検索結果 80 件中 1 件 〜 50 件 "鶴岡一人"
  1. 2018011000167

    鶴岡一人 (つるおか・かずと)  日本シリーズで巨人を下し優勝、胴上げされる南海の鶴岡一人監督=1959(昭和34)年10月29日、東京・後楽園球場 別KA 7024

  2. 2015121000279

    杉浦投手が南海入団  東京六大学のエース  1957(昭和32)年12月14日、立教大の杉浦忠投手がプロ野球の南海入りを決め、山本(鶴岡)一人監督と入団発表。東京六大学で長嶋茂雄、本屋敷錦吾らと立大の黄金時代を築いた。共に入団するはずだった長嶋は巨人に入った。27勝で新人王を獲得、翌年は38勝し、巨人との日本シリーズでも4連投4連勝と大活躍。 「レトロ写真―あのころ」

  3. 2015020900151

    南海・鶴岡監督が退団    しんみりと退団を発表する南海の鶴岡一人監督=1968(昭和43)年10月19日、大阪・難波の南海電鉄本社 野球 11102

  4. 2014110700490

    山本一人主将    プロ野球近畿グレートリングの山本一人主将(鶴岡一人)=1946(昭和21)年11月5日(ウ番号なし) 別人K 1281

  5. 2013103000296

    川上哲治氏が死去 鶴岡一人南海監督と  1961年10月、日本シリーズ開幕の日に南海の鶴岡一人監督(右)と握手する巨人の川上哲治監督=大阪球場

  6. 2013070100383

    南海コーチに飯田氏が復帰    ヘッドコーチとして南海に復帰する飯田徳治氏(右)。左へ鶴岡一人監督、新山滋代表=1967(昭和42)年11月17日、大阪市浪速区の球団事務所 野球 10283

  7. 2013051300141

    南海―東京10回戦 鶴岡監督   優勝戦線へ巻き返しを狙う南海の鶴岡一人監督=1967(昭和42)年7月20日、大阪 野球 9827

  8. 2013042600195

    東映―南海1回戦 広瀬が先制2ラン   3回表南海2死1塁、広瀬叔功が左越えに先制の1号2ランを放ち3塁コーチの鶴岡一人監督と握手=1967(昭和42)年4月14日、後楽園 野球 9473

  9. 2013041700240

    両リーグ監督が電話対談 鶴岡・南海監督   巨人の川上哲治監督と電話対談する南海の鶴岡一人監督=1966(昭和41)年10月9日、大阪(野球9196) 資料 74428

  10. 2013041700239

    両リーグ監督が電話対談 川上・巨人監督   南海の鶴岡一人監督と電話対談する巨人の川上哲治監督=1966(昭和41)年10月9日、東京都世田谷区の自宅(野球9195) 別KA 68006

  11. 2013041700238

    南海がリーグ3連覇 鶴岡監督を胴上げ   後楽園で西鉄が対東映27回戦に敗れて3年連続11度目の優勝が決まり、鶴岡一人監督を胴上げする南海ナイン=1966(昭和41)年10月9日、大阪(野球9193) 資料 74428

  12. 2013041700220

    プロ野球の話題 南海・鶴岡監督   「逆転はあり得ない」、南海の鶴岡一人監督=1966(昭和41)年9月12日送信 野球 9101

  13. 2013041500381

    オールスター開幕 開会式   開会式で花束を受ける川上哲治監督(中央手前)と鶴岡一人監督=1966(昭和41)年7月19日、東京 野球 8835

  14. 2013031100244

    川上、鶴岡氏が殿堂入り 南海・鶴岡監督   喜びを語る南海の鶴岡一人監督=1965(昭和40)年12月5日、大阪府富田林市のPLカントリークラブ 野球 8268

  15. 2013031100214

    鶴岡前監督が南海復帰 オーナー、代表と握手   故蔭山和夫南海監督の球団葬後行われた会談で鶴岡一人前監督(中央)の復帰が決まり握手する壺田修オーナー(右)と新山滋代表=1965(昭和40)年11月20日、大阪・難波の南海電鉄本社(野球8250) 別KA 59740

  16. 2013031100212

    故蔭山監督・南海球団葬 鶴岡前監督ら参列   鶴岡一人前監督(右から)、野村克也ら主力選手が参列して厳かに執り行われた故蔭山和夫南海監督の球団葬=1965(昭和40)年11月20日、大阪市の阿倍野斎場 野球 8249

  17. 2013031100205

    鶴岡氏がオーナーと会談 南海監督問題   蔭山和夫監督急死で急きょもたれた会談の終了後、壺田修オーナー(左)と共に記者会見する鶴岡一人前南海監督=1965(昭和40)年11月19日、大阪・難波の南海電鉄本社 野球 8247

