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「重油」の写真・映像

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    1942年01月20日
    第1653号 「同盟写真特報」

    壮烈!鬼神も哭(な)く、帝国海軍ウエーキ島攻略、(1)我が空爆により爆碎(ばくさい)された敵重油タンク群(2)わが海鷲の必中弾に黒煙を噴き上げるピール島水上基地(3)巧妙に砂原を利用した敵秘密格納庫(4)わが猛爆下に慴伏するウエーキ島全景(5)我が空爆により地上撃破された敵戦闘機(6)ところ狭きばかりに立ち並ぶ敵兵舎=写真はいずれも海軍省提供=、昭和17年1月20日(火曜日)第1653号

    商品コード: 2009011900063

  • 1942年02月26日
    第1690号 「同盟写真特報」

    燃える業火、英国の弔鐘、今こそ甦るシンガポール軍港、写真は燃え続けるセレター軍港の重油タンク、海軍省許可済第571号、昭和17年2月26日(木曜日)第1690号

    商品コード: 2008062600314

  • 1950年02月14日
    南千住で重油が流失

    日本石油墨田川油槽所内のタンクから流れ出た重油をくみ取る作業員(東京都荒川区南千住)=1950(昭和25)年2月14日

    商品コード: 2013080200667

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    1954年10月16日
    大協石油四日市工場で大火

    黒煙を上げ燃えさかる大協石油四日市工場の重油タンク=1954(昭和29)年10月16日、三重県四日市市(29年内地13086)

    商品コード: 2006022700626

  • 1956年10月01日
    宗谷のバルジ

    巾1・5メートル、長さ60メートルのバルジ(出っ張り)の中は水100トンが入るタンクになっている。往路は重油を、南極では海水を入れパイプで左右のタンクに水を移し、船を横に揺すり凍結を防ぎ、砕氷をする=1956(昭和31)年10月1日(31年内地4352)

    商品コード: 2012071700342

  • 1957年04月12日
    第五北川丸沈没

    一面に重油が漂う沈没現場(広島県三原市鷲浦町佐木島)=1957(昭和32)年4月12日(32年内地642)空撮 (三原―宇品定期連絡船)

    商品コード: 2012061400067

  • 1964年02月22日
    高田焼(八代焼) 新式の重油窯

    新高田焼(伝統工芸)。窯は新式の重油窯で温度調整が自由にできる=1964(昭和39)年2月頃、熊本県八代市、クレジット:西日本新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2015100600340

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    1964年06月18日
    新潟地震

    炎を上げて燃え続ける昭和石油の重油タンクの消火作業=1964(昭和39)年6月18日、新潟市

    商品コード: 2011080300329

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    1965年02月11日
    女性が働き手

    笠岡市の六島は、真鍋島からさらに郵便船で約50分。この時期、主要農作物の除虫菊と麦が青さを誇っていた。男性は出稼ぎに行き、労働の主役は女性たち。前浦港から六島灯台まで約1キロの坂道を通り、50キロ入りの重油ドラム缶を運ぶ。狭い道でもあり、かなりの重労働だった。=1965(昭和40)年2月11日、岡山県笠岡市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112108672

  • 1965年07月16日
    夢の島でハエ退治の焦土作戦

    ハエ退治の「夢の島」焦土作戦で、重油をまく作業員=1965(昭和40)年7月16日、東京都江東区南砂町(40年内地3917)

    商品コード: 2011062900278

  • 1965年07月16日
    ハエ退治

    東京のごみ処理場「夢の島」で6月以来ハエが異常発生。ついに重油をまいて焦土作戦が実施された=1965(昭和40)年7月16日

    商品コード: 2003031800048

  • 1967年04月27日
    従業員寮で爆発

    床が抜け、メチャメチャになった1階ホール。手前左の円筒が爆発した地下1階の浴場用重油ボイラー=1967(昭和42)年4月27日、東京都品川区西大井

    商品コード: 2011033000148

  • 1974年08月23日
    犯人は英国大型タンカー

    アジア共石坂出製油所で荷揚げ中の「オーバーシーズ・ディスカバラー号」(上方)から流出した大量の油(手前)。同船は、ソ連産重油3万7千600キロリットルを積んでいた。流出油は、東西15キロ、南北8キロの広範囲に濃く広がり流出量は、200リットル入りドラム缶50本分と推定される=1974(昭和49)年8月23日午後1時30分ごろ、香川県坂出市沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012022700094

