検索結果 46 件中 1 件 〜 46 件 "貧困世帯"
  1. 2020061201886

    貧困地区児童の学ぶ権利守る、地方政府の取り組み湖南省  1日、学校の図書室で読書する寥(りょう)さん。中国湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州瀘渓(ろけい)県は今年2月末に貧困脱却を果たしたばかり。これまで、県内の全ての子どもが9年間の義務教育を享受し、知識を生かして貧困家庭という運命から抜け出せるよう、県は奮闘を続けてきた。同県浦市鎮麻渓口村出身の寥(りょう)さん(15)の家は経済的に困窮しており、2015年に貧困世帯に登録された。小学校卒業後、寥さんは両親と共に東部沿海地域の浙江省に出稼ぎに行くため、学業を放棄した。これを知った瀘渓県の貧困救済事業責任者らは、1270キロ離れた浙江省紹興市に出向き寥さんの両親を説得し、瀘渓県の学校に戻れるよう取り計らった。(長沙=新華社記者/劉芳洲)=2020(令和2)年6月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  2. 2020061201881

    貧困地区児童の学ぶ権利守る、地方政府の取り組み湖南省  1日、教室で勉強する寥(りょう)さん。中国湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州瀘渓(ろけい)県は今年2月末に貧困脱却を果たしたばかり。これまで、県内の全ての子どもが9年間の義務教育を享受し、知識を生かして貧困家庭という運命から抜け出せるよう、県は奮闘を続けてきた。同県浦市鎮麻渓口村出身の寥(りょう)さん(15)の家は経済的に困窮しており、2015年に貧困世帯に登録された。小学校卒業後、寥さんは両親と共に東部沿海地域の浙江省に出稼ぎに行くため、学業を放棄した。これを知った瀘渓県の貧困救済事業責任者らは、1270キロ離れた浙江省紹興市に出向き寥さんの両親を説得し、瀘渓県の学校に戻れるよう取り計らった。(長沙=新華社記者/劉芳洲)=2020(令和2)年6月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  3. 2020061201884

    貧困地区児童の学ぶ権利守る、地方政府の取り組み湖南省  1日、学校の図書室で読書する寥(りょう)さん。中国湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州瀘渓(ろけい)県は今年2月末に貧困脱却を果たしたばかり。これまで、県内の全ての子どもが9年間の義務教育を享受し、知識を生かして貧困家庭という運命から抜け出せるよう、県は奮闘を続けてきた。同県浦市鎮麻渓口村出身の寥(りょう)さん(15)の家は経済的に困窮しており、2015年に貧困世帯に登録された。小学校卒業後、寥さんは両親と共に東部沿海地域の浙江省に出稼ぎに行くため、学業を放棄した。これを知った瀘渓県の貧困救済事業責任者らは、1270キロ離れた浙江省紹興市に出向き寥さんの両親を説得し、瀘渓県の学校に戻れるよう取り計らった。(長沙=新華社記者/劉芳洲)=2020(令和2)年6月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  4. 2020051402363

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  8日、アトリエのブランコで遊ぶ娘。外出が不便な張さんはアトリエに娘の遊び場を作った。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  5. 2020051402398

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  8日、娘に髪をすいてもらう張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  6. 2020051402391

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  8日、アトリエで娘に果物を食べさせる張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  7. 2020051402360

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、アトリエで娘に絵を教える張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  8. 2020051402349

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、台所で昼食の準備をする張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  9. 2020051402310

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、ニワトリの世話をする張さんと娘。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  10. 2020051402312

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、美術教室の壁に張られた張さんの「貧困脱却模範」証書。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  11. 2020051402364

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、自宅近くで写生をする張さんと娘。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  12. 2020051402403

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、張さんが娘の成長を記録した絵の数々。(組み合わせ写真)張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/張浩波)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  13. 2020051402352

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、就寝前の娘に絵本を読んで聞かせる張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  14. 2020051402331

