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  •  「新華社」「楊家将」ゆかりの楊家城址、23年陝西六大考古新発見に
    00:48.85
    2024年02月06日
    「新華社」「楊家将」ゆかりの楊家城址、23年陝西六大考古新発見に

    「2023年陝西六大考古新発見」が2日発表され、北宋時代の有名な愛国の士「楊家将」が駐屯した中国陝西省神木市の楊家城跡での重要な考古学的成果も選ばれた。同城跡は、同市店塔鎮楊城村北西の黄土梁峁(りょうごう)に位置し、地理的関係と年代考証に基づき、唐宋時代の麟州城であると考えられることから、中国の第6次全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)が公布された際に「麟州故城」と命名された。麟州は、唐宋時代における北西辺境の要衝で、北宋の名将楊業(よう・ぎょう)一族はこの地で生まれ育った。同省考古研究院の邵晶(しょう・しょう)研究館員は、今回の同城跡の考古学調査で北城を新たに発見、城壁の向きが明瞭で、城内の遺物の多くが宋金時代のものであることから、これまで見つかっている東城、内城、西城とほぼ同時期のものだと考えられると紹介する。現在分かっている楊家城は、東城、内城、西城、北城がそれぞれ独立しながら、相互に関係した小城を形成し、城内の面積は約70万平方メートルある。同城周辺では、北宋時代の蕃将、高世忠(こう・せちゅう)一族の墓地も出土し、秉義郎(へいぎろう)、徐徳(じょ・とく)の墓誌などの遺物が集まり、北宋時代の重要な城だったことを裏付けている。今回の発掘調査では、磁器、陶器、石器、建築部材、貨幣などを含む大量の遺物も出土、陶磁器は唐宋時代の典型的な特徴を比較的示しており、特に貨幣の年号、漏沢園墓誌の紀年はすべて北宋以前のものだった。さらに、城壁は高く大きくて分厚く、多重の城壁が設けられ、武器の数も比較的多く、「官」の字の入ったレンガ、漏沢園墓誌が出土したことなどから、同城は唐宋時代の重要な官修城で、軍事的な性格が際立っていたことがわかる。地理的関係、文献、関連する文字資料の遺物の考証を考慮すると、同城は唐宋時代の麟州城で、北宋が北西部を制圧し、遼、夏を防ぐ重要な防壁だったと考えられる。2日発表された「2023年陝西六大考古新発見」には、同省楡林市清澗県の寨溝遺跡、同省韓城市の陶渠春秋「京」邑遺跡、同省宝鶏市の下站(かたん)遺跡、漢代唐代の漕渠と昆明池遺跡、西咸新区空港新城北城村墓地、神木市の楊家城跡が選定された。(記者/楊一苗、梁愛平) =配信日: 2024(令和6)年2月6日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2024020609729

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    01:13.20
    2024年02月01日
    「新華社」四川省の濛渓河遺跡洪水で姿を現した太古の世界

    中国四川省資陽市楽至県にある旧石器時代の濛渓河(もうけいが)遺跡は1月30日、2023年の中国六大考古新発見に選ばれた。遺跡は動物化石や埋木(うもれぎ)、植物の種子など多くの有機遺物が残る数少ない遺跡で、5万~7万年前の隠された太古の姿をわれわれに示している。四川省文物考古研究院旧石器考古研究所の鄭喆軒(てい・てつけん)所長によると、遺跡の年代は第四紀後期更新世。ステゴドンやケブカサイなど多くの大型動物が絶滅し、人類の生理学的特徴がすでに現生人類と一致していた時期にあたる。遺跡は2019年夏、洪水により1万年以上前の埋木や動物化石が地中から流出し、古代人が使っていた打製石器が露出したことで存在を確認。四川省文物考古研究院が中国科学院古脊椎動物・古人類研究所と合同で約2年の緊急発掘調査を行い、遺跡の様相をおおむね明らかにした。濛渓河沿岸では相互に関連性を持つ遺跡11カ所が見つかり、濛渓河遺跡群が形成された。暫定的な分析の結果、濛渓河遺跡は古代人が水辺に居住して形成されたものと判明。文化層は現在の濛渓河の水位より下に分布しており、水に浸された特殊な埋蔵環境により大量の有機物材料が残されていた。23年には石器や木器、骨器、動物化石が10万5千点余り、植物種子や果実、芽胞などの遺物6万点余りが出土したほか、火の使用や物を切断し、彫り刻み、磨くなど人類の活動痕跡が見つかった。鄭氏によると、遺跡に保存されていた有機遺物は植物遺存体がゾウやサイ、クマ、魚、鳥など陸海空に生息する大中小の肉食・草食類三十数種、動物植物遺存体が樹木や果実など三十数種に上り、大量のセッコツソウ(接骨草)やキンコツソウ(筋骨草)の発見は当時の人々が生薬でけがを治していた可能性を示している。一部の器物に残された刻痕は人々の間に精神的な追求が生じていたことを物語っている。多くの動植物資源は当時の環境や気候を理解するための貴重な材料になるという。鄭氏は「濛渓河遺跡は旧石器時代社会の場景を立体的に復元する数少ない遺跡だ。分野横断型の重大な発見であり、その意義は考古学にとどまらない」と語った。(記者/楊進) =配信日: 2024(令和6)年2月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2024020111383

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    00:58.00
    2024年01月04日
    「新華社」新疆ウイグル自治区で初の長城文化博物館がオープン

    中国新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州尉犁(ロプノール)県で2023年12月29日、シルクロード長城文化博物館が自治区初の長城文化博物館としてオープンした。総延床面積は5千平方メートル、展示面積は2520平方メートルで、600点(組)余りの文化財を所蔵する。展示ホールは文化財とパネルの展示のほか、現代化、デジタル化された情景展示も取り入れ、来場者に山海関から西域に至る万里の長城の没入型体験を提供し、長城の魅力を伝える。自治区には国が認定した長城資源が212カ所あり、東西に連綿と2千キロ余り続いている。天山山脈南麓に位置する尉犁県も長城資源が多くあり、中でも孔雀河烽燧(ほうすい)群は全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定されている。19~21年には、新疆ウイグル自治区文物考古研究所が克亜克庫都克烽燧遺跡で3年連続の発掘調査を実施。文書などの1400点以上の遺物が出土し、21年の全国十大考古新発見に選ばれた。(記者/宿伝義) =配信日: 2024(令和6)年1月4日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2024010405283

  •  「新華社」北宋時代の梅氏夫人墓で遺物900点余りが出土浙江省雲和県
    01:24.64
    2024年01月01日
    「新華社」北宋時代の梅氏夫人墓で遺物900点余りが出土浙江省雲和県

    中国浙江省麗水市雲和県の大慶寺遺跡で2022年に同県文物保護センターが発見した北宋時代の梅氏夫人墓は、同省文物考古研究所と同県文物保護センターがその後に実施した緊急発掘調査で遺物900点余りが出土した。梅氏夫人墓出土の各種器物は、同種類の器物の時代区分を確定する根拠になるという。磁器は主に同省の竜泉窯と江西省の景徳鎮窯のもので、河北省の定窯も一部含まれている。南北各窯の磁器が一つの墓から出土したことは、北宋時代に同県で外地との文化交流や交易が頻繁だったことを示しており、北宋の磁器文化を研究する上で重要な材料となる。(記者/宋立峰) =配信日: 2024(令和6)年1月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2024010111474

  •  「新華社」中国浙江省の汶渓遺跡、河姆渡文化研究に新たな資料提供
    00:49.56
    2023年12月27日
    「新華社」中国浙江省の汶渓遺跡、河姆渡文化研究に新たな資料提供

    中国浙江省寧波市文化遺産管理研究院はこのほど、今年最大の考古学上の発見として同市鎮海区九竜湖鎮の汶渓(ぶんけい)遺跡を選出したと明らかにした。同遺跡では専門家による緊急発掘調査を通じ、河姆渡(かぼと)文化後期前葉の遺物が銭塘江以南地域で初めて大量に見つかった。同遺跡は堆積層が厚く、年代の幅が広い。文化層は最も深い所で地表から3・6メートルに達する。発掘区画「T0301」の南側の断面には調査員が年代別につけたマークがあり、下から順に河姆渡文化前期、中期、銭山漾(せんざんよう)文化、商(殷)周時代の地層が並んでいるのがはっきりと見て取れる。発掘作業からは、同遺跡が魚山遺跡と応家遺跡に続き、寧紹平原の臨海地帯で見つかった新たな重要遺跡であることが分かった。河姆渡文化中後期についての研究を充実させるとともに、今から約5500~5800年前の河姆渡文化の系譜や変化、発展の研究に豊富な資料をもたらすものとなる。汶渓遺跡の発掘作業は2期に分けて行われ、発掘面積は合計4400平方メートルに上る。今年5月に第1期発掘作業が終わり、現在は第2期発掘作業が進んでいる。これまでに住居跡や墓、井戸などの遺構200カ所余りが見つかり、陶磁器や石、銅、木でできた各種の小型の遺物600点余りが出土している。(記者/孔令杭) =配信日: 2023(令和5)年12月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023122706069

  •  China-Tunisia joint archaeological excavation makes progress
    01:10.68
    2023年12月15日
    China-Tunisia joint archaeological excavation makes progress

    STORY: China-Tunisia joint archaeological excavation makes progressSHOOTING TIME: Dec. 14, 2023DATELINE: Dec. 15, 2023LENGTH: 00:01:11LOCATION: TunisCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of Chinese and Tunisian archaeologists exploring and talking2. various of the archaeological site3. various of archaeologists from China and Tunisia sorting out unearthed pottery fragmentsSTORYLINE:China and Tunisia have carried out a joint archaeological excavation operation in Tunisia‘s Ben Arous Forest archaeological site since the end of October. The team has finished the excavation work for about 500 square meters.According to the analysis of the unearthed items, the excavation site might have been a dyehouse in the ancient Roman period...= 配信日: 2023(令和5)年12月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023121508743

  •  「新華社」重慶市で前漢初期の紀年墓を発見遺物600点余りが出土
    01:27.91
    2023年12月08日
    「新華社」重慶市で前漢初期の紀年墓を発見遺物600点余りが出土

    中国の重慶市文物考古研究院は、同市武隆区で保存状態の良い前漢初期の紀年墓(出土遺物などに造営年代が記されている墓)が見つかり、遺物600点余りが出土したと明らかにした。専門家は出土品の多さ、年代の古さともに重慶の両漢(前漢・後漢)時代の遺跡では例がないとの見方を示した。古墓は烏江の水路整備に伴う工事で発見され、緊急発掘調査により「関口前漢1号墓」と命名された。発掘調査プロジェクトのリーダーを務める黄偉(こう・い)氏によると、一帯では漢代から六朝時代の一群の墓を発見。中でも「関口前漢1号墓」の収穫が最も重要とされ、大量の漆器、木器、竹器、土器、銅器、織物など600点余りが出土した。盗掘や破壊を免れたため、副葬品はいずれも良好な保存状態だった。黄氏は「今回の調査で現場の気持ちを高めたのは器物の種類と量の多さだけでなく、遣策(けんさく、副葬品のリスト)に干支の紀年が記されていたことだ。考証により漢の恵帝2(紀元前193)年のものと判明し、墓の埋葬年代が明らかになった。出土した『玉剣珌(ひつ、剣や刀のさやの飾り)』は、墓の被葬者の地位の高さを示している」と説明。遣策は整った筆跡で副葬品の名称や数量、寸法が明瞭に記されており、墓と出土器物の形状と様式から被葬者は大夫級の官僚だと推測できるものの、具体的な身元の解明にはさらなる研究が必要だと述べた。重慶市文物考古研究院の白九江(はく・きゅうこう)院長ら専門家は関口前漢1号墓について、長江上流域で一度に出土した漆器や木器、竹器、織物としては数が最も多く、かつ集中しており、国内でも貴重な明確な紀年を持つ前漢墓だとの認識を示した。専門家らはまた、今回の発掘が烏江流域における秦漢考古学の重要発見であり、関連分野の空白を埋め、漢文化の確立過程で巴、蜀、楚、秦文化が合流し、融合した時代の特徴を示していると指摘。前漢初期の埋葬習慣を研究し、器物と名称の照合を行う上での実物証拠と重要な基礎研究材料になるとの見方を示した。(記者/劉恩黎、黄偉) =配信日: 2023(令和5)年12月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023120805122

  •  Lion mosaic discovered in ancient city in northwest Türkiye
    00:35.84
    2023年11月17日
    Lion mosaic discovered in ancient city in northwest Türkiye

    STORY: Lion mosaic discovered in ancient city in northwest TürkiyeSHOOTING TIME: Nov. 16, 2023DATELINE: Nov. 17, 2023LENGTH: 00:00:36LOCATION: ISTANBUL, TürkiyeCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of the lion mosaic in Duzce, TürkiyeSTORYLINE:Turkish archaeologists have discovered a lion mosaic during excavations in the northwestern province of Duzce, state media reported on Thursday. The excavations in the ancient city of Prusias ad Hypium are located in the Konuralp district of Duzce, the state-run TRT broadcaster reported. Experts believe that the newly-discovered mosaic room represents a late Roman era cult area, where a society or a group of people practiced a lifestyle that included specific values, beliefs, traditions, art, and other cultural elements...= 配信日: 2023(令和5)年11月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023111707797

  •  「新華社」遼上京遺跡で大型建築基礎を発見内モンゴル自治区
    01:18.80
    2023年10月23日
    「新華社」遼上京遺跡で大型建築基礎を発見内モンゴル自治区

    中国内モンゴル自治区にある遼王朝の都城跡「遼上京遺跡」で調査を続ける中国社会科学院考古研究所と同自治区文物考古研究院の合同発掘調査チームはこのほど、遺跡内の皇城跡で配置が明瞭な東向きの大型建築物の基礎を発見したと発表した。都城内の重要建築であり、皇城の配置を理解し、遼王朝の皇室礼制建築(儀式用建築)を探求する上で重要な手がかりになるとしている。中国社会科学院考古研究所の董新林(とう・しんりん)研究員によると、発見された建築跡は中庭式建築で、長方形の平面プランを持ち、周囲に回廊が設けられていた。東側に門の跡があり、軸線上に東から西に中殿と後殿を配置していた。二つの殿堂建築の柱間はいずれも幅5間、奥行き4間だった。調査の結果、殿堂建築の基壇と建築本体は遼代から金代にかけて大きな変化はなかったものの、前方と後方の月台(テラス)、回廊につながる挟屋(付属建築)または回廊の一部に部分的な修復跡が見つかった。出土した版築(はんちく、土を幾層にも突き固める工法)基壇やその上部の覆盆型石柱礎、建築部材、磁器などは、いずれも当時の建築技術や手工業水準の高さを示していた。今回見つかった建築基礎は、皇城内で皇城南門と宮城南門を結ぶ正南街の西側で最大の中庭建築であり、その位置が重要とされる。遼の歴史書「遼史」には、皇城南西部に孔子廟や国子監(最高学府)、寺院、道観(道教寺院)など遼代初期の重要建築があったと記されており、今回発見された建築基礎の性質を知る手がかりになる。遼上京遺跡は同自治区赤峰市バイリン左旗林東鎮の南東に位置する。平面プランは「日」字に近く、北部の皇城と南部の漢城からなる。2021年には中国の「百年百大考古発見」に選ばれた。(記者/恩浩) =配信日: 2023(令和5)年10月23日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023102310634

  •  Portrait of Alexander the Great‘s head unearthed in Türkiye
    00:37.03
    2023年09月22日
    Portrait of Alexander the Great‘s head unearthed in Türkiye

    STORY: Portrait of Alexander the Great‘s head unearthed in TürkiyeDATELINE: Sept. 22, 2023LENGTH: 00:00:37LOCATION: ISTANBUL, TürkiyeCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of photos of Marble portrait of the head of King Alexander III of MacedonSTORYLINE:A marble portrait of the head of King Alexander III of Macedon, known as Alexander the Great, was unearthed in the western Black Sea region of Türkiye, local authorities said Thursday.The finding came during the ongoing excavations at the Prusias ad Hypium Ancient Theater in the province of Duzce, said the local municipality on its website.It added that the piece was delivered to the Duzce Konuralp Museum to be examined and displayed.Meanwhile, the museum stated that the Alexander head, measuring 23 cm from the top of the head to the neck, is dated back to the 2nd century AD...= 配信日: 2023(令和5)年9月22日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023092210465

  •  「新華社」竜骨坡遺跡、第5次発掘調査始まる重慶市巫山県
    00:39.24
    2023年08月17日
    「新華社」竜骨坡遺跡、第5次発掘調査始まる重慶市巫山県

    中国重慶市巫山(ふざん)県廟宇鎮にある旧石器時代の竜骨坡遺跡で16日、第5次発掘調査が始まった。より多くの古人類と古生物の化石、人工遺物などの発掘を目指す。同遺跡は1984年から2006年にかけ3度の体系的な発掘調査が行われ、1996年には第4次全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財)に指定された。2011~12年に実施された第4次調査では、発掘方法に中国の伝統的手法とフランスの手法を組み合わせることで、ヒトによる加工痕跡が明らかな石器200点余りと哺乳類化石100点余りを発見。三峡地区の初期人類の技術・行動モデルを探求する上で重要な研究材料をもたらした。第5次発掘調査は、十数年ぶりに再開される学術発掘調査の重要な模索となる。期間は8~11月で、発掘面積は30平方メートルに上る。調査の現場責任者を務める専門家チームの代表、黄万波(こう・ばんは)氏は竜骨坡遺跡について、人類の発展過程を明らかにし、三峡地区の100万年にわたる人類史を実証する上でより豊富な材料をもたらしたと指摘。学術的意義と社会的影響は大きいと語った。(記者/趙小帥、李愛斌、沙青、郝一林、唐奕) =配信日: 2023(令和5)年8月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023081708171

  •  「新華社」元謀原人遺跡、第6次考古発掘調査始まる雲南省
    00:58.36
    2023年07月24日
    「新華社」元謀原人遺跡、第6次考古発掘調査始まる雲南省

    中国雲南省楚雄イ族自治州で21日、元謀原人遺跡の第6次考古発掘調査が始まった。研究者80人余りが遺跡と周辺地域の学際・総合調査を行う。遺跡は同自治州元謀県大那烏村から約200メートル離れた山の斜面にある。1965年に中国地質科学院地質研究所の銭方(せん・ほう)氏らが約170万年前の古人類の歯の化石2本を発見して以降、数度の発掘調査が実施されている。2022年11月から今年6月に3段階に分けて実施された特別調査と探査では、旧石器時代の古生物化石埋蔵地点計40カ所を発見。石器標本約600点と動物化石約640点が出土した。2023年度の考古発掘調査は、遺跡南東部の郭家包梁子の四つのエリア、計200平方メートルで実施される。(記者/王安浩維、厳勇) =配信日: 2023(令和5)年7月24日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023072411982

  •  石棺は弥生後期有力者の墓 吉野ケ里初、副葬品なし
    01:45.23
    2023年06月14日
    石棺は弥生後期有力者の墓 吉野ケ里初、副葬品なし

    佐賀県による吉野ケ里遺跡の謎エリアでの石棺墓発掘調査がほぼ完了した。副葬品は見つからなかったが、赤色顔料が石棺内側全体に塗られていたと推定され、県は被葬者が一定以上の身分だった可能性があると説明。<映像内容>佐賀県の山口祥義知事の会見と、遺跡での現場説明と遺跡の様子など、撮影日:2023(令和5)年6月14日、撮影場所:佐賀県

    商品コード: 2023061508684

  •  「新華社」陝西省北部で3200年前の商代大型集落跡を発見
    01:21.83
    2023年06月08日
    「新華社」陝西省北部で3200年前の商代大型集落跡を発見

