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「鈴木貫太郎」の写真・映像

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    1940年01月31日
    (すずき・かんたろう) 鈴木貫太郎

    海軍軍人、海軍大将、政治家、連合艦隊司令長官、海軍軍令部長を歴任し、1929年1月予備役編入と同時に昭和天皇の侍従長。在任中の1936年、二・二六事件で重傷を負う。1940年6月枢密院副議長、1944年枢密院議長。1945年4月内閣総理大臣に就任し、終戦工作を行う=1940(昭和15)年1月複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 2015011900200

  • 1930年11月25日
    (すずき・かんたろう) 鈴木貫太郎

    首相(1945年4月7日-8月17日)、海軍大将、枢密顧問官、大礼服、歴代首相・歴代総理=1930(昭和5)年11月25日複写

    商品コード: 2002051400039

  • 1945年06月09日
    鈴木貫太郎内閣

    議会開院式を前に記念撮影する鈴木内閣閣僚=1945(昭和20)年6月9日、国会

    商品コード: 2008051200343

  • 1945年06月09日
    鈴木貫太郎内閣誕生

    鈴木貫太郎内閣誕生=1945(昭和20)年6月9日、首相官邸

    商品コード: 2004020200052

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    2020年08月11日
    鈴木貫太郎と終戦の経過

    鈴木貫太郎と終戦の経過

    商品コード: 2020081101012

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    2020年08月11日
    鈴木貫太郎と終戦の経過

    鈴木貫太郎と終戦の経過

    商品コード: 2020081101009

  • 1930年11月25日
    昭和天皇の侍従長 鈴木貫太郎(すずき・かんたろう)

    海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将。海軍軍令部長を経て、予備役となり、1929年1月、昭和天皇の侍従長。2・26事件で重傷を負い、1936年11月にその職を引く。1945年4月7日から8月17日まで内閣総理大臣を務める=1930(昭和5)年11月25日複写(撮影月日不詳)

    商品コード: 2015071300417

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    2020年08月11日
    鈴木貫太郎 命狙われ、終戦翌月郷里に

    鈴木貫太郎

    商品コード: 2020081100639

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    2019年05月10日
    鈴木貫太郎 鈴木首相、終戦時の書寄贈

    鈴木貫太郎

    商品コード: 2019051004153

  • 1945年08月15日
    1945 Paris-presse World War Two ends and VJ Day

    1945 Paris-presse front page reporting the end of World War Two and VJ Day Date: 15th August 1945、クレジット:?John Frost Newspapers/Mary Evans Picture Library/共同通信イメージズ ※エディトリアル使用のみ。表紙、広告、プロモーション、商業目的での利用はお問合せください。クレジットは必ず表記してください。

    商品コード: 2019091600663

  • 1945年05月25日
    飛行機生産主要者激励会

    激励する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年5月25日

    商品コード: 2014081900210

  • 1945年06月09日
    衆院本会議

    施政演説する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年6月9日

    商品コード: 2014081900246

  • 1945年06月09日
    貴族院本会議

    施政演説する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年6月9日

    商品コード: 2014081900241

  • 1945年04月09日
    鈴木首相、初の放送

    就任後初の放送をする鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年4月8日、場所不明

    商品コード: 2014081900152

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    2019年05月10日
    鈴木貫太郎の書 鈴木首相、終戦時の書寄贈

    鈴木貫太郎が「天空海闊」と記した書の掛け軸=4月19日、千葉県野田市

    商品コード: 2019051000008

  • 1945年06月03日
    鈴木首相、横浜戦災地を視察

    横浜の戦災地を視察する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年6月3日

    商品コード: 2014081900220

  • 1945年06月03日
    鈴木首相、横浜戦災地を視察

    横浜の戦災地を視察する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年6月3日

    商品コード: 2014081900219

  • 1945年06月18日
    故閑院元帥宮殿下国葬

    鈴木貫太郎首相の玉串奉奠=1945(昭和20)年6月18日、豊島岡御墓所

    商品コード: 2014081900255

  • 1945年06月17日
    鈴木首相、中京地区視察

    戦災の中京を視察する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年6月17日、場所不明

    商品コード: 2014081900253

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    2017年08月08日
    談話の原稿と半藤さん この8月に想う

