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「馬車」の写真・グラフィックス・映像

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  •  沓掛からの浅間山
    1904年12月31日
    沓掛からの浅間山

    浅間根腰の三宿の一つ沓掛宿から見た浅間山(2568m)。浅間山の南麓を中山道が通っているが、馬車交通が見られるのは、明治16年(1883)長野県七道開鑿事業の第一路線開通後の写真であることを示す。流れている小河川は湯川。当時農用林野として広く使われていたので、森林が少ない。その中で天然のモミ林が目立っている。=1904(明治37)年、長野、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号97‐62‐0]

    商品コード: 2017081401696

  •  日光街道の杉並木
    1904年12月31日
    日光街道の杉並木

    日光街道の杉並木を写したステレオ写真。日光は雨が多く、ぬかる路面は通行人ばかりでなく、人力車や馬車の往来に支障をきたした。写真を見ると、道路の左右に雨水を流す排水路が掘られている。人力車や行商人、旅人、蝙蝠傘を持つ人物や、それらの背後に電信柱が見える。=1904(明治37)年、日光、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号97‐57‐0]

    商品コード: 2017081401691

  •  本牧十二天の茶屋
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    本牧十二天の茶屋

    元治元年(1864)、本牧および根岸を廻る外国人遊歩新道が開設された。翌年には馬車も通行できるようになり、風光明媚で知られる本牧十二天へは山手の山裾に沿った道が通じた。沿道には茶屋が設けられ、また海水浴や潮干狩りでも賑わった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号68‐3‐2]

    商品コード: 2017082400324

  •  本牧十二天の茶屋
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    本牧十二天の茶屋

    元治元年(1864)、本牧および根岸を廻る外国人遊歩新道が開設された。翌年には馬車も通行できるようになり、風光明媚で知られる本牧十二天へは山手の山裾に沿った道が通じた。沿道には茶屋が設けられ、また海水浴や潮干狩りでも賑わった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号55‐5‐0]

    商品コード: 2017081002753

  •  馬車と御者
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    馬車と御者

    馬車と御者=撮影年月日不明、清国、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号46‐16‐0]

    商品コード: 2017080902788

  •  横浜馬車道通り
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    横浜馬車道通り

    大正末期の馬車道通りを撮影した絵はがき。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号20‐29‐0]

    商品コード: 2019060307932

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    中山道の松並木

    中山道が五街道のNo2として開設されたのは、慶長7年(1602)である。その際街道の並木として松もしくは杉が植えられた。中山道では安中(群馬県)の杉並木が有名だが、第二次大戦後車の排気ガスでその多くが枯死した。ところが中山道の笠取峠では旧中山道に平行して国道142号のバイパスが建設されて、公害から松並木を守っている。茶屋の前に停まっている人力車は、馬車が通れるように改修された街道であることを示している。=撮影年月日不明、長野、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐48‐0]

    商品コード: 2017082300950

  •  東海道の橋からの富士山
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    東海道の橋からの富士山

    富士市鈴川にある河合橋(かわいばし)から北方の富士山を遠望したもの。河合橋は沼川を渡る東海道に架けられた橋である。西側の橋の袂には特徴的な松が生え、東側の袂は船着場となり茅葺き屋根の小屋が建つ。橋上に馬車鉄道の軌道がないため、明治23年以前の撮影である。=撮影年月日不明、静岡、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号82‐1‐0]

    商品コード: 2017081401328

  •  江ノ島
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    江ノ島

    撮影者未詳。明治時代の写真か。‘Yenoshima'のタイトルがある。鎌倉七里ヶ浜からの眺めで、手前に馬子(まご)と荷馬車が写り、右側に小動岬(こゆるぎみさき)と腰越(こしごえ)の集落がある。ところで、江戸時代後期には近海に出没する外国船を監視するため、小動岬に遠見番所が置かれていた。=撮影年月日不明、江ノ島、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号87‐28‐0]