    中国陝西省考古研究院は5月30日、省北部の楡林市清澗(せいかん)県で約3200年前の商(殷)代の大型集落跡を発見したと発表した。集落跡は寨溝遺跡と名付けられた。遺跡がある解家溝鎮寨溝村は同省北部の黄土高原の中心部に位置する。同研究院が2022年に発掘調査を開始し、これまでに大面積の版築(はんちく、土を幾層にも突き固める工法)建造物や大型墓葬、小型墓地、灰坑、陶範(陶製鋳型)など異なる機能を持つ遺構を発見した。遺跡面積は約300万平方メートルに上った。同研究院の孫戦偉(そん・せんい)副研究員によると、遺構は11の丘陵に点在しており、大規模で多くの遺構を持つ、各要素のそろった集落遺跡だという。発見された9カ所の高位貴族墓地の3カ所では計7基の大型「甲」字形墓が確認された。墓から出土した大量の青銅車馬器や玉器、骨器、漆器、亀甲は、商王朝後期の都城跡とされる殷墟(いんきょ)の上層階級の物質文化と共通性がみられ、黄土丘陵地域と商王朝との間で密接な経済・文化交流があったことや、商王朝が周辺地域に大きな影響力を及ぼしていたことを反映している。孫氏は遺跡について、晋陝(山西・陝西両省)高原でこれまでに発見された商代の遺跡の中で最も規模が大きく、遺構も豊富で、中原(黄河中下流の平原地帯)の商文明と同時期に存在していた地方政体の中では珍しいと指摘。商代末期の陝西省北部に高度に発達した青銅文明が存在し、中原の殷墟文化と緊密なつながりを持っていたことを示していると説明した。今回の発見については、商代考古学の重要発見であり、陝西省北部に存在した商代の方国(地方政権)の政治的・地理的構造を探求し、殷墟時期(商王朝後期)の中原と辺境の相互交流を理解する上で重要な意義を持つと語った。(記者/楊一苗) =配信日: 2023(令和5)年6月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023060805930

  •  空撮と地上撮 謎エリアの石棺墓を開口 佐賀・吉野ケ里遺跡
    01:48.57
    2023年06月05日
    空撮と地上撮 謎エリアの石棺墓を開口 佐賀・吉野ケ里遺跡

    佐賀県は5日、弥生時代の大規模集落で知られる吉野ケ里遺跡(同県吉野ケ里町、神埼市)の手つかずだった「謎のエリア」で、昨年開始した発掘調査で見つけた石棺墓の開口作業を始めた。  <映像内容>佐賀県の吉野ケ里遺跡の石棺墓の開口作業。佐賀県の吉野ケ里遺跡の石棺墓の開口作業現場の空撮ま、撮影日:2023(令和5)年6月5日、撮影場所:佐賀県神埼市

    商品コード: 2023060608328

  •  Archaeologists uncover ancient human skeletons in Erbil, Iraq
    01:02.69
    2023年05月17日
    Archaeologists uncover ancient human skeletons in Erbil, Iraq

    STORY: Archaeologists uncover ancient human skeletons in Erbil, IraqDATELINE: May 17, 2023LENGTH: 00:01:03LOCATION: ERBIL, IraqCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of the archaeological site2. SOUNDBITE (English): MIQUEL MOLIST, Professor of Archeology at Autonomous University of BarcelonaSTORYLINE:Archaeologists found the third human skeleton Monday at the archaeological site of Lashkari hill, 17 km east of Erbil, the capital of the semi-autonomous Kurdistan region in Iraq.This is part of a recent excavation of human skeletons, pottery jars, seals, and the remains of a large house.The previous two human skeletons were both found on May 13.The excavation is conducted by Spanish scientists from the Autonomous University of Barcelona, in coordination and cooperation with the antiquities and heritage department in Erbil and the University of Salahaddin...= 配信日: 2023(令和5)年5月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023080902138

  •  「新華社」曹操高陵遺跡博物館がオープン河南省安陽市
    01:25.16
    2023年05月01日
    「新華社」曹操高陵遺跡博物館がオープン河南省安陽市

    中国河南省安陽市で4月29日、「三国志」の英雄の一人として知られる曹操(そう・そう)の墓を博物館とした曹操高陵遺跡博物館が一般公開された。同陵から出土した文化財400点余りを初めて集中的に展示する。博物館は殷都区西高穴村にあり、曹操高陵の上に建設された。収集や研究、展示、広報、教育などを一体化したテーマ型遺跡博物館となる。曹操高陵は2008年に緊急発掘調査が行われ、翌年に曹操の墓だと確認された。2010年には「全国十大考古新発見」に選ばれ、13年には第7次全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)の指定を受けた。中国社会科学院の劉慶柱(りゅう・けいちゅう)考古学部委員は同陵の発見について、漢魏考古学に正確な年代基準を打ち立て、漢魏王朝の陵寝制度を研究する上で貴重な実物資料をもたらしたと述べた。13年には陵墓本体の保護・展示に向けたプロジェクトが始動した。曹操高陵管理委員会主任で同博物館館長の孔德銘(こう・とくめい)氏は「曹操高陵の周辺ではここ数年、大規模な考古学調査や事前調査、一部の発掘作業が実施され、陵園や陪葬墓、後世の守陵戸(墓守戸)と思われる建築物など重要な遺跡が見つかった」と説明した。陵墓の本体保護・展示プロジェクトと周辺環境整備プロジェクトは既に完了している。博物館は遺跡展示エリアと博物館展示エリア、陪葬墓展示エリアからなり、遺跡展示エリアの建築総面積は1万8488平方メートルに上る。(記者/桂娟、李安、史林静) =配信日: 2023(令和5)年5月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023050112658

  •  3,500 mural pieces recovered at Roman theater in southern Spain
    00:39.74
    2023年04月17日
    3,500 mural pieces recovered at Roman theater in southern Spain

    STORY: 3,500 mural pieces recovered at Roman theater in southern SpainDATELINE: April 17, 2023LENGTH: 00:00:40LOCATION: MadridCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of the excavation site2. various of the archaeologists and mural piecesSTORYLINE:A team of archaeologists working on excavations in the portico of the Roman theater in Cartagena, southern Spain, has recovered a total of 3,500 pieces of the large murals that decorated one of the walls of the monument.The researchers say that the pictorial groups found in the building are among the best preserved in the entire Roman Empire.This Roman theater in Cartagena is one of the largest in the Iberian Peninsula, with a capacity for 7,000 spectators. And it shows how important the city of Cartagena was to the Romans.Xinhua News Agency correspondents reporting from Madrid.(XHTV)= 配信日: 2023(令和5)年4月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023041906271

  •  Prehistoric snake fossils discovered in China‘s Guangxi
    01:04.68
    2023年03月30日
    Prehistoric snake fossils discovered in China‘s Guangxi

    STORY: Prehistoric snake fossils discovered in China‘s GuangxiDATELINE: March 30, 2023LENGTH: 00:01:05LOCATION: NANNING, ChinaCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of the discoveries2. various of the published article3. SOUNDBITE 1 (Chinese): YANG QINGPING, Research fellow with Guangxi Institute of Conservation and Archaeology ResearchSTORYLINE:Snake skeleton bones dating back to 6,000 years ago have been discovered in the Zuojiang basin in south China‘s Guangxi Zhuang Autonomous Region.Chinese researchers recently published their findings in the journal Historical Biology.  From 2013 to 2015, a team led by Yang Qingping, a research fellow with the Guangxi Institute of Conservation and Archaeology Research, carried out excavations in the Zuojiang basin, and found several Neolithic sites...= 配信日: 2023(令和5)年3月30日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023033110532

  •  「新華社」霍州窯跡で初の発掘調査金元時代の「細白磁」が大量出土山西省
    01:11.55
    2023年03月17日
    「新華社」霍州窯跡で初の発掘調査金元時代の「細白磁」が大量出土山西省

    中国山西省霍州(かくしゅう)市陳村にある全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)、霍州窯跡では、山西省考古研究院が実施した1年間の発掘調査で、金、元、明各時代の窯や工房など製磁遺構が見つかった。窯道具や磁器片標本も多数出土し、霍州窯の焼成の歴史や工芸技術、生産規模、経済形態などを研究するための基礎資料となった。今回の発掘では、主に金・元時代の表面がきめ細やかで薄い白磁「細白磁」が出土した。器形は多岐にわたり、装飾の模様も変化に富み、モチーフには水波禽鳥や纏枝花卉(てんしかき)、蝴蝶花卉、蓮花童子、動物文などが見られた。保存状態がよく、規模も大きい明代の焼成エリアも見つかった。霍州窯は、山西省を代表する金・元時代の磁器窯であり、高度な技術と細白磁で全国的に名高い。窯は発見から50年近くを経ているが、今回初めて発掘調査が実施された。(記者/馬志異) =配信日: 2023(令和5)年3月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023031707894

  •  Ancient porcelain kilns unearthed in China‘s Shanxi
    00:49.80
    2023年03月16日
    Ancient porcelain kilns unearthed in China‘s Shanxi

    STORY: Ancient porcelain kilns unearthed in China‘s ShanxiDATELINE: March 16, 2023LENGTH: 00:00:50LOCATION: TAIYUAN, ChinaCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of the ancient porcelain kilns2. various of archaeologists working at the site3. various of the unearthed porcelain chipsSTORYLINE:After one year of excavation, archaeologists have unearthed several porcelain kilns and porcelain pieces dating back to the Jin Dynasty (1115-1234), the Yuan Dynasty (1271-1368), and the Ming Dynasty (1368-1644) in Huozhou City, north China‘s Shanxi Province.The porcelain pieces are mainly fine white-glazed porcelain wares produced in the Jin and Yuan dynasties.Xinhua News Agency correspondents reporting from Taiyuan, China.(XHTV)= 配信日: 2023(令和5)年3月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023031701853

  •  「新華社」三門峡市の古墓群から戦国期の編鐘が初めて出土河南省
    01:24.00
    2023年03月10日
    「新華社」三門峡市の古墓群から戦国期の編鐘が初めて出土河南省

    中国河南省鄭州市で8日、2022年河南省考古学新発見フォーラムが開かれ、同省三門峡市の陝州城墓地遺跡で実施された古墓570基の発掘調査で、青銅製の古代中国の楽器、編鐘(へんしょう)が計3組出土したことが明らかとなった。同市の成立以来、戦国時代の編鐘が発見されたのは初めて。古墓群の発見は、東周時代の墓地の配置と社会や政治の変化を研究する上で充実した考古学的資料となり、春秋から戦国への過渡期の考古学的な文化研究にとっても豊富な実物資料が提供されたことになる。同墓地遺跡は河南省三門峡市の西部に位置し、同市考古研究所が2021年9月から22年9月にかけて発掘調査を実施した。調査では、春秋戦国、前漢後漢、唐、明・清代などの墓計570基を発掘し、副葬品3千点余りが出土した。うち春秋戦国時代の墓は228基あった。同市文物考古研究所の専門職員、燕飛(えん・ひ)氏は「春秋戦国時代の墓は密集して配置され、規則正しく並んでおり、例外はほとんどない。墓の様式は長方形の竪穴土坑墓が中心で、夫婦併穴合葬墓が多く、職人の墓や西北地区に居住し戎(じゅう)と呼ばれた少数民族の墓なども少数含まれていた。大多数の墓には副葬品が埋葬され、その多くはひつぎの中またはひつぎと椁(かく、ひつぎを納める外箱)の間に納められていた」と説明した。燕氏によると、初期の研究では春秋戦国時代の墓から出土した器物のほとんどは、銅の鼎や豆(とう、盛食器)、壺、盤(たらい)、匜(い、水差し)、舟(酒器)、陶鬲(とうれき)などの組み合わせからなり、東周の三晋(韓・魏・趙)文化の様式に沿っていることから、この墓地は戦国時代初期の魏国の公共墓地の可能性があるとみている。うちM379号墓は「四鼎墓」(最高の格式は九鼎)の貴族墓で、今回発見された中で最大。戦国時代の青銅編鐘1組9点と石編磬(へんけい、石板型の打楽器)1組10点を含む副葬品計96点(組)が出土した。同墓地群では戎人の墓も発見され、その副葬品からは中原文化への同化傾向が見て取れる。燕氏は「三門峡地域は東西を結ぶ大動脈であるとともに、北方地域と中原地域の重要な交流ルートでもあった。戎人の墓には独自の文化から中原文化へ同化する過程がはっきりと認められ、中国文明の形成過程における民族の融合と発展を探る上で重要な価値がある」と語った。(記者/李安) =配信日: 2023(令和5)年3月10日、クレジット:新華社/共同通信イ...

    商品コード: 2023031010362

  •  「新華社」中国国家文物局、雲南省古城村遺跡の発掘成果を発表
    00:49.74
    2023年02月17日
    「新華社」中国国家文物局、雲南省古城村遺跡の発掘成果を発表

    中国国家文物局は15日に開いた「考古中国」重大プロジェクト作業進展会合で、五つの遺跡の発掘成果を発表した。その中には雲南省昆明市晋寧区の古城村遺跡も含まれている。同遺跡は、雲南省にかつて存在した滇(てん)国の文化圏の中核地域で初めて発見された商(殷)周時代の環濠(かんごう)集落で、滇文化の起源を探る重要な手がかりになる。遺跡は晋寧区晋城鎮古城村にあり、滇池の東南岸に位置する。雲南省文物考古研究所が2020年、インフラ整備に伴う考古学調査で発見し、2021年から同研究所が晋寧区の関連部門と合同で学術発掘調査を実施していた。各種遺構千カ所余りを発見し、青銅器や土器、陶器、玉器、石器、骨器、木器など4千件余りが出土した。古城村遺跡調査チームのリーダー、雲南省文物考古研究所の周然朝(しゅう・ぜんちょう)副研究館員によると、遺跡は商周時代の大型の湖畔貝塚遺跡で、面積は約4万2千平方メートル。現存する貝塚の堆積は最も厚い箇所で6・5メートルに上る。尾部を割られた大量のタニシの殻と灰土層が交互に積み重なっていた。放射性炭素年代測定による遺跡の年代は3600年~2500年前で、中原地区の商代から両周(西周と東周)時代に相当する。商代の遺構は前期と後期に分けられ、前期遺構では中心台地と外周環濠、保護斜面からなる楕円形の環濠集落が見つかった。中心台地の面積は約2万7千平方メートルで、環濠と斜面の長さは約600メートル。集落の構造は両周時代まで維持されたとみられる。後期遺構では土坑墓と甕棺葬(かめかんそう)を発見した。両周時代の遺構は住居跡や貝殻の堆積、灰、人の活動痕跡など居住関連が中心で、住居跡は多くが方形の竪穴式だった。専門家は、遺跡は滇文化以前の考古学的文化を代表しており、滇文化の起源を探る重要な手がかりになると指摘。雲南地区の商周時代の考古文化体系を構築し、滇文化出現前の滇池地区の集落形態や生活様式、族群構成、環境変化など重要な問題を研究する上で重要な材料になるとの見方を示した。(記者/何春好) =配信日: 2023(令和5)年2月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023021714828

  •  10,500 artifacts unearthed in Türkiye in 2022
    02:24.27
    2023年01月20日
    10,500 artifacts unearthed in Türkiye in 2022

    STORY: 10,500 artifacts unearthed in Türkiye in 2022DATELINE: Jan. 20, 2023LENGTH: 00:02:24LOCATION: ISTANBUL, TürkiyeCATEGORY: SOCIETYSHOTLIST:1. various of the archaeological excavation site at Haydarpasa Train Station2. various of the archaeological excavation site at Zerzevan Castle3. various of Corum Museum, Türkiye4. various of the Hittite cuneiform tablets in Corum Museum5. various of historical artifacts in Corum MuseumSTORYLINE:A total of 10,500 artifacts for museum collections were unearthed in 249 archaeological digs in Türkiye in 2022, according to data from the Turkish General Directorate of Museums and Cultural Heritage.The vast majority of these digs were conducted by Turkish teams, while foreign teams ran 32 excavations. Most digs were on land, while seven were conducted underwater to uncover sunken treasures...= 配信日: 2023(令和5)年1月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2023012108628

  •  「新華社」雲南省、恐竜化石の緊急発掘調査を開始
    00:58.60
    2022年12月30日
    「新華社」雲南省、恐竜化石の緊急発掘調査を開始

    中国雲南省楚雄イ族自治州禄豊(ろくほう)市と武定、双柏両県はこのほど、3市・県の9カ所で恐竜化石の緊急発掘調査を開始した。禄豊地区で1938年、完全な状態の恐竜骨格化石が初めて発見された。同自治州ではこれまでに410体余りの恐竜化石が見つかっている。うち保存状態が良好なものは70体を超え、中でもジュラ紀前期のものが有名となっている。(記者/王安浩維、厳勇) =配信日: 2022(令和4)年12月30日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022123005610

  •  「新華社」河泊所遺跡で新たな発掘調査益州郡の郡治跡を探求雲南省
    00:52.76
    2022年11月24日
    「新華社」河泊所遺跡で新たな発掘調査益州郡の郡治跡を探求雲南省

    中国雲南省文物考古研究所はこのほど、同省昆明市にある河泊所遺跡で新たな発掘調査を開始したと発表した。同遺跡は、戦国時代から漢代にかけて存在した地方政権「滇国(てんこく)」の中心的居住エリアと見なされており、昨年からの調査で、漢代の封泥(ふうでい、書物の封印に用いた粘土)や簡牘(かんどく、文字を記した竹札や木札類)が大量に出土するなど大きな進展があった。今回の調査は、前漢が滇国を版図に組み込んだ後に設置した益州郡の郡治(郡太守の治所)跡を探すのが目的だという。発掘の指揮を執る同研究所の蔣志竜(しょう・しりゅう)研究館員によると、同遺跡では、今年の発掘許可面積600平方メートルのうち、400平方メートルで発掘が完了している。今回グリッドを設定した200平方メートルの区画は、年度発掘区域の西側に位置し、前回の調査で漢代の封泥や簡牘が大量に出土した中心区域の近くにある。発掘隊のメンバー、楊薇(よう・び)氏は「事前調査でこの場所の漢代の敷土層が比較的厚いことが分かった」と説明。発掘グリッドでは表土の整理がすでに終わり、順次掘り進めている状況だと語った。遺跡は昆明市晋寧区上蒜(じょうさん)鎮の河泊所村付近にある。遺跡の北東約1キロには、かつて「滇王之印」と刻まれた金印が出土した石寨山(せきさいざん)古墓群がある。同研究所は9月28日に同遺跡に関する最新の発掘成果を発表している。昨年以降に漢代の封泥や簡牘が大量に出土したことについては、前漢の中央政府が雲南に統治権を行使していたことを示すものであり、中国における統一多民族国家の形成と発展の重要な裏付けになるとの見方を示した。同研究所の劉正雄(りゅう・しょうゆう)所長によると、昨年以降の調査で発掘したのは両漢(前漢と後漢)時代の文化堆積層で、建築基礎や灰坑、墓葬、河道、井戸などの重要遺構が見つかり、封泥や簡牘、銅器、鉄器、骨器、玉石器などの遺物2千点余りが出土した。中でも重要な発見は、封泥や簡牘、大型建築物基礎、道路などだった。専門家はこれまで出土した遺構に基づき、益州郡の郡治が発掘現場付近にあると推測している。蔣氏は「都市は通常、複数の機能エリアで構成される。現在は大型建築物の基礎を探し出せないか試している。衙門(がもん、役所)や府庫(ふこ、文書や財物を保管した蔵)、穀倉などだ。それによって益州郡郡治の平面配置や機能区分を =配信日: 2022(令和4)年11月24日、...