    8月15日の夜に放送された鈴木貫太郎首相の談話の原稿を持つ半藤一利さん

    商品コード: 2017080800682

  • 2015年07月17日
    鈴木貫太郎首相 鈴木首相、宣言「黙殺」

    1945年7月28日、内閣記者団と会見する鈴木貫太郎首相=首相官邸

    商品コード: 2015071700606

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    2019年04月11日
    寄贈された遺品 二・二六将校の遺品寄贈

    「鈴木貫太郎記念館」に寄贈された安藤輝三大尉の遺品=11日午後、千葉県野田市役所

    商品コード: 2019041101672

  • 1945年04月06日
    組閣

    組閣の大命を拝した鈴木貫太郎大将。宮中より退下自宅に入る=1945(昭和20)年4月6日、場所不明

    商品コード: 2014081900129

  • 1945年04月06日
    組閣

    組閣の大命を拝した鈴木貫太郎大将。宮中より退下自宅に入る=1945(昭和20)年4月6日

    商品コード: 2014081900131

  • 1945年04月07日
    鈴木内閣発足

    記念写真に納まる鈴木内閣。前列中央が鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年4月7日、首相官邸(20年内地183)

    商品コード: 2014081900133

  • 1945年06月28日
    比大統領、首相と会見

    鈴木貫太郎首相(左)と会見するフィリピンのラウレル大統領=1945(昭和20)年6月28日、首相官邸

    商品コード: 2014081900268

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    2017年08月08日
    談話の原稿 この8月に想う

    8月15日の夜に放送された、鈴木貫太郎首相の談話の原稿。「諸君の胸中はこの私も老兵の一人として」と書かれている

    商品コード: 2017080800683

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    2020年08月11日
    警察が記した動静録 命狙われ、終戦翌月郷里に

    終戦翌月の1945年9月に、鈴木貫太郎が故郷の千葉県関宿町に一時滞在した様子について警察が記した動静録

    商品コード: 2020081100648

  • 1945年04月26日
    鈴木首相招宴

    張景恵満州国国務総理の招宴であいさつする鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年4月26日、首相官邸

    商品コード: 2014081900205

  • 1945年04月26日
    鈴木首相招宴

    鈴木貫太郎首相にあいさつする張景恵満州国国務総理(左)=1945(昭和20)年4月26日、首相官邸

    商品コード: 2014081900206

  • 2001年07月24日

    「カラー」◎鈴木貫太郎、2001年東京都議選候補(当選)、荒川区、公明党、01年2月撮影、顔

    商品コード: 2001072400019

  • 1929年06月29日
    日本電報通信社資料

    重任を負って西園寺公望公爵を訪問した鈴木貫太郎侍従長(左)=1929(昭和4)年6月29日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011063000231

  • 1994年08月13日
    首相官邸(昔) 「あの時代」を忘れない

    昭和20年5月18日、首相官邸の中庭が農場となり、畑の手入れをする少年農兵隊を視察する鈴木貫太郎首相(中央)

    商品コード: 1994081300052

  • 1945年04月06日
    組閣

    組閣の大命を拝した鈴木貫太郎大将(中央)。宮中より退下自宅に入る=1945(昭和20)年4月6日

    商品コード: 2014081900128

  • 1945年04月26日
    張満州国総理、鈴木首相を訪問

    鈴木貫太郎首相(左)と乾杯する張景恵満州国国務務総理=1945(昭和20)年4月26日、首相官邸

    商品コード: 2014081900189

  • 1945年06月19日
    初の地方総監会議

    訓示する鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年6月19日、首相官邸(20年内地368)

    商品コード: 2014081900260

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    2020年08月11日
    鈴木貫太郎の動静録 命狙われ、終戦翌月郷里に

