で開かれた、核廃絶を訴える「3・1ビキニデー集会」=1日午後、静岡県焼津市の市総合体育館

    商品コード: 1999030100096

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    1999年05月22日
    写真を見る観光客 核実験被ばく者の写真展

    旧ソ連のセミパラチンスク核実験場の核実験で被ばくした住民らの写真を見る観光客=広島市中区の原爆資料館

    商品コード: 1999052200056

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    1999年07月27日
    プレートと大石又七さん 第五福竜丸のマグロを記録

    被ばくした第五福竜丸が水揚げし、埋め立て処分されたマグロ類を記録するプレートと元乗組員の大石又七さん=26日、東京都大田区東嶺町

    商品コード: 1999072700006

  • 銘板示す元乗組員 築地に被ばくマグロ銘板
    1999年08月01日
    銘板示す元乗組員 築地に被ばくマグロ銘板

    第五福竜丸の「原爆マグロ」の埋め立て処分を記録したプレートを示す元乗組員の大石又七さん=1日午後、東京・築地市場

    商品コード: 1999080100036

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    1999年08月05日
    父親のイズマイロフさん 核実験被害少女の絵を寄贈

    胎内被ばくした娘のレナータさんの絵を手にするカザフスタンのフェアト・イズマイロフさん=4日、広島市中区の厚生年金会館

    商品コード: 1999080500065

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    1999年08月06日
    父親とレナータさん 詩と絵を通じて反核訴え

    父親のフェアト・イズマイロフさんに抱かれる胎内被ばく者のレナータ・イズマイロバさん=98(平成10)年5月、カザフスタン・タルジークルガン

    商品コード: 1999080600002

  • あいさつする高村外相 カザフの被ばく者支援会議
    1999年09月06日
    あいさつする高村外相 カザフの被ばく者支援会議

    カザフスタン・セミパラチンスクの被ばく者支援問題を協議する国際会議であいさつする高村外相=6日午前、東京都港区のホテル(こうむら・まさひこ) (カザフスタン・セメイ)

    商品コード: 1999090600039

  • 千葉に向かう被ばく患者 核施設で3人被ばく
    1999年09月30日
    千葉に向かう被ばく患者 核施設で3人被ばく

    国立水戸病院を出て千葉の病院へ向かう被ばく患者=9月30日午後1時30分、水戸市東原

    商品コード: 1999093000082

  • 事故起こした転換試験棟 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    事故起こした転換試験棟 東海村臨界被ばく事故

    放射能漏れ事故を起こした核燃料加工会社ジェー・シー・オーの東海事業所転換試験棟(手前)=9月30日午後、茨城県東海村で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1999093000146

  • 木谷社長が会見 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    木谷社長が会見 東海村臨界被ばく事故

    大勢の報道陣に囲まれ、記者会見するジェー・シー・オーの木谷宏治社長(右端)ら=9月30日午後6時30分、科学技術庁

    商品コード: 1999093000149

  • 一時避難した住民たち 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    一時避難した住民たち 東海村臨界被ばく事故

    舟石川コミュニティーセンターに一時避難した住民たち=9月30日午後6時30分、茨城県東海村

    商品コード: 1999093000151

  • 親に抱かれて測定 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    親に抱かれて測定 東海村臨界被ばく事故

    放射能漏れ事故で、親に抱かれて放射能の測定を受ける幼児=9月30日午後8時50分、茨城県東海村の舟石川コミュニティーセンター

    商品コード: 1999093000155

  • 放射能測定を受ける住民 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    放射能測定を受ける住民 東海村臨界被ばく事故

    避難先の舟石川コミュニティーセンターで放射能の測定を受ける住民=9月30日午後8時50分、茨城県東海村「60周年記念写真集」使用画像

    商品コード: 1999093000156

  • 「万全を期す」と小渕首相 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    「万全を期す」と小渕首相 東海村臨界被ばく事故

    東海村臨界被ばく事故対策本部会議で「万全を期して対処する」と述べる小渕首相=9月30日午後9時2分、首相官邸

    商品コード: 1999093000184

  • 対策本部長が会見 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    対策本部長が会見 東海村臨界被ばく事故

    「相当量の放射線が出ている」などと記者会見する東海村災害対策本部長の村上達也村長=1日午前0時30分、茨城県東海村役場

    商品コード: 1999093000222

  • 保護者と帰宅する児童たち 核施設で3人被ばく
    1999年09月30日
    保護者と帰宅する児童たち 核施設で3人被ばく

    小学校に迎えに来た保護者とともに小走りで帰宅する児童たち=9月30日午後3時45分、茨城県東海村の村立石神小学校

    商品コード: 1999093000086

  • 検問する警察官 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    検問する警察官 東海村臨界被ばく事故

    核燃料加工会社ジェー・シー・オー周辺の道路を封鎖、雨の中で検問を続ける警察官=9月30日午後7時、茨城県東海村

    商品コード: 1999093000126

  • 集団下校する小学生 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    集団下校する小学生 東海村臨界被ばく事故

    核燃料加工会社ジェー・シー・オーの放射能漏れ事故で集団下校する小学生=9月30日午後4時30分、茨城県那珂町の町立本米崎小学校

    商品コード: 1999093000125

  • 放射能測定を受ける子供 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    放射能測定を受ける子供 東海村臨界被ばく事故

    避難した舟石川コミュニティーセンターで放射能測定を受ける子供=9月30日午後6時35分、茨城県東海村

    商品コード: 1999093000140

  • ジェー・シー・オー全景 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    ジェー・シー・オー全景 東海村臨界被ばく事故

    放射能漏れで3人被ばくの事故があった核燃料加工会社ジェー・シー・オーの東海事業所。矢印は事故のあった転換試験棟=9月30日午後、茨城県東海村で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1999093000145

  • 野中官房長官が会見 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    野中官房長官が会見 東海村臨界被ばく事故

    東海村臨界被ばく事故で、記者会見する野中官房長官=9月30日午後9時45分、首相官邸

    商品コード: 1999093000186

  • 事故対策本部会議 東海村臨界被ばく事故
    1999年09月30日
    事故対策本部会議 東海村臨界被ばく事故

    東海村臨界被ばく事故で、有馬科学技術庁長官(左上)らが出席し開かれた事故対策本部会議=9月30日午後11時、科学技術庁

    商品コード: 1999093000216

  • 搬送される被ばく患者 核施設で3人被ばく
    1999年09月30日
    搬送される被ばく患者 核施設で3人被ばく

    ビニール袋に包まれて千葉の病院に向け国立水戸病院を出る被ばく患者=9月30日午後1時30分、水戸市東原

    商品コード: 1999093000079

  • ジェー・シー・オー全景 東海村核施設で3人被ばく
    1999年09月30日
    ジェー・シー・オー全景 東海村核施設で3人被ばく

    放射能漏れで3人被ばくの事故があった核燃料加工会社ジェー・シー・オーの東海事業所=9月30日午後、茨城県東海村で共同通信社ヘリから「60周年記念写真集」使用画像

    商品コード: 1999093000121

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    1999年09月30日
    放射能を計測する職員 東海村臨界被ばく事故

    小学校の校庭の車内で放射線量を測定する核燃料サイクル開発機構の職員=9月30日午後4時10分、茨城県那珂町の町立本米崎小学校

    商品コード: 1999093000131

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