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  1. 2017081502037

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 対岸から見た長崎港パノラマ(3枚組)  大波止から新地、大浦海岸通り、松ヶ枝橋、南山手、小曽根、浪の平、古河町に至る3枚綴りのパノラマ写真。中島川変流工事が終わり、新大橋、梅香崎橋、松ヶ枝橋がすでに架設されているので、明治20年(1887)代後半の撮影。1枚目は、左側に海から見た出島の全景、中央に新大橋、新地と続き、梅香崎まで。2枚目は、梅香崎から南山手ロシア領事館付近まで。居留地の中心部が写されている。3枚目は、南山手居留地中心部から南端を越え、古河町まで。南山手居留地の南端が写されている。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号107‐1‐0]

  2. 2017080902256

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 島原藩下屋敷  この場所は現在三田2丁目の「綱坂」である。右の長屋は肥前島原藩松平家中屋敷となり、坂上の右手が伊豫松山藩松平家中屋敷、坂の左が陸奥会津藩松平家下屋敷。現在右手坂下は慶応義塾大学で坂上はイタリア大使館。左の佐土原藩及び松山藩の屋敷跡は綱町三井倶楽部の敷地になっている。文久3年(1863)撮影と思われる。=撮影年月日不明、東京、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号36‐20‐0]

  3. 2017081401034

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 姫路城  「白鷺城(しらさぎじょう)」とも呼ばれる姫路城(兵庫県姫路市 国宝)の天守を、南東方向から撮影、明治中期。この5重7階の天守は、関ケ原の戦いの後入城した池田輝政によって、秀吉の3重の旧天守を解体した上に築造された。近世城郭建築の粋を凝らした名建築で、平成5(1993)年に日本初の世界文化遺産に登録された。=撮影年月日不明、姫路、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号93‐35‐0]

  4. 2017081401121

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 有馬様の屋敷  左の築地塀が筑後久留米藩有馬家上屋敷である。右の長屋塀は筑前秋月藩黒田家上屋敷。突き当たりの大木のある所は天祖神社。元神明又は小山神社とも称され、芝大神宮の旧地であると言われている。この辺りはいま港区三田1丁目である。古川に架かる中ノ橋を背にして南の方向を撮影したもの。現在、左の有馬家の屋敷跡は東京専売病院の敷地、右の黒田家の屋敷跡はマンションになっている。=撮影年月日不明、東京、撮影者:スチルフリード、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号78‐32‐0]

  5. 2017080201161

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 堺妙国寺の蘇鉄  妙国寺は日蓮宗に所属し、山号は広普山。俗称である「蘇鉄寺」の由来となったこの大蘇鉄は、高麗から移植されたものと伝えられる。織田信長がこれを安土城に移したところ毎夜妖声を発したため当寺に還付されたとの伝説もある。=撮影年月日不明、堺、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号9‐35‐0]

  6. 2017080200934

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 弁天橋と横浜駅  英語で「弁天橋からの駅、横浜」と記入されている。弁天橋は明治4年に工部省が架設した3連アーチ橋。東京新橋駅と双生児の横浜駅はアメリカ人建築家ブリジェンスの設計で明治5年に完成した。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号6‐15‐0]

  7. 2017081401122

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 小山の宿  小山宿(おやましゅく)は静岡県の東北端に位置し、古くからの交通(矢倉沢往還:やぐらざわおうかん)の要所であった足柄峠(あしがらとうげ)の北麓の宿駅。正面に「いつや」と書かれた旅館らしき建物、右側に茶店が見える。左側には冠木門のある屋敷がある。旅館の多かった竹之下地区か。撮影地の書込み方から撮影者はF・ベアトと考えられる。=撮影年月日不明、静岡、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号78‐19‐0]

  8. 2017081501740

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 名古屋城  名古屋城本丸の天守閣の東面を東一之門のあたりから撮影。天守閣左の塀は小天守へと続く。左端にわずかに写る建物は本丸御殿の上台所である。天守閣手前から右方の多門塀は明治24年(1891)の濃尾震災後に取り壊されるので、これより以前、金鯱が天守閣に戻された明治11年(1878)以降の間に撮影されたものである。目録番号4200、4415、4467とほぼ同じ写真である。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号81‐18‐0]

