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    The Treaty of Amiens temporarily ended hostilities

    The Treaty of Amiens temporarily ended hostilities between the French Republic and the United Kingdom during the French Revolutionary Wars. It was signed in the city of Amiens on 25 March 1802 (Germinal 4, year X in the French Revolutionary Calendar), by Joseph Bonaparte and the Marquess Cornwallis as a ‘Definitive Treaty of Peace‘. The consequent Peace of Amiens lasted only one year (18 May 1803) and was the only period of peace during the so-called ‘Great French War‘ between 1793 and 1815、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。広告、プロモーション、商業目的での利用に関してはお問合せください。

    商品コード: 2018113020328

  • 1905年09月05日
    Peace treaty between Russia and Japan

    US President Theodore Roosevelt engineers peace between Russia and Japan via a peace conference. The Treaty of Portsmouth was signed on 5 September 1905. Date: September 1905、クレジット:Mary Evans/John Massey Stewart Collection/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。表紙、広告、プロモーション、商業目的での利用はお問合せください。クレジットは必ず表記してください。

    商品コード: 2019083004507

  • 1905年09月05日
    Russo-Japanese War 1904-1905: Venue for the Peace Conference

    Russo-Japanese War 1904-1905: Venue for the Peace Conference, Portsmouth, New Hampshire, USA. Postcard 1905. Flag、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。広告、プロモーション、商業目的での利用に関してはお問合せください。

    商品コード: 2018111330072

  • 1912年05月21日
    Sir Edward Grey (lst Viscount of Fallodon) British Foreign Secretary 1905-16.

    Sir Edward Grey (lst Viscount of Fallodon) British Foreign Secretary 1905-16. Here taking Peace to the London Conference to end the Second Balkan War which had broken out in the month following the signing in London in December 1912 of Treaty ending First Balkan War. Cartoon by L. Ravenhill for ‘Punch‘, London, 21 May 1912、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ※エディトリアル使用のみ。広告、プロモーション、商業目的での利用に関してはお問合せください。

    商品コード: 2019020510438

  • 1919年06月28日
    署名する英代表 ベルサイユ講和条約調印式

    ベルサイユ講和条約の調印式で署名するロイド・ジョージ英代表=1919(大正8)年6月28日、フランス・ベルサイユ

    商品コード: 1919062850001

  • 1919年06月28日
    The signing of the Versailles Peace Treaty at the Hall of Mirrors 28th June 1919.

    The signing of the Versailles Peace Treaty at the Hall of Mirrors 28th June 1919.、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019051007167

  • 1919年06月30日
    Treaty of Versailles is signed by President Woodrow Wilson

    Treaty of Versailles is signed by President Woodrow Wilson at the peace conference June 1919、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019051007171

  • 1919年06月30日
    Treaty of Versailles is finalised

    Treaty of Versailles is finalised by delegates to the peace conference June 1919l、クレジット:World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019051007192

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    1951年01月29日
    ダレス・吉田会談

    ダレス米特使と吉田首相がこの日午後4時半から初会談、対日講和条約に関する問題全般を話し合った。写真は会談を終えダレス特使事務室が特設された日本橋三井本館のGHQ総司令部外交局を出る吉田茂首相(左)とダレス特使=1951(昭和26)年1月29日、東京・日本橋の三井本館

    商品コード: 2010072900324

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    1951年07月30日
    断食続ける留守家族 条約に抑留者返還条項を

    講和条約に抑留者返還条項を盛り込むよう要求し、千鳥ヶ淵で断食を続ける留守家族の人たち=1951(昭和26)年7月30日

    商品コード: 1951073050001

  • 1951年07月31日
    子供銀行に貯蓄するお金を稼ぐ子供たち

    子供銀行に預けるお金を稼ごうと、農作業に励む中瀬中学校の子供協同組合の生徒ら。子供銀行は、サンフランシスコ講和条約を前に国の貯蓄高を上げようと盛んに行われていた。(1951年7月9日付)=1951(昭和26)年6月、7月頃、静岡県浜名郡中瀬村(現・静岡県浜松市北区)、クレジット:日本農業新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020110302447

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    1951年08月10日
    大量生産される日の丸 日の丸を大量生産