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、娘の就寝後にアトリエで作業する張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  15. 2020051402361

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、美術教室で子どもを指導する張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/張浩波)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  16. 2020051402370

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、近所を散歩する張さんと娘。(小型無人機から)張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  17. 2020051402336

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、顧客に郵送する作品を包装する張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  18. 2020051402302

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、アトリエでの張さんと娘。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  19. 2020051402405

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、アトリエで作品を制作する張さん。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/張浩波)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  20. 2020051402389

    農村の車椅子ママ、特技を生かして貧困脱却  7日、自宅前で遊ぶ張海晶さんと娘。後ろの壁の絵はいずれも張さんの作品。張海晶(ちょう・かいしょう)さん(30)は、娘が生まれてから今まで、時折娘の絵を描いては成長過程のさまざまな事柄を記録してきた。張さんは幼少期から絵を学んできた訳ではない。浙江省麗水市で育った張さんは2008年、誤って6階のベランダから転落し、車いすの生活を送るようになった。その後、偶然に絵を描く機会に接し、夢中になった。絵を描くことで、けがによる精神的苦痛を克服した。14年に同じく障害者の但誉超(たん・よちょう)さんと知り合うと、翌年には結婚し、但さんの実家のある江西省都昌県大港鎮に居を移した。ただ、障害者夫婦が年老いた親の面倒を見つつ生計を立てるのは難しく、16年には地元政府から貧困世帯の登録を受けた。張さんは生活を改善するため、得意な絵を生かし、作品を売って収入を増やした。地元政府の支援を受けてアトリエを開き、留守児童(親が出稼ぎに出て、祖父母や親せきに預けられている子供)に絵を教える傍ら、自身の作品のネット販売も始めた。夫も同じく支援を受けて自分の仕事を持つことができた。一家は18年、貧困指定を解除された。張さんは「自分の特技を生かして農村で美術教育を普及させたい。より多くの子どもに絵画の知識を教え、絵画の世界の扉を開いてあげることで、かれらの生活に可能性を一つ増やすことができればと思う」と語った。(南昌=新華社記者/胡晨歓)=2020(令和2)年5月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  21. 2020051502278

    貧困脱却政策でチベット族居住地域の生活が改善四川省  食事をする格拉姆さん一家。(3月26日撮影)中国四川省西部の川西高原に位置するカンゼ・チベット族自治州理塘(りとう)県は、標高が平均4千メートルを超え「高原の中の高原」と呼ばれている。全国的に見ても気候条件と環境が最も厳しい県の一つとされている。同県奔戈郷拉扎村に住むチベット族の格拉姆さん(82)は、幼い頃はヤクの毛皮で編んだ伝統的な黒テントで生活し、家畜の牛と寝起きしていたという。一家は常に生計に不安を抱えていたと振り返った。現在の生活について語る時、格拉姆さんは「感謝」を意味する「嘎珍切(トゥジェチェ)」という言葉を何度も口にした。中国政府は近年、農村の貧困世帯の衣食の心配をなくし、義務教育・基礎医療・住宅安全を保障する「両不愁三保障」を打ち出している。これにより、省内のチベット族居住地域の農牧民約10万世帯が新居に移転し、30万人余りが伝統的な酥油灯(バターランプ)に明かりを灯す生活から抜け出した。また新しい生活は、寄生虫によるエキノコックス症や風土病とされる変形性骨関節炎などの抑制につながっている。(カンゼ=新華社配信)=2020(令和2)年3月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  22. 2020051502367