    商品コード: 2022112404932

  •  「新華社」バーチャル展示や没入型体験、文化財に新たな付加価値重慶市
    01:14.92
    2022年11月24日
    「新華社」バーチャル展示や没入型体験、文化財に新たな付加価値重慶市

    中国重慶市でこのほど、重慶市文物考古研究院が「三館一院」プロジェクトとして建設を進めてきた重慶考古バーチャル展示体験館、重慶考古標本陳列館、重慶故事館、枇杷山書院が完成し、運営を始めた。ミュージアムグッズなど一連の文化クリエーティブ製品が集中的に発表されたほか、イマーシブ・シアター(没入型演劇)が若者の人気を集めている。同市には、史跡や石碑などの不可移動文化財が2万6千カ所、美術工芸品など可移動文化財が148万3千点あり、この10年で実施された学術発掘調査も30数カ所に及ぶ。同市では、ますます多くのイノベーション製品が考古学の分野へ進出し、文化財のバリューチェーンを拡大している。考古バーチャル展示体験館では、デジタルバーチャル技術を使って来場者が陶器片の貼り合わせを体験できる。ここではデジタル化とスマート化、仮想化の理念が展覧設計と融合しており、クリエイティブデザインとインタラクティブ体験を通じて、考古学知識を普及させ、重要な考古学新発見を展示している。(記者/楊仕彦) =配信日: 2022(令和4)年11月24日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022112407269

  •  「新華社」武当山の五竜宮遺跡で遺物千点余りが出土湖北省十堰市
    01:14.53
    2022年11月22日
    「新華社」武当山の五竜宮遺跡で遺物千点余りが出土湖北省十堰市

    中国湖北省文物考古研究院はこのほど、世界文化遺産に登録される武当山古建築群の重要な一部とされる道観(道教寺院)の遺跡、五竜宮遺跡で実施した2年余りの体系的な発掘調査で、これまでに千点余りの遺物が出土したと発表した。最も古い遺物は漢代のものだという。今回の発掘は、中国の宗教考古学、建築考古学における重要な発見になる。五竜宮は、湖北省十堰(じゅうえん)市の武当山にある。創建は唐代で、明の永楽年間に大規模な道観として整備されたが、清代以降は徐々に衰退した。宮殿と道観の特徴を併せ持っており、同研究院が2020年9月から中央エリアの南廂房と南エリアで発掘を実施していた。発掘プロジェクトの責任者で、同研究院の康予虎(こう・よこ)副研究館員によると、同遺跡の正式な発掘調査は今回が初めてで、約7千平方メートルを発掘し、建物跡10カ所と池2カ所を発見したほか、遺物千点余りが出土した。中でも重要な発見は、池底から出土した五竜の浮彫、亀と蛇の浮彫、火文と玉兎搗薬(ぎょくとどうやく)の浮彫の3点で、年代は北宋時代にさかのぼる可能性がある。康氏は五竜の浮彫について、五竜宮では元、明、清各時代の浮彫の石竜が見つかったが、いずれも形状や様式が異なるため、宋代のものではないかとの見方を示した。暫定的な集計によると、五竜宮遺跡の出土品は土器・陶器、磁器、銅器、鉄器、木器、骨器、石器、瑠璃の8種類に大別できる。大量の陶質、瑠璃質の建築部材のほか、碗や盤、杯、皿、銅銭、硯、燭台、鎌、かんざしなどの生活用品、真武像、霊官像、水簡(道教の儀式『投竜簡』で水に投じられた石札)、碑刻など少量の宗教用具も出土した。出土品の年代は漢代が最も古く、中華民国期まで続いていた。宋(金)代のものは少なく、明代と清代が多かった。一部の磁器、貨幣などは年代を知る根拠となるため、信頼できる年代序列を整理することができた。水簡の刻字は解読作業がすでに完了し、一部の文字は浸食されていたものの、246文字が確認できた。片面には雲篆(道家の護符)で「九河傾訖、鳥母群飛、鮫竜通道、水陌洞開、赤文玉書、駅竜風馳」と刻まれていた。この水簡は、明代に武当山が皇室のために行った祭祀(さいし)の重要な実物資料になる。専門家は五竜宮遺跡について、出土品が多く種類も多様で、全体配置も自然に溶け込んでいることから、明代の道観建築の配置と宮殿式建築技術 =配信日: 2022(令和4)年11月22...

    商品コード: 2022112210020

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    01:15.03
    2022年11月19日
    「新華社」水中から引き上げた文化財に見る明末の歴史絵巻四川省眉山市

    中国の四川省文物考古研究院は16日、彭山江口明末戦場遺跡の発掘調査で重要な成果を得たと発表した。川底に沈んだ1万点以上の文化財が「再び日の目を見た」が、中には明代の藩王の世子(世継ぎ)が持つ金印や、明末期の農民反乱軍の首領、張献忠(ちょう・けんちゅう)の政権に税として納められた大量の銀など、重要な歴史情報を含む貴重な文化財が数多く含まれ、明末の社会と歴史の様相をありありと描き出している。同遺跡は、元々は彭山江口沈銀遺跡と呼ばれており、同省眉山市彭山区江口鎮の岷江河道に位置し、成都市から約50キロ離れた場所にある。張献忠が1646年、岷江を南下した際に、彭山で明朝の将軍、楊展(よう・てん)の待ち伏せに遭い、敗れて船が沈んだとされており、金銀財宝を山積みした船千隻以上が川底に残るという伝説がある。2017年以降、四川省文物考古研究院は、川の水面に囲い堰(かこいぜき)を設置する方法で発掘調査を実施し、合計数万点を超える文化財を引き上げた。「江口沈銀」遺跡の発掘は、メディアや世間の大きな注目を集め、同年の中国十大考古新発見の一つにも選ばれた。同研究院現場発掘チームのリーダーを務める劉志岩(りゅう・しがん)氏によると、今回、岷江の航電プロジェクトと河川堤防再建プロジェクトに合わせて実施された緊急発掘調査で、新たな収穫が得られた。中でも、水中から引き上げた「栄世子宝」の金印は、明代の栄王世子が所有していた物であり、明代冊封制度の重要な物証となる。「永昌督理之印」の銀印は、李自成(り・じせい)が張献忠の軍隊に授けたものと推測され、明末清初の政治的、歴史的構造を研究する上で貴重な資料と言える。「欽賜崇徳書院」の鎏金(りゅうきん、金メッキ)銅印は、明朝皇室の書院のもので、明代の文化・教育研究にとって非常に重要な意味を持つ。水中からの引き上げられた張献忠政権の税銀600錠近くは、当時の社会の経済状況を反映している。矢じりや火縄銃、鉛弾など、大量に発見された明代の武器は「江口の戦い」の激しさを物語っている。皇室御物の金銀財宝、高官や身分の高い人々の衣装・道具類のほか、明末の農民反乱政権の税銀、当時民間で流行した装身具、さらには江口の戦いで両軍が用いた武器なども見つかっており、明末の政治、経済、文化、教育、軍事などあらゆる面が網羅されている。上記文化財以外にも、江口沈銀遺跡からは、柳葉形剣や戈(か =配信日: 2022(令和4)...

    商品コード: 2022111908700

  •  「新華社」長江中流文明のあゆみを物語る石家河遺跡湖北省
    00:58.60
    2022年11月16日
    「新華社」長江中流文明のあゆみを物語る石家河遺跡湖北省

    中国湖北省天門市の石家河遺跡は、長江中流地域の新石器時代都市遺跡で、1950年代に発見された。考古学者は近年の考古学研究に基づき、同遺跡の時間的・空間的枠組みを①中心集落の初期形成②文化の継続的けん引と周辺地域への伝播③中原文明との融合-の三つの時期に分けている。第1期は中心集落の初期形成期で、約5900~4800年前の期間に徐々に発展し、中心集落として譚家嶺城(城は城郭ではなく都市を指す。以下同)が形成された。譚家嶺城期とも呼ばれる。第2期は石家河文化の最盛期に当たる。長江中流の文化をけん引し、周辺地域に影響を与えた重要な時代であり、石家河城(石家河古城)を標識遺跡とすることから、石家河城期とも呼ばれる。第3期は肖家屋脊文化期とも呼ばれ、約4200~3800年前に当たる。この時期になると、石家河城はすでに使われなくなった。湖北省文物考古研究院の院長と同省博物館の館長を兼ねる方勤(ほう・きん)氏は「石家河遺跡は面積が広く、高い基準で造られ、長期間使用された都市型の集落遺跡で、約5900~3800年前の約2100年間にわたり地域最大の都市だった。約5900~5千年前では広さ26万平方メートルの譚家嶺城が当時長江中流域最大の都市だったが、約5千~4200年前には広さ120万平方メートル余りの石家河城が最大の都市となり、4200年前以降も引き続きこの時代の中心地だった」と説明。石家河遺跡の変遷と交替の過程は、長江中下流域の文明のあゆみを物語っており、中華文明の起源を探る上で非常に重要な役割があると語った。石家河遺跡の発掘は、三つの段階を経てきた。第1段階は1950年代で、羅家柏嶺などで最初の発掘が行われ、精巧な玉器が出土した。「中華第一鳳」と呼ばれる石家河玉器「団鳳」も同地で発見された。第2段階は1980年代後半で、石家河城の確認が主な成果だった。石家河の発掘調査はこれを機に大きく進展した。第3段階は、2002年の中華文明探源プロジェクトの実施に始まり、現在に至る。特に2014~19年に石家河遺跡群とその周辺9平方キロのエリアを対象として実施した系統的な試掘調査では、譚家嶺城跡や印信台大型祭祀(さいし)区、譚家嶺高位者玉殮葬(れんそう)、三房湾製陶専門工房など重要な遺構が見つかった。同地で出土した精巧な玉器は、巨大な都市遺跡と神秘的な祭祀遺構よりも石家河文明の栄華 =配信日: 2022(令和4)年11月16日、...

    商品コード: 2022111607707

  •  「新華社」殷墟で新たな道路遺構を発見洹河北岸の道路網解明進む
    01:15.37
    2022年11月09日
    「新華社」殷墟で新たな道路遺構を発見洹河北岸の道路網解明進む

    中国社会科学院考古研究所の安陽発掘作業所はこのほど、河南省安陽市にある商(殷)代の遺跡、殷墟で大型道路の遺構を発見したと発表した。殷墟の遺跡エリアは中央を流れる洹河(えんが)により南北に分かれるが、遺構は北岸エリアで見つかった。今回の発見により、北岸エリアの道路網は本来の姿を見せ始めた。中国社会科学院考古研究所の研究員で、安陽発掘作業所副所長の何毓霊(か・いくれい)氏は「道路体系はこれまでも都城の発掘調査の重点だった。新発見は3千年余り前の商代後期の都城の全体配置や交通網、機能区分などを探求する上で新たな重要材料になる」と語った。今回発見された道路遺構は東西方向に伸びており、西が低く東が高い。すでに80メートルを発掘したが、両端はさらに発掘エリア外へ伸びている。道幅は最大14メートルで、北側はすべて露出したが、南側は発掘エリア外のため、現代の建築物の下に埋もれている。何氏は出土した道路の状況について「玉砂利や土器片、砕いた骨などが敷き詰められ、長期間踏まれたり、転圧されたりしたことで硬くなっていた。わだちの痕跡も複数見つかり、かなり鮮明に見て取れる」と説明した。今回の発見で、新たな道路遺構とこれまでに出土した東西方向と南北方向の道路遺構各1本が、市街地区画を形成していたことも分かった。何氏は「東西方向に走る2本の道路の間隔は約500メートルで、いずれも南北方向の道路と交差している。道路の両側には住居や墓地、手工業工房などが密集していた」と説明。「このような市街地区画は、殷墟商代都城の集落構造や管理方式、手工業の分業などの研究を深める上での突破口になる」と述べた。殷墟は文献による考証が可能で、甲骨文や発掘調査により存在が実証された最初の商代後期の都城遺跡であり、その都市配置の解明は考古学界にとって常に重点課題だった。洹河南岸エリアではすでに道路の発掘と都市配置の研究が進んでおり、2015年以降は北岸エリアの道路体系の調査と発掘に力が入れられている。(記者/袁月明) =配信日: 2022(令和4)年11月9日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022110907742

  •  「新華社」4千年前の「四合院」、蘆山峁遺跡の宮殿建築陝西省延安市
    00:57.68
    2022年11月08日
    「新華社」4千年前の「四合院」、蘆山峁遺跡の宮殿建築陝西省延安市

    中国陝西省延安市にある蘆山峁(ルーシャンマオ)遺跡は、約4500~4千年前の新石器時代の遺跡。近年の発掘調査では、大規模な人工基壇(土台)を持つ庭園式の「宮殿」建築が見つかっている。中国北方の伝統的家屋建築「四合院」と似た建築様式を持ち、中軸線の左右に建物が対称的に配置されている。考古学者によると、同遺跡の「四合院」は儀式用の建築群であり、中国の地域社会や文明の起源、初期の国家形成を研究する上で重要な価値を持つという。(記者/張伯達、孫正好、李浩) =配信日: 2022(令和4)年11月8日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022110810593

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    00:59.04
    2022年10月15日
    「新華社」温州は海のシルクロードの重要拠点千年前の港の遺跡が証明浙江省

    中国浙江省温州市にある朔門古港遺跡の発掘調査で、温州が宋元時代の時点で南東部沿岸の重要商業港となり、海のシルクロードの重要拠点となっていたことが証明された。中国国家文物局が9月28日に開いた「考古中国」重大プロジェクト発表会で、浙江省文物考古研究所が発表した。東晋時代の初期に建設された温州古城は、同省を流れ、温州で海に注ぐ甌江(おうこう)の南岸に位置する。朔門古港遺跡は古城の北大門「朔門」の外、現在の鹿城区望江東路にあり、ほどなく海に注ぐ甌江に隣接している。2021年末に望江路地下道の建設に合わせて実施された考古学調査で存在が確認され、温州市文物考古研究所と浙江省文物考古研究所が合同で発掘調査を行った。半年余りの調査で、考古学者は古港と古城に関する重要な遺構を大量に発見した。年代は北宋から中華民国に及び、宋元時代を中心に最も古いものは千年前までさかのぼった。浙江省文物考古研究所の方向明(ほう・こうめい)所長は、今回の発掘で宋元時代と明清時代にそれぞれ建設された朔門甕城(おうじょう、城門の防御施設)の遺構が見つかったほか、千年間の川岸の変遷を証明する宋・元・明・清各時代の河堤、橋梁、水門などの建築遺構、全長380メートルの江岸埠頭(ふとう)群の遺構を発見したと説明した。埠頭群遺構の発掘では、宋代の埠頭8カ所と北宋期と南宋期の沈没船各1隻を発見。南宋の沈没船はすでに発掘と室内への移動を終えており、現在は脱水や補強などの処理が行われている。北宋の沈没船は現在も発掘が進められている。同遺跡では1トンを超す磁器片の堆積も注目を集めた。9割以上が宋元時代の竜泉窯磁器で、中国古陶磁学会の常務副会長を務める復旦大学の沈岳明(しん・がくめい)教授は、竜泉は甌江上流にあり、川を下って温州で海船に積み替えるのが竜泉青磁を輸出する最も便利なルートだったと指摘。古港は竜泉青磁が当時、海外で流行していたことの重要な証拠になると語った。方氏は「朔門古港遺跡は、中国の海洋考古学と都市考古学がここ数年で収めた重要な成果であり、海のシルクロードを最も詳しく解釈するものだといえる」と説明。遺跡は規模が大きく整っており、年代も明確で内容も豊かだとし、都市と港、航路が三位一体となった体系を形成していると総括した。(記者/殷暁聖、馮源、魏一駿) =配信日: 2022(令和4)年10月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022101512444

  •  Exploring 700-year-old shipwreck underwater with archeologists
    01:53.59
    2022年10月14日
    Exploring 700-year-old shipwreck underwater with archeologists

    STORY: Exploring 700-year-old shipwreck underwater with archeologistsDATELINE: Oct. 14, 2022LENGTH: 00:01:54LOCATION: FUZHOU, ChinaCATEGORY: SOCIETY/CULTURESHOTLIST:1. various of Zhangzhou City2. various of the Shengbeiyu shipwreck research team working3. STANDUP (English): ZHAO XUETONG, Xinhua correspondent4. SOUNDBITE 1 (Chinese): CHEN HAO, Archaeologist of Fujian Museum5. SOUNDBITE 2 (Chinese): RUAN YONGHAO, Researcher of Zhangzhou Cultural Heritage Center6. SOUNDBITE 3 (Chinese) LIANG GUOQING, Head of Shengbeiyu shipwreck research teamSTORYLINE:STANDUP (English): ZHAO XUETONG, Xinhua correspondent“Some 700 years ago, a ship full of porcelain sank in the sea near where I am in Zhangzhou City, east China‘s Fujian Province. With the ongoing excavation, a better story of the Maritime Silk Road is decoding. Diving, filming, and collecting...= 配信日: 2022(令和4)年10月14日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022101504793

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    01:32.00
    2022年10月03日
    「新華社」開封の地下に歴代都市の遺構州橋遺跡の調査で実証河南省

    中国河南省文物考古研究院はこのほど、「考古中国」重要プロジェクトの一つに指定される同省開封市の北宋東京(とうけい)城州橋遺跡の調査で、大きな進展があったと発表した。4年間の発掘で各時代の遺構が見つかり、「東京開封府」として北宋時代に都が置かれた開封の都市構造が時代ごとに重なり合っていることが判明、中国の都市文明の変遷プロセスが明らかになった。同研究院の劉海旺(りゅう・かいおう)院長は「州橋遺跡で見つかった遺構は橋や河道、堤防、廟、民家、道路、沈没船など多岐にわたり、視認性が高い。地層は宋、金、元、明、清の各年代が含まれている。遺構の数は多く、上下に重なり、明確な成層を形成していた。橋の上に橋、道の上に道が重なるなど、開封が立体的に積み重なってできた都市であることを如実に反映している」と語った。開封は戦乱や黄河の氾濫により、幾度となく泥土に埋もれた歴史を持つ。現在は下から順に魏の大梁城、唐の汴州(べんしゅう)城、北宋の東京城、金の汴京(べんけい)城、明の開封城、清の開封城の六つの都市が積み重なっている。州橋遺跡の調査では、これまでに4400平方メートルを発掘し、117カ所の遺構が見つかっている。東側で見つかった大運河(汴河)の旧河道では唐から清にかけての明確な地層が確認され、西側では宋代堤防の石造りの彫刻壁画が出土した。明代の州橋は、青石で舗装された橋面やれんがを積み重ねたアーチなどの構造がほぼ残されており、橋面の上の層には明代後期の金竜四大王や民家の遺構があった。明代の道路の上の層では清代のわだち跡が見つかった。州橋は唐代に架設された。開封城の中軸線が城内を東西(横方向)に流れる隋唐大運河と交わる場所にあり、開封のシンボル的建造物だった。今回の発掘調査では、州橋の具体的な位置と運河の形状も明らかになり、北宋の都城の都市配置を研究する上で重要な手掛かりが得られたほか、当時の社会・政治体制や儀礼制度、文明の変遷を探る上で貴重な実物資料となった。遺跡からは、各種文化財の標本6万点余りも出土した。うち、磁器標本は5万6千点余りに上り、運河による水上輸送で恩恵を受けた地域の範囲を正確に反映しただけでなく、当時の磁器産業の発展や南北の交流、社会と商業の発展状況を理解するための重要な資料となった。遺跡の発掘と保存作業は現在も続いている。(記者/桂娟、李安、徐嘉懿、史林静、韓佳諾 =配信日: 2022(令和4)年10月3...