    終戦翌月の1945年9月に、鈴木貫太郎が故郷の千葉県関宿町に一時滞在した様子について警察が記した動静録

    商品コード: 2020081100647

  • 1945年12月08日
    岡田忠彦・政治家

    岡田忠彦(おかだ・ただひこ)、政治家。鈴木貫太郎内閣で厚相に就任=1945(昭和20)念12月8日

    商品コード: 2015071300201

  • 1954年04月16日
    松阪広政・検事

    松阪広政(まつざか・ひろまさ)、検事総長。鈴木貫太郎内閣で司法相に就任=1954(昭和29)年4月16日

    商品コード: 2015071300252

  • 2015年06月25日
    鈴木貫太郎 世界を驚かせた記事の謎

    首相就任が決まり、宮中から自宅に戻った鈴木貫太郎。就任直後、米大統領ルーズベルトの死去の報に同盟通信を通じて「深い哀悼の意」を米国民に伝えた=1945年4月6日

    商品コード: 2015062500641

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    1929年04月26日
    日本電報通信社資料

    陸軍大元帥の正装で靖国神社を参拝される天皇陛下(中央)。左手前は鈴木貫太郎侍従長=1929(昭和4)年4月26日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929042600001

  • 1932年04月27日
    天皇が靖国参拝 日本電報通信社資料

    靖国神社臨時大祭式典。御親拝の天皇陛下。後ろは鈴木貫太郎侍従長=1932(昭和7)年4月27日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015041700426

  • 1933年04月27日
    日本電報通信社資料

    靖国神社臨時大祭第二日の儀に行幸された天皇陛下。その後方は鈴木貫太郎侍従長=1933(昭和8)年4月27日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015111600198

  • 1929年04月26日
    日本電報通信社資料

    靖国神社に参拝する天皇陛下(左)。その後ろは鈴木貫太郎侍従長=1929(昭和4)年4月26日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2011042700245

  • 1945年04月16日
    桜井兵五郎

    桜井兵五郎(さくらい・ひょうごろう)、実業家、政治家。鈴木貫太郎内閣で国務相に就任=1945(昭和20)年4月16日

    商品コード: 2015071300243

  • 1936年02月26日
    侍従長公邸 二・二六事件(2・26事件)

    歩兵第三連隊の安藤輝三大尉率いる反乱部隊に襲われた侍従長公邸。鈴木貫太郎侍従長は重傷を負ったが一命を取り留めた=1936(昭和11)年2月26日、麹町区三番町

    商品コード: 2013030900207

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    1945年04月07日
    鈴木貫太郎内閣書記官長 迫水久常(さこみず・ひさつね)

    小磯内閣の辞任を受け、この日鈴木貫太郎内閣が成立。書記官長に就任した迫水は終戦工作の一翼を担うことになった=1945(昭和20)年4月7日、東京・永田町

    商品コード: 2014060900312

  • 1945年04月07日
    鈴木内閣発足

    記念写真に納まる鈴木内閣。前列中央が鈴木貫太郎首相=1945(昭和20)年4月7日、首相官邸(20年内地185Bの番号なし)

    商品コード: 2014081900138

  • 1945年07月28日
    鈴木首相が会見

    記者団と会見する鈴木貫太郎首相。この会見でポツダム宣言について問われ「ただ黙殺するだけである」と答えた=1945(昭和20)年7月28日、首相官邸

    商品コード: 2014081900286

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    2021年10月01日
    歴代首相5 最高権力者、戦前は同輩

    阿部信行(第36代)、米内光政(第37代)、東条英機(第40代)、小磯国昭(第41代)、鈴木貫太郎(第42代)、東久邇宮稔彦(第43代)

    商品コード: 2021100107080

  • 1945年04月07日
    組閣

    鈴木貫太郎内閣の組閣本部を出る大日本政治会総裁の南次郎大将=1945(昭和20)年4月7日、小石川丸山町の鈴木首相の私邸

    商品コード: 2014081900139

  • 1945年04月26日
    大使館におけるお茶の会

    鈴木貫太郎首相(左)と歓談する張景恵満州国国務総理=1945(昭和20)年4月26日、東京都麻布区桜田町の満州国大使館

    商品コード: 2014081900194

  • 1932年03月10日
    日本電報通信社資料

    陸軍記念日に戸山学校を訪れた天皇陛下。天皇の右後方は鈴木貫太郎侍従長=1932(昭和7)年3月10日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2009050800146