    貧困脱却政策でチベット族居住地域の生活が改善四川省  理塘県奔戈郷拉扎村の自宅でくつろぐ格拉姆さん(右)。(3月26日撮影)中国四川省西部の川西高原に位置するカンゼ・チベット族自治州理塘(りとう)県は、標高が平均4千メートルを超え「高原の中の高原」と呼ばれている。全国的に見ても気候条件と環境が最も厳しい県の一つとされている。同県奔戈郷拉扎村に住むチベット族の格拉姆さん(82)は、幼い頃はヤクの毛皮で編んだ伝統的な黒テントで生活し、家畜の牛と寝起きしていたという。一家は常に生計に不安を抱えていたと振り返った。現在の生活について語る時、格拉姆さんは「感謝」を意味する「嘎珍切(トゥジェチェ)」という言葉を何度も口にした。中国政府は近年、農村の貧困世帯の衣食の心配をなくし、義務教育・基礎医療・住宅安全を保障する「両不愁三保障」を打ち出している。これにより、省内のチベット族居住地域の農牧民約10万世帯が新居に移転し、30万人余りが伝統的な酥油灯(バターランプ)に明かりを灯す生活から抜け出した。また新しい生活は、寄生虫によるエキノコックス症や風土病とされる変形性骨関節炎などの抑制につながっている。(カンゼ=新華社配信)=2020(令和2)年3月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  23. 2020051502297

    貧困脱却政策でチベット族居住地域の生活が改善四川省  理塘県奔戈郷拉扎村の自宅でテレビを見る格拉姆さん。(3月26日撮影)中国四川省西部の川西高原に位置するカンゼ・チベット族自治州理塘(りとう)県は、標高が平均4千メートルを超え「高原の中の高原」と呼ばれている。全国的に見ても気候条件と環境が最も厳しい県の一つとされている。同県奔戈郷拉扎村に住むチベット族の格拉姆さん(82)は、幼い頃はヤクの毛皮で編んだ伝統的な黒テントで生活し、家畜の牛と寝起きしていたという。一家は常に生計に不安を抱えていたと振り返った。現在の生活について語る時、格拉姆さんは「感謝」を意味する「嘎珍切(トゥジェチェ)」という言葉を何度も口にした。中国政府は近年、農村の貧困世帯の衣食の心配をなくし、義務教育・基礎医療・住宅安全を保障する「両不愁三保障」を打ち出している。これにより、省内のチベット族居住地域の農牧民約10万世帯が新居に移転し、30万人余りが伝統的な酥油灯(バターランプ)に明かりを灯す生活から抜け出した。また新しい生活は、寄生虫によるエキノコックス症や風土病とされる変形性骨関節炎などの抑制につながっている。(カンゼ=新華社配信)=2020(令和2)年3月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  24. 2020051502364

    貧困脱却政策でチベット族居住地域の生活が改善四川省  理塘県で村民の血圧を測る家庭医。(3月20日撮影)中国四川省西部の川西高原に位置するカンゼ・チベット族自治州理塘(りとう)県は、標高が平均4千メートルを超え「高原の中の高原」と呼ばれている。全国的に見ても気候条件と環境が最も厳しい県の一つとされている。同県奔戈郷拉扎村に住むチベット族の格拉姆さん(82)は、幼い頃はヤクの毛皮で編んだ伝統的な黒テントで生活し、家畜の牛と寝起きしていたという。一家は常に生計に不安を抱えていたと振り返った。現在の生活について語る時、格拉姆さんは「感謝」を意味する「嘎珍切(トゥジェチェ)」という言葉を何度も口にした。中国政府は近年、農村の貧困世帯の衣食の心配をなくし、義務教育・基礎医療・住宅安全を保障する「両不愁三保障」を打ち出している。これにより、省内のチベット族居住地域の農牧民約10万世帯が新居に移転し、30万人余りが伝統的な酥油灯(バターランプ)に明かりを灯す生活から抜け出した。また新しい生活は、寄生虫によるエキノコックス症や風土病とされる変形性骨関節炎などの抑制につながっている。(カンゼ=新華社配信)=2020(令和2)年3月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  25. 2020050804656