    商品コード: 2017081400759

  •  本牧十二天の茶屋
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    本牧十二天の茶屋

    元治元年(1864)、本牧および根岸を廻る外国人遊歩新道が開設された。翌年には馬車も通行できるようになり、風光明媚で知られる本牧十二天へは山手の山裾に沿った道が通じた。沿道には茶屋が設けられ、また海水浴や潮干狩りでも賑わった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号55‐34‐0]

    商品コード: 2017081002763

  •  湯本温泉旅館
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    湯本温泉旅館

    明治18年(1885)9月新設の木造トラス橋が早川に架かり、福住旅館に通じている。この橋は明治26年(1893)に少し上流に移設されるので、それ以前である。左手の湯坂山の麓、湯本温泉街上方に見える白い建物は明治13年(1880)建設のハリストス教会箱根避暑館。馬車鉄道の駅の有無は確認不能。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号82‐21‐0]

    商品コード: 2017081401323

  •  日光街道の杉並木
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    日光街道の杉並木

    現在の今市市近郊の日光街道杉並木。杉並木の根元周囲や道路の両側は驚くほど整然としている。路面に数種類の轍の跡が見える。人力車や乗合馬車、さらには乗合自動車などの交通手段が多様化した時代に撮られたものか。=撮影年月日不明、日光、撮影者:スチルフリード、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号78‐40‐0]

    商品コード: 2017081401109

  •  侍姿の役者
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    侍姿の役者

    裏に東京浅草大代地;横浜馬車道;写真師内田九一のシールが貼ってある。内田九一の役者シリーズ(名刺写真)の一枚。スタディオの書割の前で役者が武士の姿でポーズをとっている。=撮影年月日不明、場所不明、撮影者:内田九一、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号96‐27‐0]

    商品コード: 2017081401584

  •  本牧十二天の茶屋
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    本牧十二天の茶屋

    元治元年(1864)、本牧および根岸を廻る外国人遊歩新道が開設された。翌年には馬車も通行できるようになり、風光明媚で知られる本牧十二天へは山手の山裾に沿った道が通じた。沿道には茶屋が設けられ、また海水浴や潮干狩りでも賑わった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号48‐88‐0]

    商品コード: 2017080903189

  •  本牧十二天の茶屋
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    本牧十二天の茶屋

    元治元年(1864)、本牧および根岸を廻る外国人遊歩新道が開設された。翌年には馬車も通行できるようになり、風光明媚で知られる本牧十二天へは山手の山裾に沿った道が通じた。沿道には茶屋が設けられ、また海水浴や潮干狩りでも賑わった。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐28‐0]

    商品コード: 2017082301004

  •  中山道の松並木
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    中山道の松並木

    笠取峠には2kmにわたり赤松の並木道が残されている。写真は明治20年代にとられたものだが、江戸時代と異なるのは、街道が改修されて馬車・荷車・人力車の交通が可能になっていることである。明治時代に比較して松の数は減ったが、現在106本の赤松の巨樹が残存している。いずれも樹齢150~300年以上の老木である。=撮影年月日不明、長野、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐49‐0]

    商品コード: 2017082301058

  •  堀川運河と増徳院
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    堀川運河と増徳院

    英語で「運河、横浜」と記入されているが、横浜の堀川沿いである。外国人居留地109番付近から堀川を挟んで、対岸の元町の増徳院方面をみている。手前には荷駄をひく馬車がみられる。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号10‐6‐0]

    商品コード: 2017080201196

  •  横浜馬車道富竹亭
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    横浜馬車道富竹亭

    横浜馬車道富竹亭=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号108‐14‐0]

    商品コード: 2017081501991

  •  幌付きの馬車
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    幌付きの馬車

    幌付きの馬車=撮影年月日不明、清国、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号46‐17‐0]

    商品コード: 2017080902774

  •  茂木への道
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    茂木への道

    明治時代の茂木は居留外国人の保養地として、また、雲仙や熊本方面への港として賑わった。そのために茂木街道は、明治18年(1885)、人力車や荷馬車が通行できる近代的な道路に改修された。写真は田上峠に向かう途中。平地の少ない長崎の食料を賄うために、愛宕山の山頂まで耕し尽くされた畑が特徴的な明治後半(1895頃)の写真。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号107‐12‐0]

    商品コード: 2017081502058

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