  • 2005年03月18日

    「カラー」【】 ◎鈴木貫太郎、すずき・かんたろう、第17期東京都議会議員選挙立候補予定者、荒川、公明党、現職、2005年3月1日撮影

    商品コード: 2005031800164

  • 1933年05月04日
    日本電報通信社資料

    聖上陛下、立川の陸軍航空本部技術部へ行幸。立川駅御着の天皇陛下。後方左は鈴木貫太郎侍従長、右は本庄繁侍従武官長=1933(昭和8)年5月4日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 2015112000267

  • 1929年01月22日
    日本電報通信社資料

    故珍田捨巳侍従長の後任を受諾した海軍軍令部長の鈴木貫太郎大将(中央)は、海軍省から就任式に参内した=1929年(昭和4年)1月22日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1929012200003

  • 1943年06月05日
    山本五十六元帥の国葬

    東京・芝の水交社を出て飯倉交差点(右手)から虎ノ門経由、日比谷公園の斎場に向かう山本五十六元帥の葬列。鈴木貫太郎大将(前列右端)、木村兵太郎中将(前列左端)など海陸12名の将星らが霊車に付き添った=1943(昭和18)年6月5日、東京・飯倉1丁目

    商品コード: 2005092900060

  • 1943年06月05日
    山本五十六元帥の国葬

    東京・芝の水交社を出て飯倉交差点(右奥)から虎ノ門経由、日比谷公園の斎場に向かう山本五十六元帥の葬列。鈴木貫太郎大将、木村兵太郎中将など海陸12名の将星らが霊車に付き添った=1943(昭和18)年6月5日、東京・飯倉1丁目

    商品コード: 2005092900061

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    1932年09月17日
    日本電報通信社資料

    黄海大海戦(日清戦争)の第38回記念日に集い祝う(左から)鈴木貫太郎侍従長、財部彪元海相、岡田啓介海相の各海軍大将ら=1932(昭和7)年9月17日、水交社(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1932091700001

  • 1931年04月13日
    日本電報通信社資料

    浜口内閣総辞職に伴う後継内閣について、西園寺公望公に御下問を伝えるため静岡県興津へ向かう鈴木貫太郎侍従長。西園寺公は「若槻礼次郎男爵」を奉答した=1931(昭和6)年4月13日(日本電報通信社撮影)

    商品コード: 1931041400003

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    1945年05月18日
    視察する鈴木貫太郎首相 官邸農場を視察

    首相官邸の中庭が農場となり、畑の手入れをする少年農兵隊を視察する鈴木貫太郎首相(中央)と石黒忠篤農商相(右後方)=1945(昭和20)年5月18日(平6国内10230)

    商品コード: 1945051850001

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    2014年09月30日
    鈴木内閣の閣僚たち 議会開院式を前に記念撮影

    議会開院式を前に記念撮影する鈴木貫太郎内閣の閣僚たち、4月7日に組閣、8月15日に総辞職した=1945(昭和20)年6月9日、国会 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第1巻使用画像(P62)

    商品コード: 2014093000439

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    2019年02月22日
    天皇と侍従長、武官長 反乱100日前に撮影

    1935年11月16日、陸軍特別大演習後の地方巡視で、鹿児島県の霧島神宮を参拝した昭和天皇(左)と随行した鈴木貫太郎侍従長(中)、本庄繁侍従武官長。約100日後、3人は二・二六事件に巻き込まれる。新聞聯合の内山林之助が撮影した

    商品コード: 2019022202071

  • 1960年04月10日
    (いしぐろ・ただあつ) 石黒忠篤

    官僚、政治家。農商務省に入省し、農務局長、農林次官などを歴任。退官後は第2次近衛内閣の農林大臣、鈴木貫太郎内閣の農商大臣に就任。戦後は参議院議員を務めたほか、全国農民連合会会長など農業関係団体の要職を歴任した。1960年3月没=1960(昭和35)年4月10日複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 1997012100085