    貧困脱却を実現チベット族自治州の写真家が捉えた「幸せな一家」  自身が経営する売店の前で写真を撮る降央卓瑪さんとその家族。かつて貧困世帯だった降央卓瑪さん一家は、教育・医療支援などの資金援助を受けながら、自身の売店をオープンさせた。(3月16日撮影)写真家の陶軍(とう・ぐん)さんは、中国四川省甘孜(カンゼ)チベット族自治州理塘(りとう)県戈郷芒康村で貧困対策に取り組む幹部であり、写真愛好家でもある。2年に及ぶ村の日進月歩の変化を目の当たりにしてから、貧困脱却を果たした村民たちの「幸せな一家の写真」を撮りたいという考えが脳裏に浮かんだという。(甘孜=新華社配信)=2020(令和2)年3月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  26. 2019070901316

    「千年の貧困」から決別、豊かになる道を歩む四川省馬依村  馬依村に広がる畑で農作業をする村民。(5月16日撮影)。中国四川省涼山イ族自治州美姑県の馬依村は、標高の高い山の中腹に位置し、交通が不便で、自然資源に乏しく、貧困発生率が40%に迫る大涼山地区の最も典型的な「深度貧困村」(特に深刻な貧困に直面している村)にあたる。しかし、「貧困脱却の堅塁攻略戦」の実施以降、現地政府が教育や産業経済を大いに発展させたことから、村の状況はこの5年間で目に見えて変わっていった。統計によると、今では馬依村に住む47の貧困世帯のすべてが貧困から抜けだすことに成功した。(涼山=新華社記者/陳地)=2019(令和元)年5月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  27. 2019070901321

    「千年の貧困」から決別、豊かになる道を歩む四川省馬依村  馬依村の学校で授業を受ける女の子。(5月16日撮影)。中国四川省涼山イ族自治州美姑県の馬依村は、標高の高い山の中腹に位置し、交通が不便で、自然資源に乏しく、貧困発生率が40%に迫る大涼山地区の最も典型的な「深度貧困村」(特に深刻な貧困に直面している村)にあたる。しかし、「貧困脱却の堅塁攻略戦」の実施以降、現地政府が教育や産業経済を大いに発展させたことから、村の状況はこの5年間で目に見えて変わっていった。統計によると、今では馬依村に住む47の貧困世帯のすべてが貧困から抜けだすことに成功した。(涼山=新華社記者/陳地)=2019(令和元)年5月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  28. 2019070901513

    「千年の貧困」から決別、豊かになる道を歩む四川省馬依村  照りつける日差しの下で竹かごを編む村民。(5月16日撮影)。中国四川省涼山イ族自治州美姑県の馬依村は、標高の高い山の中腹に位置し、交通が不便で、自然資源に乏しく、貧困発生率が40%に迫る大涼山地区の最も典型的な「深度貧困村」(特に深刻な貧困に直面している村)にあたる。しかし、「貧困脱却の堅塁攻略戦」の実施以降、現地政府が教育や産業経済を大いに発展させたことから、村の状況はこの5年間で目に見えて変わっていった。統計によると、今では馬依村に住む47の貧困世帯のすべてが貧困から抜けだすことに成功した。(涼山=新華社記者/陳地)=2019(令和元)年5月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  29. 2019010811987

    貧困世帯にホームドクターを派遣陝西省鎮巴県  6日、鎮巴県涇洋(けいよう)街道弁事処高橋村の村民、牟文貴(ぼう・ぶんき)さん(中央)に義足のリハビリを指導するホームドクター・サービスチームのスタッフ。中国陝西省漢中市鎮巴(ちんは)県は、大巴山脈(だいはさんみゃく)の奥地に位置する極度の貧困県で、貧困世帯の4割以上は病気により貧困化(または再貧困化)した。2016年以降、同県は医療衛生貧困者支援プロジェクトを大いに推進しており、県・鎮・村の686人の医療従事者を統合して、180のホームドクター・サービスチームを編成。一つのチームを一つの村に派遣し、定期的に貧困世帯を訪れている。チームは無料健康指導やルーティン検査、入院・精算手続きなどのサービスを行っており、県内の5万人余りの貧困者が恩恵を受けている。(鎮巴=新華社記者/邵瑞)=2019(平成31)年1月6日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  30. 2018110516724