  9. 2017080902832

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 グランドホテル  バンド東端と山手方面を望む。グランドホテルは明治6年(1873)8月新装開業の旧館と18・19番の新館からなる。この建物は、フランス人居留地建築家サルダの設計になり、明治20年(1887)に落成した。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号43‐20‐0]

  10. 2017082301220

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 熊本城の絵  「熊本城真景」と題する熊本城本丸の南面鳥瞰図で、右上に城の概要を記す。明治10年(1877)、西南戦争の開戦直前に城郭が焼失し、その後往時を偲ぶこの種の絵が多数描かれた。中央上段に大小の天守、その左右・下段に各曲輪と櫓群を描いている。この写真の原板は明治初期から続く冨重写真所に残されている。=撮影年月日不明、熊本、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号71‐51‐0]

  11. 2017082400663

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 長崎市街と長崎港  左端の梅香崎の埋立地に建物が建ち込み、波止場には長崎税関が見える。新地の海岸側には洋館が建てられ、裏側では護岸工事が進んでいる。変流前の中島川の河口には明治2年(1869)に架けられた新大橋が見える。出島では、築町の対岸側に新しい洋館が建っているが、明治9年(1876)建設の美以教会の鐘塔も、同11年(1878)建設の聖公会神学校の鐘塔も見えない。したがって、撮影時期は明治5年前後である。暴風雨で倒壊した初代県庁舎に代わって、明治9年に新築される2代目県庁舎もまだ見えない。五島町あたりには諸藩の蔵屋敷が多かった。めぼしい大きな建物が市街にまだない頃の、風頭山から見た典型的な明治初期の長崎の鳥瞰である。=1873(明治6)年、長崎、撮影者:内田九一、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号75‐22‐0]

  12. 2017080902357

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 名古屋城  市内中央に位置し、金鯱で有名な名古屋城の外観。この城は典型的な平城で、配置は単純である。中心に本丸がそびえ、その北西隅に五層の天守閣、南に小天守があり、他の三隅には隅櫓が配されている。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号38‐1‐0]

  13. 2017080902012

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 藤沢の寺  藤沢にある時宗の総本山清浄光寺の境内。唐門と塀の向こうに建物の屋根が見える。背後は森になっている。=撮影年月日不明、藤沢、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号26‐48‐0]

  14. 2017081401410

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 箱根の水車小屋  現在の宮城野宝珠院駐車場の位置からの北東方向の眺望。水車小屋は今は民家に変わったが、その前の瀬戸沢の流れや水車小屋左横の水路も全く同様に現存する。駕籠かきの立つ場所は昭和50年頃まで実際、田であった。遠方の山は箱根外輪山の明神ヶ岳と火打ち岳。中程は、上(かみ)と向かいの里山。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:A.ファサリ、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号81‐19‐0]

  15. 2017081501781

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 名古屋城  名古屋城本丸の天守閣の東面を東一之門のあたりから撮影。天守閣左の塀は小天守へと続く。左端にわずかに写る建物は本丸御殿の上台所である。天守閣手前から右方の多門塀は明治24年(1891)の濃尾震災後に取り壊されるので、これより以前、金鯱が天守閣に戻された明治11年(1878)以降の間に撮影されたものである。目録番号4200、4415、4467とほぼ同じ写真である。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号87‐33‐0]

  16. 2017081401061

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 横浜停車場遠景  明治4年(1871)に建設された初代横浜駅。アメリカ人建築家ブリジェンス(R.P.Bridgens)の設計による木骨石造建築。現在の桜木町駅。右手は本町通りに続く弁天橋。明治4年(1871)に工部省鉄道寮が架設した3連のアーチ橋。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号93‐28‐0]

  17. 2017082800543

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 名古屋城  名古屋城本丸の天守閣の東面を東一之門のあたりから撮影。天守閣左の塀は小天守へと続く。左端にわずかに写る建物は本丸御殿の上台所である。天守閣手前から右方の多門塀は明治24年(1891)の濃尾震災後に取り壊されるので、これより以前、金鯱が天守閣に戻された明治11年(1878)以降の間に撮影されたものである。目録番号4200、4415、4467とほぼ同じ写真である。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号61‐2‐0]