    商品コード: 2022100310057

  •  Excavation at Iraqi archaeological site underway: Italian archaeologists
    02:20.11
    2022年09月25日
    Excavation at Iraqi archaeological site underway: Italian archaeologists

    STORY: Excavation at Iraqi archaeological site underway: Italian archaeologistsDATELINE: Sept. 25, 2022LENGTH: 0:02:20LOCATION: ERBIL, IraqCATEGORY: SOCIETYSHOTLIST:1. various of archaeological excavations in the Gird-i Matrab area in Erbil, Iraq2. SOUNDBITE (English): ROCCO PALERMO, Associate Director for Erbil Plain Archaeological Survey, Italian University of PisaSTORYLINE:A team of archaeologists from the Italian University of Pisa are working on archaeological excavations in the Gird-i Matrab area, 37 km south of Erbil, the capital of the Kurdistan Region in northern Iraq, dating back to different ages.SOUNDBITE (English): ROCCO PALERMO, Associate Director for Erbil Plain Archaeological Survey, Italian University of Pisa“We are here at the site of Gird-i Matrab. It is a very important site in the plain of Erbil. It has two major faces of occupation...= 配信日: 2022(令和4)年9月25日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022092711002

  •  「新華社」柏人城遺跡で第3次発掘調査始まる河北省邢台市
    01:04.12
    2022年08月29日
    「新華社」柏人城遺跡で第3次発掘調査始まる河北省邢台市

    中国の華北平原で2600年以上の歴史を持つ柏人城遺跡でこのほど、新たな発掘調査が始まった。同遺跡は中国で比較的保存状態がよい城郭都市遺跡の一つで、戦国時代には王城邯鄲に次ぐ趙国第2の都市だった。遺跡は河北省邢台(けいだい)市隆尭(りゅうぎょう)県にある。四方に城壁遺構が残り、面積は約4平方キロ。史書の記載によると、都市が築かれたのは周の襄王28(紀元前624)年で、漢から唐代にかけて柏人(柏仁)県の県城とされたが、唐の天宝元(742)年に水害のため破棄された。2013年に第7次全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)に指定されている。発掘は、中国人民大学と河北省文物考古研究院、邢台市文物保護・研究センターの合同チームが担う。発掘プロジェクトの責任者を務める人民大の呂学明(りょ・がくめい)教授は「発掘作業は8月14日に始まった。発掘面積は800平方メートルで、10月末には発掘を終え、11月と12月に出土品の整理を行う」と説明した。柏人城遺跡ではこれまで、2016年と18年に発掘調査が実施されている。2回の調査に参加した邢台市文物保護・研究センターの周海峰(しゅう・かいほう)副研究員は16年の調査について「灰坑や道路、陶窯、墓などの遺構が見つかった。年代区分は戦国、秦漢、宋金の三つで、出土遺物から春秋時代には人の活動があったと暫定的に判断した」と説明。18年の調査については「灰坑147個と灰溝4本、墓6基、住居跡2カ所、井戸3本を発見し、土器・陶器や銅器、鉄器、骨器、貝器などの標本2800点余りが出土した。古代の歴史と社会生活を知る上で重要な資料が得られた」と述べた。今回の発掘の年度目標は、遺跡内の遺構の分布と類型に対する理解を深め、各段階の遺構の文化的意味合いを明確にし、各遺構の正確な年代序列を確立することで、遺跡の発展と変遷の過程を分析し、判断することにある。(記者/范世輝、鞏志宏、張瑋華) =配信日: 2022(令和4)年8月29日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022083000689

  •  「新華社」古都鄴城の給排水システムに見られる治水の知恵河北省
    01:02.18
    2022年08月17日
    「新華社」古都鄴城の給排水システムに見られる治水の知恵河北省

    中国河北省邯鄲(かんたん)市臨漳(りんしょう)県の鄴城(ぎょうじょう)遺跡は、三国時代に袁紹や曹操が拠点とし、また六つの王朝の都として栄えたことから「三国の故地、六朝の古都」と呼ばれている。鄴城の都市建設モデルは古代中国の首都建築に大きな影響を与えただけでなく、古代の日本や韓国からも手本とされた。発掘調査チームの試掘により、鄴城には給排水システムが完備されていたことが証明された。鄴北城の主要な給水路は「長明溝」で、地形を利用して漳河から引き入れた水を城内の西から東に流していた。東西の大通りと並行して流れていたほか、支流は里坊(城内の区分された区画)に分布して取水に利用されていた。鄴南城の朱明門大道には、両側に排水設備の溝が設けられていた。鄴城の給排水システムには、①堀に注水して都市を防護する②城内の里坊や宮殿、苑囿(えんゆう、皇帝の庭園)に水を供給する③大雨が降った際、直ちに排水システムを通じて水を城外に排出、下流の川に注水して冠水を防ぐ-という三つの機能があった。また、排水管は地下に埋設されて下水の排出に用いられた一方、貯水地は地表にあって城内に水を供給していた。さらに鄴城の外には都市用水やかんがい用水を確保するための天井堰や石塞堰などの水利施設も設けられており、こうした給排水施設は現代でも参考になるという。(記者/岳文婷) =配信日: 2022(令和4)年8月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022081711756

  •  「新華社」唐~遼代の女真族集落遺跡を発見黒竜江省で初
    01:01.38
    2022年08月17日
    「新華社」唐~遼代の女真族集落遺跡を発見黒竜江省で初

    中国黒竜江省ハルビン市方正県の関係部門は13日、同省の文化財部門が同県で発見した望江楼東北遺跡が唐から遼代にかけての女真族の集落遺跡だったと発表した。女真族はツングース系の民族で中国東北部に居住し、12世紀に金王朝、17世紀には満州族として清王朝を建国した。黒竜江省で唐~遼代の女真族集落遺跡が見つかったのは初めて。遺跡は、方正県天門郷沿江村望江楼屯の北東約500メートルに位置する緩やかな尾根の上にある。松花江本流の右岸からは約200メートル離れており、面積は約3千平方メートル。高速道路建設に伴い2021年11月に実施された埋蔵物調査で存在が確認され、当初は遼~金代の住居跡と判断された。黒竜江省文物考古研究所が22年7月上旬に緊急発掘調査を開始し、これまでに約300平方メートルを発掘。住居跡2カ所、灰坑26カ所、灰溝2カ所、窯跡1カ所、環壕1本を発見し、陶器や陶網墜(陶製の漁網の重り)、陶紡輪(陶製の紡錘車)、錐形骨器、鉄刀、石斧、砥石などの遺物標本200点余りが出土した。考古学スタッフによると、遺跡は遺構や遺物の特徴から、唐~遼代の女真人の大型集落跡と推定される。同地域の女真族の歴史と文化、生産生活、集落形態、生態環境などの研究を深める上で貴重な実物資料になるという。(記者/楊思琪) =配信日: 2022(令和4)年8月17日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022081706141

  •  「新華社」後漢~唐代の墓14基を発見湖南省耒陽市
    00:37.72
    2022年07月13日
    「新華社」後漢~唐代の墓14基を発見湖南省耒陽市

    中国湖南省文物考古研究所はこのほど、同省耒陽(らいよう)市の禁山墓群で今年3月から実施している発掘調査で、後漢から唐の時代の墓14基が見つかったと明らかにした。これまでに後漢墓6基、東晋墓1基、唐墓1基の8基を発掘し、陶器や磁器、銅器などの遺物標本130点余りが出土した。今回の発掘では、東晋時代の紀年墓(出土遺物などに造営年代が記されている墓)が見つかり、同時代の墓葬を研究する上で重要な指標が得られた。また、後漢墓6基の発見は、同時代の桂陽郡の庶民の葬送習慣や当時の経済水準、文化交流の状況などに対する理解を深める上で大きな意義を持つ。(記者/張格、阮周囲) =配信日: 2022(令和4)年7月13日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022071306553

  •  「新華社」牛河梁遺跡で年度調査始まる5千年前の謎の解明に期待遼寧省
    00:46.84
    2022年06月27日
    「新華社」牛河梁遺跡で年度調査始まる5千年前の謎の解明に期待遼寧省

    中国遼寧省凌源市建平県にある新石器時代・紅山文化の代表的遺跡、牛河梁遺跡でこのほど、第1地点2号建築跡の年度発掘調査が始まった。中国では、同じく新石器時代に属する浙江省の良渚(りょうしょ)古城遺跡が2019年に世界遺産に登録されたのを機に、良渚文化よりも古い紅山文化への期待が高まっている。中でも1981年に発見された5500~5千年前の牛河梁遺跡は、後世の天壇(てんだん)、太廟、皇帝陵に似た壇、廟、塚からなる祭祀(さいし)遺構を持つことから、中国に連綿と伝わる文明や伝統に結び付ける見方がある。多くの専門家も中国文明の起源には多元性があり、文明の敷居をまたいでいたかもしれない紅山文化は、その中の重要な起源の一つではないかとの見方を示している。同遺跡第1地点2号跡発掘プロジェクトの責任者を務める中国社会科学院考古研究所の賈笑氷(か・しょうひょう)研究員は「今回の発掘の重点は、女神廟が第1地点2号建築跡の建築群の一部であることを確認し、これに代表される祭祀や儀式体系に対する理解を深めることにある。これも紅山文化の社会的特性を読み解く突破口になる」と語った。発掘チームはこれまでの調査を通じて2号建築跡の建設基準について整理し「紅山文化の先住民は2号建築跡の関連施設の建設に際し、南から北、低地から高地へと等高線に沿って段階的に建設する方法をとり、全体の最高地点はTJ1高台だった」とする見解をまとめた。賈氏は「今回の発見で第1地点の配置について新たな知見が得られた」と語った。2号建築跡の建築面積は、これまでに確認された範囲で6万平方メートル余りに上り、九つの基壇(土台)が見つかっている。考古学者はこれまでの発掘状況に基づき、各高台には建築物があり、うち最高地点のTJ1には女神廟より壮大な宮殿型建築があったと推測している。賈氏は「仮説が考古学的証拠により実証されれば、紅山文化の先住民が大規模な動員力と組織力を備えていたことを裏付けるだけでなく、第1地点が牛河梁遺跡の最高位の祭祀場の一つだったと証明でき、重大な意味を持つ」と指摘。第1地点は基壇の規模や構造、設計理念に至るまで中国新石器時代の考古学文化を主導する存在であり、牛河梁遺跡と紅山文化の社会が複雑化するプロセスを知る上で非常に重要だと語った。(記者/趙洪南、崔師豪) =配信日: 2022(令和4)年6月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022062706539

  •  「新華社」2千年前の「高級車」の全貌が明らかに甘粛省
    00:59.96
    2022年06月10日
    「新華社」2千年前の「高級車」の全貌が明らかに甘粛省

    中国甘粛省天水市張家川回族自治県の馬家塬(ばかげん)遺跡で出土した戦国時代の馬車の復元図が公開された。2千年余り前に製造された車両には、金銀の飾りや漆塗りの絵など、精巧で美しい工芸品の装飾が施されていた。馬家塬遺跡は同県木河郷桃園村にある。戦国時代後期の西戎貴族の墓で、古代中原文化、北方草原文化、西アジア文化の特色を併せ持つ。2006~20年の15年間にわたり実施された発掘調査では、墓78基を発掘し、馬車の遺物69台と副葬品3600点(組)余りが出土した。同省はここ数年、保護研究に関連文献資料を組み合わせ、同遺跡出土の車両の復元に取り組み、古代中国の「高級車」の謎を明らかにした。同省文物考古研究所の謝焱(しゃ・えん)副研究館員によると、出土車両は構造がはっきりとしており、さまざまな文様と精巧で美しい装飾が施されていた。格式の高い墓から出土した車両は贅を尽くしており、儀礼用の副葬用車両として作られたという。複雑な装飾が施された車両表面の9割以上には、金や銀、銅、鉄、スズなどの金属の飾りのほか、人工合成ビーズや漆絵があしらわれ、2千年余り前の中国馬車の形状や構造、発展と進化、極めて高い車両製造と金属工芸の技術を反映している。(記者/馬維坤、周吉仲、郎兵兵、王紫軒、趙偉宏) =配信日: 2022(令和4)年6月10日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022061010538

  •  「新華社」2千年以上前にもあった「環境保護法」甘粛省懸泉置遺跡
    01:37.87
    2022年06月09日
    「新華社」2千年以上前にもあった「環境保護法」甘粛省懸泉置遺跡

    6月5日は世界環境デーだったが、2千年余り前の中国にも環境保護に関する規定があった。甘粛省出土の簡牘(かんどく、文字を記した竹札や木札)を収蔵・展示する同省蘭州市の甘粛簡牘博物館には、漢代の懸泉置(けんせんち)遺跡から出土した墨書の壁書が展示されており、当時の人々が自然と調和していた様子を生き生きと伝えている。懸泉置遺跡は、同省敦煌市と酒泉市瓜州(かしゅう)県の境界に位置する。漢代に設けられたシルクロード上の公的な宿場で、文書の伝達のほか、商人や使節の接待に用いられた。同省文物考古研究所が1990年代に実施した発掘調査では、簡牘や麻紙(まし)のくずなど、西方との交流を裏付ける貴重な遺物が大量に出土した。現在は「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の一部として世界文化遺産に登録されている。同博物館整理研究部の肖従礼(しょう・じゅうれい)主任によると、「四時月令詔条」と呼ばれる壁書は、遺跡内の建物の壁の一部として見つかった。出土時には壊れていたが、後に考古学者が修復した。壁書が書かれたのは漢平帝の元始5(西暦5)年で、太い黒枠の中に隷書で文字が書かれていた。横222センチ、縦48センチで、101行の文字が残っている。肖氏によると、「詔条」は詔書の形で出された箇条書きの通達文で、すでに律令の形式を持っていた。当時の人々は、四季の生産や暮らしをいかに自然と調和させるかについて50カ条の規則を設け、目立つ場所に告示していた。素朴な環境保護の知恵だといえる。肖氏は「例えば、春は木の伐採や鳥の捕獲を禁じた。夏は山焼きを禁じて、動物を傷付けないようにした。秋は金銀など鉱物の採掘を禁じた。万物を大切にし、自然の法則に従うという当時の人々の考え方を体現している」と語った。(記者/宋常青、何問、張智敏、崔翰超) =配信日: 2022(令和4)年6月9日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022060908101

  •  Israel discovers 2,100-year-old farmstead near Sea of Galilee
    03:22.24
    2022年05月28日
    Israel discovers 2,100-year-old farmstead near Sea of Galilee

    STORY: Israel discovers 2,100-year-old farmstead near Sea of GalileeDATELINE: May 28, 2022LENGTH: 00:03:22LOCATION: JerusalemCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of the excavation siteSTORYLINE:Israeli archaeologists have discovered a well-preserved ancient agricultural farmstead, dated back to 2,100 years ago, the Israel Antiquities Authority (IAA) said on Wednesday. It was discovered next to Arbel stream in the eastern Galilee Region in northern Israel, about 6 km west of the Sea of Galilee. The finds include tens of loom weights used for weaving garments, large ceramic storage vessels, and iron agricultural implements, including various picks and scythes, the IAA noted. They were found during excavation carried out by the IAA prior to a project conducted by the state-owned water company Mekorot to transfer desalinated water to the Sea of Galilee...= 配信日: 2022(令和4)年5月28日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022060108743

  •  「謎のエリア」で発掘開始 吉野ケ里遺跡、10年ぶり
    00:53.35
    2022年05月03日
    「謎のエリア」で発掘開始 吉野ケ里遺跡、10年ぶり

    弥生時代の大集落として知られる吉野ケ里遺跡(佐賀県吉野ケ里町、神埼市)で、10年ぶりの発掘調査が3日始まった。これに先立ち県は、ブーム再来を願う式典を開いた。今回の調査対象は、これまで手付かずだった日吉神社跡地で「謎のエリア」と呼ばれている。調査期間は約2年。8日まで発掘の様子を特別公開している。 式では山口祥義知事や地元地区代表の親子らが、盛り土にすきを入れ、発掘が開始。 <映像内容>吉野ケ里遺跡の発掘開始の式典、その後の特別公開の様子など、撮影日:2022(令和4)年5月3日、撮影場所:佐賀県

    商品コード: 2022050604057

  •  「新華社」金沙遺跡博物館、最新技術で発掘をリアルに再現四川省成都市
    01:11.80
    2022年04月07日
    「新華社」金沙遺跡博物館、最新技術で発掘をリアルに再現四川省成都市

    中国四川省成都市の金沙遺跡博物館では、さまざまなデジタル体験プログラムを実施している。高解像度衛星画像データと発掘調査の一次資料、最新の研究成果を3次元のデータ収集・復元や仮想現実(VR)などの技術で組み合わせ、金沙遺跡祭祀(さいし)エリア発掘の各過程を再現。重要遺構を復元展示している。祭祀エリアの発掘現場を覆うようにして建てられた遺跡館では、各種技術を駆使して発掘プロセス、遺構と出土品に関する豊富な知識を動的に展示。見学の楽しさと体験感を高めている。(記者/蕭永航) =配信日: 2022(令和4)年4月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022040700234

  •  「新華社」明中都遺跡、外朝区域の姿が明らかに安徽省鳳陽県
    00:57.48
    2022年04月05日
    「新華社」明中都遺跡、外朝区域の姿が明らかに安徽省鳳陽県

    中国安徽省鳳陽県にある明中都遺跡は、このほど発表された2021年度の中国十大考古新発見の一つに選ばれた。明中都は、明清時代に最初に築かれた帝王の都城としての体裁を持つ都市だった。明を建国した朱元璋(しゅ・げんしょう、洪武帝)が洪武2(1369)年に故郷の安徽省鳳陽県で造営させたが、その後さまざまな理由で完成せず廃棄された。外朝区域の宮殿の形状は史料にも詳細な記載がなく謎とされており、遺跡も歴史の大河の中で地中に埋没した。2015~21年に実施された発掘調査では、外朝主殿と付属建築の配置が初めて明らかになった。玉座の位置を特定したほか、中国の宮殿遺跡でこれまで出土した中で最大の礎石も見つかり、隋唐時代以降の都城配置や宮殿建築の変遷に関する研究の空白を埋めた。(記者/劉美子、劉軍喜、張端、曹嘉玥) =配信日: 2022(令和4)年4月5日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022040607364

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    01:31.84
    2022年03月22日
    「新華社」清代の沈没船「長江口2号」に眠る古磁器の故郷を訪ねて

    中国上海市でこのほど、清代の沈没船「長江口2号」の引き揚げ作業が始まった。考古学者は、この清朝同治年間の商船の31の船室に残されている積み荷の大部分が「千年の陶磁器の都」と呼ばれる江西省景徳鎮市で生産された古磁器であることをすでに確認している。考古学者は、公開された一部の引き上げ遺物の写真から、これらの磁器の大部分が景徳鎮の民窯で焼かれたものだと判断した。江西省にある景徳鎮陶磁大学芸術文博学院の博士指導教官で、景徳鎮東方古陶磁研究会執行会長の曹建文(そう・けんぶん)氏は「百年海水に浸かっていたが今でも光沢がある。清代中期から末期の景徳鎮の極めて高い磁器製造の水準を示している」と説明した。似たような磁器は景徳鎮の多くの民窯跡から多数見つかっているという。取材に訪れた景徳鎮落馬橋遺跡でも、清代末期の地層から沈没船の古磁器と同じ型の青花寿字文碗(せいかじゅじもんわん)が出土していた。発掘スタッフによると、同遺跡では豆青釉(とうせいゆう)の皿、花き文の皿と碗など、他にも沈没船の磁器と同じ型の磁器が見つかったという。同遺跡は明清時代に官窯磁器の下請け焼成(官搭民焼)と輸出磁器の生産を行っていた典型的な民窯であり、遺跡の保護と利用は現在、景徳鎮御窯廠(ぎょようしょう、官窯)の世界遺産への登録申請作業の一部となっている。景徳鎮御窯博物院の翁彦俊(おう・げんしゅん)院長は「落馬橋窯跡は景徳鎮伝統区画内での発掘調査で見つかった年代の最も古い民窯跡で、北宋後期から現代まで使用されている。元代と明代初期、末期には官搭民焼の性質を持っていた」と説明。異なる文献史料から総合的に判断すると、景徳鎮窯業の生産規模は清代中期から末期においても巨大であり、200カ所近い窯場が国内向けと輸出用の磁器を生産していたという。翁氏は、明清時代の官窯と民窯が物理的空間だけでなく、製品の装飾や製造技術においても非常に密接な関係にあったと指摘。これも景徳鎮の民窯製品が国内外の市場で好まれた大きな理由だと語った。曹氏は沈没船の貨物の販売先について、南なら浙江、福建、広東、広西や東南アジア一帯、北なら山東、天津、東北地方や朝鮮一帯ではないかとの見方を示した。(記者/袁慧晶) =配信日: 2022(令和4)年3月22日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022032209872

  •  「新華社」北海市で六朝隋唐時期の古墓群発見広西チワン族自治区
    00:46.72
    2022年01月11日
    「新華社」北海市で六朝隋唐時期の古墓群発見広西チワン族自治区