  • 1974年09月22日
    「むつ」ついに洋上補給

    原子力船「むつ」に接舷し給油テストをするタグボート「へらくれす」。仮停泊について地元の説得が難航、「むつ」を漂流させながら洋上補給をする方針を決め、重油と水を補給する=1974(昭和49)年9月22日午後3時、青森県尻屋崎沖東南東48キロで共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012031400202

  • 1974年11月15日
    雄洋丸、えい航を一時中止

    湾外へのえい航準備のため第10雄洋丸に乗り移る作業員。相変わらず東京湾富津沖で炎上を続ける同船に第3管区海上保安本部係官を乗船させ点検した結果、依然、危険な状態が続いているうえ、現場で重油抜き取りができる可能性が出てきたためえい航作業の一時休止を決めた=1974(昭和49)年11月15日

    商品コード: 2012052800128

  • 1974年12月19日
    三菱水島精油所で重油流出

    流出した重油で真っ黒になった水島港。18日夜、岡山県水島コンビナートにある三菱石油水島製油所の重油脱硫装置の5万キロリットル入り大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日午前11時30分ごろ、岡山県倉敷市水島海岸通で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012062100088

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    1974年12月19日
    水島湾にあふれ出した重油 三菱水島製油所で重油流出

    流出した重油が広がる水島港。18日夜、岡山県水島コンビナートにある三菱石油水島製油所の重油脱硫装置の大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日午前11時30分、岡山県倉敷市水島海岸通で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1974121950002

  • 1974年12月19日
    重油を回収する作業員 三菱水島製油所で重油流出

    水島港内に流れ出た重油をヒシャクを使ってドラム缶に回収する作業員。18日夜、岡山県水島コンビナートにある三菱石油水島製油所の重油脱硫装置の大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日、岡山県倉敷市

    商品コード: 1974121950003

  • 1974年12月19日
    三菱水島精油所で重油流出

    流出事故が起こった270番タンク(右)近くで行われる流出防止用の土のう運搬作業。18日夜、岡山県水島コンビナートにある三菱石油水島製油所の重油脱硫装置の5万キロリットル入り大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日、岡山県倉敷市水島海岸通

    商品コード: 2012062100087

  • 1974年12月19日
    三菱水島精油所で重油流出

    “人海戦術”を駆使して行われる流出防止用土のう手渡し搬送作業。後方が流出事故を起こした270番タンク。18日夜、岡山県水島コンビナートにある三菱石油水島製油所の重油脱硫装置の5万キロリットル入り大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日午前10時20分、岡山県倉敷市水島海岸通

    商品コード: 2012062100089

  • 1974年12月19日
    三菱水島精油所で重油流出

    一面油浸しになった三菱石油水島製油所構内。18日夜、水島コンビナートにある同製油所の重油脱硫装置の5万キロリットル入り大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日午前10時20分、岡山県倉敷市水島海岸通

    商品コード: 2012062100090

  • 1974年12月19日
    三菱水島精油所で重油流出

    亀裂ができ、重油が流出した三菱石油水島製油所の重油脱硫装置5万キロリットル入り270号タンク(手前左)。事故原因は、タンクの溶接が不完全だったためとみられる。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日午後4時20分、岡山県倉敷市水島海岸通で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012062100091

  • 1974年12月19日
    三菱水島精油所で重油流出

    日没を前に海上に流出した重油の回収をする作業船。18日夜、岡山県水島コンビナートにある三菱石油水島製油所の重油脱硫装置の5万キロリットル入り大型タンクに亀裂ができ、重油が流出した。流出量は、19日朝までに約2万キロリットル(ドラム缶10万本相当)にのぼり、うち約200キロリットルが水島湾にあふれ出した=1974(昭和49)年12月19日午後4時40分、岡山県倉敷市水島海岸通で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012062100092

  • 1974年12月20日
    三菱水島精油所で重油流出

    帯状に瀬戸内海の四国沖まで広い範囲に広がった三菱石油水島製油所の流出重油。左上の島は、香川県丸亀市の本島。18日夜、岡山県水島コンビナートの水島製油所から流出した重油は、潮風に乗って20日朝には高松市屋島の沖から丸亀、坂出市沖の塩飽諸島一帯の広い範囲に拡散し養殖ノリにも被害が出始めた=1974(昭和49)年12月20日午前9時40分、香川県丸亀市の本島沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012062100097