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮幸福園社区にある野菜のガラス温室。(小型無人機から)中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  31. 2018110516753

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮幸福園社区にあるサテライト工場で働く女性従業員。このアパレル工場では、従業員として貧困世帯の115人を受け入れている。中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  32. 2018110516991

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、空から見た新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮の幸福園社区。(小型無人機から)中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  33. 2018110517369

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮幸福園社区の保育所で遊ぶ子ども。保護者が働いている時の心配を解消するため、社区では4歳以下の子どものための場を特別に設け、保育士を雇って面倒を見ている。中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  34. 2018110517501

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮幸福園社区にある幼稚園の週末レッスンクラスで、ダンスを練習する子ども。中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  35. 2018110517200

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮幸福園社区の商業エリアで、串焼きを焼く貧困世帯の男性。中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  36. 2018110516698

    新疆マラルベシ県、住民移転による貧困脱却を推進  10月27日、新疆ウイグル自治区マラルベシ県マラルベシ鎮幸福園社区の商業エリアで、焼き上がったナンを窯から取り出す男性。店の顧客の大部分は社区の住民で、毎日約200元(1元=約16円)の純利益があるという。中国新疆ウイグル自治区マラルベシ(巴楚)県では、的確な貧困者支援を実施する中で、僻地やインフラ未整備、土地不足、収穫量が少ないなど、問題がある地域に住む村民を統一的に県城(県政府所在地)の近くに移転させ、貧困世帯に住宅、医療、教育の保障を提供している。また、サテライト工場を誘致し、貧困者への技能訓練を拡大するなど、貧困者の都市部での就労や自主起業をリードし、人々が着実に貧困脱却できるよう保障している。同県では2017年4月から、10の郷・鎮の貧困世帯を数回に分けてマラルベシ鎮幸福園社区(地域コミュニティー)に移転させた。これまでに765世帯が入居している。(マラルベシ=新華社記者/胡虎虎)=2018(平成30)年10月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  37. 2018101111634

    寝床の上のひょうたん芸術家山西省沁源県  8日、王英傑さん(左)にひょうたんの販売状況を尋ねる沁源県人民法院の官軍村駐在幹部、温瑞(おん・ずい)氏。中国山西省沁源(しんげん)県の官軍村に住む王英傑(おう・えいけつ)さんは、先天性の二分脊椎症による半身不随で寝床の上での生活を余儀なくされている。2015年末には貧困世帯としての認定を受けた。王さんは幼少時から重ねた苦労と天性の素質により絵画の技術を習得し、彫刻や切り紙の技能も身に着けた。貧困扶助を行う地元政府や村に駐留する作業チームは、この貧困青年が生きるすべを得られるように、現状を踏まえ、彼が長所を積極的に発揮できる環境を作り上げた。起業を勧め、彼のために「ひょうたん烙画(焼き絵)スタジオ」やネットショップを開設した。王さんが手作りするひょうたん烙画は地元の誰もが知る存在となり、多くのコレクターから愛されている。2017年末には自らの手で貧困脱却を達成し、地元の障がい者が強く生き、貧困者が志を抱き貧困を克服していく上での手本となった。(沁源=新華社記者/陶明)=2018(平成30)年10月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  38. 2018101111642