    中国広西チワン族自治区の北海市博物館はこのほど、最新の考古学成果として、考古学者が同市銀海区福成鎮大樹根村で7万平方メートルの古墓群を発見したと発表した。試掘調査や確認調査により、墓の数は約200基と分かった。専門家は墓群の年代を南北朝時代から隋唐時代と推測しており、比較的高い研究価値を持つ。墓群の最も大きな特徴は、俗に「砥石車」と呼ばれる砕石片で墓室が構築されている点で、一部はれんがと石の複合構造をしている。形状は細長くて浅い。陶器や磁器、鉄器などが出土し、形が識別できるものとしては硬陶四系罐、夾砂陶釜、青磁碗、鉄刀があった。陶器の装飾文様は豊富で、波文や乳釘文、葉脈文などがみられた。多くの幾何学文れんがと少量の「窅亭(ようてい)」銘のれんがも発見された。同博物館はここ数年、広西文物保護・考古研究所と合同で地元沿海地区の発掘調査を続けている。2021年には山猪坑嶺戦国秦漢集落、屋街水漢六朝墳墓、瓦窯嶺唐代窯跡、油行屋宋元遺跡、欖根缸瓦窯明代窯跡、木岩塘清代青花窯跡など遺跡10カ所余りと遺物分布ポイントを発見した。(記者/梁舜、陳露縁) =配信日: 2022(令和4)年1月11日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2022011106495

  •  「新華社」戦国時代中期の越国王族墓を発見江西省
    00:47.96
    2021年12月27日
    「新華社」戦国時代中期の越国王族墓を発見江西省

    中国江西省樟樹市で25日開かれた同市国字山墓葬の考古学発掘成果専門家論証会で、同墓葬が戦国時代中期の越国の王族墓である可能性が指摘された。2017年に開始された発掘調査では器物2600点余りが出土しており、うち2点の戈(か、古代の長柄武器)に、それぞれの持ち主を春秋時代後期の越王で中原の覇者になった句践(こうせん)の玄孫(やしゃご)、翳(えい)とその子とする銘文があったことから、専門家は句践の末裔の墓の可能性が極めて高いと推測する。同墓の発掘は、越国と越文化に関する新たな考古学的進展であり、越国史の研究にとって重要な学術的意義を持つという。同墓は、東周時代の大型都市遺跡、築衛城址の西約300メートルにある小山の頂上にある。東西方向に傾斜墓道を持つ「中」字型の竪穴式土坑墓で、墓室面積は約230平方メートル。槨室(かくしつ、内部にひつぎを納める構造物)は枕木、底板、側板、支柱、ふた板からなり、すべてタブノキ(クスノキ科)が使われていた。ふた板は幾層にも重ねたスギの皮で覆われていた。内部は25の小部屋に分かれており、木棺7基が見つかった。中央の船形独木棺が主棺で、残りは陪葬者のひつぎと見られる。墓は早い時期に盗掘や破壊を受けていたが、2600点余りの器物が出土した。漆塗りの木器が中心で、ほかには金属器や陶器、玉石器などがあり、礼器や楽器、武器、車馬器、日常用具など用途は多岐にわたっている。全長2・3メートルの箏(そう)も出土した。春秋戦国時代の墓からの出土品としては最も長いという。武器は戈や戟(げき)、剣、鏃(やじり)、漆塗りの木盾などがあり、中でも漆塗りの盾は30点余り見つかった。出土した青銅鳩杖跪座人形鐓(きゅうじょうきざじんけいとん、鐓は矛ややりの柄の下に付ける金具)は、長江下流の呉越文化圏特有の器物だという。(記者/袁慧晶) =配信日: 2021(令和3)年12月27日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021122700916

  •  Relics show cultural exchanges some 5,000 years ago in central China
    01:05.28
    2021年12月18日
    Relics show cultural exchanges some 5,000 years ago in central China

    STORY: Relics show cultural exchanges some 5,000 years ago in central ChinaDATELINE: Dec. 18, 2021LENGTH: 0:01:05LOCATION: ZHENGZHOU, ChinaCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1 various of the Suyang Site2 various of unearthed relics3 SOUNDBITE 1 (Chinese): ZHAO XIAOJUN, Head of Luoyang City Cultural Relics and Archaeology Research Institute4 SOUNDBITE 2 (Chinese): ZHANG HAI, School of Archaeology and Museology at Peking University5 various of the excavationSTORYLINE:Chinese archeologists have started formal excavations on the Suyang ruins in central China‘s Henan Province since June this year.Experts have said that the rich cultural remains of Suyang Site provide evidence for the multi-culture interaction in central China around 5,000 years ago.Among the cultural relics, pottery with Qujialing cultural characteristics accounts for the majority.There is also a stone carving of .....、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021122102211

  •  「新華社」陝西省で漢文帝の陵墓を発見従来の定説覆す
    01:19.72
    2021年12月16日
    「新華社」陝西省で漢文帝の陵墓を発見従来の定説覆す

    中国陝西省の文化財部門は14日、同省西安市東郊の灞橋(はきょう)区江村で見つかった漢代の大型墓を、継続的調査と周辺の外蔵坑の緊急発掘調査により、前漢の第5代皇帝、文帝の陵墓「覇陵」とほぼ特定したと発表した。漢の文帝、劉恒(りゅう・こう、前202~前157年)は、高祖劉邦(りゅう・ほう)の四男で、漢帝国の成立後は代王に封じられたが、高祖の死後に政権を掌握した呂太后の一族が政変で一掃されると、重臣らに招かれ帝位に就いた。22年の治世は、賈誼(か・ぎ)や晁錯(ちょう・そ)らを重用し、年によって田租を免除するなど民力の休養に努めた。次の景帝と合わせた統治期間は「文景の治」と称えられている。陝西省考古研究院と西安市文物保護考古研究院は今世紀に入り、同市東郊に広がる台地、白鹿原の西部地区で大規模な考古学調査を実施してきた。古くから覇陵の所在地と伝わる「鳳凰嘴(ほうおうし)」や竇(とう)皇后陵、生母薄太后の南陵などでも広範囲な考古学調査を行い、覇陵陵区のおおよその範囲や重要遺跡の分布状況、墓葬形式などを確認した。「亞」字型の大型墓も新たに見つかり、所在地の江村にちなみ「江村大墓」と名付けられた。江村大墓は封土(盛り土)がなく、墓葬形式は「亜」字型をしている。四方に台形の墓道が延び、墓室の開口部は地表から2・0~4・5メートルに位置する。南北の長さは74・5メートルで、東西は71・5メートル。底部は地表から27~30メートルの深さにある。江村大墓の周りでは、100基以上の外蔵坑と陪葬墓が確認された。考古学者らが江村大墓と薄太后南陵で2017年に開始した一部の外蔵坑の緊急発掘調査では、着衣陶俑や陶罐(とうかん)、銅帯鈎(たいこう)、弩機(どき、弩の発射装置)、鉄戟(てつげき)、車馬器などが大量に出土。印章2枚も見つかり、うち1枚は「中司空印」と判別できた。白鹿原西部の鳳凰嘴には、明清時代の祭祀碑が10基余りあり、ほかにも清の乾隆年間に陝西巡撫(じゅんぶ)を務めた畢沅(ひつ・げん)が銘文を記した石碑に「漢文帝霸陵」の文字があることから、古くから文帝陵墓の所在地とされてきた。考古学者は同エリアでも全面的かつ詳細な調査を実施したが、人工的な建築物や開削の跡は見つからなかったため、鳳凰嘴は自然に形成された黄土丘陵に過ぎず、いかなる墓葬も存在しないと判断した。今回の発掘作業を担当した陝西省 =配信日: 2021(令和3)年12月16...

    商品コード: 2021121606650

  •  「新華社」国家文物局、甘粛省の唐代吐谷渾王族墓葬群の発掘成果を発表
    00:24.33
    2021年12月16日
    「新華社」国家文物局、甘粛省の唐代吐谷渾王族墓葬群の発掘成果を発表

    中国国家文物局は14日、オンラインで開いた「考古中国」重大研究プロジェクト進展作業会議で、甘粛省にある唐代吐谷渾(とよくこん)王族墓葬群の発掘成果を発表した。吐谷渾は西晋から唐にかけて、現在の青海、甘粛両省の一部を基盤とした鮮卑(せんぴ)系の遊牧民族国家。唐代の王族墓葬群は甘粛省武威市の南西、祁連山脈の北麓にある。墓誌情報の分析によると、墓の年代は663~755年に集中していた。発掘調査では、木製の胡床(折り畳み式の椅子)や六曲屏風、鉄製甲冑(かっちゅう)を中心とする武具一式、筆、墨、紙、硯などの文房具、大量の金銀食器と絹織物など、多くの貴重な副葬品が出土した。いずれも国内同時期の関連遺物としては初めて、または希少なものばかりで、1300年余り前の唐代の生活風景を伝えている。専門家は、同墓葬群が唐代初期から中期にかけての高位者墓の基本的特徴を備えていると指摘。唐代の中原地域(黄河中・下流域)の文化を中心に、吐谷渾文化や吐蕃(とばん)文化、北方草原文化の要素も兼ね備えており、当時の民族融合と文化交流の典型的なサンプルになるとの見方を示している。(記者/郎兵兵、何問) =配信日: 2021(令和3)年12月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021121611699

  •  「新華社」山東省で戦国時代初期の茶殻中国茶文化の起源300年早まる
    00:49.20
    2021年12月15日
    「新華社」山東省で戦国時代初期の茶殻中国茶文化の起源300年早まる

    中国山東省の山東大学はこのほど、同省鄒城(すうじょう)市にある邾国故城遺跡の西岡墓地1号戦国墓で出土した副葬品の磁器製の茶わんから見つかった残留物が、茶を入れた後に残った茶殻だったことを明らかにした。中国の茶文化の起源を300年余りさかのぼらせる発見になる。磁器製の茶わんは同大歴史文化学院の王青(おう・せい)教授率いる考古チームが2018年8月から12月にかけて実施した発掘調査で出土した。逆さまの状態で見つかった同茶わんを調べたところ、茎や葉とみられる炭化物が付着した土の塊が内部に詰まっていた。北京科技大学と協力して分析した結果、炭化物は茶葉を煮出した後に残った茶殻だったと判明。この発見は、中国の茶文化が始まった時期を戦国時代初期の紀元前453年~410年までさかのぼらせることになるという。(記者/李小波、蕭海川) =配信日: 2021(令和3)年12月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021121505460

  •  Archaeologists excavate prehistorical mound in Iraq
    02:18.80
    2021年11月20日
    Archaeologists excavate prehistorical mound in Iraq

    STORY: Archaeologists excavate prehistorical mound in IraqDATELINE: Nov. 20, 2021LENGTH: 00:02:19LOCATION: ERBIL, IraqCATEGORY: CULTURESHOTLIST:1. various of Iraq2. SOUNDBITE (English): LUCA PEYRONEL, Professor of archaeology and art history of the ancient near east university of Milan, Italy3. various of mound4. various of excavationSTORYLINE:A team of archaeologists at the Italian University of Milan, in cooperation with the Directorate of Antiquities of Erbil, are working on excavations in the Hillawa mound, which is located 26 kilometers southwest of the city of Erbil, the capital of Iraqi Kurdistan.For nearly five years, the Italian team has been excavating the layers of the mound, which is 22 meters high and has an area of 15 hectares. The mound contains a group of archaeological layers, each of which dates back to the pre-Christian as well as the post-Christian era.....、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021112307410

  •  「新華社」北京冬季五輪・パラのメダル、5000年前の玉器がモチーフ安徽省
    01:26.20
    2021年11月02日
    「新華社」北京冬季五輪・パラのメダル、5000年前の玉器がモチーフ安徽省

    2022年北京冬季五輪・パラリンピックのメダルのデザインが10月26日に発表された。円環と円心で構成されたデザインは、古代中国の同心円の玉璧に発想を得ている。中でもメダルの裏面のデザインは、1987年に凌家灘(りょうかたん)遺跡から出土した双連璧を元にしている。安徽省馬鞍山市含山県にある凌家灘遺跡は、約5800~5300年前の新石器時代後期の中心的な集落遺跡で、凌家灘文化は遼寧省の紅山文化や浙江省の良渚文化と並び中国先史時代の三大玉文化として知られる。同遺跡からはこれまでに千点以上の玉器が出土しており、その量の豊富さ、技術の高さ、細工の精密さは同時期の他の遺跡を凌駕している。同遺跡の発掘調査は現在も進められている。(記者/周牧) =配信日: 2021(令和3)年11月2日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021110204915

  •  Archeological discoveries unearthed in excavations at Istanbul‘s train station
    01:07.40
    2021年10月13日
    Archeological discoveries unearthed in excavations at Istanbul‘s train station

    STORY: Archeological discoveries unearthed in excavations at Istanbul‘s train station DATELINE: Oct. 13, 2021LENGTH: 00:01:07LOCATION: ISTANBUL, TurkeyCATEGORY: SCIENCESHOTLIST:various of Haydarpasa Train Stationvarious of artifactsSTORYLINE:Turkish archeologists have unearthed a series of historical remains during the ongoing excavations at a train terminal in Istanbul, local media reported on Tuesday. The excavations covering an area of 68,000 square meters have been completed in Haydarpasa Train Station located at the Asian district of Kadikoy, according to the Demiroren news agency. A Hellenistic tomb and several new tombs, a casting workshop, a Byzantine-era holy spring, and a shelter established during World War II have been uncovered since the excavations launched in 2018. The two-entrance shelter with a length of 400 meters was built in the 1940s to .....、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021101607351

  •  「新華社」「世界の8番目の奇跡」、秦始皇帝陵兵馬俑坑
    00:56.72
    2021年10月12日
    「新華社」「世界の8番目の奇跡」、秦始皇帝陵兵馬俑坑

    秦始皇帝陵は、中国陝西省西安市の市街地から30キロほど離れた臨潼(りんどう)区の中心市街地の東、驪山(りざん)の麓に位置する。1974年3月、井戸を掘っていた陵の東側にある西楊村の村人が、陵墓から東に1・5キロ離れた下和村と五垃村の間で、巨大な秦始皇陵兵馬俑坑を見つけた。考古学者による発掘調査の結果、地下に埋められていたのは2千年以上前に作られた秦代の俑であることが分かった。以来この「世界の8番目の奇跡」は徐々に世界に知られるようになり、その後、中国文明の代名詞になり、1987年には秦始皇帝陵と兵馬俑坑は中国で初めて国連教育科学文化機構(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された遺跡の一つとなった。(記者/陳昌奇) =配信日: 2021(令和3)年10月12日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021101204832

  •  Remains of 5,000-yr-old alcohol, silk found in central China
    01:03.97
    2021年10月01日
    Remains of 5,000-yr-old alcohol, silk found in central China

    TITLE: Remains of 5,000-yr-old alcohol, silk found in central ChinaDATELINE: Oct. 1, 2021LENGTH: 00:01:04LOCATION: Henan, ChinaCATEGORY: SOCIETYSHOTLIST:1. various of archaeologists working at Yangshao village site2. various of unearthed relics3. various of trenches4. SOUNDBITE (Chinese): LI SHIWEI, Head of the fourth archaeological excavation of Yangshao village site5. various of the Yangshao Village siteSTORYLINE:Chinese archaeologists have discovered remains of ancient alcohol and silk dating back more than 5,000 years, during the fourth excavation of the Yangshao Village site in Henan Province.Working with institutions at home and abroad, including Stanford University and the China National Silk Museum, archaeologists detected silk protein residues in soil samples of human bone at the Yangshao Village site and found liquor made from fermented grain in a sharp-bottome.....、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021100408731

  •  「新華社」武当山五竜宮遺跡の発掘調査続く湖北省十堰市
    00:50.47
    2021年07月16日
    「新華社」武当山五竜宮遺跡の発掘調査続く湖北省十堰市

    中国湖北省十堰(じゅうえん)市の武当山五竜宮では夏に入り、山一面が緑に染まって爽やかな風がそよいでいる。五竜宮遺跡では昨年9月、世界文化遺産に登録されている武当山の古建築群として初の大規模な発掘調査が始まった。本格的な夏の暑さが始まる中、発掘作業は変わらず続けられている。(記者/李偉) =配信日: 2021(令和3)年7月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021071705449

  •  「新華社」千年前の鶏卵、ほぼ無傷な形で見つかるイスラエル
    01:05.60
    2021年06月09日
    「新華社」千年前の鶏卵、ほぼ無傷な形で見つかるイスラエル

    イスラエル考古学庁は9日、テルアビブ近郊で約千年前の鶏卵を発見したと発表した。イスラエル紙「エルサレム・ポスト」によると、鶏卵は同国中部の町ヤブネで実施された発掘調査で偶然見つかった。東ローマ帝国(ビザンチン)時代の工業地区跡で発見した汚水槽に埋まっていたという。鶏卵は堆積した「軟らかい人の排せつ物」によって守られていたため、原形を保っていた。ただ、卵の底には小さなひび割れがあり、卵液の大半が流失していた。わずかに残っていた卵黄については、DNA検査を実施するとしている。また、移送中にひび割れが進行したが、同庁の有機実験室で元の状態に修復されたという。(記者/尚昊)=配信日:2021(令和3)年6月9日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021061403699

  •  「新華社」三星堆遺跡で古蜀文明の魅力に触れる
    00:56.84
    2021年06月02日
    「新華社」三星堆遺跡で古蜀文明の魅力に触れる

    中国四川省広漢市の三星堆(さんせいたい)遺跡では、黄金の仮面や青銅人像、青銅尊、玉琮(ぎょくそう)、玉璧、金箔、象牙など、考古学上の重要な発見や研究成果が次々と公開されるにつれて、古蜀文明が中華文明の版図である西南部で再び眩い輝きを放ちつつある。今回、新たに見つかった「祭祀坑」6基から1千点以上の重要な文化財が出土した。三星堆遺跡でこれまでに発掘された文化財は、この地が「多元一体的な中華文明の起源の重要な構成部分」であることを確実に証明しているが、同遺跡は依然として多くの未解決の謎に包まれている。今後、考古学者らはこれらの祭祀坑について、綿密な発掘調査と文化財保護、学際的研究を行うとともに、周囲の探査・発掘を実施し、祭祀区全体の構造と形成過程を把握していくという。(記者/楊華、劉海、尹恒) =配信日: 2021(令和3)年6月2日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021060300101

  •  「新華社」セミの羽のように軽い服、「素紗単衣」の謎に迫る湖南省
    00:38.96
    2021年06月01日
    「新華社」セミの羽のように軽い服、「素紗単衣」の謎に迫る湖南省

    中国湖南省長沙市の湖南省博物館には、国宝級の貴重な所蔵品「素紗単衣(すしゃひたんい)」が保管されている。最も良好な状態で現存する最古の衣服で、最も精巧でセミの羽のように軽く薄い貴重な逸品とされる。同省長沙市の東郊外にある馬王堆(ばおうたい)で1972年~74年に行われた発掘調査で、考古学者らが前漢時代の墓葬3基を発見した。墓からは精巧な作りの遺物数千点や保存状態のよい漢代の女性の遺体が出土。中国ひいては世界にとって20世紀最大の考古学的発見の一つとなった。素紗単衣は、馬王堆漢墓の1号墓から出土した。史料によると、墓の被葬者は前漢の長沙国で丞相を務めた利蒼(りそう)の妻、辛追(しんつい)。今から2200年以上も前の時代に生きた女性で、50歳くらいで亡くなったとされる。素紗単衣は比較的簡単な作りをしており、同墓からは直裾(ちょくきょ、裾が直線状のもの)と曲裾(きょくきょ、裾が曲折した形のもの)が1枚ずつ出土した。いずれも左の衽(おくみ)を右の上に重ねる着方(右衽、うじん)になっている。直裾は1枚の重さが49グラム、衣の長さが128センチ。曲裾の重さは48グラム、衣の長さは160センチ。素紗単衣は前漢時代の織物の最高峰で、現存する最も古くて薄く、軽い衣服とされる。同博物館は2019年、中国伝統の手織り工芸品「南京雲錦」を研究する南京雲錦研究所と共同で、2年の歳月をかけて49グラムの素紗単衣の模造品を完成させた。出土から40年余りを経て、政府の認可や博物館の専門家らによる鑑定を受けた、初の再現模造品となっている。素紗単衣は2002年に、国外持ち出し禁止の最初の文化財の一つに指定された。(記者/張玉潔) =配信日: 2021(令和3)年6月1日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021060104874