  • 1974年12月23日
    流出重油、鳴門海峡越える

    鳴門海峡を越え紀伊水道へと拡散する三菱石油水島製油所から流出した重油。流出重油の回収処理作業は、巡視船艇28隻、油回収船8隻、漁船など計500隻が出動して行われた。流出重油は、播磨灘を横断、小豆島南端から一部は鳴門海峡を越え、23日にも大阪湾に流入するとみられる=1974(昭和49)年12月23日午前11時、紀伊水道から鳴門海峡を共同通信社ヘリから撮影

    商品コード: 2012062100110

  • 1974年12月26日
    流出重油回収に人海作戦

    巡視船「はちじょう」の指揮の下に流出重油の回収をする漁船。白く反射している部分が三菱石油水島製油所から流出した重油。回収作業は、巡視船艇5隻、回収処理船3隻、漁船約80隻など計約100隻が出動して展開。鳴門海峡を境に、播磨灘と紀伊水道に分かれて、帯状になって浮流している重油塊をオイルフェンスで包んで吸い上げたり、ヒシャク、バケツですくい取ったりしたが、人海作戦ははかどらなかった=1974(昭和49)年12月26日午前9時30分、淡路島西方20キロで共同通信社特別機から

    商品コード: 2012062100127

  • 1974年12月26日
    大阪堺で重油がまた噴出

    重油が噴き出したゼネラル石油堺精油所の重油貯蔵用64番タンク。重油の噴き出した量は、約200リットル(ドラム缶1本分)。油量測定用の検丈管(直径15センチ、鉄製)内部で重油が凝固して詰まり、圧抜きパイプから流れ込んだ重油が逆流して噴き出したらしい=1974(昭和49)年12月26日、大阪府堺市築港浜寺町

    商品コード: 2012062100126

  • 1974年12月29日
    自衛隊が流出重油回収作戦

    岩場にベットリとくっついた重油を布きれなどで取り除く自衛隊員。水島コンビナートの三菱石油水島製油所の重油流出事故で海岸に打ち上げられた重油回収のため、岡山県の要請で自衛隊員305人が出動、重油をのみ込んだ砂をスコップですくいドラム缶に回収、日没までに約700メートルの海岸を清掃した=1974(昭和49)年12月29日、岡山県倉敷市の児島大室海岸

    商品コード: 2012062100137

  • 1975年01月05日
    小沢環境庁長官が現地視察

    流出原油の回収作業状況などを聞き、厳しい表情の小沢辰男環境庁長官。右端は、王越漁協の三木高敏組合長。三菱石油水島製油所重油流出事故により“死の海”と化した瀬戸内海一帯の海洋被害状況を自衛隊ヘリから視察した後、香川県の海岸線を視察してハマチ養殖場で被害状況を聞いた=1975(昭和50)年1月5日、香川県坂出市王越地区

    商品コード: 2012071700082

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    1975年01月14日
    重油流出事故から1ヶ月 見てくれこの油 消えぬ油地獄の不安

    海岸に付着した重油は厚さ20センチの層をつくり粘土状となっている。=1975(昭和50)年1月14日、鳴門市・日出湾

    商品コード: 2005102400145

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    1975年01月14日
    重油流出事故から1ヶ月 回収された重油 消えぬ油地獄の不安

    延べ6万人の人海戦術で回収された重油は埋め立て地に集められ、処理されるメドもなく放置されている、後方は屋島=1975(昭和50)年1月14日、高松市朝日町

    商品コード: 2005102400158

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    1975年01月14日
    重油流出事故から1ヶ月 油を恨み死にゆく貝 消えぬ油地獄の不安

    ハマグリはうつろななきがらを浜に残した=1975(昭和50)年1月14日、香川県・本島

    商品コード: 2005102400155

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    1975年01月14日
    重油流出事故から1ヶ月 トリプルパンチ 消えぬ油地獄の不安

    赤潮(47年)PCB・水銀汚染(49年)そして重油(49年)瀬戸内漁民の主婦は回収作業に出ていった=1975(昭和50)年1月14日、鳴門市・日出湾

    商品コード: 2005102400149

  • 1975年01月23日
    衆院公害・環境特別委

    水島製油所の重油流失事故について説明する渡辺武夫三菱石油社長(中央)左から2人目は大島俊夫三菱石油水島製油所所長、右は小沢環境庁長官=1975(昭和50)年1月23日、院内