    対日講和条約締結を控えて大量生産される日の丸=1951(昭和26)年8月10日

    商品コード: 1951081050002

  • 1951年08月10日
    スケッチ7768 日の丸の染めぬきに大忙し

    講和条約調印を控え日の丸の染めぬき作業で大忙しの旗屋=1951(昭和26)年8月10日、撮影場所不明

    商品コード: 2016122100344

  • 1951年08月21日

    講和 336-1 ◎サンフランシスコ講和会議 講和会議の会場となったサンフランシスコのオペラハウス。会議は1951(昭和26)年9月4日から8日まで開かれ、最終日に対日講和条約が調印された(共同)

    商品コード: 2009022400128

  • 1951年08月27日
    スケッチ7926 切り出しに汗だくの講和菊

    サンフランシスコ講和条約の調印式を前に菊の花の切り出しに汗だく=1951(昭和26)年8月27日、撮影場所不明

    商品コード: 2016122100386

  • 1951年08月31日
    吉田首席全権 対日講和条約全権団出発

    タラップで出発のあいさつをする吉田茂首席全権=1951(昭和26)年8月31日、羽田空港(講和268)

    商品コード: 2008102800238

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    1951年08月31日
    サンフランシスコ講和条約

    サンフランシスコ講和会議に出発する首席全権の吉田茂首相=1951(昭和26)年8月31日、羽田空港

    商品コード: 2009081600057

  • 1951年08月31日
    記念撮影 対日講和条約全権団出発

    「空のロマンス」号の前で記念撮影に納まる全権団。(左から)徳川宗敬、苫米地義三、吉田茂首相、池田勇人蔵相、星島二郎(池田蔵相の右後ろ、横向き)、一万田尚登日銀総裁の各全権=1951(昭和26)年8月31日、羽田空港

    商品コード: 2008102800239

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    1951年09月03日
    万国旗を飾って客集め 対日講和条約成立

    対日講和条約成立で、街に祝賀気分が溢れるなか、店内に万国旗を飾って客集めをするキャバレーの女給さんたち=1951(昭和26)年9月3日

    商品コード: 1951090350001

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    1951年09月03日
    街に溢れる祝賀気分 対日講和条約成立

    対日講和条約成立で、街に溢れる祝賀気分。商店内には日米の国旗や紅白の提灯などが飾られた=1951(昭和26)年9月3日

    商品コード: 1951090350002

  • 1951年09月03日
    スケッチ7965 講和条約祝うデコレーション

    サンフランシスコ講和条約を祝うデコレーション=1951(昭和26)年9月3日、東京・銀座

    商品コード: 2016122100410

  • 1951年09月04日
    The Signing of the Japanese Peace Treaty, San Francisco, 1951

    Photograph showing Shigeru Yoshida, the Japanese Premier, signing the Peace Treaty at San Francisco, 4th September 1951. This treaty, signed by 48 other countries of the United Nations, returned Japan her sovereign status, six years after the end of the Second World War. Date: 1951、クレジット:Illustrated London News Ltd/Mary Evans/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019083004571

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    1951年09月07日
    調印する吉田首席全権 サンフランシスコ講和会議

    講和条約に調印する吉田茂首席全権と署名を見守る(奥から手前に)一万田尚登、徳川宗敬(頭頂部のみ)、星島二郎、苫米地義三、池田勇人の各全権=1951(昭和26)年9月8日午前、サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 1951090850007

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    1951年09月07日
    サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月7日夜、各国演説の最後の49番目に登壇し、対日講和条約の受諾演説をする吉田茂首席全権(中央)。和紙に毛筆で書かれた巻紙の原稿はトイレットペーパーのようだと話題になった。最上段は議長のアチソン米国務長官。翌8日午前、条約は調印された=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022300163

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    1951年09月07日
    受諾演説する吉田全権 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月7日夜、各国演説の最後の49番目に登壇し、対日講和条約の受諾演説をする吉田茂首席全権(中央)。最上段は議長のアチソン米国務長官。翌8日午前、条約は調印された=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022300161

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    1951年09月07日
    サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月7日夜、各国演説の最後の49番目に登壇し、対日講和条約の受諾演説をする吉田茂首席全権(中央)。議長はアチソン米国務長官。背景の参加国の旗はこの時点で51本で、日章旗は翌8日午前の講和条約調印式で初めて右端に掲揚された=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022300170