    寝床の上のひょうたん芸術家山西省沁源県  8日、王英傑さんの父親(左)にひょうたんの生産状況を尋ねる沁源県人民法院の官軍村駐在幹部、温瑞(おん・ずい)氏。王英傑さんが作品制作に用いるひょうたんを確保するため、地元政府は栽培用のビニールハウスを設置した。中国山西省沁源(しんげん)県の官軍村に住む王英傑(おう・えいけつ)さんは、先天性の二分脊椎症による半身不随で寝床の上での生活を余儀なくされている。2015年末には貧困世帯としての認定を受けた。王さんは幼少時から重ねた苦労と天性の素質により絵画の技術を習得し、彫刻や切り紙の技能も身に着けた。貧困扶助を行う地元政府や村に駐留する作業チームは、この貧困青年が生きるすべを得られるように、現状を踏まえ、彼が長所を積極的に発揮できる環境を作り上げた。起業を勧め、彼のために「ひょうたん烙画(焼き絵)スタジオ」やネットショップを開設した。王さんが手作りするひょうたん烙画は地元の誰もが知る存在となり、多くのコレクターから愛されている。2017年末には自らの手で貧困脱却を達成し、地元の障がい者が強く生き、貧困者が志を抱き貧困を克服していく上での手本となった。(沁源=新華社記者/陶明)=2018(平成30)年10月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  39. 2018092825776

    ミャオ族男性の施六金さん、貧困と独身からの脱却に成功  24日、花轎の隊列とともに十八洞村の婚礼会場へ向かう施六金さん。ミャオ族の男性、施六金(し・ろくきん)さんは中国の伝統行事「中秋節」(旧暦8月15日)の日に、花轎(かきょう、婚礼の日に花嫁を乗せる美しく飾られたかご)の列の前から進み出て、興奮した様子で同郷の人々に「独身から抜け出した!」と宣言した。武陵山(ぶりょうさん)の奥地に位置する湖南省花垣(かえん)県双竜(そうりゅう)鎮の十八洞(じゅうはちどう)村は、かつて深刻な貧困状態に陥り、2013年の全村の一人あたり平均純収入はわずか1668元。しかも、225戸のうち136戸が貧困世帯で、40歳以上の独身者が30人以上に達していたため、他地域の女性たちは十八洞村には嫁ぎたがらなかった。しかし、2014年以降、貧困を的確に支援・管理する政策の「本拠地」となった十八洞村に、少しづつ変化が見られるようになった。ぬかるむ山道はアスファルトの道路に変わり、村には水道が引かれ、村の出入り口にはATMも現れた。出稼ぎを終えた施六金さんは2015年に村へ戻り、十八洞村に新たに建てられた湧水工場で働き始め、それから間もなく結婚の殿堂入りを果たした。(花垣=新華社記者/李尕)=2018(平成30)年9月24日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  40. 2018092825712

    ミャオ族男性の施六金さん、貧困と独身からの脱却に成功  24日、花轎から出てきた花嫁の呉春霞(ご・しゅんか)さんを背負う施六金さん。ミャオ族の男性、施六金(し・ろくきん)さんは中国の伝統行事「中秋節」(旧暦8月15日)の日に、花轎(かきょう、婚礼の日に花嫁を乗せる美しく飾られたかご)の列の前から進み出て、興奮した様子で同郷の人々に「独身から抜け出した!」と宣言した。武陵山(ぶりょうさん)の奥地に位置する湖南省花垣(かえん)県双竜(そうりゅう)鎮の十八洞(じゅうはちどう)村は、かつて深刻な貧困状態に陥り、2013年の全村の一人あたり平均純収入はわずか1668元。しかも、225戸のうち136戸が貧困世帯で、40歳以上の独身者が30人以上に達していたため、他地域の女性たちは十八洞村には嫁ぎたがらなかった。しかし、2014年以降、貧困を的確に支援・管理する政策の「本拠地」となった十八洞村に、少しづつ変化が見られるようになった。ぬかるむ山道はアスファルトの道路に変わり、村には水道が引かれ、村の出入り口にはATMも現れた。出稼ぎを終えた施六金さんは2015年に村へ戻り、十八洞村に新たに建てられた湧水工場で働き始め、それから間もなく結婚の殿堂入りを果たした。(花垣=新華社記者/李尕)=2018(平成30)年9月24日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  41. 2018092825722