  18. 2017082400144

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 熊本城  熊本城の東端千葉城から高石垣を廻らした本丸方向を見上げる。中央に大天守の上部、その右に裏五階櫓が写る。左上の北十八間櫓と右端の平櫓は、往時のままで残り重要文化財に指定されている。右下には県の出張所(郡役所)の掲示板があり、写真の拡大により明治5年(1872)明治天皇の西国巡幸の予定などが知られる。=撮影年月日不明、熊本、撮影者:内田九一、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号66‐9‐0]

  19. 2017082301052

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 横浜山手  右手の煙突をもつ建物(184番)はオランダ人ストルネブリンク(L. Stornebrink)の経営する機械製氷工場、横浜アイス・ワークス。明治12年(1879)創業のジャパン・アイス・カンパニーに起源をもつ。谷戸坂を挟んで左手はフランス領事館の敷地。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐31‐0]

  20. 2017082400173

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 宮ノ下温泉  明治16年(1883)の宮ノ下大火後、再建・整備された宮ノ下温泉。左の大きな建物は明治24年(1891)竣工の富士屋ホテル本館。右の白亜の洋館は明治20年(1887)完成した奈良屋ホテル。左手の道路は明治20年開通の塔ノ沢・宮ノ下間の車道で箱根駅伝のコースとして知られた現在の国道一号線に当たる。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:玉村康三郎、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号68‐10‐0]

  21. 2017082400724

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 横浜本町通り  本町1丁目付近。左の建物は、アメリカ人建築家ブリジェンス(R.P.Bridgens)の設計で明治7年(1874)に竣工した横浜町会所。時計塔をもつこの建物は、本町通りのランドマークとして親しまれたが、同39年(1906)に焼失。跡地に現横浜開港記念会館が建つ。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:スチルフリード、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号78‐1‐0]

  22. 2017081400880

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 塔ノ沢温泉  現在の箱根観光会館跡地辺りから早川渓谷の上流を見上げた構図。正面の建物は、明治20年頃開業した新玉の湯である。塔ノ沢村の総代堀貞蔵が、玉の湯旅館を読売新聞社主子安峻に譲渡し、新たに建設したもの。左手の道は、明治20年(1887)に開通した塔ノ沢・宮ノ下間の車道で、国道一号線となった。=撮影年月日不明、箱根、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号89‐2‐0]

  23. 2017081401489

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 向島佐竹庭園の女性たち  現在は墨田区役所とアサヒビールがある一帯にあった秋田藩佐竹家屋敷の庭園である。幕末に大規模な改修が行われ、名園として知られた。明治23年(1890)から一般に公開されたが、同36年には大日本麦酒株式会社吾妻橋工場となり、庭園の一部は「浩養園」と呼ばれた。=撮影年月日不明、東京、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号85‐41‐0]

  24. 2017081400745

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 堀川からの谷戸橋  左端は山下居留地69番館。その奥に旧ヘボン邸。煙突をもった建物がグランド・ホテル旧館。谷戸橋(明治20年に鉄橋化)を挟んで山手側には、サルダ(P.Sarda)設計のフランス領事館の付属施設が見えているので、撮影は明治29年(1896)以降。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号86‐3‐0]

  25. 2017081502145

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 梅香崎洋館群と出島  梅香崎の丘の上から出島を望む。手前の建物は左から明治17年(1884)新築の赤レンガの長崎郵便局、大北電信社(梅香崎2番)、後の日本郵船、横浜正金銀行長崎支店である。中島川の変流工事は終了している。中央が出島、右端の橋が初代の出島橋、その左が出島神学校。出島の後ろには明治9年(1876) 3月に再建された二代目の県庁舎が見える。明治20年代後半の写真。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号109‐10‐0]