    商品コード: 2005121300098

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    1975年01月27日
    瀬戸内で衝突、また油汚染

    小型タンカー第11松丸(手前)と貨物船宝山丸の衝突事故で流出した油の帯。衝突で松丸の重油タンクが損傷して、積荷のA重油約4キロリットル(ドラム缶20本分)が海上へ流出した=1975(昭和50)年1月27日午後3時20分、岡山県玉名市日比港沖で共同通信社ヘリから(50年内地 527)

    商品コード: 2012073100415

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    1975年01月30日
    重油流出を空から特殊撮影

    水島重油流出事故から18日後の1月4日、日本国土海洋総合学術診断委員会がチャーターしたYS11機から特殊撮影装置でとらえた油の拡散状況。画面下が海面でその濃い部分が油や油膜、上方は小豆島の一部。1月4日午前10時すぎ高度約千メートル上空から撮影。(Aは小豆島黒崎、Bは戸形崎、Cは門ケ鼻)=1975(昭和50)年1月30日

    商品コード: 2006030300020

  • 1975年02月05日
    博多湾でまた重油流出事故

    博多湾口で座礁、右舷のタンクから重油が流出したタンカー「第3如月丸」。後方は警戒する巡視船「くさかき」。積荷のC重油280キロリットルのうち約20キロリットルが流出、長さ約2キロ、幅600メートルにわたって帯状に拡散。事故海域は瀬が多く昨年もタンカーなど2隻が座礁している=1975(昭和50)年2月5日、共同通信社特別ヘリから

    商品コード: 2012073100432

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    1975年04月27日
    タンカー、貨物船と衝突

    第21大和丸(左上)から流出した重油で汚染された海面。右下は油処理船。濃霧注意報下の浦賀水道で、小型タンカーとノルウェー船籍の貨物船「スター・ビラボン号」が衝突、タンカーから積荷の重油約50キロリットルが流出した=1975(昭和50)年4月27日、東京湾浦賀水道で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012111500115

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    1975年04月27日
    タンカー、貨物船と衝突

    衝突で右舷に亀裂が生じた第21大和丸と重油の流出を防ぐためオイルフェンスを張るタグボート。濃霧注意報下の浦賀水道で、小型タンカーとノルウェー船籍の貨物船「スター・ビラボン号」が衝突、タンカーから積荷の重油約50キロリットルが流出した=1975(昭和50)年4月27日、東京湾浦賀水道で共同通信社ヘリから

    商品コード: 2012111500114

  • 1975年06月16日
    水島重油流出事故から半年

    半年たった今でも続けられている回収重油の処理作業。昨年の事故による瀬戸内海の汚染を総合的に調査していた環境庁は、水質、魚貝類などに関する基礎データをまとめ、最終報告する。重油の水質や魚貝類などに対する影響についてメスが入れられるのは世界でも初めて=1975(昭和50)年6月16日、岡山県倉敷市の三菱石油水島製油所

    商品コード: 2012121100124

  • 1975年06月16日
    水島の油流出を“告発”

    フィルムを整理、映画作りに余念がない今田守さん。水島の三菱石油重油流出事故から半年-。市民の目で汚染した瀬戸内海を“告発”した8ミリフィルム記録映画「褐色の海」が完成した。昨年の事故で香川県漁連から被害の証拠フィルム撮影を依頼され、各地を取材したが、「二度と起こしてはいけない事故、実態を多くの人に知ってもらおう」と決意、自前でドキュメンタリー映画の製作をした=1975(昭和50)年6月16日、高松市松島町

    商品コード: 2012121100123

  • 1975年07月18日
    水島コンビナートで事故

    12人の重軽傷者を出した爆発事故現場。中央部のワクの中に4基あった塩素脱水塔は1基を残して上半分が吹き飛んだ。三菱石油の重油流出事故以来、事故が続発している水島コンビナートの菱日株式会社水島第1工場で、塩素脱水塔が爆発して塔内の塩素ガスが噴出した=1975(昭和50)年7月18日午後5時30分、岡山県倉敷市水島