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    1951年09月07日
    サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月7日夜、各国演説の最後の49番目に登壇し、対日講和条約の受諾演説をする吉田茂首席全権(中央)。議長はアチソン米国務長官。背景の参加国の旗はこの時点で51本で、日章旗は翌8日午前の講和条約調印式で初めて右端に掲揚された=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022300172

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    1951年09月08日
    調印する比外相 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、対日講和条約に調印するフィリピンのロムロ首席全権(外相)=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400141

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    1951年09月08日
    調印する吉田首席全権 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、講和条約に調印する吉田茂首席全権と、署名を見守る(奥から手前に)一万田尚登、徳川宗敬(頭頂部のみ)、星島二郎、苫米地義三、池田勇人の各全権=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400153

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    1951年09月08日
    調印する吉田首席全権 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、講和条約に調印する首席全権の吉田茂首相と、署名を見守る(右奥から手前に)一万田尚登、徳川宗敬(後頭部のみ)、星島二郎、苫米地義三、池田勇人の各全権=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022300248

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    1951年09月08日
    調印する池田全権 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、講和条約に調印する池田勇人全権と、署名を見守る首席全権の吉田茂首相=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400133

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    1951年09月08日
    調印する米国務長官 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、対日講和条約に調印する米国首席全権のアチソン国務長官=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400136

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    1951年09月08日
    調印式全景 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、対日講和条約調印式の全景。客席で舞台に向かって左側のライトの当たっているブロックが日本全権団の席=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400146

  • 1951年09月08日

    ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約の調印を終え、絶っていた葉巻を手に笑顔の首席全権、吉田茂首相。その右奥は三女の麻生和子の夫、麻生太賀吉衆院議員=1951(昭和26)年9月8日、サンフランシスコのマークホプキンスホテル(共同)

    商品コード: 2012112300041

  • 1951年09月08日
    4全権の印を刻んだ高畑さん

    講和条約日本全権団の印を刻んだ高畑石翠さん=1951(昭和26)年9月8日(26年内地2463)

    商品コード: 2013101700215

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    1951年09月08日
    全権の声明を聞く人たち サンフランシスコ講和条約

    対日講和条約が成立。サンフランシスコからの吉田首席全権の声明を聞く人たち=1951(昭和26)年9月8日、東京・銀座2丁目

    商品コード: 1951090850001

  • 1951年09月08日
    調印する池田全権 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、講和条約に調印する池田勇人全権と、署名を見守る(奥から時計回りで)吉田茂首席全権、一万田尚登、徳川宗敬(頭頂部のみ)、星島二郎、苫米地義三の各全権=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400131

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    1951年09月08日
    調印する豪州全権 サンフランシスコ講和会議

    1951(昭和26)年9月8日午前、対日講和条約に調印する豪州のスペンダー首席全権=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009022400138

  • 1951年09月08日

    ◎サンフランシスコ講和会議 会場に初めて日章旗 1951(昭和26)年9月8日、講和条約調印式が終了し、日本の独立が承認された。この朝初めて、壇上の各国旗の右端に日の丸が並べられた=サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 2009121400219

  • 1951年09月08日

    ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約の調印を終え、絶っていた葉巻を手に笑顔の首席全権、吉田茂首相=1951(昭和26)年9月8日、サンフランシスコのマークホプキンスホテル(共同)