  26. 2017081501933

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 対岸から見た長崎港パノラマ(3枚組)  大波止から新地、大浦海岸通り、松ヶ枝橋、南山手、小曽根、浪の平、古河町に至る3枚綴りのパノラマ写真。中島川変流工事が終わり、新大橋、梅香崎橋、松ヶ枝橋がすでに架設されているので、明治20年(1887)代後半の撮影。1枚目は、左側に海から見た出島の全景、中央に新大橋、新地と続き、梅香崎まで。2枚目は、梅香崎から南山手ロシア領事館付近まで。居留地の中心部が写されている。3枚目は、南山手居留地中心部から南端を越え、古河町まで。南山手居留地の南端が写されている。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号107‐1‐0]

  27. 2017081501922

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 対岸から見た長崎港パノラマ(3枚組)  大波止から新地、大浦海岸通り、松ヶ枝橋、南山手、小曽根、浪の平、古河町に至る3枚綴りのパノラマ写真。中島川変流工事が終わり、新大橋、梅香崎橋、松ヶ枝橋がすでに架設されているので、明治20年(1887)代後半の撮影。1枚目は、左側に海から見た出島の全景、中央に新大橋、新地と続き、梅香崎まで。2枚目は、梅香崎から南山手ロシア領事館付近まで。居留地の中心部が写されている。3枚目は、南山手居留地中心部から南端を越え、古河町まで。南山手居留地の南端が写されている。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号107‐1‐0]

  28. 2017081502316

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 南山手の洋館群  南山手の丘陵地から長崎港方向を展望する。ロシア寺またはニコライ堂と通称するロシア正教会(ハリストス正教会、長崎市南山手イ19番ロシア領事館構内)の礼拝堂は棟上げして屋根を葺いたところで、いまだ建設中である。竣工は明治38年(1905)であり、この頃の撮影。=撮影年月日不明、長崎、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号114‐14‐0]

  29. 2017082300927

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 片瀬の龍口寺  天保3年(1832)に竣工した本堂。間口12間奥行15間の木造大建築である。正式名称は寂光山龍口寺(じゃっこうざんりゅうこうじ)。階段下の灯籠、右手の水屋ともに現存する。左手階段上に七面堂が見える。江戸時代初期に身延七面山の七面大明神を勧請して建てられたもので、平成元年(1989)に建て替えられる前の姿である。=撮影年月日不明、藤沢、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐22‐0]

  30. 2017080200807

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 本村増徳院  英語で「寺、横浜」と印刷されているが、これは横浜外国人居留地に堀川を挟んで隣接していた元町(本村)の寺、増徳院の境内にあった薬師堂である。石垣は堀川の土手であり、対岸側から撮影している。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:日下部金兵衛、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号3‐7‐0]

  31. 2017082301012

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 グランドホテル  バンド東端からの景観。手前が明治6年(1873)竣工のグランド・ホテル旧館。アメリカ人建築家ブリジェンス(R.P. Bridgens)の設計で木骨石造。同20年竣工のホテル新館も、同18年整備の松並木もまだない。右手遠方にみえるのはフランス波止場。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐73‐0]

  32. 2017082300965

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 清水からの富士山  静岡市清水村松(しみずむらまつ)の丘陵(竜華寺(りゅうげじ)あたり)から東方の富士山を遠望したもの。眼下に民家と水田、その先に村松の集落と折戸湾(おりどわん)が広がり、右手からのびる三保(みほ)半島が見える。まだ、清水港は整備されていない。撮影地点は江戸時代から有名な富士眺望の景勝地。=撮影年月日不明、静岡、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号64‐55‐0]

  33. 2017082300955

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 法観寺五重塔  法観寺五重塔を南東に延びる小道から北西に望む。五重塔は八坂の塔とも呼ばれ、永享12年(1440)に足利義教により建立され、元和4年(1618)に大修理された。本瓦葺、各方約5.5m、高さ40mである。5階の物見柵は明治41年(1908)の大改修時に撤去されたので、写真はそれ以前の撮影。近世には塔の周囲に建つ家々は辰巳新地と呼ばれた遊廓であった。=撮影年月日不明、京都、撮影者:スチルフリード(?)、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号63‐13‐0]