    商品コード: 2013020400084

  • 1975年12月12日
    補償にもツメ跡

    水島重油禍から1年、第2の重油流出事故に備え漁民が考案した円型の浮沈式移動いけす=1975(昭和50)年12月12日、香川県王越

    商品コード: 2006052300062

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    1975年12月18日
    三菱石油社長会見

    三菱石油重油流出事故最終報告書について語る渡辺三菱石油社長=1975(昭和50)年12月18日、東京・大手町の経団連会館

    商品コード: 2006042000293

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    1975年12月18日
    三菱石油重油流出事故調査委

    三菱石油水島製油所タンク原因調査委員会であいさつする木原委員長。右から2人目は佐々木消防庁長官=1975(昭和50)年12月18日、自治省

    商品コード: 2006042000296

  • 1976年11月30日
    クレージーホースの内部 新宿の雑居ビルで爆発

    爆発でメチャメチャになった「モナミビル」(地上9階、地下2階)4階のディスコ「クレージーホース」の内部。ビル地下の暖房用重油が不完全燃焼。発生したガスがダクトを伝わり、何かの火で引火、爆発したものとみられる=1976(昭和51)年11月30日、東京都新宿区歌舞伎町

    商品コード: 2014031900223

  • 1976年11月30日
    モナミビル 新宿の雑居ビルで爆発

    爆発のあった「モナミビル」(地上9階、地下2階)の救助活動を見守る通行人。ビル地下の暖房用重油が不完全燃焼。発生したガスがダクトを伝わり、何かの火で引火、爆発したものとみられる=1976(昭和51)年11月30日、東京都新宿区歌舞伎町

    商品コード: 2014031900222

  • 1977年06月30日
    白く光る関門海峡 外国貨物船同士が衝突

    沈没したインドネシア貨物船「モジェス・エボニー号」から流出した燃料用重油で白く光る関門海峡。下方右の大型船はパナマ貨物船「ズイダー・シー号」。上方の橋は関門大橋=1977(昭和52)年6月30日午前9時40分、関門海峡で共同通信社特別機から

    商品コード: 2014090900507

  • 1977年10月21日
    アル・サビヤー号 船体に亀裂重油千キロ流出

    船首部の亀裂でアル・サビヤー号(クウェート船籍)から帯状に幅約5キロ、長さ約75キロにわたって流出した重油。流出量は約千キロリットル(ドラム缶5千本分)程度とみられる=1977(昭和52)年10月21日午後0時20分、高知県室戸岬沖約70キロで共同通信社ヘリから

    商品コード: 2014120900465

  • 1977年10月26日
    流出重油の除去作業 流出重油が土佐沖漁場へ

    漁網を引いて流出重油の除去作業をする漁船。20日、高知県沖合で燃料タンクに亀裂を生じた外国タンカーから流出した重油は土佐沖を帯状に漂流、北上して26日朝には一部が高知県土佐市清水市の海岸など沿岸数カ所に漂着した=1977(昭和52)年10月26日午前10時、高知県幡多郡布岬の南1キロで共同通信社ヘリから

    商品コード: 2015010700301

  • 1977年11月02日
    めくれ上がった甲板 室戸沖でタンカー爆発炎上

    爆発でめくれ上がった日本水産所属大型タンカー「第3松島丸」の甲板。燃料のC重油1900トン、ダーティオイル9千トンのほぼ大半を燃やし、夕方には鎮火状態となった=1977(昭和52)年11月2日午後1時45分、高知県室戸岬沖で共同通信社特別機から

    商品コード: 2015010700357

  • 1977年11月02日
    黒煙を上げる第3松島丸 室戸沖でタンカー爆発炎上

    船体を左に傾け黒煙を上げる日本水産所属大型タンカー「第3松島丸」。燃料のC重油1900トン、ダーティオイル9千トンのほぼ大半を燃やし、夕方には鎮火状態となった=1977(昭和52)年11月2日午後1時45分、高知県室戸岬沖で共同通信社特別機から

    商品コード: 2015010700356

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    1978年06月12日
    宮城県沖地震

    地震で変形、重油が流出した東北石油のタンク=1978(昭和53)年6月12日、仙台新港(53年内地5366)

    商品コード: 2005081600081

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    1978年06月12日
    宮城県沖地震

    重油が流出した東北石油構内=1978(昭和53)年6月12日、仙台新港(53年内地5367)

    商品コード: 2005081600059

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    1978年06月12日
    宮城県沖地震

    海に流出した重油をくみ取る作業員=1978(昭和53)年6月12日、仙台新港・東北石油(53年内地5368)