    商品コード: 2012112300040

  • 1951年09月08日
    スケッチ7979 講和条約成立

    サンフランシスコ講和条約成立で、ラジオから流れる吉田茂首相・主席全権の声明を聴く人々=1951(昭和26)年9月8日、東京・銀座

    商品コード: 2016122100413

  • 1951年09月08日
    スケッチ7981 講和条約成立

    サンフランシスコ講和条約成立を受け、吉田首相・主席全権のラジオから流れる声明を聴く人々=1951(昭和26)年9月8日、東京・内幸町のNHK前

    商品コード: 2016122100414

  • 1951年09月08日
    スケッチ7984 講和条約成立

    サンフランシスコ講和条約成立を受け東京の春日神社では氏子たちが祝賀みこしを街に繰り出した=1951(昭和26)年9月8日、東京都大田区

    商品コード: 2016122100415

  • 1951年09月09日
    対日講和条約成立

    対日講和調印を祝い銀座通りに揚がった日の丸=1951(昭和26)年9月9日

    商品コード: 2009082400104

  • 1951年09月09日
    「あおば」の食堂車内 講和条約成立で写真速報

    対日講和条約成立で、写真速報が掲示された東北本線特急「あおば」の食堂車内=1951(昭和26)年9月9日

    商品コード: 1951090950002

  • 1951年09月09日
    スケッチ7991 講和条約成立

    鈴を鳴らしてサンフランシスコ講和条約成立を知らせる新聞号外=1951(昭和26)年9月9日、撮影場所不明

    商品コード: 2016122100416

  • 1951年09月09日
    スケッチ7995 講和条約成立

    サンフランシスコ講和条約成立を祝い銀座の街頭に揚がった日の丸=1951(昭和26)年9月9日、東京・銀座

    商品コード: 2016122100417

  • 1951年09月10日
    講和条約記念のピース

    15日から売り出される日の丸がついた記念たばこのピース=1951(昭和26)年9月10日、専売公社

    商品コード: 2013101700220

  • 1951年09月10日
    講和条約記念400万円宝くじ

    講和条約記念の宝くじを売る娘さん=1951(昭和26)年9月10日、場所不明

    商品コード: 2013101700223

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    1951年09月30日
    条約批准書上の御名御璽 対日講和条約調印

    対日講和条約調印の際、交わされた条約批准書上に記された昭和天皇の御名御璽=1951(昭和26)年11月19日(昭和_820)

    商品コード: 1951093050002

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    1951年09月30日
    サンフランシスコ講和会議

    講和会議の会場となったサンフランシスコのオペラハウス。会議は1951年9月4日から8日まで開かれ、最終日に対日講和条約が調印された(共同)

    商品コード: 2009022400130

  • 1951年09月30日
    銀座通りに日の丸 対日講和条約が成立

    米サンフランシスコで対日講和条約の調印が行われ、太平洋戦争以来の戦争状態に終止符を打った。国内では独立回復を祝い、各地に日の丸が掲げられた。写真は東京・銀座通りに掲げられた日の丸=1951(昭和26)年9月 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第2巻使用画像(表紙、P64)

    商品コード: 2015081300125

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    1951年10月05日

    ス 8182 ◎対日講和条約成立記念 大売り出しで1000円札のつかみ取り=1951(昭和26)年10月5日、大阪

    商品コード: 1951100550001

  • 1951年11月01日
    国会で講和記念植樹式

    講和条約締結を記念して、国会の正門脇にクスノキを植樹する(左手前から右へ)吉田茂首相、苫米地義三民主党最高委員長、池田勇人蔵相、星島二郎自由党常任総務、徳川宗敬緑風会議員総会議長(1人おいて)一万田尚登日銀総裁の各全権と、林譲治衆院議長、佐藤尚武参院議長=1951(昭和26)年11月1日(26年内地3024)

    商品コード: 2005071300346

  • 1952年04月05日
    スケッチ9273 「祝講和」の旗作りに忙しい旗屋

    サンフランシスコ講和条約の発効を前に、「祝講和」の旗作りに忙しい旗屋=1952(昭和27)年4月5日、撮影場所不明

    商品コード: 2017011600773

  • 1952年04月26日
    スケッチ9408 講和慶祝用の日の丸作り

    サンフランシスコ講和条約の発効を前に、講和慶祝用の日の丸作りに精を出す女性たち=1952(昭和27)年4月26日、東京都中央区銀座

    商品コード: 2017011600836

  • 1952年04月28日
    香淳皇后(皇太后)

    香淳皇后(皇太后) 天皇陛下と和服を召した皇后陛下(皇居・花陰亭)=1952(昭和27)年4月28付紙面掲載あり、撮影月日不確定、講和条約発効記事の併用写真として掲載)皇室、良子、ながこ、昭和天皇(裕仁)の皇后、斜、右、撮影、和服、皇7914

    商品コード: 2016012000098

  • 1952年04月29日
    神戸港の夜景

    講和条約発効の日の夜、六甲山から見た神戸港の夜景=1952(昭和27)年4月29日(内地地方475)

    商品コード: 2013020800513

  • 1952年04月29日
    神戸港の夜景

    講和条約発効の日の夜、六甲山から見た神戸港の夜景=1952(昭和27)年4月29日(内地地方475関連)

    商品コード: 2013020800514

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    1952年04月29日
    文字を描く小学生 校庭に「自立」の文字