  18. 2013031100199

    南海蔭山新監督が急死 鶴岡前監督が弔問   弔問を終えて蔭山邸を出る鶴岡一人前南海監督=1965(昭和40)年11月17日、大阪府泉北郡高石町 野球 8242

  19. 2013031100194

    サンケイも鶴岡氏招請 水野オーナーと友田代表   鶴岡一人前南海監督と会談後、記者会見するサンケイ・スワローズの水野成夫オーナー(中)と友田信代表(右)=1965(昭和40)年11月12日、大阪市北区の大阪グランドホテル 野球 8237

  20. 2013031100193

    蔭山新監督誕生    南海の新監督に決まり壺田修オーナー(中)、鶴岡一人前監督(右)と握手する蔭山和夫氏。左は新山滋代表=1965(昭和40)年11月13日、大阪・難波の南海電鉄本社(野球8236) 別KA 59742

  21. 2013031100191

    東京が鶴岡氏招請 永田オーナーが鶴岡氏と会談   会談後、鶴岡一人前南海監督の自宅を出る東京オリオンズの永田雅一オーナー(右)=1965(昭和40)年11月11日、大阪市住吉区帝塚山 野球 8234

  22. 2013031100189

    蔭山氏就任は条件次第 南海監督問題   監督問題で会談後、記者会見する南海の(左から)新山滋代表、鶴岡一人前監督、蔭山和夫前コーチ=1965(昭和40)年11月9日、大阪市南区・大阪球場内の球団事務所 野球 8231

  23. 2013031100187

    鶴岡監督の辞表を受理 南海が緊急役員会   緊急役員会を終え鶴岡一人監督の辞表受理を発表する(左から)南海の新山滋代表、壺田修オーナー=1965(昭和40)年11月8日、大阪・難波の南海電鉄本社 野球 8228

  24. 2013031100185

    鶴岡・南海監督が辞表 オーナー邸に入る鶴岡監督   辞表を懐に壺田修オーナー邸に入る鶴岡一人・南海監督=1965(昭和40)年11月7日、大阪府泉北郡高石町(野球8226) 別KA 59739

  25. 2013031100184

    鶴岡・南海監督が辞意    記者会見で辞意を表明する鶴岡一人・南海監督(左手前)=1965(昭和40)年11月6日、大阪市南区の新常磐 野球 8225

  26. 2013031100124

    両監督が握手 日本シリーズを前に   日本シリーズを前に握手する川上哲治・巨人(左)と鶴岡一人・南海の両監督=1965(昭和40)年10月20日送信 野球 8144

  27. 2013031100123

    両監督が対談 日本シリーズを前に   日本シリーズを語る川上哲治・巨人(左)と鶴岡一人・南海の両監督=1965(昭和40)年10月14日 野球 8118

  28. 2013031100107

    南海が10度目の優勝 ファンに応える鶴岡監督ら   対西鉄28回戦終了後、鶴岡一人監督(右中央)を先頭にファンに応える南海ナイン=1965(昭和40)年10月7日、大阪 野球 8092

  29. 2013031100098

    揺れる監督の座 南海・鶴岡監督   好調な南海を指揮する鶴岡一人監督=1965(昭和40)年9月15日送信 野球 8025

  30. 2013022000416

    鶴岡監督らが欧州から帰国    欧州旅行を終え帰国した(左から)鶴岡一人南海監督、吉田義男(阪神)、広瀬叔功(南海)、王貞治(巨人)の一行=1964(昭和39)年12月30日、羽田空港 野球 7392

  31. 2013022000390

    渡辺(慶大)が南海入り表明 両親と渡辺投手  鶴岡一人・南海監督と話し合いのあと、両親に挟まれ南海入りを表明する渡辺泰輔投手(慶大)=1964(昭和39)年11月14日、福岡県直方市の自宅 野球 7375

  32. 2013022000373

    南海が2度目の日本一 日本シリーズ   4勝3敗と阪神を下して2度目の日本一を果たし、鶴岡一人監督を胴上げする南海ナイン=1964(昭和39)年10月10日、甲子園(野球 7348) 資料 69523

  33. 2013022000340

    日本シリーズ開幕 両監督に花束   試合開始前、花束を受ける(左から)鶴岡一人・南海、藤本定義・阪神の両監督=1964(昭和39)年10月1日、甲子園 野球 7313

  34. 2013022000323

    南海が9度目の優勝 記者に囲まれる鶴岡監督   阪急が敗れて3年ぶり9度目の優勝が決まり、記者に囲まれて優勝を語る南海の鶴岡一人監督=1964(昭和39)年9月19日、大阪球場内の南海球団事務所(野球7284) 資料 69467

