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「長崎奉行所」の写真・映像

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  • 2005年07月11日
    復元された長崎奉行所 博物館の民間委託に賛否

    11月にオープンする長崎歴史文化博物館内に復元された長崎奉行所

  • 2005年03月28日
    出土したポッペン 国内最古のポッペン出土

    長崎市の長崎奉行所跡周辺から出土した国内最古の吹きガラス製玩具「ポッペン」=28日

    撮影: 28日

  • 2003年06月30日
    新たに出土した石畳 石畳などが新たに出土

    長崎奉行所跡から新たに出土した、正門階段(左)につながる石畳=6月30日午後、長崎市立山

  • 2002年09月13日
    発火した岩石 発掘現場の岩石から炎

    江戸時代の長崎奉行所跡の発掘現場で発火した岩石=13日午前、長崎市立山

    撮影: 13日午前、長崎市立山

  • 2002年09月04日
    出土した正門の石段 長崎奉行所の正門が出現

    江戸時代の長崎奉行所跡で出土した正門の石段=4日午後、長崎市立山

    撮影: 4日午後、長崎市立山

  • 2002年04月12日
    石垣や階段とみられる遺構 長崎奉行所の正門跡を発見

    長崎市立山の長崎奉行所跡から見つかった、正門の石垣(手前)や階段(右上)の一部とみられる遺構=12日午後

  • 1997年09月12日
    岩盤を彫り込んだ池 長崎奉行所跡から池を発掘

    長崎奉行所跡で発掘された、岩盤を彫り込んで造られた池=12日午後、長崎市立山

    撮影: 12日午後、長崎市立山

  • 1994年03月30日
    発見者の片桐教授 宣教師への尋問書発見

    宣教師に対する尋問書の写しを前にする発見者の片桐青山学院大教授=30日午後、長崎市鳴滝のシーボルト記念館(鎖国下の日本で、キリスト教を布教するため鹿児島県・屋久島に潜入、捕らわれたイタリア人宣教師シドッチに対する長崎奉行所の24カ条の尋問書の写しが長崎市のシーボルト記念館で見つかった)

    撮影: 30日午後、長崎市鳴滝のシーボルト記念館

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    師範学校正門

    明治7年(1874)に創立されたばかりの長崎官立師範学校の正門である。門を入った左手の旧長崎奉行所の建物と新築の右手の建物が校舎(旧県知事公舎の場所)として利用された。明治5年(1872)東京に官立(国立)の師範学校が設立され、その後日本各地に設置されたが、東京師範学校と東京女子師範学校を除き、すべて府県に移管された。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐5‐0]

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    大徳寺跡から西役所跡を望む

    大徳寺跡の境内から銅座川越しに長崎奉行所西役所跡(旧県庁)を望む。西役所の建物はすでになく空き地となっている。明治7年(1874)7月に初代の木造県庁が竣工するが、8月20日の台風で倒壊する。初代県庁舎の建設が始まる前の明治6年(1873)頃の撮影であろう。左の白い大きな建物は現十八銀行本店の場所。中央の木の場所は薩摩屋敷であるが、大きかった本屋はすでに見えない。銅座川には新地蔵所の表門だった石橋の新地橋が写っている。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐28‐0]

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    旧長崎奉行所と師範学校

    聖福寺付近から撮影している。中央は立山の旧長崎奉行所と明治7年(1874)に新築されたばかりの長崎官立師範学校である。長崎奉行所の原型を写す写真として珍しい。平成17年(2005)、この場所に長崎歴史文化博物館が建てられた。背後の伊良林には慶応元年(1865)に坂本龍馬が結成した亀山社中の拠点となった建物が見える。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐4‐0]

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    海上からの出島パノラマ組写真

    梅香崎の長崎税関岸壁の先端あたりから撮影された出島のパノラマ組写真の左側。出島の背後には、旧長崎奉行所西役所の建物も、明治7年(1874)7月に竣工する木造の初代長崎県庁舎も見えない。コロニアルな建物や旗竿の見える旧カピタンハウスの形が明晰である。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐49‐0]

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    風頭からの長崎市街鳥瞰(県庁側)

    風頭山の中腹、延命寺側の幣振(へいふり)坂の途中からの長崎市街の鳥瞰写真。右下が延命寺の山門。長崎奉行所西役所がおかれていた左端の茂みには明治7年(1874)に建てられる県庁の建物はまだない。まもなく県庁前に整備される地方裁判所、区裁判所、控訴院もない。町全体として江戸期の建物や土蔵を残している。=1874(明治7)年頃、長崎、撮影者:上野彦馬?、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号118‐42‐0]

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