  •  「新華社」前漢時代の墓地から銅鏡80枚人の顔映せるものも陝西省
    01:09.08
    2021年04月15日
    「新華社」前漢時代の墓地から銅鏡80枚人の顔映せるものも陝西省

    中国陝西省西咸新区の大堡子墓地でこのほど、前漢時代の銅鏡80枚余りが出土した。2千年以上前の遺物だが、幾つかは人の顔を映すことができたという。同遺跡は秦漢新城高荘鎮大堡子(だいほうし)村の西にある。陝西省考古研究院が昨年5月から実施した発掘調査では、400基余りの墓が見つかり、前漢初期の土器や青銅器など各種遺物2千点(組)余りが出土した。同研究院で大堡子発掘チームのリーダーを務める朱瑛培(しゅ・えいばい)氏によると、銅鏡の年代は戦国時代末期から前漢時代末期に集中しており、蟠螭(ばんち)文や星雲文、草葉文など典型的な文様が含まれる。銘文があるものもあった。銅鏡は時代による鋳造技術の違いから寸法の差が大きく、最小のものは直径わずか8センチ、最大では22・1センチになる。うち1枚の草葉文鏡は、表面の土を取り除くと、鏡面は劣化しているものの人の顔を映し出すことができた。銅鏡の多くは、出土したそれぞれの墓の被葬者の頭の脇や上半身周辺に置かれていた。1枚の小型銅鏡の脇からは絹織物の残片も見つかった。考古学者は「銅鏡は恐らく絹の袋に入れられ、袋の口はひもで結ばれていた。被葬者が生前手元に置いて使っていたのだろう」と指摘する。銅鏡が出土した墓の被葬者は女性と限らず、多くの男性被葬者の墓からも見つかっている。史料によると、漢の高祖・劉邦(りゅう・ほう)は、帝陵の造営とその後の管理、貴族の反乱防止のため、有力豪族数万人を移転させて長陵邑(劉邦の陵墓・長陵に仕える人々が住む町)を建てた。大堡子墓地は長陵邑から約4キロの地点にあり、墓の年代が前漢初期に集中していることから、朱氏は同墓地が長陵邑住民の埋葬エリアではないかと指摘する。出土した銅鏡には「長楽未央」「長毋相忘」「家常富貴」などの銘文を持つものも多かった。朱氏はこれら銘文について、前漢時代の人々のよりよい生活への願望を示していると説明。今回の発見は秦漢時代の関中地域の人々の日常生活、銅鏡の発展史の研究に豊富な材料をもたらしたと語った。(記者/李華、楊一苗) =配信日: 2021(令和3)年4月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021041512423

  •  「新華社」安福県で前漢高位者の墓を発見江西省
    00:53.29
    2021年03月09日
    「新華社」安福県で前漢高位者の墓を発見江西省

    中国江西省安福県でこのほど、前漢時代の高位者の墓が見つかり、土器や陶器、漆器、金銀銅器、ガラス器などが出土した。専門家は被葬者の身分について、列侯(漢代の爵位の一つで諸侯王に次ぐ)クラスで、前漢の安平侯と関わりがあると推測する。墓は同県北西部の起鳳山にある。2019年8月に道路の建設工事中に発見され、同10月に江西省文物考古研究院の発掘チームが緊急発掘調査を開始した。墓の構造は「甲」字型の竪穴土坑木棺墓で、封土と墓道、墓坑、棺室からなる。出土した漆器片からは精密な技巧と精美な文様が見てとれ、形状の分かるものでは耳杯や漆盤などがあった。一部の器物では銘文も確認できた。専門家は、同墓が前漢高位者墓の葬送習俗や構造・配置を研究する上での尺度になると指摘。前漢の安成侯と安平侯の管轄地域を探る重要な手がかりにもなると述べた。(記者/劉彬) =配信日: 2021(令和3)年3月9日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021030907627

  •  「新華社」古代エジプト王妃の葬祭神殿見つかるサッカラ遺跡
    01:02.04
    2021年01月20日
    「新華社」古代エジプト王妃の葬祭神殿見つかるサッカラ遺跡

    エジプトギザ県のサッカラ遺跡で発掘調査を行っていた同国の合同考古学発掘隊は17日、4300年前の第6王朝の初代ファラオ・テティ王の王妃の葬祭神殿を発見したと発表した。発掘隊の責任者で、エジプトの著名考古学者ザヒ・ハワス氏は「2010年にこの地でピラミッドを発見したが誰の墓だか分からなった。16日に葬祭神殿が見つかり、残されていた文字から神殿とピラミッドの被葬者が『ネイト』という名で、テティ王の王妃であることが分かった」と説明した。ハワス氏によると、テティ王の王妃はこれまで2人とされてきたが、今回の発掘で3人目の王妃の存在が確認された。ネイト王妃の名は今回初めて古代エジプトの歴史に記されることになるという。(記者/李碧念、余福卿、楊依然) =配信日: 2021(令和3)年1月20日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021012100692

  •  「新華社」長江流域最大の商代銅鋳造遺構を発見湖北省武漢市
    00:52.01
    2021年01月15日
    「新華社」長江流域最大の商代銅鋳造遺構を発見湖北省武漢市

    中国の湖北省文物考古研究所はこのほど、同省武漢市黄陂区の魯台山郭元咀遺跡で商(殷)代の大規模な銅器鋳造施設の遺構を発見したと明らかにした。遺構からは熔解器具や原料、燃料など銅の精錬・鋳造に関する遺物が大量に出土した。専門家は、長江流域で最も規模が大きく、保存状態も良い商代の青銅器鋳造遺跡であり、手工業生産の一連の流れが比較的整った「銅器鋳造工房」だと評価した。遺跡は同研究所が2019年3月から2020年12月にかけ、北京大学考古文博学院と共同で発掘調査を実施。銅鋳造施設のために築かれた人工基礎の上で、銅鋳造に関わる各種遺構を発見した。人工基礎は灄水(長江の支流)の東岸沿いに平行に築かれており、南辺の長さは29・4メートル、東辺は40・8メートル。面積は約1100平方メートルで、独立した工房エリアを構成していた。同研究所の副研究員で、同遺跡発掘プロジェクトの責任者を務める胡剛(こ・ごう)氏によると、遺構ではこれまでに炉台15基、るつぼ壁の残骸80点余り、土製鋳型120点余り、石製、銅製の工具類105点が出土。2つの境界溝と複数の大型灰坑の中からは大量の日用土器や印文硬質土器、炭化した植物種子、木炭、小動物の骨が見つかった。浮選法で選別した種子の放射性炭素年代測定値を年輪年代法で補正した数値は紀元前1401年~同1226年だった。同研究所の方勤(ほう・きん)所長は、出土した土製鋳型片から推測した器物の口径が25センチだったことから、同遺構では大型器物も鋳造されていたと指摘。銅くずの分析では銅と錫の合金(青銅)を精錬していたことも分かっており、遺構が少なくとも粗銅と合金の精錬、鋳型による鋳造を行う高い技術と生産能力を持っていたと説明した。方氏はまた、遺跡の位置づけについて「湖北省ではここ数年で最も重要な商代の考古学発見の一つといえる。紀元前1226年前後の商王朝による長江流域の統治と支配の実像を再現しており、殷墟文化第一期前後の青銅器鋳造活動の組織形態や原料の輸送ルートなど、青銅器時代の重要な学術的問題にとって大きな価値がある」と述べた。(記者/方亜東、喩珮) =配信日: 2021(令和3)年1月15日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021011507691

  •  「新華社」岳陽市の羅城遺跡で新発見楚文化の湖南波及は春秋中期か
    00:59.92
    2021年01月12日
    「新華社」岳陽市の羅城遺跡で新発見楚文化の湖南波及は春秋中期か

    中国湖南省岳陽市屈原管理区で9日、羅子国城遺跡(羅城遺跡)で実施された考古発掘の現地報告会が開かれた。参加した専門家は、遺跡北部の小洲羅で大量に出土した春秋時代中期またはそれ以前の遺構について、湖南地区で発見された年代の最も古い楚文化の遺構に属すると指摘。現在知られている典型的な楚文化が最も早い時期に湖南に伝った地点の一つが羅城遺跡であることを説明しており、湖南が正式に中原王朝の統治体系に組み込まれた起点の地といえるとの見方を示した。湖南省文物考古研究所は2020年に小洲羅で実施した発掘調査で、土器や石器の製造など手工業活動と関わりがあるとみられる土取り場跡や窯跡、建築跡を発見した。日常生活に関連する灰坑や井戸なども見つかり、主に春秋時代中・後期に属する土器や石器などが出土した。同研究所の研究員で、羅城遺跡発掘プロジェクトの責任者を務める盛偉(せい・い)氏は「これらの遺構は、楚人が羅国の民を移住させたという文献の記載が根拠のないものではないことを示している。羅城遺跡は楚が羅国の民を移した場所である可能性が高い」と指摘。陶盆や陶罐などの器物とその組み合わせは典型的な楚文化様式であり、湖北省の江漢平原で出土した春秋時代後期の土器との類似性が高く、湘江下流の臨湘大畈遺跡に代表されるこの地域の同時代の文化遺構とは大きく異なると説明した。したがって、当時の羅城に住んでいたのは湖南の土着民ではなく、江漢平原西部の楚文化地区からの移民である可能性があるという。専門家は、羅城遺跡が文献に記載のある羅県であった可能性があるとも推測する。戦国時代に強大な勢力を誇った楚は、南方開拓へ注力するために羅県を設置した。楚の詩人、屈原(くつ・げん)が晩年の一時期を同地で過ごし、汨羅江の河畔で吟行したとの言い伝えもある。同地には高位者を埋葬したと思われる大型の封土を持つ墳墓があり「屈原の十二疑塚」と呼ばれている。(記者/崔俊傑、李紫薇) =配信日: 2021(令和3)年1月12日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2021011205074

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    00:51.54
    2020年12月08日
    「新華社」河北省の周家荘墓地から貴族墓商代後期の歴史の空白埋める

    中国の河北省文物局はこのほど、同省石家荘市欒城(らんじょう)区の周家荘墓地で1年近く実施した事前調査と緊急発掘調査で、22基の墓を発掘したと明らかにした。墓からは青銅の盛食器「簋(き)」や酒器「爵(しゃく)」「觚(こ)」のほか、兵器や玉器などが出土した。同墓地の発見は同省中南部における商代後期の歴史の空白を埋めたほか、商周時代の歴史や地理、文化、社会発展を研究する上で重要な実物資料をもたらした。墓地は同区西営郷周家荘村の南約200メートルにあり、東を流れる洨河(こうが)からは約2キロ離れている。発掘完了エリアは墓葬と遺跡の二つの部分からなり、緊急発掘調査を実施した墓22基のうち、「甲」字形の墓2基を含む17基が商代の墓だった。墓の格式は高く、造りも精巧で、3千年近くの歳月を経ても良好な状態で保存されていた。同省文物考古研究院の専門家は、商代後期のある程度の身分を持つ貴族の墓群だと暫定的に判断している。(記者/駱学峰)<映像内容>周家荘墓地の空撮、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020120902701

  •  「新華社」西周時代の高位者の墓葬群を発見浙江省衢州市
    01:06.30
    2020年12月08日
    「新華社」西周時代の高位者の墓葬群を発見浙江省衢州市

    中国浙江省衢州(くしゅう)市衢江区の雲渓郷を流れる衢江の北岸に幾つかの丘がある。これらの丘は西周時代の土墩墓(どとんぼ)であり、文化財・考古学研究者の3年以上にわたる努力の結果、高位者を埋葬した墓葬群であることが分かった。当時衢州全域を支配していた「姑蔑(こべつ)国」の君主の墓だと推測される。当時の中国南方地域では、土墩墓を造営する際、地下に墓穴を掘るのではなく平地に盛り土をし、その中に死者を埋葬した。浙江省文物考古研究所は2019年以降、衢江区文化広電観光体育局と共同で同郷孟姜村にある土墩墓3基の発掘調査を実施。墓からは玉器や灰釉陶器、印文紋硬質土器が出土した。2018~19年に両者が実施した地元の廟山尖土墩墓の発掘調査でも大量の青銅器や玉器、少量の土器・陶磁器が出土している。史料には、商周時代に越(えつ)の西部に姑蔑と呼ばれる民族集団が存在していたことが記されている。専門家は文献の記載と出土遺物などから、この場所が当時の姑蔑の君主の墓だとの認識を示している。(記者/馮源)<映像内容>西周時代の高位者の墓葬群を発見、展示の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020120902703

  •  「新華社」寧波市で東周時代の遺跡見つかる工業活動の跡か
    00:58.44
    2020年11月19日
    「新華社」寧波市で東周時代の遺跡見つかる工業活動の跡か

    中国浙江省寧波市の考古部門はこのほど、同市北侖(ほくりん)区で実施した東周時代(紀元前770年~紀元前256年)の遺構を中心とした遺跡の発掘成果を発表した。四顧山遺跡と名付けられた遺跡の発掘調査は、同市文化遺産管理研究院とアモイ大学、北侖区文物保護管理所が共同で、昨年7月から今年5月にかけて実施した。遺跡は同区新碶(しんけい)街道にあり、面積は千平方メートル。東周期から明清期までの遺構100カ所余りが見つかった。遺跡では、作業場と思われる家屋の柱穴群が出土したほか、沈殿槽1カ所、貯泥槽1カ所、井戸1本、穴窯2カ所、煉炉1カ所、灰坑10カ所余りが見つかった。出土遺物は土器と陶器、灰釉陶器が中心で、青銅器や鉄器、石器、少量の竹・木器もみられた。専門家は、出土物の機能と性質から、今回の発掘された東周期の遺構の多くが製陶や製磁、製錬など工業活動と関わりがあるとみている。(記者/顧小立、馮源)<映像内容>東周時代の遺跡の空撮、調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020112001622

  •  「新華社」顔真卿の筆による墓誌、陝西省で発見
    00:40.40
    2020年11月13日
    「新華社」顔真卿の筆による墓誌、陝西省で発見

    中国陝西省考古研究院秦都咸陽城考古チームは13日、同省西安市西咸新区にある秦漢新城を調査した結果、隋唐時代の貴族である元氏一族の墓とともに、唐代の書家、顔真卿(がん・しんけい)の筆による墓誌が見つかったことを明らかにした。墓誌は元大謙(げん・たいけん)、羅婉順(ら・えんじゅん)夫妻の合葬墓から出土した羅婉順のもので、中国国内で唯一、科学的な発掘調査で見つかった顔真卿の初期の筆跡となる。考古チームは今年6月から、秦漢新城龔東(きょうとう)村にある漢~唐代の墓の発掘調査を実施。隋唐時代の墓が多数出土し、元氏一族の墓3基と墓誌4点を確認した。顔真卿の筆による墓誌は、上の蓋石と下の誌石がいずれも51・4センチ四方で、花や草、四神の線刻で縁取られた蓋石の上面には篆書体(てんしょたい)16文字が、誌石には楷書体728文字がそれぞれ刻まれていた。西安碑林博物館の陳根遠(ちん・こんえん)研究員は、今回見つかった羅婉順の墓誌は顔真卿が38歳の時に書いたもので、初期の書道作品の特徴である繊細で優雅な筆致が現れていると述べた。(記者/梁愛平、楊一苗)<映像内容>秦漢新城の調査、顔真卿の筆による墓誌、撮影日:2020(令和2)年11月13日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020111600266

  •  「新華社」1500年前の皇帝祭天遺跡を発掘内モンゴル自治区
    00:49.08
    2020年11月04日
    「新華社」1500年前の皇帝祭天遺跡を発掘内モンゴル自治区

    中国内モンゴル自治区の文物考古研究所は、フフホト市武川県内でこのほど、中国南北朝時代の北魏王朝(386~534年)の皇帝が天を祭る儀式を行った祭天遺跡の発掘調査を実施した。北魏皇室の祭天遺跡が発掘されたのは今回が初めて。遺跡はフフホト市街地の北方に位置する大青山の蜈蚣壩(ごしょうは)頂上にある。分布範囲は約1万平方メートル。遺跡の存在は1980年代に確認されていたが、正式な発掘が始まったのは2019年からで、これまでに遺跡の形状や構造、性質が明らかになっている。遺跡中央部では、儀式を行う円形の建物遺構が見つかった。遺構の内径は15・5メートル、外径32・5メートルで、南東部に幅約1メートルの通路が設けられていた。室内部分からは祭祀(さいし)用の陶缶も少量ながら出土している。遺構の外側には、いけにえ用のヒツジやウマを入れる環濠が2重に掘られており、中からこれらの動物の足の骨が見つかった。また、皇帝が儀式を行う際に臣下が立ち並ぶ二重の段の跡も発見された。同研究所の張文平(ちょう・ぶんぺい)副所長は、北魏の皇室が天を祭ったことは歴史書に多くの記載があるが、今回の発掘が行われるまでその場所を特定することができなかったと説明。遺跡が使用された時期については、出土品の年代鑑定から430~490年の間ではないかとの見方を示した。専門家は今回発掘された遺跡について、中原王朝の祭祀・礼法と北方遊牧民族の伝統的な祭祀方式が結合したものだと指摘。年代的に隋唐時代の西安の圜丘や明清時代の北京の天壇より早いことから、中国の皇室祭天儀式の歴史や北魏の祭天儀礼制度を研究する上で貴重な実物証拠になるとの考えを示した。(記者/張晟)<映像内容>皇帝祭天遺跡の発掘現場の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020110508130

  •  「新華社」「東洋人の故郷」泥河湾で石器時代の文化に触れる河北省
    00:57.19
    2020年11月03日
    「新華社」「東洋人の故郷」泥河湾で石器時代の文化に触れる河北省

    中国河北省の北西部に、先史時代の大型遺跡群「泥河湾(でいかわん)遺跡群」がある。世界の地質考古学界が認める第四紀の国際標準地層であり、哺乳類化石や旧石器人類の遺構も多く出土していることから「東洋人の故郷」と呼ばれる。遺跡は主に張家口市陽原県内の東西82キロ、南北27キロの細長い範囲に分布している。大型旧石器文化遺跡群に属し、中国の全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)と国家級地質遺跡自然保護区に指定されている。2019年末時点の統計では、確認・試掘調査や発掘調査で前・中・後期旧石器時代と新石器時代の遺跡400カ所近くが確認されている。(記者/秦婧)<映像内容>泥河湾遺跡群の空撮、発掘の様子、観光の様子など、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020110500399

  •  「新華社」雲南省で新石器~明清時代まで続いた集落遺跡を発掘
    01:39.96
    2020年09月26日
    「新華社」雲南省で新石器~明清時代まで続いた集落遺跡を発掘

    中国の雲南省文物考古研究所は26日、臨滄市文物管理所などと共同で実施した芒嘎(ぼうかつ)遺跡の考古学発掘調査が、このほど完了したと明らかにした。遺跡からは、溝や墓葬、灰坑などの遺構128カ所、石器や土器、陶器、青銅器などの遺物約1500点(組)が出土した。同遺跡は雲南省臨滄市耿馬(こうま)タイ族ワ族自治県の勐簡(もうかん)郷にある。大きさは東西約530メートル、南北約220メートルで、総面積約11万平方メートル。今回は付近の高速道路建設に伴う発掘調査となり、97のグリッド(区画)に分けた9600平方メートルで実施した。雲南省文物考古研究所の胡長城(こ・ちょうじょう)副研究員は「遺跡は川辺の台地にあり、新石器時代から明清時代まで集落として使われた。継続時間が長く、出土遺物の形状もさまざまで、遺跡の類型も多い。南汀河(なんていが)流域、さらには雲南省南西部の民族や文化、歴史を研究する上で重要な価値がある」と語った。(記者/孫敏、厳勇)<映像内容>芒嘎遺跡の発掘調査の様子、撮影日:2020(令和2)年9月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020093008730