    サンフランシスコ講和条約発効で連合軍の占領から解放された翌日、校庭に「自立」の文字を描く小学生=1952(昭和27)年4月29日

    商品コード: 1952042950005

  • 1952年04月29日
    多くの客であふれるホール 一大ブームの社交ダンス

    一大ブームとなった社交ダンス。講和条約が発効した翌日、ダンスホールは多くの客であふれた=1952(昭和27)年4月29日、東京都内

    商品コード: 1952042950001

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    1952年04月29日
    皇居前で万歳を叫ぶ人びと 日本独立回復の日

    サンフランシスコ講和条約の発効で日本は独立を回復。それを祝い皇居前で万歳を叫ぶ人びと=1952(昭和27)年4月29日(27年内地 1178(コマ))

    商品コード: 1952042950002

  • 1952年05月01日
    日本独立の日

    4月28日対日講和条約が発効し6年8カ月に及ぶGHQの日本占領は終止符を打ち各地で祝賀行事が行われた。東京・上野広小路の商店街の祝講和の旗=1952(昭和27)年5月1日(27年内地1170)

    商品コード: 2002120200044

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    1952年05月01日
    血のメーデー

    対日講和条約発効後初のメーデーで中央会場の明治神宮外苑から行進してきたデモ隊の一部約6000人が使用不許可の皇居前広場に乱入した。警備の警官隊は催涙ガスやピストルで応酬、乱闘で2人が死亡・双方で2300人が重軽傷を負った。皇居前で=1952(昭和27)年5月1日(27年内地1208)

    商品コード: 2002120200064

  • 1952年05月30日
    4大使、陛下にごあいさつ

    講和条約発効で独立を果たし、外交が再開。大使に任命された(後列左から)井口貞夫・駐カナダ大使、新木栄吉・駐米大使、松本俊一・駐英大使、西村熊雄・駐フランス大使、(前列左から)井口大使夫人の昌子さん、松本大使夫人の登喜子さん、西村大使夫人のトヨさん=1952(昭和27)年5月30日、宮内庁(27年内地1466)

    商品コード: 2012103100440

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    1976年05月28日
    公開されたファイル 外交文書を公開

    外務省が終戦から講和条約発効までの日本政府と連合国軍指令部(GHQ)の交渉経過を記した外交文書のファイルを初公開した=1976(昭和51)年5月28日、東京・麻布台の外務省外交資料館 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第7巻使用画像(P84)

    商品コード: 2015030200456

  • 1984年05月26日
    スリランカ大統領、首相と会談

    講和条約当時の写真を見ながら歓談するジャヤワルデネ・スリランカ大統領夫妻と中曽根首相=1984(昭和59)年5月26日、帝国ホテル

    商品コード: 1984052600016

  • 1991年06月27日
    条約に署名する吉田全権 サンフランシスコ講和条約

    サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂主席全権=1951年9月8日、米・サンフランシスコのオペラハウス(共同)

    商品コード: 1991062700038

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    1995年11月17日
    元捕虜の行動を監視 米ソ情報戦のおとりに

    )、社会412S、21日付朝刊用、解禁厳守  サンフランシスコでの対日講和条約調印式で署名する吉田茂首相=1951年9月8日(共同)

    商品コード: 2001032800103

  • 1998年12月09日
    (ほしじま・にろう) 星島二郎

    弁護士、政治家。1887(明治20)年、岡山生まれ。1920(大正9)年、衆議院議員に初当選し、以降17回連続当選を重ねる。普通選挙と女性参政権の推進、公娼廃止、治安維持法反対などの立場を取り、戦後は第一次吉田内閣の商工大臣、サンフランシスコ講和条約全権委員、衆議院議長などを歴任。岡山2区。1980年没=撮影は戦前と思われるが、年月日不詳

    商品コード: 1998120900211

  • 1999年08月26日
    吉田首相の演説原稿 占領糧に新たな道を

    )、企画11S、9月6日付朝刊以降使用、解禁厳守  サンフランシスコ講和条約の調印式で吉田茂首相が演説した巻紙の原稿(複製)。毛筆で書かれた長い巻紙原稿は「トイレットペーパー」と呼ばれ話題をさらった=東京・麻布台の外務省外交史料館別館

    商品コード: 1999082600167

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    1999年08月26日

    K1999-028699-1 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを越す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館、

    商品コード: 2009022000173

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    1999年08月26日

    K1999-028699-4 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを超す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館

    商品コード: 2009022000177

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    1999年08月26日

    K1999-028699-6 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを超す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館