    商品コード: 2005081600049

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    1978年06月13日
    宮城県沖地震

    変形した重油タンク=仙台新港・東北石油、1978(昭和53)年6月13日(53年内地5369)

    商品コード: 2005070700086

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    1978年06月13日
    宮城県沖地震

    オイルフェンスを張って重油流出を食い止める=1978(昭和53)年6月13日、仙台新港の東北石油

    商品コード: 2004052100144

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    1978年06月13日
    宮城県沖地震

    吸い取り紙を使って重油を回収をする作業員=1978(昭和53)年6月13日、仙台新港の東北石油

    商品コード: 2004052100145

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    1978年06月14日
    宮城県沖地震

    重油が流出した現場を視察する政府調査団の桜内義雄団長(右から3人目)=仙台市内、1978年6月14日

    商品コード: 2005080100085

  • 1980年01月10日
    温室も省エネ対策

    温室加温に欠かせない重油の値上げは栽培農家にとって頭の痛いところ。マスカット栽培で知られる岡山県浅口郡船穂町(現・倉敷市)の栽培農家では重油の値上げに対抗して省エネ対策に懸命。ガラス温室内を二重のビニールカーテンで覆っている。農家によると室内温度の保温力を高め、約30%の重油の節約を図っているそうだ。=1980(昭和55)年1月10日、岡山県倉敷市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019050801748

  • 1981年01月13日
    イチゴ ソ菜(野菜)

    重油不足でローソク暖房するイチゴハウス=1981(昭和56)年1月13日、神奈川県南足柄市、クレジット:日本農業新聞/共同通信イメージズ [菜ーA−543]

    商品コード: 2017071900561

  • 1981年01月13日
    イチゴ ソ菜(野菜)

    重油不足でローソク暖房するイチゴハウス=1981(昭和56)年1月13日、神奈川県南足柄市、クレジット:日本農業新聞/共同通信イメージズ [菜ーA−537]

    商品コード: 2017071900562

  • 1989年03月06日
    第2重油間接脱硫装置 水島の製油所で爆発、炎上

    炎上する日本鉱業水島製油所の第2重油間接脱硫装置=1989(平成元)年3月6日午前5時すぎ、岡山県倉敷市潮通

    商品コード: 2019100102479

  • 1989年03月06日
    炎上する第2重油間接脱硫装置 水島の製油所で爆発、炎上

    懸命な消火活動にもかかわらず炎上する日本鉱業水島製油所の第2重油間接脱硫装置=1989(平成元)年3月6日午前8時20分、岡山県倉敷市潮通(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2019100102480

  • 1989年03月06日
    爆発炎上する第2重油間接脱硫装置 水島の製油所で爆発、炎上

    爆発炎上する日本鉱業水島製油所の第2重油間接脱硫装置=1989(平成元)年3月6日午前8時20分、岡山県倉敷市潮通(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2019100102481

  • 1989年03月06日
    爆発炎上した第2重油間接脱硫装置 水島の製油所で爆発、炎上

    爆発炎上した日本鉱業水島製油所の第2重油間接脱硫装置(手前)。対岸は昭和49年に重油流失事故を起こした三菱石油水島製油所=1989(平成元)年3月6日午前8時すぎ、岡山県倉敷市潮通(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2019100102485