  •  「新華社」1万6千年前のヒト頭蓋骨化石を発見広西チワン族自治区
    00:45.14
    2020年09月16日
    「新華社」1万6千年前のヒト頭蓋骨化石を発見広西チワン族自治区

    中国広西チワン族自治区の広西文物保護・考古研究所はこのほど、同自治区南寧市隆安県にある婭懐洞(あかいどう)遺跡の調査で、約1万6千年前の墓葬とヒトの頭蓋骨化石、イネ科植物由来の珪酸体(シリカ体)などを発見したと明らかにした。同遺跡は隆安県喬建鎮博浪村の山の上にある。2014年に発見され、15~17年に広西文物保護・考古研究所と隆安県文物管理所が実施した発掘調査で旧・新石器時代の異なる時期の文化遺構が見つかった。遺跡からは、大量の石器や少量の蚌器(大型の貝殻から作られた道具)、骨器のほか、土器片、大量の水生・陸生動物の遺骸、植物など1万点以上の遺物も出土した。婭懐洞遺跡は2019年10月16日、第8次全国重点文物保護単位(国宝・重要文化材に相当)に指定された。<映像内容>広西チワン族自治区で約1万6千年前の墓葬とヒトの頭蓋骨化石など発見、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020091701964

  •  「新華社」武当山五竜宮遺跡の発掘調査始まる湖北省十堰市
    00:48.12
    2020年09月14日
    「新華社」武当山五竜宮遺跡の発掘調査始まる湖北省十堰市

    中国湖北省十堰(じゅうえん)市の武当山でこのほど、五竜宮遺跡の発掘調査が始まった。世界文化遺産に登録される武当山の建築群で実施される初の大規模発掘調査となる。850間(柱間)の道教寺院と廟宇を持つ五竜宮は、同山で最も早い時期に建てられた建築群「九宮」の一つ。唐の貞観年間(627~649年)に建立され、今でも多くの古建築や遺跡が残る。全国重点文物保護単位(国宝・重要文化財に相当)にも指定されている。今回の発掘エリアは南宮東道院で、面積は5千平方メートル。発掘チームは湖北省文物考古研究所を中心に複数の研究部門と大学のスタッフからなる。今回の発掘では、五竜宮の全体的な建築配置と建立・修復年代、個々の建築物の機能と歴史背景などの問題を解決する。将来実施される全面的な文化財保護活動に科学的根拠を提供し、武当山西ルートの観光開発に文化的、歴史的価値を添える目的もある。(記者/李偉)<映像内容>五竜宮遺跡の発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020091507653

  •  「新華社」泥に埋もれて400年、北宋の都・開封の「州橋」が姿現わす
    01:08.31
    2020年08月03日
    「新華社」泥に埋もれて400年、北宋の都・開封の「州橋」が姿現わす

    中国河南省開封(かいほう)市で実施されている考古発掘調査で、北宋の都「東京開封府」を代表する建造物とされる「州橋」の遺構が姿を現した。当時の市井の賑わいを見つめ、その後数百年にわたり泥に埋もれていた古橋が、再び全容を現しつつある。州橋遺跡は、同市の中山路と自由路の交差点から南約50メートルの地点にある。建造年代は唐の建中年間(780~783年)までさかのぼることができる。その後の五代十国、宋、金、元、明各時代を経て、明末の1642年に起きた黄河の氾濫で土砂に埋没した。1984年に偶然発見され、部分的な試掘調査が実施されている。同遺跡では、河南省文物考古研究院と開封市文物考古研究所が2018年から合同で発掘調査を進めている。発掘調査は、北宋東京城の城内に引かれた大運河の造営方法や管理・運営システムなどを知る上で重要な意義を持ち、同城の都市構造の研究においても大きな価値があるという。(記者/袁月明)<映像内容>州橋の遺構の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020080405480

  •  「新華社」海豊鎮遺跡で出土の磁器、修復作業始まる河北省黄驊市
    01:15.91
    2020年06月23日
    「新華社」海豊鎮遺跡で出土の磁器、修復作業始まる河北省黄驊市

    中国河北省黄驊(こうか)市の海豊鎮遺跡から出土した磁器の修復作業がこのほど、正式に開始された。作業が完了すると、百点余りの磁器が本来の姿を取り戻す。同省文物保護センターの専門家チームは出土磁器の破片を選別し、精巧で美しい100点余りの磁器を修復する予定で、関連の作業は今年末までかかる見通し。磁器片を整理する過程で、専門家は定窯や磁州窯、井陘(せいけい)窯だけでなく、景徳鎮窯や耀州窯、竜泉窯などさまざまな窯で作られた磁器があることを発見した。多様な磁器が集められていた状況から、専門家は海豊鎮遺跡の出土磁器は海外輸出用だったと推測した。これまでに東アジア地域に伝わり出土した磁器と、同遺跡の出土磁器の間に高い類似性が見られることも、この推測を裏付けている。同遺跡は中国の金・元代に関する重要な考古学発掘プロジェクト。2000~2017年にかけて、考古学関係者は合わせて5回の発掘調査を実施し、大量の磁器を発見。2006年には第6次全国重点文物保護単位に指定された。(記者/駱学峰)<映像内容>海豊鎮遺跡から出土した磁器の修復作業、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020062508606

  •  「新華社」中国の先史三大玉文化、安徽省の凌家灘遺跡で新たな発掘調査
    01:24.58
    2020年06月19日
    「新華社」中国の先史三大玉文化、安徽省の凌家灘遺跡で新たな発掘調査

    中国安徽省馬鞍山市含山県にある新石器時代後期の集落遺跡「凌家灘(りょうかたん)遺跡」でこのほど、新たな発掘調査が始まった。今回の発掘は、粘土を焼いて作った「紅焼土」が集中して堆積する遺跡の南端エリアで実施される。同遺跡は1985年に発見された。放射性炭素年代測定により約5800~5300年前の新石器時代後期の中心集落遺跡であることが判明している。長江中下流の淡水湖「巣湖(そうこ)」から長江に注ぐ河川流域でこれまで見つかった新石器時代の集落遺跡の中で、最大かつ保存状態の最も良い遺跡とされる。1987年の発掘開始以降、総発掘面積は4780平方メートルに達し、遺物2200点余りが出土した、うち玉器や石器などの貴重な文化財は1100点余りに上る。凌家灘文化は、遼寧省の紅山文化や浙江省の良渚(りょうしょ)文化と共に中国先史時代の三大玉文化と呼ばれている。(記者/水金辰、劉美子)<映像内容>凌家灘遺跡の発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020062508337

  •  「新華社」浙江省で8千年前の貝塚遺跡を発見中国沿海部で最古
    00:50.24
    2020年05月30日
    「新華社」浙江省で8千年前の貝塚遺跡を発見中国沿海部で最古

    中国浙江省余姚市で見つかった同省初の先史時代の貝塚遺跡「井頭山(せいとうざん)遺跡」の発掘成果が5月30日、正式に発表された。中国沿海部で年代が最も古く、最も深い場所に埋蔵された貝塚遺跡で、同遺跡の発見は寧波地区の人類活動史を8千年前までさかのぼらせた。同遺跡は同市三七市鎮にあり、1・5キロ東には、河姆渡(かぼと)文化(約7千年前の新石器時代の文化)の代表的遺跡の一つ、田螺山遺跡がある。2013年に工場建設に伴う試掘調査で発見された。北京大学考古文博学院の放射性炭素年代測定実験室など多くの実験室の測定により、同遺跡の年代は7800~8300年前と河姆渡文化より千年古いことが分かった。今回の発見は、同省北部の寧紹平原の先史時代考古年代学を大きく進展させ、寧波地区の人類活動史を河姆渡文化よりさらに千年さかのぼらせた。浙江省文物考古研究所が寧波市文物考古研究所、余姚河姆渡遺跡博物館などと合同で昨年9月から現在まで実施した発掘調査では、土器や石器、木器、骨器、貝器などの大量の人工的遺物と古代の稲作を示す遺構が出土したほか、水生・陸生動植物の遺物も見つかり、考古学上の画期的な収穫が得られた。(記者/顧小立、鄭夢雨、馮源)<映像内容>井頭山遺跡の発掘成果、撮影日:2020(令和2)年5月30日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020060409992

  •  「新華社」河南省でハクチョウの首の形をした青銅壺が出土中には成分不明の液体
    01:21.24
    2020年05月25日
    「新華社」河南省でハクチョウの首の形をした青銅壺が出土中には成分不明の液体

    中国河南省の三門峡市文物考古研究所の考古学者がこのほど、同市内の発掘現場で、首を曲げたハクチョウの頭部をかたどった青銅製のつぼを発見した。「鵝首曲頚青銅壺(がしゅけいじんせいどうこ)」と名付けられたつぼの中には、成分不明の液体が3千ミリリットル以上入っていたという。同研究所の関係責任者の祝暁東(しゅく・ぎょうとう)氏によると、青銅壺は同市開発区後川棚戸区(バラック地区)の再開発工事に伴い実施した発掘調査で見つかった古墓から出土した。墓葬の形式から秦王朝末期から漢王朝初期のものと思われ、被葬者は爵位を持つ下級官吏と見られている。墓からは青銅壺以外にも銅鍪(どうぼう、煮沸器)や銅盆(どうぼん)、鉄剣、玉剣具なども出土した。祝氏によると、当時の青銅壺は注口部分がニンニクの鱗茎(りんけい)の形をしているものが多く、ハクチョウやガン、アヒルなどの動物の形をしたものもあったが数は少ないという。今回出土した青銅壺はハクチョウの頭部と曲がった首からなる注口と下膨れの胴部、圏足を持つ。頂部に穴が1カ所開いており、独特な形状をしている。祝氏は「出土した青銅壺から推測すれば、三門峡では秦王朝末期から漢王朝初期に既にハクチョウが見られたと考えられるが、実際は珍しかったのではないか」と語った。壺の中の液体は黄褐色で多くの不純物が沈殿していた。具体的な成分については現在検査が行われている。(記者/楊金鑫、李麗静)<映像内容>ハクチョウの頭部をかたどった青銅製のつぼが出土、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020060401862

  •  「新華社」漢王朝とペルシャ帝国の往来を物語るペルシャ壺広西合浦県
    01:40.72
    2020年05月23日
    「新華社」漢王朝とペルシャ帝国の往来を物語るペルシャ壺広西合浦県

    中国広西チワン族自治区北海市合浦県にある漢代文化博物館には、同館の至宝、ペルシャ壺が収蔵されている。考古学者が2008年12月、同県寮尾13号墓で緊急発掘調査を行った際、多くの陶片を発見し、これらをつなぎ合わせてペルシャ壺を復元した。この壺は中国で出土した最も古いペルシャ壺で、唯一の後漢時代のものとされる。江蘇省揚州市で出土した隋代のペルシャ壺よりも500年ほど古く、漢王朝とペルシャ帝国の往来を物語る重要な文物となっている。壺は口径8・2センチ、最大腹径19・2センチ、底径10・8センチ、高さ34・4センチ。頸部から胴上部にかけてアーチ形の取っ手がついている。専門家は、この壺が外国商人の私物だった可能性が高いとみている。同博物館はペルシャ壺のほか、現地の漢墓から出土した東南アジア、南アジア、西アジアおよび地中海地域のガラスの器、琥珀(こはく)、水晶などの文物も展示している。(記者/覃広華、梁舜、李兪輝)<映像内容>中国で出土した最も古いペルシャ壺、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020052701206

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    01:55.79
    2020年05月19日
    「新華社」南宋沈没船「南海1号」の発掘現場を探訪広東省

    今月発表された2019年中国考古学十大発見には、広東省の南宋沈没船「南海1号」水中考古発掘プロジェクトも選出された。同船は1987年、同省台山市と陽江市の境界海域で見つかった。2007年にケーソン(浮き箱)を用いて全体を引き上げ、現在は陽江市の広東海のシルクロード博物館に安置されている。2014年に系統的な発掘調査が始まり、今は積み荷の調査が大詰めを迎えている。2019年末時点で磁器や銅鉄器、金銀器、漆木器、貨幣などの遺物18万点が見つかっている。(記者/黄国保、閆然、鄧瑞璇)<映像内容>東省の南宋沈没船「南海1号」水中考古発掘プロジェクト、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020052104599

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    01:45.65
    2020年04月29日
    「新華社」江口沈銀遺跡で「蜀世子宝」金印が出土四川省眉山市

    中国四川省眉山市彭山区は29日、記者会見を開き、同区の江口沈銀遺跡で2019~20年度に実施した考古発掘調査で、金銀器を中心とする1万点余りの遺物が出土したと発表した。うち「蜀世子宝」と記された金印は、国内で初めて見つかった世子の金印だという。世子は明清時代の世襲親王の嫡男を指す。遺跡は省都の成都市から約60キロ、岷江と府河が合流する地点にある。民間の歴史書には、明末期の農民反乱軍の首領、張献忠(ちょう・けんちゅう)が1646年、船に財宝を積み岷江を南下した際に彭山で明朝の将軍、楊展(よう・てん)の待ち伏せに遭い敗れ、船も沈んだと記されている。地元では数百年にわたり千隻分の金銀財宝が川底に沈んでいると伝えられてきた。四川省文物考古研究院は2016年から同遺跡の考古発掘調査を実施し、伝説が事実であることを証明した。発掘調査を指揮した劉志岩(りゅう・しがん)氏によると、今年は1月10日に発掘を開始し、約3カ月で5千平方メートルを発掘したほか、1万平方メートルで調査を実施した。1万点余りの出土品のうち重要な遺物は約2千点。金・銀製の貨幣や地金、食器、首飾り、装飾品などが含まれ、中でも方形の印台に亀の形の印紐(いんちゅう)が付き、印面に「蜀世子宝」と記された金印が最も重要な発見とされた。印台の大きさは10センチ四方で厚さは3ミリ、金の含有率は95%と非常に高かった。「蜀」は明代に成都に置かれた蜀王府、「世子」は親王の嫡男を示すことから、金印が蜀王の世子の所有物として、その身分を象徴し、歴代受け継がれてきた貴重な宝であったことが分かる。今年度の調査では、張献忠が国号を「大西」とした地方政権が所有した銀地金も多数発見された。同政権の財政制度や統治区域を研究する上で重要な意義を持つという。また、昨年度の発掘で明代の火器「火銃」が発見され、今年度に大きさの異なる鉛の弾が出土したことは、同地が古戦場だとする新たな証拠となった。<映像内容>江口沈銀遺跡で金印などの遺物が出土、発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020050104669

  •  「新華社」陝西省石峁遺跡で大量の骨針発見製造に謎も
    01:50.27
    2020年01月28日
    「新華社」陝西省石峁遺跡で大量の骨針発見製造に謎も

    中国陝西省考古研究院はこのほど、同省神木市の石峁(シーマオ)遺跡の中心部に当たる皇城台で2019年に行われた発掘調査の結果、重要な収穫があったことを明らかにした。皇城台の「大台基」(大きな基壇)の南側擁壁部分の整理作業が完了し、1万本以上の骨針が見つかったという。考古学者はこの場所に大型の骨器工房があったと推測しているが、これらの骨針の針穴がどのように空けられたかは謎となっている。考古学者は皇城台の東側の擁壁北側上部の大規模な調査を通じて、大きく迫力に満ちた石積みの擁壁遺跡と膨大な数の各種遺物を発見した。暫定的な統計では、同区域の廃棄された堆積物から出土した各種遺物標本は4万点以上に上り、骨(牙、角含む)や石、土器、玉、銅などの遺物を中心に、織物や漆皮の残片も含まれている。中でも骨器は多数出土しており、針や矢じり、きりなどの小型の工具類が多く、骨針は1万点以上に上る。石峁遺跡は約4千年前の石積み都市遺構であり、「皇城台」、内城、外城の3層で構成されている。都市の面積は400万平方メートルを超え、中国北方の竜山時代後期から夏王朝初期の超大型中心集落だったことが判明している。(記者/梁愛平)<映像内容>石峁遺跡の発掘調査、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020013100648

  •  「新華社」雲南省南部で春秋戦国時代の銅製錬遺跡群見つかる
    02:11.52
    2020年01月15日
    「新華社」雲南省南部で春秋戦国時代の銅製錬遺跡群見つかる

    中国雲南省文物考古研究所は、同省金平ミャオ族ヤオ族ダイ族自治県の竜脖河(りゅうほつが)遺跡で、採掘と製錬が一体となった春秋戦国時代の銅製錬遺跡群を発見したと明らかにした。省内で見つかった同様の遺跡の中では年代が最も古く、規模も最大で保存状態も良いという。遺跡は同県東部の勐橋(もうきょう)郷卡房(そうぼう)村の竜脖河と紅河が交差する三角地帯に位置する。2004年に同研究所が新河高速道路建設に伴う考古学調査を実施した際に発見された。同研究院と四川大学歴史文化学院などからなる合同考古学チームは、2019年初めに国家文物局が同遺跡の調査を許可したことを受け、同年10月から約2カ月にわたり調査と発掘を実施。工房遺構1カ所、灰坑3カ所、製錬炉28基を含む各種遺構32カ所を発見した。雲南省文物考古研究所の楊帆(よう・はん)研究員は「製錬炉は今回最も多く発見された。最も重要な遺構でもある」と説明。陶器や石器、石製鋳型、石槌、凹石など小型器物216点(組)も出土したことも明らかにした。楊氏によると、今回の系統的で全面的な発掘調査は、中国西南部と東南アジアにおける青銅製錬技術の類型や冶金技術の交流・伝播を研究する上で非常に重要な学術意義を持つという。(記者/曾維)<映像内容>竜脖河遺跡の調査と発掘の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020012322940

  •  「新華社」唐豊陵遺跡から大量の建築部材と石刻が出土陝西省
    01:11.04
    2020年01月06日
    「新華社」唐豊陵遺跡から大量の建築部材と石刻が出土陝西省

    中国陝西省考古研究院はこのほど、同省の唐豊陵遺跡の部分的な発掘調査を行い、石製の建築部材と石刻を大量に発見した。これらが唐代の陵墓制度の発展と変遷を研究するための新たな実物資料となる見通しだ。唐豊陵は陝西省富平県曹村鎮北部の金瓮山の南側に位置する唐・第10代皇帝李誦(りしょう、761年~806年)の陵墓。同研究院は2012年に唐陵大遺跡保護プロジェクトの重要な一環として、豊陵陵園遺跡の全面的な考古学調査と探査を実施。今年は同陵園の西乳闕(せいにゅうけつ)遺跡と後宮南側の建築遺跡の発掘調査および陵園内の石刻の調査と整理を実施した。(記者/藺娟、楊一苗)<映像内容>唐豊陵遺跡の発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020011005929

  •  「新華社」広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土
    01:42.92
    2019年12月26日
    「新華社」広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