    ミャオ族男性の施六金さん、貧困と独身からの脱却に成功  24日、婚礼の席で出席者にあいさつし、感謝の言葉を述べる施六金さん。ミャオ族の男性、施六金(し・ろくきん)さんは中国の伝統行事「中秋節」(旧暦8月15日)の日に、花轎(かきょう、婚礼の日に花嫁を乗せる美しく飾られたかご)の列の前から進み出て、興奮した様子で同郷の人々に「独身から抜け出した!」と宣言した。武陵山(ぶりょうさん)の奥地に位置する湖南省花垣(かえん)県双竜(そうりゅう)鎮の十八洞(じゅうはちどう)村は、かつて深刻な貧困状態に陥り、2013年の全村の一人あたり平均純収入はわずか1668元。しかも、225戸のうち136戸が貧困世帯で、40歳以上の独身者が30人以上に達していたため、他地域の女性たちは十八洞村には嫁ぎたがらなかった。しかし、2014年以降、貧困を的確に支援・管理する政策の「本拠地」となった十八洞村に、少しづつ変化が見られるようになった。ぬかるむ山道はアスファルトの道路に変わり、村には水道が引かれ、村の出入り口にはATMも現れた。出稼ぎを終えた施六金さんは2015年に村へ戻り、十八洞村に新たに建てられた湧水工場で働き始め、それから間もなく結婚の殿堂入りを果たした。(花垣=新華社記者/李尕)=2018(平成30)年9月24日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  42. 2018092825770

    ミャオ族男性の施六金さん、貧困と独身からの脱却に成功  第2回「湘西トゥチャ族ミャオ族自治州十八洞村ミャオ年大型お見合いパーティー」の終了後、「結婚紹介所」でパーティーに参加した女性ゲストの情報が記載された張り紙を見つめる施六金さん。(2月4日撮影)ミャオ族の男性、施六金(し・ろくきん)さんは中国の伝統行事「中秋節」(旧暦8月15日)の日に、花轎(かきょう、婚礼の日に花嫁を乗せる美しく飾られたかご)の列の前から進み出て、興奮した様子で同郷の人々に「独身から抜け出した!」と宣言した。武陵山(ぶりょうさん)の奥地に位置する湖南省花垣(かえん)県双竜(そうりゅう)鎮の十八洞村(じゅうはちどうむら)は、かつて深刻な貧困状態に陥り、2013年の全村の一人あたり平均純収入はわずか1668元。しかも、225戸のうち136戸が貧困世帯で、40歳以上の独身者が30人以上に達していたため、他地域の女性たちは十八洞村には嫁ぎたがらなかった。しかし、2014年以降、貧困を的確に支援・管理する政策の「本拠地」となった十八洞村に、少しづつ変化が見られるようになった。ぬかるむ山道はアスファルトの道路に変わり、村には水道が引かれ、村の出入り口にはATMも現れた。出稼ぎを終えた施六金さんは2015年に村へ戻り、十八洞村に新たに建てられた湧水工場で働き始め、それから間もなく結婚の殿堂入りを果たした。(花垣=新華社記者/李尕)=2018(平成30)年2月4日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  43. 2018092825729