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    2011年05月12日
    少年農兵隊が開墾 首相官邸も畑に

    1945(昭和20)年5月18日、太平洋戦争末期には首相官邸の中庭まで農地に変わった。芋類などを植え付ける畑の畝作りをするのは少年農兵隊。中央で鈴木貫太郎首相が見詰めている。出征で男手が少なくなると15歳前後の少年たちが食糧増産のため農地開墾に駆り出された。

    商品コード: 2011051200229

  • 1952年08月15日
    鈴木終戦内閣閣僚会同 語り合う7年前の今日

    語り合う終戦内閣閣僚ら。左側手前から池田純久、澤田範雄、松阪広政、岡田忠彦、鈴木貫太郎夫人、鈴木一、左近司政三、迫水久常、右側手前から八角三郎、廣瀬豊作、浅野良三、安井藤治、太田耕三の各氏=1952(昭和27)年8月15日、東京・浜町のスコット(27年内地2022)

    商品コード: 2012112800198

  • 1960年04月10日
    (いしぐろ・ただあつ) 石黒忠篤

    官僚、政治家。農商務省に入省し、農務局長、農林次官などを歴任。退官後は第2次近衛内閣の農林大臣、鈴木貫太郎内閣の農商大臣に就任。戦後は参院議員を務めたほか、全国農民連合会会長など農業関係団体の要職を歴任した。1960年3月没=1960(昭和35)年4月10日複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 1997012100086

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    2015年05月14日
    少年農兵隊が開墾 首相官邸も畑に

    1945(昭和20)年5月18日、太平洋戦争末期には首相官邸の中庭までが農地に変わった。芋類などを植え付ける畑の畝作りをするのは少年農兵隊、中央で鈴木貫太郎首相が見詰めている。出征で男手が少なくなると15歳前後の少年たちが食糧増産のため農地開墾に駆り出された。

    商品コード: 2015051400284

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    1941年10月20日

    M_2973 ◎東郷茂徳(とうごう・しげのり) 外交官、政治家。太平洋戦争開戦時(東条内閣)と終戦時(鈴木貫太郎内閣)の二度にわたり外務大臣を務める。戦後、A級戦犯として極東国際軍事裁判で禁錮20年の判決を受け、巣鴨拘置所で拘禁中の1945年7月病没=1941(昭和16)年10月20日複写(撮影年月日不詳)

    商品コード: 1941102000001

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    1945年04月07日
    鈴木内閣発足

    記念写真に納まる鈴木内閣。1)鈴木貫太郎首相、2)米内光政海軍相、3)石黒忠篤農商相、4)松阪広政司法相、5)岡田忠彦厚相、6)桜井兵五郎国務相、7)左近司政三国務相、8)豊田貞次郎軍需相、9)広瀬豊作蔵相、10)下村宏国務相、11)阿南惟幾陸軍相、12)安倍源基内務相、13)太田耕造文相、14)迫水久常内閣書記官長=1945(昭和20)年4月7日、首相官邸(20年内地185B)

    商品コード: 2014081900136

  • 2018年09月14日
    鈴木侍従長と本庄武官長も 天皇が霧島神宮を参拝

    1935(昭和10)年11月16日、陸軍特別大演習統監のため鹿児島、宮崎を行幸中の昭和天皇(左)は、鹿児島県の霧島神宮を参拝した。その後ろは鈴木貫太郎侍従長(中)と本庄繁侍従武官長(右)。この約百日後、二・二六事件が発生した。鈴木侍従長は決起将校に襲われ重傷を負い、天皇は最初から断固鎮定の意思を表明、本庄侍従武官長は決起将校をかばう態度に終始し、事件後、引責辞任した。この写真は新聞聯合社の内山林之助カメラマンが撮影したもので、3人がそろった写真は珍しい。

    商品コード: 2018091404759

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