  35. 2012120600192

    杉浦投手が南海入団  東京六大学のエース  1957(昭和32)年12月14日、杉浦忠投手(立大)がプロ野球の南海入りを決め、山本(鶴岡)一人監督と入団発表。東京六大学で長嶋茂雄、本屋敷錦吾らと立大の黄金時代を築いた。共に入団するはずだった長嶋は巨人に入った。27勝で新人王を獲得、翌年は38勝し、巨人との日本シリーズで4連投4連勝と大活躍。 「レトロ写真―あのころ」

  36. 2012110200235

    野村が本塁打パ新 阪急―南海26回戦   8回表南海2死2塁、野村克也が中越えに決勝の45号2ランを放ち、自身の持つパ・リーグ記録を更新。捕手岡村浩二、3塁コーチは鶴岡一人監督=1963(昭和38)年9月29日、西京極 野球 6612

  37. 2012101500198

    プロ野球キャンプイン 南海   南海独特の「まき割りトレーニング」を見守る、鶴岡一人監督(中央)=1963(昭和38)年2月3日、広島・呉 野球 6073

  38. 2012101500049

    鶴岡監督が復帰 南海―阪急21回戦   約2カ月半ぶりの復帰第1戦でベンチから蔭山和夫コーチに指示をだす南海の鶴岡一人監督(左)=1962(昭和37)年8月8日、大阪 野球 5794

  39. 2012012700213

    南海キャンプ 鶴岡監督と野村   鶴岡一人監督とペアを組み柔軟体操をする野村克也捕手=1962(昭和37)年2月5日、大阪球場 野球 5402

  40. 2012012700209

    是久が東映入り 水原、鶴岡両監督が同席   水原茂東映監督(左から)、鶴岡一人南海監督を迎え話し合う法政二高の是久幸彦。右は父・欣也さん=1961(昭和36)年11月18日、東京都目黒区中目黒の自宅(野球5372) 別KA18791

  41. 2012012700179

    両軍が前日練習 日本シリーズ第3戦を控え   日本シリーズ第3戦を翌日に控えた練習で、内野にノックする南海の鶴岡一人監督=1961(昭和36)年10月25日、後楽園 野球 5309

  42. 2012012700171

    日本シリーズ第1戦は順延 審判と協議する両監督   雨でグラウンド不良、審判団と延期を協議する南海・鶴岡一人(中央手前30)、巨人・川上哲治両監督。第1戦は22日に順延となった=1961(昭和36)年10月21日、大阪 野球 5294

  43. 2012012700165

    日本シリーズ第1戦 両軍監督に花束   開会式で花束が贈られる南海・鶴岡一人(中央手前)、巨人・川上哲治両監督。試合開始時間になっても雨がやまず第1戦は22日に順延された=1961(昭和36)年10月21日、大阪(野球5287) 資料 56937

  44. 2012012700161

    南海が優勝 東映―南海26回戦   2年ぶり8度目の優勝を決め鶴岡一人監督を胴上げするスタンカ(中央こちら向き)ら南海ナイン。右奥はベンチに戻る東映の水原茂監督(30)=1961(昭和36)年10月15日、駒沢 野球 5274

  45. 2012012700160

    南海が優勝 東映―南海26回戦   2年ぶり8度目の優勝を決め鶴岡一人監督を胴上げする南海ナイン=1961(昭和36)年10月15日、駒沢(野球5273) 資料 56936

  46. 2011032300160

    キャンプの焦点 南海・鶴岡監督   野村克也捕手(19)らの連係プレーを見る南海の鶴岡一人監督(左から2人目)=1961(昭和36)年2月12日送信、大阪市の中モズ球場 野球 4709

  47. 2011022800066

    スタンカが南海入団 鶴岡監督とスタンカ   南海と正式契約し笑顔を見せるジョー・スタンカ投手(中央)。左は鶴岡一人監督=1960(昭和35)年3月12日、大阪・難波の南海球団事務所 B野球 4017

  48. 2011021000167

    南海が初の日本一 御堂筋でパレード   夢にまで見た大阪・御堂筋の優勝パレードで、ファンの歓呼に応える鶴岡一人監督(先頭車中央)や南海ナイン=1959(昭和34)年10月31日、大丸前(野球3807) 資料 53599

  49. 2011021000154

    南海が初の日本一 宿舎で祝杯   優勝杯で勝利の乾杯をする南海ナイン。奥は鶴岡一人監督=1959(昭和34)年10月29日、中野ホテル 野球 3779

  50. 2011021000152

    日本シリーズ第4戦 南海が先制  巨人―南海4回戦 3回表南海2死1塁、杉山光平の中前打を野手が後逸する間に1走広瀬叔功が3塁を回り先制。右は3塁コーチの鶴岡一人監督。左は長嶋茂雄三塁手=1959(昭和34)年10月29日、後楽園 B野球 3772

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