  34. 2017080400443

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 九段坂と燈明台  神田方面から皇居内壕に沿って麹町の台地に上がる急勾配の坂。関東大震災後道路改正工事で緩くなる。明治4年、東京湾の漁船の目印にと燈明台が建てられた。手前の人物からもその大きさがわかる。=撮影年月日不明、東京、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号22‐3‐0]

  35. 2017080902095

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 小島付近墓地からの市街地  長崎の正覚寺の右上、小島郷のどんの山の墓地付近から長崎の市内中央を望む。右の丘の寺は清水寺、写真中央左の建物は、ポンペの建設した養生所で長崎医学校の前身。=1864年、長崎、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号28‐27‐0]

  36. 2017082301017

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 法観寺五重塔  法観寺五重塔を南東に延びる小道から北西に望む。五重塔は八坂の塔とも呼ばれ、永享12年(1440)に足利義教により建立され、元和4年(1618)に大修理された。本瓦葺、各方約5.5m、高さ40mである。5階の物見柵は明治41年(1908)の大改修時に撤去されたので、写真はそれ以前の撮影。近世には塔の周囲に建つ家々は辰巳新地と呼ばれた遊廓であった。F・ベアド撮影。=撮影年月日不明、京都、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号62‐14‐0]

  37. 2017081501604

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 島原藩下屋敷  この場所は現在三田2丁目の「綱坂」である。右の長屋は肥前島原藩松平家中屋敷となり、坂上の右手が伊豫松山藩松平家中屋敷、坂の左が陸奥会津藩松平家下屋敷。現在右手坂下は慶応義塾大学で坂上はイタリア大使館。左の佐土原藩及び松山藩の屋敷跡は綱町三井倶楽部の敷地になっている。文久3年(1863)撮影と思われる。=撮影年月日不明、東京、撮影者:F.ベアト、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号104‐5‐0]

  38. 2017081400893

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 片瀬の龍口寺  天保3年(1832)に竣工した本堂。間口12間奥行15間の木造大建築である。正式名称は寂光山龍口寺(じゃっこうざんりゅうこうじ)。寺伝によると延元2年(1337)日蓮の弟子日法の創建とするが、当初は小さな草庵で、伽藍が整えられたのは慶長6年(1601)のことである。階段下の灯籠、右手の水屋ともに現存する。=撮影年月日不明、藤沢、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号90‐30‐0]

  39. 2017081400731

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 鎌倉の大仏  画面には‘9. DAIBUTSU, KAMAKURA'とある。像前方2基の平石は旧大仏殿の礎石だろうか。また、像右側に植わるソテツの奥に、茅葺(かやぶき)と思える簡素な建物が写っている。撮影年代等は未詳。=撮影年月日不明、鎌倉、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号86‐9‐0]

  40. 2017081400891

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 片瀬の龍口寺  山門越しに本堂を見る。正式名称は寂光山龍口寺(じゃっこうざんりゅうこうじ)。山門は元治元年(1864)大阪の豪商鹿島屋の寄進により建立されたという。本堂、山門、階段下左右の常夜灯ともに現存する。昭和48年(1973)階段下に仁王門が造られたので、景観がかなり変わった。=撮影年月日不明、藤沢、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号90‐29‐0]

  41. 2017081501775

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 名古屋城  名古屋城本丸の天守閣の東面を東一之門のあたりから撮影。天守閣左の塀は小天守へと続く。左端にわずかに写る建物は本丸御殿の上台所である。天守閣手前から右方の多門塀は明治24年(1891)の濃尾震災後に取り壊されるので、これより以前、金鯱が天守閣に戻された明治11年(1878)以降の間に撮影されたものである。目録番号4200、4415、4467とほぼ同じ写真である。=撮影年月日不明、名古屋、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号86‐11‐0]

  42. 2017081400939

    「長崎大学附属図書館」「古写真」 横浜停車場遠景  明治4年(1871)に建設された初代横浜駅。アメリカ人建築家ブリジェンス(R.P.Bridgens)の設計による木骨石造建築。現在の桜木町駅。手前の大江橋が木造から鉄橋に替わっており、同18年(1885)以降の撮影とわかる。川縁の小屋は公衆便所。=撮影年月日不明、横浜、撮影者:不明、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ ※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。 [整理番号92‐4‐0]

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