    ミャオ族男性の施六金さん、貧困と独身からの脱却に成功  十八洞村に新たに建設された湧水工場で働く施六金さん。(2月3日撮影)ミャオ族の男性、施六金(し・ろくきん)さんは中国の伝統行事「中秋節」(旧暦8月15日)の日に、花轎(かきょう、婚礼の日に花嫁を乗せる美しく飾られたかご)の列の前から進み出て、興奮した様子で同郷の人々に「独身から抜け出した!」と宣言した。武陵山(ぶりょうさん)の奥地に位置する湖南省花垣(かえん)県双竜(そうりゅう)鎮の十八洞(じゅうはちどう)村は、かつて深刻な貧困状態に陥り、2013年の全村の一人あたり平均純収入はわずか1668元。しかも、225戸のうち136戸が貧困世帯で、40歳以上の独身者が30人以上に達していたため、他地域の女性たちは十八洞村には嫁ぎたがらなかった。しかし、2014年以降、貧困を的確に支援・管理する政策の「本拠地」となった十八洞村に、少しづつ変化が見られるようになった。ぬかるむ山道はアスファルトの道路に変わり、村には水道が引かれ、村の出入り口にはATMも現れた。出稼ぎを終えた施六金さんは2015年に村へ戻り、十八洞村に新たに建てられた湧水工場で働き始め、それから間もなく結婚の殿堂入りを果たした。(花垣=新華社記者/李尕)=2018(平成30)年2月3日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  44. 2020051502298

    貧困脱却政策でチベット族居住地域の生活が改善四川省  理塘県でマルチメディアの授業を受ける牧畜区域在住の生徒。(2017年4月18日撮影)中国四川省西部の川西高原に位置するカンゼ・チベット族自治州理塘(りとう)県は、標高が平均4千メートルを超え「高原の中の高原」と呼ばれている。全国的に見ても気候条件と環境が最も厳しい県の一つとされている。同県奔戈郷拉扎村に住むチベット族の格拉姆さん(82)は、幼い頃はヤクの毛皮で編んだ伝統的な黒テントで生活し、家畜の牛と寝起きしていたという。一家は常に生計に不安を抱えていたと振り返った。現在の生活について語る時、格拉姆さんは「感謝」を意味する「嘎珍切(トゥジェチェ)」という言葉を何度も口にした。中国政府は近年、農村の貧困世帯の衣食の心配をなくし、義務教育・基礎医療・住宅安全を保障する「両不愁三保障」を打ち出している。これにより、省内のチベット族居住地域の農牧民約10万世帯が新居に移転し、30万人余りが伝統的な酥油灯(バターランプ)に明かりを灯す生活から抜け出した。また新しい生活は、寄生虫によるエキノコックス症や風土病とされる変形性骨関節炎などの抑制につながっている。(カンゼ=新華社配信)=2017(平成29)年4月18日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  45. 2019070901322

    「千年の貧困」から決別、豊かになる道を歩む四川省馬依村  記者がかつて訪れた馬依村の貧困家庭。(組み合わせ写真、2015年3月25日撮影)。中国四川省涼山イ族自治州美姑県の馬依村は、標高の高い山の中腹に位置し、交通が不便で、自然資源に乏しく、貧困発生率が40%に迫る大涼山地区の最も典型的な「深度貧困村」(特に深刻な貧困に直面している村)にあたる。しかし、「貧困脱却の堅塁攻略戦」の実施以降、現地政府が教育や産業経済を大いに発展させたことから、村の状況はこの5年間で目に見えて変わっていった。統計によると、今では馬依村に住む47の貧困世帯のすべてが貧困から抜けだすことに成功した。(涼山=新華社記者/陳地)=2015(平成27)年3月25日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

  46. 2019070901240

    「千年の貧困」から決別、豊かになる道を歩む四川省馬依村  馬依村の空き地にたたずむ子どもたち。(2015年3月25日撮影)中国四川省涼山イ族自治州美姑県の馬依村は、標高の高い山の中腹に位置し、交通が不便で、自然資源に乏しく、貧困発生率が40%に迫る大涼山地区の最も典型的な「深度貧困村」(特に深刻な貧困に直面している村)にあたる。しかし、「貧困脱却の堅塁攻略戦」の実施以降、現地政府が教育や産業経済を大いに発展させたことから、村の状況はこの5年間で目に見えて変わっていった。統計によると、今では馬依村に住む47の貧困世帯のすべてが貧困から抜けだすことに成功した。(涼山=新華社記者/陳地)=2015(平成27)年3月25日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

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