  • 1989年03月06日
    検証する岡山県警と倉敷消防局 高圧分離槽中心に検証

    爆発、炎上した第2重油脱硫装置周辺を検証する岡山県警と倉敷消防局の関係者=1989(平成元)年3月6日午後、岡山県倉敷市潮通の日本鉱業水島製油所

    商品コード: 2019100102490

  • 1989年03月09日
    岡山地裁33号法廷 原因不明と全被告に無罪

    三菱石油水島製油所の重油流出事故の判決公判が開かれた岡山地裁33号法廷=1989(平成元)年3月9日

    商品コード: 2019102500232

  • 1989年03月09日
    岡山地裁に入る谷主任検事ら 原因不明と全被告に無罪

    三菱石油水島製油所の重油流出事故の判決公判で、岡山地裁に入る谷主任検事(右)と高崎検事=1989(平成元)年3月9日午前9時47分

    商品コード: 2019102500269

  • 1989年03月09日
    記者会見する岡山地検の次席検事 裁判所と見解の違い

    三菱石油水島製油所の重油流出事故の判決後、記者会見する岡山地検の富村和光次席検事=1989(平成元)年3月9日、岡山地検

    商品コード: 2019102500272

  • 1990年01月31日
    流出重油若狭湾全域へ拡散

    船体が分断され船内の燃料タンクから重油が流出しているリベリア船籍の貨物船マリタイム・ガーデニア号=1990(平成2)年1月31日午後4時30分、京都府伊根町

    商品コード: 2020092804339

  • 1990年01月31日
    流出重油若狭湾全域へ拡散

    座礁したリベリア船籍の貨物船マリタイム・ガーデニア号(上方)から流出する重油で汚染された海岸=1990(平成2)年1月31日午後、京都府伊根町

    商品コード: 2020092804382

  • 1990年01月31日
    流出重油若狭湾全域へ拡散

    座礁した貨物船マリタイム・ガーデニア号から流出し、海岸の岩場に付着した重油をひしゃくを使って回収する地元の漁業組合員=1990(平成2)年1月31日午後、京都府伊根町

    商品コード: 2020092804396

  • 1990年02月01日
    最新鋭の油回収船投入も

    マリタイム・ガーデニア号(奥)が座礁、重油が流出した事故で、海岸に流れ着いた重油の回収作業を行う自衛隊員=1990(平成2)年2月1日午前11時、京都府伊根町

    商品コード: 2020092804766

  • 1990年02月05日
    天橋立汚染防止に全力

    丹後半島海岸で貨物船マリタイム・ガーデニア号が座礁、重油が流出した事故で、日本三景の一つ、天橋立を重油汚染から保護するため宮津湾口に張られたオイルフェンス=1990(平成2)年2月4日、京都府宮津市

    商品コード: 2020083100180

  • 1990年02月05日
    天橋立汚染防止に全力

    丹後半島海岸で貨物船マリタイム・ガーデニア号が座礁、重油が流出した事故で、日本三景の一つ、天橋立を重油汚染から保護するため宮津湾口に張られたオイルフェンス。後方は宮津市日置の街並み=1990(平成2)年2月5日午前10時50分、京都府宮津市(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2020083100181

  • 1990年02月05日
    流出重油は約500トン

    丹後半島海岸の重油流出事故で、積載重油のうち、約500トンが流出したリベリア船籍貨物船マリタイム・ガーデニア号=1990(平成2)年2月5日午前11時10分、京都府伊根町(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2020083100182

  • 1990年02月05日
    天橋立汚染防止に全力

    丹後半島海岸の重油流出事故で、天橋立(左後方)を重油汚染から保護するため宮津湾口に張られたオイルフェンス=1990(平成2)年2月5日午前10時50分、京都府宮津市(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2020083100183

  • 1990年02月05日
    シギ悲し油地獄

    (2)「油地獄」—くめども尽きない流出重油。イワノリも全滅だ=日本海の若狭湾の海岸

    商品コード: 2020083100192

  • 1990年02月05日
    シギ悲し油地獄

    (4)「袋詰め」—回収し袋に詰められた重油が海岸に山積み=京都府伊根町の丹後半島

    商品コード: 2020083100194

  • 1990年02月05日
    シギ悲し油地獄

    (5)「天橋立」—重油汚染が心配される名勝・天橋立

    商品コード: 2020083100195

  • 1990年02月09日
    漁業被害は推定1・8億円

    丹後半島海岸で座礁し、重油が流出したリベリア船籍貨物船マリタイム・ガーデニア号=1990(平成2)年2月5日、京都府伊根町(共同通信社ヘリから)

    商品コード: 2020083100276

  • 1990年02月16日
    重油流出の船長を略式起訴

    丹後半島海岸で座礁、重油大量流出事故を起こした貨物船マリタイム・ガーデニア号=1990(平成2)年2月5日、京都府伊根町(共同通信社ヘリから) 出稿日1990(平成2)年2月16日

    商品コード: 2020091701889

  • 1994年06月09日
    油化還元装置を導入 発泡スチロールを重油に

    宇都宮市中央卸売市場に導入された発泡スチロールを重油に変える油化還元装置=宇都宮市簗瀬町(リサイクル)

