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「西大寺町」の写真・グラフィックス・映像

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  •  撤去が決まった表町商店街の時計台
    2024年02月07日
    撤去が決まった表町商店街の時計台

    イベントスペースの整備に向けて撤去が決まった時計台。岡山県岡山市表町商店街の南部にある時計台が撤去されることが決まった。昨年9月グランドオープンの岡山芸術創造劇場ハレノワ(同市北区表町)と連動したにぎわい創出を見据え、一帯がイベントスペースに衣替えされるためだ。県都の待ち合わせスポットとして親しまれたシンボルはおよそ半世紀の歴史に幕を下ろす。時計台は西大寺町、千日前、紙屋町の各商店街が交差する十字路の中央、サーカスドームの下にある。高さ約7メートル、幅約0・8メートルの四角柱で、上部にアナログ時計、下部に反射鏡が取り付けられている。=2024(令和6)年2月7日、岡山県岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2024021506831

  •  マツタケ安いよ!
    1970年10月14日
    マツタケ安いよ!

    〝秋の味覚〞マツタケが岡山市内でどっと出回り始め、消費者を喜ばせている。今シーズンは出足不調だったが、9月下旬の適度な気温と雨が幸いして一気に持ち直し、入荷が急増。県内産地は7年ぶりの豊作という。新西大寺町の八百屋店頭では、1本つぼみで180円、ひらきで100円まで下がったマツタケを主婦らが次々に手に取っては香りを楽しみ、笑顔で買い求めていた。=1970(昭和45)年10月14日、岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018121821483

  •  お盆は人力車で
    1968年08月13日
    お盆は人力車で

    自動車の時代に何とも古風な…。お盆の13日朝、岡山市西大寺町のカーラッシュの中を時速10キロの人力車がゆうゆうと走る。車上は岡山市西大寺町の西宝寺住職の赤松敏之さん。毎年お盆には市内約200軒の檀家巡りに人力車を使っている。それにしても車の間を走る姿は浮き世離れしているというか、悠然としたものだった。=1968(昭和43)年8月13日、岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018121801364

  •  岡山大学祭で仮装行列
    1965年10月30日
    岡山大学祭で仮装行列

    「岡山大学祭」が11月3日までの日程で開幕。初日は仮装行列の市中パレードや前夜祭などが行われ、祭りムードを盛り上げた。市中パレードには学内のサークルなど34団体から約1300人が参加。津島キャンパスを出発、柳川、西大寺町など市中心部の目抜き通りを練り歩いた。政府に抗議するなど時局を反映したプラカードが見られる一方、テレビで人気の「鉄腕アトム」「オバケのQ太郎」などの楽しい仮装も登場。沿道から拍手や声援が送られた。=1965(昭和40)年10月30日、岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018112108548

  •  にぎわう岡山競馬
    1956年09月11日
    にぎわう岡山競馬

    岡山市三蟠の県営競馬場で行われた岡山競馬のレース風景。岡山県と岡山市が年に数回開催し、女子プロレスやオートバイレースなどの余興もあった。岡山競馬は昭和2年、上道郡西大寺町で始まり、5年後、岡山市原尾島に、昭和28年、三蟠に移転した。三蟠での第1回県営競馬は6日間で300頭が出走、馬券売上2500万円余だった。客離れから昭和33年に廃止、跡地には農機具工場などが誘致された。=1956(昭和31)年9月11日、岡山市三蟠(現・岡山市江並) 、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018101818122

  •  映画館「大福座」
    1954年08月23日
    映画館「大福座」

    昨年4月1日、鳴り物入りでオープンした岡山市表町の「三丁目劇場」。「約50年前、同じ場所には何があったでしょう」―いま、この問いに答えられる人はそう多くはないはず。正解がこの写真。当時、庶民の娯楽の代表だった映画の上映館「大福座」があった。新西大寺町商店街のアーケードはまだない。その後、この場所はボウリング場、家具展示・販売場などを経て現在の「笑いの館」に生まれ変わった。=1954(昭和29)年8月23日、岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018091220664

  •  通行人もオヤッ!
    1953年08月03日
    通行人もオヤッ!

    岡山市西大寺町電停付近にニュールックの水着、麦わら帽子、ハイヒールの女性3人がさっそうと現れ、通行人を驚かせた。これは、同市内の自動車関係の会社が行ったコマーシャル活動。3人はちらしを配るなどしたが、新しい宣伝の仕方に大人も子どももビックリ。=1953(昭和28)年8月3日、岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018061501339

  •  灰色から緑の街へ
    1953年03月30日
    灰色から緑の街へ

    「灰色の平面的な街」といわれる岡山市を魅力ある緑の街にしようと、市内各所で大がかりな緑化計画が進められている。柳川―新西大寺町間の柳川線大通りでは、県戦災復興事務所により植樹が進められている。10メートル間隔に柳60本を植える計画。市も4月初めから、主要道や各種施設、事業所の周辺などに順次、カエデ、クスノキなど500本を植える予定。岡山商工会議所も植樹運動に着手。近く、市内の小、中、高校23校にポプラ、イチョウなど3500本を植える。=1953(昭和28)年3月30日、岡山市、クレジット:山陽新聞/共同通信イメージズ

    商品コード: 2018061501328

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