    商品コード: 2009022000179

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    1999年08月26日

    K1999-028699-2 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを超す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館

    商品コード: 2009022000174

  • 1999年08月26日

    K1999-028699-7 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを超す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館

    商品コード: 2009022000180

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    1999年08月26日

    K1999-028699-5 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを超す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館

    商品コード: 2009022000181

  • 2001年09月03日
    対談する加藤、松本両氏 揺るがぬ信頼築き

    )、企画85S、6日付朝刊以降使用、解禁厳守、本文字句を差し替えた修正電文  対談する明治学院大の加藤典洋教授(左)と評論家の松本健一氏

    商品コード: 2001090300104

  • 2001年09月03日
    松本健一氏 揺るがぬ信頼築き

    )、企画85S、6日付朝刊以降使用、解禁厳守  対談する評論家の松本健一氏

    商品コード: 2001090300106

  • 2001年09月03日
    加藤典洋教授 揺るがぬ信頼築き

    )、企画85S、6日付朝刊以降使用、解禁厳守、本文字句を差し替えた修正電文  対談する明治学院大の加藤典洋教授

    商品コード: 2001090300105

  • 2002年01月30日

    M 6419 ◎小村寿太郎、こむら・じゅたろう、1855~1911年、大学南校(現東京大学)卒業後、文部省留学生として米国ハーバード大学に留学。帰国後外務省に入り翻訳局長、清国代理公使、外務次官を歴任、アメリカ、ロシア、清公使、桂内閣の外務大臣(1901年)、首席全権大使として日露講和条約を締結(1905年、米国ポーツマス市で)、侯爵(1907年)、外務大臣に再任(1908年)、米英独仏と幕末以来の不平等条約を改正(1911年)

    商品コード: 2002013000228

  • 2002年09月10日
    歌手生活をもなげうって

    サンフランシスコ講和条約で日本は国際社会に復帰した(昭和26年撮影)

    商品コード: 2002091000035

  • 2004年12月14日
    対日講和条約調印式 復興からバブル崩壊

    サンフランシスコでの対日講和条約調印式で、署名する吉田茂首相。翌年4月28日、同条約が発効し日本は独立を回復した=1951年9月8日(共同)

    商品コード: 2004121400091

  • 2005年07月01日
    対日講和条約の調印式 建前と本音使い分けも必要

    1951年9月8日、サンフランシスコでの対日講和条約調印式で署名する吉田茂首相(共同)

    商品コード: 2005070100148

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    2006年08月12日
    吉田茂首相と旧陸軍部隊 与野党、戦争教訓に学べ

    日本政府は対日講和条約で東京裁判を受諾、自ら戦争を検証することはなかった。サンフランシスコで条約に署名する吉田茂首相(当時)らと、靖国に参拝する旧陸軍部隊のコラージュ

    商品コード: 2006081200136

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    2009年02月20日

    K1999-028699-3 ◎サンフランシスコ講和会議 講和条約調印式前日の1951(昭和26)年9月7日夜(現地日付)、吉田茂首席全権が行った受諾演説の原稿(複製)。和紙に毛筆で書かれた原稿は30メートルを超す長さで、巻紙は外国メディアから「トイレットペーパーのようだ」と話題になった=1999(平成11)年8月26日、東京・麻布の外務省外交史料館

    商品コード: 2009022000176

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    2009年09月03日
    銀座通りに日の丸 祝講和成立

    1951(昭和26)年9月8日、米サンフランシスコで対日講和条約の調印が行われ、太平洋戦争以来の戦争状態に終止符を打った。独立回復を祝い東京・銀座通りなど、各地に日の丸が掲げられた。全権の吉田茂首相は駐留米軍への基地提供を認める日米安保条約にも調印した。両条約とも翌年4月に発効。

    商品コード: 2009090300145

  • 2010年03月11日
    講和記念の植樹運動 「緑の羽根」募金始まる

    1952(昭和27)年3月21日、東京・渋谷駅前で「緑の羽根」募金を呼び掛けるボーイスカウトの少年。国土緑化推進委員会と農林省が、サンフランシスコ講和条約を記念して「一人一木、記念の植樹」を標語に1千万本の植樹を目指した。

    商品コード: 2010031100250

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    2010年04月15日
    講和に向けた下準備 白洲次郎特使が訪米