    商品コード: 1994060900002

  • 1995年01月11日
    タンカーに積み込む作業員 北朝鮮向け重油船積み開始

    11日、中国船籍のタンカーに北朝鮮向け重油を積み込む韓国・湖南精油の作業員=韓国・麗川(共同)

    商品コード: 1995011100048

  • 1995年01月11日
    タンカーに積み込む作業員 北朝鮮向け重油船積み開始

    11日、中国船籍のタンカーに北朝鮮向け重油を積み込む韓国・湖南精油の作業員=韓国・麗川(共同)

    商品コード: 1995011100055

  • 1996年11月13日
    新処理剤の開発に成功 海上流出重油を分解し拡散

    人工海水の表面に重油を浮かべた実験。新しい処理剤(左)ではへらの汚れは少ないが、従来の処理剤だと重油がべっとり付着した=13日午後、茨城県つくば市のシップ・アンド・オーシャン財団筑波研究所

    商品コード: 1996111300064

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    1997年01月04日
    漂うナホトカの船首 タンカー重油流出事故

    流れ出した大量の重油に囲まれて漂うロシア船籍タンカー「ナホトカ」の船首部分。後方は海上保安庁の巡視船=4日正午、福井県越前岬の北西約100キロ沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1997010400033

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    1997年01月04日
    流出重油の帯 タンカー重油流出事故

    ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」から流出し、若狭湾方面に不気味に延びる重油の帯=4日午後0時15分、福井県越前岬の北西約100キロ沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1997010400034

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    1997年01月05日
    「ナホトカ」の船首部分 タンカー重油流出事故

    対馬海流と風の影響で少しずつ石川県、福井県の沿岸に近づくタンカー「ナホトカ」の船首部分=5日午前、福井県・越前岬の北西約75キロ沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1997010500031

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    1997年01月05日
    現場上空の海保ヘリ タンカー重油流出事故

    「ナホトカ」から流出した重油の上空を飛ぶ海上保安庁のヘリ=5日午後0時55分、福井県・越前岬の北西約75キロ沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1997010500030

  • 1997年01月07日
    不安そうな人たち タンカー重油流出事故

    押し寄せた流出重油で汚染されたどす黒い海岸を不安そうに見つめる地元の人たち=7日午後、福井県三国町

    商品コード: 1997010700069

  • 1997年01月07日
    重油の帯 タンカー重油流出事故

    タンカー「ナホトカ」から流れ出た重油が帯状に広がる海面。左上は雄島=7日午後3時35分、福井県三国町沖で共同通信社ヘリから

    商品コード: 1997010700076

  • 1997年01月07日
    漂流するタンカー船首部分 タンカー重油流出事故

    強風にあおられ漂流するロシア船籍タンカー「ナホトカ」の船首部分=7日午前9時、福井県三国町の沖合

    商品コード: 1997010700024

  • 1997年01月07日
    警戒する漁業関係者 タンカー重油流出事故

    海岸に近づく流出重油を警戒する漁業関係者ら=7日午前8時15分、福井県芦原町北潟

    商品コード: 1997010700025

  • 1997年01月07日
    座礁した船首部分 タンカー重油流出事故

    約2800キロリットルの重油を内部に抱えたまま福井県三国町沖に流れ着いたタンカー「ナホトカ」の船首部分=7日午後3時35分、共同通信社ヘリから

    商品コード: 1997010700070

  • 1997年01月07日
    オイルフェンスの設置 タンカー重油流出事故

    流出重油を防ぐオイルフェンスを港に設置する人たち=7日午後2時30分、福井県三国町

    商品コード: 1997010700072

  • 1997年01月07日
    「ナホトカ」の船首部分 タンカー重油流出事故

    福井県三国町の沖合で座礁し、重油が流出し始めたタンカー「ナホトカ」の船首部分=7日午後3時20分

    商品コード: 1997010700077

  • 1997年01月07日
    米子市で油汚染の水鳥

    )、社会224S  ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」から流出した重油で汚染されたとみられるウミネコ(手前)。胸から腹にかけて油が付着している=7日午前、鳥取県米子市の日野川河口

    商品コード: 1997010700034

  • 1997年01月07日
    重油で汚染された海岸 タンカー重油流出事故

    漂着した流出重油で真っ黒に汚染された安島岬の海岸。沖合には漂流し、座礁したロシア船籍タンカー「ナホトカ」の船首部分が見える=7日午後3時、福井県三国町

    商品コード: 1997010700065

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