    中国広東省の広州市文物考古研究院は26日、同市内の横枝崗で発掘調査を行ったところ、漢代から清代にかけての墓葬57基と文化財500点(組)が出土したと明らかにした。同研究院は今年7月から12月にかけて、市内の麓湖公園南入り口を含む交通結節点の景観向上プロジェクトの建設に合わせ、プロジェクトの範囲内で考古学調査と探査を実施、見つかった古墓葬の緊急発掘調査を行った。目下、墓葬57基の整理作業が終わっており、そのうち11基が漢代、13基が東晋南朝時代、2基が唐代、1基が宋代、5基が明代、25基が清代のものだった。また、古墓葬から陶器や青銅器、鉄器、装身具などの文物500点(組)近くが出土した。考古プロジェクトの責任者、同研究院の易西兵(い・せいへい)副院長は、今回の探査で発見された古墓葬は、漢代と東晋南朝時代の墓に集中的に分布しており、数も多く、規模も大きいことから、広州の歴史地理学的変遷を研究するための豊富な考古資料になっていると説明した。漢代の墓はいずれも竪穴式の木槨墓(もっかくぼ、棺のまわりを木材で取り囲んで造った墓室を持つ墓)で、前漢後期から後漢にかけて造られ、保存状態も比較的良好だった。副葬品の多くは陶器だったが、銅剣や銅鏡、銅銭なども納められていた。また260個の水晶、瑪瑙(めのう)、琥珀(こはく)などでできた球形、菅形のビーズで作られた副葬品の装身具も見つかった。易氏は「現時点で、これらの材料の多くは域外のもので、海のシルクロードを通って広州に渡って来たものだと考えられる」との見方を示している。考古調査作業員らは、1950年代から横枝崗一帯で行われる建設プロジェクトに合わせて緊急発掘調査と発掘作業を複数回実施、前・後漢時代から明・清代にかけての墓葬千基近くを整理しており、同地からは大量の文物が出土している。(記者/鄧瑞璇)<映像内容>広州市横枝崗の発掘調査の様子、撮影日:2019(令和元)年12月26日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020011005923

  •  「新華社」皇帝に関わる建造物か青島で秦漢時代の排水遺構が出土
    01:40.43
    2019年12月25日
    「新華社」皇帝に関わる建造物か青島で秦漢時代の排水遺構が出土

    中国山東省青島市の琅琊台遺跡の考古発掘調査でこのほど、新たな進展がみられ、遺跡の山頂部分から2千年以上前の秦漢時代の大型版築(はんちく)土台や排水遺構、建物基礎が見つかった。広大な規模と緻密な建設技術は、同地に当時、格式の高い大型古代建築が存在していたことを示唆している。山東省文物考古研究院と青島市文物保護考古研究所の合同調査チームは10月末、国家文物局の許可を得て、琅琊台遺跡の発掘調査を正式に開始した。遺跡は西海岸新区琅琊鎮にあり、山頂部分の版築土台(大台)と海辺の版築土台(小台)の2カ所からなる。発掘調査は秦漢時代の琅琊文化の解明を主眼に実施された。頂上部の第1発掘地点では、3本の整った陶製配管が整然と並ぶ様子が見て取れた。配管は太く厚みがあり、両端の口径を変えることで連結できるようになっている。現代の排水管によく似ている。第1発掘地点からそれほど遠くない場所にある第2発掘地点では、秦漢時代の石造りの床に開けられた排水口が見つかった。くぼみを作るように敷かれた六つの大小異なる石の中心部の石に四角形の小さな穴が開けられている。穴の形状と精密な作りから室内排水用だと暫定的に判断された。秦漢時代の政治の中心は陝西省一帯であり、琅琊台は山東地域でも数少ない同時代の皇帝巡幸に関わる遺跡とされる。文献には秦の始皇帝や漢の皇帝が琅琊台に巡幸したと記されており、今回の発掘調査を見ても、この場所にかつて皇帝と直接関わりのある格式の高い皇室建造物が存在していた可能性は排除できない。果たしてどのような皇室建造物だったのか。考古学界の見解は現時点で一致していない。ある者はきらびやかな行宮だったといい、ある者は始皇帝が建てた祭祀台だったと推測する。琅琊台の発掘調査がさらに進展すれば、始皇帝が何故同地を3度も巡幸したかという千年の歴史の謎も明らかにされるかもしれない。(記者/李紫恒)<映像内容>琅琊台遺跡の考古発掘調査、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020012322933

  •  「新華社」唐太平公主の夫・薛紹の墓を発見陝西省西咸新区
    02:38.36
    2019年12月24日
    「新華社」唐太平公主の夫・薛紹の墓を発見陝西省西咸新区

    中国の陝西省考古研究院は、同省西咸新区空港新城で見つかった大型唐代墓葬の発掘調査の結果を発表し、同墓が唐の第3代皇帝高宗と則天武后の娘、太平公主(665?~713年)の最初の夫、薛紹(せつしょう、661~689年)の墓であることを明らかにした。発掘は8月から12月にかけて実施された。太平公主は則天武后の寵愛を受け政治を補佐し、武后の死後は中宗と睿宗の復位、玄宗の擁立に関与するなど朝廷で権勢を振るった。後に玄宗と対立し、宮中で兵変を図るも機先を制され、その後死を賜った。薛紹は681年、太平公主が16歳(推定)の時に駙馬(皇女の夫)となったが、688年に皇族の反乱への関与を疑われ下獄され、翌年獄死した。17年後の706年に中宗皇帝により名誉を回復され、礼を以て改葬された。墓は空港新城底張街道岩村で見つかった。長安城遺跡から23キロ離れており、西北7・3キロには則天武后に仕えた才女・上官婉児(じょうかん・えんじ)の墓がある。同研究院の李明(り・みん)研究員によると、墓の全長は34・68メートルで深さは11・11メートル。封土と傾斜墓道、四つの天井(墓道と地上をつなぐ竪穴)と過道、六つの壁龕(へきがん、壁に掘られたくぼみ)、前後の甬道(ようどう、墓室をつなぐ通路)と墓室からなる。過去に2度盗掘に遭っているが、彩色陶俑を中心に120数点の遺物が出土した。墓室からは墓誌も見つかり、墓の主の家系や官職、死因などが記されていた。李氏は、今回の発見により新旧唐書に記載のない薛紹に関する事跡が明らかになったと指摘。墓誌や墓葬形式の研究を通じ、唐代の則天武后から玄宗初期にいたる政治文化の深層を概括することができると述べた。(記者/梁愛平)<映像内容>大型唐代墓葬の発掘調査、太平公主の夫の墓を発見、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019122401722

  •  「新華社」陝西省の劉家窪遺跡で「山形簋」や金製装飾品などの文化財発見
    01:22.96
    2019年12月23日
    「新華社」陝西省の劉家窪遺跡で「山形簋」や金製装飾品などの文化財発見

    「2018年中国考古学十大発見」に選ばれた陝西省渭南市澄城県の劉家窪(りゅうかわ)遺跡でこのほど、新たな発見があった。考古学者が同省関中地区ではあまり見られない山形簋(き、穀物を盛ったとされる器)と金製装飾品を含む大量の遺物を発掘し、周から春秋時代の諸候国・芮(ぜい)国の姿を歴史の中に浮かび上がらせた。考古学者は劉家窪遺跡東西両区の発掘調査により、墳墓と居住地の遺構を発見。東二区には鼎(かなえ)5点と簋4点が配置された墳墓があった。身分に応じて所持できる鼎の数が決まる列鼎制度に照らし、被葬者は貴族階級の「大夫」に属していたと判断された。簋4点はいずれも青銅製の山形簋で、関中地区では初めての出土となる。また、精緻で美しい金器も見つかった。(記者/梁愛平)<映像内容>陝西省の劉家窪遺跡で文化財発見、遺跡の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019122401708

  •  「新華社」河北省邢台市で唐代の胡人俑見つかる
    01:04.04
    2019年12月20日
    「新華社」河北省邢台市で唐代の胡人俑見つかる

    中国河北省邢台(けいだい)市南和県の文化財保護部門はこのほど、同県河郭郷の趙牌村の工事現場で白陶製の胡人俑3体が発見されたと明らかにした。鑑定の結果、3体とも唐代初期のもので、文官と武士、商人の俑であることが判明した。同県の文学、史学専門家の肖忠懐(しょう・ちゅうかい)氏は、3体とも死者と共に埋蔵された副葬品で、唐代の葬儀や風俗に基づくと、3体が見つかった墓は官吏のものだった可能性が高いと指摘。今回の発見は、当時の社会経済の発展やシルクロードでの対外交流、葬儀風俗に関する研究の際に歴史的な参考価値を持つと語った。工事現場では現在、緊急発掘調査が進められている。(記者/杜一方、曹国廠)<映像内容>工事現場で見つかった唐代の胡人俑、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020012322962

  •  「新華社」陝西省南部で宋代家族墓見つかる中原の戦乱避けて移住か
    02:07.31
    2019年12月18日
    「新華社」陝西省南部で宋代家族墓見つかる中原の戦乱避けて移住か

    中国の陝西省考古研究院は18日、同省南部の寧強県で宋代の家族墓が見つかり、れんが彫刻や磁器、陶器などが出土したと発表した。墓葬は同県代家壩(だいかは)鎮高家河(こうかが)村の西側にあり、今年初めに地元政府が実施した貧困支援道路の建設作業で存在が明らかになった。同研究院と寧強県文化財部門が2月から8月にかけ、合同で緊急発掘調査を行った。寧強県高家河宋墓と名付けられた家族墓の発掘チームの責任者、李坤(り・こん)氏によると、調査を実施した墓葬は全部で5基。すべてがれんがで墓室を築く「磚室墓(せんしつぼ)」で、うち4基が単室墓、1基が双室墓だった。湿潤気候で雨が多いことから、各墓葬には排水溝が設けられており、それぞれの排水溝が他の墓を避けるよう異なる方向に延びていることから、5基の墓は同時期に築かれたとみられる。墓葬からは黒釉磁缶や磁碗、陶缶、銅鏡、銅銭などの遺物三十数点が出土した。器物の形式から、これらの墓葬が古いもので北宋末期以前、新しいものは南宋期と判断された。李氏は、早期の墓葬はれんが彫刻も素晴らしく、副葬品の質も良かったが、後期になるにつれ簡単になっていたったと指摘。被葬者の家族は北宋から南宋にかけての混乱期に黄河中・下流の中原地帯から避難してきたのだろうと推測し、土地が辺地で交通の便も悪かったことから、その後没落したのではないかとの見方を示した。一方で、同省南部では宋墓の発見が少ないことから、今回の発見が同時代の地域文化の研究に重要な資料をもたらしたとの考えも示した。(記者/梁愛平)<映像内容>発見された宋代の家族墓の様子、撮影日:2019(令和元)年12月18日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2020010701483

  •  「新華社」中日両国の考古学者、漢代の製鉄技術を復元
    00:54.62
    2019年11月16日
    「新華社」中日両国の考古学者、漢代の製鉄技術を復元

    中国四川省邛崃(きょうらい)市で16日、臨邛冶鉄の実験考古学イベントが開かれ、中国と日本の考古学者が漢代の製鉄技術を復元した。漢代の臨邛地区は、現在の成都市邛崃、蒲江一帯に当たる。当時は国内鉄器生産の中心地の一つで、漢代の文人、司馬相如(しば・しょうじょ)の妻で臨邛の才女と呼ばれた卓文君(たくぶんくん)の家族が、同時代で世界最大規模といわれる私営鉄工場を運営していた。今回のイベントは、四川大学歴史文化学院と成都文物考古研究院、四川省文物考古研究院、愛媛大学アジア古代産業考古学研究センター、邛崃市人民政府が共同で主催した。考古学関係者らは、発掘調査で見つかった漢代の溶鉱炉と文献記録を参考に原寸を縮小した直立炉を建設。生鉄の製造に成功し、漢代の製鉄技術の研究に重要な資料と成功例を提供した。愛媛大学アジア古代産業考古学研究センターの村上恭通教授によると、中国古代の製鉄技術は東南アジアに非常に大きな影響を与えたが、中でも臨邛の卓氏の技術は重要な役割を果たした。中国と日本、韓国3カ国の古代製鉄技術はいずれも卓氏の技術と関わりがあり、中国の古代製鉄技術を研究することは日本の製鉄技術の起源を研究することでもあるという。市内では15日、「中国西南地区と東南アジアの冶金技術の起源・伝播及び臨邛製鉄の実験考古学」国際学術シンポジウムも開催され、デンマークや英国、日本、中国など複数の国の専門家・学者50人余りが参加した。(記者/童芳)<映像内容>臨邛冶鉄の実験考古学イベントの様子、撮影日:2019(令和元)年11月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ ※サイズの小さい動画です。

    商品コード: 2019111801804

  •  「新華社」遼上京遺跡で大型宮殿遺構を発見内モンゴル自治区
    01:31.94
    2019年10月21日
    「新華社」遼上京遺跡で大型宮殿遺構を発見内モンゴル自治区

    中国内モンゴル自治区赤峰市バイリン左旗にある「遼上京遺跡」で今年実施された発掘調査で、比較的保存状態のよい大型の宮殿遺構2カ所が見つかった。同遺跡は、10~12世紀に契丹民族が北部草原地域に築いた遼王朝の五つの都の一つ。今回見つかった遺構の一つ、楼閣式建築の遺構は、一辺の長さが51メートル、高さ約2メートルの版築(はんちく)と呼ばれる土を突き固めた基壇の上にあり、面積は約1100平方メートル。同遺跡でこれまでに見つかった宮殿遺構としては最大の規模を持つ。もう一つの建築物の基壇は宮城内の西北部にあり、典型的な遼代建築様式となっている。今回の発見は、同遺跡宮城部分の平面プランを研究する上で重要な資料となり、遼が金に滅ぼされた後に首都から地方都市へと格下げされた際の配置の変化も反映している。発掘調査では、石仏や建築部材、鉄刀、磁器など遼・金代の文化財も大量に出土した。(記者/葉紫嫣)<映像内容>遼上京遺跡の発掘調査、大型宮殿遺構を発見、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019102500724

  •  「新華社」遼寧省博物館で紅山文化の文化財246点を展示
    01:53.71
    2019年10月16日
    「新華社」遼寧省博物館で紅山文化の文化財246点を展示

    中国遼寧省瀋陽市の遼寧省博物館で16日、「又見紅山」と題した文化財の逸品展が開幕した。同博物館と遼寧省文物考古研究院が所蔵する紅山文化の文化財の逸品を中心に、内モンゴル自治区文物考古研究所など関連機関から貸し出されたものを含め、石器や陶器、玉器など246点が展示されている。紅山文化は精巧で美しい玉器で知られており、同展には遼寧省と内モンゴル自治区で行われた発掘調査で出土した同文化の玉器の逸品が集められている。特に貴重な玉器の文化財には、切れ目の入った環形の玉「玉玦形猪竜」やC型をした竜のような玉「玉C形竜」、雲を連ねたような形の玉「玉勾雲形器」、上部が斜めに切られた筒型の玉「玉斜口筒形器」、人や鳳凰をかたどった玉製の装飾品などがある。紅山文化は20世紀初頭に内モンゴル自治区で発見され、命名された。しかし、最も重要な考古学的発見は遼寧省朝陽市の牛河梁(ぎゅうがりょう)遺跡であり、その発掘成果が国内外に広く知られている。ここ数年で行われた一連の考古学的発見と研究は、紅山文化を代表とする多くの文化類型が5千年以上に及ぶ中華文明史の重要な支柱となっていることを示している。(記者/姜兆臣、張非非、趙洪南)<映像内容>遼寧省博物館で紅山文化の文化財を展示、撮影日:2019(令和元)年10月16日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019102500732

  •  「新華社」湖北省で曽侯夫婦の合葬墓発見「曽随の謎」解く重要なカギに
    01:58.99
    2019年08月14日
    「新華社」湖北省で曽侯夫婦の合葬墓発見「曽随の謎」解く重要なカギに

    中国湖北省随州の棗樹林墓地にある曽の国の君主と夫人の並穴合葬墓2基の発掘調査により、春秋時代(紀元前770年~紀元前5世紀ごろ)中期の曽の国に関する考古学調査の空白が埋められた。また出土した青銅器の銘文によって「曽随の謎」に関する問題を解決するための重要な証拠がもたらされた。中国国家文物局が先ごろ行った棗樹林墓地の考古学発掘調査についての報告で分かった。曽の国とは「春秋左氏伝」などの文献で言うところの「随の国」で「一つの国に二つの名」がある。随の国は西周(紀元前1046年~紀元前771年)初期に周の天子が南方を鎮守するために封建した重要な邦国であり、その故地は現在の湖北省随州市にあり、西周初期から戦国時代(紀元前5世紀~紀元前221年)中期まで存続した。春秋時代の曽の国と周王朝、楚の国、その他諸侯国との関係やその文化的な由来を探るため、湖北省文物考古研究所は2018年10月から随州棗樹林墓地に対する主体的な探査と発掘調査を開始した。これまでに墓地からは土坑墓54基、馬坑3基が見つかっている。同研究所の郭長江(かく・ちょうこう)副研究員は次のように説明した。ここは春秋時代中期~末期の曽国公の墓地で、墓の形式は多くが長方形の竪穴土坑墓だ。墓は東西方向につくられ、配置は比較的厳密である。これまでに青銅器千点余りが出土しており、一部の青銅器には銘文があった。銘文では主に「曽公」「曽」「曽叔」「曽侯」「曽夫人」などの表記が使われていた。そのうち2組の墓は曽の国の君主レベルの夫婦合葬墓で、曽侯「宝」とその夫人「羋加」の墓(168、169号墓)および、曽公「求」とその夫人「漁」の墓(190、191号墓)。曽侯「宝」と夫人の並穴合葬墓は共に盗掘に遭っていたが、青銅の礼楽器が残っていた。特に夫人の墓には鈕鐘19点など重要な文化財が残されていた。曽公「求」と夫人の並穴合葬墓も盗掘されていたが「求」の墓には銅の礼器と完全な編鐘一式、夫人の墓には銅の礼器一式が残されていた。(記者/喩珮)<映像内容>曽の国の君主と夫人の合葬墓2基の発掘調査の様子、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019081407274

  •  「新華社」100年の眠りから目覚めたハスの花が咲く北京円明園
    00:40.47
    2019年07月07日
    「新華社」100年の眠りから目覚めたハスの花が咲く北京円明園

    中国北京市にある円明園遺跡公園から出土した「100歳」の「古代蓮」が7日、同園のハス基地で初めて花を咲かせた。2017年に円明園長春園の南東端に位置する如園で、同園の従業員が遺跡の発掘調査中に鏡香池から「古代蓮」の種11粒を発見した。北京大学考古文博学院で3粒のハスの種の炭素14年代測定を実施。その結果、「古代蓮」は少なくとも「100歳」と推定されたが、最終的な年代測定の結果はまだ出ていない。残りの8粒は昨年5月、依頼を受けた中国科学院植物研究所の張会金(ちょう・かいきん)氏のチームが培養に成功し、その中の6粒が発芽した。「古代蓮」は今年4月、円明園のハス基地に移され、7日に100年の眠りから目覚め、美しい花を咲かせた。(記者/季小波、張超)<映像内容>ハスの花の風景、撮影日:2019(令和元)年7月7日、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019071005884

  •  「新華社」清凉寺で汝窯青磁の「天青色」を堪能河南省宝豊県
    02:34.43
    2019年03月20日
    「新華社」清凉寺で汝窯青磁の「天青色」を堪能河南省宝豊県

    汝窯(じょよう)は官窯、哥窯(かよう)、定窯、鈞窯(きんよう)と並んで世に名高い中国・宋代(960~1279年)「五大名窯」の一つ。「天青色」(スカイブルー)と呼ばれる釉薬(ゆうやく)が汝窯の典型的な特徴であり、その色合いは玉石を思わせる。ではその「天青色」を尋ねて千年前の汝官窯遺跡をのぞいてみよう。中国河南省平頂山市宝豊県にある清涼寺汝官窯遺跡展示館は建築面積5160平方メートルで、主に汝窯遺跡の発掘調査の成果を展示公開しており、汝窯の魅力を間近で感じられる施設。汝官窯は北宋時代後期に宮廷に献上する磁器を焼成していた。その荘重な外形、透明感のある艶やかな釉や清雅な芸術スタイルは、古くから人々に称賛されてきた。河南省文物考古研究院は1987年から、宝豊県の清涼寺汝官窯遺跡で前後14回にわたる発掘調査を行い、献上品の汝窯青磁を焼成していた窯炉と工房跡20カ所余りを発見、汝窯青磁に対する人々の認識を広げた。(記者/尚崑崙、楊金鑫)<映像内容>清涼寺汝官窯遺跡展示館の展示、撮影日:撮影日不明、クレジット:新華社/共同通信イメージズ

    商品コード: 2019032006226

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