    1950(昭和25)年4月25日、吉田茂首相特使の白洲次郎氏が池田勇人蔵相とともに羽田から訪米した。首相側近として連合国軍総司令部(GHQ)と折衝してきた白洲氏の役割は講和条約締結に向けた下準備。国務次官補らと会って条件整備したといわれる。蔵相秘書官の宮沢喜一氏も同行した。

    商品コード: 2010041500319

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    2010年04月22日
    講和条約が発効 日本独立の日

    1952(昭和27)年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効した日、東京・上野広小路の商店街に掲げられた「祝講和発効」の旗と日の丸。敗戦に伴う連合国軍の占領統治が終わりを告げ、日本は6年8カ月ぶりに独立を回復した。米軍の日本駐留を認める日米安全保障条約も同時に発効。

    商品コード: 2010042200229

  • 2010年05月13日
    食糧、戦後復興が課題 第1次吉田内閣成立

    1946(昭和21)年5月22日、自由党総裁、吉田茂(前列中央)が進歩党との連立による第1次吉田内閣を発足させた。4月に幣原喜重郎内閣が総辞職し政局が混乱した末の組閣で、食糧問題の解決が最重要課題だった。吉田は計5次にわたり政権を担当、講和条約の締結や経済復興など戦後日本の基礎を築いた。

    商品コード: 2010051300119

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    2010年08月18日
    署名するリンチ知事 日露講和調印記念日を制定

    17日、米ニューハンプシャー州の州都コンコードで、「ポーツマス講和条約の日」の条例に署名するジョン・リンチ知事(手前中央)(共同)

    商品コード: 2010081800038

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    2010年09月06日
    講演するドリアック会長 ポーツマスで多彩な行事

    5日、米ニューハンプシャー州ポーツマス市の市民講座で、1905年のポーツマス条約について講演する「ポーツマス講和条約フォーラム」のチャールズ・ドリアック会長(共同)

    商品コード: 2010090600069

  • 2010年09月06日
    講演するドリアック会長 ポーツマスで多彩な行事

    5日、米ニューハンプシャー州ポーツマス市の市民講座で、1905年のポーツマス条約について講演する「ポーツマス講和条約フォーラム」のチャールズ・ドリアック会長(共同)

    商品コード: 2010090600149

  • 2010年09月30日
    大阪、講和条約記念で 千円札のつかみ取り

    1951(昭和26)年10月5日、商店街の福引抽選会で特別賞の主婦が「千円札のつかみ取り」。戦後日本の独立が認められたサンフランシスコ講和条約調印を祝っての大売り出し。前年に発行された聖徳太子の新紙幣を景品に張り込んだのは大阪市の十三商店街。

    商品コード: 2010093000188

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    2011年01月20日
    GHQ接収の三井本館で 講和へダレス・吉田会談

    1951(昭和26)年1月29日、米国のダレス対日講和特使が吉田茂首相と東京・日本橋の三井本館で会談した。日本の独立と主権が認められるサンフランシスコ講和条約に加え、米軍に基地を提供する日米安保条約の骨子を固めた。同館は当時、連合国軍総司令部の外交局として接収されていた。

    商品コード: 2011012000173

  • 2011年09月01日
    トイレットペーパーと話題 講和条約受諾演説の原稿

    1951(昭和26)年9月7日、サンフランシスコ講和会議で吉田茂首席全権が行った条約受諾演説の原稿は毛筆で書かれ、広げると長さ30メートルを超す巻紙だった。「トイレットペーパー」と外国人記者の間で話題になるほどで、ワンマン宰相吉田はそれを持って演壇で20分間にわたる日本語演説を行った。(共同)

    商品コード: 2011090100333

  • 2011年10月06日
    日露講和条約の原本 ポーツマス条約

    日露講和条約(ポーツマス条約)の原本=2011年10月6日、東京都港区の外務省外交史料館

    商品コード: 2011100600504

  • 2011年10月06日
    日露講和条約の原本 ポーツマス条約

    日露講和条約(ポーツマス条約)の原本=2011年10月6日、東京都港区の外務省外交史料館(小村寿太郎と高平小五郎のサイン)

    商品コード: 2011100600505

  • 2011年10月06日
    日露講和条約の原本 ポーツマス条約

    日露講和条約(ポーツマス条約)の原本=2011年10月6日、東京都港区の外務省外交史料館

    商品コード: 2011100600507

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